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2011年5月15日 (日)

「江~姫たちの戦国~」 第17回 半年の我慢

 のっけから結論を書いてしまいますが、茶々が父母の仇である秀吉にどうして心を許したのか、という原因、と言うかそのとっかかりを、作り手は 「半年の茶断ちと茶々断ちをしたからだ」 という話で見る側に納得させようとしている。 だが、これは無理です。

 なぜなら秀吉の半年の我慢を、全く表現できていないから。

 今回の話にひとかどの説得力を持たせるために作り手が仕組んだのは、秀吉がメチャクチャな方法でたてた茶を、千宗易(利休)が意外にも 「おみそれしました」 と感服する場面。
 彼は秀吉のたてた茶に、上り坂にある者の勢いを感じていた。
 この場面、秀吉は利休の茶を飲んでいます。
 ここから物語は秀吉の妹旭と母親の大政所の徳川家康への献上という史実をテンポ良く見せていくのですが、テンポがいいことが災いして、終盤の 「茶々と茶断ちの解禁」 まで半年が経っていることを感じさせない。
 だから利休に 「茶と茶々断ちですな」 とダジャレ混じりの話をいきなりされても、見ている側は 「はぁ?」 という感じ。
 だからそれに茶々がことさら感動してしまうのも、「おいおい」 という感じ。

 私が実際の秀吉という男に下している評価は、「天下を取ったあとは見苦しいの坂を転げ落ちまくり」。 まあ異論はございましょうが。

 旭と大政所の家康への差し出し、という話も実にその通りで、家康が秀吉に謁見する際に因果を含ませた、という今回の話も、これまで何度となく大河で見てきましたが、「やっとられんのうこの男」 という感想は、いつも同じでした。
 秀吉が実際に死ぬ寸前に家康その他諸大名(だったかな)に書いた書状も、いや実に平身低頭で、いかに自分の築いた地位と身分が砂上の楼閣なのか、といことを熟知していたように感じられてならないのです。

 ただそうした貧しい私の知識でも、秀吉がいかに家族への情愛を大事にしていたかは、感じ取ることができるのです。
 実際の旭様が、どのような容姿だったかは分かりませんが、だいたいドラマに出てくる旭様は、あまり器量がよろしくない。 しかも40を超えていたとなると、それを正室として家康に認めさせることは、限りなく暴挙に近い気がする(笑)。 しかもさらに自分の母親、でしょ。 そのあまりにも見え透いた主従関係の強要を家康が容認してしまうことで、かえって家康のほうが格上、という世間もしくは諸大名への印象は強くなるのではないでしょうか。

 私は天下を取るまでの秀吉は、それこそたぐいまれなる行動力と知性で意外性を自ら強引に作りだしてきた男、と考えているのですが、ドラマの作り手はその天下取りまでの凄い武将である秀吉を、あまりにも貶めさせすぎた。
 茶々が秀吉になびいたのも、伯父である信長の仇を誰よりも先に、あまりにもありえないスピードでもって成し遂げた男、という評価が彼女のなかにあったからなんじゃないのかな、そんな気がしています。 ほかの家臣が自分の戦に汲々として、明智を討てなかったのに秀吉はそれをやっちゃったんですからね。
 それに浅井も柴田も確かに秀吉が先陣を切って滅ぼしたわけですけど、それも戦国の世の習わし、というスッゴイ説得力のある理由が、あるんじゃないでしょうかね。
 そんななかでいちばん現代に通じる説得力があるとすれば、秀吉が家族思いの人間であったことなんじゃないのかな~。 歴代のドラマでも幾度となく、旭と大政所の差し出しには心を痛めている秀吉が描かれていましたし。
 秀長とか結構厳しいこともしてますけど、それもそれなりに理由もありますし。

 それとやはり、長いものには巻かれろ、みたいな感情も、茶々のなかにはあったのかな。 徳川家康のじらし作戦というものに嫌悪を抱いた、という要因も考えられますね。
 茶々が秀吉の子を宿すためには、そんなさまざまな感情が背景として、あるんじゃないでしょうかね。
 でもまあ、家族への愛情の深さに茶々がほだされた、とするのが、「江」 というドラマにいちばん相応な、現代的な解釈としては妥当なんじゃないか、と。

 まあ、知識が浅いのを私もさらけ出しまくっている気もしますけど(笑)、今回の茶々が秀吉にほだされたきっかけの作り話を見ていると、う~ん、浅いなあ、とやっぱり感じてしまうんですよ。

 それにしても江、まったく脇役ですよね、ここんところ。

 まあ12、3の小娘が脇役なのはしょうがないですが、もっと江を中心とした後世の話に、早く持っていったほうがいいと思うんですが。
 だってもう、物語も半分ですよ(…)。

 半年の我慢を、こっちにも強いるんですかね、このまんま…。

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コメント

タイトルを読んだ時は「江」を半年我慢して見て来たか、あと半年我慢して見ればいいという文章なのかと早とちりしました。ごめんなさい。今回も見ててがっかりした回でした。EXILEのお兄さん登場だけ意味があったのかな。2回目の結婚相手ですから。「大河の楽しみはやっぱりイケメンよね。」という下心がみえみえなのが癪だけど、向井君が登場の回も見てしまうだろうなと、半年の我慢がまだ伸びそうです。戦国武将がこんなにも魅力がない大河もある意味凄いです。なのにJINを今シリーズは全く見てないで、何故か江ちゃんを所々とはいえ見ています。江ちゃんって不思議な作品です。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

ささ様、半分当たっております(笑)。 秀吉が我慢した半年と、この大河が終わるまであと半年の我慢、というのを掛けたダブルミーニングです。

ただ我慢して見ている、というわけでもないんですよね、どうも。

このドラマを見るとレビューが書きたくなる、というのは以前にも申し上げましたが、「ここがよくないんだよ」 と言いたくなるのは、優越感に浸りたいためなのか、受信料を払っているスポンサーとしての鬱憤なのか、…まあいろいろあるんでしょうけどネ(笑)。

結局 「大河なんてあーだこーだ文句を言うのが面白いのよ」、という脚本家サンの術中にハマっているのかもしれないです(爆)。

それ以上に、話が分かりやすい(分かりやすすぎ…笑)。
こういう浅~いのも、今まで飽きるほど繰り返されてきた大河の戦国時代の話のなかで、とても箸休めになっている気は、するのです。

箸休め大河、風流ですね。この頃、脚本家さんのお兄さんが実はゴーストライターでとか、いろいろいわれていますが、「江ちゃんに今更内容を求めるなよ」といいたいです。内容はないけど、1回も見なかった「花の乱」より見てるもの。「天地人」の方がまだましと思ってもまだ見ているもの。「天地人」はスポットライト演出と美術セットがチ-プで見なくなったのに。「篤姫」はほとんど見ていないし。同じ作家ではないのではと言われても、篤姫の良さがわからない私には?篤姫の原作は好きで夢中で読みましたが。江はもう見ないでおこうと思いながら、何故か、見てしまう。お金かけて、これなの?と毎回失望しつつ、役者の無駄遣いと文句言いつつ、初は菓子食ってばっかりで、取柄はないの?とか同情したり、秀吉が「母が無事帰ってきて」と泣いても「わざとらしい」あげくイケメン登場しか見所がなかったとため息つく、ついつい見てしまう、恐るべし、箸休め大河。私も脚本家さん術中にはまってます。ということは、先生は凄いのでは?ゴーストとかどうでもいいと思います。肉親や家族の場合、「本人じゃない」とガタガタ言わなくてもと思います。メインディッシュ大河は来年以降のお楽しみです。でも来年きっと見ないと思います。清盛は仲代さんしか考えられないので。松ケンは仲代さんを超えるのでしょうか?

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

脚本協力田渕○○、サンのことですネ(笑)。 いったいどこまで関与してるんでしょう? 「篤姫」 の原作は残念ながら未読ですが(つーか小説、ほとんど読まないんですけど…笑)、ドラマ 「篤姫」 はささ様にとってそんなに興味深くはなかったですか。 私はこの脚本家サンは 「篤姫」 の場合、原作があったからここまでできたんだ、という認識でおったのですが。

「篤姫」 を見て私が感じていたことは、当時の当ブログにも書き記しましたが、「このドラマは 『必要悪』 について論じている」 ということでした。 薩摩藩の経済を賄賂によって賄っていた平幹二朗サン、安政の大獄を指揮した井伊直弼・中村梅雀サン、そして篤姫と同じ薩摩出身でありながら江戸城を攻めようとした西郷吉之助・小澤征悦サン、三者三様に世間から見れば悪と映ることでも本人にとってはきちんとした正当な理由がある、という意外な結びつきが、大河ドラマとしての重厚さ、凄さを物語っていました。

「花の乱」、私は大河のなかでも1、2を争う傑作だと考えているんですけど…coldsweats01

どこがどう、と言われると相当昔なのでうまく説明できないのですが、その器もないのに執政をしなければならない者(足利、…なんでしたっけね?…笑)の悲哀や、失政によって世の中がどれだけメーワクをこうむるのかとかがよく描かれていた気がします。 こと主人公の三田佳子サンに焦点を合わせると冗漫な話なのですが、視点が広大でしかも示唆に富んでいたように記憶しております。

松山ケンイチクンの演技、「百年の愛JAPANISE AMERICANS」 で拝見したのですが、演技力は確かだと感じました。 仲代サンに比べるとどんな役者さんでもキビシイ気もしますけど(笑)。

「花の乱」は日野富子が嫌いなのと、「また、三田さんなの。」というのと、たまたま人生の転機の年で忙しい年だったせいもあって、ほとんど見ていないのです。後「武蔵」も1話しか見ていないし、歴史好きの方が好まれる「風林火山」も亀様とあわなくて、少ししか見ていません。「篤姫」は原作が宮尾登美子さんです。だから、しっかりとした屋台骨はあったはずです。私があまり見なかったのは、あおいちゃんが可愛いすぎたのと、この時代の薩摩の話では「翔ぶが如く」を、鹿児島出身の伯父さんから、鹿児島弁の解説を時々してもらったりして、見た思い出が鮮烈なので、世間ほど、「篤姫」にはまれませんでした。松ケンさんの演技は上手だし魅力もあると思いますが、「新平家物語」の時、イケメン好きの母が「仲代さんが主役なら見る」と演技で惚れて、一緒に見させられて、確かにすごい役者さんだなと子供心にも思ったので、清濁合わせ持つ清盛が松ケンさんでどうなるのか、楽しみではありますが、見ないと思います。若い人達は仲代さんの清盛の記憶はないでしょうから、支持されるでしょう。

ささ様
コメント再投下さり、ありがとうございます。

そんな御大、仲代達矢サンでも、黒澤監督の 「影武者」 のときだけは、「ああやっぱり、仲代じゃ線が細い、勝新太郎の影武者が見たかった」 と感じたものです(どんなガキやねん…笑)。

「武蔵MUSASHI」 は失敗作でした~、あれは。
鎌田敏夫サンは 「俺たちの旅」「男女7人」 とか群像劇を作るのが得意なタイプだと認識しておりますが、あの大河で最大の失敗は、吉川英治サンの原作を踏襲したのはいいものの、その原作のオリジナルキャラクターであるお通(米倉涼子サンだったかな)を、「自立した女」 に仕立てあげてしまったことだと個人的に考えています。 そのせいで 「剣の達人どうしの息詰まる攻防」 という原作のもっともカタルシスを感じる部分をかなりないがしろにしてしまった(小説読まないとか言っといて、この本は読んでました…笑)。 それ以前に、NHK水曜時代劇ですでに役所広司サンと古手川祐子サン、奥田瑛二サンで超傑作が作られたあとだったから、それと同じものは作れなかった、という弱みがあった、ということでしょうか。

どうも話が止まらなくなりますのでいったんここで打ち切りますが(笑)、やはり自分が最初に見た大河、というのは、かなりの部分で自分の好みに反映してしまう気がいたします。

NHKも、もっと毛色の違ったものをやればいいのになー。 日本の歴史、いくらだって面白い話はごろごろ転がっていると思うのに、どうして同じ題材ばかりやろうとするんでしょうね~。

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  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

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    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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