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2010年10月24日 (日)

「てっぱん」 第4週 ちょっとキツイかも

 週の終わりにまとめて見ている 「てっぱん」 ですが、今週は一週間分1時間30分が、ちょっと長かったです。 体調のせいなのかな、とも思いますが。

 原因的には、物語が既視感にあふれているためなのでしょうが、どうもこのドラマの体裁が、一日15分見ることを前提として作られている(とーぜんですけど)ことにあるような気がします。

 「ちりとてちん」 も、1時間半をとおして見るのはつらかった。
 「ゲゲゲの女房」 は、適度な 「薄さ」 というものがあった気がします。
 その 「薄さ」 というのは、内容的なものではなくて、登場人物たちの性格的な面です。
 みんな適度なつつましさが存在していたんですよ。
 ズケズケものを言わない、いやな部分を、しまいこんでしまうような面。
 杉浦太陽クンの演じた浦木のような性格の者が、ほぼ彼ひとりしかいなかった、と言えば、理解していただけるでしょうか。

 それに比べて、「てっぱん」 は、ほぼ浦木のような 「濃い」 キャラクターの人物たちによって、物語が構築されています。 大阪的と言えば、大阪的なんですが。 「ちりとてちん」 もそんな傾向にあったのですが、それ以上に話自体が濃かった(笑)。

 この差が見る側に与える印象というものは、かなり大きい。

 1時間半が長い、というのは、そんなところに本当の原因がある気がするのです。

 そしてそんな 「濃い」 人たちが、他人との濃密な関係を、嫌がっている。 なんか、ややこしいなあ、なんて考えてしまうのです。 おそらく関東と関西の文化の違いにまで及んでしまう話なんですけど。

 今週の話に漂うねっとり感は、視聴者を極端に選ぶ傾向にあるように感じます。 1日15分ずつ見るのが、正しい気がする(気がするだの感じるだのの話ばかりで申し訳ないです)。

 あかり(瀧本美織チャン)が暮らし始めた 「べっちゃあ」 初音(富司純子サン)の下宿人たちが、バラバラだと彼女が感じるところが、今週の物語の発端です。
 それをあかりに感じさせる一番の原因は、「この下宿が下宿人たちの食事を提供している」 というところから始まっています。
 なぜあんなに人間嫌いに見えるべっちゃあが、こんなことをしているんでしょうか。
 そこを疑問に感じないと、物語全体に入り込めなくなる。
 人付き合いが嫌ならば、大家のべっちゃあは下宿人たちを放っておくのが普通なのに、こんなことをしているのは、どこかでべっちゃあが、人付き合いに飢えているからなのです。

 ところがそれをどこかもクソも(笑)、まったく望んでいない人もいる。 落ちこぼれアスリートのオニーサン滝沢(長田成哉サン)です。
 そんなオニーサンに人と人とのふれあいを、あくまでも強制させようとする、あかりチャン。 結局あかりチャンの一生懸命さが、かたくななオニーサンに、ちょっとだけ届いた、ということなんですけどね。

 その結果下宿人たちが一堂に会して食事をとることになり、「やっぱりみんなで食べるとおいしいでしょう!」 という結論にもっていく、この展開を 「よし」 とするか 「どうも…」、と思うかが、このドラマを見るか見ないかの分岐点になっている。
 てゆーか、最初のトランペット投げ捨てる時点で、かなり視聴者はふるいにかけられとるのですが…(笑)。

 そんななかで、あかりが初音に向かって 「おばあちゃんの料理は、損しとる」 と話すのですが、それは初音の心の奥底にある 「他人と触れ合いたい」 という気持ちにまで、届くのです。 「下宿人の食事を作る」、ということは、「他人に奉仕したい」、という気持ちの表れであり、義務感ばかりでやっていても、誰も食べてくれないでしょう。 初音の料理が上手いのは、義務感でやっているからでは、ないのです。

 そしてあかりの友人、加奈(朝倉あきチャン)が、またもや持ってきた、あかりの本当の母親千春(木南晴夏サン)の形見のトランペット。

 それはあかりの弟鉄平(森田直幸クン)の一計なのですが、そこにはあかりに、「母親やバアチャンとしっかり向き合っていけよ」 という弟の気持ちが隠されている。

 「また戻ってきてしまったなあ…」 とぽつりとつぶやく、初音。

 このドラマでは、千春の魂が、まるでトランペットに乗り移っているかの描写をしています。 トランペットは、初音の娘としての、あかりの母親としての、千春の気持ち、そのものなのです。 この描写の仕方には、ほろりとさせられます。 相変わらず、あかりは自分の本当の母親を、「千春さん」 と呼ぶことにこだわっておりますが。

 まあ、ちょっとキツイかな、と思いながらも、また引き続いて見てしまうでしょう。 「ゲゲゲ」 の習慣が残っちゃってる、という面もありますけど。

「てっぱん」 に関する当ブログのほかの記事
第1回 名作の後番組は、ハードルきついですよね
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/09/1-8eb5.html
第1週 どこまで、ついていけますかね?http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/10/1-c996.html
第2週 相変わらず、ゴーインな脚本ですがhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/10/2-69b4.html
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