« 義援金の送りかた、いろいろあるようです | トップページ | 「連続テレビ小説50年!~日本の朝を彩るヒロインたち~」 朝ドラって、ホントに見てないなぁ… »

2011年3月31日 (木)

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 第8回(最終回) 後編 神になるのか、神を敬うのか

 ウェイルランの仕掛けた罠。

 それはジャックを人殺しに仕立ててエレンを激怒させ、エレンを亡きものにしようとすることだったのです。
 そのために自堕落な生活を送っていたアルフレッドに、ジャックにお前(アルフレッド)を傷つけさせるよう仕向けろ、と指示。 短剣を手渡します。

 聖堂の構造上の問題に気付き、その解決策をフィリップに説明していたジャックのもとに、アルフレッドの妹マーサがやってきて 「兄さんがまたアリエナに乱暴している」 と告げます。
 おそらく日常茶飯事的に繰り返されていたのでしょう、ジャックはたまらずアルフレッドを探し出し、殴り合いが始まります。
 ウェイルランの因果によってその乱闘中自分をナイフでほんの少し傷つけたアルフレッドは、ことさら大げさに衆人に向かってこのことを見せびらかすのですが、いきなり倒れてしまう。
 そのナイフには、毒が塗ってあったのです。
 ウェイルランのはかりごとに死の間際に気付いたアルフレッド。
 駆け付けたジャックに告白するのです。

 「あいつの罠だ…毒が塗ってあった…神様…くそぉおーーっ! ! !」

 アルフレッドは、絶命します。
 泣き叫ぶ、妹のマーサ。

 アルフレッドの葬儀と並行しながら、モードの息子ヘンリーが挙兵するシーンが映し出されます。
 かたや死を悼む日人々の葬列、かたや簡単に大勢の命が失われる殺戮。
 その戦場で呆然とするスティーヴン王の息子ユースタスに、血に飢えたヘンリーはさわやかに挨拶して(笑)、次の瞬間有無を言わさず斬り捨てる。 「ユースタスか?」「そうだ」「会えてうれしいぞ、とりゃ~」、ですからね(笑)。
 このシーン、すごくあっという間なのですが、戦場で自分の名前を簡単に明かしてしまうところでユースタスの未熟さを、さわやかに挨拶して斬り捨てるところからヘンリーの血気盛んぶりを、一瞬にして象徴的にあらわしているところがすごい。
 息子の死を知らされたスティーヴンのもとに、ヘンリーの祖父であるヘンリー1世の亡霊が、また現れる。 錯乱するスティーヴン。

 アルフレッドの葬儀の場に、州長官になったウィリアムがジャックを捕まえるためにやってきます。 「この聖堂は聖なる土地に建っている。 聖域での逮捕は許されない」 と拒むフィリップですが、ここにしゃしゃり出てきたのがウェイルラン。
 「そーうはいかないぞ院長。
 聖域に関する法は聖域と認められた聖堂にのみ適用される。 知らないのか?
 この聖堂は未完成だから神の法は適用されない。 …捕えろ」

 捕えられたジャック。
 「なにが神の法だ…! 神ではなく、野心のしもべのくせに…!」
 「聖なる野心は神への道だ」
 「だから僕の父を殺したのか…!」

 はからずもここで、ジャックの父親の死に隠されたホワイトシップ号の陰謀の一端が、衆人環視のなかで暴かれていくのです。
 そのやり取りを一方的に打ち切り、ジャックの処刑を執行しようと段取りを決めるウェイルラン、フィリップに憎々しげに言い残します。

 「この聖堂を完成させられるかな?」

 かつてはこの聖堂の神々しさにひれ伏したウェイルランでしたが、ここまで真実を見る目が曇ってしまったとは。
 ウェイルランがここで 「聖なる野心は神への道だ」 と言ったことには注目します。
 ウェイルランは神になるために、自分がこの世で全知全能になろう、としているのでしょうか。
 とすればウェイルランの考えている神は、全知全能であるがゆえに傲慢で、慈悲の心でさえ気まぐれで、信仰心の有無にかかわらず罰を与える存在だ、ということになる気がする。
 エライ聖職者、坊さんのなかには、そんな考えの人が現在でも、いまだにのさばっている気がしますです(笑)。
 だから自分の欲望にも、リミッターがないんでしょうね。

 それにしても、ウェイルランがジャックをハメてエレンを片付けようとしているのは分かるのですが、どうしてのこのこと敵の陣地のなかにやってきたんでしょうね。
 おそらく枢機卿としての自分の地位に酔いしれていたんだろうなー。
 もしくはエレンを殺すことに気を取られていた、というか。
 でなきゃ、状況次第ではこの、キングスブリッジの住人全部に糾弾される可能性が、あるわけですからね。
 彼の頼みのウィリアムだって、キングスブリッジの人たちにとっては、2度も襲撃を加えてきたいわばカタキ役。
 いざとなったら頼りにならんですよ。
 果たして物語はその方向へと、突き進んでいくわけでありますが、見ているときは 「ウェイルラン、不用心すぎ」 と感じましたです。

 すぐさま、ジャックの処刑に関する一方的な裁判が行なわれる。
 アリエナはジャックを弁護するのですが、ウェイルランは言を左右して全く取り合わない。
 ここで注目なのは、アリエナの弁護にいちいち難癖をつけるウェイルランの言葉に、キングスブリッジの民衆が嘲笑を加えている、ということ。
 つまりアリエナとジャックとアルフレッドの三角関係は、キングスブリッジのなかでも結構、下卑た興味の対象だったようなのです。

 それでも殺人の状況証拠としては、かすり傷でアルフレッドが死んだことは、民衆の誰もが知っている。 ウェイルランにとってはそれは誤算でしたでしょうね。 かなりの強引さでジャックの処刑が決まると、民衆も騒ぎ出します。

 「私は証拠を持っている!」

 そこに現れたのが、エレン。
 ウェイルランにとってはまさに思うツボ、飛んで火に入る夏の虫、なのですが、ちょっとまだ早すぎる模様。

 「ここには法の手を逃れている人間が多すぎる!」

 エレンはジャック・シェルブールの件について話を始めるのですが、ウェイルランにとってその話は、ほじくり返されたくない昔の話。 いまはカンケーないですし。
 けれどもフィリップが裁量の決定権を主張し、エレンに話をさせるのです。

 エレンは35年前、ヘンリー1世の息子が船で沈没し死んだことについての真相を語っていくのですが、この記事前編でも書いたようにちょっと聞いただけではよく分からないのが、このときジャック・シェルブールが書き残した手紙のこと。

 エレンの話によるとこの手紙はある修道士が発見した、とのことでしたが、それってレミジウスですよね。 レミジウスは最終回前半で 「自分には脅迫以外に何もできない」 などとエレンに泣きついてたんですよ。

 私はてっきりレミジウスが、ジャック・シェルブールの手紙の所在を知っていたけどそれってもうない、ということなんだろうな、と考えていたんですが、どうもそうじゃなかったみたいです。 録画を見直して気付きました。 レミジウスはその手紙を隠し持っていたんですが、それを公にすれば自分の身が危うい、ということでエレンにその手紙を託した、ということだったんですね。

 なんかだけど、ちょっとワケの分からんままこのシーンを見てました、ワタシ(笑)。
 でもちょっと腑に落ちないながらも、エレンのその告白からの怒涛の展開には、しびれたんですけど。

 エレンの話はそれまでの回で少しずつ明らかになっていたジャック・シェルブールの話に補足を加えるような形だったので、さほど驚きはありませんでした。 ヘンリー1世の息子の船が沈没して死んだ、という事実にウェイルランとリーガンたちハムリー家が関わっていたことはとっくに分かっていたのですが、船を沈めただけでなく直接の殺害に関与していたとは。 そんなところですかね。

 そしてヘンリー1世の息子を助けようとしたジャック・シェルブールが、沈んでいく彼から唯一救い出せたのは、彼がしていた指輪、だったのです。

 その指輪をジャック・シェルブールは、王へあてた手紙の封ロウに使った。

 つまりその指輪は彼が書いた手紙の、証拠としての正当性を証明するものであったのです(なるほどなー)。

 ところがその指輪が今は失われている。

 「それ見たことか」 とほくそ笑むウェイルラン。 でもその指輪は、アルフレッドの妹マーサが持っていたのです。

 あれ?マーサ、その指輪をなんかどっかの石レンガのなかに隠してなかったっけ?って思ったんですが(笑)、マーサはそれを首にぶら下げていたのです。
 う~ん、まっ、いっか(笑)。 あれから10年もたってるし(笑)。

 「私が…子供のころ盗んだの…。

 ジャックは、価値がないって言ってたけど、とてもきれいだったから…。

 ジャックがアルフレッドのことを責めたとき、本当のことを言おうと思ったけど、だんだん怖くなって…。

 隠しておいたの…。

 あなたはアリエナを愛していたから…。

 あなたが身につけていたものを、欲しくて…」

 ここでマーサが、ジャックへの秘めた思いを切々と語る心の痛み。
 報われない恋を、せめて彼が身につけていたものに託す、そんな悲しみ。
 ここだけクローズアップしてもゆうに1回分くらいは話になると思うんですが(20話くらいの話にすれば)、この超特急ドラマ、それを許さない(笑)。

 「そんなものは証拠にならない!」 と憤るウィリアムですが、アリエナは彼を糾弾する。 「ここにいるのはヤバイ」 と敏感に感じ取ったウェイルランは、そそくさと逃げる準備の開始(笑)。
 しかしこのふたりにいいように翻弄されてきたキングスブリッジの民衆たちは、もはや彼らを無事に帰そうとはしないのです。
 「地獄で焼かれろ!」 とウィリアムをなじる民衆。
 ウィリアムは無理やり、首に縄をかけられます。

 「ウェイルランだ…! たくらんだのは…!

 あいつは当時の王子とスティーヴンの贖罪神父だったが、スティーヴンと取引したんだ…!

 『王子が死んだら、スティーヴンが王位を継げる』、と言って…!

 ウェイルランは俺の両親に協力させ、王子の船を沈めて、王子と妃を、殺した…。

 俺の親は領地と爵位を与えられたが、それも自分の権力のためだ! 俺は何もしていない! 神が証人だ! 俺は無実だ!」

 神が証人でも、ウィリアムがキングスブリッジに対して何をやったのかは、ここにいる民衆が証人であります(笑)。
 やはりウィリアムも、悪いのは自分ではなく自分のほかにいる、という視点で、ウェイルランと同様の錯覚に陥っている。
 「死にたくない! 手を離せ!」
 手を離した途端、台から足を滑らせ、縊死してしまう、ウィリアム。
 その自業自得の様子に、それまで騒ぎたてていた民衆も、息をのんで静まり返ります。

 そんな民衆の恐怖の様子を敏感に察したのか、その場を離れようとしていたウェイルランは、民衆に向かって居丈高に金の表紙の聖書を振りかざし、こうのたまうのです。

 「キングスブリッジの者どもよ。
 お前たちは神の怒りを、受けることになる。
 お前たちは嘘つき(ジャック)をかばい、魔女(エレン)や!同性愛者(レミジウス)や盗人(マーサ)をかばった!」

 神への怒りを感じたのか静まり返るその場に、ジャックが声を荒げます。

 「けがれた聖職者め!

 お前の裏切りのせいで、イングランドでは16年間も大勢の血が流された!
 兵士たちが死に、妻たちが嘆き、父を失った子供たちは大人になって戦い、彼らもまた死んだ!
 この町は焼き討ちに遭い、住人達は殺されたが、…僕たちは負けなかった…。
 そして神を讃えるために、かつてだれも建てたことのない聖堂を築き上げた!
 僕たちみんなの力と、神への信仰が、平和な未来を築く。
 ウェイルランお前が何をたくらもうと、キングスブリッジの人々はその平和を実現する」

 金科玉条のように、聖書を振りかざすウェイルラン。
 けれども彼がそれに見合った人物であるとは、もはやだれも思っていません。
 民衆に追いかけられ、建設途中の大聖堂の前にやってきたウェイルラン。

 「ここは聖域だぞ!

 この場所で聖職者に手を出すつもりか!」

 「まだ聖域じゃない!
 …自分でそう言っただろ」

 切り返すジャック。
 ウェイルラン、言い負かされました(笑)。
 聖堂内部に入り、梯子を倒して上層部へ登っていくウェイルラン。 追いかけるジャック。
 上部の、下を見下ろせる渡り廊下部分?に出てきたウェイルラン。 ドアはもう開かない。 行き止まりです。 こんな映画、なんかあったよなあ…(笑)。

 民衆が下から見上げるなか、ほんの少しの段差を伝ってさらに逃げようとするウェイルラン。
 ますますどっかで見たことあるぞ、こんなシーン(笑)。

 しかし自分の首にかけていた数珠が引っかかり、それを取ろうとして足を滑らせ、石の彫刻にすがりつくウェイルラン。
 ジャックは、手を差し伸べます。
 しかしその彫刻。
 ジャックの父親、ジャック・シェルブールがかつて業火に焼かれた、あの表情のままの、あの彫刻だったのです。
 ジャックの父親の恨みが乗り移ったようなその表情を見ながらエレンの予言を思い出すウェイルラン。

 「お前は高みに登るだけのぼり、あえなく堕ちるだろう」

 ウェイルランは意図的に自分の手を離し、落下していくのです。

 ぐしゃっ、という鈍い音。

 ウェイルランは最後に、自らの体を痛めつける究極を実践し、神へと近づいたと思いたがったのでしょうか。
 その場に駆けつけたフィリップが 「汝の罪を赦そう」 と十字を切るのですが、ウェイルランは最後の力を振り絞って、そのフィリップに血へどの唾を吐きかける。
 「許しを請うのはお前のほうだ」「私が神なのだからな」、という意思表示がしたかったように、私には思えます。

 その後ジャックとアリエナは、みなの祝福のなかでようやく結婚。
 物語はさらに14年後にスッ飛びます。

 ジャックもフィリップも、それなりに老けております(笑)。

 建設にひと段落がついたかに見えた大聖堂でしたが、フィリップは説教のなかでこう話すのです。

 「しかし聖堂は完成したわけではない。
 永遠に完成することはない。

 人がけっして完璧な人間になることがないように、聖堂はこれからも永遠に変化し、成長し続ける。

 時に、崩れることもあるだろう。

 それは私たちが神に触れるための、ささやかな努力だ。

 聖堂とは単に、石でできた建物ではなく、祈りをささげるだけの場所でもない。

 終わることのない創造だ。

 この美しき営みが、永遠に続くことを願う」

 そしてこの聖堂に、今まで見たこともない、色つきのガラスが使われていることをフィリップは話すのですが、それはステンドグラスのこと。 この話がフィクションであることから、その聖堂に初めてステンドグラスが使われたかどうかは不明ですが、これはトム(アルフレッドの父親のほう)が 「このガラスで聖堂が建てられるか」 とかつてジャックとアルフレッドに語ったことが結実しているシーンでもある。

 説教が終わり、それぞれの人々が出てきたこの大聖堂。

 うわ、うわ、うわ、こんなに大きいのかぁ~~っ!という感じであります。
 これスゴ。
 CGでしょうけど。
 ケルン大聖堂とか、ノートルダムとか、そこらへんを連想するのですが、そんな大聖堂にも計り知れない年月が建設にかかっているんだなあ、というのが分かります。

 そして鐘の鳴るその大聖堂、徐々に俯瞰していく。
 12世紀の町並みが、再現されています。
 すごいなこのラスト。

 この最後の説教、フィリップは自分が完璧な人間ではないことを、自覚していました。
 でもだからこそ、人は成長できるのだ、という結論を、このドラマでは導き出していた。
 誰もがそのときそのときに、最善の方法を採ることなど、出来ません。
 東電の経営陣もそうでしょう。

 でもだからと言って、最善を目指さなくて、いいわけがない。

 どこかに今の地位に甘んじている部分があれば、「最善」 という意識自体が低下していくことだって、ないとは限らないのです。
 だから人は、常に上を見続けなければならない。
 難しいことですけどね。

 そしてそんな努力の積み重ねの上に、偉大なるモニュメントは完成していく。
 けれどもそれは、けっして完成することはない、とフィリップは言うのです。

 人生も同じですよね。
 ゴールがあったと思うと、その先にまた、ゴールがある。

 なんか細部がブッ飛んでしまったように思えたこの最終回でしたが、改めて検証してみると、そういうことだったかな、なんて納得できました。

 でもまあ、最低20回くらいのドラマとして、見たかったけどなあ…(笑)。

「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 に関する当ブログほかの記事

第1回 圧倒的な徹底ぶり
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/1-237d.html
第2回 骨のあるドラマとはこういうものかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/2-4477.html
第3回 利用される神々http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/3-537a.html
第4回 むせかえる死臭のなかでhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/4-34e0.html
第5回 永遠の一部たるべきものhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/5-a7e7.html
第6回 神の意志はあるかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/6-69bf.html
第7回 信仰の本質とは、どこにあるのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/7-1f00.html
第8回(最終回)前編 神とどう向き合うのかhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/03/8-46ec.html

« 義援金の送りかた、いろいろあるようです | トップページ | 「連続テレビ小説50年!~日本の朝を彩るヒロインたち~」 朝ドラって、ホントに見てないなぁ… »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様

後編UP有り難うございました!

いろんな伏線が最終回、まとまってきてましたね。ウェイルランはやはりエレンの予言通りの最期を迎えてましたね。

>この最後の説教、フィリップは自分が完璧な人間ではないことを、自覚していました。
 でもだからこそ、人は成長できるのだ、という結論を、このドラマでは導き出していた。
 誰もがそのときそのときに、最善の方法を採ることなど、出来ません。
 東電の経営陣もそうでしょう。

 でもだからと言って、最善を目指さなくて、いいわけがない。

 どこかに今の地位に甘んじている部分があれば、「最善」 という意識自体が低下していくことだって、ないとは限らないのです。
 だから人は、常に上を見続けなければならない。
 難しいことですけどね。

 そしてそんな努力の積み重ねの上に、偉大なるモニュメントは完成していく。
 けれどもそれは、けっして完成することはない、とフィリップは言うのです。

生き続けていく限り、常に努力はしつづけなければならない。けれど、それは完成という最終ゴールがあるわけではないのですね。ほんとに奥深い作品で、これだけの回に圧縮して制作されたのは驚愕に値します。
リウ様のおっしゃるとおり、もっともっと長い回で放送されるべき作品だったと思っています。

また、この作品を通してリウ様の深遠な宗教観を伺い知る事ができて、とても感銘を受けました。

私はこの大聖堂の話から、サグラダファミリアをイメージしていました。
いつまでも完成する事がないだろうと思われた教会が完成するであろう年が近づいていますが、果たして完成させていいものなのか?という気もしています。

話がぜんぜん違うのですが、昨日の日テレ「さよならぼくたちのようちえん」ご覧になりましたか?途中、暗くなったという話ですが、私のところでは暗くなった感じはなく、同じ内容だけれど若干プラスされた?ものがリピートされていたように思いました。近来稀にみる放送事故?というより編集ミス?かと思ったのですが・・・


 

rabi様
コメント、ありがとうございます。

「ぼくたちのようちえん」、ですかー。 残念ながら見ませんでした~。 確か 「Mother」 の継美チャン、芦田愛菜チャンのドラマだったと記憶しておりますが、食指が動きませんでした。 どうも長いドラマというのはダメですね~、体力なくて。 「冬のサクラ」 も 「長いなー」 と思いながら2回分の最終回を見ましたし、「金八先生」 も未見ですが、4時間って、見る前からかなりゲンナリしております(笑)。

そんな体力ない自分にとって 「大聖堂」 は超スピードでしたけどほどほどの放送時間でよかったです(笑)。

最終回は特に内容がてんこ盛りすぎて、レビューを書くほうもここまで長くなってしまいましたが(前後編合わせると相当な長さになると思います…)、「なんか引っかかる部分がある…」 なんて思いながら見ていたんですよ。 結局辻褄が合ってたんですが、レビュー前編には自分の認識不足をそのまま書いてしまいました。 ダメですね、どうも。

宗教批判については、世の中の聖職者って何のために存在してるんだ?と考えた末の、独断と偏見に満ちた考察であります。
ちょっと思うところが多すぎた、…かな~(笑)。
ドン引きされますけどね、普通。
rabi様のようにおっしゃっていただけると、ちょっとほっといたしますcoldsweats01
でも結構、皆さんどうでもいいと思いながら、宗教や信仰を考えている気がするんですよ。
私は宗教や信仰は、自分を見つめ直す哲学の役割を担っている、と考えるんですけどね。

サグラダファミリア、まだだまだだなどと思っていたら、実は完成がもう10年後をとっくに切ってるんですよね。 確かあと5年かそれくらいだったような…。 建築基準を満たしてないとか、「いまさら…」 という感じの話もあった気がいたしますが(笑)、おそらくこのドラマの大聖堂と同じように、完成しても成長し続けるんでしょうね。

リウ様

>でも結構、皆さんどうでもいいと思いながら、宗教や信仰を考えている気がするんですよ。
私は宗教や信仰は、自分を見つめ直す哲学の役割を担っている、と考えるんですけどね。

私も宗教や信仰について、深く考えたことはないような気がします。
でも、リウ様のおっしゃる様に哲学につながっているというのは確かだと思います。

宗教や信仰は現在では人間の経済活動と切り離せなくなっているところに問題があるようにも感じています。生活の糧としてのなりわいとなってしまっている感がありますね。

宗教や信仰を真摯に考えるだけの心の余裕や器量がない社会になってしまっているような気がします。拝金主義がはびこっている社会では、宗教や信仰はタブーとなるジャンルなのかもしれませんね。

リウ様のおっしゃる「さわらぬ神にたたりなし」というのは言い得て妙な表現だと思いました。

リウ様のblogは、いつもすごく良く推敲されてると思いますが、宗教、信仰に関しては結構、熱が入っているという感じがしました。

引かれる方もいらっしゃる(というか、対応するコメントを残そうとすると、互いの深い部分まで入り込んでいかなくてはいけなくなるとういう懸念があるのではないかと思われます)とは思いますが、リウ様独自の価値観を披露される場でもあるのですから、反応がなくても自己主張を続ける事に意味があるように思います。

なあんて偉そうなこと書いちゃってますが・・・

いつも楽しみにしてますので気長に続けていただけたらと思っています。

今度の春クールはどうなるでしょうね。まずは「仁」でしょうか。

rabi様
再コメント、ありがとうございます。

聖職者たちも生活しなきゃなりませんから、お布施はどうしても必要だ、と思います。
ただなんの対価でお布施をもらうのか、となると、私は彼らの役割として死者の弔いも確かにあるだろうけれども、自らがどれだけ世のため人のために行動しているのか、ということに尽きる、と感じるんですよ。  宗祖の教えに従って、みなを教導していく、といったような。

死者の弔い、というものは、なにも聖職者でなくともできる、と私は考えています。
死者の弔いなんてよく分からないから、みんな彼らに丸投げしている。
けれどもそれを聖職者にまかせっきりにすることによって、実は彼らの言いなりになっている、と私は考えるのです。
「これだけの額がなければ法要もできない」 などと白々しくも言ってくる坊主、というものの倒錯は、その無知をつけこまれている(あ~近しい身内の実体験を語ってしまった…笑)。 宗教について熱を帯びているのは、そのせいかもしれません(笑)。

それにしても、かくも宗教や信仰を考える上で、個人的な事情の格差はとても大きい(爆)。
だから語り合いにくいんでしょうね~(笑)。

当ブログが推敲されている、とおっしゃっていただき、恐縮の至りですが、結構行き当たりばったりで書いております(笑)。 今回前編の指摘を翻してしまったこともその一端であります(笑)。 エレン、ちゃんと事情を語っていたじゃん、みたいな(笑)。 「妻に裏切られて」 を 「つまり裏切られて」 と間違っていて、読み返したら 「なんじゃコレ?」 とか(爆)。

春ドラマは、「JIN」 以外ほとんど把握してません。 「おひさま」 はやっと、来週から始まるようですね。 「BOSS」 はファースト・シーズン挫折してますし。 何かオススメがあったら、ぜひ御教授下さいませ。

初めまして。
ドラマタイトルで検索していたところ、このブログを見つけました。解説、とてもわかりやすいですね。

私もこのドラマ、たった8回で納めるのはもったいない、もっと長めに丁寧にやってほしかったなぁと思いますsweat02
ホントに展開早くて付いていけないところがcoldsweats02

このドラマを見て、宗教って、信仰っていったいなんだろう・・・と考えさせられましたねぇ。
ホントにご都合主義というか、いいように神の名を使われちゃって・・・後の免罪符にも通じる物がありますね。
こんな時代から腐ってたのか・・・とがっくり。

最後は見事に勧善懲悪な感じになってましたが(笑)

大聖堂建築シーンも私にとって興味あるものでした。
トムは天井を木で組んで造ろうとしてましたが、アルフレッドは石の天井にしましたよね。
まぁ技術が未熟だったんで、崩壊しましたけど・・・sweat01
ああいうことは、実際よく?あったらしいです。
その後ジャックがフランスでちゃんとしたゴシック建築を学んで(というより、盗んでましたけど!)来て、最後には飛び梁(バットレス)をつけることでバランスを調整することを思いつきましたけどね。
ジャックは風が強くて、その力に壁が耐えられないから天井の石に隙間ができたんだ、と言ってましたけど、実際は石を高く積むことによる石の重みからくる横圧力(外壁を外に押し出す力)らしいんです。
それで、外につっかい棒を取りつけることによって横圧力を支えているようです。

それにしても、あんなに高い聖堂造るのに、どうやって石をあげてたんだろうと思ってましたが、木製のクレーンみたいなのが映ってました!
ちょっと感動しました~happy02
最後の聖堂の全体像にも、そして現代に移っていくシーンにも感動しました!
あれはウィンチェスター大聖堂なんでしょうか・・・それとも別物かしら??

それと、戦場でユースタスは殺されてましたけど、実際はヘンリー1世と同じくうなぎにあたって死んだようです。
ちゃんと火を通してなかったのかな・・・うなぎの血には毒性があるようですから。(ちゃんと加熱すれば無毒になる)

原作ではジャックとアリエナの子孫の話もあるみたいなので、またドラマ化してくれるといいですね。

リチャード獅子心王 様
こちらこそはじめまして! コメント下さり、ありがとうございます。

大聖堂建築についての蘊蓄、なるほどと思いながら読ませていただきました。 ドラマを見ているときは 「はぁ?」 って感じで、録画を見直しても 「どうもよく分からない…」 と思ったので、あまりきちんと記事中で書きませんでしたcoldsweats01。 ただ単に、横からの力に弱い、ということではなかったんですね。 上から力がかかっているから横に押し出される、という感覚なんですね。

最後に大聖堂が、ホントに大きな大聖堂になっているのを見たときは、建築に関するいろんなエピソードをもうちょっと丁寧にゆっくり見たかったな、という気がいたしました。
ドラマではつっかい棒を 「翼」 と表現してましたよね。 それはまるで 「希望」 の象徴でもあるように思えますね。

そうそう、免罪符も中世キリスト教の腐敗を物語るアイテムのひとつですよね。 ワケの分からないオカルト的な、精神的なものを取り扱っているから、いくらでも自分たちの都合のいいように理屈(教義)を作り替えることが出来ちゃうわけですよ。

ユースタスの殺される場面は、フィクションですか! ウナギって、イギリスでも古来から食用にされているんですね。 驚きました。

ウィキの解説を上っ面だけ読んだだけであいまいですが、原作ではウェイルランは今回のような形では死んでいないようです。 道理でウェイルランがウィリアムにのこのこついてきてキングスブリッジにやって来るところとか、無理やりっぽいなと思いました。 いずれにせよウェイルランが原作より先に死んでしまう、ということはこのドラマ、あまり続編を考えずに制作されたのかもしれませんね。

個人的には、リーガンがどうして悪の道に邁進するようになってしまったのかとか、細かい話が見たかったですね。 ジャック・バウアーのオトーサンも(笑)もっと活躍してほしかったし。

いずれにしても、濃いいードラマを堪能いたしましたです。

NHK非公認応援歌「ああ軍師官兵衛」が幼稚園児に大受け!
踊りの遊技のバックミュージックに!
ぜひ聴いてください!

会津太郎丸様
ご紹介くださり、ありがとうございます。

この 「ああ軍師官兵衛」 を書いた人は、私の生まれ故郷である福島の、高校教師をしておられる方らしいですね。 「八重の桜」 の歌も作ったとか。 ネットで調べました(笑)。

ただこのコメント、「軍師官兵衛」 のところのほうがよかったかな…(笑)。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/51263538

この記事へのトラックバック一覧です: 「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」 第8回(最終回) 後編 神になるのか、神を敬うのか:

« 義援金の送りかた、いろいろあるようです | トップページ | 「連続テレビ小説50年!~日本の朝を彩るヒロインたち~」 朝ドラって、ホントに見てないなぁ… »

2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ