« 「セカンドバージン」 第5回 秀月センセイの真意って…? | トップページ | 「てっぱん」 第7週 舌に残る記憶、舌に受け継がれる味 »

2010年11月12日 (金)

「龍馬伝」 第44回 イカルス号事件と結びつけられたお元、その真意

 もう2週間も前の話になってしまいますが、遅ればせで今更ながらですけど 「お元逃亡」 の回の感想文を書かせていただきます。 ヒートダウンした状態で一歩引いたような感覚になっているかもしれないですけど。

 この回を見ていて顕著に思えたのは、話の運びの強引さ(いきなり冷静さ全開です…笑)。

 イギリス船籍のイカルス号の水夫が殺害された罪で、長崎奉行所はこれ幸いにと龍馬(福山雅治サン)を探しまくるのですが、その過程でお元(蒼井優チャン)がキリシタンだということがばれてしまう。

 長崎奉行所は隠れキリシタンの集まる祈りの場を急襲、「お元はどこだ!」 と探しまくるのですが、その前にその場にいる人間全員捕縛でしょう(笑)。

 そして逃亡するお元を探しまくる龍馬。
 アンタのほうが危険でしょう!という感じなんですけど。
 しかもどうやってそこが分かったのか、龍馬は海辺の岩場に隠れるお元を、捜しあててしまう。
 恐るべき嗅覚であります(笑)。
 おそらくお元と一緒にいたときに紀州藩に襲われた思い出の場所とか、そんな理由なのでしょうが、龍馬にそのことを気付かせるほんの1カットでもほしいところです(ものの10秒もかからんと思うのですが…)。 ドラマとして、不親切なんですよ。

 そしてお元を、イギリスに送還させてしまう。
 「みんなの笑って暮らせる国になったら戻ってこい」 という展開が、いかにも…(感想は割愛させていただきます)。

 ここで私が感じてしまうのは、作り手が龍馬に対して持っている 「何なんだこの男?」 という感覚なのです。
 龍馬はお節介で向こう見ずで、大言壮語ばかりで実にワケの分からない男だ、という認識のまま、このドラマを構築している気がする。
 実際私も、龍馬という男は器が大きすぎる面が、常人の理解の範疇を超えている、と感じます。
 けれどもそれをドラマとして再構成するために、話自体が荒唐無稽になってしまっては、説得力そのものがなくなってしまう。

 龍馬は今回のお元に関わらず、亀弥太も以蔵も、自らの危険を顧みないで大声で捜索しまくっている。 まずそのことの不自然さを、視聴者に納得させるべきです。
 けれども見る側は、そんな不自然さに囚われてしまうと、作り手の思いを感じ取ることができなくなる。

 作り手はどうして、こんな無鉄砲な男に、龍馬を仕立て上げようとしているのか。

 「無鉄砲であるがゆえに暗殺者に狙われ、無防備であるからこそ、暗殺されてしまった」。

 私はここに、龍馬の人物像としての、「龍馬伝」 の作り手の真意がある気がしています。

 そして作り手がそれを分かりやすいセリフで説明しすぎるところに、「龍馬伝」 批判に見る側が安易に陥りやすい穴があるように感じます。

 お元という人物は詳細が不明なこともあり、ドラマ的にはいかようにも利用のできる存在です。 これをここまで大胆にアレンジしまくっているのは、一面では評価できるのですが、「日本をみんなが笑って暮らせる国に」 と何度も繰り返される語り口には、正直なところ奥行きが感じられません。
 けれども龍馬が、上っ面ではあるけれども人の心を動かす情熱を持っていたことだけは、感じ取ることができる気がします。

 お節介で向こう見ずで大言壮語の男。

 このドラマにおいて、そんな男に心底嫌悪感を持ち、そしてその上っ面っぽい一面を持ちながら底の知れない器の大きさを兼ね備えているこの男を心底恐れている、それが弥太郎(香川照之サン)なのです。

 この回の中盤、弥太郎は雨の降る中をお元を必死になって探す龍馬の前に立ちふさがります。
 ここでもどうやって弥太郎が龍馬と会うことが出来たのか?という詮索は、あえてなしです。
 つまり作り手が意図しているのは、いきなり龍馬の前に理由もなくあらわれる弥太郎の、デモーニッシュな存在感だからです。
 弥太郎は悪魔のように、龍馬に向かってこう言い放つのです。

 「おまんが奉行に捕まったらえいがじゃ。

 おまんのせいで、わしの土佐商会もお元の人生も、わやくちゃになったがじゃ!

 お元はのう…お元は!

 当たり前の幸せを望んじょっただけぜよ。

 …それを壊したがはおまんぜよ龍馬!


 龍馬…おまんはのう…疫病神ぜよ!


 龍馬…わしの前から消えてくれや…。

 もう消えてしまいや!」

 いろは丸の一件やら今回のイギリス人殺傷の一件やら、ことあるごとにメーワクかけまくっている龍馬にグサグサ突き刺さる愚痴を言いまくる弥太郎(笑)。
 断罪される龍馬は、悔しげに唇をかみしめるだけ。
 しかし弥太郎の表情からは、「消えてしまえ」 と言った先から、侮蔑ともつかぬ、後悔ともつかぬ、複雑な表情が見てとれるのです。
 人懐こくて、不思議な吸引力のあるこの大口叩き男に、限りなく嫉妬と憧憬のまなざしを向けるこの男。
 この対立と愛憎の構図が、作り手がいちばん表現したい部分であると私は思うのです。

 龍馬はいきなりイギリスのパークスのもとに行って直談判する。 敵の懐に潜り込むという、龍馬の大胆さを作り手が強調したがっているのが、ここからも分かります。 ここでイギリス人たちを納得させてしまうのも、理屈ではなく、龍馬のその熱意。

 その龍馬の熱意がその場でお元の身柄を引き受けてくれというパークスへの依頼に通じてしまうのですが、この作り話をやりすぎ、と見るか感動的な話のたたみかけ、と見るか。

 見る側の姿勢が、問われている気がします。

 …あー、簡単に済ませて次回分も書こうと思ってたのに、今日はここが限界です。
 このドラマにはそれだけ、熱く語りたくなる何かがあるんですよね。

« 「セカンドバージン」 第5回 秀月センセイの真意って…? | トップページ | 「てっぱん」 第7週 舌に残る記憶、舌に受け継がれる味 »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

作者が意図してるのがモーツァルト(龍馬)とサリエリ(弥太郎)のような関係なんだと、どこかで読みました。

するってえと暗殺の中心人物は…?うっそ〜ン
coldsweats01


お元は英国でどうやって暮らしてるんでしょ


たしかに、現代的な感覚で考えると
(私が歴史にウトイのもありますが)
「この男、途方も無く器がデカイ」と思わせる人物ってだけで、
日本人も外国人も龍馬の頼み事を快諾しちゃったり、信用しちゃったりするぅ?
普通、実績を見せなければムリっしょ?と思ったりします。
その違和感は放置のまま、ストーリーが先に行ってしまう感じです。

この回は、日本はキリスト教(当時はカソリック)を禁じてはいけない。しかし、日本人は仏教も捨ててはいけないという、龍馬の思想の中にある宗教の自由を説いたのだと思います。これは史実です。
お元はその象徴だったと思います。
当時の隠れキリシタンを断片的でも描いてくれた事は嬉しい限りです。

マイティ様
コメント連投、ありがとうございます。

武田信玄…じゃなかった(笑)市川亀治郎サンが、龍馬を暗殺する人物を演じるらしいですね。 弥太郎、絡んでくるのかな?

お元は英語のあいさつ程度ならできるような描写がこの回確かにありましたけど、ゲイシャガールが異国に住んで、どこまでうまくいくんでしょうかね。 「キリスト教の本場だからいいだろう」 みたいなことを龍馬はこの回お元に言っていましたが、「おまんなら大丈夫ぜよ、異国でもじゅうぶん生きていけるぜよ」 という納得に足る説明が、ちょっと欲しかったです。 それがないから、無茶な話のように思えてくる。

龍馬、第4部に入って、いろは丸の交渉とか船中八策とか、結構実績積んできてるんですけどねcoldsweats01

それが、実績を積んでいるように見せないのが、作り手の意図するところなんでしょうか。

sorabakari様
コメント、ありがとうございます。

お元が龍馬の信仰の自由を体現した役だった、というご指摘はなかなか鋭くていらっしゃると思います。

ただだからこそ、お元は本当は、「みんなが笑って暮らせる国」 ではなく、「はらいそ」 もしくは 「神の国」 をイメージしていたのではないか、と私には思えます(このドラマの設定上)。 それを 「みんなが笑って暮らせる国」 とオブラートに包んでしまうところに、ちょっと消化不良感が残る気がするのです。

良心的なコメントの中、失礼します。

私はお元の別れのシーンのBGMが「い〜じ〜さんに つれられ〜て い〜ちゃ〜た〜」としか聞こえませんでした。

イギリスどころか、上海に行く船の中で
お元が慰み者になっているとおもいます。
へたすると、船の中から身投げしてるかも。

当時の西洋人が、しかも船の乗組員に厳しいモラルがあるわけがない。
そんな船に、気安く乗せた主人公は「最低」評価です。
いままでも数々の歴史的食い違いは我慢したのですが
あれだけは許せない。現代風の時代劇、ここに際まれりです。

画面のこちらで
「いっちゃ、だめだ〜」と叫んだのは私だけでないと思います。

みり様
コメント、ありがとうございます。

カンケーない話で恐縮ですが、私はあの歌、「イージンさん」 って人が連れて行ったのかと小さい頃は思ってました(笑)。

それはともかく、近藤長次郎が行きたくても行けなかったイギリスに、龍馬が率先してお元を送還してしまう、というのは、どうも釈然としない部分はあるかな、という気はします。 ドラマ的にですが、ここで龍馬が長次郎をイギリスに行かせてやれなかった悔しさを吐露するとか、そんな部分があれば、もうちょっと説得力も増すだろうに、と思います。

みり様のおっしゃるように、なぐさみものになっているかもしれんです…。 ゲイシャガール、ですもんね(笑)。

みり様のおっしゃりたいこともよくわかった上で。。

当時のキリシタン弾圧の歴史から、お元が残って捕らえられたとしたら、もっと哀れだったのではと想像してしまうのです。。(T_T)

龍馬に見送られて笑顔で去って行くのはフィクションで描かれたお元の登場の最後をファンタジーで終わらせられて、よかったと思いました。
もしかしたら、イギリスに無事に渡れて幸せな人生が送れたかもしれないという希望があってもドラマだからありなのではないかと。。

やはり、私は単純で甘いのかもしれませんが。。(笑)

通行人のくせに、また立ち止まってしゃしゃり出てしまいます。スミマセン。
私もペコ様と同じ考えです。

確か以前お元は龍馬に、日本を逃げ出して外国へ行きたいと言っていたと思います。(「亀山社中の大仕事」の回だったかと)
「パークスさんがよくしてくれてる」という様な事を龍馬が言っていたし(これを鵜呑みにする事が甘いのでしょうが)、英会話も出来、スパイもこなしてたようなお元です、おめでたいのは承知で、幸せになれる可能性を信じてもいいじゃないですか。(笑)

龍馬が海岸でお元の名前を大きな声で呼んだのは・・・人っ子一人いなさそうな場所だから。
あのくらいはいいんじゃないですか?(笑)
街中ではちゃんと静かに探していましたよ。さすがに学習したなと思いましたけど。(笑)

龍馬の情熱が上っ面にしか感じられないとは・・・。
感じ方は人それぞれなのは承知しているつもりですが、とても悲しいです。
私の胸には龍馬の情熱や思いが痛い程伝わって来るのです。この人はなぜこんなにも真っ直ぐな目をして前へ前へと進む事が出来るのか・・・!
見ているこちらは自然と涙がこぼれてくるほどです。
結局は、思い入れの違いなのでしょうね。

受け止め方が違うからといって誰かを非難するつもりは全くありません。
もしも私のコメントでご不快になられる方がいらっしゃったらお詫び申し上げます。

ペコ様
コメント、ありがとうございます。

お元にとってのネガティヴ要因は、長崎奉行の石橋凌サンとただならぬ仲だったのではないか(もちろんドラマ上の設定です)、という部分ですね。

どこか西郷のところとか龍馬の実家とか、ほかに逃げおおせる可能性もあったかもしれませんが、龍馬が考えたお元の本当の幸せ、というのは、あの状況下ではキリスト教がおおっぴらに信仰できる場所だったのだろうと思われるのです。

何しろまあ、何度も書きましてうるさいでしょうが(笑)、ドラマ上のお話ですのでね。

結構賛否が分かれているのが、実に興味深いです(上から目線でスミマセン…coldsweats01)。

>龍馬、第4部に入って、いろは丸の交渉とか船中八策とか、結構実績積んできてるんですけどね。

そうでしたそうでした
いろは丸では「土佐がしてやったり」だったし、船中八策は理想的な世の中の実現への書でした。


>それが、実績を積んでいるように見せないのが、作り手の意図するところなんでしょうか。

私が忘れていただけです。情けないです。
紹介とはいえ勝海舟の弟子になったあたりから、
「ユニークな人柄だと、こんなにも道は開けるものなのか?」という気持ちがついてまわっているのです。
(またもや、やっかみですw)


亀治郎さんと香川さん。従兄弟同士ですね。
ホントだったら香川さんがオモダカ屋を継いだかもしれない関係。
(両者とも活躍なさってるんで円満でしょうけど)
熱い芝居が見られるでしょうね!(ちょっとクドそうw)
暗殺犯のメンバーにミュージシャンのシオンと中村達也!
監督の趣味全開でございます。
映画ハゲタカのときもミュージシャンで画家でもある人の絵画を社長室に飾っておりました。(画面で確認できず)
そこらの音楽や、にわか歌舞伎ファンとしては、オイシイです♪

のっぽの通行人様
コメント、ありがとうございます。

忌憚のないご意見、感謝申し上げます。
お元の処遇につきましては(笑)、お元の幸せを願えばこそ、賛否が分かれるのだろうと思います。 本文中ではあえて感想を書かなかったのですが、いただいたコメントに返信しているうちに、どうも私自身の否定的な見解がにじみ出てしまったようであります(笑)。

ただ龍馬の行動を上っ面と書いたことなどに対して、のっぽの通行人様をがっかりさせてしまったようですので、ちょっと弁解がてら(笑)書いてみますね。

私が感じるのは、ドラマの作り手が龍馬を上っ面な男として表現したがっているように見える点です。 上っ面というのは、龍馬の行動動機について見る側が納得するに足る説明を、作り手が極力排しているように見えるところから出てくる印象です(分かりにくいでしょうか?)(簡単に言えば、説明不足、ということですが、一概にそう言い切ってしまうのは躊躇があります)。

このドラマでの龍馬は、こうと決めたらすぐに動いてしまう、常に情熱に突き動かされながら前のめりに生きていく男として描かれています。
ですが、これは軽率さを伴う危険性を、常に秘めています。
龍馬が幕府や新選組や奉行所に追われる人間を、自分も危険な身でありながら捜し回る、というのは、その最たる例ではないでしょうか(亀弥太のときはそうでもなかったかな?)。

それを 「危ないでしょ!」 と見るか、「そこまでして相手のことを思っているのか!」 と見るのかで、このドラマの印象は大きく変わってくる、ということが、私のもっとも言いたいことなのです(あ~イイワケがましいでしょうか?)。

このドラマにおいて大富豪になった弥太郎は 「龍馬にはさんざん周りが振り回された」 と回想しています。

つまり作り手は、わざと、意識的に、龍馬の直情径行性を演出しようとしている。 「上っ面」 というように見えるのは、ですからこれもわざとそういう意図のもとで演出されているように、私は判断してしまうのです。

つまり作り手は龍馬と弥太郎との対立構図を生み出すために、龍馬をわざと弥太郎の気に食わない人物として描き出そうとしている側面を感じるんですよ。

分かりにくい話で申し訳ありませんが、そんなに複雑なことを作り手が意図しているのか?と言われれば、私も龍馬と弥太郎の対立構図にばかり気を取られて、考え過ぎているのかもしれません。

ただ、「上っ面」 ということを批判的な意味合いで記事中使用しているわけではないことだけは、ご理解いただけたらなあ~と思います。

すっごく分かりにくい文章だと自分でも反省しながら書きましたが、のっぽの通行人様に真意が伝われば幸甚であります。

マイティ様
再コメント、ありがとうございます。

いやー、コメントを寄せていただくかたがたの、ドラマを見る目が鋭すぎて、自分もめったにいい加減なことは書けんなあ~と身が引き締まったマグロのようになっておりますcoldsweats01(いい加減な気持ちでは書いていないのですけどね)。

のっぽの通行人様の返信にも書かせていただいたのですが、私自身は意図的にこんな描き方をしている気がしてならないんですよね。

ですからこの回の、悪魔の弥太郎(うしろの百太郎みたいだな…笑)に断罪されて雨に打たれながらすっごくシュンとしている龍馬が、とてもいとおしく見えたんですよ。 私のいちばん書きたかったのはそこなんですが、どうも書き手の表現力の拙さが出てしまいました。

マイティサンとコメントのやり取りをするのは、ですからとても肩の力が抜ける気がします。 気合の入ったコメントに返信するのも、とても楽しい作業ですけどね。

そういえば香川サンも、梨園の育ちでしたっけね。 亀治郎サンといとこ同士だったんだー。
亀治郎サンは 「チャンス」 で紀香サンの宿敵でしたが、そのためか武田信玄、というよりも、個人的にはかりあげクン、です(笑)いや、マッチ棒か?(笑)

それにしても武田信玄のころは、アゴを引いて演技していたせいか、この人はずいぶん太っている印象だったのですが、実際はとても痩せていますよね。
なんか、オドロキです。

龍馬暗殺は、前に死にかけたときにネタ出尽くしちゃった感があるので、どんなことになるのか、いまからワクワクであります。

「上っ面」という言葉をリウ様が批判的な意味合いで使われているのではないという事は、確かに承りました。
でも、多分私がバカだからだと思うのですが、正直今一つその真意は理解出来ないのです。本当にすみません。(汗)
そもそもこのドラマを見るスタンスが違っているという事なのかもしれません。(も~よくわかりませんが。笑)

のっぽの通行人様
再コメント、ありがとうございます。

んー、たぶんドラマを見るスタンスが違っている、とおっしゃられていることが、当たっている気がします…。

僭越ながらおそらくのっぽの通行人様は、このドラマにおける龍馬の情熱や純粋さに、心酔なさっているのだと思います。

私はこのドラマを、龍馬と弥太郎の相克という部分に重点を置いて見ています。 この物語が大富豪岩崎弥太郎の回想によって進行しているところに、「竜馬がゆく」 とは別の独自性が潜んでいる、と考えているのです。

私の場合、極端な物言いをさせていただくと、史実が曲げられようがフィクションだらけだろうが、ドラマとして面白ければ、人間どうしのぶつかり合いを堪能できれば、それでいいところがあります。

ですから私はこのドラマを決して見くびって見ているわけでもないし、つまらないことに突っかかっている 「龍馬伝」 批判者と同じ立場でもありません。
いいときはいい、悪い時はそれなりに…という立場でブログを書いています。

それでも異なった意見をいただくのは、私自身さらにこのドラマを深く見て記事にしようと思う契機になりますので、恐縮ですがこれに懲りることなく、どしどしお寄せ下さい! お待ち申しております!

リウ様、のっぽの通行人様、


リウ様が言わんとする「上っ面」のことをずっと考えていたんです。それで、思いついたのが、何か別の言葉で言い換えられないかと。。。^^;

それが、「出すぎた杭」 

出る杭は打たれてしまうけれど「出すぎた杭」は打たれないと。。世に名を残すような偉業をした人、新しいことを本気で進めるのであれば「出すぎた杭」であると、どこかで聞いたのを思い出して。。。龍馬にも当てはまるような気がしたのです。

「出る杭は打たれる」…すぐれて抜け出ている者はとかく憎まれるという意味ですが、このドラマにおいて龍馬は「出すぎた杭」のように随所で描かれているように感じたのでちょっと、書かせて頂きました。


的外れなコメントと思われたら削除してくださいm(_ _)m

追伸

すみませんm(__)m

「出すぎた杭」のようでなかなか打たれずに来た龍馬でありましたが、結局は暗殺によって討たれてしまったのでしたね。。やはり的外れな考え違いだったのかもしれないです。(´`;)

ペコ様
コメント、ありがとうございます。
私の至らない表現についてお悩みくださり、まことに感謝いたします。 恐縮の至りです。

「出過ぎた杭」、なんかとても、ぴったりくるような気がしますです。 的外れであるとは思いませんですよ!

「出る杭は打たれない」 という自覚のもとで、本人は出過ぎてしまったとも考えられますし。

何しろペコ様のおっしゃるように私が表現できていれば、もっと読者の皆さま方を納得させることが出来たのではないかと考えます。 もともと辛辣な性格なのでcoldsweats01、ひょんなところでエラソーな表現が出てしまうんでしょうね。

私は本当に、読者の方々に恵まれております。 私なんかより、よほど鋭い方々ばかりです。

重ね重ね、感謝申し上げます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/50005992

この記事へのトラックバック一覧です: 「龍馬伝」 第44回 イカルス号事件と結びつけられたお元、その真意:

« 「セカンドバージン」 第5回 秀月センセイの真意って…? | トップページ | 「てっぱん」 第7週 舌に残る記憶、舌に受け継がれる味 »

2019年1月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ