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2011年8月 6日 (土)

「江~姫たちの戦国~」 第29回 なんと申してよいものやら

 はぁ…。
 今回はスカでした。

 この回のもっとも中心だと思われるのが、江が秀忠への嫁入りをするのに娘の完を連れていけない、ということに対するロジック(作り手の言い訳とも申します)であります。

 まずこのドラマでは、「完は亡くなった秀勝との間に生まれた豊臣の子、置いていくのが道理である」 という秀吉、石田三成の論理を前提として提示する。
 それに対して江も淀(茶々)も、最初 「あり得ない」 と反駁するのですが、かようにドラマ上前提となる秀吉らの論理に対して反発するベクトルを提示するならば、結局江が完を置いていった、という歴史的事実に沿うように、ドラマの作り手は江と淀を納得させねばならないのです。

 ちょっと分かりにくい話で恐縮なのですが、つまり江も淀も、「完を置いていくのが道理」 というふうに最初から思ってしまっては、今回のドラマ自体が成り立たないっていうことです(笑)。

 だから江や淀に反駁させるのなら、彼女らにも見ている側にも納得のいく理由を提示する必要に、作り手は迫られるわけなのです。

 ドラマで提示されたその納得させるロジックは、「今は戦国の世だから、豊臣と徳川がいつ反目しあうのかも分からない。 もしそうなったとき完は、豊臣の子として徳川に敵とみなされる」 というもの。

 江を諭す淀のその論理には、自分たちの母親(市)が伯父上(織田信長)を裏切ったことで息がつまる毎日を我らも強いられた、という体験に基づく内容も含まれていました。

 けれどもこの淀の論理には、整合性があまり見られない。

 息がつまる生活なんか、このドラマのなかではしてなかったじゃないの、ということなんですよ。

 初はお菓子ばっかり食べてるしアイドルオタクだし、江は自分勝手にホイホイ失踪しちゃうし、このふたりは犬も食わぬケンカばかりしてるし。

 そしてそんなノーテンキな戦国時代を生きてきたのに、いまさら 「戦国の世の習わし」 を持ちだすか、っていうことなんですよ。

 江に関しても、このドラマでは秀勝が亡くなってしまったことで、江は稚児の完を抱くことができない、という母親放棄の経過を描写している。
 いまさら完を連れていけないからと不満を訴えるのは、完をたとえ一時期でも自分の意志で抱かなかった母親が、また自分勝手を言っている、というように見えてしまう。

 三姉妹を戦国の世でも生き生きと明るく生かせたかった、とする作り手の思いには賛同いたしますが、だからこそ今回の淀のロジックに説得力を伴うことができなかった、ということは、作り手は認識すべきであります。

 そしてこのドラマの最大の弱点は、そんな脆弱なロジックを、セリフだけで片付けようとしてしまう点にある。

 話が行き当たりばったりだから、セリフだけで見る側をねじ伏せることしか出来ないのがその理由です。

 この回の全体的な印象を思い返してみると、ほとんど部屋のなかで、誰かと誰かがしゃべっているシーンばかり。

 そんな動きの少ない低予算チックなドラマのなかでは、セリフに頼るしかないっていうのは、同情したくもなってきます。

 でも登場人物の来歴にまるで一貫性がないこのドラマでは、とてもそれが小手先に見えてしまう。

 結局リアリティのないグダグダな話に、外見上は見えてしまう。

 かなりキツイ物言いになってしまいました。
 このドラマはいろんな角度から批判されているのですが、その批判の構造にまで思いが至ってしまった今回。
 唯一私の琴線に響いたのが、この子役の完チャンだったのです。
 「ははうえー」 というセリフが、いつまでも鳴り響いています。
 けれども完を思って輿のなかで泣いている江に、感情移入ができない。

 考えてみればドラマをドラマたらしめているいちばんの立役者が子役、というのも、情けない話であります。

 そして秀忠のところへとやってきた江。
 初夜のやり取りは、見ていてこんにゃく問答みたいで、面白かったです(なんやソレ)。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

 私が泣いたのは、完ちゃんが母を探して駆けてるところです。とっても可愛いかったです。

 ドラマの内容については私は母親なので、リウ様とはちょっと違うかもです。まず結婚についての江ちゃんと秀忠くんですが、相変わらずで、17歳の秀忠くん、ひねくれてて嫌いです。「あんなのが、自分の息子だったら、私は家出してやる。」と思っていたら、家康パパ、家を出て、自分で嫁取りに行きました。で、ここで、いつもの、「わからぬ。」が出てきまして、ついでに、「わからぬが、何か宝のようなものを持っている。」と江ちゃんをよいしょしました。そこで、「おじ様と同じような事を言ってくれた。」とかで、「徳川に望まれて嫁に行く」って感じになりました。このように、持ち上げられると前向きになれるところが、江ちゃんの長所なのでしょうか。謙虚の二文字とは無縁のようです。そして政略結婚が先生はお嫌いのようです。

 で、完ちゃんをめぐって「置いて行け」のお話になるのですが、いつ江ちゃんが母性に目覚めたのか、確か「抱けない」とか言ってましたけど、ぐだぐだあって、茶々が、最後説得にくるのですが、私は、このドラマでは豊臣の母である茶々に、豊臣の姫であるお完を託すというのは、納得できました。「姉上は自分の子と同じようにお完を育ててくれますか。」というセリフは、ダメ母の江ちゃんの精一杯の気持ちだったのではと好意的に受け取りました。

 だって、完ちゃん可愛いのです。とにかく可愛い。おかげで、涙腺がゆるんでしまいまして、この内容で落涙です。「浪花節でもいいや、完ちゃん可愛い」となってしまいました。後、母を探したけど、伯母である茶々しかいなかった時、「母上じゃありません。」とお完ちゃんは否定してたけど、そのうち、本当の母親の姿も忘れて育つのだろうなと思うと、無邪気な姿に、感じいってしまいました、

 その後の3度目の床入りのトークは、げんなりでした。先生はお好きのようですね。

 46回では主人公が死ぬ予定のようです。先生のブログでは。まだ書いてないから、どうなることやらです。

 完ちゃんがただ走っているだけが、感動的では、困ったドラマですよね。本当に。内容がひどいという点では、リウ様に同感です。

 

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

私も完チャンの演技には、ちょっとクラクラっと来ました(笑)。
けれどもその受け皿となるべき江に、ちっとも感情移入ができないんですよ、これは痛い。
江はこの子を本当に愛しているのか、というのがこのドラマを見ていても伝わってこない。

それは江の精神年齢がいまだに幼いままであるような印象が消えないためで、「この子を守る」 という毅然とした態度よりも、「どうして自分の子供と別れなきゃならないの」 という自分中心の視点でしか、今回の出来事を江がとらえていないことから来ている、と私は考えるのです。

そんな物語の薄っぺらさに助走をかけていたのが、家康が江に嫁入りの嘆願に来ていた今回のエピソード(その前に、草刈正雄サンが 「とんだご無礼」 を乳母からバトンタッチしていたのにも、ちょっとイライラしていましたけど…笑)。

ささ様の描写してくださったとおり、「あなたには宝がある気がする」 とした家康の真意というものが、伝わってこない。

だって江に宝があると思えないですから(笑)。

家康は、「秀忠は何を考えているのか分からない。 あなたは思ったことをそのまま口にするから分かりやすい」 という視点で、ふたりがお似合いなのではないか、と推測していました。 あげくにその、「分からぬ」 ですからね。

全く説得力ゼロ。

結局大大名が何しに来たんだ?みたいな感じで、見ていてやれやれ、といったところに、江と完の子別れの話ですからね。

その構成の仕方から、見ているとまるで石田三成が淀を説得してすべてのお膳立てを整えたかのような話の運び。 他になんか思いつきそうな気もするんですが。 ささ様が 「ぐだぐだ」 とおっしゃるのがとてもよく分かる。

「伯母上は母上ではありません」 という完チャンのセリフは泣かせますよね。 豊臣の姫だから豊臣に、というのは納得の話なんですが、それって当然ですよね、と思っちゃうんですよ、個人的に。

だから江や淀に反駁させた、最初の反応が失敗している、と思うんですよ。

そんなぐだぐだのドラマだから、秀忠と江のピロートーク(にもなってないか…笑)の下らなさが、「このドラマっぽくていいよな」 と感じてしまうのです。

ああ~すごく嫌な性格になった気がします

 このドラマには一年間を通しての整合性がない、一貫性がないというのは同感です。場当たりドラマですよね。登場人物の人格、性格もころころ変わるし、積み重ねの無いドラマですよね。だから、時々見なくても、内容についていけなくなる心配もないですけど。内容はタイトルと関係なかったりしますし。

 このドラマでは、家康の家臣は草刈さんしか、たいてい出てこないし、秀吉の家臣は三成だけしか出てきません。コスト削減にしか見えません。先生がお好きなセレブ感が足りないと思います。

 完ちゃんの可愛さが唯一の救いだった今回ですが、次回は二人が愛を育むお話のようなので、多分私は見ながら、毒をはいてると思います。
 

リウ様、こんばんは。
私も今回の江には同情できませんでした。リウ様のおっしゃるとおり、「つい先々週、育児放棄してたじゃん?」となってしまって。その後母性を取り戻した、とはなっているもののちょっと一緒に遊んで「完はかわいいのう」とか「この色が似合うのう」とかちょこっと言ってるだけで、ちっとも親子の情愛的な描写がなかっただけに、しらけてしまった感じです。
細かいことですが、完ちゃんと一緒に遊んでいた風車を、なんで持っていってしまうのよ、とか。完ちゃんの「ははうえー」が効果的なだけに、(完ちゃんにとって)母上との思い出のおもちゃすら残していかないなんて、なんて身勝手なの・・・と。

最後の秀忠とのやりとりは、面白くなるかも?と思ってみてました。ただ、予告で「愛しき人よ」ってタイトルで(タイトルのセンスもどうにかして欲しい)ああ、それなりにまた秀忠のことを見直し(惚れ)ちゃうんだろーなーと思ってしまった面もあります。

ひとつひとつのエピソードや人物描写が薄く、どんどん歴史が動いて年月だけがすすんでいて、なんだかずっとダイジェストを観ているような気分です。これから本編放送されるのでしょうか?なんて。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

予告編では火事場の馬鹿力、じゃなかった(笑)火事場でふたりの愛が育まれる、という、「吊り橋の恋愛論」 みたいな展開でしたね(笑)。 なんかその時点で、ええ~っナニソレ?という感じなんですが…。

サブタイトルも 「愛しき人よ」 ですか。 「JIN」 の主題歌、あ、あれは 「いとしき日々よ」 だった(笑)。

おそらくセットと衣装とギャラで予算のほとんどを使ってしまった(あ、だいたいドラマってそんなもんか…笑)から、戦場シーンはおろか出演者も限定されてしまうのかな…。

当ブログの右側に位置している 「坂の上の雲」 のブログパーツも、ついて放送日までのカウントダウンが始まりました。 そっちのほうが気になってしまうかも(爆)。

さり様
コメント下さり、ありがとうございます。

江が完に向ける愛情の目、というのは、さり様がコメントでご指摘して下さった部分だけしか、私も正直言って印象がありません。
でも今回の話をメロドラマにするには、こんな浅いエピソード以上のものを用意する必要が、作り手にはあると感じます。

それができていないことで、「うすっぺら」 という烙印を、多くの視聴者から押されてしまうことになる。 結果的に、完チャンのかわいらしさが誘う涙に、江も淀も太刀打ちできない。

赤い風車を江が持っていってしまって、あとに何も残らなかったのかどうかは分かりませんが(笑)、「もう金輪際完には会わぬ」 と心に決めた江が、完の前から自分の母親としての痕跡をすべて消し去った、と考えるのは、結構自然な気がします。

同時間帯にコメントを返信していたせいか、先の返信と内容がかぶってしまうのですが、ドラマ本編もグダグダなら、サブタイトルもグダグダ。 「最低の夫」 という今回のサブタイトルも、「サイッテーの夫」 としたほうがよほどすっきりする気がする(あ~ダメだぁ~、過激さが止まらない)。

ごめんなさい、これ以上コメントを続けると、とてつもなく嫌な人間になってしまう気がします

「坂の上の雲」の前座にもならない出来の大河ですよね。毒をはいちゃった。
 
 「宝のような物を持ってる」って家康は言ってたけど具体的にいうと何か教えてほしかったです。傍若無人なところ?私は江ちゃんのように傲慢な女は一番苦手です。

 江ちゃんに呆れてしまうのは、家康に持ち上げられたら、簡単に嫁に行く気になるわ、完を連れてけないとなると、やめると言い出すわ、軽すぎることです。子供のまま。家康は秀忠に純真な少年に戻ってほしいんでしょうか?ありえないです。徳川のためになるように生きるという時点で、江ちゃんは完ちゃんの存在を自分で切り捨てたことに思い至るべきです。どれだけ、お馬鹿さんなのでしょうか。だから、余計に完ちゃんが可哀想で、それでも母を探している健気さに泣けました。どんなに自分勝手でお馬鹿さんでも完ちゃんの生みの母は江ちゃん一人ですから。後、震災で、引き離された家族がたくさんあって、その中には、完ちゃんのような可愛い子供もいるのだろうなとか、思ってしまいました。可愛い子供と動物にはかなわないというのは正論だと思った回でした。大河がこれでいいのかしら?

ささ様
再レス下さり、ありがとうございます。 夜勤続きの身なのに先の返信後、眠くて寝てました(笑)。

なんか私もツボにハマってしまったせいか、先の返信では次第にたまっていた鬱憤が噴出してしまった感があるのですが、結構こうして鬱憤を晴らすのも快感なんだな、このドラマを見たくなるのも、こうしてレビューを書きたくなるのも、いただいたコメントに全力で返信したくなるのも、その快感を求めてのことなのかな、なんて気になってきました(笑)。

確かに家康がもったいつけて江に宝があるけどそれは教えない、なんてドラマの作りかたを見ていると、そんなもんないでしょと思っている受け手は、ますますイライラしてくる気がしますよね。

ホントにささ様のおっしゃる通りで、江が最初ゴネたけど嫁に行くと決めた動機も希薄で、やっぱり行かぬと言い出したのも、確か輿入れの前日だったような覚えがあります。 さすがにドタキャンとまではいきませんでしたが(笑)、前日になって完は置いてけとか、よくそういう話を作るよなあと、ちょっと呆れてました。

完のあまりの可愛さに頼りっきりでなく、ちゃんと泣かせてほしかったですね。

 昨晩、調子に乗って毒をはいてしまいまして、反省しております。

 家康はタヌキさんなので、はっきりしたことは言わないでしょう。それはいいんです。でも江ちゃんに周りの人を惹きつける魅力がある事をドラマの中で納得させてほしいです。セリフや演技や演出で。先生は江ちゃんをドラマのヒロインだと思っているのでしょうか?先生のヒロインは今のところ、茶々さんにしか思えないです。

 日頃の鬱憤がはらせるいいドラマのままでも、私は構わないですけど、ここまで、頑張って見続けていると、主役の江の人生で何か心に残るドラマになってほしいです。今のところ、北村さんの秀次だけだもの。完ちゃんの可愛さとか。「江」らしいと言えばそうなんですけどね。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 返信、遅れまして失礼いたします。

いいんですよ、思いっきり鬱憤を晴らしていただいて!
私も結構良心的なドラマフォロワーかと思われておりますので、自分の懐にあるナイフをチラチラ見せられるこのレビューとささ様とのやり取りが、ちょっと楽しみでもあるのです

ホントに、「江の持ってる宝って何?」 って見る側を苦悩させてはならないと思いますよー。 何でもズケズケ話すところか?あちゃー…、という感じですもんね(笑)。 ズケズケ話すのはいいけど、みんな自分の尺度でものを考えているだけの宇宙人言葉なんですからねぇ…(Hト山サンか?)。

まあ、このドラマの江は、単なる狂言回しなのではないでしょうか(ナイフどころか、ドラゴンキラーだこれじゃ…爆)。

 「愛しき人よ」を見ました。タイトル詐欺はないです。リウ様の予想どおりかと思われます。このドラマらしく、愛を育んでいきます。優しい気持ちで見る事をお勧めします。

ささ様
ご丁寧にご報告下さり、痛み入ります。 返信が遅れました。 お詫び申し上げます。

おおらかに見ないとブチ切れる、ということですネ!(笑) 了解いたしました。

なんかこのドラマ、歴史に名を借りた、妄想ドラマのような気がしてまいりました…

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

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  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

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    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
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    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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