« 「冬のサクラ」 第1回 …大丈夫… | トップページ | 「恋のから騒ぎ」 終了とか。 »

2011年1月19日 (水)

「美しい隣人」 第2回 鏡の中と現実の浮遊感

 第1回目から、だいたいこんな筋書きだろうなーとフツーに予想していた 「美しい隣人」。
 いきなり第2回目で、オドロキ桃の木です(古いな~この表現…爆)。
 こういうのは、誰かにしゃべりたくなりますね。 むしょうに。 ブログという場があってよかったです。

 いきなりバレバレで参りますが(笑)、池で死んだ男の子の母親が、仲間由紀恵サンじゃなかったんですよ。
 じゃ一体何なんだ? ドラマを見ている側としては、こうなるともう、先が知りたくて仕方なくなってくる。
 このストーリーテリングは見事の一言に尽きます。

 正直言って、第2回目の途中までは、「フツーの展開だよなあ」「どうしようかな、コレ見るのやめるかな」 と思っていました。
 特に仲間サンが大阪に単身赴任している渡部篤郎サンの前に現れ、渡部サンが仲間サンに気を惹かれていく展開。 う~んありがち…。
 そして仲間サンがさりげなく檀れいサンの友人である三浦理恵子サンに接近、なんだかふたりの仲をかきまぜそうになる展開。 友人を敵に仕向けそうな展開も、ありがち…。
 見ている側の気持ちは、次第に萎えていきます。

 でもドラマは急速に 「仲間サンが死んだ男の子の母親だ」 という展開になっていく。

 1年前に檀れいサンの息子を発見し助けた、目の鋭い陰気な青年リオ(南圭介クン)、仲間サンと最初に会ったときから何かを感じていたみたいなのですが、「アンタ、死んだ子の母親だろ?」 とぶしつけに仲間サンに訊くのです。
 問われた仲間サン、それには答えず、「キミってホントに礼儀知らずだね」 と冷たい笑みを浮かべながら、リオが餌をあげていた猫から餌を取り上げ、静かにその場に捨てる。 うつむいてしまう、リオ。

 仲間サンは三浦理恵子サンの店にやってくるのですが、そこで働いていたリオとの間に奇妙な緊張感が流れる。 そこで死んだ男の子の話になって、水死事故(これも、事故じゃなくって事件なのかも、と感じさせます)のあと池に供えられていたお花などが荒らされていた、という話になる。
 それを 「(荒らしたのは)母親かもしれないわね」 と分析する、仲間サン。

 「どうして母親が、そんなことをするの?」

 意外な話に思わず訊いてしまう、檀れいサン。

 「分からないけどなんとなく…。
 その立場に立ってみないと、分からないことってあるから…」

 固定カメラだけで展開していくこのシーン、仲間サンを映すときだけ、ハンディカメラで、微妙にゆれ動かされる。
 目つきの鋭いリオが、動揺する様子もさりげなくインサートされる。
 そして檀れいサンのモノローグ、「私の心の中にはそのとき、母親というのは、沙希さん(仲間サン)本人ではないかという考えが浮かんだのです」。

 こうして早いテンポで展開される説明の仕方に、「ずいぶん早々と種明かしをしてしまうんだなあ」 と感じさせ、実はウラにいろいろあるんじゃないか?と見る側の心がザワザワしていくのです。

 同時に、うまいなあと感じたのは、そのシーンの前に再び渡部サンと仲間サンがバーで会った時のシーン。
 フツーの話をしながらカウンターの下で、渡部サンの足に自分の膝をほんのちょっとだけくっつける仲間サン。
 渡部サンはそのことに気付き、ちょっと動揺しながらも、しばらく逡巡したあげく足をさりげなく自分のほうに寄せて離す。
 するとまた仲間サンが、膝をほんのちょっとだけくっつけてくる。

 この、ほんのちょっとだけ、さりげなく、というのがちっともわざとらしくなくて、こういうこと、あるんだよなぁ~とすごく感じさせるのです(自慢するよーでナンですが…爆…こーゆー経験、多々あり)。

 「膝をすり寄せてくる」 というのならまだしも、ここまでさりげないと、男の気持ちは千路に乱れます(爆)。 あんまり無神経に、男に触んないでほしいです、女性のかたがた(爆!)。

 まあいずれにせよ(笑)、冗漫なように見えていたドラマが、そんなこんなで(どんなこんなだ?…笑)なんとなく開始当初より吸引力が増してきたように感じていくのです。

 そして第2回終盤。

 男の子が亡くなって一周忌ということで、檀れいサンが男の子の亡くなった池に花をもっていき、そこに居合わせた男の子の両親と顔を合わせることになります。
 こんな性急な展開に、「これって違う母親なんじゃ?」 と見る側はますます思うのです。

 父親(高知東生サン)は日本人。 外人じゃない。
 仲間サンが嘘をついていたのか?
 そしてなかなか顔を見せないその母親。
 見る側の気持ちはその見せかたから言って、「これは仲間サンじゃない」、という確信へと変わっていきます。
 そして顔を見せたその母親、
 やはり仲間サンではなかったのです。

 簡単に予想のついてしまいそうな話を、こうしてどんでん返しさせる、という手法は、「シックス・センス」 を連想させます(私はこの映画、勝手な推測で別の結末を考えてしまって、妹から種明かしがされるまで分からなかったんですけど…爆)。
 つまり見る側の 「見くびり」 を利用し、逆手に取る手法なんですよ。
 2回目で早くも 「シックス・センス」 してしまった(笑)このドラマ、いきなり目の前には、さまざまな推理の分岐点が現れました。 こういうのは楽しいなあ。

 このドラマでもうひとつうまいなあ、と思うのは、「鏡の使い方」 です。

 堂島ロールもどき?(笑)を 「大阪土産」 だと言ってしれっと持ってきた仲間サン、檀れいサンはそれをおいしいおいしいと食べるのですが、いきなり檀れいサンが左利きになる。
 アレッ?
 私も左利きなので、こーゆーのには敏感なのです(笑)。
 檀れいサンも左利きか…と思ったら、次のシーンでは右利き。
 なんじゃこりゃ?と思ったら、そのシーンだけ鏡に映っていたシーンだったんですよ。

 こういう見せかたをして、見る側の気持ちを軽く揺さぶっている。

 それから、先ほどの仲間サンが渡部サンに膝をくっつけるシーン。
 カウンターの向こう側にはやはり鏡が置かれていて、仲間サンが別の顔を見せてセリフを言うシーンで、鏡の向こう側の仲間サンにカメラはパンしている。 そして手前の仲間サンにズームイン。

 「いろんな顔をもってるんですね」

 「…そう、…そうなの。

 …そういうのは嫌?」

 鏡の世界と現実の世界で揺れ動いていく不安定な現実を見せる手法、こういう丁寧さが見ていて感心するのです。

 同じドラマでも、いくら出ている俳優さんが有名どころで、脚本が素晴らしくても、やはりなんとなく見ていてチープ感が漂ってしまう、というドラマがあります。
 それはやはり、演出家の腕ひとつにかかっているのではないでしょうか。
 細かい舞台のディテールとか、俳優のさりげないしぐさひとつにあらわれるさまざまな事情、カメラワークの使い方、そんな部分が、ドラマを優れたドラマにするのかフツーのドラマにしてしまうのかを振り分けてしまう気がするのです。
 このドラマには、そんな演出家の細やかな神経が見てとれる。
 展開的にも面白くなってきたし、一気に期待度が上がってきました。

「美しい隣人」 に関する当ブログほかの記事

第1回 勝手な先読み、という恐怖増幅の方法
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/01/1-f59a.html

« 「冬のサクラ」 第1回 …大丈夫… | トップページ | 「恋のから騒ぎ」 終了とか。 »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

檀れいさんが左利きだったのは鏡だったんですか!
バーでの鏡の多用は気づいてましたが
お家も鏡でしたか。

高知東生とその奥さん、あの場に仕込もうと思えば仕込めるんですが…
そこまでやらないか…(失笑)

亡くなった男の子の母親でないとすれば
檀れいさんたち家族は、なぜ恨みをかったんでしょう??


並んで座って女性のひざが自分のほうを向いていれば、
好意とまではいかなくとも
間違いなく嫌ってはいない、という理論をどこかで読んだことがあります。
仲間さんのアレはわざとですがねw

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

結構ショッキングな展開だったのに、ドラマ見てない人が多いんですかねー、この記事自体にもアクセスが多くないです。 面白いと思うんですけど。

ヤフーのみんなの感想とかを読んでいると、皆さんムダに怖がりすぎ、という感じがいたします(笑)。 確かにラストの仲間サンの手招きシーンは不気味でしたけど、別に怖いとまでは思わなかった、つーか(「バイオハザード」 のやりすぎか?…笑)。

ひょっとして子供の溺死とは別の事情で仲間サンは恨みを抱いているのかも?なんて推測もありえてきますし、亡くなった子どもの父親が高知東生サンだった、というのにも何かありそうな気がしてきた。 やはりいろんな憶測が飛び交うようでないと、この手の話は面白くないですよね。 次回はどんな手で驚かせてくれるんだろう? 楽しみです。

膝すりつけ、わざとです、と宣言してくれると、男としては次の行動に出やすいんですが…(逃がした恋は数知れず…笑)。

マイティさま同様、私も左利きのくだりにびっくりでした!私も檀れいさんって左利きなんだぁ〜って思っちゃいました。鏡だったんですね〜。リウ様の視点の鋭さに感心しました。

私は見ようと思ってたのに1回目を見逃しちゃってたので、リウ様のblogを見てから2回目を見ました。ヽ(´▽`)/

亡くなった子の母親ではなかった!
ほんとかなあ?
(他にも亡くなった子がいたりとか・・ないか)

視聴者としては先の展開が楽しみですね。

でも、2階の窓から顔を見せずに手招きというのは、いただけなかったですね〜。不自然さが際立ってました。

2人の美女が出るというだけで男性の視聴者は多いと思うのですが、視聴率はどうなんでしょう。

リウ様の逃がした恋は数知れず・・・
ほんとかなあ?getした恋は数知れずの間違いじゃないかしらん?

rabi様
コメント、ありがとうございます。

恋愛の話に関しては、さりげなーくスルーさせていただきとう存じます(爆)。

手招きの場面は、「このドラマ、ホラーを目指しているのかな?」 なんて思ってしまいました。
でも、ホラー、いいじゃないですか(シャレじゃありません…笑)。 「世にも奇妙なナントカ」(一度も見たことないのでそれがホラーであるかどうかも分かりませんが)とか、ホラー傾向のドラマって、なんか見たことなくて。

視聴率的には今ウィキで調べましたが第1回より2回目のほうがよかったようですネ。 私は別に仲間サンも檀サンもファン、というほどではないかなー。

ひょっとすると仲間サンは、亡くなった子どもの生みの親で、現場で泣いてた女性は継母だった、とか? それじゃありきたりか。 でもいろいろ考えられますよねー。 先読みって個人的にはあまり好きではないのですが、このドラマは 「先読みして楽しんでください」、って感じがしますね。

 私も1回目見逃したんですよね。初回を見ていたらブログに書いたかもしれません。いや、まだ迷っています。

 私の興味は仲間由紀恵と壇れいの配役が逆のほうがいいのでは、そんな先入観を持って見ていました。壇さんのイメージ、どうしても清純派にも見えず、純粋なタイプに見えないのです。

 このブログでリウ様に教えていただきながらまた書きます。なにせ『冬のサクラ』に力を入れすぎて、ドラマ批評を1日か2日休みたい気分で……。コメントを寄せずにすみません。また寄ります。うちで毒ガスを噴霧するのを待っています(?)

初めてコメントをします。
どうぞよろしくお願いします。

仲間さんのお顔はいい人すぎるのでこういう役は似合わない気がするし、出だしもなんだかなぁ・・・・と思いつつ二回目を見ながら、これは途中でギブアップのドラマかもと感じました。

が、しかし!堂島ロールもどきを召し上がる壇さんの手を見て、細やかな演出が期待できるドラマかもと考えを改めました。

【流れ星】には適わないと思いますが、楽しみなドラマになると思います。
リウさんの記事も楽しみに拝見します。

リーン様
コメント、ありがとうございます。 リーン様のブログには、ときどき寄らせていただいて毒を吐かせてもらっております。 ブラックリウが見たいかたは、どうぞリーン様のブログをのぞいてみて下さいまし

檀れいサン、私はこの人、昔 「ぶりっ子」 だった人が家庭をもっておばさんになるとこうなる、というプロトタイプを見ている気がいたします。
このドラマでの檀れいサンは、とても性格がよくってかわいい人なんですが、それがどことなく、周囲からウザがられているような傾向がある。 本人は悪気がないのに、心ない陰口にさらされてしまうような…。

仲間由紀恵サンも、紅白の司会なんかを見ているととてもきちんとした人にお見受けするのですが、どことなく社交辞令的な冷たさを感じます。 そんな人が表面上いいヒトで腹に一物をもっている役、というのはハマっている気がします。 この配役でよろしいんじゃないでしょうか。

それから、もしこのドラマをリーン様がブログ記事になさる場合、お節介なようで誠に恐縮ですが、檀れいサンの檀は、壇ノ浦の壇ではありませんので、一応ご忠告差し上げたいと存じます。 去年 「八日目の蝉」 でキツーイコメントをいただいてしまったことが自分にもありましたので

薫子様
こちらこそはじめまして! コメント、ありがとうございます。

私はですねー、第1回目、仲間サンが檀れいサンの息子を無理やり木に登らせてこの新興住宅街を一望したときに、「なかなかこのドラマは舞台設定にまで気を遣っている」、と感じましたです。

ただやはり、復讐、なんていうと、だいたい相手のダンナを籠絡して(笑)ご近所づきあいから孤立させて、みたいなパターンが思い浮かぶので、それがそのまんま展開する第2回中盤までは、やはり薫子様と同じように 「もういっかなー」 と考えてしまいました。

う~ん、「流れ星」 にはこの冬クールのドラマはどれも敵わないですね。 フジ月9新ドラマも開始1分でリタイアしました(爆!)。

リウ様

今クールドラマ、どれも厳しいですね。
まあ、豊作の後は、どうしても見劣りしますし。

>つまり見る側の 「見くびり」 を利用し、逆手に取る手法なんですよ。
なるほどです。製作者はある意味、視聴者に挑戦状を出しているわけですね。では、こちらの半歩先を行こうと。

では、私の予想。橋のたもとで手を合わせていた女性は
「母」とも「妻」とも紹介されていませんよね。
高知さんの「姉」かもしれないわけです。

と見ていて感じました。

鏡、特に他人の家にあった鏡って気味悪くて簡単に預かるなんて言えないと思うのですが、そういうことなんだって。なかなかに脚本は巧みです。そう思いました。

今回は早くも「外交官 黒田〜」くらいしかまともにつきあってません。今井美樹さん、どうにも苦手で。。。。

このドラマ、 怪しくて興味をそそられるのですが、ゾクゾクし過ぎてちょっと心臓に悪いから、あんまりじっくりみていないのです(^^;)
今回の美しいリウ様の傑作サブタイトルとなった鏡の演出さえ気づきませんでした(苦笑)

私が一番ゾクっときたのは沙希が理生に

「猫って好奇心で死んじゃうんだってね。。。」と言う場面で、超~怖かったです!!! (>_<)
この台詞は、多分。。

英語の諺に“Curiosity killed the cat.”からきていると思われるのですが、

「九生ある猫でさえ好奇心のために死ぬ=他人のことをあまり詮索すると、ひどい目にあう」という意味らしいのですが。。。

なにかを知っているように思われる理生にくぎを刺したのかと思って。。。

うーん。。。ストーリーは気になるけど、ゾクゾク感は寒すぎる~「美しい隣人」です。(笑)

リウ様が放っぽって捨ててしまわられた裏番組の殺人事件を扱ったドラマなのに。。何だかハマりつつあるのが、まったりして。。懐かしい役者の方々と美しい古美術にホットした気持ちでみれるのが「フェイク」なんて。。今クールの私って。。(唸)

みり様
コメント、ありがとうございます。

なるほどっ! 「実は仲間サンは母親ではなかった!」 というのも、こっちの勝手な思い込み、というやつだったということに気付かされました! みり様、さすがです。 なんかそう考えると、作り手の手の中で弄ばれているような気がしてきた…。

そう言えば、前のお隣さん鈴木紗羽サンの大ーきな鏡をもらう、というのも、鏡を人からもらうのは縁起が悪いとか、そんな話を聞いたことがあります。 その気味悪さまでには考えが及びませんでした。 みり様、鋭すぎです。

今井美樹サン、やはり何食わぬ顔して略奪婚とか、そこらへんが好感度に影響しているんでしょうかねー。 私はワイドショーほとんど興味なし人間なので、この人の顔立ちのフツーぶりにほだされているだけなんですけど

ペコ様
コメント、ありがとうございます。

そう言えばこのドラマでも、子供が死んでいることがひとつのカギになっていますよね。

「美しい隣人」 でのそれが殺人かどうかはまだ判明していませんが、「フェイク」 に限らずひとつひとつの殺人を1回のお話で片づけてしまう事件モノ、刑事モノ、というものに、私があまり乗り気にならない、ということもあるかもしれないです。

…と言うより 「フェイク」 に関しては、財前直見サンとか南野陽子サンのキャラが、ちょっと受け付けなかったかなー。 それと美術品についてのフィクション(どの美術館が保有しているのかとか)が頭に入ってしまいそうだったのも嫌だったかな~。

仲間サンがリオにした猫のお話は、私は聞いていて 「吾輩は猫である」 のラストを思い出していました(爆!)。 あの猫クンも、井戸?だかにハマってブクブクと死んでしまいましたよね。 ペコ様のほうがずっと理知的だ…。
というより、漱石はその英語の諺を使って、「吾輩は猫である」 のラストを編み出したのかな、などと考えてしまいました。 漱石、イギリスに留学していたですもんね。

私はコメント返信にも書きましたが、ホラーゲームのやり過ぎで(?)あまりこのドラマを怖いと感じてません。 怖がらせるなら、もっと怖がらせてほしいよーな気が…(ペコ様はますます見ることできなくなってしまいそうですが…笑)。 ある意味殺人よりタチが悪い、ってゆーのに…(笑)。

>「吾輩は猫である」 のラスト

確かビールを飲んで酔っ払ってカメに落ちて溺れたのだったような。。。^^;

なんだか。。溺れた子供のことも彷彿させますね。。怖っ!(ブルブル)

やはり、苦手な俳優、女優の方が出演されてると。。気持ちが入らないものです。。私は織田裕二さんとゲスト出演された韓国の俳優さんが苦手で「黒田康作」ダメですし。。人それぞれですね^^

「フェイク」にはオメダこと田中健さんや、グズ六こと秋野太作さんも出演されたりして。。ちょっと懐かしさもあって。。ワカメとか、カースケも出て来ないかな~んて(笑)

藤村志保さんと財前さんの母娘の掛け合いもよくて。。骨董店の雰囲気も好きです。。歳の所為かも!?(爆)

ペコ様
再コメント、ありがとうございます。

書棚をひっくり返して 「吾輩は猫である」 のラストを読んでみましたが、ペコ様のおっしゃるとおりでした。 どうも中学くらいに読んだものは、きちんと覚えてないですね。 覚えていたのは、「この猫死ぬまで理屈っぽいな」 ということだったよーな(笑)。

私も織田裕二サンは苦手でしたが、今回の役は渋くて気に入ってます。 イ・ビョンホンサン、ネプチューンの原田泰造サン、舘ひろしサン、この3人は同系統の顔である、という持論をもっています(爆)。

ペコ様も 「俺たちの旅」 を見ていた世代ですか!
ワカメクンはホント、ちっとも見かけませんね。 田中健サンも、私の見るドラマにはあまり出て下さらなくて、ずいぶんご無沙汰です。 秋野太作サン(津坂まさあき、って芸名でしたよね、「俺たちの旅」 のころは)はちょくちょくお見かけするのですが、すっかり白髪になってしまいましたネ。 1975年から76年…、遠い、あまりに遠い昔になってしまいました…(信じたくないくらい)。 私の初恋があった年です(感傷に浸りまくっております…笑)。 年は取りたくないもんです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「美しい隣人」 第2回 鏡の中と現実の浮遊感:

« 「冬のサクラ」 第1回 …大丈夫… | トップページ | 「恋のから騒ぎ」 終了とか。 »

2019年8月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ