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2011年6月25日 (土)

「江~姫たちの戦国~」 第23回 作り手と見る側との距離

 前回はなかなかよく出来てると感心した 「江」 でしたが、今回はまた、もとの黙阿弥。
 特に前半はかなり退屈で、半分寝てました、土曜の昼下がり(なんかだいぶ気温が下がってきたので寝やすくて…笑)。

 そのせいで見落としがあるかもございませんが、今回はヤケに秀吉と利休との関係が悪化。
 寝てない部分だけでとてもいーかげんにひも解いてしまいますが、どうもこのふたりの関係を悪化させるあおり役が、石田三成らしい。

 これまでこのドラマにおいて幇間(タイコモチ)の役割しか演じてこなかった三成が、いきなり利休に対して強硬派になっているのには、それなりの理由があるはずなのですが、寝てない部分だけで見る限り(スンゲーいい加減だなホントに…)家康とか有力大名と通じている、という他愛のないセリフひとつで説明されていた、気がします(断言はいたしません…笑)。

 利休が権力を手に入れたがっている、という疑惑の裏には、やはりそれなりの理由が少なくともドラマのなかでは説明されねばなりません。

 ただの茶立てですよ、この男。

 それも天下一の。

 そんな男が、どう政治と関わっていくってんです?

 つまり三成の利休への不審には、これまでと同じ幇間としての軽々しい嫉妬が混じっている、という程度の作り手の解釈でしかないのです。
 軽々しい、それゆえにこの理由づけは、ドラマにとって重大な落ち度であります(しかし全部見てない癖によくここまで断言できるね橋本は…)。

 それでも作り手の興味は三成の 「軽々しい」 不審なんかより、「どうして利休が秀吉に対してあからさまに不興を買うようなマネをし出したのか」、ということにあるようであります。

 ここで小道具となるのが、秀吉が嫌いな 「黒くてすべすべとした茶碗」。

 ドラマをちゃんと見ている人ならすぐ分かりますが(寝ながら見ている男が何を言っとるか)秀吉の権力が盤石になってから、利休の好みはそれまでのごつごつした武骨な茶碗から、静謐な黒のすべすべとした茶碗に変わっています。
 その茶碗を、秀吉はとても嫌うのです。
 その理由を秀吉は語りません。
 ドラマの作り手がそこんところに興味がおありにならないようなのでこちらで推測いたしますが、たぶん黒、というのが不吉、に秀吉には見えるんでしょう。
 そしておそらく、ごつごつとした茶碗というのは、秀吉が心酔していた信長の好みによるもの(だったっけな?)。
 すべすべとした茶碗は、その秀吉の思いを粉砕するものである。
 だからこそ秀吉はこの茶碗を忌み嫌うのだと推測いたします(私が寝ているあいだに秀吉は、このことを説明したかもしれません、もしそうでしたらご容赦願います)。

 その茶碗を、この回利休はあからさまに秀吉に出し続ける。

 まるでわざと怒らせているようです。

 天下一の 「おもてなし」 の名人が、どうしてここまでの嫌がらせをするのか?
 それは次回に明らかにされるみたいですが、この手の片手落ちドラマでは、謎を次回以降に引っ張るっていうのが、とても逆効果なんですよ。
 せめて1回完結で腑に落ちない点は解決してもらいたい。
 でなければ、秀忠も江とのよもやま話に巻き込まれて痴話ゲンカを始めてしまうこのドラマのていたらくのなかで、見る側がすっきりしてドラマを見続けることができなくなる。

 ただ救いなのは、秀吉がここ数回ですっかり人が変わってしまったことだけは、明瞭に分かる、という点です。
 ほとんどオチャラケる事がなくなった。
 でもそれで、「すて」 が生まれてからの秀吉の狂気を、見る側に納得させるほど描写しているわけでもない、というのが、中途半端なのです。

 中途半端といえば、すべてがあまりにも中途半端。

 秀忠だって、どうしていちいち同席した茶の席で秀勝と江との仲を子供みたいに憶測させるのか、といえば、秀忠はこの時点でまだ子供もいいところ、だからなのですが、このドラマはもう、江が子役でなくなった時点から、年齢設定など度を超えてハチャメチャですからね。 秀忠も同じなんですよ、外見は大人、中身は子供、というのは。

 今回北条を滅ぼしたのが一夜城を築いたから、というスンゲー雑な(爆)バトルシュミレーションも、そもそもドラマ第1回目からその中途半端ぶりは透徹してますし(清水紘治サン、生殺しだ…笑)。

 つまり、このドラマは見る側の 「見たい」 と思う興味を、ことごとくはぐらかし続けている、と思うんですよ。

 大河ドラマを見よう、と思う人たちの最初の興味は、まず史実をどこまで人間ドラマとして構築してくれるのか、という点だと思われます。
 このドラマはまず冒頭からその思いを粉砕している。

 で、史実がダメならドラマとして見ようとするわけですよ、見る側といたしましては。

 それがまた、このドラマはなってない(笑)。

 前回ちょっと持ち直したけれどもやはりその流れというものは、容易に変えられるものじゃないんだなー、というのは今回見ていて強く感じました。
 確かに重厚感というものは、前回から継続しています。
 けれどもそれは、石坂浩二サンや北大路欣也サン、そして遅れてやってきた岸谷五朗サンの演技がそれを下支えしているにすぎない。
 江は相変わらずのガキっぷりで、以前このブログのコメント欄にも書きましたが、脚本の田渕久美子サンは上野樹里チャンを嫌いなんじゃないかと思えて仕方ない。 主人公に対する愛情が、ひとかけらも感じられないのは、今回も継続中です。

 昨日NHKラジオで 「江」 の資料提供をしているかたがご出演されていましたが、「『このドラマはフィクションです』、と本当は流せればいい」 と話をし、聞き手のNHKアナウンサーが、これはドラマであって史実ではないんだ、みたいなことを強調されていた。

 けれどもおふたりのご意見のレベルなど、見る側はもうとうに、捨てているのです。

 「江」 に史実なんか、爪の先ほども期待していない。

 作り手の意識が史実云々にまだこだわっていること自体が、見る側との大きな距離、隔たりをあらためて感じさせることとなっているのです。

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コメント

 リウ様昼下がりの苦行、お疲れ様でした。めでたく北条攻めが終わって良かったです。後は利休と秀吉の関係が悪化の前触れですか。      
 石坂さんの「江」での利休演じる苦労話みたいなインタビューを読みました。利休は信長とはお互いが敬っている状態だったそうですが、秀吉の事は、信長をマネしているだけ、秀吉に「あんたが面白くなくなってきた」と言ったのは(私は覚えていないのですが、これからかも)秀吉の審美眼がいつまでたっても育ってこなかったことを言っているのだそうです。茶々もそうだが、秀吉が織田家の「もの」で自分の周りを飾り立てるのも嫌気がさしているとか。出世した秀吉の態度も疎ましく思っているそうです。苦労話としてはお茶室にきた共演者さん達の台詞のタイミングに合わせてお茶を出すのが、大変だったそうです。
   
三成の利休への不審は唐突な気が私もしましたが、彼には力の無さや認められない事への焦りのようなものがあるのかなと思いました。軍事の才では家康も認める黒田官兵衛に勝てないし、秀吉や他大名から認められない。利休は茶で認められて信頼され、秀吉から重用されている。内政はできても、認められてない三成(秀吉の世話係くらいしか)の焦りがあるのかなと思いました。   
 江ちゃんに続いて秀忠くんも年齢ではつらいですよね。向井くんは背が高いので、立派な若君だけど、12,3歳?10歳という人もいるのですが。うちの14歳の息子が180cmあるので背が高いのはなんとか脳内で補正して見てますが、見にくいです。是非年齢設定を史実と違ってドラマ設定でいいので、字幕で出して、わかりやすい大河にしてほしいです。中学生と高校生とでは、同じ言葉でも心情は違ったりします。大人だと尚更です。この大河のこんなこと望むのは無理ってわかってはいますが。石坂さんも次回で見納め。信長を慕う江ちゃんとお別れに「織田様」の話をするそうです。この時江ちゃんいくつなんでしょう?
             

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

北条攻めのあまりのあっけなさには、「あ、そうなの」 とちょっと苦笑してしまいました(でも、ま、そーだろーなー、戦国時代なのに戦を描けないのは相変わらず、という感じ)。

本文にも書きましたが、前回あれほどまでに一筋縄ではいかなそうな感じで物語の面白さに拍車をかけていた清水紘治サンらが、まったくなにもすることなく降参してしまうところは、もう完全なる肩透かし。 しょーがないとか思いながらこの落胆は大きいのです。

ただよかったのは、相変わらず 「戦は嫌じゃ」 とのたまい続ける江が、北条撃破に沸き立つ城の?聚楽第の?人々のなかを、「世の中ってこんなものなのね」 と思い知らされながらスローモーションで歩くところ。 自分の考えが戦国時代に合ってない、という江のカルチャーショックぶりが、ようやくここで描写された気がいたしました。

石坂サンのお話は、今回ではなかったですよね?(確認…笑)。 おそらく次回に展開されるんですよね?
苦労話、って言い出したら、全部苦労なんじゃないかと(爆)お察し申し上げたくなってくるのですが。
何せ石坂サンといえば、私のような付け焼刃の知識で批判する身とは違い、かなりの博識でいらっしゃいますからね。 私たち以上にこのドラマのていたらくに直面していると言っていい気がするのです。

三成のようにいきなり性格転換するのは、こうしたドラマの大きな特徴とも言えますよね(笑)。 ささ様のようにちゃんと三成が変わった理由を考えてくれる賢明なかたがたばかりなら、作り手のほうも楽で仕方ないんですが(笑)。 「あとは勝手に考えてよ」 みたいな作りが、なんか腹にすえかねる気がするんですよ。

14歳で180センチ! ホントに最近の若い人は、背丈が大きいですよね。
ただこのドラマ、実年齢を字幕で出したら、混乱はますます大きくなる気がいたしますですよ(爆)!

 江ちゃんと政局のニュースは能天気に見るのが一番です。余計なストレスをかかえると、暑い夏が耐えられません。

 秀忠くんを実年齢に近い存在に早くして欲しいです。田渕先生は少々欲張りだと思います。あれもこれも恋愛模様にしたいからか、恋愛の背景や肉付けがおざなりで、誰も彼も繁殖期のにゃんこちゃん状態。清水さんが無駄遣いになるのです。北条攻め官兵衛さんだけで終わるし。まっ、家康さんは官兵衛さん褒めてたし、官兵衛さんは三成のこと、苦々しく思ってる風なので(台詞はないけど、役者さんの演技で。)関が原での西軍の崩壊を垣間見せてるのかなと。秀忠くんを江ちゃんに合わせる意味ないし。先生の大好きな秀吉、茶々だけでいいからと思ってしまいます。

 三成については、今までこのドラマで秀吉の世話係のような小間使いのような扱いだったのは、官兵衛や家康からしたら、そういう扱いで、いろいろ秀吉の横から口出しして「なんだ、こいつ」と。でも内政を取仕切る才能はあるのかな。評価されないけどとか、無い頭を振り絞って考えてみました。でも先生の興味は皆さんの恋愛にありますから。話が進みません。

 江ちゃんのカルチャーショックはなかなか良かったですね。今までと異質で。多分千姫が大阪城落城で行方しれずの時も期待できるかも。最終回あたりですか?なにしろ春日局が霞の中ですから。

 石坂さんのインタビューを読んでいたので、利休と秀吉の関係が私はわかりやすかったです。石坂さんは大河の生き字引みたいな人なので、思うところはいろいろあるでしょうけど。史実の江ちゃんが信長と交流があったかどうかわからないけど、このドラマではそうなっているから、信長の話をして思いを託すのだそうです。

 再来年は「八重の桜」だそうです。八重さんは綾瀬はるかさん。脚本は「ゲゲゲの女房」の方。女性主役で女性脚本家とくると、風当たりが心配。江ちゃんが風評被害をもたらさない事を祈っています。新島襄先生が「ハンサムウーマン」と呼んだ奥様、襄先生を呼び捨てにしていたとか、夫婦の決まりごとだったのだろうけど、描写されると、タカ派の方達から批判がきそうです。ジャンヌダルクから、明治の悪妻?までどう描くのでしょうか。楽しみです。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

ホントに今年の夏はどうなっちゃうんでしょうか? 昨日あたりからまた気温は下がってはいますけどね。 「江」 なんか、見てると頭に血がのぼるから節電対策熱中症対策のために見ないほうがいい、なんて議論がわき上がりそうです(笑)。

秀忠と秀勝と江を、どうしても三角関係にしたいようですね、田渕サンは。
考えそうなことです。
と同時にハチャメチャに失望。

モラトリアムのような駄々っ子ふうに出てきた秀忠だったのに(それはそれで面白かった)、江と秀勝の仲をからかいに出るとは、見ていてやりきれなくなりました。 いや、年齢設定から言って、モラトリアムと名付けるほどの年齢に秀忠が達していないことに気付けなかったこちらの落ち度です。 「大人になりきれてないんじゃない、まだ子供の年齢だったんだ」、ということで(爆)。

話が進まない、といえば、利休切腹に2回もかける、というペース配分自体が 「あり得ない」。

確かにこのドラマにおいて見る側がいちばん納得できる、精神的な作り手の支柱、となっているのが利休です。 彼以外に深いことを言っている人が、このドラマにはまったくと言っていいほど登場しません。

彼がいなくなれば、「いきなり禅問答」、みたいなちぐはぐさも、なくなるんですけどネ(笑)。

ただやはり大河の大御所に配慮したペース配分のような気もします。 だから家康がなくなるときもたぶん2回以上はそのことに費やすかと…。 秀吉も最近重厚感が増してきましたから、2回くらいはやはり死ぬ死ぬとやるんじゃないかな~。

江のカルチャーショックは、実はもっと早い段階から直面させるべき話だったのでは?と思えてなりません。 城のなかにいるだけだから、戦国時代のそんな空気も知ることなく、その歳まで自分の考えが間違っているなどと夢にも思わないまま過ごしてしまった、という設定は、あまりにもおマヌケですよ。 やはり侍女?乳母?の責任が大きいですな。 どんな場でも口をはさんで失礼いたしました…スイマセン、見ていて一番腹が立つのは、ワタシ、この乳母です。

「ゲゲゲ」 が当たったからその脚本家を使う、というNHKの発想自体が、もう今年のていたらくを反省すらしていないことの表れだって感じますね。 「篤姫」→「江」 パターンと、まるで同じじゃないですか。

山本むつみサンは 「トップセールス」 というドラマもちょこっと見たんですが、題材が違うとやはり話も乗ってこない、という気がいたしました。 「ゲゲゲ」 は原作がちょうど現代に対するアンチテーゼとなってたり、水木夫妻の人間的な魅力が大き過ぎることが、話をいちばん盛り上げた要因だと考えています。 確かに小道具や布石のおきかた絡めかたが半端でなく面白かったのですが。

期待半分、不安半分、といったところです。

 江ちゃんが御間抜けさんというのは家光、忠長の子育て失敗への伏線なんでしょうか。乳母のできが悪い。そうですね。彼女達は転んで寒い笑いを取るとか、茶々に「秀吉は次の子供が欲しいのじゃないか」と下世話な後注進をしたりとか。駄目乳母に育てられてるから、春日局にやられちゃうんでしょうね。これも周到?な伏線?今日の回を見ましたが、タイトル詐欺です。来週も利休さんは出ます。私も間抜けです。後4ヶ月あまり、まずこの夏、江ちゃんを耐えられるか、節電より不安です。江ちゃんの成長を見守れるか、忍耐力が試されているけど、トホホです。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 返信大変遅れまして申し訳ありません。 前後不覚で眠っておりました

演じていらっしゃるかたの経歴にケチがつくような、江の乳母役。 とてもお気の毒な気がいたします。
ケチがつくと言えば、ほとんど全員の演者さんたちの経歴にケチがつきそうな、このドラマ。
ひとむかし前ならば、「脚本家と衝突」「プロデューサーと意見が合わず」 ドラマを降板、なんて硬派な話をよく耳にしたものですが、今は売り手市場なんですかね。 お仕事をもらえなきゃどうしようもない、…いや石坂サンあたりだとそんな必要もないと思われるのですが、自分の出演場面だけは面目躍如、鼻をあかせてやろう、というおつもりなのか(シロートの浅知恵ですね…)。

タイトル詐欺は、おととしの 「天地人」 でもままありました(あのドラマが史上最低の大河だと思ってましたが、それ以下のものがこんなに早く登場するとは…)。 おそらくこれって、脚本の側とNHKの意向とのずれが生じまくっている証拠のような気がするのですが。

いやまた、シロートの浅知恵ですね。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

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    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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