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2010年10月11日 (月)

「龍馬伝」 第41回 この世で果たすべき役割

 ちょっとお断り。 後半部分、少し書き足しいたしました。

 「龍馬伝」 第41回は、高杉晋作(伊勢谷友介サン)の死を中心とした話。 その切り口は、意外にもお涙頂戴という意図をあまり感じさせないものになっていた気がします。

 確かに高杉は今回登場開始から多量の喀血をし、最後には病死寸前だというのに波打ち際で嗚咽と呵々大笑を繰り返す、これ以上ないという壮絶さを見せつけていたのですが、伊勢谷サンの演技からは、「さあ泣け!」 というものよりも、「もう長くはない」 と諦めながらも、「最後の最後まで命を使いきってやる」、という高杉の執念をより強く感じました。

 却って泣かされたのは、高杉を慕う元奇兵隊の人々の思い。
 この人々、そんなに重要なセリフを吐くわけでもなく、一般ピープルという感じで名の知らぬ役者さんたちの演技によるものなのですが、なんかとても重要な役どころのような気がする。 龍馬の大政奉還論を拒絶する木戸(谷原章介サン)は高杉から命がけの説得を受けても動じないのですが、元奇兵隊の強引な面会希望の波に遭って、差し入れの卵籠を持ちながら、初めて慟哭するのです。

 そして今回後半、桜の季節まで生き延びることのできた高杉を、元奇兵隊の者たちは花見に誘う。
 ここは重病人を花見に誘うなんてなんと常識はずれな、と眉をひそめるより、本人たちの気持ちを重要視すべきでしょう。
 当時の結核は、ほぼ間違いなく不治の病。 一日でも長く生きられるように願うよりも、残された命を鮮やかに、華やかに使いきることのほうを、高杉も高杉を慕う人々も選んだのです。
 私はこの宴の間、高杉が三味線を持ったままこと切れるのではないかとひやひやしたのですが、作り手はもっと劇的に、高杉のラストシーンを用意しておったのです。

 それは冒頭にも述べた、波打ち際での泣き笑いの場面なのですが、これが、単に嗚咽をするだけでなく、笑いながら嗚咽をする、ということが、とても重要に私には思える。

 笑う、ということは、「自分の人生を使いきった」、という満足の感情です。 そして自分の志を継ぐ龍馬(福山雅治サン)という存在に対する安心感からくるものでもある。
 けれども、やはりそれでも、無念の感情を抑えることはできない。
 よだれを垂らしてみっともなく見えようとも、死の淵においては、なりふりなど構っていられません。 見てくれやカッコよさを逸脱したところに、真の感情というものは顕在化するものです。 そりゃ、みんなに 「ありがとう」 と感謝して死ぬのは、理想ではありますが(それって誤解を恐れずに言わせていただければ、かなり、生きていたときの自分の過ちを死ぬ間際で許してもらおうとする 「ずるい」 行為である気もいたします…笑)。

 そして今回私が重要だと思ったシーンは、死に瀕している高杉を、龍馬とお龍(真木よう子サン)が語り合う場面でした。 話が前後して申し訳ないですが。

 「お龍。 …人はどういて死んでしまうがじゃろうか…。

 天が、『もうおまんの役目は終わった』 と思われちゅうきじゃろうか…」

 「そうかもしれませんね。
 そやかて…人の死というものは、終わりだけではないと思います。

 その人の役目を…志を受け継ぐ者にとっては、始まりどすさかい」

 お龍の言葉を聞いた龍馬は、しばらく考え込み、深く頷きます。

 「…そうじゃのう。 その通りじゃ…。

 どんな時も、前に向かわんと、いかんがじゃき」

 この会話の間、龍馬がこのあと死んでしまわねばならなくなることの意義がどこにあるのかにも、思いを致さないわけにはいきませんでした。
 確かに龍馬のこの世での役割は、そこで終わったのかもしれないけれども、龍馬が殺されたその瞬間、龍馬の志は多くの人々に受け継がれたのではなかろうか、と。
 龍馬の死は、多くの人々にとって、「始まり」 だったのではなかろうか、と。
 「どんな時も、前に向かわなければいかん」 と、いみじくもこのとき龍馬はつぶやいています。 つらさを乗り越えて目の前のことに集中し、前進していく以外に、人が生きる道はないのだ、という龍馬の思想の一端が、ここにさりげなくも凝縮されていたような気がする。

 けれどもやはり、志半ばで倒れてしまうのには、無念がつきものなのです。

 今回最後のシーン。 高杉の波打ち際での泣き笑いシーンは、先に述べたように、無念あふれるシーンとなったのですが、「この世での役割を終えた」 と天から思われても、やはり心残りはある、この先のこの国の行く末を見ることができないつらい思いというものは、やはりあるんだと強く感じるのです。

 いろは丸を操船し、奇兵隊の旗をその高杉から受け継いだ龍馬は、静かにその 「受け継がれた精神」 を噛みしめながら、出航します。 その静かなる闘志を示す、青い画面。 そして海岸で慟哭する高杉を包む、落日のような、高杉の吐いた血の色のような、激烈な赤い画面。 この対比は、特に印象的でした。

 そのいろは丸、次回では沈没してしまうのですが、それをめぐる龍馬の駆け引きは、今から期待度大、です。

追記 書かなくてはならないと思っていたことを、思い出しました!

 弥太郎が今回ブチ上げた 「心配ご無用!」。

 そのジェスチャー、数年前の大河 「秀吉」 で、豊臣秀吉役だった竹中直人サンがよくやっていたものですよね!

 どうして香川照之サンがこの 「心配ご無用!」 をやったのかと思ったら、香川サンも確かその数年後に、大河(「利家とまつ」)で豊臣秀吉役をやっていた。 おそらくそのつながりで香川サンはこの身ぶりをやったのだと思うんですよ。

 どうも私がネットで検索をした限り、このことに言及しているブログ等がないようなので、あえて書かせていただきました。

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コメント

「高杉が安心して死んで行けるのは龍馬が志を引き継いだから」的な説明ナレーションが被さっていたのは余計だったような気も…。
わかりやすいですが。
それに加えて「龍馬が暗殺されるまであと7ヶ月」と毎回残り時間を言われちゃうのも心に刺さりますね。

奇兵隊の皆さんの想いはグッと来ましたねえ。
そこまで慕われる高杉の人柄も際立ちます。

手塚マンガ『陽だまりの樹』では
主人公が徳川側の鉄砲隊を、やはり農民などを集めて作ってるんですけど
そこでの親分(隊長)の慕われ方も泣けます。

今、そういう忠義みたいのって…
自らを振り返ってもなかなかありませんね。

余談ですが伊勢谷クンは
映画あしたのジョーで力石を演じるべく、体脂肪を驚異的に絞ったんですが
高杉の撮影と被ってますかねw

投稿: マイティ | 2010年10月12日 (火) 12時32分

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

私はそういう 「知ったよーな」 説明がつくと、却ってその奥にあるものを探してしまうのです(笑)。 それで 「泣き笑い」 に焦点を絞ったこのような記事になってしまいました(笑)。

「あと○○ヶ月」 とゆーのは、前回の記事中でも指摘しましたが、モロ 「宇宙戦艦ヤマト」 ですよね(笑)。 その期限が迫っていくに従って、龍馬が暗殺されるに足る要注意人物にますます成長し続けている、というのが感じられます。

「陽だまりの樹」、連載中は読んでましたよー。 単行本で何度も読み返したレベルではないので、ちょっとうろ覚えですが、マイティサンご指摘のそんな場面が、確かあったような気がします。 このマンガで私がいちばん記憶に残っているのは、手塚良庵のオヤジサン、手塚良仙が脳梗塞で倒れた後のセリフの数々。 手塚治虫氏の作り出すリアリティのすごさに、舌を巻いたものです。

ゲゲッ、伊勢谷サン、力石役ですか…。

「あしたのジョー」 をバイブルのように100回以上は読んだ私にとっては(スミマセン、いろんなものに若いころはハマってまして…笑)、このマンガの実写映画化には内心忸怩たるものがあるのですが、うーん、この回のやつれた伊勢谷サンを見ていると、「伊勢谷サンが力石とは、結構はまり役だな…」 と考えてしまいます。

投稿: リウ | 2010年10月12日 (火) 14時51分

http://news109.com/archives/3495449.html

伊勢谷・力石と、丹下のオヤッサン役の香川さん(爆!激しすぎW)が見られます。


「陽だまりの樹」は全巻持ってますんで
脳梗塞のところをもう一度読んでみますね。
手塚さん自身も医師ですもんね。
ひい爺さんが福沢諭吉と共に緒方洪庵の元で学んでいたとは…すごい家系ですね。

投稿: マイティ | 2010年10月13日 (水) 10時47分

マイティ様
再コメント、ありがとうございます。

見ました(笑)。 いきなりネーチャンのハダカが出てきたのにはびっくりいたしましたが(笑)。

いや、これはすごいです。

私も 「ジョー」 にトチ狂っていたころだったら 「冒涜しやがって許せねえ」 という気分になったでしょうが、「これもアリかな」 なんて思えるのは、大人になった証拠ですかねえ…。 いや、それ以上に、この画像からは、「半端なものは作らない」 という気概が感じられるのです(主演の山下クンはどうなのかな?)。

ま、数年後にテレビでやったら見るかな、程度の興味でしかないですけど(笑)。

「陽だまりの樹」 に関しては、結構脚色もされているんでしょうけどね。
脳梗塞の場面は、確か物語後半です。 死の床で 「芸者を呼べ」 と良庵を促し、「あの芸者はいい妓じゃった…」 と漏らしてこと切れる。 なんか泣けたのを覚えています。

投稿: リウ | 2010年10月13日 (水) 13時54分

リウ様

高杉の最後。想像以上に壮絶でした。「龍馬伝」の高杉は、これでもかというほど恰好良く描かれていました。龍馬とのカリスマ性の違いを鮮明にする為だと思っていましたが、ー高杉は優秀な生徒会長。龍馬は熱血運動部長ーそれだけではなかったようです。いつも冷静な高杉が初めて感情を爆発させた海のシーン。自分の死を頭では理解しても、感情では受け入れられない。目指す未来の扉がやっと開き始めたその時に歩みを止めなければならない悔しさが、恰好悪ければ悪いほど伝わってきました。
志を継いだ龍馬の表情も厳しいものになってきました。武市さんとの別れの時とは大違いでした。ー武市さんは自ら死を受け入れてしまっていたので泣くしかなかったのかなー高杉の魂までも受け継いだ龍馬は、泣く事も許さなかったのかもしれません。

今回「海」が希望の象徴とともに、生と死が交差する場所に思いました。龍馬の魂も海に帰っていくのでしょうか。

投稿: may | 2010年10月14日 (木) 19時09分

may様
コメント、ありがとうございます。

このドラマで語られる高杉は、おそらく高杉を慕う多くの人々によって作り上げられた、偶像のような気がしてならないのです。

古くはブッダやキリストから、人々は自分たちの慕うカリスマに対して、かなり大げさな脚色を纏わせてしまう。 戦場で三味線ひとつで砲弾の飛び交う中を歩き続けた高杉は、結構笑えるものがあるにせよcoldsweats01、そんなメサイアチックな視点が感じられる。

そんな高杉が死ぬ直前の映像は、may様もご指摘の通り、それまでカッコよすぎた彼が、メチャクチャ無様です。
私はここらへんに、「龍馬伝」 独特の精神世界を感じます。

「龍馬伝」 とは、登場人物たちをそのまま描いたものではなく、まわりのファナティックな視点から築きあげられた登場人物たちを描いたもの、という趣を有しているように思えてならないのです。

投稿: リウ | 2010年10月15日 (金) 05時23分

リウ様

追伸。お龍達は、「いつ命を絶たれても惜しうない覚悟をされています」と言いましたが、命の価値が今よりもずっと軽い時代に、生きて志を成し遂げる事に執着していた二人だったと思います。現代は、言葉では「命よりも大切なものはない」と言いながら、簡単に人を殺める、自らの命を絶つ人が絶えない。皮肉ですね。

「龍馬伝」は幕末に生きた人を素材に、斬新な味付けをしたドラマだと思います。制作者は「命の重み、家族や友との絆」など、私達に欠けてしまったもの、大切に守らなければいけないものは何かを問うているのかもしれません。

投稿: may | 2010年10月15日 (金) 21時55分

may様
再コメント、ありがとうございます。

「人のいのち」 に対する認識は、150年前と現在では、大きな隔たりがあって当然だと思います。 150年前のほうが、身の回りには 「死」 の匂いが充満しているのは明白ですが、それゆえに、その頃のほうが、 「生」 に対する執着も現在に比べればとても大きいのではないでしょうか。

現在は 「死」 を隠蔽する傾向に走りすぎて、却って 「死」 の恐怖を、見くびりすぎている。 自分が死にそうな目に遭わなければ、死の怖さを実感できないのです。

だから簡単に、自殺する。

だから簡単に、「ぶっ殺してやる」 と思う。

死が身近だったからこそ、当時の人々は、現代よりもずっと生に執着している気がします。

「人のいのち」 に対する認識で、昔も今も決して変わらないと思うのは、「人がひとり死ねば悲しむ人がいる」 という点ではないでしょうか。

それは家族であり、友であり、パートナーであったりする。 「龍馬伝」 の方法論の根底には、may様ご指摘のそんな部分も、見えるように思うのです。

投稿: リウ | 2010年10月16日 (土) 05時42分

りうさんはじめまして。 私はずっと香川照之さんの「心配ご無用」がどこのものだったか気になってサーフィンしてここにたどり着き今はれもちが取れた気分です。ありがとうございます。現在大好きな龍馬伝の貯めておいたDVDを毎日見直しているところです。四六時中かけているので考え事をしていると土佐弁で考えている自分に気がつき恥ずかしくなります。ちなみにわたしのHNの「りょう」は「両方」のりょうなので坂本さんとは関係ありません。

投稿: りょう | 2013年3月23日 (土) 11時16分

りょう様
こちらこそはじめまして! コメント下さり、ありがとうございます。

「心配ご無用? なんのこと?」 と思って自分のレビューを再び読んでしまいました(笑)。 そう言えば香川照之サン、やってましたね、そのジェスチャー(笑)。

私もドラマのなかの方言に影響されることってすっごくあります(笑)。 ブログの文章自体がそうなっちゃって、「龍馬伝」 のときは土佐のかたから、「カーネーション」 のときは大阪出身のかたから 「使いこなせてる」 と感想をいただきました(笑)。

投稿: リウ | 2013年3月24日 (日) 09時08分

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