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2011年5月 3日 (火)

閑話休題(福島のこと、キャンディーズ、大橋照アメのこと)

 連休が始まったんですが、なに~もすることなくて。
 テレビ三昧でレビューでも書き続けようかな~。

 本当は福島に里帰りして墓参りでもしようと思ってたんですけどね。 春の彼岸のときに行けなかったから。
 それが先月一身上の都合によりお金を使い果たしまして。 帰省資金がなくなってしまいました。 結構カネがかかりますからね、帰省って。
 私の故郷はお墓が三春、祖母の家がかつてあった場所が田村市という具合にまたがっていて、かろうじて避難区域から外れておりますが、市民会館には避難民のかたがたがあふれ、原発被害の影響をもろに受けていると伝え聞きます。

 そんな故郷の親戚から、今年も春先の自然の恵みである大量のウドが 「送らさって」(たぶん方言ですコレ…笑)来ました。
 それでもその親戚の叔母さんは 「送っていいものか…」 と今年はあまり積極的ではない。
 放射能に汚染されてるかもしれないからって、遠慮しているんですよ。
 「そんな心配など無用なのに福島県民はなんて健気なんだ、政府はこんな人々の気持ちが分かっているのか」 とうちのオヤジはどっかの国の首相にご立腹の様子であります。

 確かに風評被害で壊滅的ダメージ、などと決まり文句のようにテレビでは連呼されていますけどね。 実際のところはそんな言葉だけでは収まらないほどの悲惨な影響がある。

 「被災地の経済を回復させよう」 と被災地産の野菜などを売ろうとするスーパーなんかもあるみたいですが、その裏では容赦ないダンピング、値切りが行なわれているとも聞き及びます。 「どうせ売れないものを引き取ってやるんだ」 と二束三文で買い取って、さも偽善者面して 「被災地復興」 だのとのたまう。
 ほかにも、避難している子供たちに 「放射能がうつる」 とか言っていじめが行なわれていたり、引っ越し業者が放射能を恐れて当該地域の引っ越しに二の足を踏んだり。

 それと言うのも政府がきちんとした放射能に対する健康被害の基準を定めずにただ何ミリシーベルトだの情報を垂れ流し続けているからですよ。
 健康な人が1年間膨大にその食べ物だけを食べ続けて…とか、荒唐無稽な喩(たと)えをするんじゃない、ってことです。 その食べ物だけ食べるわけがないし、いろんな要因が蓄積されていくわけですからね。
 頭の中だけで考えてるから、そんな頭の悪い喩えしか思いつかない。

 復興計画とかいう発想も確かに重要。 でも避難民の生活など今そこにある問題をスッ飛ばして頭の中だけで考えてるから、そんなことに血道を上げようとするわけであり。 目の前にある問題から完全に確実にこなしていかねばならないのに、国会ではあ~だこ~だ。 国会中継を見ていてホントに、「こいつら雁首そろえて国費の無駄遣いだ」 と感じること多々あり。
 で結局、電気料金値上げだ税金値上げだって、政府も東電も、あ~どうしてこう、頭が悪すぎるのか。 どうして自分たちから粛清しなければならないという危機感を持たないのか。
 自己保身、自己保身。

 送ら去ってきたウド、食べますよ、大量にね。 こんなの1年以上続くわけがないんですからね。
 おひたし炒め物。
 あ~なんてうまいんだ。 大人の味。 ふるさとの味。




 文化放送で先週土曜日にキャンディーズのスーちゃんの追悼特番があったらしくて、くぅ~っ聴き逃した。 断腸の思いです。

 「キャンディーズはTBSと共にあった」、とこないだブログ記事でも申し上げましたが、それはテレビでのことで、ラジオでは文化放送と共にあった、という印象が強いのです。
 それはとりもなおさず彼女たちのレギュラー番組、「GO!GO!キャンディーズ」 があったからで。
 毎週日曜の確か午後12時半からの30分番組だったと思います。
 明るい彼女たちの面目躍如の場、でしたね。
 そのアーカイヴが、文化放送には大量に残されていることだったんでしょう。 特番でもう一度、それに触れたかった。

 吉田照美アナを初めて知ったのも、確かこの番組だった気がします。 照美サン 「桂竜也の夕焼けワイド」 で夕焼けトピッカーをしていたらしいんですが、その番組も聴いてたけどあまり印象がない。 私にとって吉田照美サンは、「GO!キャン」 での宛先音頭がいちばん最初の記憶です。 「ゆ、うびんば、んごうホニャラララ」 とかいう感じだったと思うんですが、文化放送の住所を音頭ふうにして告知するという内容で(笑)。 今よりずっと甲高い声だったと記憶してます。 そりゃ若かったですからねー。

 「頑張って」 という言葉を 「ガバテ~」 と置き換えていたキャンディーズの内々での流行り言葉もこないだのTBS特番で実に久しぶりに見ましたが、「GO!キャン」 ではそんな彼女たちの内々話が満載で、そりゃ楽しかったです。 確か 「ガバテ~」 はだんだん変化していって、その発展形として 「ガビシェ~」 なる言葉もあったと思います(笑)。 「ガバテ~ガビシェ~」、とか(笑)。 いかにも若い女の子たちの発想ですよね。 「ミキ!ガバルのよ!」「うん、…私、…負けない!」 とかね(笑)。

 内々話といえば当時ラジオ短波の大橋照子アナと彼女たちはとても仲が良くて、「餃子の会」「焼き肉の会」 という内々の会を勝手に発足させ(笑)、盛り上がってましたねー。
 大橋照子アナはだから、キャンディーズ解散後も彼女たちとの精神的なつながりを持っていたい、という思いから、「大橋照子のラジオはアメリカン」(TBSラジオ)という番組を、日曜深夜だったにもかかわらず熱心に聴き続けたものです。
 「鳥取県の歌」 とかね(笑)。
 リスナーからカセットテープを募集して、それを番組でかけていくんですけどね。
 「与作」 の替え歌で、「鳥取県にはなにもない~」 という抱腹絶倒の歌なんですよ。
 話が大きくずれ始めた…って、今日はつれづれに書いているから別にいいんですが(笑)。
 ナムコが提供でしたその番組。 当時確かゲーセンでのテレビゲーム主体のメーカーのひとつにすぎなくて。 「ゼビウス」 とか 「パックマン」 とかのね。
 そのナムコに入社したい、という若者がおりまして、番組で熱心に宣言したら、ナムコの社長だったかな?に入社が認められて(笑)。
 かなりイージーでしたね、その時代(笑)。
 その後のテレビゲームの隆盛でナムコは一大産業へと発展していくわけですが、「大橋照アメ」 で入社した青年は、その後どうしたんだろうと、今でも考えたりします。 すごくラッキーだった気がするんですが。 会社入ってからも、人っていろいろありますからね。 ナムコで偉くなっていたとすれば、そりゃ武勇伝になってしまいますが。

 話を大きく戻しますが、それにしてもキャンディーズはホントに、元気だった、楽しかった。 そんな彼女たちが、大好きだった。

 さてとどうしますかね。 ちゃらんぽらんな性格なので、「たまっていたテレビドラマを見倒してレビューを書こう!」 などという決意は、いとも簡単に折れてしまうんですが、私の場合(笑)。

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