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2010年11月26日 (金)

「龍馬伝」 第46回、第47回 「龍馬伝」 の演劇的手法

 最終回に向けて、遅れ気味だった 「龍馬伝」 のレビューを済ませておかねばなりません。 って義務は別にないのですが、とりあえずけじめとしては。

 第46回 「土佐の大勝負」 について。

 この回で龍馬(福山雅治サン)は山内容堂(近藤正臣サン)と面会し、大政奉還を直訴するわけですが、その真偽は全くこっちに置いといて、下士でしかも脱藩の前歴が2度(このドラマにおいて)ある男に、殿様を差し置いて土佐の最高権力者である容堂が会おうと思うに至るのに、どのような要因があったのか。
 それには後藤象二郎(青木崇高サン)の熱意が大きな役割を果たしています。

 青木崇高サン、ドラマ開始当初とはだいぶ恰幅が良くなって、古写真で見る実際の後藤象二郎が乗り移っているかのよう。 調べてみたら、15キロも役作りのために太ったらしい。 その心意気やよし、であります。

 その後藤が龍馬に会うよう容堂に強く直訴する場面で、はじめ全く取り合うつもりがない(当然ですが)容堂を大きく動かしたのは、龍馬が薩長同盟の大きな立役者だったことを聞いたから。
 表向き徳川への忠誠を示しながらもそこにモヤモヤ感を抱いている容堂が、この話に興味を持たないはずがない。
 なぜそのことを今まで黙っていた!と詰問する容堂。
 それに対して後藤は、苦渋で表情を歪ませながら、こう絞り出すのです。

 「妬ましかったがです…!
 …妬ましかったがです!

 下士の分際で、叔父上、吉田東洋様に認められ、脱藩者でありながら次々と、次々と大事を成し遂げていく坂本が!、…妬ましかったがです…」

 この場面と並行して、土佐に帰った龍馬を、これまでと同じようにひざまずかせようとする上士たちに、龍馬がいったんはひざまずきながら、大いに嗤うシーンが挿入されています。

 「ハハハハハ…。
 下士が上士にひざまずく。
 土佐ではまぁだ、こればあばかばかしいことをしゆうがかえ」

 青木崇高サンの体を張った渾身の演技と、この龍馬のシーンとの併用は、「上士と下士」 という、 という、龍馬の思想に影響した最も原初的な問題意識の表現だった気がします。 その問題がまだ土佐でくすぶっていることは、里帰りした龍馬がフィクション抜きで、感じたことであろうと推測される。 この後(たぶんこの後、なんでしょう)龍馬が後藤象二郎に対して 「大政奉還がなされない場合は徳川慶喜も討つ覚悟」 などと過激な手紙を送っている(「龍馬伝紀行」 でやってましたね)裏には、そんな故郷の旧態依然とした理不尽な階級制度をふたたび目の当たりにしたからなのではないか、という気を見ている側に起こさせる。

 いずれにせよこの 「上司と下士」 という、「龍馬伝」 第1回の副題が、今回の後藤の苦渋の告白によって実を結ばれている、そんな気がするのです。

 容堂公とのお目通りの際に龍馬は大政奉還の建白書を書くよう強く勧めるのですが、要するにこれって、容堂公の失職を強く勧めている、というのと同義。
 将軍も殿様も要らん、ということですから。
 ここらへんの経過は全くフィクションではありますが、結果的に容堂公が建白書を書いたのは事実ですよね。
 作り手は山内容堂がそれを決断したことを、後年武市のことを容堂が 「あれはいい家来だった」 とよく話していた、という事実から導き出しているような気がします。
 「どういてわしが建白書を書くと思った?」 と訊く容堂に、龍馬は 「大殿が武市に牢まで会いに来たことを知ったから」 と答えます。
 容堂が牢まで行って武市と会った、ということがこれまたフィクションなんでしょうが(笑)、容堂を現体制にモヤモヤ感を抱き、釈迦来迎図という理想の世に憧憬を抱いていた権力者、という描き方をした作り手が、龍馬と会うまでの道筋をこのように構築していった、というのには、ちょっとシビレます。

 そして第47回、「大政奉還」。

 前の回で緻密な運びを堪能したのですが、この回はほとんど龍馬のおかげで大政奉還が成った、とされるような話の運び方。 忌憚なく述べさせていただきますが、正直なところだいぶ閉口しました。
 けれどもそれは、弥太郎(香川照之サン)の嫉妬心を大いに喚起させるための演出なのだと割り切ることにします。
 (「新しい日本の夜明けじゃあ!」 というのも、作り手は龍馬に叫ばせたかったんだろうなー、と言いますか…笑)。

 この回 「日本が内乱状態になる」 と踏んでミニエー銃を売りさばいていた弥太郎は、「龍馬が大政奉還を成し遂げる」 という周囲の予測や、自らの龍馬への畏怖心を辛くも受け入れ、「今日中に銃をすべて売り叩け!」 と指示するのですが、果たしてそれは図に当たり、売り抜けて大もうけする。
 それなのに弥太郎は、歯ぎしりしながらこう吐き捨てるのです。

 「負けた…。

 負けた…!

 …また負けじゃあ…!」

 そしてこの回、またまたフィクションだったのですが、勝麟太郎(武田鉄矢サン)と龍馬との、再びの邂逅。
 そのあり得なさぶりはこっちに置いといて(笑)、これは武田サンの個人的な思いが凝縮された、感慨深い場面だった気がするのです。
 ええじゃないかを踊り狂う人々たちを前に、大政奉還が成ったことを喜々として報告する龍馬(ええじゃないか…)。
 そこに現れる新選組(ええじゃないか…)。
 龍馬を斬ろうとする新選組の前に立ちはだかる、勝麟太郎(ええじゃないか…)。
 「坂本龍馬を斬ることは、この勝麟太郎が、許さねえ!」

 この構図は、全くあり得なさの極致なのですが、あり得なさの中で龍馬の底抜けな喜びと、旧い時代に固執して没落していく新選組と、弟子龍馬を命がけで守ろうとする師匠、ということを象徴的に表現している。 特にこの、龍馬を守ろうとする武田サンには、武田サンの個人的な思いが全開で、あり得なさすぎの場面なのに、思わずウルっとしてしまいました。

 大政奉還を成し遂げた龍馬に対して、武田サン(あえて武田サン、と書きます)は、バカ野郎、オメエサンの仕事はこれからだ!と一喝する。
 これからだったんだよ、龍馬の仕事は…!という武田サンの思いがビンビン伝わってきます。

 「さて坂本、オメエサンいったい、これから、なにするね?」

 これも、実際に武田サンが龍馬にすごく訊きたいことだと思うんですよ。
 龍馬は満面の笑みの中、何も答えようとしません。

 「なあ坂本…。

 …また会おうぜ!」

 この、万感をこめた武田サンのセリフ。
 もう、ウルウルでした。

 これって、武田サンが坂本龍馬に対しての強い思いをこちらが知っているからこそ感動できる場面だ、という点では、ちょっとルール違反の感動のさせ方ではある気はするんですけど、死を目前にした龍馬に武田サンが会いたい、という願いが叶った瞬間のような気がして、やっぱりいい場面だった気がします。

 と同時に、このドラマが目指しているものが、実に舞台演劇的な気がしたのです。

 舞台演劇は、自分の言いたいことを分かりやすく巨大化させ、印象的で象徴的な再構築をする。 そのためにはあり得なさなど二の次で、ただ雪だるま的にクライマックスへ向けてひた走る。

 「龍馬伝」 もその手法を使っているのではないでしょうか。

 確かにテレビドラマと舞台では表現方法が異なる。
 「龍馬伝」 に違和感を抱く人たちが続出するのは、その点ではいたしかたないことだとも思うのです。
 それでも、作り手の新しいチャレンジを見守り、場合によっては祝福することも、受け手に必要な態度のような気が、するのです。

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コメント

藩主なのに容堂さんたら始終オロオロして
昼間っから酒のんでましたもんねー
後藤象二郎だって、これをきっかけに明治政府にチャッカリ紛れ込むんですよねw
やっぱり龍馬たちのやったことってデカイなあ。(今さら)

数年前、めっちゃ暑い梅雨明け直後の京都へ行き、いきなり熱中症気味になり
「暑さでまいってるなら、二条城なら日差しから逃れられますよ」と勧められて
二条城へひとりで観光にいったんです。
ちょうど大広間に裃を着せられた人形(マネキン?)がたくさん並べられて
大政奉還のシーンを再現してありました(これ、常設なんでしょうか)。
ドラマを見て「わあ、おんなじw」と単純に嬉しかったです(子供か!)。

もう最終回か。
たぶん一回も見逃さずに見てしまいました。
あっと言う間ですね。
どのように締めくくられるか、楽しみです。

coldsweats01
ミニエー銃のミニエーってなんでしょう?

投稿: マイティ | 2010年11月28日 (日) 00時15分

http://www.nhk.or.jp/drama/alma/

CM始まりました。NHKスペシャルドラマ
「さよなら、アルマ」
犬が戦場に招集されるお話だそうです。
学校で衣装協力しておりました。
(私は縫ってません。そのうち衣装を1点くらいやろうかと。)

投稿: マイティ | 2010年11月28日 (日) 00時19分

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

「話を分かりやすくする演劇的手法」 などと書いたんですけど、「龍馬伝」 でいちばん分かりにくかったのはこの容堂さんだった気がします(笑)。 どうして当時40そこそこの、私と同年代の人物を、オジイサマに仕立て上げたのか? おそらく土佐いちばんの大御所、ということを強調したかったのでは? 古い慣習にとらわれ、理想の世の中を夢想する人物としては、若い俳優じゃ説得力に欠ける、と思ったんでしょうね。

龍馬の手柄を全部横取り、みたいに言われる後藤ですが、自分が活躍することで彼の実績を結果的に宣揚することが出来る、という意志も、感じるんですよ。 龍馬とのシェイク・ハンドは、その象徴なのかと。 それまでこのドラマで描かれてきた龍馬と象二郎のあまりの確執を考えると、感動的な瞬間でした。

京都って、どうして極端に夏暑く、冬寒いんでしょうかねcoldsweats01。 こんなところに都を作ろうとした人の気が知れない、とゆーか。 京都でなくても梅雨明け1週間はハチャメチャに暑い、とゆーのに、マイティサン、ムボーですwobbly
それにしても二条城、そんなことになっとるのですか。 ずーっと大政奉還のまま、時が止まってるなんてcoldsweats01

ホント、あっという間でしたね。
私の場合、「坂の上の雲」 が 「また一年後かよ~ずいぶん待たせるな~」、と思っておったので、そっちの面であっという間な気がしてなりません。

ミニエー銃、ミニエーさんていう人が作ったんじゃないかな~? 龍馬が持っていた銃は確か(うろ覚えですが)スミス&ウェッソン、これも人名ですし(確かそうだと思います)。

戦場犬ドラマの情報、ありがとうございます。 またまたマイティサンの学校のお仕事なんですね。 マイティサンがいつの日かドラマの衣装を作った!という報告をされることを、私も心のどこかで楽しみにしたいと存じます。

投稿: リウ | 2010年11月28日 (日) 02時44分

>学校のお仕事なんですね

秀月センセイ…じゃなかった、草笛光子さんの着物などです♪


>京都でなくても梅雨明け1週間はハチャメチャに暑い、とゆーのに

東京はまだ明けてなかったんですもん。weep
もう新幹線の切符買ってあったし…

二条城は空調は効いてないですけど涼しかったですよ。
庭の敷石の日光の突き刺さるような照り返しを、今でもハッキリ思い出します。

このあいだは中国地方から帰って来る道中、ちょっとだけ三条の鴨川沿いのスタバでお茶をしに行ってきました。一応、川床です(爆)
修学旅行か人に連れられて行っていた京都、だんだんひとりで歩き回れるようになってきて、面白いです。
呉服関係で散財してしまう危険があるのですが…coldsweats02
無い袖は振れませんけどね!


かつて勝海舟の大河ドラマがあったと思いますが
あらためて、彼の一生を見てみたいのです。
小説も少ないらしいし…誰か作って。

投稿: マイティ | 2010年11月28日 (日) 13時42分

マイティ様
再コメント、ありがとうございます。

うわ、秀月センセイの着物もそうですか!

あちゃ、切符を買ってしまっていたなら仕方がないですよね! 行かざるを得ませんね。
しかし空調がないのに涼しいとは、やはり1000年の古都が育んだ知恵は違う(いや、当時で600年くらい、ですか)。 暑いなりに涼しくする方法があるんでしょうね。 まあ、温暖化の現代では難しそうですが。

私も京都は修学旅行で行ったきりなので(うわ、何十年前じゃ!coldsweats01)、のんびり旅してみたい…いや、ヒマがないです…圧倒的にないです…一日24時間じゃ、なんか最近足んなくて…。

「篤姫」 では北大路サン、「JIN-仁-」 では小日向サンが演じておられた勝海舟、私はずいぶん昔の大河はまだ見るまでに至らない年代だったので、いっぺんこの人が主役の大河も、リメイクしてほしいものです(あったとしてもずいぶん先かなー)。

あ、これからお仕事なので、ほかの記事にいただいたコメント返信は、帰ってきてからにいたしとう存じます。 では。

投稿: リウ | 2010年11月28日 (日) 16時58分

マイティさま

近頃、自分も「勝海舟」って人をドラマにして欲しいと思っています。
誰かが、見てくれているかもしれないので支持表明しちゃいます。

いろいろなドラマの中でみる勝さんは、
とても魅力あふれているように思いますが、ドラマになりにくいのでしょうか?
頭がよすぎる人なのかもしれませんね。

本筋とは関係のないところで・・・・・ごめんなさい。

投稿: みり | 2010年11月28日 (日) 18時14分

みり様

大河はしばらく予定が決まっているようなんで
(2011江姫、2012源氏&平家)
スペシャルドラマでいいので
勝海舟をぜひお願いしたいですねえ。

龍馬との関わりから篤姫のフォロー、
江戸城の後始末まで ぜ〜んぶ見たいです。
要所要所で必要とされてきた人ですもん。
徳川側なのにそれほど嫌われてなさそうだしw

あ〜龍馬終わりましたねー。

投稿: マイティ | 2010年11月29日 (月) 00時06分

happy02
74年の大河「勝海舟」見つけましたっhttp://www.youtube.com/watch?v=k78LtEIPpTU

ショーケンの以蔵がかわいいです。
勝海舟は松方さん。仁科さんも出てるようです。

投稿: マイティ | 2010年11月29日 (月) 11時44分

マイティ様、みり様
話に割り込む感じでスミマセン。
その 「勝海舟」 ですが、最初は渡哲也サンが主役を務めていたんですが、確か病気か何かで降板したんですよ。 それで松方サン。 松方サンと仁科サンは、これがきっかけで結婚したんじゃなかったかなー。
私は当時小4で、まだ大河を見る年代には突入しておりませんでした。 それでもこの交代劇は、なぜかヤケに記憶に残っています。 親が騒いでいたのかな?(父親が大河の大ファンで、それにつられて自分も見出したクチです…笑)。

私が大河を最初に見たのは、加藤剛サンが平将門を演じた1976年の 「風と雲と虹と」 でした。 テーマ曲がものすごく重厚でカッコよくて。 しかし内容は、チンプンカンプンでした(笑)。 確か裏番組に 「俺たちの旅」 があったかと思うのですが、途中からそっちに乗り換えちゃったよーな記憶がありますcoldsweats01

投稿: リウ | 2010年11月29日 (月) 12時27分

勝海舟ネタを引っ張ってすみません。
他局の田村正和さんが海舟を演ったドラマも
中耳炎で降板、途中から弟の亮さんがバトンタッチしたという話です。

勝海舟は主演に何かが起こり、ドラマにできないのではっ!!

「俺たちの旅」みてましたw

投稿: マイティ | 2010年11月29日 (月) 23時07分

マイティ様
再コメント、ありがとうございます。

なんと、勝海舟の呪い、ですかねcoldsweats02。 でもどんな手のドラマでも勝サンって、さばさばしていて面倒見が良くてキップがよくて、化けて出そうな感じはまったくしないのですが…coldsweats01

ちょっとウィキで調べたら、「俺たちの旅」 は 「風と雲と虹と」 の前からやっていて、私の記憶違いだった面があります。 だからまあ、大河のほうは数回見て、「コリャ分からん」 ということで 「俺たちの旅」 に戻ったんだろうなー。 なぜか今BS朝日で再放送しているのですが、トランザム?のBGMがカースケ達の心の動きに合わせて鳴るわ鳴るわ(笑)。 こんなにうるさかったかな~BGM、という感じです。

投稿: リウ | 2010年11月30日 (火) 05時39分

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