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2011年6月11日 (土)

「新選組血風録」 第4回 光と影の交差

 芹沢鴨(豊原功補サン)の粛清の回(第3回)、自分の耳の悪いせいなのか肝心な場面のセリフがほとんど聞き取れなかったため、その後どうしても続きを見る気になれなかった 「新選組血風録」。
 久しぶりにためておいた録画を見たのですが、やはりドラマとして、とても優れていることは確かだ、そう感じました。

 まず今回のところは第4回の 「長州の間者」(4月24日放送分…かなり前だ…笑)。

 新選組のなかに長州の間者がいると確信した土方(永井大サン)。 沖田(辻本祐樹クン)は新入りの深町(金子貴俊サン)に目星をつけるのですが、この深町、実は長州が新選組の目を引き付けるだけの目的で送り込んだ、いわば 「捨て駒」。
 本物の間者は、松永(豊嶋稔サン)という男だったのですが、沖田の読みも浅かったのかと思いきや、ある日沖田は深町を誘い、裏切り者の松永を斬る、と持ちかけるのです。

 ここで暗躍するのが、薬屋を装いながら隊の密偵を務めている山崎(加藤虎ノ介サン)。
 「新選組!」 ではこのような立場の人は、私の記憶が確かならば出てこなかったはずですが(コメントをいただいて、記憶違いであったことが判明いたしました。 私の記憶もたいしたことないです、ハハ…)、こういう人が出てくることで、やみくもに新選組という組織を美化しようとしない姿勢が見てとれるところが、いいのです。 正々堂々としてないところが、かえってリアリティがあっていい。

 そしてその密偵の推理によってドラマが進行していく、犯人探しの面白さもドラマに備わっている。 沖田の一見浅い推理も、いわば見る側を欺くひとつのファクターなのです。
 そのなかで浮き彫りになっていくのは、「捨て駒」 深町の焦燥感。
 「自分は本当は長州に体よくあしらわれているだけ」、という疑念が抜けない深町は、四六時中眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。
 そして、沖田に誘われ松永の粛清を知らされたときに、沖田から自分の正体もとっくにばれていることを知らされる。 ここでひょうひょうとした美男子である沖田のキャラクターが、不気味さをかなり増幅しているのもいい。
 結局沖田に促されるまま、深町は松永を挟み撃ちにしようとポーンと放り出される。
 ここで深町は、松永に自分の正体を明かして一緒に逃走することもできたはずなのですが、深町はそれまでの焦燥感と、実は長州の本命の間者だった松永に対する嫉妬で、松永に斬りかかるのです。
 深町と松永の対決。
 物語途中でこのふたりは手合わせをしていたのですが、そのとき深町は、松永に負けている。
 「剣には相性というものがある」、というキーワードが、ここで語られていたために、深町は松永にこの真剣勝負の時も負けてしまうのではないか、と思われるのですが、深町の怨念のこもった剣のほうが、このときは勝ってしまうのです。 深町が松永に勝った手は、この回の冒頭で深町が沖田にいいところまで行った手合わせと同じ手段。
 「どうせお前もすぐに消されるだろう…」 という捨てゼリフと共に絶命する松永。
 その言葉通り、深町はその一部始終を見ていた沖田によって、あえなく倒される。

 無情に斬り捨てられてしまった深町にも、彼なりの生業があった。 それを象徴していたのが、彼が昵懇にしていたその(三倉佳奈チャン)が作った、鮒の煮物。 この回のラストカットは、もう来るはずのない深町に食べられるのを待っている、その鮒のアップなのです。 ひとりひとりの人物を、きちんと描くことを、このドラマは怠っていない。

 40分あまりの話のなかで、すべての出来事は深く関わり続け、クライマックスでひとつに結実する。 ドラマの醍醐味が、凝縮されているのです。

 そしてその話からこぼれるような形で、密偵の山崎がもたらした情報によって、土方は自分を命の恩人と慕う美代(前田亜季サン)と再会するのですが、そこで 「長州は都を焼き尽くそうと画策しているから成敗するのだ」 という理屈を、美代に語るのです。
 確かにのちのち(だよなあ?)禁門の変の際に京は焼き尽くされてしまうのですが、美代がそのことを桂小五郎(野村宏伸サン)に訊くと、「そうならないように奔走している」 と答える。
 つまり、新選組は新選組で、京の都を守ろう、幕府の威光を守ろう、という目的のために動いており、長州は長州で、古い体制を打破するために動いている。 どちらにも立派な名分はあるのですが、その裏では密偵とかいるし、捨て駒とかいるし、つまりどちらにも、光の部分もあれば影の部分もある、ということをこのドラマはきちんと描き出している。 それがいいんですよ。

 どうしてこのドラマのほうが大河になり得なかったのか、というと、「新選組!」 とだいぶかぶるし同ドラマからまだ間が浅いし、原作がやはりオムニバス形式で40話以上ももたないからなんでしょう。
 けれども 「江」 の体たらくを見ていると、つくづく残念に思えてなりません。

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コメント

リウ様こんにちは。
「(山﨑役が)『新選組! 』ではこのような立場の人は、
私の記憶が確かならば出てこなかったはずですが」
とのことですが、おりましたですよ。桂吉弥さんです。
当時は今よりずっとスリムでw、わたくしファンでございました。

今回の山﨑は、ちりとてちんで吉弥さんの弟弟子を演じた加藤さんをキャスティングし、しかも当時の吉弥さんにも負けない適役。NHKさんもなかなかおもろいことを考えるのうと思いながら見ています。

投稿: こぎ子 | 2011年6月13日 (月) 13時25分

こぎ子様
コメント下さり、ありがとうございます。

あちゃ、そーだった、かな~?(忘れとる…笑)。
しかし、とゆーことは、確かに 「ちりとて」 コンビですね! さすがにドラマを深く見ていらっしゃる。 私もウィキを見ながら、「あ、この配役って結構深い」 と思うことが時々ありますです。

でも端役にいたるまできちんとご覧になっているから、気付くんですよね。 感服いたしました。 本文も手直しいたします…。

個人的に 「新選組!」 のキャスティングはすごく印象的で、オダギリサンとかぐっさんとか堺雅人サンとか、なんか面影を追いながら見ている感じです(今回の配役のかたには失礼ですが…)。

桂小五郎は、なぜか 「龍馬伝」 の谷原章介サンでないとダメな今日この頃…。

投稿: リウ | 2011年6月13日 (月) 13時44分

リウ様
なんだかおほめいただき恐縮です。でも、私が目利きなのでは
なく、いい芝居をしてる役者さんやどこか光る人は印象に残るということなんだと思います。

私にとっても「新撰組!」は不思議な作品でした。当時は藤原竜也さん、オダギリジョーさん、堺さん、谷原さんと、誰を見ても
「えーっその役をその人に?」と思いながら見ていたものです。
数年が過ぎ、今回や龍馬伝のように別の役者さんがやっているのを見る度に、「その役は○○さんのほうがいいなあ」と、常に
「新撰組!」キャストを一番のお気に入りにしている自分に気づかされます。出演者の皆さんにとっても「新撰組!」は1つの転換期であったようにも思います。その点からも、リウ様が「印象的」と
いう言葉で表現されたかったこと、私にも少しわかる気がします。

投稿: こぎ子 | 2011年6月15日 (水) 02時33分

こぎ子様
再コメント下さり、ありがとうございます。

今回の 「血風録」 では、沖田役の信太(どうしても 「金八先生」 の役名で呼んでしまうなあ…笑)は結構印象的で、「新選組!」 の藤原竜也サンを彷彿としながらも、彼独特の味を出してますね。
近藤役の宅間サンは、第4回を見た時点ではあまり登場しませんが、出番が少ない割に要所を締めている感じ。
香取慎吾クンの近藤も、彼なりの表現で印象的だったですが。

「新選組!」 には、「新選組」 という男所帯のなかに漂う、ある種の運命共同体、みたいな連帯感がとてもよく表現されていた気がするんですよ。 今回4回目まで見た時点では、あまりその連帯感が感じられない。 まあ隊員ひとりひとりを描写するより、原作にのっとってこぼれ話的な出来事から隊の歴史を後追いしている、という感じですからね。
ただラストで流れる吉田拓郎サンの 「慕情」 には、その一種倒錯的な連帯感が、よく表現されている、と感じます。

投稿: リウ | 2011年6月15日 (水) 15時20分

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