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2011年3月20日 (日)

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 第7回 信仰の本質とは、どこにあるのか

 父親の手がかりを求めて、フランスへとやってきたジャック。
 そこでも仕事しなければ生きていけませんので、やはり大聖堂の建設現場で働いています。
 そこで捨てられたひとつの石の塊。
 夜になると水がしみ出てくるというその石に、ジャックは注目するのです。

 ジャックはこの聖堂の高さに圧倒され、そこの修道院長が読んでいたユークリッド幾何学の本を勉強します。 アルフレッドが目論んだ弓状の天井をしのぐ解決策が、そこで提示されることとなる。

 いっぽうアリエナはジャックが作ったガーゴイルの像を頼りに、フランスの各地を転々として彼を追っていきます。 ただ、行方を聞いても 「どこへ行ったか知らねえな」、と 「港のヨーコヨコハマヨコスカ」 状態(笑)。 でも結構、簡単に探し当てちゃいました。 ドラマのスピード、早いですからね。
 アリエナと再会し、はじめて見た自分の子供に、ジャックは 「トム」 という名前を授けます。 こうして、トムの命が引き継がれ、この子も大聖堂建設に携わることになるのでしょうか。 先読みしすぎですが、感慨深いものがあります。

 ベッドでの語らいのなかで、ジャックはアリエナから、キングスブリッジの大聖堂建設が頓挫したことを知ります。 その大きな原因となったのが、巡礼者に寄付金を落とさせるための、聖アドルファスの遺骨が砕け散ったこと。

 フィリップはその重要性を知っていたからこそ、ねつ造してまでこの遺骨にこだわったのですが、言い方は悪いがこれって、「客寄せパンダ」 の発想。
 つまり目に見える偶像とか奇跡とかを見せなければ、人は動かない、ということですが、もともと宗教自体が目に見えないものを取り扱っているのですから、宗教に携わる者が生活していけるレベルまでになるには、そうした信仰心利用の、本来の宗教のありかたとは違うことをしなきゃならんわけです。

 ジャックはその 「客寄せパンダ」 のために、あの 「小便を漏らす石」 の利用を思いつき、大聖堂再建のために、アリエナとトムとともにキングスブリッジへ戻ることにする。
 そしてイングランドへ帰る道すがら、ジャックは自分の父親の親族と偶然出会い、父親の過去を詳しく知る機会を得るのです。

 いっぽうヒラ社員、じゃなかった(笑)、ただの修道士に降格したフィリップは、ウェイルランから助手の要請を受けます。 巧みに神の意志と自らの慈悲深さをちらつかせながらフィリップを籠絡しようとするウェイルラン。
 しかしフィリップは、聞くわけないですよね。
 フィリップはウェイルランに、こう言い放ちます。

 「あなたは前に言いました。 『政治は物乞いたちの取引と同じだ』 と。
 だが善はけっして、悪に歩み寄らない。
 神の御業はけっして権力や欲望には、呑み込まれない。
 あなたの、道徳を支える壁は、腐っている。
 あなたの聖堂は崩壊し、あなたやあなたを崇拝する者たちは、天井の下敷きとなって潰される。
 私は、あなたの強欲な野心に加担するくらいなら、修道院で一生、ブタにエサをやっているほうがましだ…!」

 ここは物語の特性から言って、結構重要なシーンのように思われます。
 ただそれは、膨大なスピードのなかでかなり薄っぺらく消費されてしまっている。

 このドラマにおいてワルモノの立場のウェイルランは、自らにムチを打ちながら、神に自らの願いを要請しています。
 それはかなり過酷で、皮が剥がれるかと見まごうくらいの強烈さです。

 彼にそこまでさせるものって、いったい何なのでしょう?

 自らに過酷な試練をわざと与えることによって、自らの罪を滅し、自分の願いを叶えてもらおうとしているのでしょうか?

 だとすれば、それはかなりねじ曲がった信仰心であると言わざるを得ません。

 なぜなら信仰というものは、究極的には自分の願いを叶えるためのものではない、そう私は考えるからです。
 超越的な存在に何かを叶えてもらおうと祈り、それが叶うのならば、努力の必要なんて全くない。
 信仰の力は、その自分の願いに対して立ち向かっていく力を与えてくれるものであるべきはずなのです。

 フィリップのここでの言い分は、彼自身が神に対して絶対的な信頼をしていることの証左ではありますが、聖アドルファスの遺骨ねつ造にしてもそうですけど、あまり自分のやっていることへの反省が見られない。 フィリップもウェイルランも、極論すれば同じ盲目にかかっている、私にはそう思えます。 ドラマで信仰心について切り込むのは、ここが限界なのかもしれないです。

 貧しい兵士としてスティーヴン軍に従事することとなったリチャードは、モード側の重臣グロスター伯爵(モードの兄)の首を討ちとります。
 スティーヴンはリチャードに、爵位を復活させることは拒否しましたが、かわりに十字軍としてサラセン人を殺して来い、という 「名誉な」 職務を与えるのです。

 キングスブリッジへと戻ってきたジャックとアリエナ。
 やたらと難癖をつけるレミジウス院長に、ジャックは誇らしげに、フランスから持ち帰った、という 「奇跡の像」 を見せるのです。
 それは明らかにジャックが彫ったものでしたが、赤子のイエスを抱きかかえるマリア像のその眼には、あの 「夜になると水がしみ出る」 石が使われている。
 日が陰っていき、聖堂が山陰に隠れた瞬間。
 マリアの眼からは、涙が流れるのです。
 その場にいた全員が、その 「奇跡」 に跪く。

 「野心がはびこるこの世を嘆いている」

 ジャックが言います。

 レミジウスも、跪き十字を切るしかない。

 ここらへん、まるで水戸黄門の印籠でしたね。
 その話を聞きつけてその場にやってきたウェイルランも、その神々しさにひれ伏してしまう始末。
 「控えおろう!」、ですな。
 キングスブリッジは、聖アドルファスの遺骨があったとき以上に、巡礼者が引きも切らなくなるのです。

 ジャックはアルフレッドのところに、アリエナと離婚してくれるよう頼みに行きます。
 アルフレッドはこのとき、ジャックに思いのたけをぶちまけるのですが、このときのアルフレッドの言葉は、なぜこのろくでなしの男が、人格者的だったトムの息子なのか?という見ている側の不思議な気持ちに応えたものだった気がしてなりません。

 「彼女を愛してた!
 知ってただろう!
 初めて会った時から好きだったんだ。
 今じゃ笑い者だよ!

 お前は父さんも奪った!
 母さんはお前のお袋が殺した!」

 「お産で力尽きたから…」

 「毒を飲まされたんだ!
 俺は呪いをかけられた。
 おかげで使えなくなった(不能になった)。 ここを!
 俺が子供を作れなくなったのをみんな知ってる!

 エレンは天井を崩し、俺の仕事を奪った!
 お前は妻を奪った!
 お前ら親子は、俺からすべてを奪い取ったんだ!」

 つまり被害者意識が強いんですよ。
 それは両親を奪われた、というところが起点となっている。
 悲しみが大きいとき、他人に責任を転嫁することで精神の安定を求めようとする。
 アルフレッドは自らを省みることが、そうすることでできなくなっているのです。

 ウェイルランとリーガンはまた謀略を巡らします。 キングスブリッジを焼き討ちにし、その隙にジャックを殺す。 ウィリアムは再び、同じことを繰り返すことになるのです。
 しかしそれを聞いていたウィリアムの妻、エリザベスはフィリップにそのことを知らせます。 キングスブリッジには壁が張り巡らされ、戦いの準備も万端に整う。 ここらへんの下りは、「七人の侍」 を連想させますね。

 果たしてウィリアムの襲撃は大失敗に終わる。
 そしてジャックを狙っていた暗殺の下手人もリチャードによって殺されるのですが、それは妹ケイトを天井崩落事故によって失っていた、カスバートだったのです。
 穢れた土地に埋葬されたケイトを救おうとした末の、カスバートのこの判断。
 なんとも悲しすぎます。
 これもウェイルランのはかりごとです。

 この大失敗に大激怒したのが、ウィリアムの母親リーガン。

 「なんてバカなの!
 たった20人で襲うなんて!

 あ~あ、おまえは父親と同じくらいマヌケで、2倍腰抜けねウィリアム!

 役立たずのブタに任せとくと、町は破滅よ!」

 ここまでリーガンが息子に対して激怒するとは、またまた意外でした。
 やはり前回考察したように、近親相姦的感情を持っているのも、ただ自分の息子ウィリアムを、道具としてしか見做していないがゆえのことなのでしょう。

 しかしここで、ウィリアムは、これまで自分が抱えていた闇を、すべて解放してしまうのです。 悲劇の始まりです。

 「うるさいっ!」

 そのあまりの剣幕に驚いたリーガンは、ウィリアムに猫なで声で近寄ります。

 「かわいいウィリアム、機嫌を損ねたの…。
 ちょっと癇癪起こしただけよ…。

 教えて…。 あなたがいちばん憎んでるのは?」

 「…あ、ああ…ジャックのやつだ…」

 「ああ…あいつをどうするの…?」

 「生皮を剥いでやる…」

 「素敵だわ…。
 …いちばん愛してるのは…?」

 「…あ、あなた…」

 「…私に何をしてくれる?…」

 ウィリアムの首筋にキスをするリーガン。
 そのときです。
 もう我慢できない、とばかり、リーガンを突き飛ばすウィリアム。 悲鳴を上げるリーガン。

 「うううーーーっ! やめろぉーーーっ!」

 驚いて亭主の顔を見るエリザベス。

 「何を見てるんだお前ーーーっ!」

 エリザベスに向かって突進し、彼女が縫っていた刺繍をはねのけるウィリアム。 リーガンは今までに見せたことのない悲痛な慟哭の声をあげ続けています。

 リーガンの嗚咽が響く中、ウィリアムはエリザベスがもっていた金髪の女の子のぬいぐるみの小さな人形に目を留める。
 それを持ったまま、泣きじゃくるリーガンのもとに行き、母親を後ろから抱きしめ髪をなでるウィリアム。 その髪も、金髪です。

 突然、母親の首を絞めるウィリアム。
 悶え苦しむ、リーガン。
 ウィリアムの手には、人形が握られたままです。
 その人形は、まるでウィリアム自身の子供のころに置き去りにされた、母親の面影の象徴であるかのようです。

 「…どうだ…!」

 手足をばたばたさせるリーガン。
 絞め続けられた顔は紅潮し、不規則に痙攣を始めます。

 そして、やがて、その動きが止まります。

 どこか遠くを見据えたまま、息絶えたリーガン。

 うう。

 吐きそうになりました。

 こんなに胸くそが悪い殺害シーンは、久しぶりに見ました(言葉が汚くてスミマセン)。

 「これは、不幸な事故だ…飲み過ぎて…夜中に出歩いたからだ…!」

 ウィリアムは相棒の男とふたりがかりで母親の亡骸を城壁まで担ぎ出し、まるでゴミのように堀の下に投げ捨てます。

 十字架に磔にされたようなポーズのまま、水底に沈んでいく、リーガン。

 彼女が謀略を紡ぎつづけたゴミのような現世から、まるでアール・ヌーヴォーの絵画のように妖しく美しい黄泉の世界へ旅立つかのような、印象的な最期でした。
 私が連想していたのは、ジョン・エヴァレット・ミレイの 「オフィーリア」 の絵。

 このウィリアムの襲撃をはじめとする一連の謀略を知りながらそれを隠していたレミジウスは、院長の座を追われます。
 そしてフィリップが、再び院長の座に返り咲く。

 「聖堂は、完成するだろう。
 だがお前は、自分のために聖堂を建てる。
 神のためではない。
 私を罪びとと言うがお前だって…!
 ウェイルランと大して変わりはしないぞ…!」

 このレミジウスの、フィリップに対する捨てゼリフ。
 先ほどの私の考察を裏付ける指摘のように思えます。

 そんななか、リチャードは十字軍として出征。
 この十字軍、というのも、異教徒を迫害するドグマ的発想のたまものであります。

 いったい信仰とは、何なのか。

 リーガンを失ったウェイルランは、傷だらけの自分の体をさらしながら、神に問いかけるのです。

 「耐え忍べば、私たちが勝利する日はやってくるのですか?

 私は…あなたに尽くしてきました…。

 …なぜ私を見棄てられるのですか…!」

 次回、最終回です。

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 に関する当ブログほかの記事

第1回 圧倒的な徹底ぶり
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/1-237d.html
第2回 骨のあるドラマとはこういうものかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/2-4477.html
第3回 利用される神々http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/3-537a.html
第4回 むせかえる死臭のなかでhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/4-34e0.html
第5回 永遠の一部たるべきものhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/5-a7e7.html
第6回 神の意志はあるかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/6-69bf.html
第8回(最終回)前編 神とどう向き合うのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/8-46ec.html
第8回(最終回)後編 神になるのか、神を敬うのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/8-1065.html

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コメント

私も観てます。リドリー・スコットが関わっていると聞いて、観始めたのですがとても面白いですね。中世ヨーロッパ、キリスト教というと ジャンヌ・ダルク(時代は違いますが・・)とかの綺麗なイメージを勝手に持ってしまっていましたが、こんなに腐敗していたのかと驚きました。ですが性描写やらなんやらも含めて、実際はこうだったのだろうなぁ、と妙に納得してしまいます。
橋本さんの考察を見て、いつも「なるほど」とか思ってます。最終回が楽しみですね!!もちろん橋本さんの考察も楽しみにしています!!

投稿: ちょびず | 2011年3月21日 (月) 03時38分

ちょびず様
コメント下さり、ありがとうございます。

大河ドラマの総集編みたいな感じでめまぐるしいですが、世界観が確立しているところが、リドリー・スコットタッチですよね。

私の場合は中世の教会、と言うと、魔女裁判だのガリレオ・ガリレイの宗教裁判だの、結構腐敗イメージ先行、ですね(笑)。
でもそのなかでこうした大聖堂建設、というのは、「経済の活性化」 という部分で世に貢献していた気がします。

ストーリーを追うのに手いっぱいで、あまり大したことは書けませんが、ご期待に添えるよう精進したいと思います!

投稿: リウ | 2011年3月21日 (月) 09時42分

リウ様

「大聖堂」UP有り難うございました!!

先週末から、父の体調悪化でTV番組を見る余裕がなく、リウさまのblogだけが頼りでした。ほんとうに助かりました。

自分が見られなくても場面が想像出来るほどの内容の濃さで、感謝感激です。

またリウ様の、宗教や信仰に対する知見の深さや考察の的確さにいつも感心しています。

最終回はなんとか見る事ができそうです。
これからも、よろしくお願いします。

投稿: rabi | 2011年3月21日 (月) 18時55分

rabi様
コメント、ありがとうございます。 お父様の体調がお悪いとのこと、お見舞い申し上げます。

かように拙い文章でもrabi様の一助になっているとは、光栄です。 なにしろアップしたあと読み返しては添削の連続で…。 体力も考えずに次々アップするものではないですねcoldsweats01。 まあ連休を利用したんですけど。

最終回は、いよいよ指輪の謎が明らかになるようです。 そしてこのNHKハイビジョンも終了か、と思うと寂しいですね…。 再放送とか大河の先取りとか、結構重宝してたんですけど。

投稿: リウ | 2011年3月22日 (火) 06時43分

リウ様

最終回は指輪の謎が明らかになるとか・・・
どんな謎があったのでしょうね。

リウ様が苦労しながら3回分UPしてくださったのに、短いコメントしか残せず、申し訳ありませんでした。

四十九日のレシピも、冬のサクラも見られなかったのですが、リウ様のbolgで細かな部分も視ることができて本当に感謝してます。

画像を文章に描写する力というのは、なかなかそんじょそこらの人に出来るものではないと思っています。単に台詞だけ羅列されても状況は理解出来ないですが、リウ様の文章はさまざまな背景を盛り込みながら、描写されていて、とても解りやすくなっています。
これも何度となく推敲されている賜物だと思います。

NHKのハイビジョン終了はほんとに残念ですね。見逃してもハイビジョンで再放送見られたりしてたのに、番組編成にもかかわってくるのでしょうか?

投稿: rabi | 2011年3月22日 (火) 09時56分

rabi様
再コメント、ありがとうございます。

いえいえ、短くてもコメントいただければ、こんなにうれしいことはないです。 「大聖堂」 に関しては、rabi様に向けて書かせていただいているようなものですので(ほかのかたからほとんどコメがないというのもありますけどcoldsweats01)、拙文がお役にたてればこのうえない幸いであります。

「冬のサクラ」 は震災のためにラスト2回分を1回にしただけあって、ちょっと簡単にレビューが手につかないような状態です。 やっぱり1回ずつ分けて見たほうがよかったな…。 かなり、泣けましたけど。
「四十九日」 のレビューはこれ以上ない詳細さで書いたのですけど、やはりどこかで再放送したならば、実際に見ていただきたい最終回でしたね。

NHK-hiとBS2が合体して新たに始まる 「BSプレミアム」、でしたっけ?
なんか、全貌がよく分かりませんですね。

投稿: リウ | 2011年3月22日 (火) 16時34分

大聖堂第7回目を見落としました。どなたか、DVDまたはVHSで録画されていて、この回だけ私に一時お貸しいただけるお方はいませんか? もちろん往復の送料と寸志は当然です。人助けだとお思いください。 ida-s@mx.scn.tv まで。送り先等お返事します。

投稿: おしげ | 2011年3月26日 (土) 22時17分

おしげ様
この7回目を見逃してしまったとのこと、私の場合レビューを書いた先から消してしまうので残念ながら録画が残っておりません。 ご期待に添えず申し訳ありません。 どなたかおしげ様にご協力があればいいのですが。

投稿: リウ | 2011年3月27日 (日) 10時35分

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