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2011年1月23日 (日)

「スクール ! !」 第1回 強引な吸引力のあるドラマ

 まず個人的なことをお話しますが、この記事いったん書き終えて投稿しようとしたら、エラー画面(泣)。 泣く泣く休日返上で書き直してます。

 「冬のサクラ」 の裏番組、「スクール ! !」。 江口洋介サンが、建設会社から民間人校長として小学校にやってくる、というドラマです。 録画だけしておいたのですが、なんとなく見る気がしなくて放っぽっていました。

 この手のドラマにありがちなのが、学校の抱える問題を極端な形で描写していく、という方法。 いじめや、学校教育のありかた、親たちの態度など、もっとも問題と思われる部分を大きく膨らませてドラマを見せよう、とする傾向が強い。

 だからこのドラマでも、いきなりこまっしゃくれたガキが登場していじめを行ない、権利だの義務だの振りかざしながら、こざかしい理屈で自分たちの下らん行動を正当化しようとするんですけど、その不快感たらない。 こんなガキなんか、ぶん殴っちまえばいいと思うんですがね(ぶん殴る代わりに、視聴や~めた、でもよかったんですが)(どうも書き直しでいらついているせいか、論旨が過激だ…)。
 けれどもそんなことを言えば簡単に問題になるのが、いまの世の中。 実行しちまえば、訴えるだの逮捕だの、過剰防衛反応したがる。
 確かに大人の側も、加減というものが分からなくなってることはありますけどね。 虐待とか。

 いっぽう教師たちは少子化や学校自由選択制で顧客市場になっている現実のもと、親からの反発を恐れて、腫れ物に触るように子供たちに接している。
 一例を挙げれば、生徒を呼び捨てなんてもってのほか、「○○くん」「○○さん」 という区別も男女差別に当たるからみんな 「さん」 づけ。

 それはけっして誇張でもなんでもないのかもしれませんが、ドラマ開始数分で、そんな現実を見せつけられると、どうも最後まで見ようという気がしなくなる。

 そんな萎えた視聴意欲を強引に最後までつなぎ止めようとするのが、「熱血」 という言葉そのものの、江口洋介サンの存在なのです。

 ここでの江口サン、「ひとつ屋根の下」 のあんちゃんを思い起こさせるようなキャラで、彼の存在は、どす黒く澱んだ教育現場を吹き飛ばすほどのパワーにあふれている。 その強引さが、限りなく爽快感をもたらします。
 だから、こんな問題誇張しまくりの不快感満載のドラマを、最後まで見てしまうのです。

 まず冒頭のこまっしゃくれたガキどもに、「かわいくないガキだねえ」 とストレートな物言い。
 「くん」「さん」 の話も、「男女差別?だったら呼び捨てでいいじゃないか」「さんさんさんさん、どうだっていいんだそんなことは」。

 いじめの問題を認めたがらない教師たちに諭されて、「いやー、一本取られたな。 ダイジョブダイジョブ! 新人の特権はミスが許されることだ。 めげずに次にチャレンジしてけばいいんだ!」 と勝手に自己解決して勝手に立ち直る(笑)。

 冒頭でいじめられていた男の子は、小学5年なのに九九が出来なかったことが原因でいじめられていた。 その子に平気で 「バカ」 といい、とがめられると 「バカをバカと言って何が悪い」。
 そしてその子が屁理屈を言うのに頭グリグリの刑をしたら法律を持ち出されてまたとがめられるのですが、「難しいことは知らんよ。 でもそんな時代間違ってる」「誰だってなあ、出来ないことはある。 出来ないことは悪いことじゃないよ。 悪いのは、出来ないのにそれを認めなかったりごまかしたりすることだ」

 その子は九九が半分できるようになったことを母親に報告するのですが、逆に非難されて学校を休んでしまいます。 その危険を素早く察知し、男の子の住む団地へと向かう江口校長。
 果物ナイフを振りかざすその子のナイフを握りしめ(当然血だらけ)、江口校長は、こう話しかけるのです。

 「一度決めたことは最後までやりとおせ。
 最後までやれば何かが残る。
 何かが残れば、人はそれを誇りにできる。
 自分に誇りを持てればきっと強くなれる。

 こんな傷なんか全然痛くないぞ。
 途中で投げ出す傷に比べたら、こんな傷なんか全然痛くないぞ。

 お前途中で投げ出したらこのままバカのまんまだ。
 生きてりゃいくらでも変わるチャンスがあるっていうのに…大バカ野郎。

 …

 でもこれだけは忘れるな。
 死んだほうがいい子供なんかいやしない。

 子供は大人より先死んじゃいけないんだ」

 子供にとって、人生は始まったばかりです。
 人生の門の手前で、ウジウジしている場合じゃない。
 人生には、なんでこんなに理不尽なんだと思えるような出来事が、この先たくさん待ち受けているのです。

 江口校長のここでの最後のセリフは、彼の子供(と奥さん)が亡くなっていたことを暗示していました。 江口校長はモノローグで幾度も息子に呼びかけていたのですが、第1回ラストで 「お前が行けなかった小学校」、というセリフが語られ、それが分かる。

 確かにストーリー的にはそんな簡単にいくかよ、というものかもしれません。
 話の重箱をつつけば、江口校長がその小学校の教員すべてのプロフィールを完全暗記していたとか、新米教師役の北乃きいチャンがいちいち法律を一言一句も間違えずに暗誦するとか、鼻につく場面は散見されます。
 また、人間というものは、人をいじめずにはいられない、という西島秀俊センセイ、彼と江口校長とは対立構図になっていますが、いずれ理解しあえるベクトルであることもなんとなく分かる。 いじめっ子役のクソ生意気なガキもそのうち自分がいじめられ役になるとか予想が…う~ん、ベタな展開かな~それはないかな~(笑)。 いわゆるモンスターペアレンツも出てくるでしょうし。 なんとなく予想がついてしまう感じは付きまとうのですが。

 けれども、ひとりひとりと真剣に向き合えばどうにかなる、という江口洋介校長の思いは、楽観主義とか非現実的だとかいくら思われようが、それこそがいちばん正しい、子供との向き合い方であることを強く実感するのです。
 江口校長のその単純な愛情は、ドラマを強引に見させようとする、強烈な吸引力になっています。

 私は特に小中学の教師は全員、社会に出て5年間の労働をすることを義務付けるべきである、という暴論の持ち主であります(笑)。

 教師が子供に対してまともな対応が出来ないというのは、私は教師の社会勉強不足が原因であると思う。
 子供にとっていちばん大事なのは、いい大学に入ることではない。 今の教育は、そこをゴールに設定しているから、根本から誤るのです。
 私は、社会人になって、きちんと働くことが出来るようになることこそが、「子供が大人になる」、ということのゴールであると思います(人生のゴールは、まだまだその先にいくつもあるのですが)。 教育は、そこをゴールに設定する必要がある。
 だのに、教師は子供たちに、その 「大人になる」 こととはいったいどういうことであるのかを、ほかならぬ自分自身が経験していない。 だからこそ自分たちが、まず社会勉強をしなければならない。

 このドラマに出てくる教師たちは、そんな社会の機微もまともに触れたこともなく、人の上に立つ職業に就いた人たちばかりです。 だから現場独特の空気に毒されて、知らない間にどす黒い澱んだ狭い常識に足元をすくわれてしまっている。

 だからこそ江口校長のような単純明快な愛情が、最も力を発揮すると思うのです。
 その経過を見ていくことは、誇大表現された教育問題を描写していくドラマの中で、結構気持ちのいいものなのかもしれません。

 もっといいこといっぱい書いたんですが、忘れちゃいました(笑)。 忘れちゃうということは、どうでもいいことだったんでしょう(爆)。

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コメント

>私は特に小中学の教師は全員、社会に出て5年間の労働をすることを義務付けるべきである、という暴論の持ち主であります

ホントにそうですね
私の友人なんかも、大学院を出て教職についちゃってるから「学校」以外の社会を知らない。
しかも担任を持つような学科でないんで、父兄との接触もあまり無いのではないかな。

デフォルメされてるのか現実マンマなのか、
ドラマでの小学校、気持ち悪かったですなあ
運動会で順位をつけない、なんていうのは聞いてはいましたが。

建前では差別も侮辱もしないんですが、子供たちの間では陰湿なイジメはしっかり存在してる。
子供にとって学校は「社会」なわけで
そこにドンと受け止めてくれる校長がいるのは救いですね。

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

この 「暴論」(笑)は、私が中学校時代から考えていたことでして(笑)。 「どうして教師たちは、こんなくだらないことで子供みたいにキーキーヒステリックになるのだろう」 と考えた末の結論、と言いますか(自分も子供だったのですが…笑)。

もともと教師というのは、頭がよくなければ務まらない職業ですから、必然的にお勉強ばかりしてきた人たちですよね。 それが学校からの知識だけで大学を卒業してすぐに教師になってしまう。 それが大げさに言えば明治時代から綿々と続いているわけで、かなり確立された堅固なシステムになっちゃってるわけです。 人間的に出来た人格者が教師になるのなら何の問題もないんですけどね。 教育問題のゆがみの根本は、そこにあるんじゃないかな~。 「聖職者」、って持ち上げられる職業の人って、坊さんもそうだけど中身が伴ってない場合が多すぎる(もちろん例外もありますよ、念のため…)。

リウ様

こちらは、見られないのかと思ってました。
たぶん、もう一方のドラマと対極かも?

他でも、書いているのですが
集団を描くドラマで、
主力グループがあれば必ず反勢力グループがある。
全体の20%は怠け者(の役割を負うの)だ。
が描けていると納得するのですが、、、、う〜〜ん。

でも、江口さんのキャラクターは安定感がありますね。
第1回の主人公の少年は必ずや将来、トンネル掘(土木作業員)になるように思います。

>私は特に小中学の教師は全員、社会に出て5年間の労働をすることを義務付けるべきである、という暴論の持ち主であります
小学校5年生の時ですか、先見です。自分は中学2年生の時です。先生が人間としてダメに見えたときです。というか、フツーに見えたときに抱いた違和感が、社会的経験不足でした。
(あ、なに語ってるんだ、自分)

西島さんとの対立・共闘が楽しみです。


みり様
コメント、ありがとうございます。

記事にも書きましたが、生意気なガキが大人を見くびっているだろうし、そのガキをかばう親たちもたぶん不愉快だろうし…、私がこのドラマをほっぽったのには、そんな理由があったのでした(「見る」 と以前に記事で書いたのに、記事にするのが遅れ申し訳ないです…)。

20%の傍観者ですか…。 よく分かりませんが、世の中、ほとんど傍観者じゃないでしょうか?(笑)。 かく言う私も、傍観者(ナマケモノ)であります。 主力も反主力も、たぶんみんな流されながら生きている気がします。

そんななかで、流れに棹差す(逆の意味か?…笑)江口校長のウザいくらいの情熱は、気持ちがいいです。 ほかの時間帯にやりゃいいのになー。 わざわざ 「冬のサクラ」 にぶつけんでも…(笑)。

みり様も教師に呆れたクチでしたか(笑)。 まあ教師たるもの、生徒に引かれて見られてしまっては、オワリなよーな気がします(…)。

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