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2011年8月12日 (金)

「胡桃の部屋」 第3回 前しか見えてない自分

 リストラされ生きる気力を無くした男(蟹江敬三サン)を、最初は仕方ないかみたいな感覚でかくまっていた、おでん屋の女(西田尚美サン)。
 その失踪した父親の娘(松下奈緒サン)の相談に、成り行きで乗っている、自分は女房に逃げられた男(原田泰造サン)。
 おでん屋の女はその失踪した男に、女房に逃げられた男はその父親の娘に、シンパシーを感じていることに今回気付きます。

 原田サンは松下サンの相談に乗っているとき、松下サンを 「前しか見てないんじゃ疲れるから、もっとよそ見をしたほうがいい」 という内容のアドバイスをします。
 これって、このドラマに出てくる人たちほぼ全員に言えてるような気がしました。

 松下サンの母親の竹下景子サンは、夫に逃げられて過食症気味になり、半分おかしくなってるような感じ。 訪問販売の洗剤を呆れるほど買いまくり、何かあると暴れ出す。 自分がこんな境遇にいることを、認めたくないのです。

 松下サンの姉の井川遥サンにしても同じ。
 彼女は夫が浮気していると知り、やはり自らのアイデンティティが崩壊している。
 万引きをしたことを認めようとせずあくまで松下サンに対してもしらを切り、結局お買い上げをしたと思われるその万引きした缶詰を見て、慟哭する。

 このふたりに共通しているのは、パートナーに裏切られて、確かに相手を責める部分も見せてはいるんですが、まるで自分が家庭のなかの妻の役割を果たせなかったと考えて、自分を責めているような部分がある、ということです。
 だからなのか、現代的感覚からこのドラマを覗いていると、ドラマ全体が、とてもウェットな感情に支配されているような感覚に陥る。

 「責任」 ということに対して当時の人たちのほうが現代人より強い呪縛にとらわれているからこそ、「そんなに思いつめなくても…」 いいようなことに思いつめるウェットさが、そこに存在している。

 それを象徴しているのが、先の原田サンの 「前しか見えてない」 発言のように思われるのです。
 もっともその強い呪縛こそが、当時の大人たちを 「大人」 たらしめている大きな要因では、あるのですが。

 その 「大人への階段」 を登り損なった人間として、おでん屋の西田サンが配されている。 私にはそんな気がするのですが、現代だったら、別にちょっとくらい失敗したって、家族とか家庭とかいうものに対する神話が崩れちゃっているようなところがあるから、「まあいいか」 って考えてしまいそうですけど、おでん屋はそうはいかない。
 彼女はハスッパに構えながら、家族の情愛に、とても飢えているのです。
 だから蟹江サンの持つ、家庭人としての揺るぎなさに、とても惹かれてしまう。
 蟹江サン、家庭を捨てたけれども、やっぱり、揺るぎないんですよ、「責任」 を全うしようとする男の生きかたが。

 サンドイッチマンをしている蟹江サンの目の前に、原田サンが現れたとき、蟹江サンは即座に 「そこに立つな、邪魔になる」 と制します。
 人間捨てましたみたいな場末の仕事をしていても、仕事に対する責任感を全うしようとする。
 これが、昔の男なのです。
 いくら落ちぶれていても、「責任」 に対する遂行意欲というものが、ハンパではない。

 だからこそそんな自分のありかたにひとたび疑問を持ったとき、「自分は歯車のひとつだった」 とか 「おまえに何が分かる」 とか、幼稚な子供のように逃げるしか、術がなくなるんですよ。
 「自分は死んだと思っていいと伝えてくれ」 とすねたようなことを言う蟹江サンに、原田サンは 「ずいぶん勝手だ。 生きてるほうはどうすりゃいいんですか」 と捨てゼリフを残して去っていくのですが、この反応って、結構現代人っぽい。
 原田サンは女房子供にちょっと頭を下げりゃそれで済むと思っている。 そんなこだわりなんか軽いもんだと考えているのです。
 そんな新人類的な(死語だ…笑)新しい倫理感覚を持ち合わせている原田サンに、松下サンは惹かれていく。
 原田サンも女房子供に逃げられた身だから、「逃げた女房に未練はない」 とばかり松下サンに心を寄せていく。
 ところが今回ラスト、その逃げた女房が帰ってくる。 女房・イズ・バック!(オチャラケてますな)。

 おでん屋は(おでん屋おでん屋って…笑)おでん屋をやってるだけでは生活が苦しいので化粧品のセールスレディになります。
 そしてそのおでん屋は竹下景子サンのところに化粧品を売りに来る、というかなり大それた計画を実行する(なんか私も、暑さで参っているようです…書き方がおかしい)。

 「夫婦なんか紙切れ一枚じゃないっスか」 と話すおでん屋に(だから…笑)、竹下景子サンは彼女が夫をヒモにしているとも気付かないまま、凛として、こう言い放ちます。

 「その紙切れが、鉄の板みたいに硬いのよ」

 けれどもそのあとに、こう弱々しく付け足します。

 「…そう信じたいじゃないの。 …女なんだから」

 この部分は、当時の揺るぎない常識と、それが揺らいでいる現実とのギャップを如実に語っている場面のような気がしました。
 竹下サンは彼女が何者かを、鋭く察知します。
 おでん屋は(しつこいね私も)そそくさとその場を緊急撤収。
 女房の思いを知ったおでん屋は(…)蟹江サンに 「男が出来たから出てって」 とうそぶきます。 けれども去っていく蟹江サンを、おでん屋は(もうおでん屋で統一いたします…ウソ)泣いてすがって引きとめる。

 信じていたものが崩壊するとき、人には何も残っていない。

 自分のしてきたことはいったい何だったのか、人は行く先を見失います。

 けれど、まあいいやって思えるのが、現代のような気がしています。

 当時は家というものをみんな信じていたから、帰る場所がなくなった、触角を失くしたアリのように、あてどもなく激しく彷徨い続けてしまう。

 「あたしの人生いったい何だったのよ!」 と暴れる竹下サン。
 「行かないで!お願い、行かないでよ…」 と泣いてすがりつくおでん屋(西田サン、ゴメンナサイ)。

 両方とも、とても哀しい。

 このドラマの方法論の根底には、家庭というものに対する神話が残っていた時代の空気が、大きなルールとして存在している。
 これを古臭い、と見ることは間違っています。
 ブレヒトの 「例外と原則」 の根底に、常人では理解できないルールが存在していたように、このドラマでも現代人にはなかなか理解の出来ない理屈となりつつあるルールが、存在している(いきなりブレヒトか…)。

 常識が不条理となる過程を、実は当時から生きている我々のような世代は、体験している途上なのかもしれません。

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コメント

あ〜家庭とはこういうもんだ、妻とはこういうもんだ、という鉄板な刷り込みがあるからこそ
私も「大人への階段」 を登り損なったんでしょうなあ
だって息苦しくて恐ろしくて(爆)!!

でもモラルや「責任」というタガは必要ですよ
失ってしまったからこそ、昭和ブームなんじゃないでしょうか。

女房・イズ・バックのとき、タイゾーさん、
「なんで今さら帰ってきたんだよ…」的な表情をしましたよねw
それでも「責任」がありますからねえw

マイティ様
コメント連投下さり、ありがとうございます。

記事中でブレヒトと書きながら、アングラ芝居が好きだとおっしゃっていたマイティサンのことを、ちょっこし思い出していました(笑)。 この 「例外と原則」 は、私が高校生の時の国語の教科書に載っていたもので、ブレヒトに関してはそれ以外何も知らないノンポリなんですが(ノンポリ…スゲー懐かしい響き…笑)。

折しも終戦の日の昨日、昭和天皇の玉音放送を、ラジオで聞きました。 その、「わが臣民」 つまり日本国民全体に対する 「責任感」。 たぶん日本人の責任感というものを大きくリードしていたのは、昭和天皇だったのではないか?とまで考えてしまいました。

ブレヒトなんてちんぷんかんぷんですw
私が当時見ていたのは、寺山さんの劇団周辺や唐さん、あとは嶋田久作さんのいた劇団とかですね。

そうなんですよね
終戦の日とか、震災後のお盆とか、英国暴動とかを意識いつつ…
昨晩はジョン・ライドン(ジョニー・ロットン@S・ピストルズ)のライブで暴れておりました。
20年以上ぶりに拝見した彼は丸くなられて(体も人格も)、でも演奏が大変よかったので
大盛り上がり&大満足でございます。
鬼っ子ジョンが「I LOVE YOU,JAPAN」といって泣いていたんですよweep
もらい泣き。お互い、年をとると涙腺がw

「Anger is an energy」という歌詞を何度も客にマイクを向けて歌わせておりましたが
そのフレーズを繰り返すことで
「あれ?日本が変わるかも」とちょっとハッとさせられました。
彼のことだから、東電の情報隠蔽とか、知ってるんじゃないかな?なんて。
暴動を煽ってるわけじゃないでしょうがw

年には勝てず昨晩は駅まで歩くのに腰が割れそうに痛かったです。
そういう年代のお客さんがたくさんおられましたw
まだまだ引退しませんぞup

長くなりますが、
昨夜のはサマーソニック2011に付随したライブだったんですけどね
週末のサマソニには、バンド追っかけウン十年、現在ガン闘病&入院中の友人が
某英国バンドに招待されて車イスで参加していたんです。
彼女が行けるかどうか当日までハラハラしてたんですが
一昨日、会場から「ジョン・ライドン、良いわ」というメールをくれていたんです。
そういう美談もありまして…盛り上がりました。

マイティ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

あ、ブレヒト=アングラ、という図式があったものですから(どうもその手の方向には疎いもので…笑)。 「例外と原則」 というお話は、「違う価値観で行動している者には、常識さえも非常識になってしまう」 というテーマが当時の自分にはとても衝撃的で、私の現在の考え方の基礎になってしまっている戯曲なのです。

セックス・ピストルズとはまた過激ですけど(笑)、丸くなったジョン・ライドンを想像できない、つーか(ハハ…)。

怒りがパワーに変化する、という瞬間を、もしかすると現在の日本でも迎えているのかもしれない、ということは、特にネットを眺めていると感じることが多いです。

まあネトウヨ、という言葉もあるくらいで、日本を右傾化させようとたくらんでいる人がヤフーにあふれているのかもしれませんが(笑)、特に最近は菅政権とか隣国に対する怒りが過激になってきたような感じがするのです。

まあそれが右翼的な思考であっても、日本が変わっていかなければならない部分は未だに多いわけで、それを転覆させる力は、やはり怒りによるものなのかな、という気は、どうしてもするのです。

でも病を押してこの暑い中をお出かけになる、というそのお友達の熱意も、すごいなあと素直に感じます。 それだけ内に秘めた情熱が、若いころから醒めやらないんでしょうね。

そんな熱意が日本を変える力になるかもしれない。

それにしても暑いです(笑)。 もうこの国の夏は、人間が仕事できる状態じゃないような気がします。 お体大事になさってくださいませ。

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

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    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
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  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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  • The Beatles -

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