« 土曜ドラマ 「チャンス」 第5回、第6回(最終回) 心に残る 「ダニー・ボーイ」 | トップページ | 「龍馬伝」 第40回 龍馬VS象二郎、虚々実々の会談 »

2010年10月 3日 (日)

「SONGS」 山口百恵 ちょっと小出し気味

 1980年というのはいまにして思うと私にとってかなり衝撃的だった年で、年初めからポール・マッカートニーが来日と同時に麻薬所持で逮捕、長嶋監督は巨人を解任、年末にはジョン・レノンが射殺。
 山口百恵チャンの引退もその衝撃的な出来事のひとつに入るのですが、自分がそれまで拠りどころにしていたものが次々なくなっていくことは、その後数年にわたってじわじわと喪失感となって実感していったので、それが起こっているときはただ、「時代というものは移り変わらねばならない」「蜜月の時代は、終わらねばならない」 という世の習わしのほうを強く感じていた気がします。

 それから30年という年月が過ぎたわけですが、その間にいろいろなことが起きたとはいえ、あの時代に感じていた 「時の濃密さ」 というものは格段に薄れている気がする。 要するに、30年前の1年は、現在の5年くらいに相当する感じ。 まあ良く言われることですけどね。

 その濃密さ、という観点から山口百恵という女性のことを考えると、彼女が駆け抜けた6年間、というのは、まさに究極の濃密さ。 メタモルフォーゼの連続、脱皮の連続みたいだった気がします。

 彼女の大ファンとして、その変化についていくのは結構大変でした。
 私が好きだった山口百恵、というのは、以前このブログで書いたのでここでは省略しますが(興味のあるかたはこちらへどうぞ→http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/02/post-a647.html)、今回のNHK 「SONGS」 で紹介された彼女の姿を見ていて、彼女がその活動期間中に私の本当の好みの姿だった期間は、ヤケに少なかったんだな、ということに気づきました。

 私が好きだったのは、ちょうど 「青い果実」 あたりから、「愛に走って」 のあたりまで(要するに、初期の百恵チャンです)。
 彼女は眉毛を細く剃る傾向に、だいたいおしなべてあったのですが、それがひどくなるのは 「パールカラーにゆれて」 あたりのこと。 同時に髪の毛をちょっとアップして、おでこを見せるような髪型になった時期がありました。 今回紅白で 「横須賀ストーリー」 を歌っていた時期です。 あの髪形は、嫌いだったなー。
 それから数年は、彼女の大人びたメイク自体が嫌いでした。
 それが 「いい日旅立ち」 のころに、ちょっと昔みたいな大人しめな感じに戻った。 今回の放送で、「美・サイレント」 を歌っていた時期です。 いま見ても、やはり私好みでした。 しかも以前と同じではなく、大人の魅力を兼ね備えた上品さを漂わせていました。
 それは 「しなやかに歌って」 あたりまで続いたのですが、「謝肉祭」 のころだったか、カーリーヘアにしてしまって。
 それから引退まで突っ走る彼女の、神格化されていく傾向に、ずいぶん辟易していました。
 いまでも 「引退コンサート」 の映像は、見たくもない。

 あまりにも思い入れがありすぎたせいで、逆に自分の思い通りの姿でいてくれないと、なんか不満。
 そんな恋愛感情というものが、あるんですよね。
 ガキの頃だったから余計に、制御が利かなかった気がします。

 今回彼女の映像を見ていていちばん不満だったのは、「なんで全曲流さないのか?」 という点でした(笑)。
 NHKで以前に放送した 「わが心のキャンディーズ」(こんな題名でしたっけ?)では、これ以上ないと思われるほどの良心的な作りだった気がするのですが。
 こんなブツ切りでは、じっくり味わうこともできない。

 と同時に感じたのは、結構彼女が、歌番組では音程を外しまくっている、という点です。
 こんな歌だったら、今どきのアイドル歌手のほうが、よほどうまい。

 けれども、その存在感は、とても17や18の女の子と思えない。 山口百恵という人の顔の造形や、全体から醸し出される雰囲気を見ていて、とても心に引っかかるものが、大きいんですよ。

 いまのアイドルや歌手は、彼女のレベルよりも顔も歌も、格段に上だと思われるのに、全く心に残らないことが多い。 引っかかるものが、ないんですよ。
 これがいわゆる 「オーラ」 というものなのかな、などと無責任に考えてしまうのですが、ハイティーンの女の子、って、現代ではホントに、全くの 「女の子」 でしかないのに、彼女はすでに、 「女性」「女」 になっている。

 それでもそんな大人びた女性は、昔から確かにいましたよ。 藤圭子サンとかね。 彼女の早熟ぶりは、確かに 「山口百恵」 を演じようとした結果だったのかもしれないのですが、それは彼女がそう望んだ結果だった、ということは、とても伝わってくるのです。
 彼女には、いわゆる 「暗いアイドルをやらされている」 感がない。
 今回の番組で宇崎竜童サンが、彼女の意志で作曲の依頼が来た、ということを話していらっしゃいましたが、そのことひとつとってもそのことが良く分かる。

 そして今回、ほんの少しですけど映像が出てきた、桜田淳子サンと、どうしても比較してしまう。 彼女は、ホントに気の毒です。 同時代に出てきた山口百恵チャンと、絶えず比較されてしまう傾向にあるのですから。

 淳子チャンは、なんか 「アイドルをやらされている」 感覚が、常に付きまとっている。
 いまにして思うとその 「既成のアイドル像」 にぴったりハマっていた淳子チャンに、魅力も感じるのですが、当時はそれが、彼女の楽曲をめぐる 「物足りなさ」 に直結していた気がします。

 これは所属するレコード会社の質が原因だ、と私はずっと考えていたんですけどね。
 淳子チャンも、ピンク・レディーも、当時はビクター。 どちらも、楽曲のアレンジのセンスが、なんか古臭いんですよ。
 かたや百恵チャンは、CBSソニー。
 CBSソニーという会社は、南沙織サンの時代からすでに、当時としては最高レベルのセンスあるアイドルソングを輩出していた気がします。

 そんなセンスあるレコード会社だったからこそ、百恵チャンは自らの意思によって驚異的なメタモルフォーゼを敢行することができたんじゃないでしょうかね。

 「SONGS 山口百恵」、来週のPart2では、「私がいちばん見たくない」(笑)引退コンサートの映像が、バンバン出るらしいです。 ゲンナリ(笑)。 まったく期待せず、もしなんだったら飛ばしまくりで見てやります(笑)。

« 土曜ドラマ 「チャンス」 第5回、第6回(最終回) 心に残る 「ダニー・ボーイ」 | トップページ | 「龍馬伝」 第40回 龍馬VS象二郎、虚々実々の会談 »

テレビ」カテゴリの記事

芸能・アイドル」カテゴリの記事

コメント

フフフ、私は横須賀ストーリーあたりからがカッコよくて好きですけどね
なんか引退して月にでも帰っていくのかって盛り上がりでしたね。
普通に都内に住んでるのにw
まあ、完全引退なのが潔いです。

百恵ちゃんにせよ、藤圭子さんにせよ
影がありましたよね。昭和ですねえ。
実際に暗いものを背負っていたかどうかはよくわかりませんが。
(百恵ちゃんはご家族を養っていたっけ?)

あら、偶然両方のご子息が活動休止だわ。
百恵さん長男のバンド休止&ウタダさんアーチスト活動休業。


>ビクター。 楽曲のアレンジのセンスが、なんか古臭いんですよ

RCAですかね?
たしかに南沙織のドライな存在感と比べるとベタかもしれませんが
一応ピンクレディのジャンルはファンクですよね。ディスコクラシックスというか。

淳子ちゃんに関しては…友人があの「エンジェルハット」をマネして被ってました(失笑)
えーと、ベイシティローラーズでタータンチェック着るのと、どっちが先だっけな?
(爆)

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

一般的には阿木・宇崎コンビ以降の 「百恵さん」 が受けているのは、よーく存じております(笑)。 後世まで語り継がれる評価は、後期の活動によるものが大きいですからね。

「横須賀ストーリー」 が出たときは、私もショックでした。 オレの知ってる百恵チャンは、いったいどこに行ってしまうのだろう、という思いとともに、この曲の斬新な構成に、夢中になったものです。

ちょっと彼女のことに関して書くと止まらなくなりますので(笑)、また新たに記事を立ち上げたいと思うのですが、このところドラマの感想文を書くのに手一杯で、以前のようなじっくりと腰を落ち着けた記事が書けないのが残念です。 そーとー小難しい議論が、百恵チャンに関してはできる自負を持っているのですが(笑)。

RCAは、ヒデキですよね(笑)。 と思ってウィキを調べたら、デビュー当時はビクターだったんですね! ビクターがダサい、というのは自分がガキのころの思い込みでありまして(笑)、よく考えてみると、淳子チャンの 「ひとり歩き」 のアレンジは、秀逸でした。 これ、調べたら、作曲編曲共に、筒見京平サン。 レコード会社が原因というわけでも、なかったんですよね。

いやいや、またまた話が長くなりそうだ!

ピンク・レディーがファンク、というのは、なるほどです! そういう見方をするとなかなか時代を先取りしていたんですね! 淳子チャンに関しても、そのうちちゃんとした記事を書きたくて、ちょっとウズウズしております(いつになることやら…)。

ベイ・シティ・ローラーズ! んもー、話が止まらなくなりそうです(笑)。 ビートルズを好きな奴はベイ・シティ・ローラーズを見下す傾向にあるのですが(笑)、私は大ファンでした!

1974年から76年あたりは、私がいちばんアイドルに入れ込んでした時期でした~(小4から小6くらい)。

リウ様
リウ様が百恵ちゃんのファンだったなんて。実は私も大好きでして。彼女以上に心奪われる女性は出てこないのではと思っております。もっとも私が憧れてやまないのは、芸能人としてではなく彼女の生き方なのですが。強く、しなやかで、優しく、潔い。アイドルの百恵ちゃんは、その出生を利用してか影のある、どこか世の中に見切りをつけている様な感じでした。実際彼女にとって芸能界の仕事は生活を支える為の手段にすぎなかった。「泣かないアイドル」百恵が見せた涙を覚えていらっしゃいますか。賞を貰った直後に友和さんから電話が入った時です。あの時彼女は一瞬ですが素に戻った。その少女らしい、愛くるしい笑顔はまるで宝石のように輝いていました。確かに苦労を沢山したでしょう。でも彼女の本質は、たくましくて、明るい、悲壮感なんてまったく感じさせないものだったんじゃないかと思っております。

may様
コメント、ありがとうございます。
これから仕事ですので、帰ってきたら改めてお返事差し上げます。

私は百恵さん引退後に生まれた世代ですが、今の歌手より断然百恵さんの方が好きです。

ていうか百恵さんを知ってしまうと今の歌手がペラッペラに感じてしまうのです。
確かに顔やスタイルでいえば彼女以上の人はいると思います。
ただ歌唱力・表現力に関して言えば今の歌手が束になってかかったって敵わないんじゃないでしょうか。

やらされている感がないというのはすごく分かります。

百恵さんの資質を引き出したのはもちろん本人の努力・歌の咀嚼力などが素晴らしいのは言うまでもなくその上に、阿木・宇崎コンビがもたらした歌の世界だったのではと思います。特に阿木さんの書く女性を演じることで少女から女へものすごい勢いで成長していったように感じます。

なんせあの美空ひばりをして「あの子には負けるかもしれない」と言わせたという話も聞きました。

夜のヒットスタジオin山口百恵も予約購入しましたが、何回見ても飽きないです。
蒼い時も読みましたが残間さんが手直ししている部分もあるのでしょうが、百恵さんの深い洞察力に驚きました。

ちなみにジュリーも大好きです。なのでこんなスター達が毎日のようにお茶の間に出ていた時代って贅沢だなーと羨ましくてしょうがないです。

もしよかったら百恵さんについて詳しく書かれたブログがあったので読んでみてください。
「山口百恵は国宝である」でヒットすると思います。

may様
あらためてご返信いたします。

私にそんな常識的なことを訊かないでくださいまし(笑)。 もちろん覚えております。 それを見たときは私も小学生くらいのガキでしたが、強い嫉妬心を抑えきれませんでした(弥太郎が如く…笑)。

ただし友和サンとの仲は、半ば公認的な感覚。 百恵チャンが好きなものは何だって自分も好きになったのです。 私は友和サンのファンでもありました(いまも応援しております)。 

告白しますと、自分が詩を書き始めたのも、彼女が高村光太郎の詩を、特に愛唱していたからなのです。 読み漁りました、「智恵子抄」(笑)。 彼女と同化することによって、彼女と同じ価値観を身につけたい、とひたすら小学生のガキは考えておったのです。 いまにして思うと、かなりアブナイ線まで傾倒しまくっていました(笑)。

彼女が流した涙でもうひとつ印象的なのが、「ミュージック・フェア」 で 「ラスト・ソング」 を歌った時です。

「恋をすることさえ許されないで 歌い続けてきた私」 という谷村新司サン作詞作曲の歌を、まるで自分に投影するかのように感情移入して歌い続け、いつしか彼女の眼には、大粒の涙が。

これも友和サン絡みだったんですよ!(クッソ~…笑)。

彼女の生き方自体に心を動かされるmay様のようなかたが世の大半なのでしょうが、私の場合は、かなり複雑な愛憎入り混じりまくりの(笑)、それでもやはり自分のなかでは孤高を保つべき、アイドルなのです。

しょうが様
コメント、ありがとうございます。
彼女の引退後にお生まれになった世代とか。 それでここまで傾倒していらっしゃるとは、なんだか自分まで嬉しくなってしまいます。

「今の歌手がペラッペラに見える」 というしょうが様のご指摘は、私の場合かなり前から感じておりまして(もう四半世紀にもなるか…笑)。

それでも、歌唱力や表現力でも、彼女より上の歌い手はたくさんいると、私は思うんですけど、山口百恵の場合、歌に注がれる情念、というものが並大抵のレベルではない。 情念というレベルで論じ出すと、山崎ハコ嬢や中島みゆきサンのような 「ひたすら暗い」 という傾向に陥ってしまう場合が多いのですが、彼女の場合、それをティーンアイドル、というステージのなかで実現させてしまっている。 ここが、凄いのです。

これは彼女が歌手であると同時に、優れた女優であったことも起因しています。
彼女の演じた 「赤いシリーズ」 や文芸路線の初期映画をご覧になったことがありますか? そーとー、凄い演技力です。
私は少なくとも、同じカテゴリーに入ると思われる、吉永小百合サンや倍賞千恵子サンよりも、レベルが上だと確信しています。 そのたぐいまれな演技力にも、彼女の情念が見てとれる。

これ以上書くと将来このブログに書こうとしている内容とダブってしまうのでこの辺でやめますが(もったいつけてスミマセン…笑)、しょうが様がうらやましがられるように、確かに70年代のアイドルは、凄かったです。

結局70年代はアイドル達にファンが夢を抱くことのできた、ファナティックになることのできた、いちばん最後の瞬間だった。 80年代以降のアイドルは、とにかくファンとの距離が近いです。 隣のお姉さん、クラスメイト的な感覚、という経緯を経て、いまではお茶の間のオモチャとまで化しているケースが見受けられます。 しまいには何十人も何百人もストックしていなければ機能しないプロジェクトまである。 アイドルひとりひとりの価値が、不当なまでにダンピングされているのです。

しょうが様のお勧め、「山口百恵は国宝である」、ちょっと覗いてみようかな、と考えております。 ご紹介いただき、お礼申し上げます。

 リーンです。

 皆様、リウ様、思い入れすごいですね。私が女性アイドルで好きになったのが荻野目さん、ということから比べれば皆様の足元にも及びません。

 山口百恵さんが引退したのは1980年でしたか。私にとって、この年を今から振り返ると思い出す出来事は、大平首相の死去と、山下達郎の「RIDE ON TIME」が発売された年、というものです。時代は遠くなりました。
百恵さんの引退は、時代が節目を迎えた象徴だと思います。松田聖子の生き方と比べると際立って違います。人間の生き方が変わったといえるのでは。

 ピンクレディは阿久悠さんが意図的に時代に向けて仕掛けた実験という趣がします。「サウスポー」は王貞治さんの現役時代を知らなければ、なんのこっちゃというものです。ふたりの人生は芸能界に振り回されたイメージがぬぐえません。でも時代の寵児でした。
 ここと比べても、百恵さんは人間的に感じられる輝きがあるように思います。

 今、音楽のすべてを、山下達郎から組み立てて見ていると、本当に華やかな時代だったのかな、そんな感慨を持つ時代です。

リーン様
コメント、ありがとうございます。

リーン様のお好きな山下達郎サンと荻野目洋子チャンの接点、とゆーものがよく分からないのですが…(笑)。 結構本格派好みなんだと思っていたのですが、オギノメとはなかなか…(なんなんだ?…笑)。

達郎サンの 「RIDE ON TIME」 は衝撃的でした。 80年でしたか。 特に印象的だったのが、ドラムパターン。 「青い水平線を」 の冒頭から、ヴォーカルにかぶさるドラムは、「こんなの聞いたことがない」 いう衝撃でした。 「オ・オ・オ」 とヴォーカルとユニゾンするドラムもカタルシスを感じます。

山口百恵という生き方は、「結婚したら女は家庭に入るもの」 という古い因習をそのまま踏襲したもので、当時の中ピ連(ウワ、…何だ?…笑)ウーマンリヴ以降の流れにも逆行するものでした。 それ以降アイドルはどんどん結婚後も有効な職業になっていくのですが、そのなかで彼女の生き方はますます孤高の輝きを増している。

私にとってみれば、単に友和サンとの結婚過程を見せつけられていただけ、という恨みも残りますが(笑)、そんな点が評価され続けている。 誠にもって、歯ぎしりをしたくなるのであります(笑)。

 リーンです。

 痛いところをつかれました。
 荻野目さんは、私も人並みに男だったということです。ただ、職業意識でなく、歌が好きで芸能界にいる、そんなところに惹かれたと思います。
 高校を卒業し上京してから、かなり自意識が芽生えたのか、なぜか女性芸能人に特定のファン意識が働かなくなりました。そんなとき、TBSの番組などで耳にした山下達郎を気にかけ、「RIDE ON TIME」を聞いたときの鮮烈な印象を思い出し、ついにはコンサートにいってすっぽりはまったわけです。おかげで、過去の音楽史を達郎から見た芸能史風に再構築する癖が抜けなくなりました。上京してはまったもうひとつ、それが司馬遼太郎さんです。少年期にはまったものがかなり変容して(断絶して?)いるのが私の人生です。本格派といわれると恥ずかしいです。それは私じゃないです。

 高村光太郎に傾倒した感性、私にはないものだな、と少々嫉妬(?)もあります。リウ様のほうが芸術的感性がおありなのでは?だからここにお邪魔しています。

 山口百恵さんは、人生を生きる大事なものを知っている人、ずっとそんな意識で気にかけています。誰にも譲れないものがあるか、なぜか問いかけてくる存在です。歌よりもそこに惹かれます。

引退コンサートの映像を先日みました。

さだまさしさんのインタビューで、
「秋桜」を提供した当時、百恵ちゃんにはピンと来ない歌詞だったというエピソードを知り
さらに、実際に結婚が決まってから「歌詞の意味がようやくわかりました」と
さださん本人にメッセージをくれたという。。。

着物を縫いながらのチラ見だったのですが
上記のくだりでは、顔から汁という汁が…!!
着物には水分は御法度なんです。
避難が大変でした(爆)

リーン様
再コメント、ありがとうございます。

荻野目チャンに突っ込みを入れるとは、大変不調法なマネをいたしましたcoldsweats01

少年期にハマったものがそのまま断絶している…というのは、よく分かる気がします。 人間、他人から影響を受けやすい時期、というのは確実にあるのですが、大人になるとそんなことはあまりなくなる気がします。 アイドルに対しても、私の場合は中学に入るあたりからすでに一歩引いた目で見ていた気がします。 それは百恵チャンに対しても同じ。

山下達郎サンに関しては、感性的に好みのミュージシャンではあるのですが、ちょっと夢中になる時期を逸しました。 キンモクセイが薫る季節となりましたが、この時期になるときまって、「さよなら夏の日」 が私の頭の中を反芻しております。

芸術的感性がある、と言われれば、口はばったい言い方で恐縮ですが、確かにあります(笑)。 詩もよく書きましたが、高校時代は美術部で、油絵も結構描きました。 ギターもたしなみますし、芸術家タイプの人間だということは、自覚しております。 ただそれで飯が食えないのが、この世のはかなさ、と申しますか…。

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

引退コンサート、見ましたか。 私はHDDに録画したまま、いまだに怖くて(笑)手を付けておりません。 記事中にも書きましたが、どうも引退コンサートの映像には、拒絶反応があるみたいです(笑)。 そのコンサートの当日はエライ悲しくて、感傷的な詩を連発して書いていたんですよweep。 お恥ずかしい。

顔から汗という汗が…って、ナミダのことでしょうか?(笑)
さだサンのファンになったのも、百恵チャンがさだサンのファンであることを知ったからでした。 ですから 「秋桜」 が出たときは、好きな人に曲を書いてもらって、よかったなあ百恵チャン、という目で見ていました。 彼女の出したシングル盤で唯一買ったのがコレ。 大ファンだと言うわりには、ちっともレコードを持っていませんでした。 なにしろ当時は、ビートルズ関連のレコードを買うので手一杯だったので…。

お着物を縫っているとのこと、大変ですねー。 頑張ってください。 陰ながら応援しております。

百恵ちゃんを見て顔から出たのは汗ではなく
汁(しる)です。汚くてすみませんWWW
涙も出ましたが鼻も…。crying

そうですね、当時はLPもドーナツ盤も高価な買い物でしたものね。お年玉で買う!
私の買ったドーナツ盤はヒデキ(RCAビクター。『薔薇の鎖』など、YMCA以前の曲が好きでした)、次はクイーンでした。

そのままジャンルは変われど
ず〜〜〜〜っと音楽ファンは現役でして、
お金があったころは(涙)海外のフェスとフジロックをハシゴしたりしてました。

恥ずかしながら明日も某アンダーグラウンドなライブへ。 オホホホ
最近は若い才能あるコを追っかけてますが(痛いですね。自覚してます。)
ティーンエイジャーの頃にハマってた東京ロッカーズとか遠藤ミチロウさんとか周辺の方々、もうみんな還暦です…

マイティ様
再コメント、ありがとうございます。

あっ、汁、でしたね!(笑)。 いやー、そんなにグジャグジャになるほど感動されたのですか…。 見たいような、見たくないような…(いまだに見ておりません…笑)。

東京ロッカーズ、遠藤ミチロウ…スミマセン、全く存じませんでした…(笑)。 でも新しい世代の音楽について行っている、というのは、かなりマイティサンの頭が柔軟なのだと思います。

「薔薇の鎖」! 私もマイティサンと同じです。 「ヤング・マン」 は好きな曲ではありますが、それまでのヒデキの曲から言うと、なんかゲテモノの類の曲だと思うんですよ(失礼)。 それ以降のヒデキの曲は、なんかどことなく 「作られた」 感が強くなって、あまり熱聴(?)することがなくなりました。 「ボタンをはずせ」「ブーメラン・ストリート」 とか、なんか違うなあ…という感じでした。

私が好きだったヒデキの曲は、マイティサンと同じく 「ちぎれた愛」「恋の暴走」…とにかく初期のヒデキですね。 初期のシングル曲は、すべて好きです。 得にいいのは、「ラスト・シーン」。 「至上の愛」 を最初に聴いたときは、女の子でもないのに、「このままどこかに連れ去って~」 という気分になりましたhappy02

クイーンも、シングル曲はすべて聴きまくりました(エア・チェックなどで)。 なぜかそれなのに、アルバムのほうには触手が伸びなくて…(やはりビートルズに予算がかかりすぎた関係で)。 「ボヘミアン・ラプソディ」 を最初に聴いたときも、相当頭真っ白状態でした(笑)。 思えば当時は、いろんなものにショックを受け続けた時代だった、そんな気がするんですよ。 「その曲を聴いて頭がひっくり返る感覚」、というものを、また体験してみたいものです。

何度もすみません

>そんなにグジャグジャになるほど感動されたのですか…。
百恵ちゃんが「秋桜の歌詞の意味さえわからないほど幼かった」ということに泣けたのですーー!

音楽についてはですね
常に一番とんがったところに触れていないと!という使命感のようなものがあり…。
さすがにAKB48とかは顔と名前が一致しません(それは光GENJIの頃から)。でも嵐は好きです。

ま、年齢を経て、歌舞伎や邦楽(雅楽とか長唄端唄とか)も、ちょっこしわかるようになってきました。
存在自体が衝撃的なものから、本当に磨いた芸の素晴らしさに興味が移りつつあるというか。

本業は広告デザイン関係ですが、かなり斜陽でして
エンターテイメントを味わうためのお金が稼げないので(いや、生活できてないだろっ!)アルバイトもたまにします…

マイティ様
コメント、ありがとうございます。 返信が遅れまして、失礼しました。

思わぬところで、泣けてしまったんですね。 どんなところに号泣ポイントが隠れているか、分からないものですね!

常にとんがった感性に触れようとしているその姿勢、頭が下がります。 広告業界の職業病かもしれませんけど(笑)、普通は歳をとるごとに若い世代の音楽を素直に聞くことができなくなっていくものですよ。 私は 「イカ天」 のころは、すでに自分より年下のバンドが数多く出ていたのですが、それでも何のわだかまりもなく彼らの音楽にハマっていました。 最近はだめですねー、特にラップとか。

AKB48は私もちっとも分かりませんcoldsweats01。 龍馬の妹春猪をやってる人がAKB48らしいのですが、メイクが全く違うのでAKBのときに探したけれど分からない(笑)。

邦楽が分かるなんて、やはり服飾系の手ほどきを受けていらっしゃるからなのでは? 私はどおーも、その良さに気付く境地まで達しておりません。 日本人なんですから、分かりたいと思う気持ちは強いんですけど。

初めまして。
「山口百恵 眉」で検索したら辿り着いた者です。

引退コンサートのくだりの話、やっと共有できる方がいらっしゃいました。
私も80年の百恵ちゃんは余り好きじゃなくてw
メイクがキツすぎるんですよね。
髪型もなんだか似合ってない感じ。
引退コンサートや翌日の夜ヒットの彼女はまだ大丈夫ですが、謝肉祭~ロックンロール・ウィドウの彼女には、正直「・・・。」な気持です。(未だに)

78年のいい日旅立ち~80年の愛染橋くらいが一番「美麗」といえるかなと。
蒼い時によるとメイクは余り好きではなかったようですが、「じゃあなんであんな酷い姿(失礼)で去ってったんだよぉ~~~」なんて思ったりして。
謝肉祭やロックンロール~の楽曲イメージ、更には引退までのみっちりスケジュールに影響されてああなったのでしょうね。

伝説化神話化されていったのは現役時代からだったんですか…。
私は百恵ちゃんの引退後に産れたので、当時の空気とかは全く解らないのですが、そう思ってみてみると、確かにそんな気がしますね。

十恵様
こちらこそはじめまして。 コメント、ありがとうございます。 年またぎになってしまいましたcoldsweats01

引退後にお生まれになって百恵チャンファン、という人は、当ブログではあなたが2人目です。 とても不思議な気がいたします。 それだけ百恵チャンに世代を超えて魅了するものがあるんだなあ、という感じです。

こうなると私は貴重なリアルタイム世代ということになりますが(ここにいらっしゃるかたはほとんどがリアルタイムのようですが…笑)、確か百恵チャンの引退コンサートの題名が、「伝説から神話へ」 とかいう大仰なタイトルだったと記憶しています(笑)。

確かに引退宣言から結婚に至るまでの彼女の扱われかたは、かなりファナティック(熱病的)な要素があった気がします。 30年前は、現在と比べればアイドルはまさに偶像、であり、結構コント番組なんかにも駆り出されて親近感も発生していましたが、醒めた目で見られることなどホントにありませんでした。 醒めた目で見られた最初が松田聖子サンであり、「ぶりっ子」 などという揶揄された表現が使われたものです。

百恵チャンは結構曲のイメージに合わせた外装をしてくるタイプのアイドルだった気がします。 「謝肉祭」 のころにカーリーヘアにしたときは、私も唖然としたものです(笑)。 それでも曲のイメージと、結構合っているんですよね、その髪型。

ただ眉毛に関しては、かなり早い段階から細くしていた記憶があります。 「白い約束」 の頃でしたか、ナチュラルな眉毛にしていた時期があるのですが、かなり好きでした。 それ以外はおしなべて細いまんまだったかな~。 桜田淳子チャンと比べるとクールなイメージがいつも先行していたのですが、細い眉毛はそれを助長していた気がするのです。

長い返信になってしまい申し訳ありません。 なにしろ百恵チャン(「百恵さん」、ではありません)のことを語り出すと止まらなくなる傾向があるもので…coldsweats01

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/49636270

この記事へのトラックバック一覧です: 「SONGS」 山口百恵 ちょっと小出し気味:

« 土曜ドラマ 「チャンス」 第5回、第6回(最終回) 心に残る 「ダニー・ボーイ」 | トップページ | 「龍馬伝」 第40回 龍馬VS象二郎、虚々実々の会談 »

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ