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2010年9月13日 (月)

「龍馬伝」 第37回 龍馬がお龍を選んだ理由

 寺田屋騒動のあと、急速に気持ちが接近していく龍馬(福山雅治サン)とお龍(真木よう子サン)。 実際にはその数年前にはそれなりの仲になっていたらしいのですが、作り手は龍馬とお龍が夫婦になるきっかけを寺田屋騒動のあとに配置することで、「なぜ龍馬がお龍と夫婦になろうと決断したのか」 を明確に訴えようとしているように思えるのです。

 なにしろ弥太郎(香川照之サン)が吐き捨てるくらい、龍馬は女にモテまくり(笑)。 加尾(広末涼子チャン)から始まって、千葉佐那(貫地谷しほりチャン)、果てはお元(蒼井優チャン)まで龍馬に惚れている模様。

 加尾との場合は諸般の事情から(笑)一緒になることが断念され、佐那との場合は尊敬が先に立ってしまって恋愛感情にまで達することができず、お元の場合はただ単にお元の一方通行(笑)。 そして龍馬がお龍を選んだ理由は、危機を一緒に乗り越えたという 「運命共同体的事態に端を発した恋愛感情」 とでも呼べる状態に一見みえます。 映画 「スピード」 みたいなものですか(笑)。

 けれどももう少し深読みすると、このドラマで強調されているのはもっとほかにある気がするのです。 それはのちほど述べることといたしまして。

 まず薩摩藩邸で献身的な介護をするお龍に、龍馬は 「薩摩へ行く」 と告げるのですが、その時にお龍は、かつて自分の妹を助けてもらったお金の一部を返そうとする。 たぶん龍馬はそんな他人行儀なことはするなと、その金を突っ返すのではないかと思ったのですが。

 「お龍。
 おまんも一緒に、薩摩に行くがじゃ。

 このまま別れてしもうたら、わしらは、もう一生会えんがかもしれんがぜよ。
 それでもえいがか?」

 龍馬のその言葉は、それまでお龍に向かって放たれたどんな言葉より、重みを持っているように思えました。 それに対してお龍はそれまでまとっていたガチガチのATフィールドを(あ、精神的な壁のことです…笑)すっかり解き放って、自分の正直な気持ちを龍馬にぶつけるのです。

 「…いやや…!

 …いやや…!

 うちも、坂本さんと一緒にいたい…」

 そして龍馬はお龍にプロポーズ、お龍は感涙にむせびながらそれを承諾。 つまり、お金がどちらのものであるかなどはもうその時点で龍馬の関心事ではなくなっている。 そこまでふたりの気持ちが高ぶっていた、という流れなのです。 あの 「恐えぇ」(笑)お龍が龍馬の腕に抱かれる瞬間は、どうやらツンデレ好きらしい私(笑)の胸にもかなり痛いくらい響きました。 以前から何回か指摘してますけど、このドラマでのお龍は、今まで私が見た中では、究極のツンデレであります(笑)。 ほとんどノーメイク仕様なのも私好みですし、龍馬が自らの最大の危機のあとにこの女と一緒にいたいと思ったのもむべなるかな、という気がしてならんのです。

 こんな感動的なシーンのあとで、龍馬とともに長崎にやってきたお龍は、亀山社中の連中に歓迎されながらも、「こんなときに何が女だ!」 と龍馬を批判する動きや、龍馬に思いを寄せるお元の姿を見て、心が揺れ動くのです。

 ここでのお元とお龍の初対面シーンは、思わず女同士の火花が散る展開で、見ていておもしろかったです(笑)。 なにしろ、これまでの展開でお元が龍馬の優しさに触れるシーンはあったにせよ、お元の龍馬に対する感情は深く静かに潜行しているのみで、ここまでのものとは思わなかった。 想像ですけど、恋のライバルどころか、女房としてもうどうあがいてもライバルにもなれやしない状態でお龍がいきなり現れたことで、お元の嫉妬心に、思わず火がついてしまったのでしょう。

 「お龍さんはなんばしよんなったお人ですか?」

 「うちは、伏見の船宿で働いておりました」

 「…船宿?」

 このときのお元の、なんとも人を馬鹿にしたような笑み(笑)。 そしてその笑みの真意を素早く察知する、お龍(笑)。 バチバチバチッ!であります(笑)。

 このあとお元は、宴席の離れの廊下で、龍馬に 「うちを身請けして」 と懇願するのです。 おそらく龍馬は拒絶するであろう申し入れです。 そしてすぐに撤回して、笑いながらその場を去る。 もちろん、お龍の見える位置にいて、です(笑)。 こういう奥ゆかしくてなおかつえげつない(笑)恋の描き方は、いいですなあ。 そしてそれを遠くからまっすぐな目でギロッと見つめる、お龍(笑)。

 このふたりの女の対比、とてもドラマとして面白かったです。

 かたやお元は、芸者をやりながらも奉行所のスパイをやっており、さらに隠れキリシタンでもある。 お元は表の顔と裏の顔がある、一筋縄ではいかない屈折した面を持っています。
 かたやお龍は、あくまでも気持ちがまっすぐ。 ひたむきなまでにまっすぐで、裏があってもすぐ分かってしまう正直さを発散させているのです。 まったくの好対照で龍馬を好きになっていく、そのコントラストの強さが、ドラマ好きにはたまらんのです(笑)。

 そして。
 長崎まで龍馬についてきて、「歓迎されない自分」 を感じてしまうお龍は、「うちは、ほんまに龍馬さんのお役に立ってるやろか」 とその気持ちを、龍馬に正直にぶつける。

 その時の龍馬のセリフに、龍馬はただ単に 「運命共同体」 としてお龍を好きになったわけではないことが現れている気がするのです。

 「お龍。

 わしは、気が急いちゅうがじゃ。

 寺田屋で死にかけたとき、わしは思うたがじゃ。

 …時がない。
 急がんといかん、と…。

 おまんが役に立たんらあ、とんでもないぜよ。
 おまんがおってくれるだけで、わしがどればあ心強いか」

 そして龍馬は、母親から貰った首掛けを、お龍に託すのです。

 「ここに書かれちゅうがは、『希(のぞみ)』 ゆう字じゃ。

 …

 これを見るたんびに、わしは思うがじゃ。
 『どんな時でも、希望(のぞみ)はある。
 希望(のぞみ)がわしを、生かしてくれちゅう』。

 おまんも一緒に闘ってほしいがじゃ。

 この世の中を変えるゆう、坂本龍馬の希望(のぞみ)を叶えるために」

 そしてそれをお龍の首に掛けてやり、「わしらは、ひとつぜよ」 とお龍に宣言するのです。

 これはただ単に 「いずれ暗殺される危険性があるから時間がない」 と言っているわけではない、と私は考えます。
 この時すでに、龍馬は30を超えています。
 30を超えて何事かを成し遂げたか、と言うと、実質的にはこの薩長同盟くらいしかない。 しかしそのたったひとつ成し遂げたことが、自分の身をここまで危うくしている。 これから自分のしていくことには、大きな障害が立ちはだかるだろう、そのために二人三脚できる 「同士」 がほしい――お龍を自分の女房にすると決めた龍馬の本当の思いはそこにあったのではないか、という、作り手のメッセージが見てとれる気がするのです。

 女房を 「恋人」「好いたおなご」 として見るのではなく、「同士」 としてとらえる。 これは加尾にも佐那にもお元にもできないことなのかな(佐那にはできそうな気がしますが、いかんせん龍馬にその気がない…)、そんな気がいたします。

 物語では後藤象二郎(青木崇高サン)が弥太郎の逆ギレにあってようやく龍馬の本当の力に気づき始め、池内蔵太(桐谷健太サン)は薩摩からの船を託されます。 布石がどんどん打たれている気がする 「龍馬伝」、いったい作り手はどんな新たな解釈を見せてくれるのでしょうか。

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コメント

 「…船宿?」の言い方の加減がヤらしくて上手かったですね、蒼井優ちゃんw
「身請けして」には、あらあらcoldsweats01と思ってしまいました。

寺田屋の襲撃のときにも、おりょうは
「私も戦いますっ!」と言ってましたものね。
同士なんですね。

投稿: マイティ | 2010年9月15日 (水) 01時22分

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

「身請けして」、というのは、その金額のことを考えれば、とても龍馬には無理な相談だとお元ははじめから分かっていたんだと思います。 そんな無理難題を押し付けて男の 「やる気」 を測ろうとする、むむー、やはりお龍のまっすぐさと比べると、グネグネ屈折しておりますね(笑)。

「私も戦う」 なんて、「同士」 というより 「戦友」 なのかもしれないです、このふたり。

投稿: リウ | 2010年9月15日 (水) 05時35分

 リーンです。ここに出没します。

 龍馬とおりょうが同志、なんとも切ない間柄ですね。夫婦の関係はほとんどないままに離れていくと思うとやりきれないですね。どうもお元寄りに見てしまうので、こっちがなんとかならないのかと思います。だいたいの結末を知っているのになんと不純な、と考えているリーンです。

 おりょうは海援隊の同志とは上手くいかないのが、ドラマで見て取れます。彼女の波乱に満ちた後半生を、長崎の一連のシーンで暗示している、ちょっとうがった見方もしてしまいます。ふたりはあとどのぐらいいっしょのシーンがあるのでしょう。昔のノストラダムスブームにかなり毒されたリーンとしては、結末のことばかり考えます。

 あとは、後藤と龍馬の結び付け方をどう描くかが楽しみです。

 ところで中尾彬さんが出演するとか。『天地人』の毛利輝元は好きでしたが、いろは丸事件で龍馬と丁々発止のやりとりがあるのでしょうか。楽しみです。

 今回は、軽めに書いてみました。

 

投稿: リーン | 2010年9月16日 (木) 19時53分

リーン様
コメント、ありがとうございます。 返信が遅れまして申しわけありません。

私も今回は軽めにこの記事を書いてみました。 このところ 「龍馬伝」 批判の投書(別サイトへの)を読んで憤りが過ぎたせいか、どうもギスギスした文章になってしまっていたので、そういう 「健康に悪い」(笑)投書はシャット・アウトして反駁調の文章も封印いたしました。

ノストラダムスに毒されましたかー(笑)。 確か1974年ごろですよねー。 私もそのもとになった本のほうは(確かカッパ・ブックスだったと記憶しています)小4には難しいことが多くて読み飛ばし程度しか読まなかったんですが、学研のムック本(当時そういう呼称はなかったですけど)で分かりやすく解説したものを読んで戦慄していたものです(笑)。 「アンゴルモアの恐怖の大王」 とは、いったい今にして思うと何だったのでしょーか?(笑)

中尾彬サン、大河に2年連続ご出演とは、珍しいケースですね。 あんまり記憶にないなあ、大河に続けて出演、というのは。 一番印象的だったのは、ほんのちょっとだけですけど、仲村トオルサンが前作と同じ秀吉の役でお出になったことくらい(確か 「琉球の風」 でした)。 「同じキャストで同一人物が出てきたら面白いのに」 と思っていたことが実現した、唯一のケースでした。

なんか関係ない話に終始してしまいました(笑)。

投稿: リウ | 2010年9月17日 (金) 14時03分

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