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2010年11月 6日 (土)

「99年の愛~JAPANESE AMERICANS~」 第3夜 いいほうにとらえるか、悪いこととみなすのか

 第2夜に続いて、私がこのドラマに対して抱く思いは、26年前のNHK大河ドラマ 「山河燃ゆ」 と近づきつつあります。

 特に砂漠の真ん中にあるマンザナール強制収容所(今回のドラマではマンザナー、となっていますが)に登場人物たちが向かうシーンは、荒涼な土地の一本道を走る、という構図。 これは 「山河燃ゆ」 のタイトルバック、主題曲が流れるシーンで毎回見ていたものと同一なのです。

 そして自足の生活を許され(米政府のコストダウンの方策でしょう)ただの収容所が小都市の様相を呈していく様子も、「山河燃ゆ」 で見ていた風景。 ただし 「99年の愛」 は、日系人タウンと言うよりも、外的な畑作りとか庭作りとかに描写の重点が置かれていたようです。

 「山河燃ゆ」 では主人公たちの父親が三船敏郎サンで、あのコワモテで(笑)クリーニング屋をやっていたと記憶しています。 その存在感たるや。 クリーニング屋にしておくのはもったいない、という感じでしたが、出てくるだけで画面がビシッと引き締まり、大役者の風格を発散させていました。 いま、そんなふうに感じる役者サンというのは、実に少なくなった気がいたします(いや、三船サンが別格すぎるんですけど)。

 どうしても 「山河燃ゆ」 に心酔していたものとして、そっちの思い出話ばかりに話が行ってしまうのですが、そのためかこちらのドラマについてあまり細かい話のフォローをしよう、という気が起きません。

 どうにももったいないように感じるんですよ、ダイジェスト風な話の構築が。

 特に寺島咲チャンや川島海荷チャンの日本でのエピソードは、もっと時間をかけて見たい気がします。
 まるで小型版 「おしん」 を見ているような錯覚に陥るんですよ。

 「おしん」、と言ったって、いまの若い人は全く知らない人が多いでしょう。 これは 「山河燃ゆ」 の1年前、いまから27年前の1983年のNHK朝ドラマ最高傑作(ついでに最高視聴率だった気がします)です。 私どもの年代以上の人には、全く説明不要なんですけどね。

 特に川島海荷チャンの学校の先生が思想犯としてしょっ引かれる場面は、おしんにアカの思想を教えた中村雅俊サンを彷彿とさせる話だし、寺島咲チャンを一方的にいじめ抜くふせえりサンに対して、ダンナがおっかなびっくりながらも優しい役割を演じる、というのも、「おしん」 にあったような気がします。

 それだけに、もっとじっくりいじめられるところを見てみたいし、もっと母親が恋しい心を見せて紅涙を絞らせてほしいし、杉田かおるサンなんかをぎゃふんと言わせるところももっとひつこく見たい。

 でもそうすると、まんま 「おしん」 になってしまうんですが…(笑)。

 そんななかでふさぎがちな気持ちをパッと切り替えて、アメリカ育ちの持ち前の図々しさ?を発揮して、人一倍に働き、働いたからもらう!とお粥のお代わりをする海荷チャンには、前向きに生きていくことの重要さを、教えてもらったような気がいたします。

 同様に何事にもポジティヴなのが、泉ピン子サン。

 平松農場を二束三文で売り飛ばすことになっても、丈夫な体があるだけでじゅうぶん、と裸一貫からの再出発に気後れしないばかりか、逆にそれを楽しもう、という気概さえ見せる。

 それは自分がゼロから出発した人間だからこそ、そう思えるようなところも確かにあります。
 初めから何でもそろっている人間には、「自らの持ち物を失う」、ということに対して、とてもダメージが大きいものです。
 それって、ほぼ今の日本人全員じゃないですか。
 過保護に育ってきた我々に対する、これは橋田サンの強い警告です。

 自分がいきなりゼロ、もしくはそれ以上にマイナス、になってしまった時、どうやって自分を鼓舞できるのか。

 それはポジティヴな考え方しか、ないのです。

 財産ほぼ没収のうえ強制収容所に押し込められた日本人たちが、行動制限の緩和を言い渡された途端、マンザナーでの創意工夫に満ちた、しかも自分のこれまでの仕事を生かした街づくりを開始する。

 これは 「ほかにやることもないし」 という後ろ向きな考えも含みながら、実は自分たちの誇りを守る作業だったりも、するのです。

 「日本人てさ、過酷な運命でも仕方がないって諦めて、そこからどうやったらその運命を克服できるか、前向きに歩き出すんだよねえ」

 松山ケンイチクンがこの荒れ果てた土地を畑に変えていった作業を思い起こしながら、彼が年をとったあとに(上條恒彦サンとして)回想するその言葉。 第3夜のテーマは、そこにあった気がします。 笹野高史サンはそれにあくまで不満を訴え、暴動を扇動させる。 不満から生まれるものは、破壊であり、不信であります。 従順に生きよ、ということではない。 でも悪いことも、ちゃんと起こるのが、人生なのです。 不満を抱いて生きるより、前向きに勢いをつけて前進すれば、おのずと道は開けていくものなのではないでしょうか。 川島海荷チャンの開き直りにも、そのことが感じられますね。 ピン子サンも松山クンも、そんな 「逆境をバネにする」、ということを、地で行っているのです。

 けれどもそんな生活が破られる時が来る。

 アメリカ人は日本人たちも戦争に駆り出そうと、母国に対する忠誠心を確認しようとするのです。
 アメリカ人が日本と同じ枢軸国系のドイツ・イタリアの人々よりも日本人をことさら軽蔑した、ということは、アングロサクソンという民族的な理由(よーするに同じ白人、という意識)と、真珠湾攻撃に対するあまりの印象の悪さが相俟っている。 その仕打ちに対して一郎(草彅剛クン)は 「このアメリカという国を見損なった、絶対に許せない」 としておきながら、この忠誠誓約書に、「イエス」 と書き込むのです。

 その理由は、これを拒絶したら、日本を捨ててこの国に骨を埋めようとしてやってきた親たちの思いを叶えられないことになる、という 「親を思う気持ち」 から。

 しかしその選択は、自分の親の国の人たちを殺そうとする展開に、結びつくかもしれない決断なのです。

 そんな胸が引き裂かれるほどの決断を、草彅クンはしているのです。

 確かにそれがどこまで重大な意味があることなのか、草彅クンは意識していないかもしれない。
 けれども人生において最良の選択など、人はそんなにできるものではないのです。
 彼がそうしなければならなかった、家族への思い。
 第4夜では、その家族の思いゆえに、殺し合いの現場のただなかに、草彅クンは突っ込んでいく。
 またまた、期待であります。

「99年の愛」 に関する当ブログほかの記事
第1夜
 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/11/99japanese-amer.html
第2夜 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/11/99japanese-am-1.html

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