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2011年4月22日 (金)

スーちゃんのこと

 この先、こうした喪失感というもので、壮年にさしかかった人生って彩られていくんでしょうか。 先の記事にも書いたとおり、今回のことで自分のなかの一部分が、確実に死んだ気がするのです。

 ひとつの時代の終わり、そして次々と欠けていく心。
 自分が夢中になっていた人がやがて死に絶え、自分の大切な人が死に絶えていって、この世にだんだん未練がなくなっていって、やがては自分も死んでいくのでしょうか。

 そして自分が死んだあと、おそらくあの世でも、あの世の住人は次々と生まれ変わっていくのでしょう。
 これって突飛な発想ですけど、自分のなかには 「どうして自分は、前世の記憶を捨ててこの世に再び生まれたのか」、というものすごい疑問があるんですよ。 「前世」、というものがある、と仮定したうえでの話ですけどね。
 で、おそらくあの世の未練がなくなったから、この世にもう一度生まれたい、と思ったんだろう、と。
 でもその際に、どうしてもひとつくぐり抜けなければならない試練がある。
 前世の記憶をなくしてしまうことです。
 たとえば私にとって、ビートルズや山口百恵、キャンディーズの記憶、というものは何物にも代えがたいものです。
 それって捨てられるのかな、もし将来自分が死んだあと、あの世からまた生まれ変わりたいと思ったとき(ややこしい話でスミマセン)。

 でも、おそらく生まれ変わっても自分がビートルズが聴ける環境のところに生まれたい、と思うはずだし、山口百恵やキャンディーズにしても同じで、絶対もう一度巡り合いたい、と思う。
 この世に生まれてくる人って、みんなどこかにそんな思惑があって生まれてきてる、と思うんですよ。 自分が何かに夢中になるものにはすべて、前世からのそんなつながりが、どこかにあるんじゃないか、って。

 スーちゃんとカンケーない話を長々として申し訳ないです。
 ただそれだけ、今回のことではダメージが大きい。
 仕事中でもぼんやりとしてしまいそうですが、少なくとも仕事の間は心をそちらにシフトしなければなりませんので、ちょっとこのブログの場でだけ、情けない泣きごとに浸ってみたいと思ったのです。

 昨日のブログ記事で、「死ぬ時は自分が勝ったと思いながら死にたいものだ」 とか、縁起でもないことを書いてしまったのは、虫が知らせたのかななんて考えています。
 このところ、なんかスーちゃんの作ったキャンディーズ時代の曲、「午前零時の湘南道路」 とか、頭のなかで鳴ってて。
 湘南地方で今、働いてるんですけどね。
 ジョン・レノンのときほどじゃないですけど、どうも虫の知らせというものを感じ取る能力が、自分にもまだわずかに残っているようであります。

 そういえば、1978.4.4の後楽園でのファイナルカーニバルで、「午前零時の湘南道路」、スーちゃん歌詞間違えてたっけ…。

 スーちゃんのことを思うとき、いつも考えるのは、「スーちゃんにとってキャンディーズというのは、大切な思い出であると同時に、苦い思い出の場でもあったんじゃないだろうか」、ということです。

 周知の通り(って若い世代の方はご存知ないでしょうけど)キャンディーズは、はじめスーちゃんがメインヴォーカルでデビューしました。
 それで何曲か出して泣かず飛ばずで、結局 「年下の男の子」 でランちゃんがメインを取ることによって、今風に言えばブレイクしたわけです。

 これってスーちゃんにとっては、結構心の傷になったんじゃないのかな、って。

 ここでのキャンディーズの強みは、メンバー間の絆が強かった、ということ。 メインヴォーカルの交代、という黒っぽい歴史は、3人の仲のよさで自然昇華されていった気がします。
 ただ同時に見えてくるのは、やはりビジネスライクな冷たい芸能界の側面。 芸能界の厳しさ、という括りで表現してもいいのですが、「売れるためには何でもあり」 というプロダクション側の姿勢に、メンバーの中でいちばん若かったスーちゃんは、ランちゃんミキちゃんに比べて大人の世界を理解したくなかったんじゃないかな、って思うのです。

 キャン解散後の3人を見ていると、これは私の個人的な印象なのですが、ランちゃんなどに比べるとスーちゃんは、あまりキャンディーズ時代のことについて語りたがらないように見えていました。
 もちろんいつまでも光を失わない青春の輝き、という箱の中に納めているような部分も、スーちゃんの言動からはじゅうぶん感じていたんですけどね。

 時代的な感覚からいけば、当時フォークソングから派生したニュー・ミュージックの台頭という時勢の中で、スーちゃんの声質は、多少歌謡曲っぽさが抜けなかった。

 それは彼女が民謡を歌うことから始めているせいだと私は勝手に考察しておるのですが、彼女の歌い方は民謡のそれっぽく、鼻に抜けるような感じがする。 スーちゃんメイン時代の曲のウケが悪かったのは、そんなどことなく古臭いスーちゃんの歌い方が、時代的に遅れているようにとらえられたせいなのではないか、そう私は実に勝手に考えています。

 そしてその歌い方と同時に、スーちゃんの作詞作曲のスタンスも、どことなく歌謡曲っぽい。

 キャンディーズは活動の後半で、そのニューミュージックの影響を受けたような自作自演、という方向性を打ち出していくのですが、スーちゃんの方向性はマイナーコード中心の歌謡曲路線。 ミキちゃんが音楽性に関してはいちばん先進的で、ファンキーさも取り入れたものであるのに対して、ランちゃんはどちらかというと童謡的(「みんなのうた」 みたいな感じ)、で、スーちゃんは歌謡曲的、でした。

 歌詞の内容も 「午前零時…」「いけない人」 に共通しているのは、不良に恋する女の子、危ない関係。
 結構ありがち、ですよネ(笑)。
 少女的な憧れを歌にしたものが、結構多い気がするんですよ。
 メンバーでいちばん若かった、ということも関係してるんでしょうけど。

 そんな彼女の最高傑作は、「ファイナルカーニバルプラスワン」 に納められたラストナンバー、「土曜日の夜」 だと私は思っています。

 このナンバー、ジャジーな雰囲気でそれまでの歌謡曲然とした古臭さから、完全に脱却している。
 この曲を聴くたびに私は、「キャンディーズが解散せずにこのまま活動し続けていたら、音楽性においてもかなり成長したのではないか」、と感じられてならないのです。




 スーちゃんの最後のドラマ、「てのひらのメモ」。

 途中まで見たんですよ、実は。

 なんか寝ちゃって。

 それきり録画したものを消してしまったのが、いまにして思えば最大の痛恨事です。

 そのときの印象を思い返すと、確かに何となく元気がなかった気がする。

 こうなったら、もう一度見たい。




 どうしてなんだよ。

 なんでだよ。

 もう一度書きます。

 私のなかの一部分も、あなたと一緒に死にました。

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コメント

淋しくてずっと77年ごろの曲を聴きながら、スーちゃんの記事を探してました
私はキャンディーズのファン、じゃなかったけど彼女達が普通にw好きでした。
スーちゃん、優しいから先に行って皆を待ってくれてるんだよきっと。がんばって死ぬまで生きよう。皆そこへ行く。スーちゃん、ありがと!

めぐ様
コメント下さり、ありがとうございます。

私はちょっとショックが大き過ぎて、曲を聴くことが出来ないのですが、もうあれから、頭の中はスーちゃんの歌声が頭から離れてくれません。

特に 「めぐり逢えて」 というスーちゃんがソロで歌う曲。 彼女の作詞作曲ではありませんが、名曲です。

でもあれから、私にも徐々に笑いが戻ってきました。 そんなふうにして忘れていってしまうことが、またさびしくて…。

 私はキャンディーズではスーちゃんが一番好きでした。だから、ランちゃんが真ん中で歌うようになって、人気グループに駆け上っていくのを、どこか冷めた目で見ていました。女優としての田中好子さんは大好き。優しくて芯のある女性を上手に演じていらしたと思います。温もりのある優しさは彼女の内面からの演技だったと思います。乳がんですが、早期発見だと助かる事が多いのですが、私の親戚でも手術した時にリンパ節の方にがんがひろがってて、2年くらいで、亡くなった方がいます。だから、100%大丈夫というわけではないし、人それぞれのようです。もちろん、早期発見で多くの方が再発もなく助かっています。追悼の映像の中で、田中さんは「キャンディーズのスーちゃんという肩書きが、女優田中好子という肩書きになってきた」とおっしゃていたので、しなやかにいろいろな事を乗り越えてこられたのではないかと想像しています。あの優しい笑顔にもう逢えないと思うと、さびしいです。私はスーちゃんの思い出を忘れないで、一緒に生きていきたいと思います。一生懸命生きた彼女にそれくらいしかしてあげられないので。彼女はいろいろな作品で演技を残してくれましたから。「黒い雨」が見たいです。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

震災での喪失感に追い打ちをかけるような、わが青春のひとコマの強引な幕切れに、やりきれなさが募るばかりです。 誰かの追悼記事には、必ず 「ご冥福をお祈りします」 と書き添えるのですが、今回そんなこともすっかり忘れていたことに、今気付きました。 もちろんスーちゃんがいいところに行きますように、とあれからずっと祈っているのですが。

別記事でリンクを張らせていただいた2年前の記事にも書いていたのですが、私も 「全員集合」 のときからのファンでデビュー時からキャンディーズを見守っていたせいか、スーちゃんメインのシングル曲にはとても思い入れがあります。 でも子供ごころに、彼女たちはとても消え入りそうだったのが不安でした。 だから 「年下の男の子」 でブレイクしたときは、もうとてもうれしくて。 ランちゃんのことが好きだったからそう思えたんでしょうけどね。

でもスーちゃんの健康的ではち切れそうな明るさ。

大好きでした。

過去形で書かなければならないことが、とても悲しい。

だから書きなおします。

大好きです。 これからも、ずっと。

乳がんって、やっぱり侮れないです。

哀しみは

時間が
解決してくれるって
本当かもしれないね・・・

時々、ぽかっと
いないことを確認しては
淋しい気持ちになるけれど・・・

時間はゆっくりと
想い出を

優しいものに
大切なものに
変えてくれる・・・

哀しみよりも、
愛しい記憶に

時の魔法が、
変えてくれる・・・


・・・そんな想いを持つ事が出来る人に
巡り会える事はなかなか無いと、私は思うから。


いっぱい泣いて
少しずつ、心を暖めて下さい

葵様
コメント下さり、ありがとうございます。

もう20日以上たつんですよね…。

確かに時間が彼女のことを、押し流してくれつつあります。
ただやはり、同志がいなくなってしまった虚しさ、というものはあって。

なんか彼女たちに対するシンパシーって、恋人のそれよりも、共に青春を燃え尽きさせようと戦った同志のような気がするんですよ。 当時中1-2年ですっごくませてますけどネ。
ただ青春を燃え尽きさせてしまった感覚っていうのはあって、私の10代は燃え尽き症候群のなかにあったような、そんな気もするのです。

詩を書き始めたのはもっと以前なのですが、そんな気持ちから詩作にのめり込んでいった部分も、少なからずあったんじゃないかな、なんて考えています。

まあ当時の詩なんて思い込みまくりの世間には見せられない程度の低いものばかりですけど(笑)。

ただずーっと書いているとそれなりに身につくものもあったのかな。

そうした点では、キャンディーズにも感謝しなければいけないと考えているのです。

こちらが葵様の体調を気遣わなければいけないのに、逆に励まされてばかりであります。 ありがとうございます。
お体のほう、ご自愛ください。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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