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2011年6月12日 (日)

「犬を飼うということ~スカイと我が家の180日~」 最終回まで見て

 「てっぱん」(脚本協力) の寺田敏雄サン脚本のこのドラマ、最終回まで一応すべて見ました。
 たとえば主人公の犬スカイツリー略してスカイ(ポメラニアン)の元の飼い主の話とか、動物病院の杉本哲太サンの介入の仕方とか、悪役連中のあまりのベタさとか、細部にわたってすごく話がいい加減で、フツーだったらこういう設定の甘いドラマというのは途中でリタイアするのが常なんですが(でも 「江」 も見てるしな…笑)、なんか最後まで見ちゃった。

 それはひとえにスカイがカワイかった、ということが最大の要因ですが、今どきそれだけじゃ引っ張れない。
 私が見ていて興味を惹かれたのは、スカイを拾った錦戸亮クンファミリーのなかに漂う、得も言われぬ 「危なっかしさ」、「不安定感」 だった気がします。

 この4人家族はチョーがつくほどの貧乏家族で、絶えず雇用の不安にさらされている。 妻の水川あさみサンと共働きでもまったく追いつかないというのに、そのうえスカイのような高級犬を抱え、さらにその犬が病気だったために、お先はかなり真っ暗。
 物語中盤まで錦戸クンは会社のリストラ係で、相当暗い。 水川あさみサンは物語中盤でまたまた子を授かってしまい、不自然なまでにお腹が膨れていく(結局双子だったのですが…笑)。

 そして長男はいじめグループのパシリをやらされていて、ビンボー人には買えないカードをせしめている。
 そのなかでひとり、長女の女の子だけが同級生のいじめにも負けずに頑張っているのです。
 この女の子、巷の噂によると最初芦田愛菜チャンにオファーが来ていたが、彼女が 「マルモのおきて」 のほうに行ってしまって蹴られたため、この女の子に決まったとか。
 深夜枠でもあり物語のところどころに破綻があることからも、愛菜チャンのブレーンがこっちの話を蹴ったんだと想像されるのですが、なんとなくそんなところからも、どことなくドラマ自体が 「かわいそう」 なポジションに置かれてしまっている感じがしてしまう。

 錦戸クンの演技も私は初めて見たのですが、正直なところうまいのか下手なのかは判然としません。 ただ言えるのは、この境地を意識して作り出しているのであれば、役者としてのカンはものすごいものがある、ということです。 とても、「素」 のままだということを感じさせるんですよ。 役を作ってない感じ。

 物語のもつもともとの性質と、周辺のさまざまなこれらの事情が積み重なって、この4人家族のなかに独特の 「危なっかしさ」「不安定感」 が存在している気がする。

 そして話は、錦戸クンがリストラ勧告した泉谷しげるサンを伴って、お手盛りの方向に展開していく。 泉谷サンと杉本サンは過剰にこの家族に絡み始め、結局そのことで 「貧乏なのに犬の治療代にカネがかけられる」 という方向が切り開かれる。
 これがお手盛りのように思えてしまうのですが、「一生懸命に生きていれば浮かぶ瀬もある」 という作り手の主張も、実はそこには見えるのです。

 錦戸クンは泉谷サンをクビに追いやったけれども、誠心誠意、彼や組合の人たちと向き合ってきた。 会社を辞めてからも、ガテン系の仕事を汗水たらして頑張ってきた。 水川サンも経済苦という事実を乗り越えようと、必死になって生きている。 そんななかで、いつの間にか道は開け、もともとふたりは駆け落ちしたために親の影すらドラマには出てこなかったのに、いつの間にか泉谷サンがジイジの役割を果たしている。

 錦戸クンはガテン系の仕事をするようになった物語中盤から、いきなり逞しくなっていきます。 それまでウジウジしていたのがまるで嘘のように頼れる一家の大黒柱になっていく。 そんななかで長男はいじめの片棒を担いでいたことを恥じて改心する。
 長男は自分が生まれたことでうちは貧乏なのだ、という負い目を背負いながら生きてきたのですが、それを錦戸パパは 「ママが好きだから一緒になっただけだ」 と言い切ります。 おそらくリストラ係をやり続けていたら、錦戸パパにそんな力強さはないままだったでしょう。 長男の男の子は錦戸パパにビンタを食らって、パパに抱きついて泣きじゃくってしまうのです。

 さらに、古くからの友人だった田口淳之介クンからお金を都合され、そのお金を貯めたお金だと偽り 「ミュージシャンになる夢を叶えて欲しい」、と錦戸クンに渡した水川サンに、錦戸クンは 「どんなに大変な時でも、ママはお金がないから、と言ってきたのに、こんなことのためにお金を出せるんだね」 と自分のくすぶっている夢を 「こんなこと」 呼ばわりして水川ママの嘘を見抜きます。
 水川サンは田口クンからお金を借りるとか屈辱的なことをあえてしながらだったので、錦戸クンの話のあいだじゅう涙がぽろぽろ止まらない。
 そんな水川サンを、錦戸クンは 「ばあか」 と、まるでおちょくるかのように軽い口ぶりでバカにするのです。
 この 「ばあか」 には錦戸クンの演技力のカンを見たような気がしましたね。 ぶっきらぼう過ぎれば罵倒しているようになり、弱々しく言ってしまえば頼りがいがなくなってしまう。 愛情がこもった 「ばあか」 だから、水川サンもそれをきちんと受け止めることができる。

 そんな頼りがいの生まれてきた錦戸ファミリーに、泉谷サンも杉本サンも吸い寄せられるように集ってくるのですが、「牛丼風」 すき焼きパーティが行なわれた夜、あまりにも楽しい食事のあとのだんらんに、水川あさみサンは笑いながらも、泣いてしまうのです。

 駆け落ちしたために親など来たこともないこのうちに、まるでジイジと伯父さんでも来たようなにぎやかさ。 貧乏だからすき焼きなんか何年ぶりみたいな感じでもあったのでしょう。
 あまりにも幸せすぎて、水川サンは泣いてしまうのです。
 話のアラが見えまくりのドラマでも、私はここで、泣いてしまいました。
 泣けるか泣けないかは、ドラマの質など関係ない。
 ところどころおかしくても、話の中心にある主張がしっかりしていれば、泣けるものなんだ、そう思いましたね。

 そんな家族を見守ってきたスカイ。

 死んでしまうその日に、家族みんなを玄関で見送ったあと、錦戸家のなかを隅から隅まで歩きまわります。
 その場所場所で起きてきた出来事を思い出すスカイ。
 そして最後に、自分の名前の由来となった東京スカイツリーを、ずっと見上げ続けるのです。
 もう、涙が止まりませんでした。
 思えばこのドラマ全体が、東京スカイツリーに見守られながら進行していた気がします。
 どんな場所にも、建設中のスカイツリーが見えているような感覚。
 もしかすると、平成の世に展開される貧困をテーマに、「三丁目の夕日」 スカイツリー版を作ろう、という意図があったのかもしれません。

 最終回、すき焼きパーティで起きたちょっとした出来事で、またスカイのことを思い出してしんみりしてしまう家族たち。
 そのとき錦戸パパは、「気を紛らわせるとかじゃなくてどんどんスカイのことを思い出して話していこう」 と家族に提案するのです。
 「拾われたのはスカイじゃなくって、自分たちのほうがスカイに拾われたんだ」 と話す錦戸クン。
 このドラマは単なる犬が主役の話じゃなくって、家族の再生の話でした。
 何度もしつこいですが、話的には変なところがいっぱいあった。
 けれども無造作にちりばめられた不幸話のいちいちが、最後にはきちんとハッピーエンドになっていました。
 そしてその物語の向こうに、愛らしい顔のスカイが見える。

 話の辻褄が合わないとか説得力がないとかリアリティがないとか、結構このブログでも問題にしているドラマの見方なのですが、ドラマってそれがすべてなの?って問われているような、そんな作品だった気がするのです。

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コメント

good
はじめまして、です。
私もほぼ同様なことを感じていました。
この家族の不安定さ、とは仰る通りです。
ドラマは所詮絵空事、話の端々で破綻していたとはいえそれが全体のテーマ、家族の再生へぶれずに繋がることで大きな感動を呼び起こす。都合の良い辻褄合わせが多いとは思いつつも、それを越えた再生への道筋が感じられる。何処まで計算されていたのは窺い知ることは出来ませんが、ドラマ、絵空事の力を改めて感じました。
本郷家の配役はかなり良く考えられていると感じました。水川さんを良いと思ったのは初めてでしたし、錦戸君もはまり役。子役も精鋭かと思いましたのでマコ役にそんな話があったとは意外です。

donald様
こちらこそはじめまして! コメント下さり、ありがとうございます。 ちょっと返信遅れてしまいました。 申し訳ありません。

危なっかしさ、というものも確かにあったんですが、物語第1回目で長男が 「うちの家族はホーカイする」 と予言したのに、ドラマを見ている限り錦戸クンにも水川サンにも、「じゃ別れようか」 というそぶりが全く見受けられなかった、というのも、このドラマを見続けるカギになっていたような気もします。

もしどちらかが 「オレたち(私たち)もうダメだね」「やってらんない」 などと口走っていたら、見ているこっちも嫌になってしまったんじゃないかな、って。

それは、その言葉を言ってしまえばすべてが終わる、と夫婦の両方が考えていたからのような気がします。

だから錦戸クンも水川サンも、危うさを感じながら 「うまいなあ」 と思ったのかもしれません。 水川サンって大阪生まれでブッチャケ系で、この役はハマり役だと思いました。 マコ役の話は、ネットのどこかのニュースで読んだ覚えがある、という程度なので、ちょっと確信が持てない話なのですが。

ワタシはこのドラマ、大変気に入ってまして
終盤3回は号泣の嵐でありました。
泉谷さんの奥さんがスカイと散歩したシーンも染みましたが
その後他界してしまい、写真を持って現れた泉谷さんの語りに、鼻の粘膜がおかしくなるほど泣きましたw

水川さんがイケメン医師に缶ジュース(コーヒーかな?)代を借り、
返却するときにティッシュで包んでいたところなど
100円玉を軽く扱わない姿が妙にリアルで。

すき焼きのあと、幸せで泣いてしまったシーン、ワタクシももらい泣きしました。

泉谷さんと杉本さんは、お互い寂しいヤモメ状態なんで、あの家庭は居心地いいんですなw

スカイは何も語りませんが、なんだか悟っているようなところもあり
あの家族、スカイと出会えて良かったですね。

マコの級友の静香ちゃんが常に上から物を言うところも面白かったですw

マイティ様
コメント、ありがとうございます。

確か治療代が足んなくてジュンノに(ジュンノって…笑)出してもらってそれを返した矢先から、ジュンノにコーヒーおごってもらったとか、そーゆー展開でしたよね。 110円返して120円おごってもらうって、ほぼ無意味…(笑)。

ビンボー人は恵んでもらう、ということにスッゴク敏感(笑)。 私もビンボー人なので水川サンの気持ちには没入いたしました。 しかも学生時代好かれていた相手でしょ。 分かるなあ、だいたい会いたくないですよ、自分だったらそもそも。 特に相手が自分より金持ちだったら余計です。

芦田愛菜チャンがマコ役だったらどうだったろうなー、というのは見ていてときどき想像していたんですが、しずかチャン役の女の子と一緒に演技させたら、ちょっと釣り合わなかったかな~。 しずかチャンはそれなりに、いい味出してたんですが。

蛇足ですが、水川サンが勤めていたスーパー、横浜の東神奈川だったっけな、コットンハーバーのスーパーで、以前仕事でよく利用いたしました。 テレビドラマ御用達のお店みたいですが。

あら、東神奈川ですか
スカイツリーとはえらい距離が…w

ロケ場所がどこだかわかると、
代官山にいたのに角を曲がると外苑かよ!とか、気になったりしますが
この間の竹内結子さんが出てた回の『フラッシュ・フォワード』の日本の描写はメチャクチャで
面白かったけどちょっとヒキましたw
人気料理店のセットで、ラーメンと書いてあるのれんが店内厨房の入り口にかかっていたり(しかもその料理店、なぜか筑波にあるw)
竹内さんの自宅の日本家屋が山小屋みたいだったり(そりゃ木造だけどさ…)。

かろうじて、セリフのある日本人役の役者さんは、みんなマトモな日本語を話してました。coldsweats01

マイティ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

引くほどのハチャメチャなワンダーランドぶり、ちょっと見てみたかったです(笑)。 竹内サンも、まわりがみんなガイジンで 「ここは違う!」 なんて言えなかったのか、それとも逆に楽しんでたのか? まあ、それはドラマの内容によりますね。

「ロスト・イン・カンバセーション」 だったかな、「トランスレーション」 だったかな、コッポラの娘さんが監督した映画、あそこで描かれている日本はわりかしまともでしたけどね。 RとLの発音分けができない日本人、とか。

ただ外人にとって日本人って、みんな能面かぶってるみたいに見えちゃうのかな~。 無機質な中国系、みたいな描写が多いですよね。

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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