« 「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 第1回 圧倒的な徹底ぶり | トップページ | 仕事の 「貴賎」、って存在している »

2011年2月 7日 (月)

「冬のサクラ」 第4回 自分の納得する生きかたを

 「冬のサクラ」 には、2種類の笑いがあるような気がします。
 ひとつは加藤ローサチャンの引き起こす佐藤健クンとの掛け合い漫才的な笑い。
 そしてもうひとつは、今井美樹サンのダンナ役の高嶋政伸サンの、理解不能すぎる偏執ぶりが引き起こす笑い。
 私の場合はお化け屋敷でいったんびっくりして、却って笑ってしまう、みたいなものに似た感覚で高嶋サンを見ています。 これ、まともに取ったら結構キツイものがありますよ。 今井美樹サン演じる萌奈美のように、精神崩壊寸前?まで行ってしまいます。

 ただ同じカテゴリーと思われる 「ずっとあなたが好きだった」 の冬彦サンと比べると、高嶋サン演じる航一は、どちらかというと映画 「コレクター」 のテレンス・スタンプに似たものを感じます。
 冬彦サンは 「ぼくのものでなきゃヤダヤダヤダ~」 という幼児性を前面に出したものだったですが、航一はカゴのなかに閉じ込めてじっくり観察することによって快感を得ているような感覚。 「きみはぼくの言う通りにすればいいんだ」 という航一のセリフを聞いたとき、そんなことを考えました。

 今回の話は、冒頭からローサチャンと健クンの漫才がさく裂(笑)。

 萌奈美に1日限りのデートのあとフラレて(笑)、またまた丸子橋のたもとから肇(佐藤健クン)に電話をかける祐(草彅剛クン)。
 「今兄ちゃん東京いんの?」 と訊く肇のケータイを取り上げて、「材料買いすぎたんで一緒に鍋食べましょう、来てくださいね、絶対ですよ」 とゴーインに勧誘(笑)、電話ブチッ。
 「なに勝手に切ってんだよ」
 「こういうときはね、会って話を聞いてあげたほうがいいって」
 「そりゃそうだけどさ」
 「とゆことで肇ちゃん、買い出しヨロシク」
 「はあっ?」
 加藤ローサチャンの軽ーいノリも見事ですが、ポンポンセリフを交差させることで笑いを誘発する佐藤健クンの芝居も見事。 この人は、コメディでもなんでも出来ますなあ。

 鍋に鼻水入りそうになりながら(笑)、祐の話を聞いてボロボロ泣いてしまうローサチャンなのでありますが、「もう兄ちゃんにはなにもやることがねえ」 という肇(相変わらず、冷静サイドの視聴者の代弁者であります)に反発して、「たく分かってないね~。 誰かが、一緒に苦しんでくれるだけで、それで救われることだって、あるんだよ」 と祐に助け船を出す。

 実はこのローサチャンの言葉が、今回の話を貫くキーワードになっている気がするのです。

 祐はガラス作りの仕事も辞めて、いきなり東京へ行く決心をするのですが、実に思い切ったことをするもんだと感じます。
 けれども、記憶を失ってしまった時の萌奈美が、記憶をなくす前のことを思い出すたびに苦しんでいたことを祐は知っている。
 「何か、オレにできることは、まだあると思うんだ」
 孤立無援のなかで彼女の心が折れそうになっているのならば、オレが彼女を、陰であっても支えてあげたい、という感情、でしょうか。
 その気持ちは今回ラストで、萌奈美に伝わることになる。

 萌奈美は今回、手術を受けて記憶を失うか、手術しないで死を選ぶのか、その二者択一にひとり、悩み続けます。
 ドラマを見ながら簡単に考えると、そりゃ手術をして命があったほうがいいじゃん、たとえ記憶をなくしても、と思うのですが。

 しかしよくよく考えてみると、自分が今まで生きてきた記憶を失ってしまう、というのは、まるで自分自身の人生そのものを否定してしまう所業のような気がしてくる。

 私は時々、認知症などで過去のことを忘れていってしまう人のことを考えるのですが、自分が大切にしている思い出をなくすことって、自分に置き換えてみると、なんか耐えられないものがあるのです。
 そりゃ忘れてしまいたい思い出のほうが多いですけどね、人生なんて。
 でも自分の大切な人や大切な場所の思い出が消えてしまうというのは、なんかすごく嫌。
 嫌な思い出さえも乗り越えてきたのが、自分の人生ですから、記憶が消えてしまう、ということは、自分が自分の人生をなくしてしまうことと同義のような気がするのです。

 ドラマでは萌奈美の過去の記憶をトータルにフラッシュバックする術をもちませんから、そこで萌奈美がなぜ手術についてこんなに逡巡するのか、という説得力が弱くなってしまうきらいがあるように感じます。

 で、このドラマでは、萌奈美が記憶を忘れたくない、という気持ちを高めていく最大の原因を、祐とのことを忘れたくない、ということに求めているのです。

 萌奈美は自分の命が助かることよりも、自分の記憶、つまり自分の人生を保存することを、選んだのです。

 自分の納得する生きかたを選んだ萌奈美に、賛否両論はあるでしょう。
 萌奈美の人生は、萌奈美だけのものじゃない。
 娘もいるしあんなだけど(笑)ダンナもいる。
 それは突き詰めて考えれば、自分勝手なんだよ、ということですよね。

 だけども萌奈美の背中を押しているのは、今まで抑圧され続けてきた、醜く歪んだ仮面の生活なのです。

 この我慢がピークに達してしまったのが、山形での会食。

 猫なで声で山形行きを強引に勧めた揚句、萌奈美と祐がばったり会ってしまったところに、いきなり現れるんですよ、このダンナ(笑)。 「バア~~っ!」、という感じですよね。
 萌奈美は祐への思いを振り切ろうと逃げているのに、前触れなく萌奈美の目の前に突然現れたもんだから、「なんなんだアンタはっ?」 と思わずテレビに向かって言ってしまいました(笑)。 笑えます。
 「…なんで…?」
 顔から血の気の引いていく萌奈美。
 そりゃ血の気も引きます(笑)。

 で、とてーもとてーもさりげなーく憎々しげに、航一は祐にお礼をしたい、と高級レストランでの食事に誘うのです。

 そこでの席でも実に慇懃無礼に、祐を追いつめにかかる。
 この、祐に対する憎しみを浮沈させがら会話を進めていく高嶋サン、実に難しい演技だと、見ていて感じました。
 「ご苦労されているんですねぇぇ…」
 「しかし、経・営・者、というのも、なかなか大変でしてねぇぇ…」
 「たまにはあなたのようなかたとお話するのも、勉強になりますよぉー。 住んでる世界が、まっっっっったく違うと言いますかねぇぇ…」
 「もう二度とお会いできないのが、残念だ…」

 そんなネチネチ攻撃を仕掛ける航一の横で、萌奈美は頭痛がひどくなっていく。 ちらちらと、萌奈美の状態が気になっていく祐。
 「やめてくだ…」
 立ち上がって航一を諭そうとした瞬間、萌奈美はその場に倒れてしまいます。
 航一より先に萌奈美のそばに寄り添った祐を航一は突き飛ばし、仮面を脱ぎ棄て、祐に牙をむくのです。
 「帰れ…。 もう礼は済んだ…。 きみに用はない。 きみなんかにできることは何もない。 …帰れ ! ! !」
 その二面性を目の当たりにした祐、驚いた、というよりも、やっぱりな、という顔をしています。
 そして、自分にも何かできるんじゃないか、という思いを、ここで完全否定されている。

 萌奈美が入った病院は、山形で以前世話になった病院。
 そこで航一は、萌奈美の病状について初めて知らされるのです(知ってたと思ったんですがねぇぇ…。 単なるフリだったんですかねぇぇ…。 …イカン、航一の話しかたがうつった)。
 病院の窓から祐が心配そうに病室を眺めるのを発見した航一はそこへと急行、一万円札を紙屑のようにして投げつけながら(蛇足ですが、お札をこのようにしては、確か法律に触れる気がするんですが…)、祐をドツキまくります。
 「消えろ。 二度と現れるな。 目障りだ」
 祐はくしゃくしゃになって投げ捨てられた紙幣を拾い集めて、航一に突き返す。
 けれども航一は、意識の戻った萌奈美に、あの男はカネを受け取った、と話すのです。
 祐の電話番号の入った萌奈美のケータイを 「病院の中だから」 とニコニコ没収して、病室を出ていく航一。

 その瞬間、萌奈美のなかで、何かがブチ切れた。

 ブチ切れた音がしました(錯覚)。

 祐の電話番号を調べようと104に電話するのですが、祐は家の電話を置いてない模様。
 萌奈美は祐のケータイの番号を必死で思い出そうとするのですが、う~ん、自分にも無理ですよね、ケータイの番号を覚える、とか。 メモリに入れちゃったら、それきりですもんね。

 いっぽう祐は、弟にヘルプコール(ちょっと話は前後しますが)。
 「自分が、どうしようもなく無力に感じるとき、どうしたらいい?」

 「そうだなあ…。
 オレなんか研修医だし、毎日無力感の嵐だけど、んーそんなときは、ありがとうって言ってくれた患者さんの笑顔とか、無理矢理でも思い出すかな。
 そんで自分に言い聞かす。
 こんなオレでも、いないよりはマシだ、って。
 ちったぁ誰かの力になっているはずだ、って」

 兄貴が弱音を吐くのを初めて聞いた、という弟。
 ローサチャンもいみじくも申しておりましたが、なんだかんだ言ってお互いのことをとても大事に思っている、よく出来た兄弟じゃないですか。

 弟のアドバイスを受けた祐は、翼の折れてしまったガラスの鳥のオブジェを作りなおしたものを、ナースステーションに置いていく。
 それを見かけた萌奈美は、それがついさっきここに置かれた、と聞き、病院の中を祐を探して駆け回る。
 病院入り口から立ち去ろうとする祐を見かけた萌奈美は、祐を呼び止めます。

 「祐さん!」

 駆け寄る祐。

 「これ、見つけて…」

 鳥のオブジェを病室には置かせてもらえないから、無理を言ってナースステーションに置かせてもらった、という祐。
 萌奈美は、祐の胸に、顔を埋めてしまうのです。

 「夫が…。
 本当に、すみませんでした…」

 萌奈美の背中に片手を乗せ、抱きよせてしまう祐。

 「大丈夫ですよ、大丈夫です…」

 ここ数日の心の迷いを打ち明ける萌奈美。

 「私祐さんに、大丈夫ですって言いましたよね。
 …
 でもホントは、…そんなに強くない…。

 …怖いんです。

 自分がこの世から消えてしまうことも、
 すべてを忘れてしまうことも、
 叫びたいくらい…!
 怖くて、怖くて、たまらない…。

 私ひとりじゃ、もうどうしたらいいか…」

 オブジェを握りしめる萌奈美。
 祐は、その手を握りしめます。

 「たったひとつ…。

 この世にたったひとつ、大切にしたいものがあるとしたら、その大切なもののために生きたいって、…オレは思います」

 祐は、自分が東京に来ることを告白します。

 「きっと萌奈美さんは、これからもいろんなとこで頑張っちゃうんだろうけど、

 …泣きたいときは、

 オレが引き受けますから…。

 あなたが、どんな道を選んだとしても…」

 「誰かが一緒に苦しんでくれるだけで、それで救われることだってあるんだよ」 というローサチャンの冒頭のセリフが、ここに結実している気がする。
 萌奈美の顔に、決心の色が窺えます。

 「…ありがとう…」

 まるで鳥が自分の巣に戻ってきた安らぎを感じたかのように、泣きながら笑顔を見せる、萌奈美。

 先に書いたように、萌奈美の下した結論は、自分の人生を納得するための方法であって、自分勝手の謗りも免れないものです。
 けれどももし自分が二者択一を迫られたら、やはり自分も、記憶が残るほうを選ぶのかな、なんて漠然と考えたりします。
 それは多分、記憶を失って自分が橋本某かという人間でなくなることが、残された自分の家族にとっても必ずしもそれは幸せなことではない、そんな気がするためです。
 う~ん、難しいですけどね。

 いったい人にとって、自らの記憶って、どういう意味があるんでしょうね?

「冬のサクラ」 に関する当ブログほかの記事

第1回 …大丈夫…
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/01/1-1d6a.html
第2回 「逢いに行こう」、「なんのために?」 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/01/2-96f6.html
第3回 折れた翼で飛び続けることhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/01/3-cff9.html

« 「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 第1回 圧倒的な徹底ぶり | トップページ | 仕事の 「貴賎」、って存在している »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様

あは、このドラマ全く見ていないのですが
つい、先日、久しぶりに「ブレードランナー」を見まして、出来た台詞が「過去は記憶」。
ストンと納得しました。

みり様
コメント、ありがとうございます。

これは最近書いた記事のなかでも取り上げたのですが、人が生まれ変わるときに捨て去っていく過去世の記憶、というものもちょっと考えさせる話でもあります。 この話をし出すとえらく長くなってしまいますのでここではいたしませんが、まさに過去は記憶、おそらく自分は過去世の記憶も夢で見ているのだ、と感じます。

友人が一時期、短期記憶が定着しない症状になり本当に大変でした。
脳にウィルスが入ったのが原因だとかで
いろいろあったあと、数ヶ月意識不明。
現在は元気に働いておられますが
数ヶ月の記憶は失ったままです。

短期記憶が定着しないってことは
10分前に聞いたこと、やったことを
すべて忘れてしまうのです。
出かけても帰って来られなくなるという理由で隔離病棟。
気の毒でした。
不思議なもので、発作以前のメモリーは消えていないのですよ。

今までの記憶を全部失うってことは
ほぼ、アイデンティティが無くなることに近いですね。
再びゼロから始めることも出来るのかもしれませんが、悲しいことです。


ヘンな夫がおかしなタイミングで登場するのは
ストーキングしてるからかもしれませんが
気持ち悪さを強調するため?
もはやギャグですね。


山口智子さんが「死んでしまう奥さんの脚本ばかり来る。断っている」とインタビューに答えていました。
まさか、これも??

マイティ様
コメント、ありがとうございます。 どうしても睡魔に勝てなくて、先のかたがたとは時間差の返信になってしまいました。 失礼いたします。

記憶がないあいだの自分の人生も、やっぱり自分の人生なのかな?と考えると、これもにわかに答えが見つけにくい話ですよね。
なぜなら自分の人生そのものにしたって、忘れていることのほうが多かったりしますから。
病理的、ではなく、物理的に(?)忘れちっゃてる自分の人生も、自分の人生、なんでしょうけど。

萌奈美の選択とは逆に、自分が自分でなくなっても生を選ぶ、というのは、ひょっとして自分のこれまでの人生を白紙に戻したい、という願望がある場合にのみ可能なのかな、なんて感じます。 ある意味では自分自身の人生に対する復讐、とでもいいますか。 だけどそのことにも相当な、勇気と覚悟が必要なんだと思うのです。

イミフのダンナ(笑)、冬彦さんほどじゃないけどギャグ、ですよね。
私はなんか、飼育箱に入れた小動物や昆虫を針でつついたりしてそれが苦しむのをニヤニヤ楽しみながら観察している人を連想したりしてます。 水槽の中の金魚を水槽のガラスをデコピンで叩いてびっくりさせて楽しんでるよーな(笑)。

山口智子サンが萌奈美の役だったら、ドラマを見る人の層も変わったかな、なんて思いますね。 難病ものとか、お涙頂戴ものを、テレビや映画もやりたくって仕方がない、という感じですねー。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/50802734

この記事へのトラックバック一覧です: 「冬のサクラ」 第4回 自分の納得する生きかたを:

« 「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 第1回 圧倒的な徹底ぶり | トップページ | 仕事の 「貴賎」、って存在している »

2019年1月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ