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2011年7月 1日 (金)

「鈴木先生」 第10回(最終回) 大人と子供の境界線

 鈴木先生(長谷川博己サン)ができちゃった結婚をすることに対して開かれた2A生徒たちの糾弾裁判。 前回からの続きです。 そしてこの裁判がこのドラマのメインメニューとして最終回に配されたことになります。

 とはいえ、1週間というクールダウンの期間を強いられた見る側としては、あらためて考えると 「どーしてこのよーなことをかくもマジメに討論しなければならないのだ?」 という気にさせられる。

 このことのハンデを作り手は回り道して既に考えていた気がします。
 つまり言い出しっぺの丹沢(馬淵有咲チャン)が、「私はもう、どうでもいい」 と言い出すのです。
 丹沢はこの裁判が、実は自分の鈴木先生への恋心が裏切られた、という 「私憤」 によって開廷されたことを、自覚している。
 感情の暴走するままに裁判などという大仰なものをクラス全員に強いてしまったことは、自分の私憤が白日の下にさらされる、という 「恥ずかしさ」、を伴う作業です。
 けれども竹地(藤原薫クン)が丹沢に同情することで、裁判は続行される。 竹地がいちばん 「恥」 というものに直面していたからこそ、かれの言葉は丹沢に受け入れられるのです。

 生徒たちは議論が続く中で、「もういいんじゃないのか」 という自問自答に苦しめられるのですが、小川蘇美(土屋太鳳チャン)の 「今、お腹を開いて血が出ている状態。 ここでやめたら病気は治らない」 という理屈によって、議論は続いていきます。

 そして、このような、一見どーでもいいと思えるようなことを、生徒たちはマジメに議論していくことになるのですが、それを 「どーでもいい」 と思ってしまうことこそが、大きな問題となる場合がある、ということを、物語の語り手はさりげなく問題提起してくるのです。

 議論が白熱するなかで、吉井(下山葵クン)という、ちょっとさえない男の子が発言をするのですが、彼が意見を言うことは、とても珍しいらしい。 ほかの男子どもはそのことをからかおうとし、まともに取り合わずに嘲笑しようとする。

 私はこの場面を見ていて、物事に対して真剣に向き合うかそれをどうでもいいことだと受け流すか、前者を大事にするのが子供であり、後者の方向に流されていってしまうのが大人なんじゃないのかな?ってふと思ったのです。

 いずれにしても、あることを考えることにおいて、「メンド臭え」 と考えてしまうことは、大人にも子供にも共通している傾向です。
 ただ子供は、そう考える機会が少ない。
 でも生きていると、「メンドクセエ」 と、考えることを回避してしまう経験が、静かに降り積もっていくのです。
 そして人は、いろんな考えなければならないことを回避しながら、大人になっていく。

 今回の議題について、「出来ちゃった結婚なんか今どきいっぱいいるだろう、なんでいちいち問題にしなけりゃいけないんだ」 という思考は、思考停止状態のひとつです。

 「思考停止」。

 この裁判を別の教室からモニター監視しながら、現地にいる入江(松本花奈チャン)を遠隔操作していた謹慎中の足子先生(富田靖子サン)が、収束しようとしていた裁判をまた引っ掻き回そうとして、入江に言わせたセリフであります。

 けれども鈴木先生のしでかしたことをなあなあで済ませてしまおう、とするのも思考停止であれば、避妊はどうしてもしなければならない、という結論をごり押ししようとするのも、思考停止なのであります。

 議論において、てこでも動かない結論を持って臨むのは、同じく思考停止といえる。

 「朝まで生テレビ」 などを見ていて私は、政治家や評論家たちが、いかに議論下手なのかをとても痛感することが多いのですが、その原因は、彼らが結論しか話そうとしないところにある、と考えています。

 確かに彼らは、支持者たちの代弁者としてその場に座っている、という立場、というものがある。

 けれども互いに自分たちだけの言い分を通してほかの意見などまるで耳を貸さないのであれば、そこはただ単に意見の表明の場なだけであって、議論などする必要など、これっぽっちもないのです。

 国会が同じように、議論の場としてまったく機能していないのも、この点によるものである。
 大人たちは思考停止した精神状態のまま、世の中はこういうものだ、それが世間の常識だ、それが法律だ、それがルールというものだ、だから黙って従え、と、子供たちにも押しつけてくる。

 そんな大人たちに、子供たちは限りない不信感を募らせていくわけです。

 しかし子供たち、きみたちも実は、「メンドクセエ」 という思考回路によって物事をあいまいなままで看過しようとし、大人になっていくものなのである。

 「鈴木先生」 の最終回で行なわれたディベートは、実はそのせめぎ合いのさなかに漂っています。

 どうでもいいだろ、と思われた事項のなかで、生徒たちは、当のできちゃった結婚をした自分たちの親の数ケースを見ていくことによって、出来ちゃった結婚にもいろんな事情があることを悟っていきます。
 つまり、子供の立場から見ていっしょくたにひっくるめて汚い、と思われたケースでも、個々の問題としてとらえなければならない場合がある、ということに生徒たちは気づいていくのです。

 でもそれは、足子先生と一緒にこれを見ていた神田マリ(工藤綾乃チャン)がいうように、「自分たちの損得で無理に納得してしまおうとする」 ということと、実際紙一重の問題なのです。

 そしてもうひとつ、このドラマをフツーのドラマとは違う、エキセントリックな方向に一気に押し広げたのが、数人の男子生徒と関係を持って、結局竹地とも関係を持っていた河辺(小野花梨チャン)。

 彼女は議論が展開していくなかで、コンドームをつけてセックスするのはとても罪悪感とか嫌な気分がするんだ、そんなモヤモヤをナマですると忘れられるほど気持ちがいいんだ!という、…ほとんど恥じらいというものを宇宙の彼方にブッ飛ばしたような(爆)「あり得ない」 過激な中学生ぶりを発揮して、裁判の場を大混乱に陥れるのです(スゲェ…絶句…笑)(親がよく出演承諾したなコレ)。

 これには鈴木先生も当事者(笑)の竹地も大ショック(爆)。
 隠しておかなければならないことは、いかな中学生でもわきまえていますから、河辺の激白は女友達によって覆い隠されようとするのですが、ドラマ的に、ここまで議論を推し進めないと、問題の最深部にまで到達しないまま、安易な妥協点を物語は選ばざるを得なくなってしまう。

 河辺は子供を育てるのが経済的に大変だなどと考えたりするから金持ちのオジサンと援交したりするんだ、病気なんかこわくない、それで死んでも愛しているからかまわない、自分がその赤ちゃんで病気をもらっても自分だったら許す、そんなことを問題にするほうが間違っている、自分にはそこまでの覚悟があるんだ、という持論を爆発させます。

 この、ナマでするのがいいか悪いか、という議論は(ホントすげえなコレ…笑)、避妊教育の是非の根幹に関わってくる問題であります。

 「避妊をしましょう」 というのは、「セックスするのが許されている」 という状態。
 ここで大きく力を持ってくるのが、竹地がかつて鈴木先生から教わった、「許される」 ということの持つ意味です。

 竹地はそこから、両方が並立する余地があるのではないのか?という問題提起をぶつけて、この混乱の場を乗り越えようとするのです。

 「たとえば、ぼくたちには、つけてするという選択が許されている。
 『つけてしなさい』 でも、『つけてするべきだ』 でもなく、『それが許されている』 という考え方。
 それなら、かちあうことなく、分かり合えます」

 鈴木先生はここを議論の収束ポイントととっさに判断し、個々の考えを一方的に間違っている、とする議論の態度を、生徒たちに問い直していくのです。

 「現代は、多様性の時代と言われている。

 だが、果たしてそうだろうか?

 確かに、さまざまな価値観を自由に選択することが許されてはいる。
 しかしその結果、ひとりひとりが、自分に都合のいい意見に閉じこもり、他人の異なった意見に耳を貸さない。

 個々の胸の中は結局、偏った考えに凝り固まって、貧しくなっているんじゃないだろうか?

 ひとりひとりがたくさんの価値観を胸に抱き、面倒で苦しくても、向き合い、葛藤し、まわりの価値観との共有を一生懸命探れば、ぼくらには別の道が開けてくるはずなんだ」

 頭を柔らかくしろ、ということだと思うんですよ。
 中学生あたりなら、それができる。
 大人になってしまうと、結構凝り固まった考えを修正することは困難を伴います。

 出来ない、と思いこんでしまうこと。

 最初から無理だから、などと思っていては、なにも開けていきません。

 子供には、真実を見極めよう、という意欲が生命のうちからあふれ出ている。

 大人になると、なぜこうも、決めつけたがってしまうんでしょうかね?

 それが、自分がメンド臭い、と思って捨ててきた思考の果てにある 「決めつけ」 だから、余計にタチが悪い。

 いずれにしてもここぞとばかりに持論を展開する鈴木先生に、「あざとい…」 と感じたのも事実ですが(爆)、河辺の引き起こした混乱がなかったら、ドラマはここまで見る側に納得のできる結論を、導き出せなかったでしょうね。

 生徒たちは結論をすぐそこで出さず、処分保留のまま鈴木先生は裁判から釈放されます(なんじゃソレ)。
 結論を出さないまでも、ある程度それですっきりした気分になれた、生徒たちによって。

 足子先生は人事不省に陥り(笑)、窓を開けて 「鈴木のぶぁかやろおおお~~~っ!!」 と雄たけび(あ、雌たけびか)をあげ、車で自宅まで送り届けられます。
 神田マリは、「なんで自分は2Aじゃないの…」 と寂しげな笑みを浮かべる。
 酢豚の件とか小川蘇美の件とか、よく分からない部分もあったのですが、明日からBSジャパンのほうで再放送が開始するので、一応それを追ってみたいと考えております。

 マイティサン、このドラマを御紹介いただき、ありがとうございました。 あらためてお礼申し上げます。

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コメント

 「鈴木先生」今までに無い学園ドラマ(?)でした。気を抜いて見られないような中身の濃い見ごたえのある面白い作品で、テレビ東京もなかなかやるなあ、と言うのが正直な感想です。

 酢豚のお話も面白いです、是非再放送ご覧になってください。

 「JIN」も終わってしまって気が抜けた猛暑の日々です。(笑)

投稿: ゆみ | 2011年7月 1日 (金) 21時57分

ゆみ様
コメント下さり、ありがとうございます。

7月から始まる夏ドラマは、なにが面白いんでしょうね? 相変わらず嗅覚が鈍いので教えていただければなぁ~と虫のいいことを考えております。

個人的には 「Mother」「チェイス」 の坂元裕二サン脚本の 「それでも、生きてゆく」、NHKBSの新選組の後番組、「テンペスト」 なんかを注目していますが。

いよいよ再放送が今日から、ん~、レビューは、書くのかな?coldsweats01

投稿: リウ | 2011年7月 2日 (土) 08時49分

リウ様

今日からBSジャパンで再放送とのお知らせ有り難うございます。
やっと視聴することができそうです。

私は富山在住なのですが、TV東京が入らず、「モリノアサガオ」も再放送で見ました。

楽しみにしてま〜す。

「それでも、生きてゆく」ー私も注目してます。「ブルドクター」も江角さんがかっこよさそうなので見るかも?です。

投稿: rabi | 2011年7月 2日 (土) 19時12分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

富山にお住まいなんですか! いいところですよねぇ。 確か 「すみやすさ」 日本一の県だったかと…。

「ブルドクター」 江角マキコサンですか。 なんか久しぶりな気がします。 石原さとみチャンはつかサンの洗礼を受けてどう変わっているのか、ちょっと見たい気がします。

さて、これからちょっと、「鈴木先生」 第1回の視聴に入ります。

投稿: リウ | 2011年7月 2日 (土) 21時55分

どもどもwpaper
見応えのあった裁判でした。
今クール、一番集中して見たのがこのドラマでした。

このドラマ、何がツボだったかというと
「恥」をさらしてるところなんですよね
人間の汚い部分、恥ずかしい部分をちゃんと描いていた。

ただひとり、河辺さんの存在は恐ろしいですが…。

私たちが中学生の頃だったら
親の前で性的な話はできませんでしたから
そこら辺のギャップも楽しんでいたかもしれません。
(年頃のお子さんを持つ友人には恐ろしい話を聞かされておりましたが…w)

鈴木先生の存在によって、ぐっさんも足子先生もあそこまで壊れたのですから
鈴木先生もやっかいな存在なんですよねえ。

神田さんは、鈴木先生が小川さんをゲットしたいがために、クラス編制ではじかれたんですね。
それが理由だったなんてカワイイですけど、世の中にアンチになるきっかけなんて、そんなものかもしれません。
最後に喫煙室で鈴木先生が見せた涙は、後悔の涙なんでしょうね。

足子先生はあの学校に復帰するんでしょうかね!?

パラボラアンテナ無いんで〜BS見られません。うらやまし〜。

投稿: マイティ | 2011年7月 4日 (月) 12時07分

マイティ様
コメント下さり、ありがとうございます。 あらためてこのドラマをご紹介くださったこと、重ねてお礼申し上げます。

このドラマが恥を描いている、というのは、欠かさずご覧になっていたマイティサンののめり込みようがとてもよく分かる評価ですネ! ぐっさんも竹地も再放送ではこれから壊れる予定ですが(笑)、みんな恥かいて生きてるんですね、このドラマ。

「鈴木先生が厄介な存在」、というのも、実にのめり込んでいるからこそ見えてくる部分だと思います。

第1回から見てあらためてレビューを書こうとしたんですが、結末を見てから未見だった第1回からの感想を書くのって、なんかどうなのかな?(つまりネタバレ、というこのブログの本質から言って、「これが重要なポイント」などと指摘するのは、結構ルール違反なような気がしてくるので…)などと考え、二の足を踏んでおります(面倒な性格です…笑)。

その象徴的なシーンが、第1回目のまさしく冒頭の、「新学年クラス編成での意図的な生徒の取り合い」 シーン。

神田マリのラストでの 「どうして私はAじゃないの?」 というセリフの原因が、物語のいっちばん最初で展開しているんですよね。

そしてぐっさんも、これから壊れることが分かりながらこちらは見ている。 彼の鈴木先生に対する鬱憤が膨らみつつあるのが、はやこの冒頭から展開しているんですよ。

そしてこのドラマ、ホントに第1回目の最初から、岬という男の子が小4の女の子といたしてしまう、という衝撃的な中学生の性の実態をさらけ出しまくってます。
つまりオーラス2回の鈴木裁判へのお膳立てが、すでにこの時点で整っているんですよ。

要するに第1回目から、このドラマは全体的なディティールを考え抜いたうえに展開してる。

や、ずいぶん長い返信になってしまいました。 ゴメンナサイ。

BS見られないのは残念ですが、未公開シーン満載のDVDボックス、というのも、レンタルでもいいから見たくなってきている、ワタシなのです。

投稿: リウ | 2011年7月 4日 (月) 14時34分

リウさま
通常、セルDVDにしか未公開シーンとかの特典、ついてないですよ…
ドラマなんかきっとそう。テレビ局はオマケで釣って売りたいんですもん。

映画にはたまにサービスでついてますけどね。

投稿: マイティ | 2011年7月 4日 (月) 22時30分

ついしん catface

そうそう、いきなり1話から10才女子と…
というヘヴィな内容なのに、
次あたりに「酢豚、どうする?」という毛色の違うテーマが。
そこでも単なる多数決に逃げずに、鈴木先生の持論が展開されます。

投稿: マイティ | 2011年7月 4日 (月) 22時35分

マイティ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

なるほど…。 レンタルでは特典映像など見ること出来ないんですネ。 テレビ局もあざとい…(とーぜんか)。

と同時に、レンタルなどほとんど利用しないことがばれてしまいましたcoldsweats01。 NHKの受信料は払っておりますが、基本的にやはりテレビ番組はタダ、という感覚って、なかなか抜けないものです。 ビンボーしてるから特にですな(自虐笑…)。

酢豚の件も結局最終回の鈴木ロジックの一助になってましたしね。 ラストですべてが濃密に絡み合っているんですネ。 第1回では足子先生の 「変な多数決」 が、やっぱり心に引っかかっています。

やっぱりレビュー、しようかな~(いい加減な言動なのであまり期待しないでくんなまし…笑)。

投稿: リウ | 2011年7月 5日 (火) 06時26分

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受信: 2011年7月 2日 (土) 12時34分

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