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2010年12月15日 (水)

「流れ星」 第9回 健吾の決断について、補足です

 「流れ星」 第9回の当ブログ記事、「グラス・タワーの緊張感」 に寄せられた皆様からのコメントを読み、返信させていただいたことをここに再掲載させていただきます。 改めてこのドラマに寄せる皆様の思いの大きさを感じ、コメント欄での返信だけにとどまらせるのはちょっと惜しい気がいたしましたので。

 「グラス・タワーの緊張感」 本文中にも書いたのですが、今回の健吾の決断のいちばん奥低にある動機は、記者から 「こんなこともできずに亡くなっていく患者も大勢いる」、と聞かされたことだった気がするのです。

 そしてそれと強く連動しているように思えるのは、マリアが瑞希チャンに、「リョウタみたいな人もいるのに私ばっかり」、みたいな内容のことを言ったシーン。

 見ている私たちとしては、健吾とリサの中であまりにもゆっくりと育ってきた相手への恋愛感情が、前回の抱擁で爆発したのを見て、イケイケで前のめりにこのままゴールインしてしまえ、という感情でいるために、なかなかこの部分を受け入れ難くなっている。

 第9回感想文を書くためにもう一度見直しながら、健吾の決断に至る心情を考えてみたのですが、おしまいから考えることで見えてきたものが相当あるんですよ。 脚本の構成としては、最初に健吾が警察に出頭するシーンを挿入したほうがよかった気もするくらいです。

 出頭の決断を念頭に置いて見直して強く感じたのは、「いくら純粋で、本当のことを知ってしまえば誰もが同情してくれるようなことであれ、やはり健吾が金によって抜け駆けしている、という側面は、どうしても拭い去れるものではない」 ということ。

 だから健吾が下したこの決断は、言わば、健吾なりに考えた、世間に対する彼のけじめ、なのです。

 最近謹慎をした自分の心情も、レベルは全く違いますけど似通った部分があります。
 いくら心情的に許されても、世間のきびしい目から許しを請うには、まず自らがけじめをつけなければならないのです。 健吾はその部分をなあなあで曖昧に済ませることが出来なかった。

 自ら警察に出頭、という判断をするまでに、健吾はまわりの人々に対して、リサを守ってくれるよう細かい配慮でフォローを入れているような気がします。

 その最たるものがマリアとの最後の話し合いにある気がする。

 たぶん健吾は、リサを守ってやるようにマリアに頼んだのだ、と思う。

 「まだリサさんにありがとうしか言えてない」 と話すマリア、リサを守ろうという決意がにじみ出ている気がするのです。

 そしてリサを守ってくれる美奈子の存在、というものも、健吾が安心できる大きな要因のような気がします。
 要するに健吾は、自分の周りに知らず知らずの間に育ってきた、周囲の人たちの巨大なやさしさに、リサを任せられる、と判断したのではないでしょうか。

 それでもなおかつ、健吾の判断には、性急性というものを感じざるを得ない。

 けれどもやはり、人間はその時その時で最良の判断を出来るわけではない、ということを(このブログではほかのドラマ記事でも再三書いてきたのですが)、改めてそう言いたいのです。

 この回の心理描写は、前回までのゆっくりと堅実な描写の仕方から比べると、かなりとっ散らかっている印象があります。
 でもそうすることで意図的に、マスコミという大きな権力によって少なからず揺れ動いている当事者たちの気持ち、というものを表現しているとも感じるのです。

 マスコミの取材攻勢を必要最小限な表現でとどめているのは、その当事者たちの混乱を強調する点ではかなりマイナス材料。
 けれどもこのドラマの作り手は、そうしたマスコミや世間の野次馬的な見下げた対応を描写することを、相容れないとして拒んでいる側面も、感じられるのです。

 ドラマの構成上、最終回を盛り上げるためにわざと絆を引き裂いている、と感じられる作り手のいやらしさ、というのものも敏感に感じることはできるのですが、やはり 「臓器売買」 という責に対して何らかのけじめはつけなければならない、という作り手の強い意志は、感じられると思うのでしょうが、どうでしょうか?

 いずれにせよ、当ブログの中ではかなり物議を醸し出した、健吾の決断です。 最終回、どのような結末が待っているのか、とても期待しています。

当ブログ 「流れ星」 に関する他の記事
第1回 ダウナーな感覚あふれるフジの月9
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/10/1-9-cab7.html
第2回 なんか、あっという間でした~ http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/10/2-2223.html
第3回 一瞬で消えてゆく星、その星への祈りhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/11/3-f0b3.html
第4回 消えない流れ星http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/11/4-6d12.html
第5回 生きていてほしいからhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/11/5-8444.html
第6回 託したい思いhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/11/6-3966.html
第7回 分かってる、その気持ちはhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/11/7-9175.html
第8回 思いがはじける瞬間http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/12/8-2edd.html
第9回 グラス・タワーの緊張感http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/12/9-ce60.html
第9回 健吾の決断について、補足ですhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/12/9-cad6.html
第10回(最終回) やさしさが帰る場所http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/12/10-6223.html

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様

誤解を恐れずに「あ、ズルイ」
そうそう、自分も前のコメントを書いているうちに
(皆さんに比べてめっちゃ、短い物なのになかなか時間がかかったのです。)
健吾のけじめの決意なんだと気がついちゃいました。

これからもリサを悲しませない(負い目を受けない)ための「ピリオド」なんだということ。
憎たらしいほどの「男前」です。
無駄にイケメンじゃないね。

(・・・もしかするとこのけじめは父親譲り?
愛する原田さんや健吾に嫌われるような行動をすることで、そのときの心の区切りを与えたハズだと思うのね。)

私は臓器売買を美化していると思わない。誰もが心に傷を負い、悲しみを手にしたことをきちんと描いて
これも一つの選択であると。
是非は当事者でなければ語れないということをちゃんと訴えていると思います。

ここからは私ごと。(分散の理由)
ずっと
臓器のやりとりは根性的しこりの残らない金銭という介入があったほうが将来にとってよいと思っている者です。
が、健吾のような優しさは、
将来いつも「このひと最後は堅いんだよね。」と思って
なにかしら覚悟を持たないといけないみたいで
自分はダメ。
やっぱり「今、ここにいて。手を離さないで」と思ってしまうのだ。

あ、「根性的」じゃなく、「感情的」です。
すみません。(ρ_;)

>「臓器売買」 という責に対して何らかのけじめはつけなければならない

そこがこのドラマの核なんでしょうね。
チャッカリ棚に上げて「ふたりは仲良く暮らしました」では済まされない。

…とすると、大暴れしてるゴローちゃんの存在は、障壁としてのエッセンス?

こんばんは。リウさま。

「流れ星」盛況ですね!

健吾が離婚届を出しに行った時、私としては「なんで?」、警察に行こうとしてる時、「どうして?」
ここまでする人がいるんだろうか??
と思いましたが、リウさまの解釈を拝見して納得。

リサが死のうとしているときに、臓器売買の話を持ちかけたのは健吾。
彼がこの話をもちかけなければ、リサがこういう状態になることもなかったわけですよね。健吾なりのけじめのつけ方だったんですね。

マスコミの取材についても、ドラマの作り手はある意味、警鐘をならしているような気がします。近年のメディアのモラルの低下ははなはだしいものがあります。(メディアに踊らされてしまう人々が多いのも問題ですが・・・)

世論の流れを作り出してしまうメディアは、情報を流す事に対して、(スピード感のみを最重要とせず)もっと責任を持ってもらいたいと強く感じています。

それにしても、来週は最終回。
月9が始まる前の番宣では、浜辺でリサがウエディングドレス姿で健吾の腕の中で倒れている(息絶えてる??)シーンがありましたが・・・
どうなっちゃんでしょう?
私的にはハッピーエンドではないような気がしているのですが・・・そうならないことを祈りつつ、来週を楽しみにしています。
(もちろん、リウさまのコメントも!)

みり様
コメント、ありがとうございます。

なんか結果的に、みりサンをやり玉に挙げるような形になってしまい、大変申し訳ないです。 たぶんそんなことはじゅうぶんご理解いただけていると思いますが、とりあえずそんな意図は全くないことだけは明確にしておきたいと存じます。 私も初見のときはみりサンと同じ 「健吾よ、どーしたのだ?」 という気持ちでした。 あくまでこれは、記事を書くために見直して改めて抱いた感想です

みりサンのコメントは、一行一行がとても深くて、すごく推敲しながら書かれていることは、私も感じておりました。

そして感じるのは、みりサンが恋愛に対して 「添い遂げることの喜び」 にとても価値を見出している、ということです。

分かりやすく申しますと、私なんかは 「いくら大恋愛をしてもそれが死ぬまで続くもんなのか?」 という懐疑派であるのに対し、みりサンは 「絶対そういう恋愛はありうるし、そうでなければならない」 というお考えなのではないか、と僭越ながら感じるのです。

だからたとえ自分を守るためとはいえ、一時でも自分から離れてしまうことはあり得ない、そう考えてしまうんじゃないでしょうか。
逆に考えますと、私もそれくらい強烈に思われてみたいものです(しみじみ)。 「今ここにいて、手を離さないで」 なんて。

だいぶ話が脱線いたしました

お金があれば臓器売買が出来てしまう、という点では、ビンボー人の私はやはり 「あ、ズルいの」 と思ってしまうかな~。 でも自分にそれくらいの金があればやってしまうかもしれないし。

要するにとても判断が難しいことを健吾は遂行している、という見地から、彼の行動を見守ってあげたい、というのが、私の基本的なスタンスなのかもしれません。

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

この回を振り返ってみて改めて気付くのは、リサが岡田家を出る直前に健吾から貰った成功報酬100万円がどうなったのかを、描写していないことです。
やはり金銭的な絡みは決着付けなければならないのかもしれません(そのレベルはもう健吾とリサの間では超越している気もしますけど)。

ゴローチャン、大暴れしたあげくにこの世からいなくなるなんて、それは無しですよ

rabi様
コメント、ありがとうございます。

ほんとに盛況です。 返信する側も嬉しい悲鳴です。 なにしろ語り出したらきりがないんですから。

ただし怒涛のようなアクセスが 「流れ星」 に来ているのに、ここ数日 「金スマ」 近藤真彦サンの記事のほうがダブルスコア以上にアクセス集中しているんですよ、なぜだろう?(笑)

ニュースがワイドショー化しているのは私も感じております。 まあ時代の流れですからそんな変化をニュース番組が遂げるのも仕方がないと思いますが、年を取ってくるとニュースを発信する側の姿勢自体が幼稚な正義感に見えて仕方がなくなってきます。

彼らの報道姿勢にはまず、こう伝えなきゃ面白くない、という意識が多分にしてある。 だから限りなく自己演出をしようとするのです。

それはニュース番組でさえも視聴率が悪ければ打ち切られる、という、歪みまくった競争原理の中に淘汰されてしまっていることが大きい。

演出されたニュース番組なんか、もはやニュースとは呼べません。

それにしてもです。

「流れ星」 の番宣、そんなショッキングなシーンがあるんですか?
それじゃリサが死んでしまうとか?
なんともあり得なさそうな展開ですが…。 でもお腹押さえて痛がってたからなあ、リサ。

ハッピーエンドでないと、ドラマ全体にケチつけられたような気がしちゃうんですよね。
直近で一番キョーレツだったのが 「白い春」。 アンハッピーエンディングのためにそれまで築いてきた好印象にすべてマイナスな印象の上書きを強いられてしまうのです。 なんとか納得しようと思ったんですけどね。

「流れ星」 が年の瀬に、そんな後味の悪い結末にならないことを、切に願っています。 年忘れとともにこのドラマも年忘れ~、なんて嫌ですねー(笑)。

お疲れ様です。

 リウさんの言うとおり、ケンゴの行動も少し理解出来るような気がします。そこがケンゴの生真面目さ、不器用さであるとこの魅力ですかね。

 しかし、リサはそんなこと望んでないっすもんね。ここが切なすぎる。二人がちゃんといい関係でいられたのは今週の頭15分ぐらいだし。なんてみじかっ。これで最終話が悲しい終わりだったらどうたらいいんでしょう。

 あそこのシーンは皆さん書かれてるように、コンパスとか家族の絆が感じるようなものが出てホッコリしました。手を握るでもなく。ただそばにいれればいいみたいな。

 自分も脳内流星ヘビーローテーション(≠AKB48)症候群です

ima♂様
コメント、ありがとうございます。

ドラマにありがちなパターンとして、「○年後」 などのクールダウンを見る側に強いてくる展開があります(笑)。 リサにとって1年後?のふたご座流星群までは、確かに長い長い期間かもしれませんね。 リサが待ち続けなければならない、というのは、実に見ていてつらいものがあることは確かです。

コンパスに星座早見表、そして自転車…。 深読み大好きなドラマ好きをくすぐりまくる設定でありますネ(笑)。 「ヘビーローテーション」 はラジオでよくかかってて、一時期その名の通り脳内ヘビーローテーションになった時期が、今年はありました(爆)。

再掲載して頂いて、よかったです。。携帯では途中でコメントの文章が切れてしまって全てみれなかったので。。^^

「リウ様はやはり凄い!!!」って敬服しつつ読みがらもなんだか私の胸に閊えたような思いがふつふつと。。湧きあがってきました。

健吾の決断は、いずれは梨沙も理解できるようになるだろうけれど。。

ようやく健吾との愛を確認出来たばかりの今の梨沙にとってその辛さは絶望に近いと思います。(T_T)

女性の側からみたら。。。表現が悪いかも知れませんが、

健吾は『限りなく優しいけれど愚直なワンマンな男性』。。。

のようでもあると思います。相手の為によかれと思ってした行動が却って相手を傷つけてしまうことがあるように、全てを独断で決めてしまうから。。
かつてお母さんに有無を言わせず、お父さんを追い出したことも、マリアを引き取ったことも。。
「このままがいい」という梨沙の気持ちを知りながら、離婚届けを出してしまったことも、結局は相手を絶望させ忍耐を強いることになるようにも思えます。。(健吾の言葉が足りない所為でもあると思いますが)

健吾の優しさ愚直さは限りなく魅力的ではありますが、ついて行く女性は容易ではないと思います。

健吾との今までの心の触れ合った時間から健吾の思いを解るはずの梨沙にも「梨沙。。。ゴメン。。」だけでは。。(´`;)

状況が状況だけに健吾の決断を理解しつつ、梨沙に気持ちが同化してしまう私です!

「勝手に決めんなっつって言ったじゃん」(号泣)

最終回には梨沙の笑顔がみれますように。。。と願いつつ。。ドラマから気持ちを切り替えて日常生活に戻ったつもりが。。
今朝、運転中にラジオから『流星』が流れて。。困りました。。どうしても涙が止まらなくなってしまって。。幸い路肩にとまって事無きを得ました。「超やばっ!」でした。
皆さんもご注意願いますm(_ _)m


ペコ様
コメント、ありがとうございます。

ケータイでは途中で途切れてしまったんですか、それは大変失礼いたしました。

では改めてそのコメント欄に書いたペコ様個人への返信もここで再掲載させていただきます、甚だ簡単ではございますが。

「ペコ様。

泣きまくっておいでですね。 私もです。 テロップさえ入らなきゃラストでは号泣だったでしょう。 速報が入った時はかなりずっこけました(笑)。

ほんとに、「ギルティ」 以上にサスペンスですね、こうなると、結末が。」

以上です。


で、今回のペコ様への返信です。

健吾はまたお父さん死亡の時にマリアを引き取ろうとした時みたいに、家族に痛みを強いる決断をひとりでしてしまったんですね。 因果はめぐる、という感じです。

リサはでも、お母さんの原田美枝子サンと一緒にいるときも心安らいでいる感じだし、マリアもリサを守っていく、という決意を固めたみたいだし、なんとか周囲に支えられながら生きていくことはできるような気もします。

でも、それでも。

愛情に飢えているリサをサルベージできるのは、健吾しかいない、そんな気がどうしてもしますよね。 そうした気持ちから健吾のした決断を判断すると、決してそれが最良の決断とは言えない…、そのことは確かだと私も思うのです。

ほんとに、不器用で、カッコよすぎる気がします。 健吾。

言葉も正直足りませんけどね

それだけにやはり、最終回にはハッピーエンドを希望、です。

いやそれにしても、催涙ガスのような歌って、ありますよネ(爆)。 私はいきものがかりの 「ありがとう」 をラジオで聞くと、いまだに運転中も泣けてきてしまいます。 みなさんも、ご一緒に注意いたしましょう!(笑)

またもやお邪魔します(笑)

時間をかけて考えてみました。
健吾のとった行動、やはりリウさんのおっしゃる「世間に対してのけじめ」に納得です。

これは男性と女性との思考の違いなのかなと。
いや、一概にそうじゃない方も多いとは思うので・・・という言い訳を最初にしておきます(笑)

男性は足元の“今”だけに捉われず、大局的に先も見て行動できますが、女性は往々にして目の前の“今、この瞬間”に重きを置いてしまいがち。

だから健吾は出頭と言う道を選んだ。
でも梨沙は「今、傍にいてほしい。歩みを一緒にしてほしい」と願う。

観てる側も然りなのかな・・・と。

最終回は二人の想いがシンクロすることを願ってやみません。
そして9時からは速報のない平穏な時間であることも願ってやみません┐(´-`)┌

超大阪人様
コメント、ありがとうございます。

突き詰めて考えれば、やはり超大阪人様のおっしゃる通り、男と女の違い、なのかもしれません。

…と仮定いたしまして(笑)、私は今回ほど、女性のかたがたが恋愛に対してアグレッシヴな感情を有していることに、驚いたことはなかったです。

世間体とかけじめとかもかなぐり捨てちゃって、前後不覚で一緒にいたい!と思うものなんですね!
私はずっと、女性のかたがたは恋愛に対して体温が低いとばかり思っておりました(鈍感過ぎる!…笑)。

いずれの立場にしても、やはり納得のできる結末を見たいのは、いずこも同じと思われます。 頼むから菅サンよ、重大な政治的決断などしないでおくんなまし(笑)。

リウさんまたお邪魔します

>健吾は『限りなく優しいけれど愚直なワンマンな男性』。。。

ペコさんや他の女性の方がケンゴに持った感想ですが、男性の自分も感じました。もうちっとリサとコミュニケーション取ろうよとか。とにかくリサはこのままでいいんだよとか。でもそんなケンゴのスローライフな愚直さがなければ8話ラストの抱擁の感動はなかったのかな。

流星と流れ星のシンクロ力すごいっすよね

自分だったらその前に何度、リサを抱きしめることかまあこんな一般人の感覚でドラマが進んでったら...こんなにみんなはまらないし、感動も落胆もしないんだろうなと

 またきてしまいました。最終回が気になって眠れません・・・。流星の前奏で号泣・・・。これで、ハッピーエンドじゃなかったら、寝込みそうです。
 私の気持ちとしては、健吾の行動はやっぱり納得なんです。自分が健吾の立場でも同じことをすると思ったからです。自分が持ちかけたことに責任を持ちたいし、家族も(母もマリアも)これ以上巻き込みたくないし(結局は巻き込むことにはなるのですが)、何より愛する人を守りたいです。それが、相手を巻き込んでしまったことへのけじめのような気がするのです。臓器売買は、ドナーも勿論罪になりますから。そして、ドナーが現れずして亡くなってしまった涼太のような人への思い、いろいろ交差すると、自分が、罪を負うことしか考えつかないかも知れません。
ただ、私は弱いので、「待っていてほしい」くらいは、言ってしまうと思いますけどね。ただ、私が健吾だったら、ってことで、反対の脳では、梨紗だったらっていう思いも抱えているのです。もう絶対離れたくないという。矛盾していますね。
 最終回はいろいろ今まではられた伏線が回収されていくのでしょうか?マリアの作品の行方や意味も気になります。沖縄の消えない流星は熱帯魚やに出てくるのかな?。
 いろいろ書いてすみません。いつもありがとうございます。

ima♂様
コメント、ありがとうございます。

一言足りないというのは、もしかすると旧世代の男性特有の行動パターンかも。 若い世代の男性ほど、女性とは対等の立場で、最大限に相手のことを思いやる気持ちがある、のかもしれません。

かく言う私も旧世代の男ですので、けじめをつけたがることが男らしい、と考えてしまう傾向にあるのかもしれないです。

私個人としては、「言わなくても分かってるだろ」、と 「あうん」 の呼吸を女性に対して期待してしまうところがありますネ。

逆に言うと言葉でなにからなにまで説明してしまうことに、ちょっと煩わしさを感じてしまう、と言いますか。

でも、ほんのちょっとした、一言が欲しいものなんですよね。

健吾の場合、それが最後の 「……ゴメン」 だった気がします。

りこ様
コメント、ありがとうございます。

りこ様はけじめを重視する側のお立場のご様子ですね。 もちろんそうしてしまうことでリサが抱えてしまう痛みもじゅうぶん分かっていらっしゃると思いますけど。

ひとつのドラマにはまり込んでしまう、ということは、さまざまなことをひとりひとりが考える機会を持つことだって、いま私はあらためて感じます。

「流れ星」 の記事に寄せられる、さまざまなかたがたの思い。 このブログの別のドラマに寄せられるコメントとは、明らかに異質のものだと感じるのです。

りこ様が健吾の立場もリサの立場も理解して考察をされているのは、このドラマが 「本当の優しさとは何なのか」 を見ている側につきつけてくるドラマだからなのだ、と思います。

どうにも結末を見るのが怖いですね、その点では

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BOOKS

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

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    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

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    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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