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2011年9月26日 (月)

「江~姫たちの戦国~」 第37回 疑心暗鬼の果てに…

 どうもこのドラマを見ていると、どこまでが史実でどこまでが本当なのか疑心暗鬼に陥ったあげく、自分がバカになってくるような感覚に襲われます。
 なんか 「これが真相だ!」 みたいな、オーソリティ感あふれる教養番組が見たくなる。
 それってこのダメドラマのもたらす、唯一の効能なのかもしれません(爆)。 ドラマを見たあと、ウィキを見たくて仕方なくなる(ハハ…)。 「実際どーだったのよ」、って。

 このドラマでもっとも根幹をなす理論が、「戦国時代とは、女が政治の道具として結婚させられ続ける、ひどい時代だった」 という、作り手だけが持つ 「思い込み」 にあることは明らかです。

 その理論に従って物語は進展していく。
 すると、江以外の登場人物が、すべて間違った常識によって行動している、というドラマが出来上がる。

 つまり、自分以外にはまったく理解不能な人々だらけが、それを常識として信じている、まるでパラレルワールドにいるような不安が(少なくとも私には)沸き起こってくるのです。

 この恐怖感は、ある意味心理サスペンスといってよい(笑)。

 今回の主役のひとり、千姫。

 幼いころの茶々を演じた、芦田愛菜チャンがドラマ再登場です。

 まずこの起用がおかしい。

 どうして茶々の子供時代の子役が江の娘役なのか。

 そして6、7歳と言えば、すでにこのドラマでは皆さん成人していらっしゃってた(爆)。

 まあそれはいいとして(不問に付している事項が多過ぎる…)。

 話が1年半ごとか3年後とか、ヤケにスッ飛びまくっていることはナレーションとかで分かるのですが、今までその影形すらなかったように思えた千姫が、今回いきなり6、7歳の子供として登場した、ということがドラマ的にとても唐突なのです。

 そもそも本編突入前の状況説明で、江には珠姫という娘もおり、その子も前田家にあっという間に嫁がせたとか、その回になって判明した事実も数知れず(笑)。

 ちょっとムチャクチャすぎませんかね?

 今回の話で泣かせどころが、江と千姫との別れにあったのだ、とすれば、この話のはしょりかたは致命的ですらある。
 いきなり何人もの姫の母親だ、と江を仕立て上げようとしたって、「どこがこの人母親よ?」 としか見る側は思えないからです。
 ドラマを作る能力が決定的に欠けている、としか考えられない(この意見は、田渕女史にはちょっと申し訳ないですが曲げられません)。

 そしてその芦田愛菜チャン。

 タイトルバックを注目して見ていたんですが、なんと6歳?にして、単独の出演者クレジット。
 ひっくり返りました(実際にひっくり返りはしてません…笑)。

 そんなにこの子は実力のある役者さんなんだ、もうすでに。

 そして芦田愛菜チャンの行く末に個人的にかねてから持っている、多大なる不安が頭をもたげるのです。

 この子、働かせすぎじゃないですかね?

 メディアがこの子を持ちあげれば持ち上げるほど、この子の未来は歪んでいく気がする。

 こう言っては大変失礼ですが、親がこの子を使って金儲けをして、それが家庭を崩壊させてしまわぬことを、切に願っています。
 実際この子のご両親を拝見したことがありませんので、これはまことに憶測だけの感想であることはお断りせねばならないのですが。

 さて本編。

 冒頭江が、いなくなった珠姫を探す悪夢に見舞われます。
 「たま、たま」 って、ネコでも探してるのかと思った(爆)。
 これで珠姫を失った悲しみを表現しようとしているのですから、唐突かつやっつけかつ感情移入のしようがない。

 そして千姫と江の、初の(あ、いや、姉の初ではなくて)語らい(笑)。 ホントに初顔合わせっぽい、母娘とは思えぬ雰囲気が画面を支配します。

 その間家康が征夷大将軍になったことを淀とか大野治長から詰問されるシーンなどがあり(このシーンはちょっと見ごたえありました)、淀の政治的な駆け引きの稚拙さをドラマは描いていきます。
 淀は家康を警戒しながらも、かつてお目通りで出会った秀忠が豊臣に忠誠を尽くす、政治的に裏表のない未熟者だったことを思い起こし(ドラマではそんなふうに描写してませんでしたが、淀と秀忠に共通する政治に不向きな素直さに、淀が希望を見い出した、という構図と私は受けとりました)、秀頼と千との婚約を承諾する。

 決まった千の輿入れ。

 ここで江は、身重にも関わらず、千について大坂まで行く、と秀忠に頼みこむのです。

 ちょっとあっけにとられました。 えーと、史実では…(笑…知りません…笑)。

 当時は乳幼児等の死亡率も高く、妊娠中の女性が江戸から大坂まで輿に揺られて旅をするなんて、ほとんどありえなかったのではないのかな~、なんて(も~ど~でもい~です、ヘラヘラヘラヘラ…爆)。

 そして江は、伏見まで来てしまったというのに、千に 「そなた、本当に嫁に行ってもよいのか?イヤならここから連れて戻る、今すぐに」 と持ちかけるのです。 「そのようなこと、今頃お訊きになるのですか?」 と千から突っ込まれていましたが、ガキ(失礼)にも分かるジョーシキが、江にはない(爆)。

 千は自分の覚悟と決意を母親に語るのですが、子供のほーがよっぽどしっかりしている(また田渕の主役いじめが始まった…笑)。 ここで母娘はひしと抱き合い、見る側の涙を誘いま………せんってば!(爆)

 江は家康に接見。
 豊臣をないがしろにして天下を取るおつもりなのでは?と、まあいいにくいことをズケズケまた言っている、という構図を作りたいのでしょうが、言ったところでどうなるってもんでもないでしょう。

 このドラマで田渕女史が、江の性格を 「言いたいことをずけずけ言う」「思いのままに生きる」 ということを表現したがっているのは分かる。
 けれどもそのことが、政治的に何の影響も及ぼしていない、というのが、見ていてとてもよく伝わってくるのです。
 結局江はただの傍観者。 現状についてブチブチ文句をたれているだけ、というしょーもない主人公像が出来上がるのです。

 ここで江が聞き出すことが出来たのは、家康が豊臣の世を、もう現状とはそぐわないものとして認識している、ということ。
 それを家康は 「淀殿はまだ夢を見ていらっしゃる」 という言葉で表現するのです。

 そして数日後、三姉妹は大阪城で久しぶりの再会。 そしてこれが、姉妹が出会った最後となった、とお市の方がナレーションで話してましたけど、えーと、史実によれば…(笑…知りません…笑)。

 ただこの再会シーンを見ていて、田渕女史は、この三姉妹をどうしても、戦国の世に咲いた麗しい姉妹愛に仕立て上げたいんだなあ、というのは、伝わってまいりました。

 そしてそこで(その場でじゃないですが)江は産気づき、またもや姫を生むことになるのですが、江はこの子を政争の道具としたくないと思い込み、夫秀忠の頭を通り越して、この生まれたばかりの姫を初にくれてやるのです(悪意のある書き方だなあ…笑)。 まあ事後承諾みたいな感じで、秀忠には文を送ったってドラマでは言ってましたけどね(えー、史実では…笑…知りません…笑)。

 こーゆー夫をないがしろにする決断を、よくできたもんだと思いましたけど。

 その結果、今回のこのドラマを見終わったあと、私の頭の中は不安だらけになり、「何が史実なんだろう?」 という強迫観念に取り憑かれたのでございます(爆)。

 でも、ここまで書いといてナンですが、

 …あ~、面白いパラレルワールドだった…(ハハ…)。

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コメント

 江を見た後、なぜか、BGMが頭から離れず、面白くなかったのに、不思議です。でも今朝からは全く音楽が流れてきません。

 珠姫様は、前田家に嫁いで1年、夢で探している割に今まで全く描写がないので、茶番に見えるのが、このドラマのつらいところです。とってつけた感じがありありで。乳母さん任せの育児だから、べたべたしてなくてもいいですが、ほんの数秒でも側に置いていれば、多少母親らしく見えると思うのです。今更ですね。

 芦田愛菜ちゃんは、上手です。でも、達者すぎるかな?リウ様の心配が、現実にならない事を祈っています。かわいいけど、前回の茶々の時もそうだったけど、私は達者すぎて、ちょっと嫌です。マルモリを踊っている時のように、元気いっぱいの方が好きです。

 今回面白かったのは、淀の事を家康が「夢の中にいる」と言っていた事。江は「夢を見させたままでいいではないか」と言っていたけど、徳川はみんな現実主義。淀は秀忠を信じているようだけど、秀忠は自分が太平の世を築く為には、淀に逢った時の彼とはもはや違う人間になっているだろうと予感させてくれた事です。でも覚めない夢を見続けている人は、自分の都合のよい見方をしていて、気付いた時は、堀を埋められているのでしょうね。

 初姫は実際京極家に引き取られています。伏見で産まれたみたいです。江戸城説もあるけど、伏見に姉の初ちゃんが来て、養女にくれと懇願したという説もあるらしいです。

 私が思ったのは、千姫も初姫も江の姉の家に嫁ぐ事になった。それって、徳川から見たら、豊臣も京極家と同格の扱いってことでもあるという事。もちろん姉妹の気安さから、初ちゃんに養女に出したと思いますが。

 江ちゃんは全く母親らしくないですが、初ちゃんがうれしそうに養女をあやしているのをみつめている江ちゃんは、いい感じでした。

ささ様
仕事前なので取り急ぎ返信いたします。 お許しくださいませ。

いや~、伏見で江が子供を産んだのは、史実だったんですね! それって身重の身で旅をしてそこにいたんでしょうかね。 それ手もだいぶ前から、伏見にいたんでしょうかね。 いずれにせよずいぶん思い切ったことをしたものですね。

江が秀忠の頭を通り越してその子をくれてやっちゃった、というのも、もしかすると伏見にいた家康と相談したとか、あったのかもしれませんよね。

私が見ていて気になるのは、江が自分の子供たちに対して、なんか対抗意識を燃やしているように見える点です。 慈しみとか、厳しさとか、母親目線が欠けている気がする。 子供の側からすると、「怖いこのオバチャン」 みたいに見えるのではないか、と(失礼)。

それが物語における母親的描写のはしょり加減とリンクしている気がするのです。

 江ちゃんが娘に対抗意識!さすがにそんな事は考えませんでしたけど、江ちゃんは永遠のお子ちゃまですから、ありえるかもです。リウ様すごいです。
 
 初姫は伏見と江戸と両方説があるらしいです。4女なんてそんなものですよね。昨日の最後の紀行の時、江が伏見に来たような事を言ってましたから、ドラマのように、付添で来たのかもです。もしそうなら、娘が心配な優しいお母さんのはずですが、ドラマでは、逆に娘に諭される始末。限られた親子の時間なのに、もったいないと思いますが、このドラマって、江ちゃんの母性を全く切り捨てています。「女は子育てだけじゃない」という陰の声が聞こえてきます。確かに自分が主役になれないから、子育てはつまらないかもしれませんが、見返りがなくても、愛を尽くせるというのは、最高の贅沢なのですが。などと思ってしまいました。

 

 

 追伸、ウィキペディアによりますと、初姫は慶長7年生まれで、千姫婚礼は翌慶長8年だそうです。多少の歴史の入れ替えは大目に見てもいいのではないでしょうか。でも、伏見で生んだ後(伏見説をとるとして)婚礼まで江ちゃん残っていたのかしら?初ちゃんを養女に出して、それから千姫の婚礼だと、ドラマとしては、盛り上がらないかも。でも歴史どおりの方が秀忠が留守番せずにすむかも。羽根つきが何回でもできます。そうなると向井くんの出番が増えて、ますます江ちゃんがかわいそうな事になるのかしら。

ささ様
再コメント及びウィキによる調査結果をご報告下さり、恐悦至極です。 返信を一括してまとめてしまいますが、何卒ご了承くださいませ。

まず仕事前の返信で書き切れなかった、芦田愛菜チャンの演技について。

いきなり出てきて泣きの演技を見せて、さあ泣け!と言われても泣けないように、この不自然かつ唐突な起用によることの弊害を、愛菜チャンはもろに受けている気がいたします。 脚本家のせいで、愛菜チャンの演技はだいぶ天引きされている気がする。

ただし私は、愛菜チャンの演技自体には 「Mother」 以降は限界を感じております。 子役に向かって酷な言い方ですけどね。 ですからこれはオフレコです(って、全世界に向けて発信されとるがな)。 「じゃあお前がこのくらいのときこの演技が出来たのかよ」、と言われればグウの音も出ません。

子役ですから演技に幅がないのは仕方のないことです。 だからけっして私は、愛菜チャンをクサしているわけではないことは、明言しておきたいと思います。 成長に期待、というところです。

このドラマが戦国に生きた女性を描こうとするのならば、関ヶ原も大阪冬夏の陣(こっちはこれからか)もすべてナレーションひとつで済ませるのも、それはそれで適切な処置であるように思えます。

ただそうすることで、やはり江の母性を、もっともっと描かねばならない気がします。 いきなり 「タマ、タマ」 では、ネコを探していると思われても仕方がなさすぎる。

政治的な部分については、それなりに描けているとは感じます、が、それも先達たちの奥深い考察がベースとして存在しているからであって、けっして脚本家をほめるファクターとはならない。

このドラマでは女(江)が 「夢を見たままでいいではないか」 とロマンチストで、男(家康)のほうが 「淀殿には現実を直視していただかないと」 というリアリストであるみたいですね。 私の感想を言わせていただければ、これじゃ男女が逆な気がする(違うかなぁ?…笑)。 実際は女性のほうが現実主義で男のほうが夢を追ってる気がするんですよ。

この論理からいくと(なんだ難しげに…笑)江はロマンチストであるがゆえに、子育てに関してもただひたすら 「夢の中」、ということになるんでしょうか(爆)。

千を抱いて泣き崩れる江の姿よりも、千が遊んでいた羽根つきをひとりしょんぼりやりながら、娘を思う向井クンのほうが、よほど胸に迫りました(嗚呼…)。

どこまでも江をクサして、秀忠を持ちあげるおつもりのようですな、田渕女史は(ハハ…)。

 多分、田渕先生が夢の中というか、お花畑にいるのでしょうね。樹理ちゃんより向井くんの方が、お好きなのは、もう仕方ないでしょう。先生はイケメンがお好きですから、秀忠の方がおいしい役なのです。江が珠姫を、「たま」って呼んで探しているシーンは私も猫のタマを想像してしまいました。(サザエさん家の愛猫!)江が子供をあやすより猫とじゃれている方が似合いそうだから、仕方ないです!今回だけとってつけたように親子を強調されても、しらけます。でも毎回出産がありますね。樹理ちゃんうんざりでしょうね。気の毒だわ。まだ、家光、忠長、和子といるのですが。産んでも産みっぱなしのドラマですが。他の歴史や政治の部分も突然でてきて、放置ですから、「江」の田渕先生の世界は。役者さんもつらいでしょうね。でも後10回くらいになりました。一番感動したのが、かわいい完ちゃんだったって事になりそうで、怖いです。(笑)

ささ様
またのお運び、大変うれしく存じます。

なるほど、「サザエさん」 との相乗効果を期待してるんですね、田渕女史は(爆)。 当代きってのイケメン男優とか人気抜群の子役とかのほかに、どこまでいろんなものに便乗するのであろーか…(笑)。

毎回出産してるのに、いっつも難産のよーな気もいたします(お産のプロになかなかなれない?…笑)。
不思議なのは、あんなに夫婦仲が悪かったとゆーのに、子供は次から次から生まれるのね、ということ(笑)。 このドラマ、時間軸がもう、グッチャラグッチャなので(爆)いつの子が仲が悪かったときの子なのか判然といたしませんが(ハハ…)、いずれにしても 「あの千姫を、江が産んでたのか…」 という驚きが、まったくないのは事実です。

それにしてもこのドラマについてあーだこーだ言うのは楽しいです。 「新選組血風録」「テンペスト」 は、このドラマより数段出来がいいというのに、記事にしようとも思わないし、録画したやつを見るのもなかなかはかどらない。

「江」 って、「いじられ目的」 の大河、なのかもしれませんですね。

 私も「江」は親しみやすい大河ドラマだと思います。大河の垣根を取っ払った、視聴者にぐっと近付いた画期的作品!だと思います。ボロクソに言われる事も厭わないNHKは太っ腹と言うべきなのでしょうか、鈍感じゃなくて。「いじられ大河」をめいっぱい褒めさせていただきました。完ちゃんが一番良かったなんて感想は、重厚な風林火山なんかでは許されませんよね。でも「江」だと正直に言えちゃうところが、好きです。

 
 

ささ様
再コメント下さり、感謝に堪えません。 なかなか新しい記事をアップ出来ないのは心苦しいのですが。

NHKも、「龍子の部屋」 などというものを作っているから、もともとネタ番組みたいな感覚で制作しているのかもしれませんよね。 「大河」 の製作姿勢としてはあるまじき方向性ですが(爆)。

このドラマのレビューは、かつてなく気楽に書いている自分がいます。 なんか、面白おかしく書きたくなってくる。 中途半端にテーマがちりばめられているより、「この前はああ言ってたじゃないの!」 みたいに突っ込めることの喜びを感じてます(どうも大河の見かたが違うような…笑)。

次回、ついに春日局登場ですね。
「鈴木先生」 で見せた富田靖子サンの怪演が、また見られることを期待しています。

 春日局、やっぱり出すんですね。富田さんは「毛利元就」の時の正室役でした。春日局とは。樹理ちゃんの事務所の先輩だからでしょうね。

 江vs春日局、やるのでしょうか。光秀(春日局の父は光秀の家臣ですよね。)とも憎しみはないみたいだし、子供も乳母まかせのようですが。この江ちゃんじゃ、しっかりした乳母を世継ぎに選んでおかないと、徳川家危ないですよ。春日局に説得力を持たせる為の、江ちゃんのダメ母ぶりと思っていいのかしら?先生ちょっとひどい!加賀さんともこのところ仲良しだし、意外と春日局とも仲良しという展開かもしれませんね。

ささ様
またのお運び、かたじけのう存じます。

春日局もやはり、ギャグ要員のよーな気はいたしますが…(爆)。 たぶん田渕センセイが自宅で執筆しながら 「これ面白いっ!」 って繰り出した会心?のギャグが、オンエアーでも滑りまくりの炸裂をするはずです(かなり見くびってます…笑)。

ささ様のおっしゃる光秀との確執を、このドラマでは取っ払っちゃってる、というのは大きい気がしますね。 やっぱりギャグ要員か…(ハハ…)。

私が見据えているのはその先で(エラソーに…)、靖子チャンが田渕センセイの思惑を飛び越えて、バカ殿岸谷秀吉ほどのインパクトを見せてくれる点、かなぁ…。

いまにして思えば、岸谷サンのあのアホぶりは、脚本に対する大いなるアピールだったんだと理解できるのです。

 江ちゃんの撮影がほとんど終わったそうです。後はロケを残すだけだそうです。あーだこーだ言えるのも、終わりが近いと思うとちょっと切ないです。意外と、最終回で、今までに味わった事がない淋しさに泣けるかもしれません。(笑)

ささ様
再びコメントをいただき、うれしく存じます。

異色の 「さびしさ」 ですよね(笑)。 こういう寂しさには、私も出会ったことがないなあ(笑)。
「坂の上の雲」 を見て優越感に浸りながら批判なんかできないし(?)。 こうなったら、来年の 「平清盛」 にグダグダを期待…いや、もうそろそろ、大河らしい大河が見たいし…(爆)。

ただ予告の松山ケンイチクンを見てると、「どうもこの人は、髪形によってイメージがだいぶ変わる」 とは感じていますが。 「羅生門」 みたいなオープニングになりそ~な予感…。

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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