« 「江~姫たちの戦国~」 第30回 すごいフィクション | トップページ | 「江~姫たちの戦国~」 第31回 秀吉に翻弄されまくりだった江の人生 »

2011年8月14日 (日)

「第43回 思い出のメロディー」 何事もなかったあの時代

 西田敏行サンのメッセージで始まった、今年の 「思い出のメロディー」。 第1部だけ、見ました。
 今年は東日本大震災があった、そんな影を色濃く落としたものとなるのは必定だったのですが、1曲目の欧陽菲菲サンの 「雨の御堂筋」 や、小柳ルミ子サンの 「瀬戸の花嫁」、菅原洋一サンの 「忘れな草をあなたに」 は、1971年(昭和46年)の曲。 私が小学校に上がった年です。

 町がそのままなくなってしまった、というほどの津波によって自分の故郷が、もうそのまま再現されることはないのだろう、と語る千昌夫サンの言葉は、とてつもなく重い。

 ふるさとが、もうない。

 その喪失感というものは、私も体験しています。 福島の祖母が亡くなったあとしばらくして、住む者がなくなった祖母の家は、取り壊されてしまったからです。
 私にとってその場所は、とても大切な場所でした。
 今福島には、先祖のお墓しかありません。
 自分に帰るところがない、というのは、とても虚しいものがあります。
 そんな人たちが、今年は何万、という単位で、いや、全国に散らばっている、その土地が故郷の人々も合わせれば、もっとになりますが、今年はそんな人々が続出したことになります。

 そんな今から1971年を振り返ると、あの頃は何事もない時代だった、と懐かしく思えて仕方ありません。

 たとえばあさま山荘事件があったり、三菱重工爆破事件があったり、オイルショックがあったり、公害があったり、赤潮があったり、小学生の身にも分かる問題は、さまざまありました。
 でもそんなのも、阪神淡路大震災や今回の大震災に比べれば、とても比べ物にならない気がしてならないのです。

 思えば大正時代の、関東大震災以来、新潟地震とかもあったけれども、巨大地震がこういう短いサイクルで起こる、ということはありませんでした。 阪神淡路から、16年でしょ。 その間にもプレ巨大地震は発生しているし。 「活発期に入った」、とも聞きます。 そのことを考えれば、1970~80年代くらいは、とても平和だったと思えて仕方ないのです。 こんな巨大な悲しみが日本を覆うことなんか、なかった。

 それにしても近頃は、メッセージをストレートに伝える歌詞を持つ曲が、とても多いですよね。
 でも私などが本当に癒されるのは、平和だったあの時代の、なんてことはない歌詞のメロディなのです。
 「忘れな草をあなたに」 は、「赤い疑惑」 で百恵チャンと友和サンが一緒に歌ってた。 確か最終回、百恵チャン演じる大島幸子がもうじき死ぬというとき、湖に浮かんだボートの上で、です。 ちょっと記憶違いかもしれませんが、2番をはじめに歌って、1番を歌ってた。
 あの頃はアナログで、画面が二重になって映る、「ゴースト」 と呼ばれる現象も日常的にありました。 何か思いつけばそのまま世界に発信できる便利なシステムなんかなくて、自分の言ったことが取り返しのつかなくなることなんか、仲間うちという範囲でしか、発生しなかった。

 あの頃の、他愛のない歌のほうが、心に響いていたのはなぜなんでしょう。

 最近の、メッセージがナマのままの歌のほうが、スカスカで虚ろに響いてしまうのは、なぜなんでしょう。

 普遍的なことを歌うのに、普遍的な事柄だけを列挙しても、心に残っていかない気がするんですよ。 詩を書いていても、同じなんですが。
 情景が浮かばない、ということに、結局なるんでしょうけどね。

 歌を共有できた時代。

 あの頃の歌を懐かしく思ってしまうのは、何事もなかったということに加えて、そんな、「マス(大衆)」 という存在を個人個人が実感することが出来た懐かしさ、というものも、含まれているのかもしれません。

|

« 「江~姫たちの戦国~」 第30回 すごいフィクション | トップページ | 「江~姫たちの戦国~」 第31回 秀吉に翻弄されまくりだった江の人生 »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/52466245

この記事へのトラックバック一覧です: 「第43回 思い出のメロディー」 何事もなかったあの時代:

« 「江~姫たちの戦国~」 第30回 すごいフィクション | トップページ | 「江~姫たちの戦国~」 第31回 秀吉に翻弄されまくりだった江の人生 »