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2010年11月 4日 (木)

「99年の愛~JAPANESE AMERICANS~」 第1夜 橋田ドラマにハマれるか?

 TBS開局60周年記念番組として5夜連続ドラマをぶつけてきました。 ぶつけられた 「SPEC」 も 「獣医ドリトル」 も、みんな吹っ飛んでいってしまいました(笑)。 私の場合、「黄金の豚」 が、あえなく遠い彼方までかっ飛ばされてしまいました(何せHDD容量がもうないもので…笑)。 ですので今週の 「黄金の豚」 のレビューはお休みです(それ以前に、このドラマの記事を書くことのテンション自体が、かなり低下しているのですが)。 ご了承ください。

 それにしても、どうして改変期にやらないんでしょうか? 第1夜を見る限り個人的には傑作だったと思うので、余計に残念な気がします。 改変期のドラマ品薄状態の時にやれば、もっと効果的なのに。
 私の場合こうしたブログを書いているおかげで、「5日も連続して2時間以上放送するなんて、何を考えとんじゃ!傑作じゃなきゃレビューなんて書かないけど、もし書きたい内容だったら、体が持たないっての!」 という感じなんですな(笑)。

 で、恐れていたように、第1夜を見る限り、書きたくなるような傑作だったわけで。

 このドラマを見る際のハードルとしては、まず橋田壽賀子サンの脚本に乗れるかどうか、だと感じます。
 橋田ドラマはいつのころからか、セリフの量がボーダイな役者泣かせの脚本として、その地位を確立していったのですが(違うか…笑)、それが彼女が、役者の演技を信用していないから、らしいんですな。
 それで何もかも、登場人物が自分の気持ちを洗いざらいしゃべってしまう脚本になるらしいのですが、昔はあんまり、そんなことがなかった気がするんですけどネ。 「おしん」 なんか、そんなにみんながベラベラ喋っていた印象がない。

 で、この 「べらべら喋くりまくり」 というのが、近年のドラマ作りのセオリーからは、次第に遠ざかりつつある。
 結局何が言いたいのか、と申しますと、橋田サンのそんな脚本が、実に現実離れしていて、うざったく聞こえるように、なってしまっているんですよ。

 けれども、それは確実に、橋田脚本の味でもある。
 いったんその世界に浸かってしまおうと考えてしまえば、違和感を抱くのは最初のほうだけで、あとはそのクセを楽しめるようになるのです。

 この壮大なドラマのオープニングは、シアトルマリナーズのイチローの活躍を、上條恒彦サンと八千草薫サンが観戦している現代編から始まる。 イチローというのがちょっと意表を突いた形ですが、これがこの物語の経てきた人種差別時代の結果を象徴的に表わす、重要な導入部分なのです。 このドラマの主人公も、一郎ですし。

 その上條恒彦サンの妹で、70年もの間消息が分からなかったのが、岸惠子サン。 兄妹の感動の再会、と思いきや、自分が日本に送り返されたことの恨みもあって、一度は拒絶してしまう。
 ここでふたりを引き合わせた岸惠子サンの息子の嫁が、岸サンに土下座して謝るシーンでは、やはりドン引き。 主従関係か?みたいな(笑)。 まあ、それだけ岸サンが日本でひとかたならぬ大物になっているんだろうなー、という想像は、出来ますけど。

 結局岸サンは逡巡の末、兄夫婦と和解する。 ここらへんも、結構イージーに事が運ぶような気がしたんですが、でも感動してしまった。 こんなに岸サンがあっさりと恨みを撤回しているのに、ですよ。

 これって結構昔風のドラマの運び方なんですよ。

 いまのドラマは、何しろ見ている側が納得しないもんだから、これでもかこれでもか、というくらい、「どうしてその人がそういう行動をとったのか」、という理由を添付したがる。
 橋田ドラマは、膨大な量のセリフの割には、そのひとつひとつの言葉が、とても軽いような印象を受けます。 もちろん肝となる部分のセリフは、とても印象的ですけどね。
 でも、その膨大な軽いセリフのなかから、なんとなく生まれてくる雰囲気、というものが、あるんですよ。
 現代のドラマが状況証拠やら、無駄を削ぎ落とした簡潔なセリフやらによってくどいほどの理由をつけたがる登場人物の行動を、橋田壽賀子はそのくどいほどの膨大な軽いセリフによって表現しているのです。

 登場人物の心情が余すところなく言葉によって表現されているため、岸サンがそれまでの恨みを撤回するのにも、さして込み入ったお膳立てが要らない。 こんなに簡単に考えを翻して兄妹が抱き合ってしまうシーンに感動するのは、そんな語り部の意図的なドラマの構築がなされているからなのだ、と私は思うのです。

 個人的に非常に感慨が深かったのは、八千草薫サンと岸惠子サンの久しぶりの共演。

 「赤い疑惑」 での、百恵チャンの育ての母親と生みの母親じゃないですかぁぁ~~~っ! 八千草サンは 「俺たちの旅」 とか、多忙のために早い段階から降板してしまったんですけどネ。

 それでもやはり、感激しまくりました…(ナミダ)。

 それだけでも、このドラマを見た甲斐がありました。

 さらに私をこのドラマにハマらせた原因が、主人公たちの島根弁。

 「ゲゲゲ」 ロスト症候群にかかっている私は、「そげ」 「ごしな」 等、助詞が使われるたびに奇妙な安心感に包まれまして(笑)。 これは橋田サンの確信犯的な部分を感じる(笑)。

 物語はその現代編からおよそ100年前にさかのぼるのですが、まずアメリカ人のモブシーンには 「金かかってそう…」 と感嘆。 イモトアヤコサンがアメリカに乗りこんでくるシーンでも、大正時代の髪形をした女性たちが大挙して上陸してくる(兵隊かよ…笑)のは圧巻でした。

 この第1夜を見ていて強く感じたのは、日本人の勤勉さです。 おそらく橋田サンの言いたいことのすべては、そこにある。

 アメリカに渡ってきた草彅剛クンは、当初の話とはだいぶ食い違った実情を見せつけられながらも、貧しい日本にいるよりはマシ、という感覚で、頑張り続ける。 やがて写真によるお見合いで、日本から来たイモトアヤコサンと出会うのですが、イモトサンは実は美人のお姉さんがアメリカ行きを拒絶したために代わりに渡航してきた替え玉、と言いますか(笑)。

 この出会いの場面は、イモトサンが美人でないことを利用した、なんとも笑える場面。

 それでもイモトサンは、断られても、自分で働きたいからアメリカに来た、という決意を告白することで、草彅クンのお眼鏡にかなうのです。

 晴れてふたりは夫婦になり、何かと面倒を見てくれる小林稔持サンから職と住む家を提供され、夕暮れにその家の前で佇むふたり。

 草彅クンはイモトサンに、こう話します。

 「私は何も持っていない。 けど、いつかは自分の家を持てるようになってみせる。 それまで辛抱してほしい」

 イモトサンはそれに、こう答えるのです。

 「貧乏は慣れとる。 こがあなとこじゃって、働かせてもらえたら、いつかひとつずつでも欲しいもんじゃって買えるようになる。 そがあな幸せなことないもん。 それに…ひとりじゃない。 あんたがおってくれる。 日本におるときは、ただ働くだけで、なんの希望なかった。 だけど今は違う。 生まれてきてよかったと思うとる。 生まれて、初めてそういう気持ちになれた。 ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします」

 まるでミレーの 「晩鐘」 のような景色のなかで、交わされる会話。 「膨大で軽い」 セリフが織りなしていく、さまざまな思い。 そこにイモトサンの演技のうまさ、という意外性が加わって、このドラマは見る者の心を動かすのです。

 イモトサンのセリフでもうひとつ印象的なものがありました。

 最初の男の子(一郎)が生まれたときです。

 「アメリカで、どがあな目に遭ったって、定吉サンと、この子がおったら働けます。 元気で働けたら、言うことありましぇん!」

 働くことができれば、それが何よりのことなのだ、日本人は働いて働いて、働いてきたからこそ、これだけの経済大国になったのだ、ということです。 近年ではそんな価値が、とても軽んじられている。 金よりも心だ、というのは正論ですが、心を豊かにするために、金というものは存在しているのです。 使うものが心を失わなければ、金というのは大きな生きていくための力になる。 その推進力というものが、正論によって大きく低下しつつあるのが、いまの日本ではないでしょうか。

 心が大切にされすぎる弊害は、結婚ということにも如実に表れる。
 自分の人生が大事だから、経済的に無理だからと結婚に踏み切れない人々にとって、草彅クンとイモトサンの第1夜での結婚は、信じられないイージーさを伴っています。
 でもひとりでは出来ないこともふたりならなんとかなる。 結婚というものが打算に流されすぎてはいないか?という問いを、このドラマは投げかけているような気もします。

 そしてもうひとつの大きな柱が、アメリカの人種差別。

 家が燃やされてしまったシーンは、まさに 「風と共に去りぬ」 を連想してしまったのですが、自分らがネイティヴアメリカンを駆逐してきたくせに、自分の土地だと我が物顔で闊歩する姿は、実に醜い。 そして抜き去りがたい、イエロー・ジャップへの軽蔑。 第2夜以降では、そのことがだんだん巨大化してくるようであります。

 それにしても、イモトサン、私はバラエティをあまり見ないので、マユゲの濃いネーチャン、という認識しかなかったのですが、朴訥ながらも演技が上手いです。 もっと演技の勉強をしたらいかがでしょうか。

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コメント

見てしまっています…
テレビに費やす時間をもうちょっとなんとかしたら?と思います。(爆)

景色がいいですよねー
農場の視界が広くて。

ハワイに移民として行った日本人たちも、どこの国の労働者より勤勉だったと何かで読みました。
キリスト教の人って休日はマジメに休まないといけないんじゃなかったでしたっけ?
そりゃガムシャラな日本人は理解されませんよね。

第二夜では、妹たちが日本の親戚にひきとられて行きましたが
それが広島と沖縄って…わかりやすすぎませんか?(都合良すぎるというか)
ちょっと冷めました。
でも続きも見ることでしょう。

百恵ちゃんのお母さん、八千草さんから渡辺美佐さんでしたっけ?
急にチャキチャキしたお母さんになって、子供ながら違和感をおぼえたものです。
それをハッキリ覚えてるなんてw

 第2話に関してひと言だけ。

 仲間由紀恵さん演じる女性が、客船から身を海に投げ入れて岸にたどり着いた描写がありました。あれは人命が助かるとはとても思えないシチュエーションではないでしょうか。
 何百人も乗せる大きな客船の上から、海流の流れがけっしてやさしくない太平洋に飛び込んでいたようです。着衣のままですから溺れる危険もかなり高い。鮫が泳いでいるかもしれないので、身体の安全も保障できない。
 脚本の意向なのか演出がいきすぎたのかでしょうか。見逃されがちなシーンですが、フィクションで許される範囲でないと考えます。

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

ホントに、プライベートな時間が、ほぼテレビとこのブログによって支配されています…(笑)。 ちょっとパンク気味であります。 ブチ切れないでこのブログも書き続けることができればいいのですが…。

あまりに広大な景色が広がっているのを見ると、私は条件反射的に、「あ~あ~~あああああ~」 と 「北の国から」 のテーマが頭の中を反芻いたします(笑)。

でもアメリカは、そんな北海道よりもはるかにデカイ。 途方に暮れます(笑)。 そしてそんな土地を開拓してきた日本人移住者の苦労にも…。

第2夜はまだ未視聴なので、コメントは差し控えさせていただくとしまして…。

渡辺美佐子サン、ですよね!

あの交代は、いまにして思うとそーとーランボーな気がします(笑)。 性格、まるで違うんですから! いまだったら苦情殺到ですな(笑)。

でも私は、どちらの敏江役も好きした(敏江なんて、ウィキを見なくてもスッと出てくるほど、このドラマは私のバイブルなのです…笑)。

だからもう、岸サンと八千草サンが出てきたとき、「サッチャン(百恵チャンの役名大島幸子のこと)今頃天国でどうしてるかしら?」 などと会話してくれないだろうか、とまで考えてしまうほど、大感激だったのです!

リーン様
コメント、ありがとうございます。

ひぇぇ~、そんなシーンがあったんですか。 まだ未見なのでコメントは差し控えさせていただきますが、まあドラマですから…。 若いころは海が危険だとか、あまり考えないのではないでしょうか…(見ていないのにスミマセン)。

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  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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