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2011年5月29日 (日)

「おひさま」 第7週 その時代だからこそ

 1週遅れで申し訳ないですが、先々週(第7週)のレビューになります。

 昭和16年4月。 陽子(井上真央チャン)は母校での教師生活をスタートさせます。
 懐かしい夏子先生(伊藤歩サン)との再会もつかの間、教員室では完全戦争教育モードになっている教師たちばかり。 陽子は完全に面食らいます。
 現代と比べれば隔世の感があるのは、まず女性教師の地位の低さ。 お茶出しはもちろん教員室の掃除、宿直の寝床の用意とか、まるで女中並みの隷属のされ方です。
 でもそれが当たり前、の世界。
 あの男はどうだとか上にいるものが気に入らないとか、お菓子を食べながら文句を言ってるどこぞの姉妹がいかにリアリティがないか、これだけで判明します。
 加えて当時は日中戦争から戦時モードに突入しているから特に男尊女卑の度がひどい。
 地方であることもそれに加味している部分がある。
 だからピエール瀧サンが誤って陽子に竹刀を打ちつけてしまったときも、おそらくピエールさんは陽子に謝らないだろうな、というのは感じていました。 かえって怒り出すんじゃないかと。
 でもいちおう最初だけは謝ってましたね。
 たぶんこういうケースはまれだと思います。

 その、ピエール先生が(フランス人みたいだな)海軍体操をうまく出来ないミチオクンを竹刀で叩こうとしたのも時代を感じさせます…って、私が小学生だった昭和50年(1975年)ごろも体罰なんて当たり前でしたけどね。 実際やる先生はまれでしたけど。
 私の感覚から言うと、おそらく私が中学校くらいの時点で校内暴力が問題化するまで、教師の体罰って子供にも親にも結構常識的に受け止められてきた気がします。 生徒たちが暴れ出してから、急激に教師たちの威厳も崩壊していった。
 だから 「おひさま」 の時代背景である昭和16年ごろなどは、女性に対しても子供に対しても、男たちの差別意識というものはもう、何にもまして当たり前だった、そんな気がするんですよ。

 ましてや戦国時代においてをや。

 しかも、教師ともなると、女性でも尊敬される対象。
 家庭訪問をした先から、「うちの子供をどうぞよろしくお願いいたします」 と三つ指ついて頼み込まれる。 モンスターペアレント? いるワケないっしょ!(笑)

 家庭では父親がいちばん偉い、教師も偉い、おまわりさんはこのドラマには出てこないけどおまわりさんも偉い。
 つい3、40年くらい前までは普通にあった 「差別意識」 なのです。

 そして兵隊さんはもっと偉い、そしていちばん偉いのは天皇陛下。
 このドラマでも奉安殿、というのが出てきて大人も子供も全員が敬礼を余儀なくされていましたけど、この小さなお社みたいなところに入っているのは、天皇陛下と皇后陛下の御影。 御影って、写真のことです。 みなさん、昭和天皇ご夫妻の写真に、敬礼することが義務付けられていたんですよ。

 そしてこのドラマではその描写すらありませんが、教育勅語というものを生徒たちは全員強制的に覚えさせられた。 「朕思フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ル処…」 という文句は、昭和10年ごろ以前に生まれた人なら誰でもいまだに暗誦できるのではないでしょうか。 うちの亡くなったばあちゃんも覚えてました。
 要するにこういう漢文調の難しい呪文のような言葉を子供たちに覚えさせることで、道徳を叩き込ませ、そしてそれをつかさどる天皇尊崇への下地を作っていったわけです。 今風に言えばマインドコントロール。 道徳も入ってたから一方的に悪いってわけでもないんでしょうけどね。

 だから陽子のクラスの優等生、圭介クンが軍人だった父親の死に際して涙を流すことを 「ぼくは少国民失格です」 と言ってよしとしないのも、その教育のなせる技、と言っていいでしょう。
 教師の側も自分たちは 「歩兵」 を作ることが 「お国のためだ」 と確信してやまない。

 「二十四の瞳」 の高峰秀子センセイはやはり陽子センセイと同時代の教師でしたが、戦争賛美の当時の風潮に疑問を呈して問題視されます。 それはこの映画封切り時(昭和29年((1954年))、戦後の思想的揺り返しによる価値観逆転の風潮にあったからこそ世の中に受け入れられたのだと思うのですが、「おひさま」 が語られる平成の時代から考えると、このドラマは 「二十四の瞳」 よりもかなりリアリティを持っている気がします。
 陽子先生は竹刀で打たれるミチオクンをかばったりとか、「ものを大事にする」 という当時の国策を戦時教育という側面からではなくそのことでものの作り手に感謝する、という側面から子供たちに教えようとしたり、確かに画一的な戦時教育から逸脱している部分もあるのですが、やはり真珠湾攻撃のときはそのことを手放しで喜んでいるし、戦争教育に加担している、という一面があることは否定ができません。
 ただそのほうが、高峰秀子センセイのように声高に戦争に対して疑問を投げかけるよりも、とても自然な気はするのです。
 涙をこらえても出てきてしまう圭介クンに対し、陽子先生は抱きしめることしかできません。
 けれどもその子の悲しみを受け止めるには、それしか方法がない。
 そしてその時代に教師をしていることの恐ろしさを陽子は実感していくことになる。

 陽子は馴染みのアメ屋の前を通りかかると、「しばらくの間休業いたします」 という張り紙が貼られているのを見つけます。 斉木しげるサンと渡辺えりサン夫婦もいません。
 もぬけの殻のアメ屋。
 真知子(マイコサン)も育子(満島ひかりチャン)もいないその風景は、荒涼とした時代を一瞬で描き尽くしているような気がして、とても寂しく、とても印象的でした。
 そこに現れたのが樋口可奈子サン。 何かを企んでいるようです。

 それにしてもこの時代の、子供たちの屈託のなさ。

 これを現代の子供たちが演じていることに、ちょっと卒倒しそうな衝撃があります。

 すごいよ、これが演技だとしたら。

 牛が生まれたからと言って泣きじゃくるヒロシクン、貧乏だからと家庭訪問のときに蜂の仔が出せないと言って泣いていたハナチャン、そして腕白坊主でバケツをダメにしてしまい、泣きじゃくりながらそれを夜まで直そうとしていたカンタクン。

 みんな純粋すぎて、あまりにも健気で、ワケも分からずヤんなっちゃいます(笑)。
 いや、今どきの子供だってそういう純粋さでは負けてませんけども、なんか周りに毒されるモノが多過ぎる、と言いますか…。

 そんな子供たちが、自分の夢、という課題で陽子先生が 「みんなとおじいちゃんおばあちゃんになっても仲良くしていられたらいいなあ」 と言うのに 「先生、それは無理だと思います、ぼくたちはお国に命を捧げる覚悟だから、そんなに生きてはいないと思います」、と言うんですよ(さっきの圭介クン)。

 「私は、そのときのキラキラした目が忘れられない。

 とってもきれいな目だったわ」

 おばあちゃんになった陽子(若尾文子サン)は、そう回想しながら、自分がしてきた戦争教育に、大きな後悔をしていることを隠しません。

 「私はダメな先生だったわ。

 だって、なにも分かってないのよ、社会のことも、世界のこともなんにも知らずに、ただ、目の前を見ているだけ。

 …ダメな先生だったわね。

 私はねえ、生徒に、きれいな目をした生徒に、生きるためじゃなくて、国のために死ぬための教育をしていたんですもの。

 …」

 冒頭に書いたとおり毎度々々1週遅れになってしまいますが、いつかは追いつかなきゃな、と思っています、「おひさま」 のレビュー。
 特に先週分(第8週)はなんか、ナミダナミダでヤバソーな雰囲気…(笑)。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

我が国の序列体制の美しさは、教育勅語の中で語られている。

我が臣民は忠と孝の道をもって万民が心を一つにし、世々にわたってその美をなしていきましたが、これこそわが国体の誉れであり、教育の根源もまたその中にあります。
(我カ臣民克ク忠ニ克孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス: ワがシンミン ヨくチュウに ヨくコウに オクチョウココロをイツにして ヨヨソのビをナせるは コれワがコクタイのセイカにして キョウイクのエンゲン マタジツにココにソンす )


忠:  主君に専心つくそうとするまごころ。
孝:  よく父母に仕える。父母を大切にする。
国体:  主権のありかたにより区別される国家の形態


http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

投稿: noga | 2011年5月30日 (月) 23時27分

noga様
コメント下さり、ありがとうございます。

教育勅語に代わる我が国の道徳的な支柱が、戦後から70年近く失われているのは、嘆かわしいことであります。 戦後教育が道徳を蔑ろにしてきた結果が、インモラルな現代を形成していることは疑う余地がない。

ただし、道徳教育を天皇に頼らなければならない、というのも、それはそれで情けないことである、と私は考えます。 親と子や、主従関係に重点を置こうとすると、目上の者を尊ぶ 「孝」 の精神が養われるが、それは 「盲従」 という悪しき方向へ向かう危険性が常に生じてくる。

noga様の書かれたような善き部分のみを取り入れ実践していくことこそが、もっとも肝要なことなのではないでしょうか。

投稿: リウ | 2011年5月31日 (火) 05時37分

リウ様

この時代のフツーを普通に描こうとする姿勢が
崩れていなくて安心しました。
こういう部分を「善し悪し」でなく何かの形で残していくことが大きな試みですね。

その為に斉藤由貴さんがいるのかもしれません。

今の受け手におもねろうとすると当然体罰なし、差別なし、男女平等などまったく違う世界になってしまうのでね。

斉藤由貴さんの世代は親が戦中派で
戦前〜戦中を幾分親を通じて知り得ており
また、今の時代のただ中にもいて
「昔とはちがうのよね、どっちも理解できるわ」の最後の世代ですよね。(昭和の最後の世代?)

いまの世相におもねることなく
人が生きるという世界を描いていって欲しいですね。
悔いも喜びもみんな過去にかかえているんだよね。

投稿: みり | 2011年5月31日 (火) 22時17分

みり様
コメント連投下さり、ありがとうございます。

私たちはみんな、過去の歴史の上に生きているから、男女差別も体罰も戦争教育もダメだという歴史の教訓を当然のように享受してますけど、そんな歴史がまだない過去の時代の人にとって、男女平等体罰なし平和がイチバンなんて、実現不可能としか思えないんじゃないかな~。

ただやっぱり、そういう社会のほうがいいよなーというように、その過去の時代の人たちにとっても、未来に向けた願いであることは確かな気がしてなりません。

よりよい未来に向かう、闘いなんですよね、「現在」っていうのはいつの時代でも。

いま46歳の私と斉藤サンはほぼ同年代ですが、まだ 「戦争を知らない子供たち」 とか 「ビルマの竪琴」 とか戦争を直に感じる機会に恵まれていた世代のように思います。
ただ私ら以降になるとそれこそ、「戦争を知らない子供たちのそのまた子供たち」 であって、「そのまた子供のそのまた子供」 世代に突入している(笑)。

私は戦争を取り扱った近年のドラマとか映画とか作品を見ていて、私が少年時代に触れてきた同系統の作品と比べると、とてもリアリティが希薄になっている気がしてならないんですよ。 おそらくそれは、「追い詰められた人間がどうなるのか」「死体をゴミとしか思えない精神状態とはどういうものなのか」 を体感している作り手がいないからだと思う。 ただお国のために死ぬことの悲壮感ばかりが強調され、お涙頂戴になり下がっている。

あ~なんか、話が冗漫になってきたので打ち切らせていただきます。 長くて重い返信になってしまい、誠に申し訳ないですbearing

投稿: リウ | 2011年6月 1日 (水) 06時47分

すんません、軽いコメントをひとつ。

ピエールとダンカンが
チンタラ遊んでばかりなのが許せませんっ!

次の週からはお待ちかねの高良クンが出てますんで嬉しいです。
素朴な蕎麦屋の息子にはおよそ似つかわしくないルッスクですが、なかなかの好演。


お恥ずかしい話ですが、オトナになるまで戦争の話などはあまり聞きたくなかったです。
ここ5〜6年くらい、急に博物館・祈念館めぐりや靖国参りをするようになってしまいました。
映画は観てませんが、竹野内クン主演の戦争映画の絡みで、
ニュース番組にて竹野内クンがおじいさん(帰還兵)の手をにぎり、泣きながら
「日本のために戦ってくれてありがとうございますっ」と。
熱い。もらい泣き。

投稿: マイティ | 2011年6月 1日 (水) 19時31分

マイティ様
連投に次ぐ連投下さり、ありがとうございます。

ピエール先生とダンカン先生はたぶん、将棋をしながら戦争協力しているつもりなのでしょう(爆)。 自分たちも戦争だ!みたいな。 そう考えると、ただ将棋で遊んでいたいだけの気分を戦争に結び付けて正当化しようとしている部分も見えてきます(おっといきなり話が真面目に…)。

蕎麦屋の息子はイケメンであってはならないですね(偏見だー)。 ただ陽子チャンの男性を見る目というのは初恋のキミでもちょっと個人的にはハテナマークだったので(笑)高良クンというのはいいのかも。

私が少年のころから触れてきた太平洋戦争にかんするさまざまなメディアの作品は、やはり戦後の思想的揺り返しによる否定的な考えに染まったものが多かった気がします。
おそらくそれも、「戦争はもうこりごりだ」 という気分がその作品を作り上げているから、私にとってはかなりのリアリティをもたらしてくれる作品でした。
ただ 「日本のために戦ってくれてありがとう」 という考え方にも一理あるのは事実。 でもまあ、なんかそれが安易に戦争を必要悪とみなす論調に流れていってしまう危険性ってものは、常に感じているのです。

投稿: リウ | 2011年6月 2日 (木) 06時49分

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