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2011年3月20日 (日)

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 第5回 永遠の一部たるべきもの

 あまりに猛スピードで展開していくこのドラマ、そのなかで私が感じていた物足りなさを、今回はいくぶん解消できた気がします。
 ワルモノサイドのウェイルラン、リーガン、ウィリアムあたりの描写は執拗なのですが(ただどうして彼らが悪者なのかの説明は希薄)、フィリップやトムの精神的な移ろい、葛藤というものがこれまで見えてこなかった。 そこらへんについてこの回は、ちょっとではありますが切り込んでいました。

 まあ、リーガンたちがどうして悪者なのかの説明がない、というのは、この話がある種残酷な童話みたいなスタンスだからなのかもしれません。 「白雪姫」 のばあさんだって、どうして悪者なのか説明してませんもんね(笑)。

 さてあらすじ。

 前回処刑寸前まで行ったフィリップ、処刑場の教誨にやってきた同じ修道僧の弟に助けられます。
 私がウィキで原作の内容を読んだ限りでは、フィリップの弟はトムが授かった赤子の息子(のちのジョナサン)をさらった豚泥棒と同一人物のように思っていたのですが、もしかするとドラマで設定が変わっているのかもしれません。 原作と微妙に設定が変わっているのはほかにもあって、トムの大きな息子のアルフレッドが妹のマーサに対していじめを行なっていたとかいうことが、ドラマではないですね。

 いっぽうウェイルランとリーガンの悪だくみコンビは、モードとスティーヴンの間で政権掌握が揺れ動く状況に、どっちについても自分たちが生き残れる方策を模索しています。 互いに策略の主導権を握ろうとするウェイルランとリーガン。 「何かを頼むなら私を満足させろ」 と高飛車に出るウェイルランの股間をさわるリーガンに、「そーゆー意味じゃなくって」 という展開には笑いました。 ウェイルランの本当の望みは、大司教カンタベリーを亡きものにしろ、ということ。

 互いに人質を擁するウェイルラン(モード側)とリチャード(スティーヴン側)。
 ウェイルランはリチャードに、スティーヴンの息子を人質として渡せばスティーヴンの身柄は保障する、という交換条件を出します。 そんなの受け入れなられない、というリチャード側に、「モードたちはスティーヴンの息子など見たことがないからへーきへーき」 と因果を含ませるウェイルラン。 リチャードは赤の他人の子供をスティーヴンの息子としてモードへと引き渡します。

 戦いに勝利したモードは女帝気取りで、助かったフィリップのキングスブリッジ市場の再開の要請にこたえ、シャイリングの石切り場の権利をウェイルラン側に与えることを約束しながら、両者に100ポンド要求する。
 このモード、どうもいけ好かないです(笑)。 自分が正当な王位後継者だという自意識が過剰なのでしょう。 スティーヴンも鼻もちならない人物ですが、まだ神への恐れによる葛藤があるだけましな気がする。

 フィリップはモードから要求された100ポンドを、アリエナから借りることとします。 アリエナにとってそれは商売をするうえで結構な負担となったのですが。
 フィリップとともに奇跡的な生還を果たしたジャックと再会するアリエナ、エレン。

 スティーヴンはすぐさま反撃を開始、騙されたことを知って激怒するモードは、リチャードが引き渡した子供を殺しますが後の祭り。 戦局はモードに不利に動いていきます。

 モードに渡した100ポンドが無駄になるかもしれない不安のなかで、フィリップは進まぬ聖堂建設にイライラを募らせます。 そんななか、トムはジャックとアルフレッドに、自分の後継を委ねる。

 「もしこのガラスで聖堂が作れると言ったらどうなる」

 「無理だ」 と一笑に付すアルフレッド。

 「無理か…。 その言葉はけっして使うな」

 自分はこの聖堂が出来るまで生きていない、と断言するトム。 そしてジャックもアルフレッドも、生きてはいないだろうと断言します。
 ふたりの青年はその言葉に驚いた様子でしたが、見ている私も驚きました。
 つまりこの大聖堂は、そんじょそこらの簡単な教会とは違う。
 何世代にも引き継がれていく、世代を超えたモニュメントであるのだ。
 ちょうどガルディが設計した、バルセロナのサグラダ・ファミリア教会みたいなものですか。 あそこまで極端ではないにしろ、ゴシック様式の大教会建設には、相当な年月をかけたものが多かったんでしょうね。

 このことは、自分がこの世に生きた足跡を残すものであると同時に、自分の魂を永遠のものにする作業のような気がします。

 人間は、永遠に生きることはできません。
 でも、自分がその、永遠の一部になることは、可能なのです。

 そんな世代を超えた建設にかかる年月のなかでは、無理だと思われることもそのうちにできるようになるかもしれない。
 常識を捨てることは、モノづくりに携わる者たちには必要な能力と言っていいのではないでしょうか。
 トムはそのことを教えたのです。

 けれどもトムの期待をよそに、アルフレッドはジャックへの憎悪を募らせ、それは聖堂建築作業をストップさせるほどの大ゲンカに発展。 いさめるトムとのやり取りの中で、ジャックはこの大聖堂建設のきっかけとなった、先の教会の火事が自分の仕業だったことを話してしまいます。 「出ていけ!」 と怒鳴るトム。

 神の御業だとばかり思っていた火事が、実は不純な動機から発生したものだった。
 自分のこれまでの人生について、トムは考えただろうと推察されます。
 自分がこの世に残すべきものが、はかりごとの上に成り立っていた、虚無に満ちたものだったと考えるのは、つらいことです。
 そんなとき、トムに話しかけてきたのが、いったんは捨てた、実は自分の本当の息子であるジョナサン。

 「本当の母さんは死んだ」 と話すジョナサン。

 「知ってる」 と答えるトム。

 「じゃあ父さんが誰か知ってる?」

 言葉に詰まるトム。 「…誰だろう?」

 「神さま。 みんなの父さんでしょ」 ジョナサンは、無邪気に答えます。

 「ああ、そうだな」 と笑うトム。 そこには、本当の父親は自分だと言い出すことのできない苦悩がにじみ出ていました。
 トムはその後、ジョナサンに本当のことを打ち明けようとするのです。
 このトム、ジョナサンに真実を打ち明けようとしたとき、キングスブリッジを襲撃してきたウィリアムによって、殺されてしまう。
 トムはその直前に、熊と犬とのたたかいの見世物で、熊が殺されてしまうのをかわいそうに思ったジョナサンに対し、「勇敢に戦って死ねるのなら熊も本望だ」 と語りかけていました。 その言葉を実践するかのように、トムはウィリアムの前に立ちはだかります。 しかしあっけなく、ウィリアムの剣は、トムを斬り捨てる。
 とどめを刺そうとするウィリアムに、トムはかすかな仕草で、「(どけ)」 と合図をする。
 ウィリアムが後ろを振り向くと、そこには建築途中の大聖堂が。
 自分のこの世での仕事を見守ったトム。
 ウィリアムは、トムの胸を突き刺します。

 トムの魂は、ここで大聖堂とのかかわりに別れを告げ、次の世代にその思いが引き継がれていくことになるのです。 これまでトムの描写に物足りないものを感じていた私にとって、これらのシーンはまさに必要最小限であるけれども満足のいくものでした。

 話は前後しますが、トムによってキングスブリッジを追い出されたジャックは、フィリップに請うて修道士としてこの地にとどまります。
 このときにフィリップは、ジャックの母親エレンから、自らの信じる神とエレンの信じる神との間に横たわっている、「愛」 というものの有無を指摘される。
 ここでフィリップは、自分の信じている神が教会の論理のなかに埋没していることを、自覚していました。
 ここらへんの下りも、物語が深淵に向かう手助けをしていた気がします。

 ダイジェスト的ながらピンポイントを押さえ始めたドラマは、この先さらに人間の暗部に迫っていきます。

 それにしてもこの回は、アリエナもアルフレッドもジャックも、おしり丸出しでありました(いきなり下卑た話でスミマセン…笑)。 相変わらず、子供には見せられない内容であります(笑)。

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 に関する当ブログほかの記事

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http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/1-237d.html
第2回 骨のあるドラマとはこういうものかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/2-4477.html
第3回 利用される神々http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/3-537a.html
第4回 むせかえる死臭のなかでhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/4-34e0.html
第5回 永遠の一部たるべきものhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/5-a7e7.html
第6回 神の意志はあるかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/6-69bf.html
第7回 信仰の本質とは、どこにあるのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/7-1f00.html
第8回(最終回)前編 神とどう向き合うのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/8-46ec.html
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