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2011年8月23日 (火)

「江~姫たちの戦国~」 第32回 揚げ足取りをしたくなる構造

 秀吉が亡くなって、呆然とする江。
 「そりゃお前と殿下が本当の親子だったからだろう、私とオヤジなんかに比べりゃずっと」 と江に言う秀忠。
 ドタバタコメディのようだった秀吉と江の回想シーンがここで一瞬流れるのですが、確かに 「家族○人大騒動!」 みたいな  「大家族モノ」 のノリです。
 「大家族モノ」 では、母ちゃんとかすごく口が悪くて(マトモに見たことないのですが)こいつ愛情なんてあるのかと思いながら、ちょっとした出来事で不器用な愛情を表現する。 それと同じようなことをしたかったのかな、なんて。

 話的には相変わらずグダグダで、家康暗殺の噂がたっているから息子秀忠と家康が一緒にいるのはまずい、明日中に秀忠と江は内密のうちに江戸に出立せよ、というのが、とっかかりの話です。
 どうしていきなり明日なのか?(笑) 数日のうちに、でよかろうものを。
 まるでその噂を今日聞いてきたみたいです。 でなきゃこんなに切迫する命令なんか出ない。 準備に大慌ての草刈正雄サン。

 その一日で江は、江戸は遠いからいろんな人にあいさつしておきたい、と秀忠に申し出る。
 秀忠は江の乳母に 「江は口が軽いからお前が監視役でついていけ」 と話すのですが、口が軽いのは乳母のほうじゃねーか、とテレビに向かってツッコミ(笑)。
 だいたい一日のうちにそんなにいろんなところをまわれるのか?という観点も抜けている。

 内密ということを江が隠し通せるはずもなく…という話の作り方もわざとらしいのですが、乳母がこたびはちゃんと監視役を務めているにもかかわらず、細川ガラシャの前でも都合の悪くもないことに 「なんのことやら…」 と要らぬ思わせぶりをする江。 ガラシャは内密の話をすぐに察してしまい、十字を切ると、江も乳母もワケが分からないまま手を合わせる始末(ここは面白いギャグでした)。

 ガラシャとの対面であらためて作り手が強調したのは、このドラマにおける江の魅力についてでした。

 「お江様には、人は心を開きます。
 あなた様が、ご自分を隠さず、臆さず開かれるからでしょう。
 その力は、お江様だけのもの。
 どうかこれからも、お江様らしく、いらして下さりませ。

 『おのれの信じる道を行く』。

 お江様が教えて下された言葉です(以下略)」

 つまり惻隠の情とか一歩下がってとか、日本人の美徳を破壊しまくっている江の生きかた(笑)。
 このドラマでの江に感情移入しにくい原因もまさにこの点にある気がするのですが、このアンチテーゼが見る側に受け入れられないのは、作り手の力量不足、なんでしょうね。
 ただ、作り手が江に対してそこに魅力を見い出そうとしていることだけは、伝わっては来るのです。

 さらに江は秀吉が亡くなったことで悲観に暮れる龍子と対面。
 龍子は秀勝が亡くなったとき、「はじめからいなかったと思えば」 とか江にアドバイスをしたことを、悔やんでいます。
 あの心ない場面は、この場面への布石だったのか(笑)。
 引っ張りすぎだって(笑)。
 あれで確実に、龍子への視聴者の反感が強まったとゆーのに(笑)。

 さらに江は淀と対面(一日のうちにここまで出来るものか…)。

 江は江戸出立の話を、淀に軽々しくも話してしまいます。

 ん~まあ、いいんですが(笑)。

 ここでの注目点は、秀吉が亡くなったことで、淀の心に 「自分が秀頼の父親にもならなくてはならぬ」 という心境の変化が表れていること。 目下の私の注目点のひとつは、このドラマにおいて江と淀の関係は、ポジティヴなままなのかネガティヴな方向に転嫁するのか、ということですが、この後江が接見した北政所(スゲー大勢と会いまくってるな…笑)が 「自分と淀とは進む道が変わるやもしれぬ」 と危惧を抱くことと相俟って、ネガティヴ志向が期待できる(悪趣味?)。

 ここで淀は、江の拒否するのにもかかわらず、娘の完を呼んでしまいます。
 完は江を 「叔母上」 と呼び、マインドコントロールが進んでいることを如実に示します(笑)。
 かなしい。
 この展開についても賛否が分かれるところだと思いますが、ここで江は娘に対して 「叔母」 に徹し、さらにここまで娘を育ててくれたことを淀に感謝する。

 このときの樹里チャンの表情には、「とてもこの人が完の母親とは思えぬ」 という未熟さが露呈していたと感じるのですが、それは置いといて、江が淀にこのことを感謝する、というくだりは、江の成長をわずかながら物語っているようにも感じました。

 そしてこの強行スケジュールをこなして帰ってきた江を待ち構えていた秀忠。
 いきなり三成に会う、という。
 そしてこのドラマのお約束として、この場に江も立ち会うことになるのです。
 一日のうちにどんだけだ?つー気もしますが、とにかくこの会見の席で秀忠は、三成に対してかなり忌憚ない自分の心情を述べます。
 それに三成も、結構呼応して正直なところを話している。

 この秀忠と三成の会見は、正直なところ底が浅い気は、どうしてもします。
 それはふたりが、胸襟を開けて話をすれば分かりあえる、という作り手の人間に対する信頼度の高さが、話を浅くしてしまっている、という気がするのですが、ここで秀忠も三成も、自分の弱さを相手に対して打ち明けることで、作り手がふたりのあいだに、ある種の連帯感というものを生み出す機会にしようとしている気がする(気がする話ばかりですが)。

 秀忠は秀忠なりに、三成は三成なりに、その方法は稚拙かもしれませんが、互いに自分の生き方を模索しようとしている。
 秀忠はこの会見後江に、三成が秀頼と淀を守ろうとしている頑なさが危険だ、みたいなことを言います。
 秀忠は三成の胸中を探ったと共に、複雑な感情を抱いている自分の父家康のことを、案じている部分もある。
 それはニヒルな物言いで、完全に隠れてしまっているのですが。

 この、三成と秀忠の会見からのやり取りは、結構奥が深い気は、いたしました。

 ただそのことを感じることを阻害する、このドラマには揚げ足を取りたくなるような展開が、あまりに多過ぎる。 深くドラマを見ようとすれば出来るのに、ドラマがそのことを拒絶したがっている、そんな気もするのです。

 そして江戸に着いた江と秀忠。

 加賀まりこサンが秀忠の乳母として、登場です。

 向井理クンの足裏マッサージをするという喜悦に浸りながら(爆)、いきなり姑?ぶりをいかんなく発揮させる加賀サン。 江をいじめてください。 期待してます(悪趣味だ…)。

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コメント

 リウ様お疲れ様です。ぐだぐだを省略すれば、15分で収まってしまうお話でしたね。江戸に下るのに数秒なんだから、そうしたら、また鷺が飛んでいると陰口叩かれないですむのに。

 江ちゃんの慌ただしい挨拶回り。どこが内密?しかも口止め監視役の人選間違えてるし。ガラシャさんを江ちゃんの魅力を教える役で使うというのも、どうしたものでしょう。私は「信仰を貫いている人は、誰に対しても、偏見をもたない」と、江ちゃんの長所を褒めるガラシャさんがエライと思う事にしました。正直「彼女に生きる道を示したのは、江ちゃんじゃなくてデウスへの信仰じゃないの、でないと細川家が可哀そうよ」と思いましたけどね。

 龍子様は喜劇扱いなのかしら?あの言葉今更取り消されても、前のご主人が不憫なだけのような気がします。

 淀と北政所は生きる道が分かれていくようです。大竹さんに説明させてましたね。(もったいない。)完ちゃんとの久しぶりの対面は、「叔母上様」扱いでしたね。完ちゃんの母として、私も江ちゃんは未熟だと思いました。でも淀に感謝している演技は、育ての親に娘を託した母親だったと思います。

 で、三成さんと秀忠の会談となるのですが、このドラマの秀忠は実は、優秀な2代目なのですね。向井くんが主役に見えました。(田渕先生は秀忠の方が江ちゃんより好きなんでしょうね。)江ちゃんの盗み聞きの癖は相変わらず。奥方としては、まずいのではないでしょうか。とても、旦那様より6歳年上に見えません。江ちゃんの乳母さんは躾しなかったのでしょうね。三成を豊臣一筋の忠臣として、ただの悪役でないようにしたのは、先生の配慮なのでしょうか。どう見ても家康の方が貫録ありすぎですから。

 で、加賀さんの怪演。鬼と言うほどの事を言ってはいないと思いましたが、迫力はありました。江ちゃんを徳川流にビシビシ躾けてください。私も期待しています。この頃脇役の人ばっかり期待しているのが、このドラマの現状だと思います。江ちゃん、頑張れって本当は言いたいのですが。

 

リウ様、こんばんは。

私も加賀さんに期待してます。早く富田靖子さんにも御登場いただき、生意気な江を教育してやって欲しいです。

自分に正直って・・・一歩まちがえば、ただのワガママ女ですよねー。

どうしても魅力的に見えない主人公に溜め息つきつつ、やっぱり毎週観てしまいます。

おはようございます。

以前のこちらの書き込みを見て気づいたのですが、脚本家は、「江についての資料がない」とおっしゃって、勉強不足の言い訳にしているのですか?
NHKの宣伝に、「今までほとんど取り上げられなかった江という女性」とあって、実はびっくりしたんですけど。

前にも書いたように、私の子供時代には、この3姉妹、よくドラマ化されていました。
華やかですもの、小説だって、永井路子、井上靖、水上勉など、大家が書かれています。
それを知らないのは、繰り返すけど、勉強不足。

リウさまが前に挙げられていた「新撰組~」は、オリジナルの大ファンです。
なんの事前知識もありませんでしたが、見ればこのドラマが太平洋戦争で戦死した方たちへのオマージュということは、すぐにわかります。その後、脚本家が特攻隊の生き残りと知り、うなずきました。

「思い」があれば、必ずそれは伝わるんですよ。
伝わらないのは、「ない」からなんでしょうね。
クリエイターとして、致命的だと思います。

講談社から、脚本家の原作で少女漫画が出ているんですね。まあ、こんなところが妥当、ってことですね。

ちょっと先走りますが、先週の「テンペスト」、かたせさんがすごい良かった。下手な若作りはやめて、別路線で切り開いたらいいと思いました。
大した女優さんですよ、この回は彼女が主役です。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

秀忠が口止め役に乳母を指名したのは、作家先生が 「ほら、テレビを見てるみんな、ここで突っ込んで!」 と言っているよーな気がしたので、突っ込ませていただきました(爆)。

それに 「一日のうちにどんだけだよ」 とか、この回を見ていて、私はつくづく、この作家先生はみんなに突っ込んでもらいたくて仕方ないんだなあ、と感じました(嗜虐だ…)。

鈴木紗羽サンも、なんか龍子の悲しみが全く伝わってこない演技でした。 これも突っ込んでほしいんだろうなーと思ったので突っ込みますが(笑)、もうギャグでやってんでしょうね、悲しみの演技も、鈴木サン。 「よよよ…」 みたいな。

淀の今後のありかたについては、権勢を掌握していばっているという従来のイメージから脱却して、あくまで秀吉のため、秀頼のため、愛のために徳川と闘っていくスーパーヒロインなんでしょうね。 淀を悪く書こうなんてそぶりは、この作家先生は、一切見せませんから。

そうすると江が、どーでもいいアンチヒロインになってしまう。

今回のドラマの感想をネットで読んでいて、「悪いのはすべて三成じゃ」 という江のセリフを、そのままドラマの方向性であると受け取っている人の、なんと多いことか。
ドラマの方向性としては、三成にも同情の目を向けていると感じます。
いったん揶揄しだすと、ドラマの本質も見失ってしまう。
自戒したいと存じます。

ただ家康の、このドラマでのありようを見ていると、ちょっとどっちつかずになっている気はいたします。
優しいのか、タヌキなのか。
家康の情念というものを見せてくれれば、このドラマの見どころもひとつ増える気は、するのですが。

希代加様
コメント下さり、ありがとうございます。

加賀サンや富田サンが江のいじめ役としてドラマのなかで闊歩するのならば、それこそが作家先生の意図するところなのではないか?なんて考えています。

江をナマイキ女に仕立てることで、それをいたぶるカタルシスを引き出す(爆)。 私もSの気があるので期待しまくってます(あ~あ…)。

なんだかんだ言いながら毎週見ちゃうのは、私の場合怖いもの見たさ、見て文句を言いたい、それで自分が優位に立った気がする、

…ん~、どうも動機が不純だ…。

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

「江についての資料がない」 と実際に作家先生が言っているわけではなく、ドラマ全体を見ていて、江に関する描写があまりにもおざなりなので、「資料がないから書けない」 と言っているも同然なのではないか、と私はたぶん書いたのだと思います(説明不足でスイマセン)。

確かにこの浅井三姉妹、というのは、大河ドラマで何度か出てきた姉妹です。 だから資料がまったくない、ということは当たっていません。 ただ大河の主役で40何話もやるには材料不足、ということは言えてると思います。

けれどもだからこそ、作り手は江の物語を膨らませて書くことができる。

しかしこの作家先生は、歴史の大事件に江を立ち会わせることでしか、江の存在感を演出できないのです。 結果的に信長が死ぬ瞬間に江は生霊として現れ、明智光秀の三日天下の間に当人と会い、家康の伊賀越えに随行し、そりゃもうやりたい放題(爆)。

「新選組血風録」 のオリジナルを今ウィキで調べましたが、1965年NET(現テレ朝)版の脚本家サンが、特攻の生き残りだった人だったようですね。 私はその年に生まれましたのでもちろん見てはおりませんが、この時代のものには珍しく、全話ソフト化されてるとのこと、時間があれば見てみたいものです。

「テンペスト」、まだ最新話を見ておりませんが、「新選組」 と併せて、すっかりこちらが王道化しているようですね。 「テンペスト」 の次は 「塚原卜伝」。 こちらも期待できそうです。

もう大河ドラマのように40何話も物語を紡ごうという力量のある作家先生が、日本から死滅した、という気も強くする昨今であります。

 私は三成を悪役に先生は仕立ててないと思っています。「悪いのはすべて三成じゃ。」と江ちゃんに言わせていますが、(そもそも私は江ちゃんの言葉を重く考えていないせいもあるのですが)秀忠とのシーンもそうですが、彼は秀吉の忠臣として、思いが強すぎた人として、ずっと描いてきたと思います。利休や秀次を追い落とすような描き方をされたけど、それも根本には、秀吉への忠誠第一だったから、排除したような描かれかただったと思うのです。でも小心者の器量の足りない人のように描かれていて、従来の切れ者としてのイメージがあまり見受けられないので、これから貫禄つけないと家康には勝ち目がないようです。お髭はやして、島さんとお話してましたけど、腹黒家康相手には、ちょっと、、、です。

 今まで見てきて、先生は誰も悪人にはしないと思います。そこは先生の良心というかモットーと受け取っています。武将などのイメージを貶めているというところは多々ありますが、悪い人にはしていないと思います。だから、乳母様もきっと怖いだけじゃなくて、愛情ある人になっていくのじゃないかなと思っています。加賀さんに頑張って喝を入れてもらいましょう。江ちゃんにこのドラマに、そして、先生自身に。

>リウさま
お返事ありがとうございます。

今あらためてレポート読んで気づいたのですが、
ガラシャ、人前で十字を切ったのですか?
これ、ちゃんと歴史を知っている人なら、ありえないと思うんですけど。

ガラシャはあまりに美人だったため、夫が異常な嫉妬心を燃やして、人から遠ざけたと言われていますが、永井さんの小説では、キリシタンであることを知られたらお家の破滅、そのために細心の注意を払って籠らせた、とあるんです。
こちらのほうが、まっとうな解釈ではと思いました。

私たちはガラシャがキリシタンであることを知っていますが、当時、そんなことが表ざたになったら、とんでもないことになりますからね。

勉強不足に加えて、想像力も欠如。

秀忠が側室も満足に持てなかったので、後世、あまり評価されていない彼ですが、実はたいした人物だったと思いますし、その彼に、側室を持たせないだけの魅力が江にあったんじゃないかと。
そこをきちんと描いてほしかったですね。

>「新撰組~」
オリジナルはケーブルの時代劇チャンネルで、数年前に見ました。あれでブレイクしたので、NHKBSでも取り上げたんでしょう。
映画「ご法度」にもなった「惣三郎の恋」は、当時はさすがにドラマ化されませんでしたが、NHKでは、されたんでしょうか?

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

三成の描き方は、ここ数年よく見かけるパターンを踏襲している気はいたします。 ささ様のご指摘くださった性格と立場ですよね。 「悪いのは全部三成」 と江が言うのも、やっぱり作家先生の 「もっと突っ込んで」 癖の一端かと存じますが(違うか?…笑)、江に簡単にそんなセリフを吐かせてしまうのも、江に対して作家先生の愛情がない表れだと思うのです。

ともあれ、五大老(これも家康以外一切出てこない!…笑)(この点も 「突っ込んでほしい」 ように思えました…笑)の下という劣等感をきちんと描いていたり、三成に関してはちゃんとやることはやってる気がする。 どうしてこういう描写を、江だと出来ないんでしょうかね?

結果的に悪い人が全然出てこない、というのは見ていて感じます。 秀吉などは変なところで悪く書いているけど、結局許してるし。 いろんな大虐殺を繰り返してきたのだから、その点でもっと江は突っ込まなければならないと思うのですが、それを結果的にチャラにしている、ということですからね。 大虐殺の罪なんかより、自分の私憤が収まることのほうが、江にとっては重要だ、ということに、結果的になってしまう。

ドラマで江が亡くなるまでをやるとしたら(やるのかな?…笑)「みんないい人たちだった…」 と回想しながら、亡くなっていくんでしょうか。

マーシー様
再コメント下さり、ありがとうございます。

十字を切るというのは、あれはギャグでありますcoldsweats01。 もちろんガラシャはギャグのつもりではありません。 江たちが手を合わせる、という滑稽さを誘発するための、いわば呼び水なのです。 こういうところに目くじらを立てていては、このドラマを見ていられません(爆)。 どうぞご了承ください(どうして私が弁解するのだろう…)。

ただ、私もそんなこのドラマのギャグワールドに染まりすぎて、そのことまで気が回らなかったのは事実であります。 どうも鈍感になっている…。

このドラマでの秀忠は、ニヒルの仮面をかぶっているが、実は思慮深い人間だった、という描かれ方をしています。 その描き方は浅いですが。

その秀忠が愛情を注ぐには、江はとてもじゃないけど魅力的に見えないのですが、ニヒルだけど江に対する愛情だけはある、というように見せたいのかな。 たぶん向井クンのミーハーなファンなのでしょう(最近女性誌にも、向井クンは出まくりですしね)。
でも乳母に足裏マッサージをさせてごろごろしてるし、もしや向井クンを自分の意のままに動かして快感を得ているのでは?と思われる部分もあります(かなり憶測)。

どうも感想のレベルが低い…coldsweats01

「惣三郎」 に関しては、BS版ではやりましたかね。 どうも原作を知らないのでどこまで原作の部分を細かくやったのか判然としないのですが、確か惣三郎は出ていました。 このドラマ、テーマ曲の吉田拓郎サンの 「慕情」 という歌もどことなく男色をイメージしたものでしたし、時代は変わった、ということですかね。

江ちゃんの魅力は、何ものにも囚われず自由であるところと先生はおっしゃっているように、今まで見てきて思います。末っ子として、伸び伸び育ち、親を亡くしてからは、姉二人と周りが、彼女の好奇心旺盛なところや、臆せずに意見を述べるところを潰さずに長所として見守ってきた、許してきたという感じがします。

 家に縛られず、夫に縛られず、家族にも縛られない為の「信長の姪」というブランドを盾にして、戦国時代を思うまま生きていくというのが、江ちゃんのコンセプトなのではないでしょうか。しかし、成人したら、自由には責任が伴うのです。秀勝の嫁としての責任、秀忠の嫁としての責任、それを果たしていないのが、江ちゃんの欠点であり、共感できないところかしら。信長の姪だから、何でも言えるというのは、驕りでしょう?これから、加賀さんにしごかれて少しは変わるのかしら?それでも、伸び伸び自由に物怖じしないで生きるのがお姫様の流儀となるのじゃないかしら。そんな気がします。戦国時代の悲しみ苦しみを明るく吹き飛ばすのが江ちゃんの生き方かもしれません。もののあわれはないけど。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

江への分析、とても深くていらっしゃいますネ。
これはもう、江に親近しすぎて、近親憎悪になっている感じですhappy02

女子がなにものにも縛られずに大事をなし遂げるには、あの時代政治に首を突っ込むしか、することがなかったのかもしれません。

詩歌をたしなむとか乗馬の腕を磨くとか、そのレベルでは大河になど毛頭なりませんから、江には政治に首を突っ込ませるしか、話をオーゲサにすることが出来ない、そういう構造かな~。

政治に首を突っ込ませることに作家先生が腐心したおかげで、江は母親としても 「ちょっとママしてみました」 程度。
江を人間的に成長したと見る側に納得させるのは、この母性によってのみなのではないか、と私などは思うのですが。

江はもっと完のことに思いを巡らす必要がある。

江が政治の世界での身の振り方を学んだとて、それはどこまで行っても 「出しゃばり」 の域を出ません。
だったら母性、という武器でもって政治のありかたを問い質していくことが、ドラマ的に江という女性の人生をスケールアップする最大の方法なのではないか、と思われるのです。

完ちゃんに対しては全く責任を果たしていません。生まれた時から。だから、「叔母様」といわれても仕方ないです。多分先生は江ちゃんの母性に重きを置いていない、というか、わざと切り捨てている気がします。そこは淀の方を、母として前面に出したいのじゃないでしょうか。43話まで、淀が出るのだから、母としての悲劇性は彼女の方があるしというところで、江ちゃんの駄目ママとなっていると思うのです。私はお互いの心を縛らないという放任主義のつれあいと暮らしているので、自由が好きな先生の気持ちすごーくわかります。江ちゃん、ごめんなさい。

ささ様
またのコメント下さり、ありがとうございます。

淀を賢母、江をダメ親として作家先生が意図的に対比させようとしている、…とすると、完に対してだけでなく、今後産まれてくる家光に対しても江はダメ親であり、それゆえに春日局に敗れてしまう、という構造になっていくのかな。
だとすると、大河始まって以来のアンチヒロインですね、江は(ヒェ~)。
子供に対して責任を果たしきれないなんて、いくら己の意のままに生きると言っても、敗北の人生のような気がいたします。

まあ勝手な憶測でものを申しておりますが。

でもそう考えるとスッゴク面白くなりそーですけど(やっぱり悪趣味だ…)。

 これは憶測ですが、先生は歴史の評価に挑戦したいのではないでしょうか?秀吉と茶々を恋愛の末に結ばせるとか、茶々は子供思いの母親で秀頼の為に豊臣と滅んでいくけど、悪女ではないとか、江ちゃんはただの良妻賢母ではなくて、子宝には恵まれるけど、どの子も思うように育てられない、でもそれより、母としてより、一人の女性として意見を言い、生きる人、ちょっと歴史や私達が常識のように思っている戦国女性のイメージを変えたいとお思いなのではないかと思っています。それと家庭的な女性より、男性と肩を並べて歩く、意見を持った女性に先生は魅力をお持ちなのではないでしょうか。バブルの頃によく言われましたよね、お馬鹿なシーンも多いし内容も軽い話だったりするけど、先生は江ちゃんに近い人なんじゃないかしらと思います。男社会で地位を獲得して、NHKにわがまま言えるところまできていらしゃるので。(ただ、江ちゃんをもう少し魅力的にしないと、共感を得るのは難しいと思います。バブルを冷ややかに見てきた私などには。)江ちゃんに足りないのは、優しさ、慎ましさ、内面の美しさかしら。でも誇りの高さやがむしゃらさは持っている女性ですよね。アンチヒロインだわ。

 完ちゃんは歴史だと豊臣滅亡後は秀忠が養女にするそうです。江ちゃんの足りないところは、秀忠がフォローする展開になるのじゃないかしら?

「父上ですか」というかわいい完ちゃんの秀忠へのセリフはそういう歴史への伏線かもしれません。深読みかもですが。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 ちょっとネット接続の調子がおかしく返信が遅れてしまいました(たぶんもうなおった?と思います)。 ご了承くださいませ。

完チャンのセリフでそこまで深読みされるとは、いや~参りました。 脱帽です。 田渕センセイもここまで考えてくださっているささ様のようなかたに、感謝すべきですよね。

たぶん田渕センセイの心理状態も、ささ様のお考えになる通りなのではないか?って感じます。

「だって歴史なんて、誰も実際を見たわけじゃないじゃん。
 どう作ったっていーのよ。
 五大老なんて全部出なくたって、話は作れるわよ。
 私が書きたいのは前田利家じゃないの。
 だってもう大河でやってんじゃん。
 私が作りたいのは戦国コメディなの」

みたいな(爆)。

だったら大河でやる必要なし、と申し上げたいですが(勝手に推測して、勝手にモノ申している…)。

まあ田渕センセイの意図は現在のところ、長年の大河ドラマファンを中心として、まったく受け入れられていない状況ですが(笑)、つくづく思います、

「20年後のこのドラマに対する評価はどうなってるのか知りたい」 って。

エポックメイキングな作品なのかもしれません。

 先生は大河ドラマそのものにも挑戦してるのじゃないかしら?毎回戦国、元禄、幕末ばかり。信長、秀吉、家康は脇役でいいわよ。利家や政宗だって、すでにドラマになっているじゃない。お古は嫌よ、まだ主役になっていない女の子を主役にしましょう。50作も日曜8時にくそ真面目な時代劇じゃつまらないから、違うのにしたいわ。大河なんて、古臭いものに私は縛られないわよってところじゃないでしょうか。20年後の評価は、大河ドラマから逸脱した作品で、将来大河の年表から外されるかもです。(それはないでしょうね。)

ささ様
またのコメント下さり、ありがとうございます。

選択する時代が硬直化しているのは、大河ドラマの大きな弱点かと感じます。 来年の大河だって、タッキーの 「義経」 と同じ時代ですし。 再来年のは実にマイナーな人ですが、物語の作りようによってはとても面白くなりそうな気がいたします。

ただかつて 「武蔵MUSASHI」 を作った実績から言えば、あれは吉川英治サンのオリジナルキャラクターが跋扈する半分以上フィクションな物語で、なにも事実である必要性は、まったくないわけですよね。 大昔の 「三姉妹」 にしても、その三姉妹が実在の人物でなかったらしいし。

だったら白土三平の 「カムイ伝」 とかやっても一向に構わない気がする。
そのへんの柔軟さが、立ち上げの企画の段階で死滅していることは、言えるのではないか、と思うのです。

>三姉妹
リアルで見てました(って、いくつだよ・笑)、
すごく面白かったです。
司馬遼太郎でしたか、いくつかの小説を組み合わせて作り上げたドラマでした。

>白戸三平の「カムイ伝」とか
そうなんですよね、ただ差別の問題があるので、NHK的にNGかと。
昔から大河は、源平、戦国時代、明治維新と、時代が限定されています。
南北朝、鎌倉は取り上げられるけど、数が少ない。

もっと昔の、天智、天武のあたりなんて非常に面白いと思うんですが、単発で一度取り上げられただけでした。
天皇家のごたごたネタは、タブーなんじゃないですかね。
漫画家長岡良子さんの古代史シリーズはとても面白いのですが、やっぱりNHKですから。

前にもおっしゃったように、一年間、継続してレベルの高い脚本をかける作家がいなくなったのかもしれません。「竜馬伝」も、「シーズン1」とか「2」とかって、テレビの前で、家族で大笑いしましたよ・苦笑

「新平家物語」の脚本は、平岩弓枝さんと知って驚きました。実に格調高く、美しい日本語を書いていらっしゃる。
比べるのは平岩さんに失礼ですが、たった何十年かで、日本人の質がこれだけ落ちたんだと思わされるのが、いまの大河です。

マーシー様
コメント連投下さり、ありがとうございます。

「カムイ伝」 的差別の実態って、NHKサンはたいそう好きそーなテーマだと感じるんですけどね(笑)。 まあ非現実的なアイディアであることは私も認めます(カムイの忍術をCGで出来る世の中になったと思うんですが…笑)。

「三姉妹」 をリアルで見ていらっしゃったとは…。 私なんかとは、年季が違います、年季が。

私も小学6年くらいの時に初めて 「風と雲と虹と」 を見ていたのですが、ちっとも理解できず(笑)。
この大河ドラマ、というのはそういうお話なんだ、という強烈な刷り込みをしたものです。

それに比べりゃ、今年の大河なんか、小学校低学年でも分かる内容だと感じます。 まあ下品な表現が多いけど、下品なのって、ガキは好きなもんなんですよ(爆)。

却って 「テンペスト」 の脚本家の大森サンとか、大河に復帰していただきたいと感じます。 大森サンは 「風林火山」 を手掛けていらっしゃいましたよね。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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