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2011年8月26日 (金)

ネット接続できなくなった~(現在復旧)

 夜勤から帰ってくると真っ先にパソコンの電源をつける、というのが私の習慣なのですが、今朝はネットが、全くつながらない。
 いきなりなんたらの設定とか画面に現れて、「いまさら何だ?」 と思いながら設定し直したらこのありさまです(因果関係不明)。
 それから読んでもまったく分からないヘルプとか(あのヘルプって、ヘルプになっていないと思うことしきり)再起動させたりとか試してみるのですが全く埒が明かない。
 そのうち眠くなってきて 「もういーや」 と寝てしまったのですが、ひと眠りのあと再び目覚めて、買ったときからほぼ、ほっぽったままのパソコンマニュアルを見ながらいろいろやってたら、やっと開通(祝)。
 結局なにが原因だったのかよく分からないままです。

 ネットがつながらなくなってすぐさま感じたのは、いわれのない疎外感(爆)。

 普段は道行く人がみんなケータイの画面を見ていることに眉をひそめて 「ちゃんと前見て歩け」 とか 「自転車こぎながらケータイ見てんじゃねーよ」 とか思ってたのですが(笑)、つながってないと不安なんですね、よーやく分かりました(笑)。

 それにしてもパソコンから要求されることにいちいち答えていて、アップデートとか設定のし直しとかすると、取り返しのつかなくなることが最近多くて閉口しています。

 そのいちばんの被害は、文字入力の設定が変わっちゃってること。
 いちいちエンターボタンを押すと、直接入力に代わってしまって(これが結構な頻度で発生する)、その都度ツールボタンからプロパティを開いて全角かな入力に変えたりしてる。 メンド臭いったらありゃしません。

 ここでちょっと告白すれば、私は未だに50音入力をしとるんですが(哄笑が聞こえる…笑)、もういい加減にアルファベット入力に変えようかな~なんて。
 だってほかのパソコンとか、みんなアルファベット入力なんだもん(笑)。
 私の場合は平成の始まったころくらいからのワープロのときからの習慣が抜けきらないのでありまして、もう20年来50音入力だからいまさらいいか~、とは思うのですが。
 メンド臭いことに抗えない、自分なのであります。

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コメント

おはようございます。
7月下旬頃に初コメントさせてもらった者です。
復旧して良かったですね。私は来月、ADSLから光に変える際、無線LANにするので、不具合が生じないか心配しています。訪問サポーターを予約しているので大丈夫だと思いますが。

私も20年ぐらい前は、姉の東芝製ワープロを借用していました。学校の課題や論文をワープロで打って
提出していたことなどを思い出します。

上達が早いという噂を聞き、13年ぐらい前にタッチタイピングソフト「特打ち」を購入しました。西部開拓時代の酒場が舞台で、初心者はキー配置を覚えるために「基礎射撃練習場」、腕があがるにつれて、「集団射撃」や「一騎討ち」のコースに進むのです。ガンマン気分で練習できて、面白かったです。


リウさんのブログでは「江」の話題で盛り上がっていますね。それで、来年から始まる大河ドラマ「平清盛」なのですが、NHKのホームページで御皇室・天皇家のことを「王家」として表現しています。韓国では天皇皇后両陛下のことを「日王」夫妻と呼ぶからなのだと推測していますが・・・。松田聖子が出演するということで楽しみにしていただけに残念です。

ごく最近、「それでも、生きてゆく」を見始めました。最初から観ればよかったです。

レイ様
お久しぶりです。 その節は結構キツイ返信をしてしまい、失礼いたしました。

光は早いっス(笑)。 でもパソコンを長年使っていると、更新更新でなんか、だんだん重くなってくる。 なんとかならないのかなーと感じます。

アルファベット入力も一応できるのですが、LとR列の入力で手間取ったり、英語が中途半端に出来てしまう(ほんの少しですけどね)ことで外国語をそのままのスペルで入力してしまったりとツマランミスが多くて、結局50音入力をしておりますです。

「王家」 って、韓国の呼び名の影響が考えられるんですか。 ん~、この時点では何とも申せませんが、天皇家は天皇家ですよねぇ。 ページ作成者に韓国の知識がなかったとしても、日本人としての初歩的常識がないっていうか…。 こういう些細なことの積み重ねが、現在の嫌韓ムードを助長している気がします。 テレビ局にその気がなくても、表現には注意していただきたいものです。

「それでも、生きてゆく」 は、かなり重たいドラマです。 物議も醸しているし、ちょっと一筋縄ではいかないドラマだと思います。 このドラマについて書くと、当ブログもサイバー攻撃を受けたりする(エロサイトのトラックバックがやたらつくとか)。 ま、たいていはスパム処理されるのですが。

このサイバー攻撃が単にドラマの内容を毛嫌いする人たちによってなされるのか、「フジテレビ見ない運動」 の一環として行なわれているのかは分かりませんが、他人の言論を封殺しようとする風潮には、違和感を抱いております。

リウさんはこれからもカナ入力を継承してください。
「ペンをキーボードに変えた時、一番気になったのは、文体の変化だった。経験論的に言ってしまえば、ローマ字入力にすると、文体は微妙に変化する。やはり子音と母音を切り離して打つ行為は、脳にフィードバックするのだろう。だからぼくは今でも少数派の 『カナ入力』にこだわっている。これなら子音と母音の問題が一切ないからだ。コンピューターを使っていても、単なる文房具と割り切れる」と、作詞家の松本隆がエッセー集で語っています。10年以上前の著書ですけれど。

フジテレビで問題とされているのは、まず外国人株主のことです。外国人株主の議決権が20%を超えると電波法で放送免許が取り消されます。フジテレビの外国人株主による議決権は19.99%にも上り、外国人の保有株式のうち、株主名簿への記載拒否分は7.57%です。法律をうまく切り抜けていますが、実際は外国人議決権が20%を超えているのです。当然ながら外国人株主の圧力を受けることになります。このあたりはリウさんのほうが詳しかったりして。

「フィギアスケート世界大会2010」で浅田真央が金メダルを獲得した時、フジテレビは国旗掲揚・国歌斉唱のシーンをカットして、スタジオ中継に切り替えました。しかし、その前年、韓国人選手が優勝した時は、ウイニングランまでノーカットで放送したそうです。

最近では、ドラマ「イケメンパラダイス2011」で、主演女優の前田敦子に「LITTLE BOY」とプリントされたTシャツを着用させました。「LITTLE BOY」は広島原爆のコードネームで、中国人と韓国人だけが日本人を蔑視する場合に使う言葉です。広島原爆投下の翌日に、この回をあえて放送したことで、広島県民から苦情が殺到したようです。

ところでリウさんは上戸彩主演の「絶対零度」はご覧になっていますか?このドラマでは歴代の自民党の総理の名前が容疑者として使用されています。脱線しますが、「流れ星」は良かったですね。移植後、提供側の容体が悪くなるのではと予想しましたが、外れてしまいました。

テレビ局と民主党は結託していて、「反自民党」「反日」です。民主党は被災地復旧よりも日本人に不利益な「コンピューター監視法案」「人権侵害救済法案」を通すことに必死です。北朝鮮拉致犯の釈放嘆願に動いた江田五月法務大臣や菅直人らが在籍している民主党は、むしろ日本人の「言論封殺」を進めています。日本のテレビ局は、韓国政府による自民党議員の鬱陵党拒否のニュースを、自民党議員のパフォーマンスとして報道しました。ごく最近も、中国の監視船2隻が尖閣諸島周辺に侵入したことを、NHKは一切取り上げませんでしたね。

私は右翼とか左翼とかよく分かりません。自民党政権下では考えたこともありませんでした。しかし、街宣カーの右翼団体は日本の右翼のイメージを悪くさせるために893に雇われた人々で、日本人以外の人で構成されているようです。靖国神社で見かける軍服の男性も日本人じゃない気がします。よくいわれる「ネトウヨ」も日本人以外の工作員だとか。日本人が愛国心を持つと戦争につながるという構図も、GHQ占領下中に、マスコミ・日教組などに植え付けられたものではないでしょうか?

テレビ局が外国の多種多様な文化を伝えることは、良いことだと思います。
実は松本隆のエッセイーなどの影響で、私は韓国映画に興味を持った時期があります。韓国旅行をした時、案内してくれた女性は親切で、感じの良い人でした。
しかし、韓国映画を観賞していると、「お隣の国」ではあるけれど、常識・価値観がずいぶんかけ離れているなぁと実感することも多かったです。

フジテレビでのデモは「人権侵害救済法案」を危惧している日本人も多かったのでは?ビートたけしの「テレビタックル」でも取り上げられていましたが、この法案は例えば、北朝鮮に拉致された日本人被害者のご家族が「北朝鮮人に拉致された」と訴えただけで、外国人差別と判断され、逮捕されてしまうような内容です。フジテレビの問題は日本の政治が外国の勢力に左右されてしまう危機感とつながっているように思えます。
リウさんのブログへの攻撃とは関係ないことを願いたいところですが・・・。

レイ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

先日報道がほとんどなされなかったというフジテレビデモの際、主催者側の主張には感情的なものがなく、「我々は韓国を嫌っているわけではない、韓国のものをごり押しされることに危惧を抱いているだけだ」 という主旨の内容には、賛同いたします。

ただ領土をめぐる主権とか互いの嫌悪感とか、感情のみで推移していく世論には私は賛同できません。 これは日本の側にも韓国の側にも、同じ感情を私は持っています。 いたずらに相手を嫌ってどうするのか。 相手が言うからこっちも言う。 そして相手が先に言い出したという。 両国の意見立場とも不毛だ、と私は考えます。

また、フジテレビの持つ外国人株主の問題でも、それがいかなる目的のもとに発動されているのか、という発想がテレビ局にそもそも抜けている。

外人が株主になれば、外人のその国に迷惑のかかるような議論を、テレビが発することが出来なくなる。 そういうことじゃないんですかね。

これは日本のスポンサーについても言えることで、スポンサーがつけばそのスポンサーの商品について滅多なことが言えなくなる。 おんなじ発想で韓国にも強いことが発信できなくなる、という側面は、どうしても発生すると思うんですよ。

これはテレビ局が今まで、出資者本位の商売をしてきたことに根本的な問題がある。

でもそれって、ある意味資本主義社会の当然の帰結って部分もある、と私は思います。

だから私たちは、自分が思っている以上に、テレビとの付き合いも考えていかねばならない。

テレビを批判する人たちを、私は間違っているとは申しません。 そのようなかたがたは私以上に真剣にテレビの影響力を考えていらっしゃる。

問題があると考えれば、今回のようなデモに訴えるとか、スポンサー商品をボイコットするとか、積極的な手段をとってもいいと思います。 というか、それがただ漫然とテレビを見ているよりもより健全な態度であるとも思います。

私がただ危惧するのは、それがエスカレートすることによって、違った意見も抹殺されてしまう、ということにあります。

つまり 「イヤならテレビを見なきゃいい」 というタレントに非難ごうごうとなったり、長万部のゆるキャラの発言に過剰なまでに反応したり、ということです。

ここで、ネットでのひとりひとりの意見というものは、実はとても小さいっていうのがまず問題の根本にあります。

つまり小さい意見でも、マス単位になれば、それは暴力に変わってしまう、ということです。

ネット市民のひとりひとりには、その自覚がとても少ない気が、私にはしています。

たとえば、私のブログに批判的なかたのコメントが、たまに来ることがあります。

それはとても小さな意見かもしれないですが、私にとっては心臓を切り刻まれるほどの痛みを伴うご意見だったりするのです。

そんなのが何千通も何万通も来たら、これはもう死にたいくらいのショックを受けますよ。

話はそれてしまいましたが、テレビに対する付き合い方を私たちが考える、というのは、実はとても大事なことなのだ、という気が、自分の中では年々高まっています。

そして私たちが賢くなることで、テレビ局のそんないい加減な姿勢も、淘汰されていくんじゃないか、と一縷の望みを、私はテレビに対して持っています。

 ネットがうまく繋がらないと疎外感が確かにあります。でも、田舎とかに帰って1週間くらいパソコン触れなかったりすると、それでも大丈夫な自分がいて、依存していない事にほっとしたりします。田舎だとテレビだって、関東みたいに放送局がたくさんありませんから、NHKと民放が2局くらいだから、情報に振り回されなくてのんびりできます。ネットやテレビって絶対に必要なものではないけど、憩いにはなるものですよね。

 かな入力、私も以前はそうでした。ワープロは楽でした。パソコンも最初そうだったのですが、子供が小学校でローマ字変換を習って使うようになり、いつのまにかローマ字変換になってました。

 韓流ドラマ、私は苦手ですが、主人は大好きです。昔は時代劇ばっかり昼間放送していたし、ドラマの再放送ばっかりの時もあるし、外国のように、放送を休む時間帯があってもいいと思ったりもしますが、テレビ局もやりくりが大変なんじゃないですか。私はテレビは情報と娯楽の提供媒体としか思っていないので、自分が必要じゃないと思えば見ません。自分で選ぶ事にしていますから、疲れている時はラジオもいいですよ。

 いろんな考え方があっていいと思います。違う考え方も容認しながら、自由に意見が言える社会を構築して続けていく事が、民主主義に生きると言う事じゃないでしょうか。

お返事ありがとうございます。
故意であれ、無意識であれ、言葉は人を傷つけることがありますね。

私の個人的な所有地でもないのに「領有権」となると真剣になってしまいます(笑)。
生臭い話になってしまいますが、実家と隣家が境界線でもめたことが一因なのかもしれません。境界線の印として古くから立てられていた杭が、ある日突然消え去り、隣人が新たに境界線を引こうと言い出したのです。隣人が主張する新たな境界線は実家の土地に割り込んだところでした。両親は400年以上先祖代々引き継がれてきた土地を守るため、地籍を元に測量することを提案しました。隣人は初め、頑なに拒否しましたが、粘り強く説得しました。そして役場から地籍を取り寄せ、測量士に正確に調査をしてもらい、何とか解決できました(個人的な話を長々と失礼しました)。

「竹島」を「独島」と表記する教科書が使われていたり、海保の命がけの現状を知るにつけ、関連のニュースが耳に入ると、冷静でいられなくなります。

中国が定めた「戦略的国境論」の西大西洋戦略は、日本列島を「中国の海」にすることを目標としています。危機管理評論家の佐々淳行氏は日本が中国の属国になることを警戒しています。震災後の6月23日には宮城県沖の経済水域内で中国の調査船が航行してるのが確認されましたし、韓国も竹島の海洋施設着工を決めました。領土問題はあいまいにするのではなく、それなりの対抗策、抑止力が必要だと考えます。感情論ではなく、国際司法裁判所で解決するのが得策かなと・・・。相手が応じなくても裁判は可能だと、拓殖大学の下條教授がBS11の番組で解説していました。

しかし私ひとりがリウさんのブログをお借りして、ぶうぶう文句を言っても仕方がないことですね。反論するような感じになって、心苦しいです。

ネットもテレビも過信せず、注意しながら上手に活用しようと思います。ドラマや音楽番組は楽しみたいですし。ところで、フジテレビは鹿内一族の手を離れてから変ったような印象を受けます。詳しい経緯や事情を知るわけではないのですが。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 ささ様と 「江」 以外のお話をするのは、なんか奇妙な気がいたします

しょえ~、民放2局って、どんなとこなんですか? 確か以前、青森がいまだにそうだとか聞いた覚えがあるのですが。
でも私の故郷の福島でも、以前は福島テレビと福島中央テレビしか民放はなかったなぁ…と、ミョーな懐かしさに浸ってしまいました。

自分が、バーチャルな関係に依存してしまっている、という危惧は、かなりありますネ。

こうしてネットの上でお付き合いしていても、なんかこれって、白昼夢なのではないか?なんて、時おり実は何もない、という虚しさ?錯覚?みたいなものに囚われたりします。

かな変換だと、ほかの人のパソコンを使ったときに、少々厄介なんですよね。 みんなabcだから。
未だにブラインドタッチとゆーものはできませんが、かな入力のほうが私の場合は圧倒的に仕事が早い。 旧人類です、つくづく。

テレビを選んで見る、という姿勢はとても大事だと思います。
結構それは、現代人が身につけるべき必須のテーブルマナーのような気がするんですよ。 だらだらテレビを見てしまう人が、いちばんテレビに毒されている、そんな気は、どうしてもするのです。

みんなちがって、みんないい。
戦前みたいな、何か言えば 「非国民」 みたいな世の中は、私は御免です。

レイ様
再レス下さり、ありがとうございます。

そうなんですよね、私も以前住んでいた場所で親と隣接するお隣さんが境界線についてケンケンガクガクしていたことを思い出しました。

自分ちでさえそうなのに、他国との境界線なんて言ったら、それこそ感情的にならざるを得ない気がいたします。

でもそれを私の親みたいに自分ちに置き換えて考えれば、「まあまあ、よく分かんないから平等に使いましょうよ」 なんて言えなくなってくる気がする。 だって車を駐車されたり、そこでバーベキューなんてやられた日にゃ、みたいな…(笑)。

でもよく考えてみれば、その境界線に足しげく通ったりしなけりゃ、曖昧に済ませてりゃいい気もするんですが。 自分ちみたいに、目の前でバーベキューが繰り広げられるなら別なのですが。

でも相手国は、わざとバーベキューを竹島(あえて独島とは申しません…笑)で繰り広げているわけですから、そりゃ神経は逆なでされます。 牽制、というものは、やはり必要ですよ。 国際司法裁判、という方法はベストだと、私も考えます。 どうしてそれを強く言いだせないのか、そのわけを知りたいですね(不勉強なので)。 民主党腰砕け、みたいな通りいっぺんの理由ではなく。

私がそれ以上に感情的になってしまうのは、やはり北方領土ですね。 不可侵条約一方的破棄のうえのっとった、「コスイ」 やり口ですから。

でもよく考えてみれば、それは自分たちがそう習ってきたから、ということが、まず前提的にある。 教育のもたらす感情、というのは、どこの国にもあると思うのです。
不可侵条約一方的破棄の背景にはなにがあるのか。 そこまで思いを致さないといけない話なのかもしれません。

歴史的常識には、必ず落とし穴がある、そんなことを考え始めたらきりがないのですが、なにしろ常識を疑う、そんな態度というものは、常に現代人には求められている気がするのです。 日本のみならず、中国だろうが韓国だろうが。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

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    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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