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2010年10月25日 (月)

「獣医ドリトル」 第2回 動物相手のドラマの難しさ

 あ~、「パーフェクト・リポート」 の第2回を、録り損ねたぁ~(笑)。 毎週録画設定、したはずなんだがなあ…。

 仕方がないので 「獣医ドリトル」 について書きますか。 「龍馬伝」 は、どうも今日のところは無理でございます。

 で、誠に申し訳ないのですが、苦言みたいなことを書かせていただきます。

 このドラマ、見ていてどうも、イージーに物語が運びすぎるような気がしてしょうがないんですよ。

 まず気になるのは、動物の症状を見て、「あ、これはアレだ」 とすぐ病名が判明してしまうこと。

 私が複数の動物病院と長いあいだ付き合ってきて非常に感じるのは(家族が何代もの間、犬を飼っとりますので)、病状というものを容易に断定する獣医が、ほぼ皆無なことです。
 と言うより、いくらインフォームドコンセント(病状を納得するまで説明し、合意に達する、という意味ですかね)がしっかりしていても、実際病気になっているのはうちの犬なんですから、「ホントにそうなのかなあ?」 という疑念が、絶えず付きまとうものなのです。

 獣医という職業には、失礼ながら、そんなブラックボックスみたいなウサン臭さが、常に付きまとっている、と言ってもいい気がします。 それで、評判のいい獣医へ獣医へ、という具合に、飼い主というものはころころ流れて行ってしまう。

 だからドリトル(小栗旬クン)の手腕には、驚嘆するしかないのですが、花菱(成宮寛貴サン)が手術が出来ないながらも診断だけは超一流、みたいな格好で 「これはペットロス症候群です」 とか 「喪中症です」 とか言っても、「見れば分かるよーな気もするが…(笑)」 としか思えないのです。

 そしてその診断を、さも伝家の宝刀みたいな形でドラマの展開に大きな影響を与える要因にすると、いかにも安っぽいドラマに思えてきてしまう。

 もうひとつ気になるのは、「ペットや動物の診療に法外な金を取る」、というドリトルの経営方針であります。

 これは原作のマンガがそんな設定なのでそうするしないのですが、マンガだから許されているような現実乖離感が、どうしても付きまとう。

 つまり、またまた私の経験による話で申し訳ないのですが、複数の獣医たちは、とても簡単にあきらめる傾向がある。

 なぜなら、ペットには保険がきかないから、いざちゃんとした手術をしようとすると、ドリトルじゃなくたって、法外な料金を取らなきゃいけないわけですよ。
 たいていの飼い主は、そこで二の足を踏んでしまう。 うちの場合もそうでした。
 そんな飼い主たちの経済的な事情が分かっているからこそ、獣医たちは簡単に 「このまま見守るしかないでしょう」 みたいな結論に走らざるを得ないのだ、私はそう考えるんですよ。

 しかも手術に失敗すれば、またまた新たな火種が発生するわけですからね。 獣医のかたがたも、つらいところだと同情は、いたします。

 そんな獣医たちの心の声を、ドリトルの存在は具現化しているのかもしれない。 そう考えながらこのドラマを見ると、また奥深さが増してくるんですけどね。
 でもやはり、100万とかいう単位は、リスクに見合った額とは言え、それを払うものなど大金持ちしかいない、という無力感は、常に付きまとう。 あきらめてしまう飼い主たちのほうが、よっぽどリアルなのです。 今回のイルカと猫の話にしたって、花菱がタレント活動で稼いでいるから可能だった話でしょう。

 そして最後に気になるのは、やはりペット自体の演技力、の問題です。

 ペットに演技指導などできるわけがないですから(笑)、これには相当な根気が必要なはずであります。
 映画などで動物たちを題材に出される場合、映画だからこそ、根気強く動物たちがその表情をするまでカメラを回し続ける、ということができると思うのですが(あとはCGとか)、テレビの場合、そこまで演出者が納得のいく動物の表情を撮るのは、ずいぶん困難が付きまとっている気がしてならないのです。

 今回の猫やイルカの演技も、ここまで撮れたことには一定の評価をいたしますが、やはりこの部分が、ドラマにおいて見る側の涙を誘う最大のポイントであるがゆえに、かなりのハードルの高さを要求されるものなのです。 そこまでの水準に達しているか、私にはちょっと分かりません。 確かに猫が弥二郎殿、じゃなかった(笑)蟹江敬三サンのもとに走り寄った瞬間は、ぐっときたんですけどね。
 難しいです、動物に演技してもらうのは。

 治療依頼者たちの人間像を深く掘り下げていない、という面も確かにあるのですが、私なりにこのドラマに漂うイージー感の根源の部分を分析してみました。

 ただ花菱の苦悩や國村病院の展開は、原作よりもかなりリアルに進行している気がします。 私がこのドラマを傍観者で見るかハマりこんで見るかには、いまのところそこが大きなカギとなっています。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様

ええと、本文に異論を唱えるつもりではなく知り合いの話です。
獣医さんが何も出来ないのは往々にして手遅れなことも多いのだそうです。
野生では、「弱ってしまうこと=死」なので
たとえペット生活に甘んじていても弱ったことや痛いことを簡単に飼い主に判らせないのだそうです。
なので、かなり悪い状態になって飼い主が気づいて
医者に診せても手遅れで、飼い主は逆に「ヤブ医者め。」ッてことになりがちなんだそうです。

それで、現実の獣医さんは見てるだけということもあるのかも。

余談ですが、
この番組の内容を知ったとき、ペットの保険屋さんでもスポンサーにつくのかな思ったのですが、ペット保険には一切触れずですね。
今は皆さん結構利用されていますよね。カード支払いも多いですし。

行政的には動物病院は物販店とおなじ商業施設なのですが、銀行サンの個人事業に対する融資評価はかなり高いです。人間のお医者並みの信用格はあるみたいです。
って、最後は本当に動でも良い余談であります。

ネコが蟹江さんのほうを振り返った瞬間、泣きました
スタッフが気を引いて振り向かせたのはわかってるのに、まんまとハマっちゃったー。

動物クンに演技をさせるのは大変だと思います。
でも動物プロダクションから来てるコたちなんで、カメラの前でじっとしたり
スタッフが呼べばそちらへ行くというくらいのことはクリアしてるでしょう。

かたや、志村どうぶつえんのパンくんのように人間並みの知能をもった天才もいるから不思議なものです。

みり様
コメント、ありがとうございます。

なるほど! そういう面も、確かにありますネ! 私たち飼い主は、飼い犬の元気がなくなると、往々にして 「年をとったせいだ」 などと思いこんでしまうものです。 明らかに急疾患みたいな場合は別かもしれませんが…。

ペット保険を利用する、いまはそこまでペットのことを考えている人が増加している、ということでしょうね。

私などは心のどこかで、そんなところにまでお金をかけては…などと思ってしまう部分があるのかもしれません。 「犬なんかご飯に味噌汁ぶっかけたものを食わせてりゃいいんだ」、まではさすがに思いませんが、そんなことが当たり前に思われていた時代を、ちょっと引きずっているのかもしれません。

いろんなことを教えていただき、とてもありがたいです! 私のほうも狭い視野が広がっていく気がいたします。

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

私もこの場面ではぐっときました~。
それを見たとき、このドラマの生命線は、もしかするとペットや動物の演技にかかっているのではないのかなーなどと思い、「それってかなり大変…」 と思ったことから、こんな記事になってしまいました。

どうも簡単に物事が運びすぎる…というのは、 「新参者」 を見ているときにも感じたことです。 ドラマのどの部分に心を動かされるのかは、人によって千差万別なのかもしれませんが。 余計なことを感じすぎるのかなー。

 みり様の話、昔飼っていた2匹の犬のことを思い出しました。1匹は茶色の雄で我が家に来て1年で亡くなりました。気が強くて頭がよく好奇心が旺盛、でもそれが故に不意に天に召されました。都会では聞きなれない理由です。もう1匹は白色の雌で9年半ほど生きました。最初に飼った雄犬の死が突然で悲しみをともなうものだったために飼い始めました。こちらはおとなしくて、人間を噛んだことがないやさしい犬でした。自然死に近いものでしたが、本当によく生きてくれました。1匹目の喪失感を埋めるようにいてくれたのでしょうか。飼っている動物は人間の意を汲んで生きているような気がします。
 2匹とも、家族は誰ひとりとして死に目を見ていません。動物は死に目を見せない、知識として聞いていましたが、でも見守りたくなるので傍にいたくなりじっと何するでもなく見ていたりします。そんなとき、犬は強烈に見つめ返してきました。人間に見つめ続けられるのを拒否するような眼力が静かにこめられていました。犬小屋の中から人間を見つめ返す、蒼い炎を宿した眼差し、触れてはいけないものを見た気がします。(どこかでコメントしたような?)

『ビッグコミック』は、「小早川伸木の恋」が終わってから買わなったのですが、『神様のカルテ』の漫画が掲載されるようになってまた買い始めました。いまはモーニングと週刊文春を毎号(最近は新潮も)買っています。
 でも、『山口六平太』が掲載されているので、立ち読みはしていました。この“ロッペータ”にもソームという名の猫が死を迎えるときの話がありました。社内でかわいがっていた猫の死に、葬式をあげて送ろうというグループと、猫にそこまですることはないというグループに別れ収拾がつかなくなった。そこで六平太が機転を利かし、社内報を載せたメールを転送しました。そこにはソームの遺言がかかれてありました。

 我が輩の一生に悔いはない。
 灰は我が輩お気に入りの
 場所に蒔いてほしい

 かっこよすぎですが、動物の死に際にこんなこともありですかね。うちの2匹の犬は、庭の杉の木の根元に眠っています。
 
 枕が長くなりました。

 〔月曜8時のドラマみたい!?〕

 印籠はでてこないですが、ドリトルが悪徳ぶりを見せつけながらも結局うまいこと解決してしまう。矢が刺さった鴨や傷ついた犬が最後に出てくるので、次回の興味につながるのですが、今のところ強く気になるところまではいっていない(私は、ですが)。『ビッグコミック』の最新号にドリトルが登場していますが、ストーリーの展開は今までより逸脱したものがない。製作側がどれだけ原作の風味にスパイスを加えられるかが勝負でしょう。ただ、原作者が脚本監修の立場にいるようなのでどう折衝するのでしょうか。

 前回に書こうと思っていたのですが、ではどうすれば予定調和を外れた作品になるか、を考えていました。もちろんわたくし、リーンの嗜好が入っています。

 1、ドリトルを徹底的に悪徳に描く。
 2、2話完結の構成にする。
 3、ドリトルでも手に負えない事件を設定する。
 4、つらい描き方ですが、動物の死を描く。

 無理難題ですね。放送局にしてみればうけいれられないでしょう。
 ただ、4番を避けたストーリーは、説得力を感じないです。ドラマで悲劇を描いてもそれを称揚するわけではないし、逆説的ですが明日への希望を生むと信じています。

 余談、1 
 ペット、という言葉、家族ではなく愛玩動物という意味に思えるので、私はあまり使いたくない単語です。ただ、ほかの人にも強制したくありませんし、ドラマで使うな、とは思っておりません。室内で飼われ、散歩もさせず、動物専用の服を着せるようになって定着した言葉のように思えます。
 実はうちの愛犬には、味噌汁に御飯を食べさせていました。これが一番いいと思っています。家族同然だから人間と同じものを与えている。おおげさですけど、ちょっとした信念です。今は、食生活も多様化しているのでペットフードもありでしょうが、カロリーの過剰摂取につながらないのか心配です。

 余談、2
 最後に井上さんネタ。
 
 突き落とすことはなかったと思います

 3回もこの台詞をいっていましたが、こうした硬くてこなれない表現を彼女がするととっても違和感を感じる。“アスカミライ”より気になる。

 ま、彼女の額をペシッとやってみたいですが(アホ、丸出しです)。お下げ髪の『おひさま』早く拝みたいもんです。

リーン様
コメント、ありがとうございす。

ややっ、ソーム、死んじゃったんですか! ナムナム…。 それよりまだロッペータが続いていたとは…(笑)。 彼はまだ、ヒラなんでしょうか?(笑) 有馬氏は、まだ係長なんでしょうか?(笑)

私はなんか、「ゴルゴ13」 を読むのが苦痛になってきて…(笑)。 ロックフォードの野望編がちっとも進行しないのもイライラしますし(笑)。

今回の話とリンクしそうな 「ビッグコミック」 のマンガに、「犬を飼う」 というのがありました。 谷口ジロー氏のマンガですが、年老いて衰弱死していく犬を看取る、というマンガでした。 犬が死んでしまう場面は、もうただひたすら、号泣。 嗚咽もしてしまうほどの大泣きをいたしました。 マンガを読んでここまでグチャグチャに泣いたのは、後にも先にも、この一編だけ。

そして私も、同じような体験をいたしました。 オスで16歳まで生きたのですが、最後はもう、ボロボロになりながらも何とか生きているような状態でした。

おしっこをしようとしても片足を上げるどころか、両足をついていても倒れてしまう。 うんちなど10分以上力まないと出てこない。 お尻の部分もガビガビで、洗うと血が出てしまうために、ちゃんと洗ってやることもできない。

そんなボロボロの状態で、ほとんど生きる気力が失われているのに、私が鼻を近づけると、若いころによくしたように、ぺろぺろと私の鼻を舐めようとするのです。 そんな気持ちが残っていることに、ただひたすら、泣けました。

だから 「ペットロス症候群」 などと簡単に断定されると、「症候群」 などという簡単なものではない、と強く反発したくなる気持ちがある。 そんな気持ちが、この記事にも反映されてしまいました。

動物虐待の真犯人は、そのうち必ず出てくるでしょうね、このドラマ(笑)。

その犯人をどこまで深く描ききることができるか、どこまでリアリティあふれる設定をしていくかで、このドラマの可否は決定する気がします。 通り一遍の描写では、ちょっと納得したくないなあ~。

2話完結、というのはいい手だと私も思います。 「新参者」 も1話完結、このドラマも1話完結。 共通する消化不良感がある。
じゅうぶん咀嚼されないうちにあれよあれよという間に問題が解決してしまうのは、なんか釈然としないものが残って仕方ないのです。

「ペット」 という言葉に違和感がある、というリーン様の話は、私もなるほどと感じます。 別の言葉を考えれば、「パートナー」「家族」 といったところでしょうか。

ただそうしてしまうと分かりにくくなってしまうので、当ブログではあえて分かりやすさを優先して 「ペット」 と書かせていただきます。

「突き落とすことはなかったと思います」 の3連発、私は結構面白く見ましたけど(笑)。 小栗旬クンの 「おでこネタ」 も結構ツボですかねー(笑)。

いずれにせよ、真央チャンのような揺るぎのない演技をする人は、自分の能力を超える 「予測不能」 部分があって、初めてこちらの心を揺さぶる演技者となる気がするのです。 「突き落とし」 はそんな彼女の可能性を引き出すための演出家のチャレンジだったようにも思うのです。

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  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

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  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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