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2010年10月18日 (月)

「パーフェクト・リポート」 第1回 題材に、難アリ

 松雪泰子サンが傑作 「Mother」 からワンクール置いて主演を務める、「フジ日9」、「パーフェクト・リポート」。

 本題に入る前に、ちょっと苦言を呈してもいいですかね?

 フジテレビサン、日曜の夜9時台に、TBSとドラマをガチンコさせるようなマネは、よしていただきたい!(笑) ただでさえこの時間、「Nスペ」 や 「日曜洋画劇場」 とのせめぎ合いに苦しんでるんですから毎回(笑)。

 個人的な事情を申せば、NHKの大河とTBSの日曜劇場だけで、一日に見るドラマの量としてはいっぱいいっぱいであります(笑)。 と言うか、3本のドラマを見てその感想文を一日で書くのは、私の場合ほぼ不可能(笑)。 「何をそんなにムキになってたかがドラマの感想文ふぜいを書いているのか」 と言われれば返す言葉もございませんが、今回は 「龍馬伝」 の 「たかが感想文」 を明日以降に回させていただくことにいたします。 なんか今日も 「月9」 の新しいドラマがあるみたいだし、明日も書けるのか微妙ですが…。

 それで、とりあえずW録画で録っておいたこのドラマ、デジタルとアナログのW録画しかできないために、「獣医ドリトル」 をデジタルで、こちらをアナログで録ったのですが、久々にアナログ放送を見て驚きました。 画面の下のほうにアナログ終了のお知らせその他、マンションに住んでいるかたがどーだとか、UHFアンテナがこーだとか、脅迫テロップの嵐で(笑)んまードラマ本編に集中できないこと(笑)。 これは一種のボーリョクですよ。 立ち上がれ全国の地デジ難民たち!

 話はどんどんずれてまいりますが(笑)、私の場合マンションで共同アンテナを地デジ対応にしないとダメだという話になって。

 そんなアホな、UHFアンテナがマンションの屋上にはすでについてるんだから、こっちはもうとっくに地デジを利用してる、なんで何10万もする(100万単位だったかなあ?)共同アンテナに変えなければならないんだ、ということを申しましたら、マンションの住人たちすべてが地デジを受信するとなると、なんか電波の許容量を超えてしまうらしくて。
 仕方なくマンションの管理団体が結構な金額でもって共同アンテナの工事を委託することに、同意いたしましたよ。 まあ積立金からやったんですけどね。 そのせいか毎月の管理費が1万近く値上がりいたしまして。

 ンんん~~~もぉぉお~~~っ、フザケンナ!! 総務省、金返せ! 

 取り乱してしまいました、大変失礼いたしました(笑)。

 お待たせいたしました、ドラマの話ですが(笑)、ドラマはテレビ局の報道部で遊軍取材班、という落ちこぼれ部署にデスクとして左遷された松雪サンが、「真実を伝える」 という情熱ひとつを武器にしてあらゆる障害を辛口スルメ片手に(笑)破壊しまくりながら突き進む、という内容のものであります。

 この、ドラマとしての方向性は、結構面白いものがあると思うのですが、初回に大きな花火を打ち上げようとしてドラマが題材に選んだモノがよくない。
 それは、日本国総理大臣。

 ドラマでは石橋凌サン扮する総理が数時間謎の失跡を遂げた原因を、松雪サンがさまざまなしがらみと衝突しながら突きとめていく。

 ここで記者クラブの弊害とか、持ちつ持たれつの政府と報道の関係とかを浮き彫りにしていく姿勢は結構なことだと思うのです。 ここで報道に対する受け手の国民のモヤモヤした思いを明確にあぶり出す手法は、見ていて爽快さを覚える側面も、確かにある。

 しかしですよ。

 そんな立派な問題意識にとらわれて、総理が数時間の間公務を抜け出した、という事実を追うことが、本当に国民の利益につながっているとは、私には到底考えられないのです。

 確かに総理のこの行動により、米国国務長官との会見をスポイルした国益の損失というものは、計り知れないかもしれない。
 でも、見くびってモノを申すようで甚だ遺憾ですが、アメリカの国務長官との会談くらい、別にどうでもあとから修復が利くことでしょう(やっぱり見くびってますかね)。 尖閣諸島問題で中国と事務級レベルの会談をするのとは、訳が違う気がするんですよ。

 結局追い詰められて石橋凌総理が下した結論は、「辞任」。

 ここは石橋総理に、あくまでデカイ面してもらいたかったなあ。

 松雪サンが突き止めた、総理がすっぽかしを行なった理由は、自分と同じ大学のラグビー部出身のSPが、自分を犠牲にして植物状態となっていたのですが、その彼が重篤状態に陥ったため、彼の最期を看取ってやろうとしたことによるもの。

 彼が植物状態になった原因の火事の現場で、ラグビー部の選手交代の際の伝統である儀式を総理が託される場面は、確かに涙を誘うものでした。
 だからこそ、総理は辞任などせず、職務を全うするべきなのです。
 こんなところに、総理大臣の職を軽々しく考える昨今の風潮など取り入れなくてもよろしい。
 こんなところに、作り手が総理大臣の職をどのくらい軽く見ているのかが、垣間見えてしまうわけです。

 ところで今回の話に私がのめりこめなかった理由は、これまで書いたように、題材が大きすぎることによるもの。

 別に総理大臣を扱ったりしなければ、このドラマの方法論は見ていて興味深いものであることは、間違いがないのです。

 だから、次回以降には期待。 松雪サンの演技は、どんな女性をやっても、常に暗さが付きまとっている気がしますネ。 これがこの人の独特の味なのかもしれませんが、こーゆーかたくなな暗さを持っている人が、あけっぴろげなコメディをやるところを、私などは見てみたい気もするのです。 私って、Sですかね?(笑)

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様

はい、全てリウ様のおっしゃる通り同感です(笑)

パーフェクトリポートはオンタイムで観ましたが、キャストはいいのに確かに内容に何か違和感がありました。

私はBS2のイサンも観てるのでかなりキツイです(;-o-)まだ龍馬伝と獣医ドリトルは録画したまま観れてません。。(苦笑)

我が家はまだアナログなので(汗)そうなんです!あの上下の邪魔者に常に悩ませられているのです(T_T)

さて今から流れ星。。どうでしょう?最近のフジテレビ?外れが多々ありましたから(´`;)

今夜10時からのテレビ東京のモリノアサガオがちょつと気になる私です。あっ、そういえば、見逃したシューシャインボーイの再放送が11月3日午後1時30分に決まりました。ソウル国際ドラマアワードのグランプリ作品で気になっていましたので楽しみです。

いつも素晴らしい書評で楽しませて頂き本当に感謝ですm(__)m

投稿: ペコ | 2010年10月18日 (月) 21時18分

ウチもアナログです。アンテナのせいで管理費が上がったら即死です。

獣医のほうを録画して、こちらを見てました。
ちょっと落ちこぼれ班のメンツが弱いですね。
ストーリーも既視感があります。
もう一回だけ見て、続けて視聴するかどうか決めようといった具合。
総理とSPがエレベーターで別れるところだけ、泣けました。

この日曜日は、テレ東『ソロモン流』がARATAクンを取り上げてまして、それも録画。
良かったんですよ、コレが。
テレ東の番宣でもあるんですが、本日から始まった『モリのアサガオ』と美術番組『美の巨人たち』にARATAクンが出演してるのもあって、美術愛好家としての彼も、デザイナーとしても俳優としても家庭人としても充実してるんだなあ、と楽しめました。
ご両親やお子さんも出演。

マザーの名残でマツユキさんは暗いと思われるかもしれませんが
もともとコーマンチキ『白鳥麗子』、『きらきらひかる』ではドS刑事だったわけで
映画『デトロイトメタルシティ』に至ってはヘビメタ女社長、マツケンにまたがって首しめて暴れてました。
振り幅が素晴らしいですねw

投稿: マイティ | 2010年10月18日 (月) 23時57分

追伸
『モリのアサガオ』は出演俳優が皆濃く、
これは面白くなりそうです。up

投稿: マイティ | 2010年10月19日 (火) 00時01分

ペコ様
コメント、ありがとうございます。

私は 「イ・サン」、脱落しました(笑)。 「チャングム」「ソドンヨ」 の監督の作品なので大いに期待したのですが、裏番組のあまりの攻勢に、いつしか負けてしまいまして(笑)。 あの時間帯は、よくありません、はっきり申し上げまして(笑)。

「地デジのテロップ脅迫」(笑)、ここまであからさまにやるからには、政府はなんとしても来年の7月にはアナログ放送を終わらせるつもりですネ。 アナログ放送が終わってしまうと、私のデッキのW録画も、できなくなります…。

「シューシャイン・ボーイ」 は実は見たのですが、記事を書くまでの気持ちが盛り上がらなくて、結局書きませんでした。 西田敏行サンとギバチャンの演技は実によかったのですが。 いずれにせよよくできた作品であります(ちょっと奥歯にモノの挟まった言い方で恐縮ですが…)。 西田サンの扮したエラそうな社長、語尾に 「オメエ」 をよくつける人で、「いるいるこんなオッサン」 と、結構ツボでした(笑)。

いずれにせよその関係上、テレ東のドラマは、ほぼノーチェックでした。 「モリのアサガオ」 ですか…。

投稿: リウ | 2010年10月19日 (火) 05時26分

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

マイティサンも、アナログなんですか。 アナログの人って結構未だに多いんですね。 これは政府にもっと救済策を考えてもらわねばいかんと強く感じます。 私の直面した管理費の値上げだって、かなりの問題ですよ、これ。

おふたかたから同時多発で期待のドラマとしてあげられた 「モリのアサガオ」、もうすでに第1回目が終わっちゃったんですよね? ARATAサンは 「チェイス」「歸國」 と連続して傑作・問題作に出たので、結構役者としての勘が鋭い人なんじゃないかと、個人的には考えています。

「白鳥麗子」 や 「きらきらひかる」 は未見でしたが、そーなんだ、松雪サン、そんなブッ飛んだ役もおやりになっているんですね。 なんかでも、イメージ的に、暗い情熱でそんなブッ飛びキャラを演じているような気もいたします…(笑)。

いつもなら出演者のメンツや脚本家くらいな要因で見たいドラマを決めてしまうのですが、なんか今クールは、いったん見てみないことには分からないようなドラマが、多すぎるような気がします。 手間が増えて、泣けますcrying

投稿: リウ | 2010年10月19日 (火) 05時54分

モリのアサガオの第一話は終わってしまいましたが、
親を殺された仇をとった死刑囚(ARATA)とナイーブな刑務官(チビノリダー)の友情物語。
少年時代、野球チームで、アラタくん演じる少年は刑務官のヒーローだったのです。

他にも死刑囚のメンツが柄本/温水/獅童などキャラが濃いので見応えありますよ。
おすすめです。

投稿: マイティ | 2010年10月19日 (火) 11時37分

マイティ様
再コメント、ありがとうございます。

んーむ、確かに個性派俳優揃いだ(笑)。

死刑囚の話なんですね。

あー、この話、しようかなー。

ちょっとバッシング覚悟で極論じみたことを申し上げます。

死刑制度に関しては、私は世論の趨勢とは逆の立場をとっておりまして、それでも一方的に加害者を擁護するのではなく、「終身刑で死ぬまで働かせ、遺族に賠償し続けよ」、という立場であります。 終身刑そのものがない日本の法体制そのものに疑問を持っているのです。

だって死刑って、つまりところ国家による人殺しですよね? 命令を下すのは法務大臣かもしれないけれども、ボタンを押すのは死刑執行人ですからね。 その人がどうしてもやりたいって言うなら別ですけど、そうしなければ正義や秩序が保てない、と言うなら別ですけど、死刑執行のボタンを押すのは命令した本人がなすべきであって、もっと言えば、被害者の遺族が恨みを晴らそうとするのならば、その遺族にボタンを押させるべきなのです。

でも、そんなこと可能なんでしょうか?

結局は法治国家の理性によって行なわれる、合法的殺人、なんですよ、死刑って。 私は疑問を感じます。

このドラマがそうしたことに言及をするドラマかどうかは分かりませんが、そんなことを考える絶好の機会となればいいような気がするのです。

真面目なコメントを返してしまいまして、申しわけないです。

投稿: リウ | 2010年10月19日 (火) 13時56分

 にぎやかな宴会場に遅刻した気まずさを感じるような、少し恥ずかしい気分です。そおっと、そおっと、です。

 松雪泰子さんの過去に出演したドラマの名前を拝見して、非常に懐かしさをおぼえました。今のキャラクターとは違っていましたからね。右の手のひらの裏を口元に当てながら
「白鳥麗子でございます。オ、ホッ、ホッ」
 なんて女王様キャラを振りまくシーンが懐かしいです。ウィキペディアの記事を読んだ記憶によれば『デトロイトメタルシティ』のことは思い出したくないとか書かれてあったようです。ここからは私の想像ですが、彼女は昔の演じたキャラがなじめないことがあったのではないか。嫌いだったかもしれない。『フラガール』から演技が大人の情感を出せるように変わり、『MOTHER』のような母親も演じられるようになった。脱皮した。どこかで演技について考え学んだか、人間的成長が加味されたかしれない。
 いまの松雪さんをみると見事な変身を遂げたなあ、と感慨にふける思いがします。それだけに今回のドラマに密かな期待を胸に見たのですが……、


 お題「打ち切りもあり!?」

 NHKのドラマ並みの視聴率でスタートしたことで(7.7%)、はやくも厳しい局面に立たされたような気がします。私にとっては内容がよければ数字は気にしないのですが、初回を見た限りでは個人的打ち切りに瀕しているところです。

 取材対象としてとりあげた一国の首相のネタ、これは取り上げるタイミングも、素材の料理方法も間違っているように思えます。個人的にはこれを扱うこと自体許せない。政治不信が覆っている今、公務を抜け出す設定を描くのはドラマとはいえ制作者の見識を疑う気持ちを持ってしまいます。米国の国務長官といえばあちらのナンバー2、日米安保や普天間問題、少し前はトヨタ車リコールなど実社会で問題が山積しており、個人的には激怒気分で政治ニュースを見ているので、この話は許せない。ドラマは架空だから何でもいい、そう思えないのがしんどい。

 視聴者が見たいからニュースとして取り上げる、実は報道が取り上げて放送するから一般視聴者が興味を持つ側面があると思います。

 国民が知る権利

 それは情報を流す人がいるから、知る興味を持つこともある。そんな類のニュースも多いのでは?で、劇中で松雪さんが

「私は真実が知りたいの」

 と台詞をいいますが、はて真実とは何? ドラマを見る間の数秒で考え込んでしまう。そこで、ストーリーを追いかけることを中断する。総理がSPを見取った心情を追いかけるのか、それとも会談をキャンセルした政治空白を糾弾することか。置いてけぼりから追いつくのに神経を使ってしまい、ドラマに集中できない。それどころか、製作側の論理のあやふやさ、厳しく言えばいい加減さまで感じてしまう。言葉の使い方に消化不良気味です。

 最後に松雪さんに感化されるようにスタッフが川に繰り出して“タマタマちゃん”を追いかけますが、人は一度の仕事で感化されるほどうまくできていない。明日からの生きる活力を生むドラマ、というより脚本の都合よさを感じてしまう。

 本当は、川の後ろを走るクリーニング車が、踊る大捜査線のカエル急便を想起する、とか書きたかったのですが、えらいことになってしまいました。松雪さんのため(?)にも、ガツンと私の目を覚ますような展開を次回に期待しますが、どうなるでしょう。でも、日曜劇場と重ねるのは止めて欲しい。ドラマ好きを馬鹿にしている。

投稿: リーン | 2010年10月19日 (火) 15時17分

  
 〔未来のための江戸学〕

 直前のリウ様のコメントを読みました。それに関連して、最近、私が読んだ本の中から、一節載せてみたいとおもいます。

 裁判員制度の開始でいっそう、我々は死刑があっても悩み、死刑がなくても悩むだろう。「人は何によって罪を償えるのか?」「なぜ人を殺してはいけないのか」、これらの問いに、我々は人として永遠に向き合っていかなくてはならないのではないか。向き合うことによってのみ、次の道もまた開ける。犯罪者を殺し、この世の矛盾を見て見ぬふりをしながら過ごすのか、それとも、犯罪者とともに生きながら、これらの問いに向き合っていくのか。私は後者を選ぶ。

 未来のための江戸学 田中優子著 小学館新書
                 p105より 

 死刑をどうするか、私の答えは出ていません。軍事政権の名残の刑罰を適用することが法治国家としてよいのか、そういった問いかけもこの本でなされています。ただ、終身禁固、終身懲役、「実刑、懲役300年」といった刑罰はかなり必要ではないでしょうか。また、模範囚として早く世の中に出る制度を厳しく制限する未成年者の殺人や薬物に関する事件に今よりの厳罰と強制的な監視が必要です。そして、保釈金制度は廃止して欲しい。罪を償うのに、金があり、保護してやれるつてがあるものが先に世の中に出てはいけない。
 全部の刑罰を厳格化し、今の時代にあったものにする必要があります。早急に。

 
 テレビ東京が視聴できない地方にいるものにとって、『モリのアサガオ』の話をされるのは、ちとつらいです。『アド街ック天国』が見れないのだってしんどいのに。私にとって、地デジ問題より切実です。

 

投稿: リーン | 2010年10月19日 (火) 16時13分

リーン様
コメント、ありがとうございます。

私は松雪サンに関しては、かなり昔から 「この人は性格が暗いのではないか」 という印象を持っておりまして、正直 「Mother」 もこの人が主役ならそんなに見なくてもいいかな、という感じだっのです。 「Mother」 はそんな私の偏見を打ち砕く怒涛の演技力だったので、いまは松雪サンに対する期待度は大です。 イメージに縛られて食わず嫌い、というのは、よくある話ですけどね。 だからできる限り偏見を持たず、その人のいい部分を率先して見るようにしよう、という姿勢でドラマを見るのですが、なかなか難しいことなんですね。

視聴率、そんなに悪かったんですねー。 NHKだったらいくら悪くても打ち切りなんて絶対にあり得ませんけど、民放はそこらへんシビアですからね。 なにしろ、長い目、というのが民放にはないですから(笑)。

次回からはスケールの小さな事件を追いかけそうなので(笑)初回に感じた違和感からは解放されそうですけど、天海祐希サン張りの松雪サンのキャラは、結構見ていて面白いなーとは感じています。 この時間帯のドラマ枠はもうたくさんですけど、このドラマ自体はきちんと最後まで見たいものです。

私が書きたかったことをそのままズバリ指摘していただきまして、本当にありがとうございます。 松雪サンが使命感を持っていた 「報道する義務」 に対しては、それはジャーナリストが知りたいことであって、一般国民の意識とは乖離している、または一般国民の興味を先導している傲慢さが隠れていることを、私も指摘したかったのですが、リーン様、さすがであります。

この番組、報道を軽視しがちなフジテレビの体質自体にもかなり問題があるように思えます。 まあ、木村拓哉クンを総理大臣にしてしまうくらいですから、これくらいの問題意識で視聴者は納得してくれるだろう、というところも見え隠れしている気がするんですよ。 本当に問題な部分を取り上げたら、それこそスポンサーもつかず、ドラマにもならなくなってしまう気がいたしますが(笑)。

追伸 「死刑制度」 のコメントに関しましては、仕事から戻りましたらまた改めて返信いたします。

投稿: リウ | 2010年10月19日 (火) 16時23分

皆様、深いですね〜(^。^)

モリのアサガオ第1話から次回が期待出来そうなストーリーだと思いました。

主演の伊藤淳史くんも他のキャストの俳優の方々もよかったです。普通なら目を背けたくなるような死刑囚舎房をこのドラマを通して触れることにより、私もまた死刑制度の現実を考えてみたいと思いました。

イサンは確かにこの監督の他のドラマよりワクワク感は少ないですね。でも何故一番国民に好かれた王なのか、最近ちょっこし分かってきた気がします。。(笑)

私は、「てっぱん」と再放送でチェツクした「セカンドバージン」を早々にリタイアしてしまいました(;^_^A

投稿: ペコ | 2010年10月19日 (火) 18時56分

追伸

このパーフェクトリポートは様子見で次回につなげたいと思います。。

それから、リーン様、テレビ東京をみれないお気持ちお察し致します!実家が地方なのでよく解ります。話を蒸し返してしまったようで申し訳ありませんm(__)m

投稿: ペコ | 2010年10月19日 (火) 19時50分

死刑制度については、難しいです。
死をもって償えというよりは
「こんなヤツ絶対に更正しないから、税金でメシを食わせておくのももったいない、消してしまえ」というのが本当のところでしょうか。
実際に執行する人たちも、ものすごいストレスというかトラウマを背負うと思います。
『休暇』という小林薫さんが主演の映画が扱ったテーマがそれでした。
どうしても必要な休暇を取るために、誰もが嫌がる死刑囚の体を押さえる役目に立候補するという。
その役目をした人は明くる日、自動的に休暇になるのです。
そのくらい辛い役目。


千葉法務大臣にはちょっと違和感を感じましたね…。


リーンさん
>『デトロイトメタルシティ』のことは思い出したくない
そうでしたかw たしかにセリフがお下品でしたから。
私はSなマツユキさん、好きなんですよね。
ツンデレやらせたら天下一品。
「アタシを誰だと思ってんのよっ!」と仁王立ちになる姿にホレボレしてました。

投稿: マイティ | 2010年10月20日 (水) 00時49分

リーン様
「死刑制度」 のコメントに対して、改めて返信いたします…って、なんか私が仕事に行っている間に、やたらとコメントが付いてます!(笑) …冷静に、ひとつひとつにコメントしていきたいと存じます(笑)。

まずリーン様。

田中優子氏は確か江戸時代の文化人類学を教えていらっしゃったと思うのですが、江戸時代にはそれこそ公開処刑など当たり前、斬られた首はさらしものになって…現代ではとても考えられません。

昔はそうすることで犯罪を抑制したり、お上の権力を誇示したのでしょうが、現代ではそれは野蛮な行為、という認識が広がっていき、死刑になることを被害者家族に通知すらされない。 処刑場を公開することにすら賛否両論がわき上がる。 死を隠蔽することによって、法治国家の理性というものをことさら守ろうとするように思えるのです。 それは国家が人殺しをすることの正当性によって後ろめたさを言い訳している面も感じられる。 みんなが見えないところでこっそり行われるのが理性ある者の行ないだ、そんな理論武装はされているのですが、現時点では死刑が最善の方法で、やむを得ない、などと考えるのは、犯罪者の贖罪も被害種の心情も事務的に処理する 「他人まかせ」 の面が否定しきれない。 「悪い奴は死ね」 というのは、感情的には理解できるが、「死ね」 なんていうことを言い切ってしまうことには、ためらいがどこかに残るのが、人間というものです。 その引っかかりをなくすには、もっと国家による殺人のシステムについて、現代的なアプローチでもって法改正を進めていく必要がある気がしてならないのです。

そしてマイティ様。

死刑になるような極悪人に我々の税金を使ってケアをする必要なんかない、というのは、至極もっともな感情であります。 池田小学校事件の死刑囚みたいに、最後まで悪びれず、かえって自分が死刑になりたいがために犯罪を犯すような者に対しては、死刑もやむを得ないのかもしれません。 でも、先に書いたように 「じゃあ死ねば?」 と吐き捨ててしまうことに、どこか釈然としないやりきれなさを感じるのが、普通の感覚を持っている人間だと、私は信じたいのです。

世の中を恨んで、自分を恨んで死んでいくその人に、何か救いはないものなのか。

私がそう感じざるを得ないのは、おそらく死後の世界というものを信じているからなのだ、とは思うんですよ。 「死んだらそこで何もかも終わり」、と考える人にとっては、それこそ死刑に対しても抵抗を感じないだろうし(何しろそこでその人は完全消滅してしまうのですから)、自殺に対しても躊躇がない、そう考えられる。 死でその人の魂まで消滅してしまえるのなら、こんな簡単なことはないと、私も思うのですが。 苦しくなりゃ死ねばいいし、悪い奴は殺せば済む。

「死にたきゃ死ねばいい」「悪い奴は死ねばいい」 という感情は、実は自分が当事者じゃないから言える部分もある。 死刑執行人から、命令する法務大臣、さらに言えば死刑の宣告をする裁判官、裁判員、すべての人が 「自分が人を殺した」 という意識から逃れられない重大事だと思われるのです。 他人に対して 「死ねば」 と思うことがどれだけ人の死を軽く考えていることなのか、もっと個人個人で考える機会を持たねばならないと私は感じるのです。

順番が逆になりましたが、ペコ様。

以上書いてきたことを、ペコ様が考える機会をお持ちになることは、ですからとても貴重だと思われるのです。

みなさんもそうでしょうが、私は死刑によってすべてが解決されるとは、到底考えていません。 すべての人に大きな心的外傷を撒き散らしながら、人はひとり、殺されていくものだと私は考えるのです。

「イ・サン」 に関しては、10回程度見たのですが、なんかカットされている部分がとても気になるような編集の仕方をしていました。 それでNHKBSハイビジョンだったかな?ノーカット字幕版が放送されると聞いてそっちに飛びつこうと思ったのですが、なんかこの時間帯も結構チェックしたいテレビ番組の嵐で(笑)結局リタイアしてしまいました。

以上、なんかダンゴ状態のコメント返信となってしまって恐縮ですが、皆様には改めてコメントいただいたことに対し、感謝させていただきます。

投稿: リウ | 2010年10月20日 (水) 10時51分

なにをいまさら&祭りの後すぎコメントお許しを。

「違和感」という言葉の正体にひっかり、こんな時間になってしまいました。

このドラマ、ウォーターボーイズ社会人編な訳ですね。
でも、ほとんどの社会人はプロなので「こんなことあり得ない」訳です。

舞台が学校で、未成年で、ひよこちゃんだから
不出来な、はみ出した個々が仲間になっていくことは
アリで、美しい。

しかし、プロのはみ出し者って実際は
あまりにもプロ意識が高い孤高の集団か
どうにもならないくずの集まりとなると
舞台的には孤高の個人が、少しずつ互いに自分以外に信頼を見いだして、築いてさらに高いプロ集団になる方が大人として見応えありますよね。
(医療ドラマに多いパターンですが。)

大人のシチュエーションでウォーターボーイズされても
どうですか?

フジドラマの報道系、内輪系はこのパターンが多かった経験則からこのドラマ飛びつきにくかったです。
フジのプロデューサーの皆様が視聴者をかなり馬鹿にしてるきがします。(視聴者は幼稚だというところに視点がある)

遅れて観たけれど、さらに上から目線の対立軸を持ってきて展開が見えてしまうと、「ドリトル」1本でいいかなと思います。
政治ショウもそうだけど、今時権力の対立って辟易で
どちらも見方を変えると正義という中の葛藤が
ココロ騒ぐのです。

投稿: みり | 2010年10月22日 (金) 15時34分

みり様
コメント、ありがとうございます。 少し遅れてしまいましたが、返信いたします。

「はみ出しものだらけの部署」 というのは、ドラマの作り手もしくはテレビ局が、大っっっ好きなパターンですよネ(笑)。

それは、「どんなダメ人間にも、取り柄のひとつはある、それを生かすことで人間というのは再生できるんだ!」 というメッセージを発信しようとしている、そう思われるのです。

が。

ドラマ好きはとっくにそのパターンに飽きている、とゆーか(笑)。

フジテレビは、「楽しくなければテレビじゃない」 のキャッチフレーズを前面に押し出して民放の王者になっていったころから、私はそのケーハク路線が鼻について仕方ありませんでした。

それは楽しけりゃなんでもいい、という同局の傾向を生み、それがフジテレビ自体のカラーになっていったように思えます。

みり様が 「視聴者を馬鹿にしている」 と感じられるのは、そんな路線をフジが歩んできたためだとも、推察できるのです。

ただしドラマでは、「北の国から」 をはじめ、かなり水準の高いドラマを生み出し続けて来ました。 私は素直に、その点については高く評価いたします。

まあ、私のこの 「パーフェクト・リポート」 というドラマに対する評価は、松雪サンが感じている、「本当に報道しなければならないもの」 が、国民の興味とかけ離れた、近視眼的なモノに陥るかどうかに、かかっているのです。

投稿: リウ | 2010年10月23日 (土) 05時46分

リウ様

どーしても言い切り型の文面になってしまう自分に
わざわざ、コメントしていただいて、すみません。
ありがとうございます。

会話に慣れてませんね。

新しいTVには、時間になったら勝手に放映してくれる機能と録画する機能があります。
我が家では 「パーフェクト・リポート」 が
第1回の終了後に録画する番組から勝手に放映番組に降格しました。
結論急ぐのは、今クール録画しても見たい番組が多すぎっっ、だからです。

リウ様もお体壊されませんように。

投稿: みり | 2010年10月23日 (土) 18時07分

みり様
再コメント、ありがとうございます。
私の体調にお気遣いいただき、重ねてお礼申し上げます。

いや、みりサンの文章、まったく紋切り型だなんて思ってませんよ! 「これって前に見たあのドラマと似ている」、というのは、とても自然な反応だと思います。 まあ、世の中には、物語があふれておりますし、自分の見たいドラマの傾向も、だいたいおんなじですから(笑)。

テレビが勝手に録画してくれるなんて、レ○ザでしょうか?(笑) 私も欲しいんですけどねー。 何しろビンボーなもので…(笑)。

ホントーに、この秋のドラマは、見たいの多すぎ!(笑)ですよね。

投稿: リウ | 2010年10月23日 (土) 20時34分

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