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2011年7月 2日 (土)

「江~姫たちの戦国~」 第24回 ガキは すっこんでろ

 「利休切腹」 とサブタイトルで謳いながら、結局利休は秀吉から切腹を申しつけられただけ、だったのですが、この回の作り手の興味は、実に 「なんで利休は秀吉に切腹させられたのか?」 ということのみに集中していました。

 その語り部にかんしては、なかなか見ごたえがありました。
 しかもこのドラマならではの人物描写をかすかに感じさせながらの見せかた。

 今回も秀吉は相変わらずお茶目な部分を残しているのですが、その場面と、こと利休に対してシリアスになる場面との豹変の仕方が、このドラマでしかできない特徴のように思えるのです。
 これは見るほうが秀吉役の岸谷サンの演技に慣れてしまったのか、岸谷サンの演技自体が 「演じ分け」 を咀嚼できるようになってきたのかは判然としませんが、初期のころに見られた、「ただオチャラケているだけの秀吉」 とは微妙に違う凄味が生じてきている気がするんですよ。

 それはおそらく、茶々に自分の子ができた、という 「父親としての自覚」 みたいな、心境の変化、次なるステージへの進化、ということが大きなファクターとなっていることが推測されます。

 そして朝鮮出兵、という、私が実際の秀吉の行動から見てもハテナ?と思えるような、天下取りからの、形がいびつになりつつある征服欲、権力欲をこの回のドラマでも秀吉は前面に出していくわけですが、要するに利休がここ数回嫌悪感をあらわにしているのは、こうした秀吉の、イケイケドンドンな 「やりすぎ感」 に端を発しているわけです。

 それをこのドラマにおいて端的に象徴させようとしていたのが、ひびの入った竹製の花立て。

 そういうわびさびの究極みたいな精神状態を、キンキラキンの秀吉は、理解できないわけですよ。

 秀吉がキンキラキンのキンキラキン(だいじょぶだあ…笑)なのはよく分かるのですが、私が見ていて岸谷サンなりに作ってるなぁ~と思うのは、秀吉のソックス、じゃなかった、足袋。
 赤とか黄色とか、そのものずばりの原色ですよネ(これをまた、スタッフは大写ししたがるんだこれが)。

 なにしろ今回終盤での秀吉と利休とのやり取りで、秀吉はまず利休にあらためて自分のそばにいてくれ、と頭を下げるのですが、この秀吉の行動には、弟の秀長の死、というものが深く関わっています。
 秀長は死の間際、秀吉に 「イエスマンより苦言を言ってくれる人を重用してくれ」 と、利休のことを擁護しながら暗に三成を批判して、秀吉の腕の中で息絶える。

 秀吉はこのドラマの中では基本的に家族思いの人間ですから、その秀長の遺志を尊重して、いったんは利休に頭を下げるんですよ。 「今後ともわしに言いにくいことを言ってくれ」 と。
 でもこれって結構本意じゃない。
 「自分は弟を思いやるからこそ、弟のためにこうして頭を下げてやってんだ」 という意向が、見え隠れしている。
 だからその場で利休から、また言いにくいことを言われてムカッてしている。
 「『言いたいことを言ってくれ』 と今言ったばかりじゃないか」 と返す利休は、秀吉のその本心を、見抜いているわけです。
 そしてあらためて 「自分は茶頭をやめたい」 という意志を明らかにして、「それはアンタがキライになったからだ」 と、もうそのものズバリを言い切る。
 「自分は嫌いな人間のために茶を立てとうない」、と。

 これは、鶴松の噂に激怒して大虐殺をしているとか、それまでの秀吉の所業を考慮すれば、「切腹覚悟」 の大放言であります。

 秀吉は利休が、切腹を望んでいるとそのとき確かに感じ取ったのでしょう。
 「切腹を申しつける」、と秀吉は、利休に耳打ちするのです。

 このくだりに関してはもう、何も文句のつけどころはございません。
 なかなかきちんとドラマを構築していると感じます。 が。

 私が感じるのは、こうした大人でなければ理解ができぬような、男同士でなければ理解ができぬような、政治的な思惑さえも微妙に絡んだ世界に、またしても江は浅知恵で首を突っ込んでくる、というその苦々しさ、なのです。

 江は今回も、朝鮮特使に対して無礼なことをしまくったうえに利休と反目している秀吉の耳を引っ張り(引っ張ってなかったか?…笑)ずけずけとものを言うのです。
 ガキはすっこんでろ、と言いたくなる。
 どうしてこんな性格描写しかできないのか?
 いや、したくないのか?

 で、相変わらず秀忠に秀勝との仲を揶揄されて、そんないけ好かないヤツとこのあと結婚いたします、みたいな、なんかどっかの学園ドラマみたいなことをやってるんですからね。

 利休と秀吉との関係に精魂を傾けるのは結構です。
 でも、このドラマって、江が主役じゃないんですかね?
 どうしていつまでも、こんな、主人公に感情移入できないことばかりさせるのか。

 やっぱり田渕サン、上野樹里チャンが嫌いなんだな(下らん憶測です)。

 ガキはすっこんでろ、って、実は田渕サンの心の声なのかもしれない。

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コメント

 リウ様のタイトルの方が過激で素敵です。

 朝鮮の使節との会談に、何故江ちゃんが立ち会っているのでしょうか。正室も鶴松の母、茶々も主席してないのに、どういうわけで、あそこにいるのか、とても不思議でした。主役だからだろうけど。鶴松を連れているより、相手に失礼なのじゃないかなと思いました。

 秀長の死、失礼ながら、影の薄い弟でした。遺言を秀吉に言うためだけの死でした。可哀想すぎでした。

 利休さんがいなくなったら、大竹さんと、北大路さんに大河らしいことをしてもらうしかなくなりますね。7月からは、愛の劇場にでも名前変えたほうが、タイトル詐欺と腹立てる人が減るかもです。視聴者の心に優しい大河を希望します。

 無理矢理利休さんとのことに割り込んでいる江ちゃん、樹里ちゃんも大変です。江ちゃんは花嫁修業や行儀作法のお勉強をした方がいいのでは?と思うのは私だけかしら。田渕先生には、浅井3姉妹の話を江ちゃんを主役にした時の心意気を思い出してもらって、向井くんをカンフル剤に江ちゃんに愛情を注いでほしいものです。今のままでは、江ちゃん邪魔だもの。だから、嫁に出されるのかしら?これは、お邪魔虫を2回目、3回目と結婚させる為の伏線?去年の龍馬さんもお友達の為にあちこち駆けつけては何もできないで、泣いていたけど、江ちゃんのように邪魔には思わなかったです。思っていた人もいたでしょうが。江ちゃんが生意気な姫だけじゃない、利休が織田の血を感じて心残せる姫でないと、利休とのお別れのシーンで、私は泣けないと思います。怒るかもです。田渕先生に少し期待してはいるのですが、明日のお楽しみです。

リウ様、

「ガキはすっこんでろ」の一言で満足いたしました。

ぷぷっと笑い、うんうん頷きました。素敵です、リウ様。

江のどこが魅力なのかサッパリわかりませんね。そして、自分がこのドラマを、いまだに観続けている理由もわからなくなってきました。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

実はこのタイトルを冠につけるのはちょっと躊躇いたしました

しかし、このドラマを半年見てきて、江(もしくはそれを演じる上野樹里チャン)に対する作り手の、とてもネガティヴな思いをどうしても感じてしまう。 「ガキはすっこんでろ」 というのは記事の結びに書いたように、実に田渕サンの心の声のように思えたのです。

ちょっと前までは、秀吉と茶々の恋愛話、というような、とてもリアリティのないことをやっていたので、江の存在をそんなにうざったく思うことがなかった(とゆーより、物語全体が下世話なので目立つことがなかった)。

それが今回の秀吉と利休のような、話的にもきちっとしたちゃんとしたものをやることによって、江の相変わらずさが、途端に異様に不快な異臭を放つことになる。

だから朝鮮特使の謁見の場に江が同席しているのも、普通に考えればささ様のようになんでなの?という程度なのでしょうが、いったんそうした色眼鏡で見出してしまうと 「いちいちどんなところにも顔出してんじゃないわよ」 という田渕サンの悪意を感じてしまう。

そして結局、江はお邪魔虫、という印象しか見る側は残せなくなってしまう。

江を現代的な平和の大使みたいに作り手が考えているのであれば、もう視聴者が江に対して嫌悪感を抱く時点で、…まあいいか(笑)。 暑いのに頭までヒートアップさせたくないです(爆)。

半年このドラマを見ていてのいちばんの印象は、歴史のいろんな場所に神出鬼没してはブチブチ文句を言ってるだけのガキ、という、途方もない徒労感。 怒るたびに織田信長がフラッシュバックするし(まあ秀吉に対してだけですが)(あの場面のためだけに豊川悦司サンはクランクアップできないとか、そーゆーのはないでしょうね?…笑)。

…すごいドラマですねしかし(笑)。

希代加様
コメント下さり、ありがとうございます。 速攻返しです(笑)。

私の場合完全に 「今日はどんだけひどいんだろう」 という興味で見続けています(これを 「悪趣味」 と申します…笑)。

それで、今回の利休と秀吉のくだりのようにいい場面があれば、とても得した気分になるのです。

そしてそのあとに残っているのが、完全に置いてきぼりの樹里チャン。 今回タイトルは、その思いを客観的冷静に、あえて汚い言葉で表現してみました(笑)。 ホント下品ですみません。

 今日の「江」は、2回見ました。私が今まで見た中で一番良かった回でした。江ちゃんの傲慢ちっくな態度を少し我慢すればですが。そういえば、今回のタイトル覚えてません。リウ様の次の記事を楽しみにしています。

 


ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

そーでしたか! このところ内容のいい回が散見できるほどになってきた(笑)気がいたしますね。

タイトルは 「愛の嵐」 でしたよ! お昼のメロドラマか竹内まりやサンか百恵チャンかとゆー感じで、「利休切腹の回に 『愛の嵐』 はないべしたー」(方言です)と、また見くびっていたのですが…(笑)。

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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