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2011年7月23日 (土)

「江~姫たちの戦国~」 第27回 修復不能…

 江に物語がシフトすることによって、その当の主人公を今まで真面目に描いてこなかったツケが一気に噴出してきた感のある 「姫たちの戦国」。
 しかも物語は秀頼の誕生によって登場人物どうしの複雑な感情のぶつかり合いが必要になってくる段階なのですが、やはりこれも、これまでの物語全体を覆ってきた思想の薄っぺらさ、人物相関の安易さが露呈して、今回の話を見る限り、もはやどうあっても、この脚本家にこれ以上の物語を紡ぎ出すキャパシティなど残っていないのでは、と思われるほどのていたらくでした(スゲェな、ここまで書くか)。

 しかも毎週土曜の昼下がりの本日再放送では、開始34分で物語のいちばんクライマックスと思える場面で、あの 「緊急地震速報」 の忌まわしいまでの警告音が画面に響き渡り、上野樹里チャンと秀勝との間の子供、完(さだ)の目の前を警告画面が占領。 そのまま物語はニュース速報へとなだれ込み、岩手県に震度5強、という重要ニュースが15分くらい続いてさあ再開か、と思いきや、別の番組に。
 いかにNHKがこのドラマを重要視していないかがよく分かるのですが(笑)、「『江』 は後日あらためて放送したます」 とのテロップが。
 我慢できないので、オヤジのHDDからDVDダビングをして根性で最後まで見ました(そこまでして見る価値あるのか?…笑)(イヤ、ずーっと失望させる出来だったのを、クライマックスで逆転するかどうかが見たかったんですよ)(それで最後まで見た感想が、冒頭の文章であります)。

 まず今回の話の中心に脚本家が見据えたのが、「江が秀勝の死をどのように乗り越えていくのか」、という主題。 このテーマには異論はございませんが、江にそのショックを演じさせるために脚本家が選んだのが、「江が生まれたばかりの赤ん坊を抱くことを拒絶する」、という展開。
 つまり 「秀勝さまと一緒にこの子を抱きたかった」、という江の痛々しいまでの心情をそれで表現させようとしているのですが、見る側は江に毫も(ごうも、少しも、の意)(ちょっと外したかこのギャグ)感情移入してないために、「秀勝との愛の結晶を抱くことができないなんて、なんという女なんだ」 という感想しか導き出せない。
 しかも例の乳母が自分勝手にオイオイ泣き暮れる江に同情して、また大げさに泣きやがる(笑)。 ますます印象が悪くなっていきます。

 見舞いに来た初もそんな江を諌めるのですが見事に跳ね返され、京極竜子に助け船を求める。 ここでの竜子の反応が、また人をおちゃらかしたような心ないものであり。
 彼女のアドバイスの内容はつまり 「最愛の夫が死んだって新しい恋人に優しくされりゃすぐに忘れますわ、オホホホホ」 という、…まあ完全にウケを狙ってのものなんでしょうが、夫を亡くしたばかりの新妻にかける言葉にしては配慮がなさすぎる。 そのウケ狙いの言葉を聞いて初もズッコケるし。 こっちもズッコケましたよ(久々にズッコケさせてもらえたけど、後味非常に悪し)(いくら悲しみを紛らわすために笑わそうとしたのかもしれなくても、人が死んだのに、「時がたてば忘れますよ」 じゃないだろう)。

 今回の 「江」 はおよそこの2名の 「自分勝手女」 のために、これまでの話のなかでも最悪とも思える忌々しさに見る側を包みながら、物語が進行していきます。

 そしてこの、細川ガラシャの励ましにも浮かぬ顔で 「秀勝さまと話したり笑ったりしたいの」「私の気持ちなんか分かるわけないでしょ」  とのたまい続け、その秀勝との子供を一顧だにしないこの 「自分の子供が抱けぬ」 馬鹿女(とても失礼な書き方ですが、そう書かざるを得ません)に茶々がアドバイスをすることで、ようやく馬鹿女は立ち直るきっかけを見い出す。

 茶々は鶴松が死んだときもほかの者の励ましなんかまるで耳に入らなかった、と言い、強引な論理で江をねじ伏せる。

 「江、希望を持つのじゃ。

 なくても持つのじゃ。

 難しいことをせよと申しておる。

 されど、そこからしか、生き直すことはできぬ」

 江の娘、お完も希望なのだ、と江に迫る茶々。
 「この子は、希望ゆえな」 と話していた時任三郎サンの姿が、茶々に重なります。
 まさか 「希望」 というキーワードで、この物語は完結に突っ走っていくのではないか、という大きな危惧を、このとき私は感じました。

 これで江の頑なだった心は溶解し、自分の子をようやく抱く。
 みんなからさんざんアドバイスを受けてそういう流れにいく江を、私はとても甘ちゃんだと感じます。
 自分が慰めてほしくて、拗ねて見せているようにしか、見えないんですよ。
 このドラマがこれで培ってきたうすっぺらな思想が、ここに結実している気すらする。

 このあと茶々に拾(秀頼)が誕生するのですが、秀吉は拾を見て、秀次を追い落とそうという発想を得る。 折しも降り出した雨を見ながら 「嵐の予感がする」 とのたまう江。 それは秀吉の秀次への仕打ち、という嵐なのは火を見るより明らかで、こういう程度の低い比喩をするな!と言いたくなってくる。
 このところの物語の立ち直りは、利休と秀吉の存在感によるものだけの原因だったのか。

 最後は怒りが爆発してしまいましたが、ちょっとここ数回話がよくなりかけたのに、やっぱりこうなるしかないんだろうな、という気がとてもする。 脚本家も所詮この程度の技量だったか、という気がとてもする。

 それを助長しているのが、今回ドラマにおける秀忠の動向。
 彼はいけ好かないという印象しか持っていない江が、夫と死に別れたとか聞いて、しきりに江のことを心配している。 しかもその心配の仕方は、ニヒリズムが入り混じったナルシストタイプのソレ。 次回はその秀忠と、江が結びつけられるらしい。

 どうしてこんな安っぽい恋愛ゲームでしか、ドラマを進行させられないのでしょうか。
 まことに失礼な物言いの連続で申し訳ないのですが、ちょっと腹に据えかねすぎました、今回の出来は。 さんざん苦労して最後まで見たので、いつもよりボルテージが上がってしまったことはご了承ください。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

 リウ様お疲れ様でした。そりゃあ、地震のニュースの方がNHKにとって、江ちゃんより大事です!江ちゃんより国民の安全。江ちゃんへの風当たりは内外から、厳しくなってきてるのかも。

 実は今日、茶々が江ちゃんに赤ちゃんは希望だからと慰めているところまでは見ました。というのも、娘を送って行くのを、旦那に押し付けるのに成功したからです。でも途中で、旦那が帰ってきたので、そこまでになりました。彼は江ちゃんより、録画した韓流ドラマを見なければならないそうで、追い出されてしまいました。

 江ちゃんが育児放棄なのは、わからないでもないです。動物園で飼育されてる、動物がよくなりますが、同じようなものでしょう。それに彼女はガキだし。秀勝と一緒に抱きたかったというのは、言い訳です。こじつけでしょう。自分が悪く思われたくないからです。誰からも。これは江ちゃんじゃなくて、脚本の先生もかも。しかも悪いのは秀吉に押し付けてるし。江ちゃんも先生も。

 子供を産むのは女なら、可能だけど、誰もが母になれるわけじゃありません。ついでに言うと親を選べない子供はもっと不幸なわけで。江ちゃんは秀勝を失って自分が一番不幸だと思っていますが、愛してくれるはずだった父親は亡くなり、母親が育児放棄しているお完ちゃんの方がもっと可哀想なのです。だから、乳母が江ちゃんが可哀想と泣いても、私などしらけてしまいます。普通だと秀勝の分も自分が愛して大事にすると多分なるでしょうが、ならないのが、先生の個性なんでしょう。初ちゃんも龍子さんもバブルの残党かというくらい、馬鹿すぎ。

 希望。このドラマの希望はどこにあるのでしょう。篤姫でちやほやされた先生にとって、オリジナルで臨んだ今作への不評は思いがけないものなのかしれません。篤姫の時、原作者の名前が脚本より大きく扱われるのは気に入らないと従来のクレジットの仕方にクレームをNHKに言ったけど、取り合ってもらえなかったとか週刊誌に面白おかしく書いてありましたが、(多分嘘だと思いたいですが)オリジナルだと不評の責任は先生一人で背負うしかありません。役者さんたちは頑張って演じているのです。先生何とかして。以上半分くらい見た私の感想です。明日見れるかしら?

 

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

今回の論調について、「今回は見ることが叶いません」 と書いて寄こしてくださっていたささ様に 「今回はこんなに酷かったんで、見なくてよかったですよ」 という気持ちも、すこしばかり混じっていたのかもしれません(恩着せがましいような書き方で申し訳ありません)。 結局半分くらいはご覧になられていたみたいでしたけど

ただやはり、いつもより格段に苦労して最後まで見た、というのが怒りに火をつけていることだけは言えてます。
このていたらくを残り10分程度でひっくり返してくれるのでは、と思った自分にも腹が立つのです。

実は江が茶々に諭されて完を抱きあげるところで緊急地震速報となったのですが、結果的にこの場面がいちばん今回のクライマックスシーン。

その後朝鮮討伐から矢も盾もたまらず帰ってきて拾をあやす秀吉に、江は秀勝のことも絡めて 「戦をやめろ」 だのまたひとしきり嫌味を言います。 この際 「誰に対してモノ申しておる」 とか秀吉にすごまれて、江はたじろいでしまう。 たじろぐくらい近頃の秀吉には迫力があるのでしょうが、それをこの女は根に持って茶々に言いつけたりして 「戦争反対」 の機運をまとめようとする。 話がもう薄っぺらくて情けなくなってきます。

作り手は江が朝鮮討伐を間接的に止めたとか、彼女を功労者みたいに見せたいみたいですが、ただ私憤で動いているようにしか見えない。 それは彼女の戦争反対の土台となっている思想がとても希薄だからだと思うんですよ。
龍子にも同様に思想的背景が見えない。
ささ様がふたりをバブルの残党みたいに思ってしまうのも、そこに原因があるような気がしています。

育児放棄した江に関しては、ささ様の 「江を悪女として描こうとしているのでは」 というくだりを思い返しながら見ておりました。 私にしてみれば、「子供も抱けないほど私は夫の死を悲しんでいるのよ」 とした主人公に、これまでになく幻滅いたしました。 もうこの女に感情移入する機会というのは訪れない気がいたします

 江ちゃんにも戦争反対を言う資格は歴史的にはあるでしょうが、このドラマでは、江ちゃんに根拠をもたせていないのが致命的。だって、自分の悲しみや苦しみを根拠にしているようにもみえないです。悲しみを押し殺して健気に明るく生きてきたとも見えないし。父親を戦争で亡くした悲しみを持って生れて、義父と実母を失い、愛した夫も失う。これだけで、戦争反対と言っていいと思いますが、ドラマの江ちゃんにちっとも共感できません。

 昔の朝ドラ「おしん」などの橋田作品とは戦争の痛みが違います。多分橋田先生は実体験から戦争と向き合っているから、戦争中に戦争反対と安易に言えない苦しみを知ってるし、戦争に夫や子供を取られてしまう家族の嘆きも知っていますが、田渕先生には、時代背景でしか、ですらないので、ちっとも江ちゃんに心寄せられないです。だって、今は豊臣の嫁ですよ。しかもお姫様で、バブリーな生活して世話係がいて、何不自由ない人。しかもやたら威張って、好き放題してるし。旦那が死んだって庶民から見れば「天罰かも」くらいです。利休が死んだ時自分の無力さを知って謙虚になったのかと思いましたが、甘かったです。

 ながら見だけど、見てしまって、リウ様のご苦労を思うと申し訳ありません。毎週見なきゃいけないほど大騒ぎするドラマじゃないのに、ごめんなさい。丁寧なレビューありがとうございました。

 このドラマのいいところは悪口をいくらでもあげられるところです。

 先生は視聴者に日頃の鬱憤をはらしてもらおうと、「まっとうな大河ドラマとは」毎週問いかけているのかもです。原作があると原作者が迷惑するので、オリジナルで批判を一身にうける御覚悟で。犠牲的精神で。そんなことあるか!

 今日は正座して江ちゃんを見ます。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

確かにその生い立ちから、江には戦争反対を言う資格というものは備わっていますよね。

問題は、父母を失った思いとか戦禍に巻き込まれた記憶とかが、その後の江に何の影響も及ぼしていない、その手の描写が全くない、ということに尽きますね。

つまりことあるごとに、亡き母上を思い出すとか、火を見たら城の炎上を思い出すとか、着物たたみ係と服を引っ張りあってメーワクかけたら柴田勝家の教えを思い出すとか、そうしたことを一切していない。 そうしたほんのちょっとの描写で彼女の戦争反対の思想には肉付けがされていくのに、ない。

それどころかそれ以上に江を、自分のことしか考えていない女性として描くことに、作り手が汲々としている。

自分が悲しいから、自分が腹立ったから、何でもやっていいんだ、という、このドラマにおける江の人生そのものを貫いているスタンスですよね。

今回細川ガラシャが江に 「自分の思った通りの生き方を貫け」、と言っているのは、まさにその象徴。

このドラマはその意味を、「自分勝手に生きろ」「相手のことなど思いやるな」、ということと同義にしてしまっている。

話に共感できなくなるはずです。

中身がスカスカだから、秀次の描写とかガラシャの苦労話とか、物語があっちゃこっちゃに飛んでますます話が薄っぺらくなっていく。 「修復不能」、です。

 今日は無事見ました。北村有起哉さんの演技と声。2回見ました。たまにこういう出会いがあるので、大河ドラマを見て良かったです。江ちゃんには共感できないけど、秀次にはできます。北村さんを見てください。北村さんは江ちゃんに出演するには、もったいないくらい。きっと舞台で見たらもっと凄いのだろうと思わせてくれました。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

北村サンも亡きお父様に負けぬ役者になってまいりましたね。 不勉強なものであまり知らなかったのですが、「任侠ヘルパー」 のスペシャル版で、とても印象的な役をやっているのを見てから、注目の役者さんになりました。

それにしても江に相変わらず共感できませんでしたか…。 樹里チャンが、哀れすぎますね…。

この記事の本文もあまり過激なので、ちょっと直そうかな、と思っています…。

今晩は。
リウ様の、修復不能・・・に、かなり同意いたします。

先日,NHKの深夜ラジオで、脚本家の「江」の解説を聞きました。
歴史上の事がら(例えば利休の切腹)は、変えられないけど、その他、心理などは、自由に変えられる、
私はドラマ作りが上手いのよ、と、自画自賛していました。(苦笑)

石田三成も、割と好きなんですって。
あれだけバカに書いといて?、と思いましたけど。(笑)

頑なな江の気持ちを解す為、家康に、徳川へ嫁に来てくれと、懇願させるとか、(呆れ)
そういう時、時代考証は、お構いなしなんでしょうね、きっと。

春日の局まで、行かなくても、姑役は、出てきて、ホームドラマのやり取りが、見られそうです。

勇者様
再コメント下さり、ありがとうございます。

田渕女史の様子は、なんか裸の王様を連想させますネ。 たぶん聴き手はNHKのアナウンサーだと思いますけど(違ってたら失礼)、こないだ資料提供のかたがラジオ出演されていたときも、しきりと自局アナはこのクソドラマ(笑)を擁護されてましたからね。 その調子で田渕サンも、おだてられて調子に乗ってたんじゃないでしょうか?

このドラマに対して好意的なものに、私はあまりお目にかかったことがありません。 NHKに寄せられるのもおそらく同様に、批判的なコメントが多数を占めていると思われます。 いくら自らに対して盲目的であったとしても、NHKに普通の感覚が備わっていれば、田渕女史をおだてているのはいま限り、もう金輪際起用しようとは思わないはす、…ですが…?(ハハ…)

 樹里ちゃんは「のだめ」の成功が足枷になっているし、NHKと田渕先生は「篤姫」が足枷なのでは。柳の下にどじょうはそうそういません。近頃は江ちゃんばかりか、先生のお気に入りの秀忠にも魅力を感じません。「邪魔」に二人が思えて。 向井くんのルックスは素敵ですけど。話の中で邪魔なんです。これから、二人が結婚しても、魅力を感じません。樹里ちゃんを「のだめ」そのままで脚本に書いたり演出したりというのは、若い女優さんを伸ばそうとか育てようという気持ちが制作陣にないし、愛情も感じられません。去年の龍馬さんを借り出すために、同じ事務所から江の主役を抜擢したとか陰口をたたかれないようにしてほしいものです。樹里ちゃんかわいそうです。江ちゃんには全く同情しませんが。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

NHK自体のドラマ製作基準、というものが、いまその方向が主流になってしまっている、ということなんじゃないかな、と感じます。 「テンペスト」 や 「胡桃の部屋」 なんかを見ていると、きちんとした大地に根を下ろしたドラマというのは、ちゃんと作り続けている。 でも大河ドラマ、という大看板で、安易に安定路線、手堅く行きたがっている感じ。 それが大失敗なことに、とっとと気付いてくれればいいんですが(笑)。

物語の中心に位置すればするほど人物に魅力がなくなる、というのはこと1年間も見せ続ける大河ドラマに関しては致命的。 樹里チャンも哀れに思えますが、向井クンもとんだ災難です(笑)。

リウ様、はじめまして。
さりと申します。

このドラマのあまりのヒドさに、どなたか(罵詈雑言だけでなく)ちゃんと文章にしてくださっている方はいないかと検索して、こちらへたどり着きました。

上野樹里さんも向井理さんも岸谷さんも好きな俳優だけに、なんともかわいそうでなりません・・・
「大河出演」は俳優さんにとって重要なステータスとなるべきものであるはずなのに、
これが彼らの経歴に残るとなると、失笑されてしまいそうで。(一昨年の出演陣についても同様に思います。)
渡辺謙さんはもちろん、主役でなくても新選組!および篤姫の堺雅人さんとか、昨年の佐藤健さんとか大森南朋さんとかはきっと、ああ、大河でいい味出してたよね、と印象に残っているのに、今年は半分を超えたのにいい味出してるな、という俳優さんはみんな死んでしまいました。しかもあっさりと駆け足で。

武家のお嬢様なはずなのに、目上の人への言葉づかいがヒドかったり、お城の中を走り回ったり、なんだかとっても野育ちな感じ。侍女の着物がそれぞれずらっとお揃いでバカ殿のようにみえてしまったり(そういうものだったのでしょうか?)、
ストーリー以外の部分でも粗さの目立つところがよりストーリーのスカスカさを際立たせてしまっているように思います。

連ドラ録画しているのでこの後も見続けることになってしまうと思うのですが、リウ様にもできればぜひ、レビューを続けていただきたいと思います・・・

さり様
こちらこそはじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

確かにほかのかたのドラマブログなんかをのぞいてみると、罵詈雑言の嵐ですよね。 お気持ちはとてもよく分かりますし、こういうひどいドラマは揶揄してこそ、市井の庶民の心意気なのだ、という気もいたします。
私もタガが外れたら何書くか分かんないくらいなんですけどネ(爆)。

この回の当ブログレビューはちょっと、タガが外れ気味です。 本文などにも書きましたが、それというのも放送が途中で休止してしまったためにすごく苦労して続きを見たためで(笑)。

ですから出来がよかったな、と思ったときは素直にそう書いております。 いったん罵詈雑言でレビューを書いてしまうと、作品のよい部分も見えなくなってしまう気がとてもするからです。

ですのでご期待に添えるような批判の文章ばかりにならないこともあるかと存じますが、よろしかったらおつきあいくださいませ。

確かによい役者さんが次々退場していきますよね(笑)。 でも家康役の北大路サンは、かなり最後までご出演なさると思います(ひょっとして最終回まで?という勢いですが…笑)。

ご一緒に、楽しんでまいりましょう!(ついでにムカつきましょう!…笑)

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

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    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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