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2011年9月18日 (日)

「江~姫たちの戦国~」 第36回 よかったよかった、ハハ…

 なんの印象もなく、あっさり終わってしまった 「関ヶ原」。 ホント 「幻」 みたいでした。 サブタイトルのつけ方、間違いじゃなかった稀な例で(笑)。

 で、その直後。
 登場人物がのっけから 「関ヶ原」「関ヶ原」 とうるさい。
 いったい当時、どれほどその地名が、「天下分け目の大いくさ」 のアイコン(代名詞)になってたのか?なんて考えつつ、それに遅参した秀忠のことを聞き及んだ江の反応が、また視聴者の大反感を呼ぶタイプのものであり。

 「クックックッ…あっはっは、あっはっは!」

 「何が可笑しゅうございまするか!」 とおおばの局。

 「可笑しいではないか!4万の大軍を任されながら、こともあろうに関ヶ原に遅れるなんて」

 「若様は、御大将にございまするぞ!」

 「いかにも。 秀忠様らしいではないか、のう?」
 乳母に合意を求める江。 「あ、はぁ…。 あはははははははははは」 とバカ笑いをする乳母。 おおばの局に睨まれて、笑うのをやめます。

 このシーン。

 「あっはっは」 とは、とても姫様の笑い声とは思えませぬ(あ、お方様か)。 しかも無理して笑っている感ありありで。
 そしてこのシーンの問題点は、江に、その 「4万の大軍」 に対する思いがかなり欠如している点であります。
 その点と、「無理して面白がろうとしている」 という江の姿勢が相俟って、見る側の反感を買いやすい構造になっている。
 また、樹里チャンのセリフの言い方で問題があると思われるのが、「いかにも。 秀忠様らしいではないか」 と、いったん文節を切ってしまっている箇所。 「いかにも、秀忠様らしい」 のか、おおばの局の言い分をいったん認めて、「いかにも。 秀忠様らしい」 のか、判然としないのです。
 ダメ押しが、「のう?」 とそれを乳母に振る、江の姿勢。 どうして自分のはしたないのとか常識のないのとかを、他人に同意を求めるのか?

 江という主人公に見る側が感情移入できないすべての要因が、ここに凝縮されている気がいたしました。

 そして視聴者が反感を持ったが早いが(笑)、江はまた 「うっ…」 とつわりのポーズ。
 「うっ…」 イコール、「つわり」、ですからね、このドラマ(笑)。
 面白いなあ。

 で、その後も不愉快なシーンが続くわけですが(爆)、もうこっちもお下品になるだけなのでやめにいたしまして(笑)、落ちぶれた三成のシーンをインサートして、今度は家康が初に、初の夫の京極高次の戦功を評価して石高を上げる、と持ちかけたシーン。
 初の反応は、怒ったような口調で

 「それくらいのこと、当然にございまする」。

 うーん。

 このナマイキ女を受け入れる家康の懐の大きさばかりがクローズアップされ、「やはり浅井の三姉妹は強うござるのう…」 と真摯な顔で断言されるから、ますます浅井の三姉妹の株が下がっていく。

 ただし、クサして面白がるのは、今回はここまでです(だいたいです)。

 その場に到着した、秀忠。 家康は3日間、面会を拒絶します。
 3日後目通りかなった秀忠に、家康はいったん厳しい言葉を投げかけるが、ホントは戦に勝ったから、遅参なんか結果オーライでどーでもよろしい、というスタンスなのです。
 それでも表向き厳しい態度をとったのは、周囲への示しがつかないから、という理屈。
 ここらへんの裏表の構造は素直に面白い。
 そして秀忠は、自分の不手際で多くの者を死なせたことの葛藤を父親に告白する(ここらへんの意識が江にもあれば)(一方的にこれでは秀忠ばかりがカッコイイではないですか)。
 そして自分は、これが戦の真実ならば、戦なんかまっぴらごめんだ、と大激怒する。

 そんな秀忠も後日とらわれ引き出された三成と面会するとき、忸怩たる思いを秘めながら家康のあとにくっついて、三成と面会する。
 家康とのやり取りの後、秀忠はひとり残り、三成と語らうのですが、ここでの秀忠も、ただひたすらこれらの出来事を自分の成長の糧にしている部分が見受けられるのです。

 これらはいかにも浅い論調もまま見受けられるのですが、総じてこのドラマの作り手は、秀忠に対して熱いまなざしを抱いていることが分かる。

 そして江は、三成の最期を聞かされ、「豊臣を盛りたてるために、自分の財産もなげうった、三成とはそういう男じゃ」 と感想を述べます。
 ここらへん、おやっ?と感じました。
 いつから江は、相手のことをおもんばかれる心の広さを持ったのか?、と。

 三成が戦を起こした原因の主柱に淀がいた、という話の持って行きかたはなんともこのドラマらしい展開ですが、家康が裏に一物あるにせよかなりの人格者として描かれていること、そして淀も政治的な思惑などに興味がないように描かれている性格上、家康と淀との対峙に緊張感が望めない、というようなことは以前にも書きました。 今回はそこに秀忠を絡ませ、秀忠と家康の考え方の違いを、その人生経験値からあぶり出そう、という手法は、なかなか面白かったです。

 そして江の周辺でも、なかという女性が秀忠の子を宿し、結局その後嫡子が誕生してしまう、という事件が起こるのですが、江はそのことがショックで、寝込んでしまいます。
 この、江の反応も今までにはない、しおらしい展開で。
 江は戻ってきた秀忠にそのことを問いただすと、秀忠はあっさりそのことを認めてしまう。
 あ、そう?ずいぶんあっさりしてんのね(笑)、と思いましたが、江はなかの子供に徳川の嫡男の証である 「竹千代」 を名乗らせないでほしい、そして今度生まれる子が男子でなかったら、自分を離縁してほしい、と懇願します。

 このことで江は、またもや悩む。

 ここんところ、今までの江にない感じなんですよ。 今回の出だしはともかくとして、どうしてこういう性格に、江を仕立て上げてやらなかったんだろう、という気は強くしましたね。 ただこうすることで、また性格の一貫性というのは崩れていくわけですが。

 それを乳母は、「秀忠様のことが好きだからでしょう」 と指摘し、江は自分の秀忠への愛情に、いまさらながら気づく。

 結局生まれた子供は、またも女の子。 そのこに 「かつ」 という名前をつけ、自分自身がおのれの思いに勝ちたい、という気持ちを込めた、江。 なんか、いじらしいではないですか。
 しかし自分の言い出したことは言い出したこと。
 江はあらためて離縁を申し出るのですが、秀忠は 「なつと子供は城から出した」 と言い、もう側室は持たぬと宣言し、離縁の申し出を断ります。
 秀忠の思いが通じた江。
 「なぜ私のような者を…」 と謙遜する江。 どうしてこういう謙遜が、今まで出来なかったのでしょう?
 秀忠に抱かれる江。

 よかったよかった、めでたしめでたし。

 前半の神経逆なでされる展開から、こういう日本人の美徳を感じさせる話になろうとは、思いもしませんでした。 不肖橋本、ほめるときはほめます。

 ただ(あ~また)、おおばの局がずいぶん遅れて登場して、「今度も女子であったか」 とか言うのは、ずいぶんあなたも気にしてるわりに情報が入るのが遅いのね、と思いましたが(笑)。

 でもこれで秀忠と江がラブラブになったのもつかの間…とゆー話がお好きですなあ、田渕女史は。

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コメント

 リウ様お早いレビューですね!私はかなり退屈な回でした。
 
 まず、関ヶ原が説明でとっとと終わってしまい(きっと過去の大河の品位を落とすので、戦闘シーンを貸してもらえなかったのでしょう?と推察)、江ちゃんの秀忠遅参への馬鹿笑いは品がないなとは思ったけど、呆れただけでした。また妊娠発覚だし。なのに上の子供達は今日は出番なし。全然母に見えない。子を産むためだけに江ちゃんはいるみたいです。そんなのは嫌だったのじゃないかしら。皮肉なお話です。

 三成も先生が思い入れがあるらしかったですが、愛した女の為に戦をした武将になってました。先生的には忠義と愛を尽くしたいい人にしたのだろうけど、あんな終わり方なのですね。私は淀を愛していたからというのは、魅力的に思えませんでした。心が狭くてごめんなさい。
  
 初ちゃんの「加増くらい当然」という傲慢に見える態度も、家康の大物ぶりを際立たせるためなのでしょうね。でも、自分達の城と領地を戦場にして戦った後なのだから、初ちゃんにも人間の大きさを感じたかったです。家来もたくさん死傷したのに。

 秀忠の側室騒動と嫡子誕生で江ちゃんがしおらしく苦悩していたのは、最初の馬鹿笑いとのギャップがかなりありましたが、淀曰くの江ちゃんの脆さなのでしょう。まあおかげで秀忠くんが側室いらないと覚悟を言ってくれてめでたしめでたしでしたね。でも、夫婦仲良く月見の宴なのに不穏なBGMで終わるのが江ちゃんらしかったです。来週は愛菜ちゃんが、戻ってきて、熱演するのでしょう。子役に期待してるドラマづくりに、ちょっと哀れを感じます。

 


 

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。
明日は祝日なので、久しぶりにドラマをリアルタイムで見て、そのまま記事を書きあげました。 以前はずっとこのスタンスだったんですけどね。

今回強く感じたのは、「江がしおらしい」、ということでしたね。 出だしはアレとして(笑)。
江がしおらしくなることで、これだけ物語が説得力を取り戻すのか、と感じました。

細かいことを指摘しだすと、もうホント、きりがないので、今回はちょっと控えました。 全体的な評価から言えば、こんなに抜けベンベンな脚本でよく大河なんて名乗れるよ、というのは揺るぎないんですが(爆)。

子供たちがちっとも出てこない、というのも江の母としての背景を限りなく薄っぺらくさせる要因でありますね。

三成が今さら淀への愛を匂わせる、というのも、どうして大っぴらに出来ないのか、というと、今回淀は秀吉に首ったけだったからであり(笑)。 だから三成の忍ぶ恋が、「今さら」 に思えてしまうんですよね。

初についても、これまでの大河では淀を傲慢に作り上げてきたから、淀と江の仲を取り持つ、という重要なネゴシエイターとしての役割を担ってきたのに、今回淀はちっとも傲慢じゃないのでその必要がない。
その結果、それがすっぽりなくなっていることが、初の人物像の薄っぺらさに通じている気がします。

芦田愛菜チャン再登場、でしたね、来週。 どこまで脇役主導で展開するんでしょうか、このドラマ?

 しおらしい江ちゃん、多分今回だけ?いきなりキャラが変化するので、対応に困ります。また傲慢に戻るし。

 江ちゃんの設定がお話上統一されていないので、印象の悪い傲慢キャラが受け手の私達に残ってしまうと思います。しおらしい江ちゃん、秀忠を思って泣くいじらしい江ちゃん、可愛いと思ってあげたいけど、どこか奇異に今までの積み重ねで思ってしまいます。樹理ちゃんがんばっているのに。

 千姫や珠姫が出てこないので、自分が妊娠しているのに、側室に嫡子が産まれた江ちゃんの正室としての苦悩や秀忠に裏切られた悲しみや、男の子がいない口惜しさや心細さが伝わってきません。完ちゃん以来毎回初めてのお産のように子供を産んだシーンがあり、母親のイメージが希薄です。時間に限りがあるからだけど、馬鹿笑いをカットして、二人の姫をあやしている方が、同情されると思うんですが。

 初が仲介しなくても、淀はずっと江ちゃんの味方で理解者ですよね。江ちゃんと喧嘩しているのは初ちゃんだし。初ちゃんお菓子姫のイメージがとれないし。

 幼少期から大人の女優を使っているので、初ちゃんも江ちゃんもガキっぽいままだし、大人の女性としての上品さが全然ないんですよね。変化がわからないというべきか。やっぱり子役をせめて北の庄落城くらいまで使った方が、良かったのじゃないでしょうか。初と江は。子役がお菓子の取り合いしてても微笑ましいけど、テレビだといきなり見た目から訴えるので、大人が演じていると違和感があって、そのままずっとひきずっている気がします。今更すぎるけど。

 来週は千姫が持って行くでしょう。樹理ちゃん受けの演技が試されるのですが、どうでしょう。愛菜ちゃんはとっても上手なので、私は多分完ちゃんの無邪気さの時のようには泣けないと思います。脇役に興味が行ってるというのは、魅力的な登場人物がいっぱいのはずなのだけど、このドラマでは、他に楽しみがないという困った状況ですね。終わるまでに1回くらい主役に感動したいです。

 

 

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

私の場合は、江はここ数回、表情が大人になってきたかな、なんて感じています。

つーか、秀吉とじゃれあってた(笑)ときと違って、遊び相手がいないのをおおばの局とかに求めようとするんだけれども、どうも江自身がつまんなく感じている…、という感じかな~(笑)。

江の心からのお味方は、乳母だけだ、という寒々しさ。
彼女の寂しさがなんだか浮き彫りになっているような気がするんですよ(今回序盤のけたたましい笑いが無理やりっぽく聞こえてしまうのも、秋風吹きまくってる江の心象の現れ、みたいな…)。

結局江のテンションが猿によって上がることがなくて低いまんまだから、落ち着いたように見えてしまうだけなのか…(笑)。

それに、いったんなかとの問題が浮上すると、ほかのことなんかもうスッ飛んじゃう、というのも大きな特徴で。

ささ様ご指摘の 「子供たちが全く出てこない」 ということもさることながら、徳川と豊臣との関係悪化に気をもんでいたことも忘れてしまうし、京極のことなんか全く眼中にない感じですしね。

ただやはり、秀忠と真の意味で夫婦になった(じゃあ今までのはなんだったんだ、という気もしますが…笑)今回、城から追い出されたなかを呼び寄せ、寛大なところを見せていく江には、ちょっと大人、を感じました(甘いかな~…笑)。

ふて寝してても、自分のことだけを考えているのではない、秀忠のことを考えている、という、それまでと違ったところも、1ミリくらいは成長してんのかも…(1ミリって…)って、いいほうに考えたいですね。

良心的に考えないと、本当に樹里チャンが気の毒だ、なんて思うのですが。

ただこのところ、民放のCMでよく樹里チャンを見かけます。 ちょっと 「篤姫」 以降の宮崎あおいチャンを彷彿とさせる。

「大河ドラマ女優」 なんて大カンチガイを彼女が夢にも思わないことを、私は祈っております。

 樹理ちゃんのCM、可愛いですよね。私は「江」の樹理ちゃんより自然で、やわらかい感じが好きです。江ちゃんに今までなかったのは、やわらかさだと思います。強い意志を持った女性という設定でしょうから、仕方ないですけど、ゆったりと水をたたえる琵琶湖のようなイメージが、江ちゃんにあるといいのになと思います。荒れる火焔のようなままでもいいでしょうが。

 でもリウ様のいうように、今回、のだめじゃない、しおらしい、時に哀感のある江ちゃんになってきたので、希望はありますよね。でもそろそろ終わりが近づいてきているし。

 樹理ちゃんが大河女優の勘違いをする可能性は低いと思います。一年の長いドラマからの解放感で自由になった樹理ちゃんに逢いたいです。私の希望としては。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

樹里チャンにとって、この大河というのは、正直汚点かと感じます。 1年以上も頑張ってきたのに汚点だなんて大変失礼なんですが、彼女がこのドラマをどう自分なりに納得して今後を生きていくかによって、彼女の女優としての評価は定まってくるような気がいたします(タカビーな物言いですけど…)。

二通り考えられますけど(ややこしい話でスミマセン)、大河の主役を張ったことで彼女自身が箔が付いた、とカンチガイするパターンと、作品の酷評ぶりが如実に彼女の耳に入ってきていて、今後このドラマ自体を彼女自身がタブー視してしまうパターン。 今後インタビューでも 「江」 の話は一切お断り、とか。

その両方になってほしくない。

私としては元気なのだめからこの人を見出したので、元気な役がやっぱりいいですね。

それにしても、もうホントに、終わりが近づいてるんですよね。

秀吉と茶々の話に時間を割きすぎた、というのが、全体のペース配分に関する正直な感想です。

関ヶ原、確かに1日で決着ついた戦ですけど、ホントあっけなさ過ぎましたからねー…。

 リウ様の大河俳優への懸念、確かにそういう例もありますね。特に大物になったと勘違いする人とかいますよね。篤姫さんは、朝ドラと大河と、テレビドラマでは人気が出たので、NHKじゃないとテレビの場合出にくいみたいだし。その分映画にご出演のようです。樹理ちゃんは「江」をやっても「のだめ」の方が印象が強いですから、大河俳優だからどうのって事はないのじゃないかしら。批判を気にして黒歴史になってしまうというのも、ないと思いますよ。作品の出来もあるでしょうが、1年間演じたがんばりや、そこで培った人間関係とかが俳優さん達には残るようですから。

 のだめのような元気のいい役ですか。楽しみですね。10年くらいたったら、江ちゃんの主役だった事が「そんなのにも出ていたんだ」といわれるくらい、素敵な女優さんになってくれてたらいいですね。ここが頂上じゃなくて、まだ見ぬ先が樹理ちゃんに広がっているのを期待したいです。

ささ様
再コメント下さり、かたじけのうございます(ちょっとパターンを変えてみました…笑)。 返信が遅れまして申し訳ありません。

宮崎あおいチャンは、やはりテレビドラマに出にくいんでしょうかね? 私は映画館には滅多に足を運びませんし、やっぱりテレビで見たい女優さんですよ、彼女は。 スペシャル単発ドラマとか、方法はあると思うんですが。 「少年メリケンサック」 でしたっけ? クドカンのドラマに出るとか(笑)(そう言えば次クールの新ドラマでクドカン作品が登場するみたい…)(個人的にはどうでもいい感じですが…笑)。

でもあおいチャンの場合、こうもお出にならないと、「大河女優としてもったいつけてんのか?」 なんて穿ったものの見方をしてしまう(笑)。

大河にしても朝ドラにしても、それ以外にも、当たり役ができてしまったりしても、俳優さんというのは常にその先、その先を見据えていかなければならないですから、大変ですよね。

「黒歴史」、そうそう、先の返信でその単語が出てこなかった(爆)。 ネット言語にはかなり精通したつもりですけど、やっぱり身についてないなぁ

宮崎あおいちゃんは、もともと(篤姫前から)映画メインの女優さんでしたね。純情きらりで主演はしてますが、それ以外の連続ドラマで主演はほとんどないと思います。
本人の志向としてドラマ<映画なところもあるのかもしれません。なかなか映画を観に行けないのでテレビドラマにも出てほしいのですが。
初めての大河、それも主演でさんざん非難されて可哀想だな、と思っていた妻夫木さんも「悪人」で評価されたように、ここからどうもがいて、どう成長していくか、が俳優としての樹里ちゃんに求められていくところかもしれません。
人気だった篤姫でも瑛太の小松帯刀は微妙だったな、と感じてましたが、今回の「それでも・・・」で見直してみたり。
大河の一年間で伸びるか、大河後に伸びるか、大河が絶頂期か・・・と色々パターンはありそうです。

お久しぶりです。

いまのあおいちゃんだと、テレビドラマではいい企画がないのかもしれません。
だって、基本的に「売れている人」「ジャニーズ」が中心ですもの。

スケールの大きな女優さんですし、映画のほうが自分に合っていると考えているのかもしれません。
「篤姫」直後に出た「メリケン・サック」を見て、いい具合にイメージの固定化を避けて、頭のいい人なのだという印象を強く持ちました。

さり様
コメント下さり、恐悦至極にございます(また違うパターンのあいさつ…)。

宮崎あおいチャンは、私の場合は朝ドラのイメージが強かったですね。 なるほど、映画中心の女優さんなんだ…。

いろんな役者さんのことが出てまいりましたので私もちょっと。

映画もやる、舞台もやる、テレビドラマもキョーレツ、と言えば、やはり大竹しのぶサンをおいてほかにはいらっしゃらないでしょうね。 それぞれすごくて、出演バランスが取れてる。

私が大河俳優でちょっと不満を感じてるのは(ちょっとですから、ちょっと…)、渡辺謙サンかなあ。

「独眼竜正宗」「炎立つ」 のぎらぎらと火を吐くような演技を、大河で頻繁に見たい、見たい、見たい!
なのにすっかり映画俳優。
たまにテレビドラマに出たと思ったら、私の期待するような役が少なくて。

私のフィールドはやはりテレビドラマなので、好きな俳優さんはテレビドラマで見たいです、…勝手な言い分ですけど。

マーシー様
また来てくださってうれしゅうございます(このところあいさつのパターン替えに挑戦してますのでお気になさらずに…)。

あんまり出るドラマを選びすぎちゃうと、結局何にも出れなくなってしまう気がするんですよね。

私の場合あんまりあおいチャンにスケールの大きさは感じないのですが(失礼)、ミョーな有難味が出ちゃうトシでもないのに…もっといろいろ挑戦できる若さなのにな、なんて思っちゃう。 彼女のことをそんなに深くフォローしているわけではないので、いーかげんなことは申せませんが。

でもテレビドラマで見られる機会を、増やしてほしいですよね。 あおいチャンに関しては。

>出るドラマを選びすぎちゃうと
かつての島田陽子さんなんかも、「ショーグン」の大ヒットでギャラが吊り上りすぎて・・・、で、使いにくくなって最後は仕事までなくなった、という話がありましたっけ。

>渡辺健
彼は、はっきり言って病気で倒れる前のほうが、いい役者さんだったと思います。時々ケーブルで見る昔の時代劇で、びっくりするようないい演技をしています。
いまは、かなり大味な演技ですね。
彼の念願だった謙信が演じきれなかったことも残念です(もし彼の主演だったら、大当たりだったかも)。

マーシー様
またのお運びありがとうございます。

島田陽子サンの場合、もともと演技力はそれほどでも…と思っていたのですが(当時は私もガキだったとゆーのに、そーゆーところは見てたんですね)(いずれにしても失礼な物言いで申し訳ないです)、自らの演技分析と業界の評価を客観的に見る、ということも、役者さんが生き残っていくうえで、必要な能力なのかもしれません。

どの位置に自分がいるのか。 それによって仕事を遂行していく。

それって役者に限らず、社会でも同じ気がしますけど。

渡辺サンの最近の演技についてはあまり真面目に見てないので滅多なことは申せませんが、病気をしてからちょっと印象が変わった、というのは私も感じます。 まあ同じ激しい性格の役ばかりやるっていうのもマンネリでしょうし、いろんな役に挑戦したい、というのは貪欲の表れだと評価したいですが。

こういう役が見たい、という観客側の気持ちは、役者さんにとっても大きな足かせとなる場合が多い気がします。 渥美清サンなんかその最たる例で。

なんかいつの間にか役者談議になってきましたね…

宮崎あおいちゃんのことばかり書いて感想書いてませんでした(汗)
前半の高笑いした江と後半の殊勝な江のギャップがありすぎて、私はちょっとついていけませんでした。後半の江ちゃんだけ見れば、本当は秀忠に愛情があるのに離縁を言い出すとか、強そうに見えて実は脆いという風にも見えるのですが、ギャップの大きさがキツすぎて素直に感情移入できませんでした。
4万人の挙兵で勝ち戦とはいえ、多くの命が失われたというのに(現に秀忠はそこに心を痛めている描写あり)、戦嫌いのはずの江が高笑いでは、自分に関係ないヤツは死んでもいいのかよ!と言いたくなってしまう。
さらに細かいことですが、同じ時期につわりでおえっと来た二人に一か月以上も出産のブランクあるとかヘンだよね?江の乳母、どこまでもお側にはべってるんだな、とか、そっちに目が行ってしまいました。いけない傾向ですね。ついアラにばかり目が行ってしまう。
前回の初と今回の初、今回冒頭の江と終盤の江、別人なんじゃないかというくらい性格が違って、先生の手元には登場人物の性格とかをまとめた(人物設定というのでしょうか?)ノートとかないのかしら、と思ってしまいました。

さり様
またお会いしましたね!(懐かしい淀川長治サンのマネ)。

ホントにコロコロ変わりますよね、登場人物、性格、みんな(笑)。

私は出だしの江の高笑いと後半のしおらしい江とのあいだに、秀忠の 「未熟者なりの煩悶」 を見ていたことが、ショックアブソーバー(緩衝材)になりましたね。

秀忠が 「それが戦ならば、私は戦など、まっぴら御免でございます!」 と啖呵を切ったのは、私に言わせれば非常にレベルの低い苦悩です。
現代的な視点から見ても、中学生あたりがこういう 「理想と現実の差に嫌悪感を抱く」 みたいなことをやってますな(ハハ…)。
でもはじめて戦に出て、自分のそのレベルの低い煩悶に気付いてくのが、いわゆる 「成長」 です。 秀忠がこの啖呵を切ったあと、金魚のフンみたいに親父(家康)にくっついて三成と対面しなければならない、という情けなさ、というものは、秀忠にとって成長の糧と思われるのです。

理想が現実に流されていく瞬間を、私はそこで感じました。

まあ田渕女史がそれを意図的にやってるかどうかは別として…(爆)。

その 「子供っぽい意地からの脱却」」 を見たあとで、しおらしい江を見ると、「江も以前はブンむくれるのも自分自分だったのに、秀忠のことを思ってむくれるとは、1ミリくらい成長したのう」 と感じたのです(笑)。

あと、細かい部分について言及は避けます(だってありすぎるんだもん…爆)。

性格設定ノートは田渕女史は、…確実に作ってないでしょうね(失礼)。 行き当たりばったりですもん。

ではまたのお越しをお待ち申し上げます、サイナラ、サイナラ、サイナラ(ふざけてるみたいだ…スイマセン)。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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