« 「カーネーション」 第3週 その気になったら、勉強することは山ほどあるんや | トップページ | 「江~姫たちの戦国~」 第41回 三面記事大河 »

2011年10月23日 (日)

「妖怪人間ベム」 第1回 人間とは何なのか

 私どもの世代では第1作のホラーアニメとしての認知度が高い、「妖怪人間ベム」。
 これを実写化したのが今回のドラマですが、この話を最初に伝え聞いたとき、「何でもかんでも実写化すりゃいいってもんじゃない」 と思ったのは確かです。
 しかもアニメでは恰幅のいい壮年だったベムが、今回KAT-TUNの亀梨和也クン。
 は?てなもんで。
 でも私KAT-TUNファンなので(笑)(ん?笑をつける意味は?)、ラジオの亀梨クンの番組が終わっちゃった寂しさも手伝って(笑)見てみようかということに。

 見終わっての正直な感想を述べさせていただくと、「なかなかよく出来てるけど、まあこんなもんかも」 というところでしょうか。
 途中までは、「人間になりたい」 というベムとかベロ(鈴木福クン)の願いと、「人間なんてロクなもんじゃない」 と反駁するベラ(杏サン)の意見の食い違いを見ながら、「そんなに彼らが意識する人間って、いったいどれだけのもんなんだ」 という思いが湧いてならなかった。
 ところが、今回非道な行為に及ぶ光石研サンが、実はベム達の出生のカギを握っているある教授のなれの果ての姿?をした男(柄本明サン)に操られていた、という展開に至って、その気持ちは急速にしぼんでいったのです。

 このドラマの原作アニメ、さまざまな人間たちが登場します。
 中にはベム達がいたく幻滅する悪人もいれば、人間の良さをベム達に教えてくれる善人たちもいる。
 でも総じてこのアニメは、「人間たちになりたいって言っても、その人間たちが醜いんじゃないのか」「醜いのはその外見ではなく、その中身が問題なのだ」 という思想に支配されていたと思うのです(ずいぶん大昔のアニメで、私もあまり深い部分まで理解して見てなかったと思うのですが)。

 アニメの悪人たちは、ただひたすら、本人たちが悪かった。
 これを誰かのせいにしてしまうと、この話のコアとなる部分が、急速にしぼんでしまうと私は思う。
 確かに光石サンの起こした所業は、途中からどんどん常軌を逸していく。
 これを柄本サンのせいにしてしまうと、作り手は人間たちの醜さに焦点を当てる必要が、なくなってしまうんですよ。

 この原作アニメは、太平洋戦争が終結してから、わずか23年後の作品です。
 だからこそ、まだ作り手には、「人間が持つ本質的な醜さ」 を実感できる素養が残されていた。
 戦争が人間を醜くさせ、敵を殺すことが正当化され、「自分とは考えの違うものを侮蔑する」 という時勢に巻き込まれていたからこそ、人はおのれのしてきた所業を見つめ直すという機運に恵まれていた。
 さらに当時、まだらい病(ハンセン病)患者が隔離されていたことも、「いったい醜いとはどういうことなのか」、ということを考える機会が、世の中にとてもあった、ということを示している。

 このドラマが現代にリメイクされる、ということの意味も、実はそこにあるのではないでしょうか?

 人は他人を侮蔑することに対してあまり躊躇がなくなり、自分と違うものに対して攻撃の手を緩めなくなってきている。
 ネットを見れば、そのような人間蔑視の論調ばかり。
 そんななかで暮らしていると、ますます思考は内向きになり、よそ者に対して寛容ではなくなってきてしまう。

 ドラマ前半で展開した、村人たちが手のひらを返したようにベム達を迫害する場面も、実はネット社会では大手を振って闊歩している島国根性と、なんら変わることはない。
 大昔の話じゃないんですよ。

 どうして人間は、自分たちの価値を、自ら下げたがるのか。

 どうして他人が他人が、と気にしすぎ、自分が自分がと主張したがるのか。

 醜くなっているのは、紛れもない人間自身なんだと思うんですよ。

 それをどうして柄本ハカセのせいにするのか。

 もちろん醜いばかりが人間じゃありません。
 作り手は柄本サンに人間の醜悪な部分を一手に集約させ、そしてベム達に関わり、いったんは誤解した、北村一輝サンに人間の善なる部分を集約させるのかもしれません。
 だからこのドラマ、次回以降もたぶん見るんじゃないかな、と思います。

|

« 「カーネーション」 第3週 その気になったら、勉強することは山ほどあるんや | トップページ | 「江~姫たちの戦国~」 第41回 三面記事大河 »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

 このアニメは何回も再放送されて、テーマソングだってまだしっかり覚えています。私も「なんでもかんでも実写にすりゃいいものじゃないだろう。」と放送前には思いました。べムが大人のおじ様から、青年の亀梨くんというのも?でした。

 でも、ジャニーズのドラマは見ておかないと(お友達との会話のために)という娘が録画していたので、見ました。(お友達のお母さんが亀梨くんのファンらしい!)そんなに悪くないと思いました。原作にある哀しさとか人間の不条理とかは、ソフトになってましたけど。べロがかわいいし。

 他人を下に見る事で、自分の優越を保っていたり、差別する事で、連帯感を維持したり、それは、自分に自信がないからでしょうね。

 日本が経済大国に駆け昇ってナンバー1と浮かれていた頃を平成生まれの若者たちは実感できない。傾き、不況にあえぎ、災害に翻弄され、莫大な借金をこの国は抱え、高齢化社会を迎え、年金ももらえない。職も正規雇用になれない、そんな暗い時代、内向きになるのも仕方ないかもしれません。「自信を持って生きろ」と言いにくい時代です。私は「誰かを差別する人は自分を差別している。自分の品性を低くしている。」と子供の頃何かで読んでから、そうならないように生きてきました。でも、建前だけだったかもしれません。リウ様のように深く考えたりしませんから。でも、誰かを寄ってたかって叩いて満足するなんて、「日本人の誇り」が許さないと思います。九州人としては、ガキくさくてあほらしいです。ラジオでは北の国の宣伝放送の電波が五月蠅くて、うんざりナイタ―を聞かなきゃいけなかったし、鳥インフルエンザは飛んでくるし、だからって国ごと引っ越してもらえないのですから仕方ない。おじさま、おばさま向けのドラマくらいでガタガタ言うなよ。言論の自由が泣く!寛容って大事。だって、心を広くもった方が、楽ちんです。(ちょっと過激に書いてしまいましたね。ごめんなさい。)

このドラマも今後に期待しましょう。

投稿: ささ | 2011年10月23日 (日) 22時15分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

亀梨クンファンの私に言わせていただくと、亀梨クンは相当出来た人物であります(笑)(ん?ここに笑を入れる意味は?)。 だから彼がニヒルなベムを演じるのを見て、こんなにハマっているのはある意味で納得ずく、と言いますか。 ですので本文中で彼のことをほめませんでした(ハハ…)。

「妖怪人間ベム」 を昔見ていたガキの頃、「なんでこのマンガのタイトルはベムなんだろう?」 とばかり思っていました。 ベロが主人公だろ、と。
でもこのドラマを見ていると、紛れもなくベムが主人公なんですよね。
このドラマでのベムは、人間に対してどういうスタンスを持っているのかが判然としない。
やはり亀梨クンが演じると、そこからベムの存在感が、一気に主役級になってしまうんだなあ(完全に亀ちゃんファンですな…)。

ささ様のコメントでは、巧みに相手をぼかしておりますね。 うまいなあ。

でも私は、はっきり言っちゃいますけど、このところネトウヨらしき人からのコメントを受けておりまして、勉強不足などと言われ少々ムカムカしております。

そんなの相手にしなきゃいいんでしょうけど、やはりそんな人たちは、日本が戦争中になにをしたのかを、巧みにごまかされ、回避させられているように思えてならない。

これ以上はささ様への返信としては不適当になりますのでここで切り上げますが、この記事本文ではそんな忸怩たる思いがちょっと噴出した形になってしまいました。
本当は杏サンがベラ役にはぴったりだとか福クンがかわいいとか書きたかったんですけどね。

投稿: リウ | 2011年10月24日 (月) 07時18分

リウさま

>「妖怪人間ベム」 を昔見ていたガキの頃、「なんでこのマンガのタイトルはベムなんだろう?」 とばかり思っていました。 ベロが主人公だろ、と。

私もそう思ってました〜!
子供の目線からみてると、どうしたってベロが主人公に見えましたよね。

そして、ベラ。
杏ちゃん、頑張ってますね〜。いちばん、はまってる感じしますね。年代的には、この漫画を見てるはずないと思うんですけど。
福ちゃんは、可愛らしすぎる感じしますね。もうちょっと屈折した感じの子役(そんな子役いるんかい!coldsweats01)がいいような気がします。濱田龍臣くんの方がマッチしてたかも?

亀梨くんは年齢的にもマッチしてない感じですね、かっこよすぎるし。(リウ様には申し訳ないですけど)
ベムは、やっぱりもう少し年齢が上の人の方が人間としての深みが出るのではと思いました。
ガッチリタイプの俳優さんの方がよかったかも・・・

「妖怪人間」を実写にして、どうなってるのかなあと見てみましたが、仮面ライダーや戦隊ものの雰囲気になっちゃってる感じ?でした。亀梨くんがかっこよすぎるからでしょうか.
ちょっとイメージ違ってしまっていて残念でしたが、杏ちゃんのベラは、また見てみたいなと思ってます。

投稿: rabi | 2011年10月24日 (月) 09時43分

 リウ様に勉強不足と挑む人がいるなんて、ネットの世界の人達って、世間知らずなんですね。アッチョンブリケだわ。

 私など戦争体験者の話を聞いていますけど、彼らは聞きたくないし知りたくない事は、認めないのでしょうね。私に言わせると、きれいな戦争も聖戦もごまかしです。戦争はきたない、殺し合いです。祖父は二人とも従軍しましたし、父の実家は軍需工場があった地方都市ですから、父の一家は空襲で焼け出されました。

 戦争中、植民地化の中で、支配するために愚かな行為が行われた事は、明白です。それが、日本人全体の罪といわれると反発したいのはわかりますが、踏ん張って受け止めないと、国を信じて命を捧げた方たちに申し訳ないでしょう。彼らに汚名をきせるのは卑怯だし酷でしょ。もう60年たって、時効にしたい気持ちはわかりますけど、歴史に刻まれた以上変わりません。それより、明日をつくる方が賢明でしょ。コチコチ頭の人にはわからないでしょうけど。「原爆がもっといっぱい落ちて滅べば良かったのに」とか言われてむかつくのはわかりますが、私が子供の頃、大人はあちらの方を犬っころと同様に呼んでました、恐ろしい事に。まだその気分って私たちの根っこにはあるでしょう。深い奥に。

 ベラとべロははまってましたね。亀梨くんも、哀愁があってよかったです。人間になりたいという彼らにふさわしく、私たち人間はきれいに生きているかと言えない、悲しいですね。「人間とは」を問いかけるドラマと子供の頃思って見てなかったです。べロが好きだっただけで。福くんのかわいさは反則かも。

 リウ様、いつも深い、そして、愛情のあるレビューを読ませてくださって、ありがとうございます。

投稿: ささ | 2011年10月24日 (月) 12時09分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

今当時のアニメを見直したら、ベムが主人公なんだな、と思うのかもしれないですね。 記憶の彼方なので、ベムの役割がガキの頃は分からなかったかも、です。

杏サンのベラ、かなりハマってました。 実際はベロはベラの子供ではないんですが、子供に対してあのキッツイ物言い(笑)。 今時こんな非情そうな女性は絶滅種であります(昔っからそうかな…笑)。 一家?揃って日本式の食事(爆)、箸の持ち方をきつく躾けるなど、すごくミスマッチで笑えました。 原作アニメでは、なんか異国的な設定だったように記憶してますが、箸を持ってごはん茶碗とか、なかったですよねぇ?(笑)

特殊メイクに関しては、原作のフォルムを結構忠実に再現している気がしました。 原作が原作ですから、ちょっと古臭いフォルムなのは仕方ないかな、とか。 あれをリアルにするのは、ちょっと難しいな、ということで。

もとより子供が見る、というスタンスを求めてないので、かなりハードルの高い感想になってしまいましたが、ガキのときガキなりに咀嚼していた深遠な物語の意味を、大人の解釈で見てみたかった、という期待はあったかもしれません。

投稿: リウ | 2011年10月24日 (月) 13時55分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 こちらこそささ様のコメントにはいつも励まされております。 ささ様のコメントがなければ、「江」 のレビューもあれほど毎回は書くことがなかったと思います。

自分が勉強不足かどうかは、自分で判断することではないんですけどね。 私にも知らないことが、まだまだありますので。 ただ理由も述べずに断じられていることに苛立つのです。

これって学校で、戦争のことを教えなくなったことがかなり大きい、と感じます。 私が勉強不足だと断じたかたも、30代後半だと明かしていました。
私が小中学生だった1970年代後半でも、歴史の授業で昭和恐慌くらいまではちゃんとやっていたのですが、それ以降は時間がなくなってほとんどおざなり。
私が戦争の真実を知ったのは、小説だったり映画だったり、学校の授業以上のさまざまな事象からでしょうか。 そこから、誰がどう言い訳しようとどう取り繕おうと消えることのない、当時行なわれてきたことへの洞察を深めてきたつもりです。

それを自虐史観だと言って認めようとしない人たちには、古来から他国への蔑視的態度が日本国民の精神的根底に存在していることを忘れている。 ロスケとかチャンコロとか、庶民レベルで蔑称が一般化していたことを。

自分の国以外の人々を見下す傾向、というのは、韓国でも中国でも、どの国に関しても同じことなのかもしれません。

だからいつの間にか、どっちが先か分からないけれども、互いに相手の国への憎悪を募らせている。

ただ私の歴史認識から言えば、日本は古代国家の時分より、隣国に何度か攻め入っている。 秀吉だってやってましたよね。 秀吉が陶器職人を朝鮮からごっそり連れてきてしまったために、朝鮮では陶器文化が滅んだ、ということも聞きます。 韓国では金属性の食器がスタンダードなのも、それが理由だと。

そして先の戦争では、隣国だけではなく占領した地域の人々に対して、日本語を強要した。
韓国や台湾などの年配の人が日本語をしゃべれるのは、それが原因なのです。

これがもし、自分の国でなされていたとしたら、こんなに屈辱的なことってあるでしょうか。 「お前たちの国はわが国が占領した。 明日からはハングル語、中国語を使いしゃべれ」 なんて。 日本語を捨てることなんか、出来ますか?

そんなことも知らずにただ 「いつまでも賠償賠償言ってんじゃねーよ」 とか、確かにそれも一理ありますが、彼らがどんな土壌の上にそう言っているのかを理解する必要も、あると思うのです。

私が子供の自分はまだ、「戦後30年」 とか言って、戦争の影を幾分引きずっていた時代だった。 当時は跡形もない、なんて思ってましたけどね。 今にして思えば、その影は確かにあった。

それが戦後60年以上もたってくるとますます風化して、テレビドラマや映画でも戦争を題材としたものに、昔の作品ほど作り手の魂の叫びが感がられない。

「戦争はもうイヤだ、戦争はしちゃいけない」、という叫びが。

その戦争の導火線となるのが、いたずらにかきたてられる他国への憎悪です。 この病根は、私たち(私たちでさえ、「戦争を知らない子供たち」 のカテゴリーに入ってしまうのですが)が取り除かねばならないと感じます。

外国からの文化侵略だ、なんて言ったら、戦後の日本は完全にアメリカかぶれしてましたよ。 欧米が良くてアジアが悪い、という発想も一種の差別。 私がビートルズファンなのも、イギリスかぶれということになってしまう。 自分たちの国でKARAとか東方神起に対抗できるアイドルを作れないで、日本人が日本のテレビ局の資本を買収できないで、コリアンインベージョンを嘆いてたって仕方ないのです。 国力をあげてからものを言え、と思う。

話がデリケートなために言葉を選びながら書きましたが、大変長い返信になってしまいました。 申し訳ありません。

ただ私の考えは、いたずらに相手国を擁護している立場でもありません。 一方的な話では、ないのです。 互いに憎悪を募らせることは物事をこじらせるだけで、何の解決にもならない、ということを申し上げているだけなのです。

投稿: リウ | 2011年10月24日 (月) 15時17分

 私からしたら、韓流ドラマや韓国アイドルの氾濫より、テレビの液晶のシェアが韓国に負けている方が大問題です。物作り国家としての危機でしょ。それにフジやサンケイってどちらかというと右ですよね。彼らに心理的には近い。そこに「お散歩」と称してデモしておいて、「無視された」と文句言っているのが、幼稚で笑えます。「お散歩デモ」ってギリシャやアラブの春でやっているものと同意義に扱ってもらえると本気で思っているのですか?あの方たちは。(平和な国に住んでて幸せ!)

 リウ様の切実な思い、とても熟慮されたお言葉での、相手国を蔑視し憎悪を募らせる愚かさへの指摘に同意します。愛国心は誰かを蔑視する事では育たないと思います。リウ様ほど深く考えていないのですが。

 たかだか60年しかたっていないのです。あちらからしたら。「二度ある事は三度ある」と思われていても仕方ないです。「恨み百年」のお国ですよ。日本語や日本姓への改名の強制や、慰安婦問題や、植民地化のためさまざまな蛮行が行われた事をネットウヨの方たちは、「それは朝鮮や中国のためになっている事もあった」とか、「いい思いをした現地の人もいる。」とかでごまかそうというか、目をそらそうとしています。

 
 戦争は嫌です。(まるで江ちゃんだけど。)私には中学生と高校生の子供がいます。徴兵されるなんて考えたらぞっとします。「お国に尽くせ」なんて、非国民と罵られようと、言えません。ネットの前で威勢のいいことを言っている方たちは、戦争になったら、戦地に行く覚悟があるのでしょうか。自分の子供を率先して出征させられるのでしょうか。自衛隊任せじゃないですよね。最悪への備えもしてないのに、戦争を口にされると本当にむかつきます。

 たとえ卑屈で歯痒いと思われようと、60年戦争をしなかった事、平和な国でいられた事、だから自由に物言える国なのだと胸を張れると私は思います。長々と書いてしまいました。ごめんなさい。でも平和な国のまま子供たちに渡したいのが私の気持ちです。

投稿: ささ | 2011年10月24日 (月) 21時25分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

私も純粋な愛国心、というものを考える、という点では、右寄りなのかもしれません。 まあ右だの左だの、カンケーないですけどね。

フジサンケイグループが右寄り、というのは私も感じていました。 「正論」 っていうフジサンケイグループのオピニオン雑誌がありますが、右ですよ~coldsweats01
それなのに韓流を推し進める、というのは、なんか会長だかが韓国のなにかと親密なお付き合いになったからだとか、まあ資本介入もありましょうが、その程度の原因だって感じるのです。

もしフジテレビの韓流傾倒に危機感を抱くのならば、見なけりゃいいしスポンサー商品をボイコットすればいい。 私は見たいものしか見ないので、すごくそこらへん、疎いんですよ。 危機感を抱いてる人に限って、テレビばっかり見てるんじゃないのかしら、とか考えてしまう。 「それでも、生きてゆく」 でほんの一瞬だけ映った雑誌に日本蔑視をほのめかしたことが書いてあった、というのだって、手の込んだことをして誤解をわざわざ与えるようなことをして、フジテレビはなんて馬鹿なんだ、とは思いましたが、それを探すほうも探すほう。 同じ穴のムジナです。 こういうのが、「いたずらに憎悪をかきたてている」、というのです。 両者とも。

そしてそんな憎悪を膨らませている人たちに限って、バーチャルな世界でしかその憎悪を実感できてない。

実際に韓国人と付き合ってごらんなさいな。 人間、実際に顔を突き合わさないと、本質は見えてきません。
そして顔と顔を突き合わせて初めて、相手の国の違うんじゃないかという部分も問いただすことが出来るし、自分の考えを相手に伝えることもできるし、理解できる範囲がどれくらいなのか把握することが出来る。

うちのオヤジは韓国人の実業家と懇意でして、数年前その実業家の娘さんが結婚したとき式に出席するために韓国に行きました。
そして居並ぶ韓国人を前にして、自分の考えている 「韓国人、ここがおかしいんじゃないのか」 という意見を堂々と話してきた。
刺すような目線のなかでですよ。
こんなことがネトウヨにできますかね?
それで意見を戦わせて初めて、韓国人について深く知ることが出来た。 自分の意見も相手に伝えることが出来た。
そういうことなんですよ。
みんな、架空の空間のなかで、ネットじゃ素性が誰かも分からない 「相手国の国民」 の挑発にけしかけられて、同じレベルまで自分を下げていたずらに憎悪だけを膨らませているだけ。
そんな憎悪は、幻みたいなもんです。

私たちの世代は戦後教育のなかで育ってきたから、なんにでも戦争を安易に結びつける傾向があるかもしれません。

でも、すべての憎悪は、戦争という道につながっているのです。

尖閣諸島に関しても、対馬に関しても、歴史認識にはその国によって大きな隔たりがある。
でも、私はそもそも人類の歴史、というもの全体が、果たしてどこまでが真実なのかは誰にも分かっていないのではないか、と考えています。
それは時に為政者たちや自らの種族の正当性を作り上げるためのものであったりするからです。

だから本当に確実なのは、実際にその国の人と会って、話をすることだと思う。
そのうえで彼らがどんなことを許せないのかが分かるし、どこまで妥協してくれるのかが分かる。

ご近所づきあいだってままならないのが人ってもんです。
ましてや国の単位ともなれば、相手がなにを考えてるのなんか、容易に分かるはずがない。
相手を知れば、相手を殺そうなどとは、思わなくなるものじゃないでしょうか。
互いに 「あいつ、なに考えてるんだ」 と疑心暗鬼の目で見ていれば、ご近所だって殺人事件は起こりうる。

戦争は、したい人間がしたくない人間をも巻き込むから、最悪なのです。

すべての憎悪は、そこに通じている。

「妖怪人間ベム」 の話と大きくかけ離れてしまいましたcoldsweats01。 とてつもなく長い返信になって本当に申し訳ないです。

でもこれが、紛れもない自分の考えです。

投稿: リウ | 2011年10月25日 (火) 08時07分

 フジの韓流押しは、経営戦略でしかないと思います。コンテンツを買い付けて投資しているのは、日本で一からドラマを作るより既製品を買った方が安上がりだからだと思います。資本主義ですから、コスト削減して利益を追求しても責められないです。

 実際だからって、韓流ドラマの愛好者がいっぱいいるわけでもないし、韓国のアイドルがフジが宣伝するほど大人気なわけでもない。でもブームをねつ造してでも作らなきゃ投資が無駄になります。そこを真面目な方たちは、文化侵略だのと目くじらたてているのです。売れなきゃ商売じゃないですから。フジの方が狡猾です。右の匂いもいい具合に隠せるし。電通さんの影響力のせいだという意見もありますが。それも商売の選択ですからね。

 こんな事は誰だってわかりきっている事です。日本の端っこの島をめぐって、騒動をあちらの国のナショナリスト達が仕掛けてきていて、苛立つのはわかります。厄介なお隣さんたちでもあります。国ごとお互い引っ越せないですから、なんとか折り合いつけてやってくしかありません。(地震で数センチ日本列島はずれたらしいけど。)領土問題は、何か別の問題から目をそらせさせるには格好のものなんですよね。中国や韓国にとって。敵意を日本に向けさせておけばいいのですから。

 わかりあう事はできなくても、隣人として、最低限のつきあいができればいいのではないでしょうか。私は韓国アイドルも韓流ドラマも好きじゃありません。でもつれあいは韓流ドラマで楽しんでいます。家庭平和に役だってくれているわけです。(笑)。私が韓流押しに文句が言えないのはそれが原因です。出来の悪い女房としては、助けてもらっているので。

 

投稿: ささ | 2011年10月25日 (火) 22時42分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

韓流ドラマ、お嫌いですか(ハハ…)。 私は以前は、特に時代劇はハマって見ておりましたよ。

彼らの時代劇を見ていると、彼らがいかに自分たちの国の歴史に誇りを持っているかが伝わってくる。 それがいかに創作の手が入っていても、です。 そしてどうしたら面白くなるかを徹底的に考えており、早く先が見たくて仕方なくなるような作りに徹底的にこだわる。 「江」 の作り手にその百万分の一でも見習ってほしいほどです。

ただ、彼らの語り口は、とても饒舌。 100話を超える話なんてざらで。 見ているうちに、だんだん疲れてくる(爆)。 でもそこまで物語に没頭できる韓国人たちは、とても情熱的であるし、却って日本人のこらえ性のなさを、私などは実感するのです。 日本のドラマなんか、せいぜい10回程度。 ちゃっちゃっと見終われるからいいかもしれないけど、饒舌さのパワーの違いはとても感じる。

それと、ここまで韓国のドラマが大量に輸入されてしまうと、かなり玉石混交なんですよ。 質のいいドラマを探すのに苦心するようになる。 「前は見ていた」 というのは、それに疲れちゃって見るのをやめた、ということです。 長すぎて見てらんなくなってきたし。 NHKBSとかでは選んでくれてるみたいですが、やはり一時期 「品切れ状態だな」 と感じることがあった。 それ以来とんと見てないですね。

彼らのドラマを見ていると、彼らがとてもファナティックなのが分かる。 感情の起伏が、かなり激しいんですよ。
こうして直接触れないと、分からない部分っていうのはとてもあると思います。 吹き替えでなく字幕で見ることも多かったのですが、彼らの言葉は、なんかとてつもないひどい訛りの日本語、という気もしてくるから不思議です。 主語述語の並び方も日本語に近いし。 つまり言語の体系としても、かなり近しいものがある。 われわれのルーツだって、大陸から移動してきた流れも確実にある、と思うし。 いわゆる弥生系、というやつですかね。 今隣国を攻撃しているネトウヨのかたたちが、自分の遠い祖先を探したら、実は中国や朝鮮系だった、なんてことが、あるかもしれないのです。

ささ様のお考えはとても冷静で、正論そのものだと私は感じます。 私がいただいたネトウヨサン?からのコメントでは、何でもかんでも隣国敵視の論調と結び付けたがっていた。 もっと世界を広く見渡しなさい、と申し上げたいですね。

ネットの世界よりも、実際の世界のほうが、はるかに広大だ――。

これは不条理マンガ(爆)「攻殻機動隊」 のラストのパロディですが、自分が見て聞いてきたことだけがすべてだ、と思わずに、世の中にはもっといろんな真実が隠されている、その可能性を自ら閉ざしてどうする、と私は考えるのです。

投稿: リウ | 2011年10月26日 (水) 08時39分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/53063434

この記事へのトラックバック一覧です: 「妖怪人間ベム」 第1回 人間とは何なのか:

« 「カーネーション」 第3週 その気になったら、勉強することは山ほどあるんや | トップページ | 「江~姫たちの戦国~」 第41回 三面記事大河 »