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2011年6月25日 (土)

「鈴木先生」 第9回 感情と正義のあいだ

 なかなかの見応えであります、「鈴木先生」。

 夏休み中の登校日に行なわれたのは、出来ちゃった結婚をしてしまう鈴木先生(長谷川博己サン)を糾弾する裁判。

 これまでディベートでさまざまな問題をクリアしてきた鈴木先生が、その俎上に乗せられてしまう、という、このドラマの逆転の発想、というものが心地よい。

 立場を逆転させて、これまでの鈴木先生の展開してきた論理がどこまで生徒たちの血となり肉となっているのかを、ドラマを見る側に思い知らせる、まさにこのドラマでしかあり得ない 「フロシキのたたみかた」 を、どうやらこのドラマはするようです。 演劇的である、と言ってもいい。

 と同時に、このドラマの着地点、というものが、おぼろげながら見えてきた気がする。

 私が考えるこのドラマの着地点、というのは、鈴木先生が抱える2-Aのクラスの生徒の成長、ではありません。

 2-Bの生徒、神田マリ(工藤綾乃チャン)の救済であり、足子先生(富田靖子サン)の救済。

 もし私の推測が合っていれば、このドラマは2-Aを舞台としながら、別のクラスの生徒のために存在していた、と言っていい展開になる。
 これってど真ん中の直球を投げながらそれがものすごい変化球である、という、私がこのドラマに対して抱く印象を、地でいく結論のような気がするのです。

 今回鈴木先生がなぜ悪者になってしまったのか、というと、「大人の事情」 によって生徒たちを、いったんケムに巻こうとした、その 「まっすぐでない」 いやらしさに原因がある。
 そしてそれを許せない鈴木先生ラブの丹沢(馬淵有咲チャン)の一種暴走気味の 「感情」 によって、「裁判員裁判」 という名を借りた個人糾弾の場が作られてしまったことに、ドラマ的な面白さが潜んでいるのです。

 鈴木先生は自分が被告人であるこの裁判に臨むにあたって大きな不安を感じ、恐怖を感じるのですが、いっぽうで自分の発言なしで当初展開していくこの裁判に、「ワクワクしている」。
 それはこの裁判自体、自分の教育理論がどれだけ生徒に浸透したかの実験の成果が明確に分かる場であるからこそなのですが、自分の恥部が暴かれることで、自分の理論をほかならぬ自分にどこまで適用できるのかを、鈴木先生が楽しんでいる、というようにも見える。 この構図は外野から見ていても、楽しい。

 まずこの裁判、丹沢の感情的な態度に対して、一部の男子生徒たちが反発を強めます。
 議論をすることにおいて、その問題に対して自分がどれだけの興味を持っているか。
 まずそれが議論におけるいちばん最初の問題になることを、このドラマは確実についてくる。
 どーでもいいことなんか、クソマジメに議論する必要なんかない。
 それでも丹沢らは、自分たちの恋愛感情を棚に上げ、「鈴木先生には社会的規範を教えてきてもらって、自分はそれを尊敬していたのに、それを裏切られた」 という、単にみんなを従わせようとする意志のために目的意識を一段上に設定させようとするのです。
 この構図が、また興味深い。

 自分たちはたいてい、ごたいそうな大義名分に従って行動していません。
 ムカついただの許せないだのずるいだの、結構低級な感情によって行動を決定する傾向がある。
 それはでも、大勢を納得させる態度とは、到底言い難いのです。

 だから自分たちは、そこにたいそうご立派な目的をつけたがるのです。

 それは、「正義」。

 丹沢たちにとって好きだった鈴木先生に出来ちゃった結婚された、いやらしい、許せない、という低級(これを低級と言い切ってしまうことには躊躇がありますが)な感情は、ここで糾弾的な裁判をするうえでより高級な大義名分を必要とされる。
 それが、「正義」、なのです。

 感情と正義のあいだで中学生の彼らは、自ら議論できるテンションを、維持できなくなってきます。
 この混乱状態、実にあり得そうでひたすら舌を巻きました。

 そこを取りまとめようとしたのが、かつてクラスメイト達全員の目の前で壊れてしまうという醜態を演じた、竹地(藤原薫クン)。
 だいぶょうぶかよ、という声が、一部のクラスメイトたちに当然のように上がります。
 でもその発言は、この裁判自体をまじめに考えていない、という態度の表明に過ぎない。
 冷静に物事を考えられるのは竹地だけだ、という意見が自然にわき上がり、竹地がこの裁判の進行役になるのです。

 「ぼくは自分のことは冷静に考えられないが、他人の事なら冷静になれる自信がある」 と竹地は断言するのですが、鈴木先生は 「(どーゆー宣言だよ?)」 とツッコミ(笑)。
 ツッコミを入れられるほどに、この生徒たちのカオスを目の当たりにした鈴木先生は、自分の教育理論が結実する場面のコーフンに、酔いしれているかのようです。

 そしてその裁判を、自分のクラスじゃないからその場で見ることが叶わず、遠隔カメラで同性愛的な関係を持つ2-Aの入江(松本花菜チャン)に指示を出しながら、鈴木先生を窮地に陥れようとする、神田マリ。

 彼女は 「オトナなんかみんな汚い」 と言いながら、自分のしている汚さに、気がついていません。

 自分のことなんか、本当は誰も、的確に分かっていない。

 当の自分が他人にひどいことをしているのに、同じようなことを他人からされて、その他人にムカついている。

 そんな、大人のあいだにもある盲目を、神田マリという女の子は、とても象徴的に演じています。

 遠隔カメラによる映像を見ている彼女のもとにやってきたのは、なんと足子先生。 謹慎にも近い長期休養を斉木しげる校長から命令されているにもかかわらず、です。

 次回最終回、いずれにしても大注目であることは間違いがありません。

 なおBSジャパンで7月2日(土)午後10時から、このドラマの再放送が始まる模様。

 ちょっと見てなかった前半数回を、見てみたい気分になってきました。

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コメント

クライマックスに裁判をもってきましたね。
ハタから見れば「大人として麻美ちゃんに責任持てるので、ナマでいたした結果、ジュニアが出来ました。結婚します」で問題ないんですが
「教師だから」ダメなんですね

>2-Bの生徒、神田マリ(工藤綾乃チャン)の救済であり、足子先生(富田靖子サン)の救済。

そうですね。この人たちの屈折した気持ちが救われないんですよね…
しかし金子さんはオトコもオトナも「汚い」。
どうしちゃったんでしょう?
何が彼女にあったんだろう。

マイティ様
お久しぶりです。 コメント下さり、ありがとうございます。

「出来ちゃった結婚」 ってモラル的に容認される方向にある。 いまどき父兄にもそんな人々が結構いる。 そんな人たちまで否定してしまうことになるから、「教師だからダメなんだ」、という理屈で押し通すしかない…、五井先生の鈴木先生への忠告が、裁判へのお膳立ての効果的な一石となっていた気も強くいたしますよね。

スミマセン、金子サンって誰?(笑) 番組HPで確認しようとしたけど金子サンという登場人物は分かりませんでした。 番組途中から見たからよく分かんないんですよね。

足子先生のことかな?

あ…れ?
金子さんじゃないや神田さん。
頭おかしいですわwobbly

2日間灼熱地獄だっただけで
すでに夏バテですw
豆腐しか食べられなくて血糖値下がってたw

今日は涼しくていいなあ

マイティ様
疑問解決です(笑)。 ありがとうございます。

冷奴でビールをキューっと、いいですねえ(話が違う、話が…笑)。 麻婆豆腐も肴には…(だから…笑)。

暑くなるのは、やっぱり梅雨明けになってからでいいですよね。 とはいうものの、梅雨明けすると1週間くらいピーカンだからなあ…。 やっぱり暑いの、苦手です。

暑さで溶けるのは勘弁ですが、神田マリのペシミスティックな表情が溶けていくのは、見たいものです、最終回。

もう最終回だと思うと寂しいです
だっていくらでもネタがありそうなクラスじゃないですかw

神田さんは、青春特有のシラケ気分なのかも。何か傷つくことがあったのかもしれませんが、ひたすら熱い青春をおくってる人ばかりじゃないですからね。

余談ですが昨日、
絵画や版画をやってる友人の展示を見に
末広町の廃校をアート関係の施設にした「アーツ千代田」へ行きまして
それをきっかけに別の友人と「アートと工芸の性質のちがい」についてメールで語り合ったんですが
アートと工芸(職人技)の中間になると思うんですが
4月、和裁の学校に企画がもちこまれ、キン肉マンの着物を仕立てたんですよ(私じゃないです)
イベント用。
ちょっと楽しいのでごらんください。
原作者ゆでたまごさんのツイッターです。
http://twitpic.com/4r6l9f


マイティ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

ツイッター、見ましたwink。 なんだかユニクロとかでやっているマンガプリントTシャツの派生版、といった感じですねぇsmile。 もっと全面柄物のなかにキン肉マンが隠れているようなデザインなら面白いと思ったんですが(や、私もゲージツ家チックな批評眼が、まだくすぶっているようであります)。

「アートと工芸の違い」、で語り合えるなんてやはり美大のかたは凄い! 工芸って複製されることが目的の、ウォーホルみたいな感覚、とか、そんなことくらいしか思いつきませんです、ワタシノバアイ…。

でもちょっと今考えただけで、昔の美術部時代のなつかしい感覚が、蘇ってきた気がいたします。

神田サンのような鬱屈とした青春時代を送ってきた私にとって、彼女へのシンパシーは強いのですが、このところ悪役気味(笑)。 真実を見極める目が、彼女にも備わっていると期待いたします。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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