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2011年3月21日 (月)

「江~姫たちの戦国~」 第10回 泣け!泣け!泣けました…

 久しぶりにリアルタイムで見た、「姫たちの戦国」。
 母と娘の別れのシーン、泣けました。
 しかしなんか、「泣け!泣け!」 と急かされているような感覚が抜けきらぬまま、泣いていた気がします。
 このすぐあとに見た 「冬のサクラ」 のほうが、同じ 「泣け!泣け!」 でも入り込んで泣いていた気がする。

 まず、柴田勝家(大地康雄サン)がどうして負けちゃったのか、なんか伝わってこない。

 番組冒頭で、野球のゼロ更新のスコアが出てきて、これで一進一退の激しい攻防が繰り広げられたことを一瞬で提示。 これが、本編に入る前です。 これで激戦を思い描ける人の想像力は、計り知れないほど大きい(笑)。

 そして本編、秀吉が岐阜に行っちゃった隙を突いて家臣たちが攻めよう攻めようと勝家に迫り、それに押し切られる形で勝家も了承。 その揚句 「くれぐれも深入りするな」 というリーダーの言葉を家臣たちが無視したような形。
 中国から明智を討つために猛スピードで取って返した秀吉を見くびったことが、主たる敗因のような描写がされてました。

 けれども、それで負けたことの切迫感が、まるで伝わってこない。

 戦闘シーンを割愛するのはここ数年の大河の常套ですが、それを抜かしても、切迫感というものは表現できると思うのですが。
 お父さんが仕事場で頑張っている、という姿を見たことがない人がドラマを作っている感覚なんですよ。
 「負けた…」 と言って家族のもとに帰ってくる勝家が、だからとても白々しい。
 「ちゃんと戦ってないのになんで帰ってきちゃうの?だいたい仕事着も全然汚れてないでしょ!」 という感じ。
 「負ける」、ということを頭のなかでしか考えていない人が作ってる感覚。

 そして、市(鈴木保奈美サン)が、どうして娘たちと別れなきゃならないのか、という理由づけの、これまた説得力がない。

 もともと、どうして負けたのか、という土台から脆弱なことから、戦に負けたことの悲壮感も伝わってこないために、なんかとても事態を軽々しく考えてしまうんですよ。 おそらく3人の娘たちも、事態がそこまで悪い、ということを考えていない。
 これは子供だからだ、という解釈もできます。 裏を返せば、このドラマ自体が、子供(江)の視点から作られている、とも考えられる。

 市は今回、浅井長政と別れたときとおんなじだ、ということを娘たちに語っていた気がするのですが(録画を見返す気にもならない…)、だったら城で死ぬのは柴田勝家だけなんだろうな、と娘たちが考えるのも道理だ、と思うんですよ。
 ところが市は、突然今回は違う、と言い出す。
 自分は勝家とともに死に、そなたたちは生きよ、と言い出すのです。
 3人の娘たちは、そりゃ驚きます。

 市は姫たちがかねてから選んでいた帯を巾着袋にして、そこにそれぞれの娘たちの好みの香を入れ、娘たちに渡します。
 数回前の香を聞くシーンが、この場面の伏線となった、ということですが、伏線の効果があまり出ていない。
 この伏線を効果的に見せるためには、あのシーンのあとに、香に関する母娘愛のエピソードを、少しばかり入れる必要がある。

 3人の娘たちは市の覚悟を聞いても納得できないのですが、見ている側もあまり納得していません。
 市としては、亡き長政とようやく一緒に死ねる瞬間だったようなのですが、それでも運命を共にするのは、勝家だ、と言う。
 この部分に限っては、夫をふたり持った女性の揺れ動く心情をよく表わしていた、と私は考えるのですが、3人の娘を置いて自害することの説得力までには、至っていない。
 「女の道は、生きること」 という、なんか 「篤姫」 で聞いたようなセリフをキーワードとして使用し説得力に変えようとしているために、「じゃあ市は生きないのか?」 という疑念が払拭できないのです。 秀吉のなぐさみものになろうがなんだろうが、生きるべきじゃないのか?自語相違じゃないのか?という感じです。

 ここで市たちの身柄を引き取りに来たのが、石田三成。
 どうも場違いな印象を受ける。
 これは、これまで秀吉を軽く狡猾な男としてしか描写していないために、家来たちの存在感も限りなく軽くなってしまっていることの顕著な効果であります。
 再三このブログで指摘しておりますが、このドラマにおける秀吉の描写は、個人的にはとても不満です。
 今回勝家がどうして負けてしまったかの説得力がない原因の一端も、秀吉のすごさが見えてこないことにある。
 猛スピードで取って返したからって何なのだ?という感じなんですよ。
 こんなツマラン男に、よくみんなついてってるな、としか思えないから、秀吉の家来にも存在感が全く見えてこない。
 お市の方をついにこの手に…イヒヒヒヒ、って、何を見とるんじゃ!、みたいなことをやってましたけどね、今回の秀吉。
 そのコミカルな様子に親しみを感じられたとしたら、三成がこの男についていっている説得力も生まれるんだと思う。

 そしてついに、市と娘たちの別れの場面。

 ここ2回ばかり、三姉妹と勝家の愛情に物語のメインが置かれていたせいか、三姉妹が泣き叫んで母親と別れを告げる場面でも、勝家と別れるのは悲しくないんかい?との思いに至ってしまう。 今回、勝家と別れる悲痛なシーンって、ありましたっけ?
 物語に、一貫性がないんですよ。
 そしてのめり込めないもうひとつの原因。
 もう耳タコだと思いますが、泣き叫んでるのが37歳とか27歳とか24歳とか…。
 スミマセン、女性の年を云々して。
 脳内変換するのに、頭が忙しくて、のめり込めない(笑)。

 それでもやっと、ここで泣き叫んでるのはローティーン?の女の子たちなんだ、と思い直したとき、このシーンにようやく泣けるのです。

 正直申しますが、泣けました、確かに。

 しかしこんな複雑な思いでドラマを見ながら泣いたのは、個人的には初めてでした。

 子役だったら、もっと泣けた…。
 前回もそうでしたが、泣けたのに 「クソッ、不覚だ」 と思ってしまうのって、考えてみれば切ない話であります。

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コメント

私も泣きました。お市の方に初めて共感できました。母と子の別れは時代にかかわらず、やっぱり泣けると思います。子役だったらもっと良かったです。でも十分泣けました。勝家は武将としての凄さも見たかったけど、このドラマに望むのはぜいたくなような気がします。秀吉はとことん卑劣で嫌な奴なのね。でもそれじゃ家臣はついてこない気がする。勝家より優れていたのは戦上手ってことだけじゃないはず。とか思いましたが、地震の後で見ると、いつもの時間にドラマが見られるだけ幸せだなって。それだけでした。

ささ様
コメント、ありがとうございます。

私はやはり、「無理やり泣かされている」 感覚が抜けませんでしたcoldsweats01。 でも、泣きました(エバって言い張ってるみたいで恐縮です…笑)。

今回の秀吉は、ささ様ご指摘の通り、家臣がついてこない、つまり 「この人についていこう」 という魅力のない秀吉だと思います。 次回からはこの人の天下になってしまうので、結構出ずっぱりになるのかと思うとかなりゲンナリします。

私が今後注目するのは、ここまで蜜月の姉妹愛に包まれた茶々と江の関係が、どう変質していくのか、という点です。
少なくとも今回のような秀吉では、茶々どころかだれーも側室になりたいなんて思わないですからね。 茶々は、秀吉にどう取り込まれていくのかな、それとも反発しながら秀吉と付き合っていくのかな。
そんなとこです。

はじめまして。
興味深く読ませていただきました。
わたくしは、第1話で抜けたんですが、内容は手に取るように分かっているつもりなので、ご指摘の件もなるほどな、と思います。
そして、通常どのような話でも大河に関しては1クールは見るように努めていたのを、あえて見ないと選択した自分に「これでよかったのだ」と改めて思えます。
市の台詞の矛盾も、年末からの予告編などで、とうに分かっていたことですしね。
突っ込みながら観るドラマはさぞ、お疲れになるでしょうが、またブログに感想書いてください。

やんたん様
こちらこそはじめまして! コメント下さり、ありがとうございます。

見ないことになさったとの由、賢明な判断だと存じます。
10回目まで見て残念ながら断じざるを得ないのは、昔の大河ドラマ、という評価基準からいけば、確実に失格のドラマである、ということであります。 大河50作目の節目、という意味合いからも、このドラマは糾弾されねばならない宿命を負っている気がする。

ただもう、私の場合、大河ドラマとして見ておりません。

まあ従って、見ていて疲れはしませんですcoldsweats01。 失笑はいたしますが、腹も立ちません。 大河として見ていないんですから。 いたずらにダメドラマを見て憤り、批評する人たちもおられますが、あえて 「時間の無駄だ」、と申し上げたい。 やんたん様の判断はそのうえでも、とても賢明に思えるのです。

私の場合は、楽しんで批評してます。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

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    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
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  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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