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2011年10月23日 (日)

「カーネーション」 第3週 その気になったら、勉強することは山ほどあるんや

 このドラマを見ていてとても感じるのは、「視聴者に媚びることを一切しない」、という点です。

 たとえば今週、糸子(尾野真千子サン)は父善作(小林薫サン)のためにアッパッパを縫うのですが、桝谷パッチ店のおかみさんからもらった生地を板に張って乾かす。
 おそらくノリをつけて生地を整えたんだと思うのですが、これがなんなのかの説明が、まったくない。
 そしてようやく出来上がったアッパッパを、善作は見るなり妻の千代(麻生祐未サン)に 「ほかしとけ」 とにべもない反応。
 「ほかす」 という意味が分からない私にとっては、「はて、これはどっかにほっておけ、ということなのか、それとももっと冷たく、捨てろ、という意味なのか」、と考えてしまうわけですよ。
 で、「ほかしとけ」 と善作が言ってまわりがどういう反応をするのかに、自然と意識が行く。
 考えてみると赤ん坊が言葉を覚えるのに、その言葉によってまわりがどう反応するのか、ということを観察しながら、人は言葉を覚えていくんだなあ、ということがあらためて実感できる。
 結局 「ほかす」 というのは 「捨てる」 という意味だったのですが、ドラマではその説明を一切しない。
 そして糸子は拒絶されたアッパッパをどうにかして父親に着させようと、「次の手」 を考えるわけですが、今週分を最後まで見た時点では、それがいったいどういう手だったのか、判然としない。
 これは、おそらく糸子に次に降りかかった事件によって、その説明はなされないままだろうと思います。

 つまり、「そこは見ている人が想像してくれ」、というスタンスが、ドラマ全体に貫かれているわけです。

 これを 「説明不足だ」 と言って憤ることは、実に無粋と言える気がする。

 分からなかったら、自分で調べる。

 幼いころの読書でも、人はみんな、そういうことを繰り返してきたはずです。

 そして分からなかった部分は、「世の中そんなものなのか」、と納得するしかない。

 みんなそうやって、成長してきたはずなのです。

 糸子は今週、念願の桝谷パッチ店でようやく働き始める。
 しかし外からのお客さんだったときと、いちばん下っ端として働くのとでは待遇が天と地ほど違う。 ミシンにしたって10年もしないと触れない、と言われ、糸子は絶望します。

 優しかった職人たちもまるで手のひらを返したように、冷たくなる。
 それはおかみさんにしても同じで、先週パッチ店に来なくなった糸子を心配して、大将のトミーズ雅サンと一緒に小原呉服店までやってきて、「チラッ!」(爆)なんてやってたことを考えると、人格破綻でもしてんのか、と思われるほど。

 でも見る側は、おかみさんが先週やっていたことを思い返して、「ああこれは、人生修業させようとしてんだなあ」、ということを気付かねばいけない。

 善作が糸子の職場入りに際して、「勉強や」 とくどいくらいに話していたことも、実は 「糸子に厳しくしたってや」 とパッチ店の人々に話していたことの裏返しなのではないか、と見る側が想像しなければならない。

 糸子が風邪をひいて職場に出てきたとき、職人のひとりが 「風邪をうつされたほうが迷惑や。 お前なんかいないほうが仕事がはかどる」 みたいなことを言って糸子を帰らせる場面があったのですが、そのときそれを聞いていたもうひとりの職人が、「いくら本当のことでもあれは言っちゃダメだ」 と糸子が帰ったあとにたしなめていた。
 これも、糸子が足手まとい、という事実も示しながらも、職人たちが糸子を鍛えている、という事情の裏返しなのではないか、と、見る側が気付かねばならないのです。

 風邪なのにこうして出てきてやってんだ、みたいな気分だったのでしょう、糸子はその職人の言葉に、完全にやる気をなくします。

 けれども糸子は、風邪の熱に浮かされながら、おばあちゃん(正司照枝サン)の気遣いで布団をぎょうさんかぶせられ(笑)、その寝床で母千代の、妹への叱責を聞くのです。

 「ええなあ糸子姉ちゃんは。
 糸子姉ちゃんばっかし新しい着物着れるし、好きなことさしてもらえるんやさかい。
 『学校やめたい』 ちゅうたらやめさしてもうて、『働きたい』 ちゅうたら働かしてもうて」

 「そない羨ましいんやったら、あんたも姉ちゃん見習うたらよろし」

 「えっ?」

 「こないなとこでお母ちゃんにグジュグジュ言わんと、自分でお父ちゃんに、『着物買うてください』 って、頭下げといで」

 「そんなこと、うち、ようせん」

 「好きなことするちゅうんはな、見てるほど楽とちゃうんやで。
 女は余計や。
 大変なんや。

 姉ちゃんは偉いやん。 やりたいことあったら、ぜぇんぶ自分でどないかしよる。

 どんだけしんどうても音ぇあげへん。

 ええなあ思うんやったら、なんぼでもまねしい。
 けどまねでけんと、文句だけ言うんはあきません!」

 どんな励ましよりも、どんな善作の百万べんの 「勉強や」 いう言葉よりも、糸子の胸に染みわたる言葉。
 書き起こしをしていて気付いたのですが、このくだりのやり取りは、実に 「声に出して言いたい日本語」 みたいな美しさに包まれています。
 すごいなあコレ。
 文学作品だ。

 この母の言葉は糸子を根底から揺り動かす。
 風邪などすっかり吹き飛んで(ここにおばあちゃんの布団攻撃もさりげなく噛んでいることにも注目します)、糸子はいまさらながら、父親の 「勉強や」 という言葉に感じ入ったと父親をほめるのです。

 「なに初めて聞いたような顔して言うとんねん」

 「そやけど、ほんまに初めて聞いたような気ぃするわ」

 「はぁぁ~~~??
 なー言ってんだぁぁ~~オメェはぁぁ~~~?」

 爆笑しました。

 それから糸子は、意地悪みたいに職人から言われ続けてきたひとつひとつの仕事が、すべて意味のあることだと気付いていく。

 「その気になったら、勉強できることは山ほどあるんや。

 よし!

 うちにはもうこんだけ知恵ついた。

 知恵っちゅうのは、増えていくばっかしのもんやし、10年ちゅうのは、減っていくばっかしのもんやし。

 今日で…。

 16日目や…。

 あと9年と、…349日。

 大丈夫や。

 うちはちゃんと、ミシンに近づいてる」

 そんなポジティヴシンキングのできるようになった糸子に、大将は仕事が終わったあとならミシンを使うてもええで、と言ってくれるのです。
 そのときも糸子は、ミシンをまるで恋人のように、磨きまくっていた。
 本当にこの子はミシンが好きなんだ、というのが、とてもよく分かる場面。
 初めてミシンを使えるようになったその晩。
 糸子はキレがないから今日は眺めるだけ、と、ミシンに向かってしゃべり続け、頬を寄せる。 

 「よろしゅうなあ…」

 ミシンにあいさつをする糸子。
 そんな様子に、見ている側の気持ちは、感情移入する術を見つけるのです。

 相変わらず昼の職場では厳しく鍛えられる糸子。
 そこに糸子の祖父、清三郎(宝田明サン)がやってきて、買収作業の末(笑)糸子を職場から連れ出す。
 清三郎は職場のキツさを見かねて、糸子に 「おじいちゃんの工場に来ればミシンなんてなんぼでも使わせてあげる、うちで働かへんか」 と持ち出すのですが、糸子はきっぱり、それを断ります。

 「おおきにおじいちゃん。

 そやけど…ええわ」

 「なんでや?」

 「なんでやろな。

 …うちな、勉強になるほうがええねん」

 「勉強?」

 「うん。 おじいちゃんうちに甘いさかいな、うちすぐ甘えてまうと思うねん。

 そしたら勉強になれへんやろ?

 けど、今の店は、だぁれもうちに甘ないよって、いっつも怒られんように必死やねん。

 しんどいけどな、けど、必死でやらんとあかんほうが、勉強になると思うねん。

 精一杯勉強して、一人前なったら、おじいちゃんとこ行くわ」

 涙ぐむ清三郎。

 「お前…お前誰に似たんや?」

 「ん?」

 「親がどっちも、あんなにアホやのに…誰に似てそんな偉いこと言うねん、まったく…」

 「う~ん…(考えこみ)おじいちゃん!」

 「そんな…口まで、上手うなって…」

 ホロっときながら笑わせる。
 うまいよなあ、このドラマ。
 親がどっちもアホなんて、よう見とるわ、このじいちゃん(笑)。
 でもどっちもアホなりにすごいし(?)、糸子にとってかけがえのない存在になっていることは、見ていてよく分かる。
 「しんどくないと勉強にならん」 という糸子の言葉は、ホントにその通りだと思います。

 そしてドラマに、もうひとり仲間入りします。 泰蔵(須賀貴匡サン)の妻、八重子(田丸麻紀サン)です。 このふたりの結婚に、糸子の幼なじみの吉田奈津(栗山千明サン)は大ショックで大騒ぎするのですが(笑)、ただすれ違うだけで泰蔵は奈津の存在すら気にかけてない、という糸子の指摘にあえなく撃沈してました(爆)。
 八重子はファッションに興味のある女性で、糸子に洋服への夢をもう一度思い出させます。

 「そやった…。
 うち、洋服作りたいんやった…。
 忘れちゃった…」

 って、2年以上も勉強に心を奪われとったのか!(爆)

 そして先に書いたように、糸子は善作のアッパッパを縫うのですが、結局糸子の作戦?千代のボケ?それとも意図的?が功を奏して、善作は糸子のアッパッパを着て通りを得意げに闊歩する(笑)。

 このアッパッパ、糸子が 「着物風に」 と配慮を巡らせているのが大きな効果を得ている気がします。 出来上がったそのアッパッパは、まるで作務衣のよう。 その動きやすく着ていて涼しい、という機能性にも、善作は心を奪われたようです。

 この作務衣風アッパッパが評判を呼んで、小原呉服店ではそれを売り出すようになるのですが、その製作作業に糸子は追われるようになる。
 そんなある日、パッチ店の大将が困った顔をしながら糸子に、「店、やめてくれへんか?」 と切り出す。
 えっ、もしかして、自分とこのミシンを使ってほかの店(小原呉服店)の商品を糸子が作っていたからかな?とか、すごく気になって番組HPをのぞいたら、不況のためにやめさせざるを得なくなったらしい。

 ただこのドラマ、私は1週間分1時間半を一気に見るのですが、15分の続きものとして見ても、結構先が気になる構成になっている気がするんですよ。
 いずれにしても1週間分1時間半のドラマ、見ていてまったくダレない、というのはやはり凄い。 映画を1本見たような気分になります。
 番組HPを見て気付いたのですが、毎週の副題も、花言葉から引用している様子。
 トータルパッケージもよくできている。

 このドラマ、ますます傑作だと思えてまいりました。

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コメント

「南極大陸」で一度だけコメントさせていただいたpipiです。
私は朝ドラの15分×5本、というペースが生理的に合わず、渡辺さん脚本ということで期待していたにもかかわらず、カーネーション、とびとびで3話ほど見ただけです。でもリウ様の丁寧な再現のお陰で、千代さんの台詞、そして祖父との会話、読んだだけで感動しました。ありがとうございます!!(このお礼を伝えたくて、再コメントしてしまっています。)
人が成長して行く過程がきちんと伝えられるかどうかは、やはり脚本によるんでしょうね。


私は尾野真千子さんと同じ奈良の出身なのですが、今回の岸和田の言葉は、関西の中でもかなり「きつい」!特に東日本の方には分かりにくい部分もありそうですね。それをそのまま放送するだけでも挑戦的だけど、岸和田弁と同じく、ぐいぐい引っ張る力があるドラマになりそう。リウ様がお褒めのように、傑作っぽい匂いプンプンですね(と書きつつ、まだ録画予約をしていない・・リウ様の記事を読んだだけで満足している自分がいます)

お久しゅうございます。それでも生きてゆく のレビューよりリウさんのブログのファンになった者です。
今期の朝ドラはゲゲゲ以来の視聴完遂になりそうです。
私も傑作になるのでは?と期待しています。
リウさんご指摘のように決して親切なドラマではないですが、食らい付いてでも見たい!という気にさせます。
何より脚本が生き生きしていて登場人物(エキストラ含め)が1人として無駄な人がいないということ。また背景や小道具がちゃんと時代を映している。だからすんなりその物語に入り込んでいける
私の一番のツボはハルおばあちゃんです。13年前に大往生した母方の祖母を(性格は全く違うのに)何故かつい思い出しては涙してしまうのです。
懐かしくて懐かしくて…私の幼少時はまだまだ貧しくて、それでも心豊かに過ごす知恵が沢山あったように思います。

「何事も勉強」もおばあちゃんの口癖でした。豆の鞘を剥きながら色々教えてもらいました。糸子がおかみさんから貰った布を糊付けしていたのは洗い張りという作業です。あれをするとクタクタだった布が生き返るんです。
お釜にこびりついたご飯をトロトロ煮て水で伸ばして糊作ったよなぁ…と懐かしく思い出しました。

糸子を取り巻く人々が健気ではない(笑)ヒロインをことさら持ち上げるでなくその時代の空気を見事に感じさせてくれる
知らず知らずのうちに応援したくなる。たったの15分の連続テレビ小説をこれからも楽しみに見ていきたいです。
リウさんのレビューもまたまた楽しみに拝見させていただきます。

pipi様
コメント下さり、ありがとうございます。

優れた関西弁のドラマを見ていると、ブログ記事の文体まで関西弁っぽくなってきてしまいます(笑)。 今の文章、頭のなかでは、「しまいます」 の 「す」 の部分をはっきり発音しております(笑)。 関東では語尾の 「す」 って無声音と言いますか、ちゃんと発音しないんですよね。

今回の岸和田が舞台のドラマ、言葉だけじゃなくって相当荒っぽいことも承知のうえでやっている気がいたします。

何かって言えば人の頭をはたくし、口にものを入れたまましゃべるし(笑)。 1週2週と立て続けに、暴力シーンもありました(3週目はなかったけど)。 まあ他愛もないケンカですけど。

つまり説明不足からなにから、過保護じゃないんですよ。 そこがいい。

こんなに語り部がエラソーなドラマは、久しぶりに見る気がいたします。 がさつ万歳。

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

「洗い張り」、っていうんですか! ノリで固めてアイロン作業みたいなものかな?と思っていましたが。 お教えくださり、ありがとうございます。

またみち様のおばあ様のお話もお聞かせ下さり、私も亡くなった祖母のことを思い出してしまいました。

私の母方の祖母もハルおばあちゃんと性格は全く似ておりませんで、すごくお嬢様育ちの、どちらかというと麻生祐未サンが演じている千代タイプの祖母。
でもさりげなく糸子のことを守っている、というところを見ると、なんだか懐かしさを感じてしまうのです。 全然違うのにネ。

でも昔は自分が知らないうちに、いろんな人に守られていたなあって、実感するんですよ。 ハルおばあちゃんのさりげなさにこそ、そこにもっとも価値が隠されていると思うのです。

私もこのドラマ、「外観がいいなあ」 という形で入っていって、今はこの不親切さに参っている感じです。 「必要最小限のことしか表現しない」、という潔さがある。 モンスター視聴者を、ハナから相手にしていない気がするんですよ。

みち様のこのドラマ分析、まったく同感であります。 私のかわりにレビューをしていただきたいくらいhappy02。 生来が怠け者ですので、どこまで続くか分かりませんが、気力のある限りこのドラマのレビューはしていこうと考えております。

こんにちは。
今、カーネーションに どっぷり はまっていて、脚本家の渡辺あやさんが どちらの出身の方なのかを 調べていて たまたま こちらのブログに 出逢いました。
”リウさんって方、私みたいな人が世の中に もう一人いるんだな。”と思いました。ひとつ、ひとつのセリフを 掘り下げて考えてみたいとかそういうところが、です。
本当に カーネーションは 最高ですね。
ここ何年間の朝ドラの中で 一番ヒット!!と
思って見ていた ちりとてちんを 超えるかも と 思いながら わくわくして 見ています。
今日の感想は 着物から 洋服に 変わっていく、それは 歴史上 一行にでも 簡単に 表現できることでも 当時、現実は 日本人として なかなか すぐには 受け入れられないものだったんだなあ、なんて思いました。 

Maggy様
はじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。 Maggy様の文章、独特の文体で、童話でも読んでいるような気分になってしまいましたhappy01

このブログ、あらすじを丁寧に追う、ということはとても稀なんですが(つまりドラマによってはそれをやることもあります)、とにかくドラマを見ながら自分が考えたことは忠実に書こうとしております。 そして根がひょうきんなものですから、読んでもらって笑っていただきたい部分もちらほら。 そんなブログです。

「ちりとてちん」 は私も最後までちゃんと見た、朝ドラマでの数少ない作品です。 設定から落語からの引用から、すべて計算ずく。 恐ろしい完成度のドラマだと感じていました。

毎日は見ておらずBSの1週間分をまとめて見ておりますので、現在進行中の感想はちょっとできないのですけど、1週間にいっぺん、レビューも書いていきたいと思います。 だいたい土日あたりに。 まあこの先どうなるか分かりませんが、よろしかったらおつきあいくださいませ。

「カーネーション」いいですね〜。
尾野真千子さんのナレーションもいいですよね。

この週だったかな?
糸子が、パッチ屋を首になって、「もうじき夏が終わるから、あっぱっぱも売れなくなる。はよ〜なんとかせなあかん」みたいな台詞に、しびれましたねhappy02。(そんなとこかいな?!と言われそうですが・・・)

すごく、身近な生活感があふれていていいですね。渡辺あやさん、恐るべしです!
長丁場の朝ドラですが、ますますのめりこんでしまいそうで、このごろ、暇に任せて、朝と昼と2回見たりする日もあるくらいです。(どんだけ〜〜〜coldsweats01

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

この週のなかで風邪をひいたときの尾野サンのナレーションが、ヘロヘロ口調だったのも面白かったですよね。

パッチ屋をクビになるのは今週(第4週)ですから、そのセリフはまだ私、見てないかも…。 でもなにげないセリフに、センスがきらりと光るような感じ。 渡辺あやサンって私、短編ばかりの脚本家サンのような印象なんですよ。 だから今回のような長丁場はとても意外に思えるのですが、「短編的」 な作りが、そこかしこに見られるような気がする。 見る側の想像に任せる、という傾向も、その一端のように思えるんですよ。

「ジョゼ」 とか 「火の魚」 に見られたような、ちょっと人を食ったような表現があることにも、ちょっと注目しています。

二度目まして。

「カーネーション」真剣にみてます。
「おひさま」をみていたときは、「おひさま」は凄いと、毎回感動していたのですが、
「カーネーション」がはじまって、もう、「おひさま」のあのゆったりした感じがたえられなくなりました。(『総集編第二部』を観たときのことです。)

「カーネーション」は、尾野真千子さんが、ヒロインに決定されたというニュースをきいたときから、楽しみにしていました。ドラマを実際にみてみると、内容もとてもすばらしく。

感情移入もでき。15分の中に、感動があり、笑いがあり。「おひさま」のゆっくりと比べて、疾走するスピード。
前向きな姿勢。諦めない勇気。無邪気なやりとり。人情味あふれる人たち。

おかあちゃんの天然癒し系。お父ちゃんの厳しさと優しさ。妹たちのかわいらしさ。。。

上述されている、おかあちゃんが静子に語る場面、ほんとに心に沁みました。

心の綾さま
こちらこそ二度めまして(って、HNが違うようなのでどちら様か分からないのですが…coldsweats01)。 コメント下さり、ありがとうございます。

「おひさま」 は途中リタイアしてしまったのでまともな感想は言いにくいですが…。 表面上の態度と、内面の本音は違う、けれどもそれを、お互いに理解し合っている。 そんなドラマだった気がします(全部見てないのにずいぶん突っ込んだ感想だ…)。

それになにもない時間とか、人生のなかで必ずある、そんなゆっくりと時間が過ぎていく午後など、丁寧に描写していた。 だから15分単位としてはとても見やすいんでしょうけど、私の視聴方法で1週間分1時間半をぶっ通しで見ると、そのまったり感が結構途中でダレました。

尾野真千子サン、なんか倍賞千恵子サンの若いころのような感じが、個人的にはしてます。 髪の毛をアップすると、こんなお顔だったんですねー。 今まで暗い感じの役ばかり見ていたので、こんな明るい役にまで凄みを感じる、この演技の幅には感服いたします。

この記事で引用したおかあちゃんと妹の会話、なんか結構、何度も読み返してしまいます。 味がありすぎます。

「梅ちゃん」でネガティブ意見が飛び交ってしまうので、DVDで一から見直している「カーネーション」改めて感想です。

初出勤前祝いで初めてのカレーやパッチ屋職人同士のつかみ合いなど、晩年のブランド立ち上げに糸子が初心に立ち返る意味を込めた布石が、この時点で敷かれていますね(カレーは安岡家や木岡家も加わった根岸先生のお別れ会でも出てきたので新しい絆の構築のニュアンスもありでしょうか)。
窓拭き一つからでも学ぶ事はあるという糸子の人生哲学も後に生きます。もっとも、やりたい事があって女学校中退の自分と親に反発しているだけの里香を同一視してしまう辺り、糸子も孫には甘い所がある?

千代さんが意外としっかりした一面があるのが分かるのもココ。駆け落ちした挙句、夫に日々、怒鳴られながら実家に逃げ帰る(現代なら9割がた離婚モノですよね)素振りすらない彼女ならではの発言。第一週のハルさんが善作の商売下手に呆れている場面の嬉しそうな表情で、そういう飾らない人柄に惚れ込んでいる事、第二週の髪飾りを外に投げ捨てられた場面の半泣きで怒った表情で夫の全てに不満が無いわけではない事も伏線になっているから凄いです。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

困りましたねぇ…。 こういうこと、しないでください(笑)。 巨炎様からコメントをいただいて、どんな話だったかと思い、自分のレビューを再読してみたのですが、泣くとこじゃないのに泣ける(笑)。 いかにこのドラマのレベルが高かったのかを、再認識してしまうではないですか(爆)。 これからしようとしていた今クールのドラマのレビューが思いっきり霞んでしまった…bearing。 今日はもうそれ書くのやめよう(笑)。

巨炎様ほどのトータル的な考察が可能なこのドラマ、もう 「カーネーション学」 として成立しそうな様相になっている気がいたします。

糸子でさえ、最初のうちはパッチ店の職人たちに冷たくされてやる気をなくしていたけれども、そこから立ち直る術は自分で感じ取るしかなかった。

里香に対しても、晩年の糸子は 「そう感じ取れるチャンスがあれば、人間いくらでもやりなおすことは出来るもんや」「そしてそれは、自分で気付くほかはない」 と考えていたのかもしれません。 そのためのお膳立てならする。 糸子は里香に対して、「お姉ちゃんを見習うたらよろし」 と妹に諭していた千代の役割で自分もいよう、と思ったのかもしれないですよね。

あ~もう、深すぎる…。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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