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2011年6月25日 (土)

「江~姫たちの戦国~」 第23回 作り手と見る側との距離

 前回はなかなかよく出来てると感心した 「江」 でしたが、今回はまた、もとの黙阿弥。
 特に前半はかなり退屈で、半分寝てました、土曜の昼下がり(なんかだいぶ気温が下がってきたので寝やすくて…笑)。

 そのせいで見落としがあるかもございませんが、今回はヤケに秀吉と利休との関係が悪化。
 寝てない部分だけでとてもいーかげんにひも解いてしまいますが、どうもこのふたりの関係を悪化させるあおり役が、石田三成らしい。

 これまでこのドラマにおいて幇間(タイコモチ)の役割しか演じてこなかった三成が、いきなり利休に対して強硬派になっているのには、それなりの理由があるはずなのですが、寝てない部分だけで見る限り(スンゲーいい加減だなホントに…)家康とか有力大名と通じている、という他愛のないセリフひとつで説明されていた、気がします(断言はいたしません…笑)。

 利休が権力を手に入れたがっている、という疑惑の裏には、やはりそれなりの理由が少なくともドラマのなかでは説明されねばなりません。

 ただの茶立てですよ、この男。

 それも天下一の。

 そんな男が、どう政治と関わっていくってんです?

 つまり三成の利休への不審には、これまでと同じ幇間としての軽々しい嫉妬が混じっている、という程度の作り手の解釈でしかないのです。
 軽々しい、それゆえにこの理由づけは、ドラマにとって重大な落ち度であります(しかし全部見てない癖によくここまで断言できるね橋本は…)。

 それでも作り手の興味は三成の 「軽々しい」 不審なんかより、「どうして利休が秀吉に対してあからさまに不興を買うようなマネをし出したのか」、ということにあるようであります。

 ここで小道具となるのが、秀吉が嫌いな 「黒くてすべすべとした茶碗」。

 ドラマをちゃんと見ている人ならすぐ分かりますが(寝ながら見ている男が何を言っとるか)秀吉の権力が盤石になってから、利休の好みはそれまでのごつごつした武骨な茶碗から、静謐な黒のすべすべとした茶碗に変わっています。
 その茶碗を、秀吉はとても嫌うのです。
 その理由を秀吉は語りません。
 ドラマの作り手がそこんところに興味がおありにならないようなのでこちらで推測いたしますが、たぶん黒、というのが不吉、に秀吉には見えるんでしょう。
 そしておそらく、ごつごつとした茶碗というのは、秀吉が心酔していた信長の好みによるもの(だったっけな?)。
 すべすべとした茶碗は、その秀吉の思いを粉砕するものである。
 だからこそ秀吉はこの茶碗を忌み嫌うのだと推測いたします(私が寝ているあいだに秀吉は、このことを説明したかもしれません、もしそうでしたらご容赦願います)。

 その茶碗を、この回利休はあからさまに秀吉に出し続ける。

 まるでわざと怒らせているようです。

 天下一の 「おもてなし」 の名人が、どうしてここまでの嫌がらせをするのか?
 それは次回に明らかにされるみたいですが、この手の片手落ちドラマでは、謎を次回以降に引っ張るっていうのが、とても逆効果なんですよ。
 せめて1回完結で腑に落ちない点は解決してもらいたい。
 でなければ、秀忠も江とのよもやま話に巻き込まれて痴話ゲンカを始めてしまうこのドラマのていたらくのなかで、見る側がすっきりしてドラマを見続けることができなくなる。

 ただ救いなのは、秀吉がここ数回ですっかり人が変わってしまったことだけは、明瞭に分かる、という点です。
 ほとんどオチャラケる事がなくなった。
 でもそれで、「すて」 が生まれてからの秀吉の狂気を、見る側に納得させるほど描写しているわけでもない、というのが、中途半端なのです。

 中途半端といえば、すべてがあまりにも中途半端。

 秀忠だって、どうしていちいち同席した茶の席で秀勝と江との仲を子供みたいに憶測させるのか、といえば、秀忠はこの時点でまだ子供もいいところ、だからなのですが、このドラマはもう、江が子役でなくなった時点から、年齢設定など度を超えてハチャメチャですからね。 秀忠も同じなんですよ、外見は大人、中身は子供、というのは。

 今回北条を滅ぼしたのが一夜城を築いたから、というスンゲー雑な(爆)バトルシュミレーションも、そもそもドラマ第1回目からその中途半端ぶりは透徹してますし(清水紘治サン、生殺しだ…笑)。

 つまり、このドラマは見る側の 「見たい」 と思う興味を、ことごとくはぐらかし続けている、と思うんですよ。

 大河ドラマを見よう、と思う人たちの最初の興味は、まず史実をどこまで人間ドラマとして構築してくれるのか、という点だと思われます。
 このドラマはまず冒頭からその思いを粉砕している。

 で、史実がダメならドラマとして見ようとするわけですよ、見る側といたしましては。

 それがまた、このドラマはなってない(笑)。

 前回ちょっと持ち直したけれどもやはりその流れというものは、容易に変えられるものじゃないんだなー、というのは今回見ていて強く感じました。
 確かに重厚感というものは、前回から継続しています。
 けれどもそれは、石坂浩二サンや北大路欣也サン、そして遅れてやってきた岸谷五朗サンの演技がそれを下支えしているにすぎない。
 江は相変わらずのガキっぷりで、以前このブログのコメント欄にも書きましたが、脚本の田渕久美子サンは上野樹里チャンを嫌いなんじゃないかと思えて仕方ない。 主人公に対する愛情が、ひとかけらも感じられないのは、今回も継続中です。

 昨日NHKラジオで 「江」 の資料提供をしているかたがご出演されていましたが、「『このドラマはフィクションです』、と本当は流せればいい」 と話をし、聞き手のNHKアナウンサーが、これはドラマであって史実ではないんだ、みたいなことを強調されていた。

 けれどもおふたりのご意見のレベルなど、見る側はもうとうに、捨てているのです。

 「江」 に史実なんか、爪の先ほども期待していない。

 作り手の意識が史実云々にまだこだわっていること自体が、見る側との大きな距離、隔たりをあらためて感じさせることとなっているのです。

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コメント

 リウ様昼下がりの苦行、お疲れ様でした。めでたく北条攻めが終わって良かったです。後は利休と秀吉の関係が悪化の前触れですか。      
 石坂さんの「江」での利休演じる苦労話みたいなインタビューを読みました。利休は信長とはお互いが敬っている状態だったそうですが、秀吉の事は、信長をマネしているだけ、秀吉に「あんたが面白くなくなってきた」と言ったのは(私は覚えていないのですが、これからかも)秀吉の審美眼がいつまでたっても育ってこなかったことを言っているのだそうです。茶々もそうだが、秀吉が織田家の「もの」で自分の周りを飾り立てるのも嫌気がさしているとか。出世した秀吉の態度も疎ましく思っているそうです。苦労話としてはお茶室にきた共演者さん達の台詞のタイミングに合わせてお茶を出すのが、大変だったそうです。
   
三成の利休への不審は唐突な気が私もしましたが、彼には力の無さや認められない事への焦りのようなものがあるのかなと思いました。軍事の才では家康も認める黒田官兵衛に勝てないし、秀吉や他大名から認められない。利休は茶で認められて信頼され、秀吉から重用されている。内政はできても、認められてない三成(秀吉の世話係くらいしか)の焦りがあるのかなと思いました。   
 江ちゃんに続いて秀忠くんも年齢ではつらいですよね。向井くんは背が高いので、立派な若君だけど、12,3歳?10歳という人もいるのですが。うちの14歳の息子が180cmあるので背が高いのはなんとか脳内で補正して見てますが、見にくいです。是非年齢設定を史実と違ってドラマ設定でいいので、字幕で出して、わかりやすい大河にしてほしいです。中学生と高校生とでは、同じ言葉でも心情は違ったりします。大人だと尚更です。この大河のこんなこと望むのは無理ってわかってはいますが。石坂さんも次回で見納め。信長を慕う江ちゃんとお別れに「織田様」の話をするそうです。この時江ちゃんいくつなんでしょう?
             

投稿: ささ | 2011年6月25日 (土) 21時28分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

北条攻めのあまりのあっけなさには、「あ、そうなの」 とちょっと苦笑してしまいました(でも、ま、そーだろーなー、戦国時代なのに戦を描けないのは相変わらず、という感じ)。

本文にも書きましたが、前回あれほどまでに一筋縄ではいかなそうな感じで物語の面白さに拍車をかけていた清水紘治サンらが、まったくなにもすることなく降参してしまうところは、もう完全なる肩透かし。 しょーがないとか思いながらこの落胆は大きいのです。

ただよかったのは、相変わらず 「戦は嫌じゃ」 とのたまい続ける江が、北条撃破に沸き立つ城の?聚楽第の?人々のなかを、「世の中ってこんなものなのね」 と思い知らされながらスローモーションで歩くところ。 自分の考えが戦国時代に合ってない、という江のカルチャーショックぶりが、ようやくここで描写された気がいたしました。

石坂サンのお話は、今回ではなかったですよね?(確認…笑)。 おそらく次回に展開されるんですよね?
苦労話、って言い出したら、全部苦労なんじゃないかと(爆)お察し申し上げたくなってくるのですが。
何せ石坂サンといえば、私のような付け焼刃の知識で批判する身とは違い、かなりの博識でいらっしゃいますからね。 私たち以上にこのドラマのていたらくに直面していると言っていい気がするのです。

三成のようにいきなり性格転換するのは、こうしたドラマの大きな特徴とも言えますよね(笑)。 ささ様のようにちゃんと三成が変わった理由を考えてくれる賢明なかたがたばかりなら、作り手のほうも楽で仕方ないんですが(笑)。 「あとは勝手に考えてよ」 みたいな作りが、なんか腹にすえかねる気がするんですよ。

14歳で180センチ! ホントに最近の若い人は、背丈が大きいですよね。
ただこのドラマ、実年齢を字幕で出したら、混乱はますます大きくなる気がいたしますですよ(爆)!

投稿: リウ | 2011年6月26日 (日) 01時15分

 江ちゃんと政局のニュースは能天気に見るのが一番です。余計なストレスをかかえると、暑い夏が耐えられません。

 秀忠くんを実年齢に近い存在に早くして欲しいです。田渕先生は少々欲張りだと思います。あれもこれも恋愛模様にしたいからか、恋愛の背景や肉付けがおざなりで、誰も彼も繁殖期のにゃんこちゃん状態。清水さんが無駄遣いになるのです。北条攻め官兵衛さんだけで終わるし。まっ、家康さんは官兵衛さん褒めてたし、官兵衛さんは三成のこと、苦々しく思ってる風なので(台詞はないけど、役者さんの演技で。)関が原での西軍の崩壊を垣間見せてるのかなと。秀忠くんを江ちゃんに合わせる意味ないし。先生の大好きな秀吉、茶々だけでいいからと思ってしまいます。

 三成については、今までこのドラマで秀吉の世話係のような小間使いのような扱いだったのは、官兵衛や家康からしたら、そういう扱いで、いろいろ秀吉の横から口出しして「なんだ、こいつ」と。でも内政を取仕切る才能はあるのかな。評価されないけどとか、無い頭を振り絞って考えてみました。でも先生の興味は皆さんの恋愛にありますから。話が進みません。

 江ちゃんのカルチャーショックはなかなか良かったですね。今までと異質で。多分千姫が大阪城落城で行方しれずの時も期待できるかも。最終回あたりですか?なにしろ春日局が霞の中ですから。

 石坂さんのインタビューを読んでいたので、利休と秀吉の関係が私はわかりやすかったです。石坂さんは大河の生き字引みたいな人なので、思うところはいろいろあるでしょうけど。史実の江ちゃんが信長と交流があったかどうかわからないけど、このドラマではそうなっているから、信長の話をして思いを託すのだそうです。

 再来年は「八重の桜」だそうです。八重さんは綾瀬はるかさん。脚本は「ゲゲゲの女房」の方。女性主役で女性脚本家とくると、風当たりが心配。江ちゃんが風評被害をもたらさない事を祈っています。新島襄先生が「ハンサムウーマン」と呼んだ奥様、襄先生を呼び捨てにしていたとか、夫婦の決まりごとだったのだろうけど、描写されると、タカ派の方達から批判がきそうです。ジャンヌダルクから、明治の悪妻?までどう描くのでしょうか。楽しみです。

投稿: ささ | 2011年6月26日 (日) 10時38分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

ホントに今年の夏はどうなっちゃうんでしょうか? 昨日あたりからまた気温は下がってはいますけどね。 「江」 なんか、見てると頭に血がのぼるから節電対策熱中症対策のために見ないほうがいい、なんて議論がわき上がりそうです(笑)。

秀忠と秀勝と江を、どうしても三角関係にしたいようですね、田渕サンは。
考えそうなことです。
と同時にハチャメチャに失望。

モラトリアムのような駄々っ子ふうに出てきた秀忠だったのに(それはそれで面白かった)、江と秀勝の仲をからかいに出るとは、見ていてやりきれなくなりました。 いや、年齢設定から言って、モラトリアムと名付けるほどの年齢に秀忠が達していないことに気付けなかったこちらの落ち度です。 「大人になりきれてないんじゃない、まだ子供の年齢だったんだ」、ということで(爆)。

話が進まない、といえば、利休切腹に2回もかける、というペース配分自体が 「あり得ない」。

確かにこのドラマにおいて見る側がいちばん納得できる、精神的な作り手の支柱、となっているのが利休です。 彼以外に深いことを言っている人が、このドラマにはまったくと言っていいほど登場しません。

彼がいなくなれば、「いきなり禅問答」、みたいなちぐはぐさも、なくなるんですけどネ(笑)。

ただやはり大河の大御所に配慮したペース配分のような気もします。 だから家康がなくなるときもたぶん2回以上はそのことに費やすかと…。 秀吉も最近重厚感が増してきましたから、2回くらいはやはり死ぬ死ぬとやるんじゃないかな~。

江のカルチャーショックは、実はもっと早い段階から直面させるべき話だったのでは?と思えてなりません。 城のなかにいるだけだから、戦国時代のそんな空気も知ることなく、その歳まで自分の考えが間違っているなどと夢にも思わないまま過ごしてしまった、という設定は、あまりにもおマヌケですよ。 やはり侍女?乳母?の責任が大きいですな。 どんな場でも口をはさんで失礼いたしました…スイマセン、見ていて一番腹が立つのは、ワタシ、この乳母です。

「ゲゲゲ」 が当たったからその脚本家を使う、というNHKの発想自体が、もう今年のていたらくを反省すらしていないことの表れだって感じますね。 「篤姫」→「江」 パターンと、まるで同じじゃないですか。

山本むつみサンは 「トップセールス」 というドラマもちょこっと見たんですが、題材が違うとやはり話も乗ってこない、という気がいたしました。 「ゲゲゲ」 は原作がちょうど現代に対するアンチテーゼとなってたり、水木夫妻の人間的な魅力が大き過ぎることが、話をいちばん盛り上げた要因だと考えています。 確かに小道具や布石のおきかた絡めかたが半端でなく面白かったのですが。

期待半分、不安半分、といったところです。

投稿: リウ | 2011年6月26日 (日) 12時59分

 江ちゃんが御間抜けさんというのは家光、忠長の子育て失敗への伏線なんでしょうか。乳母のできが悪い。そうですね。彼女達は転んで寒い笑いを取るとか、茶々に「秀吉は次の子供が欲しいのじゃないか」と下世話な後注進をしたりとか。駄目乳母に育てられてるから、春日局にやられちゃうんでしょうね。これも周到?な伏線?今日の回を見ましたが、タイトル詐欺です。来週も利休さんは出ます。私も間抜けです。後4ヶ月あまり、まずこの夏、江ちゃんを耐えられるか、節電より不安です。江ちゃんの成長を見守れるか、忍耐力が試されているけど、トホホです。

投稿: ささ | 2011年6月26日 (日) 20時39分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 返信大変遅れまして申し訳ありません。 前後不覚で眠っておりましたcoldsweats01

演じていらっしゃるかたの経歴にケチがつくような、江の乳母役。 とてもお気の毒な気がいたします。
ケチがつくと言えば、ほとんど全員の演者さんたちの経歴にケチがつきそうな、このドラマ。
ひとむかし前ならば、「脚本家と衝突」「プロデューサーと意見が合わず」 ドラマを降板、なんて硬派な話をよく耳にしたものですが、今は売り手市場なんですかね。 お仕事をもらえなきゃどうしようもない、…いや石坂サンあたりだとそんな必要もないと思われるのですが、自分の出演場面だけは面目躍如、鼻をあかせてやろう、というおつもりなのか(シロートの浅知恵ですね…)。

タイトル詐欺は、おととしの 「天地人」 でもままありました(あのドラマが史上最低の大河だと思ってましたが、それ以下のものがこんなに早く登場するとは…)。 おそらくこれって、脚本の側とNHKの意向とのずれが生じまくっている証拠のような気がするのですが。

いやまた、シロートの浅知恵ですね。

投稿: リウ | 2011年6月27日 (月) 12時37分

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