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2011年1月25日 (火)

「江~姫たちの戦国~」 第3回 何が許せて、何が許せないのか

 このドラマを見ていて大多数の人々が抱く違和感、浅井三姉妹を年端の行かぬうちからすでに成人の女優のかたがたが演じている、という点。 特に江(上野樹里チャン)は主役で出ずっぱりですから、風当たりはさらに強い。 彼女は必然的に童女の演技をせねばならず、結果、それは 「のだめ」 になるしかない(笑)。 「ぎゃぼー」 はないけど 「ひえ~」 はある(笑)。 考えてみればかわいそうな話であります。

 ドラマを3回にわたって見てきた正直な感想を述べさせていただくと、この内容だとやはり、その年齢の子供を江の役としてあてがうのは無理があるか、と。
 つまり信長(豊川悦司サン)が江に話す内容が、2回目も3回目も、かなり難しいんですよ。

 だけども脚本では、その信長の話すことを江は 「分かりません」 とちゃんと書いている。

 分からないなら分からないで、子役を立てたほうがそのセリフのリアリティがずっと浮き彫りになると思うんですが、見た目完璧に大人の(笑)樹里チャンが 「分かりません分かりません」 と言っているせいで、江がかなりのおバカに見えてしまう傾向に陥ってしまう。 結果、樹里チャンはまたしてもおバカキャラの 「のだめ」 に陥ってしまう(笑)。

 子供というものは、大人がいかに難解なことを言っていても、何かが心に残っていくものです。 そのことを見る側に納得させるには、やはりこの時期の江は子役でなければならない気がするんですよね。

 もうひとつ、6、7歳の江が上野樹里チャンでなければならない理由を個人的に想像したのですが。

 江が生まれて初めて思いを寄せる人物が信長である、という設定のため、これも子役を別に立ててしまうと、その後の江の精神的な基礎の一貫性がはかれなくなる恐れがある。 まあ、単なる憶測ですけどね。

 でもこれだって、いくらでも少女時代との整合性を図れると思うんですよ。 セリフひとつでなんだって出来ちゃうんですからね。

 前回のレビューでも書いたのですが、子役を立てなかった、というのは、脚本の内容や拭い去れない違和感などさまざまな観点から見て、製作者(キャスティング班?)が完全に誤った、というのが私の見解であります。

 そのうえで。

 今回の 「江」 は、話的につまらなかった(笑)。
 テンポが悪かった、とも言えるのですが、演出の緩急が付いてなかったように感じるのです。 正直に申し上げますが、途中、寝ました(笑)。
 つまり、見る側に緊張を強いる場面が、全くなかった、ということです。
 あえて挙げれば明智光秀(市村正親サン)が信長に殴られるシーンのみ。
 こういう静かな話のときに、まるで信長の真意を探って逡巡しているような展開は、ドラマ自体の吸引力を急速に低下させる気がします。
 結果的に残っているのは、信長のワイシャツ姿だけだったりする(笑)。

 第3回の話の中心は、信長が家康(北大路欣也サン)の息子夫婦を殺せと命じたことへの真意。 大河ドラマの常套として、主役の江が、その真意を信長に質しに行きます。 そして信長はそれに気長に付き合う(笑)。 信長がヒマだとかいう議論は、してはいけません(爆)。

 史実がどうとか、抜きにして話しますけど、安土城に押しかけた江が見たものは、ルイス・フロイスと目も合わせなかったというだけでぶん殴られる明智と、信長にズケズケものを言うのに一笑に付される千宗易(利休、石坂浩二サン)。
 このふたりへの対応があまりにも正反対なので、江は信長にそのことをズバリと訊く。

 「(明智は自分への不満があるのに)なぜそれをわしに言わん」

 「それは、…伯父上のお力を恐れておいでなのでしょう」

 「それは己をもたぬということじゃ。 そのような者に、よき働きはできぬ。

 (いっぽう)あの者(千利休)たちは、別のいきものよ。

 美しきものを作り、磨き、極める。 そのためだけに生まれてきた者たちだ。

 とりわけ宗易は一流の人物じゃ。 あの者の生み出す美の前では、刀も鉄砲も、役には立たん」

 「はぁ…」 とワケの分かったような分からないような返事をする樹里チャン(笑)。
 さっきの話をまたいたしますが、これが大人の樹里チャンだから、なんかバカに見える。 子役だったら、「はぁ…」 という気の抜けたような反応にも見る側の納得がいくのです。 作り手は、のだめを狙っているのかもしれませんけどね。

 さらに別のシーン、家康の息子の一件について、信長は 「ではわしが、おね(大竹しのぶサン)を秀吉(岸谷五朗サン)に殺せと命じたら、秀吉は全力でおねをかばうだろう」 という話をする。

 「どうにかしたいことがあったら、人は何とかするものよ。

 そちも安土へ来た。 自分の知りたいことを、知るためにな」

 第3回のキモのセリフは、ここでしょうね。

 人がもし窮地に立たされたら、文句や理屈など言っている場合ではない。
 自分が生き残るために、必死にならねばならないのです。

 家康も秀吉も、自分が全力で問題を収めようとする人間だからこそ、信長はそのどちらをも裏切らない、と考えているのです。 だから許せる。

 明智はそれを腹の中にしまってしまう人物だからこそ、信長は腹を立て、殴りつける。 信長はどうにかしようとしない人物を、許すことが出来ないのです。

 第3回でこのドラマはそんな主眼を語っていたのですが(そこにオリジナリティがあるかどうかは別ですけどね)、やはり江は、その信長の話に 「分かりません…分かりません」 と言うしかないのです。 6、7歳ですから。

 結局何もかも知りたがる江に宗易が笑いながら話した 「あんさんは、傲慢や」「欲張りや」 という言葉だけを、江はかみしめることになる。
 子供って、そんなもんなんですけどね。
 これが樹里チャンだから、…やっぱり違和感が生じる。
 見る側が余計なことを考えてしまう余地を、かなり幅広に提供してしまうがゆえです。

 う~ん、次回はメリハリを期待したいです。 信長が何を許せて、何が許せないのか語っている間に、見ているこっちが許せなくなってしまったら、それこそ終わりですからネ(かなり辛辣なことを、書いてしまった…)。

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コメント

拝見させていただきました。納得しました。
樹里さんて6才くらいの設定だったのですね。
あまり歴史を知らず、トヨエツが良くてみていたのですが、なんでこの嫁入り前の女の子、解らないってばったかりで、馬鹿じゃないの!って思ってみていました。6歳の設定だったんですね。無理がありすぎます。外見は立派な大人です。名札をつけて年齢を書いておいてくれれば解るのですが、見入っているとやはり大人が馬鹿をいっているようにしか見えませんでした。お化粧もしっかりしているし。。。

納得様
コメント、ありがとうございます。

既に某サイトでは脱落者続出の今年の大河(笑)。 このブログで記事を書いても、さっぱり反応がよくありません(笑)。 これが記念すべき50作目の大河なのか、と考えた場合、悲しさばかりが先走ってしまうのですが。

まだまだ、まだまだですよっ!
話は、まだ始まったばかりです。
今は幼い江に子役を立てなかったことの弊害が噴出していますが、私はドラマとして1回1回を見る限り、肝となるべきテーマは確固として屹立していると考えています。 そりゃ重要人物たちを、これでもかとばかりバッサリ切ってますけど、だからダメだ、とは言いたくないんですよ、自分は甘チャンだから。

ただ第3回は話が面白くなかった、それだけです。 でもやはりちゃんとテーマに沿った展開をしてました。 そこにこの脚本家の力量も程度も測れるし、私はまだこのドラマを見捨てていませんです。

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    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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