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2011年5月24日 (火)

「JIN-仁-」(完結編) 第6回 坂本龍馬との闘い!

 いや、参りました、今回の 「JIN」。
 坂本龍馬の暗部を、ここまで正面切ってぶつけてくるとは。

 龍馬という男を現代の視点から振り返るときどうしても引っかかってしまうのは、彼が武器商人としての役割を果たしていたこと、幕府の長州討伐に長州側として参戦したこと。

 去年の 「龍馬伝」 でもこのくだりは丁寧に説明がなされていたと記憶しています。
 「龍馬伝」 での説明はまず、「大政奉還」 を実現させるための大義名分、という表面上の理屈を福山龍馬に語らせていました。
 「龍馬伝」 での福山龍馬は、もともと上士と下士との間でせめぎ合う階級制度のなかで人格が形成され、そこから 「同じ日本人同士がケンカをしている愚かさ」 を黒船騒動のなかから龍馬に発想させていた。
 だからこそ福山龍馬は平和平和と言い続けてきたのですが、「同じ日本人がケンカをしているうちに外国によって日本は植民地化される」、という危惧から、「日本を守る」 というより大きな大義名分に、その関心が移っていく。

 そこなんですよ、「龍馬伝」 での福山龍馬が、平和から戦争へと突き進んだ理由は。

 「日本全体を守る」 というように対象範囲が広がれば、小異を捨てて大同につく、みたいな感じである程度の犠牲もやむなし、という立場になっていくものです。
 龍馬が高杉晋作や奇兵隊に対して強い共感を抱いたのも、「何かを守ることの尊さ」 を龍馬が大事にしていたからこそだった。

 「龍馬伝」 においてはその龍馬の変節に対して、弥太郎という下手人を用意していました。

 いわく、「あいつは大嘘つきじゃ!」。

 弥太郎にこのように罵倒させることによって、龍馬の行動に納得できない現代人に対して、作り手はある種の説明責任を果たそうとしている。

 私は、龍馬のやったこの戦争協力は、弁証法的立場から(なんじゃソレ)当時の倫理的判断基準を鑑みて、「平和実現の手段としての戦争」 という段階以上の得策を龍馬が考えつかなかったゆえの行動だと考えています(異論反論歓迎します)。
 彼は外国の脅威に対抗するために政情を刷新しようと考え、幕府に対して牙を向けた。

 ただやはり、「龍馬伝」 に限った話ではないのですが、NHK大河ドラマにおいて主人公の暗部に正々堂々と切り込む、ということは主人公への視聴者の共感度を低下させるためか、ほとんど見たことがない。
 私がこれまで書いてきた福山龍馬の大義名分も、実に丁寧に説明がされていたにもかかわらず、なんか心に残ってないんですよ。
 それはやはり、主人公に自分のやったことに対する葛藤をさせていないことが大きな原因なんじゃないのかな、そう思うのです。
 暗部に対して、作り手が言い訳をしようとしてしまうからこそ、尻込みしてしまうからこそ、心に残ってこない。

 だからこそ今回の 「JIN」 のラストで内野龍馬に 「わしは道を間違うた」 と語らせるに至る、このドラマの作り手の力量がものすごく意義があるように思われるのです。
 もちろんそれは、フィクションだからこそできた。
 南方仁という現代人が幕末にいたからこそできた話なのです。

 今回冒頭、長崎に着いた南方(大沢たかおサン)は龍馬(内野聖陽サン)に出会うのですが、なんか龍馬の様子がよそよそしい。
 龍馬が連れてきたグラバーは、まぶたの下を斬りつけられて涙が止まらない状態。 かねてから南方がペニシリンの講義をしに来ていた長崎の精得館教頭ボードウィンは、南方の医師としての腕に疑念を抱いていたため南方にその手術を押しつけます。

 南方も眼科が専門でないために躊躇するのですが、なんとかその手術を決行する。
 前半のヤマ場はまさにこの手術シーン。
 相変わらずの見応えであります。

 手術は成功、ボードウィンは南方への偏見をあらためます。
 そしてその関係上グラバー邸までグラバーについてきた南方。 再び龍馬と出くわします。
 その龍馬、グラバーから銃を買い付けていた。
 南方に見られないように頑張る龍馬でしたが、南方はその銃が運び出されるのを目撃してしまう。
 ここで龍馬が南方に銃を見せないように頑張ったのは、なにも南方が未来の価値観を持つ平和主義者だからというわけではありません。 お尋ね者同然の龍馬が倒幕の準備に手を貸しているということが知られては、かなりヤバいからなのです。

 武器商人として暗躍する龍馬に釈然としないものを感じながらも、南方はここ長崎に来た本当の目的である、「龍馬に暗殺のことを伝える」 ことを実行しようとするのですが、またもや頭に激痛が走り、どうしても伝えられない。
 グラバーを助けるのもペニシリンを世界的に紹介しようとしているのも激痛なんか走らないのに、このことばかりは歴史に抗えない、というのはかなり傲慢な歴史のカミサマの意志を感じます。
 それに南方がしゃべった現代の健康保険制度も、問題ない模様。 なんなんだ(笑)。
 龍馬はその健康保険制度を江戸時代の 「講」 という組織になぞらえる、という頭の回転の速いところを、南方に見せつけます。

 それにしても南方が頭に激痛が走ったときに浮かんだ、タイムスリップしたときの記憶。
 現代の医療器具を過去に持ち運ぼうとしていた男が、南方であり龍馬である、という謎をまた提供してくれました。 あと4、5回で終わるであろうこのドラマのラストに向かうピースが、見る側を特別な感覚に誘います。

 南方は龍馬の変節を、「暗い時代なんだ」「歴史が大きく変わる前の混沌だ」 ととらえ、ペニシリンの製造拠点を拡大する目的も得て、龍馬と共に長州軍に合流するのです。

 ここで南方は、龍馬の師である勝麟太郎(小日向文世サン)と敵対してしまうことになるのはいいのか?と龍馬に尋ねます。 タイムスリップものでなければ訊けない質問だ(笑)。

 龍馬は、こう答えます。

 「この海をちっくと行ったところに、清ちゅう国があるがじゃ。 ウダウダしちゅううちに、列強の食いもんにされ、植民地のようになっちゅう。 このままでは、この国も同じ道を歩む。 そうならん道はただひとつ。 …徳川の時代を終わらせ、この国を建て直すことじゃ。

 …これはどういても必要な戦なんじゃ。

 勝先生も、分かってくれると思うがじゃ」

 「龍馬伝」 であれだけしつこく説明をし続けた龍馬の理屈が、ここに集結している(笑)。
 勝も幕府がフランスの意のままになろうとしていることに危惧を抱いていて、師弟の思うところが遠く離れていても合致しているのが、見ていて心地よい。
 龍馬が倒幕に向けた動きをしていることについて恭太郎(小出恵介サン)から訊かれ、勝はこう答えるのです。

 「たとえそうだとしても、おいらぁあいつを敵だと思ったことはいっぺんもねえよ。
 …敵じゃねえはずだ」

 ペニシリン製造の提案は長州の桂小五郎(山口馬木也サン)に丁重に断られましたが、そこで繰り広げられる幕府と長州の戦闘は、龍馬にも南方にも、違った受け止め方を持って受け入れられます。

 「時代の流れを感じるのう…。
 …
 長州兵が、あれらぁは、農民じゃあ…。
 武士だけが、こん国を支配する時代が終わる…わしには、そうも見えるがじゃ…」

 これはヒエラルキーに縛られていた龍馬が確実に感動する弁証法的段階を、余すところなく表現しているセリフのように思える。
 龍馬にとって身分の違いというのは、現代人が思うよりもはるかに確実に重い鎖なのです。 その鎖を引きちぎるのが、奇兵隊を中心としたこの戦闘なのです。
 だからこそ龍馬は、心から感動している。

 しかし南方が持っているのは、まさに現代的感覚です。
 南方は、目の前で繰り広げられる戦闘は、「殺し合い」 にしか見えない。

 戦闘のあと、移動する南方たちを幕軍の生き残りが襲いかけるのですが、あえなく長州軍の護衛に刺されてしまう。

 「これが、戦じゃあ…」

 戦になったら、人間というのは特殊な精神状態に突入します。 殺らなければ殺られる。 いくら戦争は嫌だ!と言っても、戦場ではそんな駄々が命取りです。
 ところが南方は、もし私たちがいきなり戦場に瞬間移動したら必ず考えるであろうヒューマニズムに、ただひたすらとらわれる。
 南方は、刺された幕軍の兵士の治療をしようとするのです。 それを制しようとする龍馬。

 「龍馬さん、やっぱり変わりましたよ。 前の龍馬さんなら、敵味方なく助けたと思います。 でも今は、薩摩と長州のことしか考えていない」

 「先生、それは違うぜ…」

 「やってることだって武器商人じゃないですか!

 人殺しで金稼ぎしてるだけじゃないですか!

 あの人たちだって、龍馬さんが売った銃で撃たれたのかも知れないんですよ!」

 「龍馬伝」 で遠い場所から弥太郎に断罪させていた龍馬の暗部を、ここではもう、モロにストレートに、龍馬に投げかけるのです。 すごい。
 龍馬は必死になって、それに反論しようとします。

 「わしゃあ、こん国を思うからこそやっちょるがじゃ!
 何べんも言うけんど、これはどういても必要な戦ながじゃ!」

 南方は怒りをこめてそれを遮ります。

 「戦だけがこの国をまとめる手段なんですか?!

 …そんな方法でまとめるしか能がないなら、…政権を取ったってうまく行くはずがない!

 うまく行かなくなったら、また戦を繰り返すだけなんです…!

 …暴力は、…暴力を生むだけなんです!」

 これはもっとも象徴的な、現代の尺度による戦争反対の理屈であります。
 南方には、日本がこの先太平洋戦争によって壊滅状態になる、ということも知識の前提として頭にあると思う。 それにおそらく、その後の世界の報復の連鎖、という事実さえも。
 しかし龍馬には、その悲惨すぎる現実など頭にない。 歴史による段階を踏まなければ、南方の考えなど理解できないのです。
 だからこそ龍馬は間髪入れず、南方に反駁します。

 「先に殺されたら!…それでしまいながじゃ…。

 わしゃあ、寺田屋で殺されたけ、思たがじゃ。 どんなええ考えを持っちょったち、バッサリやられてしもうたら、それでしまいながじゃ。

 まず相手を力で従わせんと、考えを述べることもできん!
 世を動かすことはできんがじゃ!」

 「…戦争する人は、みんなそういうことを言うんです」

 「先生は特別なお人じゃき! 綺麗ごとばあっかり言えるがじゃ!」

 南方は自分なりに日本を思って戦っているんだ、ということを龍馬に語り、龍馬と袂を分かつのです。

 幕軍の兵士を治療しようとする南方。 しかしあえなく、彼らは長州軍によって息の根を止められてしまう。
 無為に大勢の人が殺戮されていくのを見たうえに、自分が救おうとした人たちも容赦なく死なせてしまう 「神」 のやりかたに、南方はありったけの怒りをこめてぶちまけるのです。

 「…この人たちを生かしたら、何か歴史に問題が起こるんですか…?

 …なにが気に入らないんだよ…。

 …何でこんなことするんですかああっ!!」

 泣けました、ここ。
 運命を呪いたくなる時って、あるんだよなあ。
 「完結編」 で、初めて泣けた気がする。
 すごい。
 すごい、やっぱり、このドラマ。

 南方と別れてひとり沈思していた龍馬、南方がいた場所に取って返すのですが、血まみれの弾丸がそこに落ちているのを見つけただけ。 近くの小屋には、白い布が顔にかぶせられた幕軍の兵士たち。
 この、自分が調達したかもしれない武器によって、南方が死んだ…?
 龍馬は自分のしたことに、初めて戦慄を覚えるのです。

 南方は幕軍へとさまよいながら辿り着き、そこでけが人の治療をしながら長崎に戻ってきます。
 龍馬に暗殺の事実も告げられず、戦も止められなかった。
 歴史を変えることは、やはり不可能なのか?という無力感に再びさいなまれる南方のもとに、精得館で南方からペニシリンのことを学んでいた、田中久重(浅野和之サン)が現れます。

 この田中和重という人、番組提供の東芝の前身を作った人のひとりだそうで(番組HPによる)、この人に南方が電球を渡すことで東芝ができた、とか(笑)、なかなか洒落たことをやっとりましたね。 南方が田中に渡したのは、豆電球みたいな小ささだったから、LED電球なのかもしれません。 なにしろ電球を最初に作ったメーカーも、それを廃止してLEDに完全移行したのも、東芝が最初。

 それはともかくこの田中久重が、南方に対してとても重要なセリフを残して去っていくのです。

 彼はいろんなものを作ってみんながわっと喜ぶ姿を見て、ますますやる気を増していったことを語ります。
 南方も、やはり江戸時代に現代の医術を敢行することで皆から大明神とまであがめられた。 それも南方の、ひとつのモチベーションになっていたことは確かだと思うのです。

 それでも息子と孫が殺されてしまった自分の人生が、素晴らしいものだとは考えていない田中。
 その殺された経過はともかく、田中はそれを契機として、ある諦念が自分の中に芽生えるに至った。

 「時代の渦に、呑まれたのだと今では思っております。

 (指で渦を描きながら)今日の味方が、明日には敵になる。
 その逆もしかり。
 そのなかで、ぐるぐる回されていると、自分の立っている場所が分からなくなってしまう。

 どこを目指していたのかも、分からなくなる――」

 南方は龍馬を思い起こします。

 「私の友人も、その渦のなかにいます…私は、そこから彼を引っ張り出すことはできませんでした…」

 田中は南方に、こう語ります。

 「ともに渦に呑まれては、意味がない。

 友として先生がなすべきことは、そのかたの道しるべとなることではないでしょうか。

 暗い渦の中からでも、目的地を見失わぬよう、明るく輝く道しるべになるのです…」

 南方は、自分の出来ることは些細なことで、それも出来レースなのかもしれないけれど、小さな小さな光をともすことはできるんじゃないだろうか、そう考えます。

 同じころ、血まみれの銃弾を見ながら、龍馬は東(佐藤隆太サン)につぶやきます。

 「…ちっくと…道を間違うてしもうてのう…。

 …迷子に、なっちょったがじゃ…。

 …のう、センセイ…」

 それは東にも真意が伝わらぬ、ほんの些細なつぶやきだったかもしれません。
 それでもこのドラマのなかの龍馬は、「自分は間違ったことをしていた」 と反省をする機会を得たのです。

 あとから思い返し、「あれはまずかったなあ」「あれはいけないことをした」 と考えることは、人間にとってまことによくあることです。
 龍馬にだって、そんな瞬間はあったに違いない。
 それを 「こういう生い立ちからの背景があった」「こういう思想があった」「やむを得ない事情があった」 などと後世の人たちが勝手に言い訳を作るのは、実はとても罪深い作業なんじゃないでしょうか。
 今回のドラマを見ていてずっしりと見応えがあったのは、その部分において、であります。

 やはり、すごい。

 やはり、侮れません、このドラマは。

当ブログ 「JIN」 についてのほかの記事
第1部

第1回 荒唐無稽との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---1-e9ae.html
第2回 建前との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---2-f3b1.html
第3回 自分の病との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/jin---3-3290.html
第4回 女としての闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/---4-542b.html
第5回 梅毒との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---5-9dba.html
第6回 リアルとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---6-25d6.html
第7回 明日のための闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---7-87b0.html
第8回 自分の器との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/11/jin---8-e9a7.html
第9回 心意気どうしの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---9-8cf0.html
第10回 ああもう、どうなっちゃうの?との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---10-670a.html
第11回(最終回)続編あるかどうかとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---7290.html
番外 続編の可能性を、もう一度考えるhttp://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/jin---a138.html

完結編
第1回 いますべきこととの闘い!① http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/04/jin---1-577a.html
第1回 いますべきこととの闘い!② http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/04/jin---1-7d0d.html
第1回 いますべきこととの闘い!③ http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/04/jin---1-c8e9.html
第1回 いますべきこととの闘い!④ http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/04/jin---1-6f3f.html
第2回 自分の願いとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/04/jin---2-4ed0.html
第3回 人を思う気持ちとの闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/05/jin---3-ab26.html
第4回 自分の血との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/05/jin---4-5d43.html
第5回 無力感との闘い!http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/05/jin-5-f4e1.html

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コメント

>この田中和重という人、番組提供の東芝の前身を作った人のひとりだそうで(番組HPによる)
マジっすか!やるなぁ。しかも電球。
私もTOSHIBAで電球だとLEDをすぐに連想します。

次回からの龍馬の変化に期待。
野風さんも心配ですし、龍馬たちが現代にトリップしたナゾの解明も楽しみです。


ここに書くことではない余談ですが
先日三島由紀夫の映画『憂国』を初めて見てきました。
いろんな意味で残念。でもニヤニヤできました。
私にとっては原作の冒涜ですが(爆)自分で演出&主演したかったんだから仕方ないです。
crying

どう残念かというと、そうですね、
私に宝くじが当たったとして
「マリリンモンローの映画のリメイクをするよ。私が主演で」
というくらい残念です。

投稿: マイティ | 2011年5月25日 (水) 00時54分

マイティ様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマの番組HP、時代考証のオバチャンがコーナーを作っているのですが(「江戸豆知識」、だったっけな)かなり細部まで時代考証にこだわっているのが分かって面白いです。 今回も、龍馬たち亀山社中の連中がどうして銃を昆布で隠したのかとか、なるほどー、という感じでした。

三島は結構ナルシストでしたからねー。 小説には様式美が備わっていると思うのですが、パーソナリティとしては結構青臭くてウザいタイプ(爆)。 肉体改造した自分を映画に残しておきたかったのでしょうか? 破滅型マッチョマンはああいう人生の終わらせ方しかできなかったのかな~。

それにしても三島の自己満足映画までご覧になるとは、作家の生きざまを知りたいタイプの人なんですね、マイティサンって。
私は映画なら、「ブラック・スワン」 が見たいなーと考えている今日この頃です。

投稿: リウ | 2011年5月25日 (水) 06時25分

ご無沙汰してます。
いつも拝見してますよ〜。

>田中和重という人、番組提供の東芝の前身を作った人のひとりだそうで

そうだったんですね〜。番組のHPみてないのがバレバレですが。エレキテルといえば平賀源内関連?と思ってたので、びっくりでした〜。

>友として先生がなすべきことは、そのかたの道しるべとなることではないでしょうか。

その人が正しいと思っている道が果たして本当に正しいのかということは、後になってみないとわからない・・・

道標になるというのも大変なことですが、みんなが動く方向に一斉に動き出そうとする中(日本人の特性?)で、一歩ひいて客観的にみている人の存在は貴重ですよね。

今回のJINは、いつにもまして、いろんな大切なことが凝縮されていて濃密な回でした。

こんな調子だと毎回5分拡大になっていきそうですね〜。1回分放送増やしてほしいと思うのは私だけ?

リウ様。「ブラックスワン」みてきましたよ〜。
ナタリーポートマンがいいなあと思ってたので(映画「あなたのために」を観てから)、彼女をみたいと思っていきました。バレエを題材にしてメンタルな部分を描いている映画ですが、見終わった感想は「痛かった〜!」

アクションものではないのですけれど、非常にエキサイティングで、鳥肌が立つ映画でしたよ〜。一見の価値ありですね。

投稿: rabi | 2011年5月25日 (水) 10時13分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

さすがにエンタ関係、しっかり押さえていらっしゃいますね! 私はブログ書きに忙しすぎて、行けば6時間はプライベート時間が潰れる映画館にはなかなか行けません。 気がつけば仕事と睡眠以外の時間をほぼ全部ブログにつぎ込んでいることに戦慄してしまう今日この頃…(爆)。 しかも見てない番組はHDDにたまっていく一方だし…。

ナタリー・ポートマンは確か、「レオン」 に出ていた女の子でしたよね。 私は 「スター・ウォーズ」 で、いいな~このコ、と思っていましたが、なんか女優として成長しづづけているみたい…。

東芝サンのお話、さりげなくスポンサーヨイショしているところがなんともニクかったですね(笑)。 無理なくしかも重要なエピソードになってるし。

私は幕末から明治に移行する流れが、第二次大戦で日本が焼け野原になるいちばん源流になっている、と認識しています。

今回の 「JIN」 はそのことを意識していたかどうかは分かりませんが、南方が現代の視点から第1次長州討伐を見ることによって、そんなことまで考えさせる深い作りになっていたと思います。

「暴力は暴力しか生まない」「憎しみは連鎖する」 という考えはつい最近出てきた概念のような気がするのですが、それをストレートに南方から聞いた内野龍馬、暗殺されるのは絶対予定領域みたいですが、その短い人生が南方のその言葉によってより豊かに閉じられていくことになるのではないでしょうか?

投稿: リウ | 2011年5月25日 (水) 13時33分

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» [ドラマ]『JIN-仁-』にあって『江』にないもの [山あり谷ありダイアリ〜]
『江』については語る資格がない。お市の方が亡くなって、三姉妹が秀吉の許(もと)を訪れるあたりまでしか見てないからだ。それでも敢(あ)えて、わずかばかりの印象を基に語ると、このドラマはヒロイン・江の感性を現代人そのままに設定して、現代人が抱く疑問を歴史上の... [続きを読む]

受信: 2011年5月25日 (水) 15時06分

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