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2011年10月29日 (土)

「カーネーション」 第4週 人は、品格と誇りを持てて初めて、夢や希望も持てるようになる

 このドラマ、先が読める展開、というものをわざと作っているような気がします。

 たとえば今週、糸子(尾野真千子サン)にとって運命の出会いとなるべき洋装のキャリア・ウーマン、根岸良子(財前直見サン)の登場に際して。
 彼女はミシンの実演販売をするために小原呉服店のそばにある木之元電キ店にやってくるのですが、未来からやって来たかのようなその登場の段階ですでに、この女性に糸子は飛びつかんばかりになるだろう、というのが見えて仕方ない。

 けれども糸子は不況のため桝谷パッチ店をクビになって職探し中。 その場になかなか現れません。

 ようやく糸子が、疲れた足を引きずって帰ってきたのが、実演販売が終わるほんの15分前。

 木之元電キ店の人ごみに気付いた糸子。
 見ている側はもう、「早よ!早よ!」 とたまらなくなる(笑)。
 そして人ごみをかき分けていく糸子、ミシンと、それを華麗に使いこなす根岸に、案の定、目がくぎ付けになるのです。

 この快感。

 そして糸子の父善作(小林薫サン)が、「娘に洋裁を教えたってや」、と頼みに根岸のいる心斎橋を訪ねるシーン。
 ここでも善作の考えていることは、見る側におおよそ見当がついている。 桝谷パッチ店の大将(トミーズ雅サン)から糸子の才覚について褒めちぎられている伏線があるからです。
 作り手はそれを見越しているかのように見る側をじらし続け、善作が土下座に至るまでのシーンの効果を、最大限にまで膨らませている気がするのです。

 さらに。

 善作が土下座のすえ小原呉服店まで連れてきた根岸の存在もまた、見ている側はもうすでにお見通しの状態。
 根岸は 「謡(うたい)が習いたい」 と今週冒頭の段階から希望しており、善作はその、謡の教室を開いている。 糸子が帰ってきて2階から謡が聞こえている、という時点で、見る側はもう、分かっちゃってるわけですよ。 善作が根岸を連れてきたんだな、というのが。

 そのときの糸子は、幼なじみの勘助(尾上寛之サン)が工場をクビになったことを聞き及んで、自分と同じや、と思い冷やかしに行ったらもうすでに和菓子屋に再就職していた、と知って面白くない(笑)。 ふてくされた表情のまま家に帰ってくると、母の千代(麻生祐未サン)もボケ気味で(笑)なかなか根岸が来ていることを切り出さないから、見ている側はもう、やきもきしてくる(笑)。

 そしてようやく、根岸が洋裁を教えに来てくれた、という事実が発覚したときの、糸子の喜びよう!

 この 「先が読めてしまう展開をわざと作っている感覚」。

 これって、「歌舞伎」 に似てるんじゃないかって。

 歌舞伎の表現手法でも、物語世界にある一定のパターンというものがあって、観客はその先がどうなるのか、ある程度分かる作りになっている。
 だから観客は必要以上に展開にやきもきし、そして事態がようやく成就した時点で、役者は目をむいて見得を切り、観客たちはそのカタルシスと引き換えに熱狂し、「○○屋!」 と声援を送りたくなるのです。

 糸子がミシンと根岸に釘付けになるのも、善作が腹をくくって土下座するのも、すべて歌舞伎役者が舞台で見得を切るのと、同様の効果をあげているように思えるんですよ。
 ドラマの観客は、熱狂するしか、なくなるわけです。

 私がそう感じたのは、今週の話のなかで、さりげなく(でもないか)歌舞伎役者がドラマに登場していたからです。

 蛇足になりますが、この歌舞伎の色男を演じた、小泉孝太郎クン。
 私は関西人じゃないですけど、彼の関西弁、あまりうまくないように思えた。

 けどそれも、東京人の根岸にも色目を使うプレイボーイの、中途半端な東京へのあこがれがそうしたんだ、みたいに感じます(考えすぎか?…笑)。 つまり関西弁の中途半端さも、計算ずくのような感じ(よく取り過ぎかな)。
 しかも昭和初期のチャラ男、という点で、どっかの歌舞伎役者を揶揄してるような意地悪な感想も導き出される(ハハ…)。

 彼は吉田奈津(栗山千明サン)を食い物にしようとしていたわけですが(笑)それを知っていた糸子は、のちに小泉クンをガン睨みしてビビらせる(爆)。
 それにしてもこの、吉田奈津が小泉クンとデートしていたとき、目の覚めるような洋装だったことも、のちの糸子の洋装シーンの伏線になっている。 吉田奈津への対抗意識も、糸子に洋装を決意させた小さな小さな導火線になっているって、思えてきませんかね?

 で、今週のあらすじですが(これから本題かよ)。

 不況のために桝谷パッチ店をクビになってしまった糸子。 要するに昭和の世界大恐慌のあおり、なんですが。
 しかし話は全く暗い方向に傾きません(笑)。
 おとうちゃんからは 「お前を働かせたのは、実はうちがお金に困っているからだった、お前のおかげで妹たちが女学校に行けてる、だから早く新しい職を見つけ」 とミもフタもない事実を打ち明けられ(爆)、糸子を励ましに来た桝谷パッチ店の職人山口(中村大輝サン)からは 「オレよりお前のほうが仕事できんのにお前が首になったんは、お前が女だからじゃ」 とワケの分からん励まし方をされたり(笑)、その山口との仲をおかあちゃんには要らん詮索されるし(爆)、糸子はブンむくれの連続なんですが、こっちは爆笑の連続で。

 呉服屋のために作っていた作務衣風アッパッパも夏が過ぎれば売れなくなると考えた糸子、ますます気ばかりが焦っていきます(rabi様、ここでした…笑)。

 そんななか、ヒールの音をさせながら(舗装されてないのでそれなりに、ですが)、根岸良子が登場。 その派手な洋装に、前時代の人々は子供も大人もビックリ。
 顔見せ興行ですな。
 この、いかにも的な登場の仕方も、歌舞伎的に思える。
 もう糸子の運命は、この女性によって決まったも同然、と思える。

 ここで木之元(甲本雅裕サン)についてきた善作が、根岸良子と簡単な会話をするのですが、それで今週の話の形はほぼ決定してしまっている。

 職を見つけられずとぼとぼと帰って来た糸子は、聞きなれたミシンのカタカタいう音が、人だかりの向こうからしているのに気付き、人混みをかき分け、岸にたどり着いた小船のような笑顔を見せる。
 うーん、絶対何かが始まる…。

 糸子はもう、就職活動そっちのけで、根岸のいるスティンガーミシンのミシン教室に通い詰めるようになります。

 蛇足ですがこの 「スティンガーミシン」、「シンガーミシン」 のことなんでしょうけど、「スティンガー」 というのが針、という意味なので、なかなか洒落た改名になってますよね。

 けれどもせっかく通い始めたミシン教室、ミシンを買った人しかミシンに触らせてもらえず、まずミシンの使い方を覚える、という初歩的なものでしかない。
 パッチ屋で3年もの間ミシンを使いこなしてきた糸子にとってこれは、まるで子供だましを見ているような感覚。
 早く自分がミシンなど使いこなせるところを見せつけてやりたい、そしてこんな初歩的なことなんかより、もっと難しいことを教えてほしい。
 そんな糸子の気分と、見ている側は同化してしまう。
 ここでも 「見る側をやきもきさせる」、という効果が表れている気がします。

 ただ根岸の側からすれば、商売のためにやっているのですから、これはもういたし方のないことで。

 心斎橋で偶然遭ったおばあちゃん、貞子(十朱幸代サン)に 「ミシンくらい買うちゃる」 と言われ、糸子は意を決して、お父ちゃんにすべてを話して許しを得ようとします。
 しかし帰ってくるなり糸子のその様子はハルおばあちゃん(正司照枝サン)に筒抜けで(爆)、「機嫌が悪いからあとにしとき!」 と言われるけれども 「機嫌のええ時なんかないやん!」 とツッコむ糸子(爆×2)。

 「親に隠れて、なに、コソコソやっとるんじゃお前はーーっ! ワシをコケにしくさって! ナメとるのかこのボケがああーーっ!」

 だんじり男、大爆発であります(笑)。

 けれどもその晩、寝床でしくしく、糸子の泣く声が、いつまでたっても善作の耳から離れません。

 このくだりも、実は善作にとって大きな心変わりのきっかけとなっている気がいたします。

 絶望のなか、またやってくる、だんじりの季節。

 自分の悩みなんかちっぽけなものなんだ、と糸子が気分をリセットするための、大きなきっかけとなっているこの祭り。

 泰蔵(須賀貴匡サン)も大工方を卒業して、毎年のだんじり祭りは、過ぎゆく年を見送っていきます。
 大人になっていく糸子。
 悲しみだって、確実に大人サイズになって、人生の前に立ちふさがっているはずなのに。

 そんななか、善作は桝谷パッチ店の大将と出会います。
 ここ、注意深く見てたんですけど、どうも初対面、という感じがしない。
 先週 「もしかしてパッチ店に勤めるとき、善作は大将に糸子を厳しく鍛えてくれと頼んだかもしれない」 と書いたのですが、どうもこの場面を見ているだけでは、判然としません。
 ともあれ大将は、善作に糸子のことを、こう話すのです。

 「わしがこんなこと言えた義理ちゃいまんねんけど、糸ちゃんみたいな娘がいてたら、ごっつい羨ましいですわ。

 あら女にしとくのはもったいない。
 腕もある。 頭もある。 先も読める。

 糸ちゃんがわしの娘やったら、さっさと店、任せますわ」

 善作は、木之元を強引にねじ伏せて(笑)、心斎橋の根岸のいる店にまで案内させます。
 そして喫茶店で生まれて初めてのコーヒーを飲み、時代の移り変わりをここでも感じ取った善作は、待ち合わせてやってきた根岸に、「うちの娘に洋裁を教えてやってくれ」 と頼み込むのです。

 「情けない話、呉服屋ちゅう商売はもう、先ありませんわ。

 世間の言う通りこれからは、洋服の時代です。

 糸子はゆうたら、行き当たりばったりの、勢いと、馬力だけの娘です。

 せやけど、洋服作りたいちゅうのだけは、あれが10(とお)の歳から、1日として変わりません。

 ミシンかて、覚えたい一心で、パッチ屋に勤めて3年、きっちり、一人前になりよった。

 正直、呉服屋の主人としては、意地張りたいこともあります。

 けど、もうそろそろ、降参ですわ。

 これからわしは、あいつの、洋服作るっちゅう夢を、助ける側に回らなあかん、と思うようになりました。

 せやけど、岸和田にも心斎橋にも、先生のようなかたはおらん。

 いや、おったら、とうの昔に糸子が飛びついちゃるはずです。

 どないしても、先生やないと教われんことがある。

 あいつはあいつなりに思とるんです。

 親としてあいつにできることはひとつ。

 家財一式売り払うてでも、先生の教えを、あいつに与えちゃる。

 それですわ…。 いや、それしかないんですわ、先生!」

 椅子から立ち上がり、床に座り込む善作。

 土下座をしようとする善作を、根岸は慌てて遮ります。

 根岸は謡を教わることを交換条件に、糸子に洋裁を教えることになったのですが、その事実は先にも述べたように、呉服屋の2階から謡が聞こえてくるまで分かりません。
 でも善作が酔っぱらって帰ってきたことなどから、もう見ている側にはそれがスケスケに透けて見える(なんか書き方がヤラシイぞ)。

 そして大きな喜びのなか、糸子は根岸から個人教授を受けることになるのですが、その第一歩が、糸子自身が洋服を着てみて、ヒールのある靴を履いて、通りを歩くことなのです。

 これは実に、こちらをはっとさせる話だったように感じます。

 当時は和装があまりにも一般的。 洋装なんて、今の感覚でいえば、へそ出しルックで水着みたいなかっこうで、歩くくらいのインパクトですかね(よう分からん…笑)。
 そして洋服を作りたいと言っても、当の糸子が洋服を着てみないことには、その感覚が分からない。 アッパッパをいくら縫っても、糸子がそれを着ているのを見たことないし。

 胴長短足に見える、と、実際に洋服を着てみてかなりがっかりする糸子なのですが、それはウエストの位置が下すぎるせい。 現代人が見ればその原因が一目で分かることも、糸子にはにわかに分からないのです。
 これには 「ああ、この話は昭和初期の話なんだなあ」、というのをあらためて気付かされた、というか。

 そして実際に、洋服と靴で通りに出た糸子。 かなり恥ずかしがります。

 「先生…どんな顔して歩いたらええか分かりません…」

 「あなたの好きな花は何?」

 「花ですか? …カーネーションです」

 「どうして?」

 「『あの花は、根性ある』 ておばあちゃんが」

 「根性?」

 「『ほかの洋花と違うて、カーネーションは、簡単にしおれへん。

 カビ生えるまで咲いてる』 て、感心してました」

 「(笑って)まあいいわ。 カーネーションね。 じゃあ、カーネーションになったつもりで歩くの」

 「カーネーションですか?」

 「そう。

 カーネーションの花、堂々と咲いているでしょ?」

 「堂々と…」

 「恥ずかしがって咲かないカーネーション、見たことある?」

 「そらないですけど…」

 「ただ無心に咲く。 それでいいの」

 「(力なく)はぁ…」

 「(立ち止まり糸子のほうを向き)糸子さん!

 私はいま、あなたにいちばん大切なことを教えてるの!

 …堂々としなさい。

 洋服を着て、胸を張って歩くということを、あなたの使命だと思いなさい」

 言葉を飲み込み、ゆっくりとうなずく糸子。

 決意のまなざしを、前へと向けるのです。

 「洋服を着て、胸を張って歩く心斎橋は、全然ちゃう街みたいに思えました。

 まず、今まで目の合うたことのない人らと目が合います。
 それから、やたらと鏡が気になります。
 それから、よう人に話しかけられます。

 それから…(喫茶店に入り、ぐったりする糸子)…くたびれます」

 気疲れがするという糸子に、根岸先生は 「そりゃ時代の先頭で旗を振って歩いているようなもんだもの、私だって緊張してるのよ」 と答えます。
 へそ出しルックで歩いてるギャルたちにその意識があるかどうかは分かりませんが(爆)、当時は洋服やら、もう奇抜以外のなにものでもない。 その反骨精神というか、開拓者としての気概は、今の比ではなかったと思うのです。

 そして人に見られている、というその緊張感が、女をさらに、美しくしていく。

 男の私にはあまりない視点、ですかね。

 女が女として生きていくために、おしゃれというものはとても必要不可欠なんだなあ、なんて、男の私はぼんやり考えるだけです(ハハ…)。

 「本当にいい洋服は、着る人に品格と誇りを与えてくれる。
 人は、品格と誇りを持てて初めて、夢や希望も、持てるようになる…いい? あなたが志している仕事には、そんな大切な役割があるのよ…」

 この根岸先生の言葉、糸子の未来をずっと見守ってくれる言葉のように感じました。
 そして糸子というグライダーが飛び続けるための、カタパルトのような言葉だと、思いました。

 それでも。

 その直後に偶然出会った泰蔵に、糸子はやっぱり恥ずかしがって、根岸先生の影に隠れてしまう。
 いくら結婚したとはいえ、まだ糸子は泰蔵にあこがれていたのです。 妻の八重子(田丸麻紀サン)と懇意にしているのも、ただファッション情報だけが目的ではないようです。
 根岸先生は素早くそれを察知し、糸子を前へと押しやる。
 糸子は躊躇するのですが、意を決して、泰蔵の前を堂々と通り過ぎ、会釈をしていくのです。
 あっけにとられたような、見とれたような、泰蔵の表情。
 それは糸子が、幼い日のあこがれから旅立った瞬間のように、私には思えました。

 そして時間的に余裕のない厳しい訓練が数日続き、ハルおばあちゃんの根岸先生への誤解も解け、最後の晩には木之元や勘助らも交えて、にぎやかな晩餐が開かれます。
 その翌日、根岸先生を見送る糸子。

 「頑張りなさい」

 「はい…」 涙ぐむ糸子。

 「さようなら」

 車に乗り込む根岸先生。

 「さいなら…」

 走り出す車。

 「さいなら…!

 根岸先生、ありがとうございました!…」

 すごくシンプルな別れの場面なのに、なんか泣けて仕方がなかった。

 どうしてだろう。

 おそらく、根岸先生が小原家に滞在していた数日間は、小原家や周辺の人たちにとっても、だんじり祭りと同じような感覚だったのではないかな、と考えてます。
 カツレツを作るのに八重子が呼ばれたり、普段機嫌のいいことがないおとうちゃんがにぎやかだったり。
 糸子にとっては、東京に行かなければよう教わることのできない貴重なレクチャーを、受けたわけですし。
 いわゆる糸子たちにとって、これは祭りと同じ、非日常の出来事だったのです。
 それが終わってしまうことへの寂寞とした思い。
 それが私を泣かせる原因だと、個人的には感じるのです。

 そして根岸先生が帰った小原家は、やはり火が消えたようになる。

 善作はその寂しさを紛らわせるためか、木之元電キ店から中古のラジオを購入します。
 そのラジオが、小原家の全員を癒してくれる、かなり強力な道具となる。
 ただ糸子は、一般的ではない洋服をここ岸和田で作ることの限界にすぐさまブチ当たり、おとうちゃんのアイディアだった冬用のアッパッパの売れ行きも芳しくなく、ラジオから流れる 「もろびとこぞりて」 の 「主は来ませり」 を 「どないかせな~どないかせな~」 と替え歌で歌う始末(爆)。 この主人公のモデルとなった人はクリスチャンだったらしいですが、まだ洗礼は受けとらんみたいです(笑)。

 そのラジオから流れてきた、デパート火災のニュース。

 いわゆる白木屋デパート火事のニュースです。

 この惨事で和服から洋服への変革がなされていくというのは、まあ年の功だからか知ってましたが、「これがチャンスだ」「うちと同じことを考えている人がほかにいませんように」 と色めき立つ糸子。 「簡単にしおれない」 カーネーションの、本領発揮です。

 そしてこちらも週のラストで、またじりじりしして来週を迎えそうです。

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コメント

精力的なレビュー、ありがとうございます!
私、すっかりカーネーションの虜になってしまいました。
そうなんですよね。なんでこんなに明日が待ち遠しいか…はまるべきところにパチンパチンと綺麗にはまっていくパズルのような爽快感があるんです。
毎日15分(リアルタイムでは見れないので録画して)順を逐って見ていると特に感じます。翌日への糊代がとにかく巧くて。リウさん指摘の春太郎登場の回では、なんだぁ〜あの下手くそな関西弁は!と気になって仕方なかったんですが、翌日糸子が奈津に「ごっつにやけの変なしゃべり方する男」と言わしたことで「あちゃ〜仕込みかぃ!」と渡辺さんの掌でコロコロ転がされる気もちよさときたら!

糸子が洋服作りの難関のお父ちゃんをどうやって説得するのかと思ってたら舛谷大将にシンミリ言わして、あの言葉、他人様に言われたらそりゃあ親としては最上級の嬉しさですよ
そこから根岸女史への請願へと繋ぐわけですが、あの土下座の場面は泣けました(涙)
もう呉服屋の時代じゃないと自分のプライドを投げ捨てて糸子のために…初めてのパーラーで。初めてのコーヒーを飲む。在り来たりな演出ならあまりの苦さに顔をしかめるところを意外とイケる、と頷く演技。受け入れる(時代の変化を)サインのように感じました。

今週のタイトルは『誇り』さて、ここまでで既に週なかば。誇りって?と思ってたら前述の根岸女史の『品格と誇り』の講義。あ〜またヤラレタ!
女は確かに素敵な服を身につけた時、背筋がピンとなり普段着の私じゃなくなります。現代は逆に和服の時、そうなりますね。そんなふうに成らせてくれる服を、糸子は作るんだ。その大事な大事な肝を15分みっちりかけて表現してくれました。

根岸女史が帰ってしまった後の黄昏ていくような日常を冷たい風が一陣通りすぎたような寂しさを台所でグツグツ鍋を煮立てたまま座り込んでるハルおばあちゃんと、肩を落としたお父ちゃんの背中のたった二枚のカットで、斜めから射し込む光で十分感じました。光さえもセリフを喋っているようでした。

さて、今週のハルおばあちゃんです。根岸女史にいけずだつたくせに鰯の生姜煮を「美味しい」と褒められたらコロッと態度が変わった可愛いところと、また新しもんのラジオに最初は苦虫噛み潰したようだった(中古とはいえ結構高価だったんじゃ?)くせに落語に大笑い。これは父方の祖母じゃ!とまたもや懐かしくなりました。

さて、来週は〜ドキドキから始まりそうですね。

実家から柿が届いたので久しぶりに電話しました。カーネーション、母も楽しく見ている様子。「おもしいねぃ。おれ朝昼みてんわね。まぁなんか元気出るが」ちなみに新潟です。(笑)

投稿: みち | 2011年10月30日 (日) 03時39分

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

まずいですよね、すごく…。

なにがって、私もこれほど長いレビューを書かざるを得なくなっている、ということが、ですcoldsweats01

ただ、「それでも、生きてゆく」 のときは正直、しんどくて仕方がなかったのですが、このドラマのレビューは気が付いたら長くなってた、という類のもので。 それだけなんか、書きたいことが次から次から出てくる感覚です。

15分刻みの終わりかたでも、うわーっという中で終わっていくので、とにかく1週間分まとめてみている身にとっては 「早よ!早よ!」 という感覚で次々見てしまう。

しかも最初は違和感のあった椎名林檎サンの主題歌も、ワタシ的にはすぐに慣れてきて。

その歌、とっつきにくいけど、歌詞もなんだか聞き取りにくいけど、そのとっつきにくさと不親切そうなところが、このドラマの性格ととても合っている気がするんですよ。 字幕付きの場合歌詞も分かるのでその内容を噛みしめていますが、ちょっと斜に構えながら、なかなかいい歌詞であります。

テーマタイトルのアニメーションでも、ミシンをだんじりに例えているのがよく分かります。

悲しみに打ちひしがれてうずくまっているように見える「ミニ糸子」(笑)が起き上がり、そのだんじりが布を縫っていくのに追いかけられながら、飛び跳ねて成長していき、やがてだんじりを操る大工方になっていく。

「時代の先頭で旗を振って歩いている」 と根岸先生が表現したとき、その番組冒頭のアニメーションでミシンの大工方をしているミニ糸子を思い出してしまいました。

根岸先生が帰ったあとの寂しさは、やっぱり 「祭りのあとの寂しさ」(吉田拓郎サンの歌、知ってます?)。

そればかりでなく、なんだか小原呉服店の行き先まで閉塞しているかのような、「ぼんやりとした不安」(by芥川龍之介…笑)につつまれている。

家計が苦しいのに、中古ながらラジオを買ったおとうちゃんの気持ちが、とてもよく分かる流れで。

私も新潟にはとてもよくしてもらったご夫婦が住んでおりまして。 新潟文理の近く、つまり新潟市内ですが、山のほうも仕事でよく行きました。 あ~すごく、いいところですよねー。 住んでみたい県のひとつです…。 只見線、今は不通みたいですが、最高の景色の路線のひとつだと私は考えてます。

投稿: リウ | 2011年10月30日 (日) 09時44分

こんばんは。

第4週「誇り」(アマリリス)も素晴らしかったです。
誇り→夢・希望 の個所はほんと重要なポイントだと思いました。

音楽が、楽器がちょっとわからないのですが、弦楽器だと思うのですが、ギターの高音(?)・ハープのような音色、ぽろろっろーんとなり、少し長めのセリフを話すシーンのときは、もう涙がでてきます。

尾野さんの演技力が素晴らしいというのがあると私はおもうのですが、短い時間ですぐに、感情移入できてしまいます。

私は、歌舞伎のことはよくわからないので、春太郎が歌舞伎役者であること、歌舞伎の要素が、ドラマにかかわっているという考察は、深いですね。

おかあちゃん(麻生さん)はゆっくり動いている、目だけで演技してはるんで、セリフなくても、天然癒し系パワーだしまくりで、好きです☆

時代もどんどん進んでいき、糸子もその時代の変化にあわせるように、新聞を読んだり、話し方がしっかりしてきたり、成長が感じられ、時代と共に、夢にゆかって疾走していく。これからも楽しみです。


投稿: 心の綾 | 2011年10月30日 (日) 23時03分

心の綾 様
コメント下さり、ありがとうございます。

今週は 「カーネーション」 の題名の意味も、明らかになった気がいたしますね。

「簡単にしおれない、カビが生えるまで咲いてる」。

ただ明るく元気に、じゃなくて、めげない、という意義のほうが強い気がいたします。

しかもこれが、ハルおばあちゃんの言葉。 特別優し過ぎることもない、普通に一緒に暮らしているおばあちゃんの言葉を大事にしている糸子の気持ちが、また揺るぎなく、「それが当たり前」 の世界なんですよ。

BGMのお話はちょっとピンと来なくて残念ですが、「ギターのようなハープのような、ポロロンと鳴る」 という心の綾様の表現を読んでいると、「ハープシコードかな?」 って感じます(今度もっと注意して聞いてみます)。

尾野真千子サンの演技、喜怒哀楽の振幅が大きいので、「糸子が喜ぶ顔が見たい」、という気に、見る側が自然となっちゃうんですよね。 ミシンがもう大好き、洋服を作ることが大好き。 喜ぶときすごく喜ぶから、なんとかしてあげたくなる。

麻生祐未サンはもう、なんか、すごいです(笑)。 昔水着で日焼けのCMに出ていた人とは、到底思えません。

投稿: リウ | 2011年10月31日 (月) 08時08分

こんばんは

このドラマ、原作はないんですね?
録画なのでいつもタイトルロールのところはすっ飛ばしています。今日、改めてきちんと見てみましたが、原作本がない・・・・、ですよね?

原作がないのに、ここまできちんとしたドラマを作れる脚本家は、素晴らしいです!!
大河の田淵女史に見習っていただきたい。

で、今週も楽しんでいますが、このドラマ、着物もいいです。
実は朝ドラ、着物ファンが楽しみに見ているんですよ。
「どんと晴れ」のときなんか、毎回楽しかったです。
このドラマは洋服がテーマですが、着物も楽しい。
手を抜いていませんね。

投稿: マーシー | 2011年10月31日 (月) 23時33分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

渡辺あやサンと田渕某を比べてはなりません(爆)。 もしこれからコシノ三姉妹の物語が展開するとすれば、浅井三姉妹のグダグダな話に対する強烈なアンチテーゼとなることは必至です(爆×2)。

コシノファミリーは自分たちの話が朝ドラになるといいね、と話していたらしいですね。 ただ糸子のモデルとなったコシノ三姉妹のお母様は5年ほど前に亡くなられたそうで、それは残念…。

マーシー様、着物の着付けに関しては、このドラマは合格点でしょうか? 私はまったく分からないので、マーシー様が 「このドラマ、手を抜いてない」 と書かれているのを読んで、ちょっとホッとしています。

投稿: リウ | 2011年11月 1日 (火) 07時25分

今日は。
いつも更新楽しみに、読ませてもらっています。

カーネーション、最初は見ていなかったのですが、
リウ様の感想で、それはぜひ見たいと。
で、NHKは、視聴者1名獲得です。(笑)

本当にテンポが良く、15分の中に山が有り、続きを早く見たい、と思わせるドラマですよね。
小林薫他、出演者も良い味出していて、素敵です。

投稿: 勇者 | 2011年11月 1日 (火) 08時25分

勇者様
いつも当ブログにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

私のブログがお役にたててうれしく存じます。 NHKのドラマはどうも、玉石混交ですネ。 こっちは玉、だと思います。

このところ椎名林檎サンのテーマ曲が頭の中を反芻しています。 「ゲゲゲ」 のいきものがかり以来です。 ドラマにハマってしまった証拠ですhappy02

投稿: リウ | 2011年11月 1日 (火) 15時03分

例えば民放の「花嫁のれん」に比べると、NHKの着付けが段違いということが、すぐにわかると思います。
(野際さんはさすがですが、羽田さんが・・・)

昨日の糸子の妹たちの袴では、襟があまり抜いていませんでした。いいですね。

今回は、コーデイネイトが品がいいです。
普段着着物好きの人には、たまらない番組じゃないでしょうか。

ちらっと検索してみましたが、どのブログでも絶賛ですね。
「ちりとてちん」は視聴率いまいちだったけど、あとでDVDがじわじわと売れ行き伸ばしたそうです。
ドラマの評価は、放送時だけでははかれませんね。

とはいえ、もっと視聴率伸びてほしい。

好きなものがあるって、最大の強みです。
やりたいことを実現させるために、どのようにしたらいいか考え、戦略を練る。そしてそのための努力。
いまの子どもたち、若者たちに一番抜けていることじゃないかな。

生きたメッセージとして、体当たり糸ちゃん、大事な存在です。

投稿: マーシー | 2011年11月 2日 (水) 09時41分

NHKの番組では、衣装部も各映画会社に分担させているそうで、
かつての金曜時代劇は松竹、篤姫は東宝と聞いています。
「カーネーション」は東映と出ているので、東映衣装部でしょうか。

着物の着付けは時代とともに変化していて、
「どんと晴れ」の草笛さんはとても優雅に着ていらしたけど、角川映画ではまだ普段着っぽかったです。

「おひさま」の樋口さんの着物には、いろいろ意見があったようですね。私は好みではありませんでした。
若尾さんはよかったです。

今回のおばあちゃん二人は、対照的ですけど、それぞれ楽しめますね。

一度に書けばいいのに、送信した後で「あ、描き忘れた」なんて気づくので、二回になってしまいました。
ごめんなさい。

投稿: マーシー | 2011年11月 2日 (水) 09時46分

マーシー様
先の私のコメントに対しご回答下さり、ありがとうございます。 着物、着付けに関しては全くのど素人の私ですが、なんとなく感覚だけは伝わってまいります。

しかも衣装が映画会社のコーディネイトとは。 初耳でした。 映画会社によって着物のコンセプトも変わってくるんですねー。 ビックリです。

「ちりとてちん」 の視聴率って、悪かったんですか。 まあ内容と視聴率って、リンクしませんからね。 自分も見ているドラマの視聴率がいいと誇らしげな感覚になって、時代の先端走ってるような気分にはなりますけどね。 「JIN」 なんかは巷間からみんな見てるっていうのが伝わってきましたけど、「それでも、生きてゆく」 は視聴率的にはさっぱりだったらしい。 それでもその両方を書いた当ブログのの記事に対するコメントの反応は、まったく同じ熱烈さでしたし。 面白いものですネ。

「おひさま」 での若尾文子サンの着付けは、素人目にも 「この人普段から着慣れてそう」 というのがよく分かりました。 草笛サンも和装はお手のもの、という感じですよね。 やはり妙齢のご婦人ほど、和装に慣れ親しんでいる、という基礎が座っている気がします。

今週の 「カーネーション」 は糸子が夢に向かって悪戦苦闘する内容のようですね。 早く週末が来ないかな。 また土曜の午前中に、イッキ見です。

2回コメントをいただいたのに、1回のレスで済ませてしまって申し訳ありませんconfident

投稿: リウ | 2011年11月 2日 (水) 13時06分

こんばんは。
あ〜言いたい!言いたい!
早く『私を見て』を見て〜(笑)という気持ちでいっぱいです。
だんじりにグイグイ引っ張られているみたいな爽快感
悲しくないのに気が付けば滂沱の涙
リウさんのレビューが待ち遠しい!

新潟を気に入っていただいてとても嬉しいです。既に新潟で生きてきた時間より東京での暮らしが長くなってしまいました。でも私の故郷といえばあの何もない田んぼばかりが広がった場所がやはり現風景です。地方を舞台にしたドラマで一番がっかりするのはネイティブな方言が聞かれないこと。新潟弁は上越中越下越とそれぞれ微妙にニュアンスが違います。顕著なのが語尾。「〜ら」だったり「〜が」だったり…カーネーションはその違いもきちんと使い分けてるようです(みんなの感想での指摘)そんなところも多くの支持を得る要因なのでは?と思いました。
因みに私は上越地方なので奥只見の方はよく知らないんです。(--;)長い県ですので…案外長野方面には八号線でよく行きました。
私的なことですいません。

リウさん、待ってますよ〜

投稿: みち | 2011年11月 4日 (金) 01時04分

みち様
再コメント下さり、ありがとうございます。

ぴゃっ、もう完全にどっぷりみたいですね、みち様…。 記事を催促されてしまったcoldsweats01

もう30年前ほどになりますが、高校生のときに関越自動車道の建設現場でバイトをいたしまして、ちょうど小出あたりにひと月ほどおりました。 あのあたりの道路には私の汗と涙?が永久保存されております(爆)。

で、自分の田舎が福島のために、確か小出から只見線に乗って磐越西線、磐越東線経由で田舎に帰ったのですが、もう渓谷に沿って走るような只見線の景色に、心底感動いたした次第でありまして。

台風のために不通になっていることに、ひそかに心を痛めております。

投稿: リウ | 2011年11月 4日 (金) 07時43分

リウ様

本文にまで入れていただいたのにコメントが遅くなり、申し訳ありませんsweat01

この週だったのですね。coldsweats01

こちらは毎朝、見ているのですが、リウ様は1週間まとめてのご視聴なので、ちょっとした感動のタイムラグがあって、いつコメントを書いたら良いのか悩むところですね〜。
(みち様と同じ気持ちですよ〜)

ちょっとそれますが、昔、萩尾望都さんが、長編を描くより短編の方が難しいといってらしたような気がします。短編はいろいろなものを削ぎ落して完成させるので・・・といった話だったように記憶しています(うろ覚えですが)。
そういう意味で、短編で優れた作品を生み出している渡辺さんにとって、朝の連ドラを書き上げるのは、それほど苦ではないのかも?・・・なぁんて、軽く考えちゃったりしてて・・・・(そんなんで、ええんかいな?)
短編を組み立てるような(みち様のおっしゃるパズルをはめるような)楽しさがあるのではないでしょうか?

今週、ちらっといいなと思ったのは、お父さんが夜、ミシンを買って帰ってきた時、電球のスイッチをパチン、パチンと入れながら、家族が迎えにいくシーンでした。
細かい所作、動作が日常の生活に根ざした形で丁寧に描かれていて、とても好感をもつことができました。

そして、お父さん、お母さん、おばあちゃん等々、キャラクターの設定がしっかりしていて(役者さんもはまっていて)、安心して見ていられることも高評価につながっている気がします。

リウ様の今週のUP,首を長くして、お待ちしております。

投稿: rabi | 2011年11月 4日 (金) 19時13分

「カーネーション」応援団、熱い声援ですね!
数日前に夫が海外から帰ってきましたが、「今回の朝ドラは面白いらしいな」、と。
海外まで評判がいきわたっているのですね。

視聴率がうなぎ上りで、初回14%から、とうとう19%超えたそうです。
頑張れ、糸ちゃん!!

追伸)
「シャーロック」、2話の編集作業に入ったそうで。
12月に間に合わせないとか、クリスマスがどうとか言われているので、これは例の
>ホームズ家のクリスマス
があるのでは?
と期待しています。

カンパーバッチ、ご両親が俳優さんで、ジェレミー・ブレッドと親交があったそうです。彼もジェレミーのことはよく知っているのですって。
ひょっとしたらお父上がケンブリッジで同窓とか、ありえますね。

先日AXNミステリーで2002年版の「ホームズ」、「バスカビル家の犬」と「淑女殺人事件」放映。
これを見て思ったのですが、まったく腐女子的妄想を抱せなかったジェレミー版ホームズは、その意味でも傑作だったのだと。

「淑女殺人事件」なんて、結婚の決まったワトソンに対して、ホームズのいじけ具合がすさまじいです・苦笑

投稿: マーシー | 2011年11月 4日 (金) 21時02分

リウ様、こんばんは☆
楽しいですね~♪カーネーション!^^
毎日15分があっと言う間。日曜日がつまらないと感じるのは久しぶりのことです。
毎日見ていながらこう言うのも変ですけど、第5週分を一気に見られるリウ様がうらやましいです(笑)
今週はこれまでで一番、次はどうなるの?次はどうなるの?…って毎日ドキドキで続きが気になって気が急いてしまって、毎朝15分で「ハイ、続きはまた明日!」ってのは、新手の拷問のよう?です(笑)
みち様が書かれていらっしゃるように、「私を見て」を、私もリウ様に早く見てほしい~♪

投稿: ほとりん | 2011年11月 4日 (金) 23時20分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマ、個人的に短編作家としてとらえていた渡辺あやサンの力量をあらためて思い知るドラマになりました。

でも長編だからと言って、話がダラダラと続くわけではなく、短編作家の本領発揮する場面の切り取り方に優れている気がする。

しかも渡辺サン独自のシュールな味付けも、今回はホントにさりげなくだけれども、とても効果的に挿入されてるし。

私が真っ先に思いつくのは、桝谷パッチ店のご夫婦の 「チラッ!」(笑)。 あれは映画で見たらもっと効果的かも、と思いました。
新聞を読んでいた糸子がいきなり四肢を投げ出して 「だあ!」(爆)。 もう一回新聞を読んで、もう一回大の字になって 「だあ!」(笑)。 あの場面もシュールさが漂ってました。 池脇千鶴チャンあたりが 「ジョゼ」 でやりそうな感じ。

rabi様ご推奨の場面は、結構さりげない場面だったりしますよね。 とてもドラマを味わっていらっしゃる気がいたします。 私の場合はどうしても、キモとなる部分を探してしまいます。 rabi様みたいな観察眼も欲しいなあ(ないものねだり)(いきものがかり)(ボキャブってみました…笑)。

投稿: リウ | 2011年11月 5日 (土) 07時38分

マーシー様
ブランク空けての再コメント、ありがとうございます。

いつの間にやらこのドラマ記事へのコメント数が、膨れ上がっていて驚きました。 これから1週間分視聴ですが、心して見なければならないプレッシャーが…(爆)。 どうやら今週は、いや今週も、傑作らしいし。

海外にまでその名がとどろいているとは…。 なんとなくすごい話になってまいりましたね。 視聴率もよくなってきたとか。 話のなかにギャグも結構あって、とっつきにくいところがないから皆さん見たくなるんでしょうね。

尾野真千子サン、大化けしそうですね。 「外事警察」 のころから見てますけど、やっとエポック的な作品に巡り合った気がします。

「シャーロック」 も近々再放送が見れるのではないか、とこちらは期待が膨らんでいます。 最近のホームズものって、ボーイズラヴなんですか? あちゃー…。 やはりジェレミー・ブレットのゴシック系ホームズがいいなあ…。

投稿: リウ | 2011年11月 5日 (土) 07時54分

ほとりん様
コメント下さり、ありがとうございます。

いやがおうにも視聴に力が入りそうですよね、これほどコメントをいただくと。 1週間分まとめ見というのは、そのあいだコロッと忘れてて結構精神衛生上いい感じです(ハハ…)。

「私を見て」、という副題、やはり花言葉からきてるんでしょうが、なんかすごい題ですよね。

花言葉というのはガキの頃、結構フツーに慣れ親しんでいた気がするのですが、これほどまでに情念のあふれる言葉だとは気付きませんでした。

BSの1週間分放送まで、あと1時間半…。

投稿: リウ | 2011年11月 5日 (土) 08時01分

あれ、第4週だけ何も書いてなかったので
即席で足跡を残していきます(笑。

糸子の若い頃は後の三姉妹編と絶妙にリンク
してますが比較してみると色々、解りますね。
この時代は洋裁を習える環境が大阪に整っておらず
善作が根岸先生に土下座までした。
逆を言えば、そこに人間ドラマが生まれた。
(技術面の指導なんて最後の1回だけ)

三姉妹編の頃になると大阪にも専門学校が既にあり、
優子がそこを足がかりにして東京の原口先生に師事、
今度は先生の方から小原家を訪問して直子まで連れて行き、
糸子は善作がラジオを買って来たようにテレビを買ってくる。

人間関係の密度、人の活動範囲、物の豊かさの変化が
見て取れ、やはり三姉妹編の頃は色々とバランスがいい。

ところで晩年の糸子がラジオを聴きながら家族で談笑した
当時を回想した時には善作アップがあったのですが、
この第4週には、そのようなカットはありませんでした。
糸子の意識下における善作の存在の大きさ示す演出用に
別に撮って残しておいたようです。
こういう例はブランド設立直前に昌子と恵を回想した場面でも
三姉妹編頃の時代に「無理です!」とWツッコミを入れている
カットがありますが本編中にそんなシーンは無いんですね、コレ。

投稿: 巨炎 | 2013年4月 3日 (水) 14時39分

巨炎様
もう記憶の彼方に行きつつある(笑)「カーネ」 へのコメント、ありがとうございます。

どんな内容だったかと思って自分のレビューを読み返してみたのですが、結構状況がつかめなくて(笑)自分の文章の拙さにまたまた参っております(笑)。

ただ感じるのは、このドラマ、どこまで用意周到だったのかな?ということです。

こうやってすべてを見終わったあとから考えると、どれもこれもトータルで考察することが出来るけれども、これって狙っていたのかな、なんて。

善作が喫茶店に入って、はた目から見れば拒絶していたモダンなアイテムであるコーヒーをすすり、新しい時代と、取り残されていく自分とを発見していくくだり。

人というのは多かれ少なかれ、こういう 「時代の流れ」 を感じながら生きていくものだから、これが後年の糸子の感慨にもつながっていくのですが、でも親子と言っても他人は他人ですから、糸子には糸子なりの、新しい時代への対応の仕方がある。

やはりこうした作りは、テーマが作り手の中で透徹していて、キャラの把握も完璧でなければ生み出せない話ですよ。

つくづく思います。

そんじょそこらのドラマとは、レヴェルというものが違いすぎるのだ、と。

投稿: リウ | 2013年4月 4日 (木) 12時18分

「マッサン」はやりだす時代が早すぎて云々という
直子みたいな事態になっていますが
視覚に比べても味覚はやっかいですね…。で、
実は「カーネーション」は味覚も考えられていた。

糸子は甘党…てのは観ていたら解る。
若い頃は好きではなかったメザシを調理するようになる等、
年齢に併せて味覚はある程度、変化しながら生涯、
甘いモノ好きは変わらなかった。貞子さんの血ですね。
対して善作は苦党です。洋物嫌いなのに
コーヒーはこの週で気に入った。これが実は重要。

第7週前半で遊びに来たサエが独立を促す。
お土産のケーキを妹達は喜び善作は無関心。
この時には「熱燗+扇風機」で談判した糸子。
そして第7週後半では糸子自身がクリスマスケーキ
を買ってきて、善作は「そんなもん、いらん」。
ケーキは「飲んだくれる父への敬意の喪失」の象徴。

で、第21週ですがリウ様が優子の独立に際して
ケーキの重要性を指摘されていますがコレ、
優子が買ってきたものですよね。母が激昂する事を
予測し甘いモノ好きな糸子の気持ちが少しは
落ち着けばという「母への気遣い」の表れで正反対。

優子は自分の生まれる前の経緯等は知らないし
気休め程度の感覚でしたが、「ひっくり返された」
という結果の部分を鮮明に思い出した直後の
糸子に自制を促し予想外の効果を上げた。
善作が糸子を諌め、優子を守ったのです。

無論、北村にケーキを奢ってもらうなど
優子達自身も甘いモノ好きですが
「娘を叩き起こしてコーヒーの美味さを語る善作」
「海外の勇から送られてくるチョコを頬張る糸子」
と子が親の嗜好を知る機会となるイベントが
東京の恩師に指示する直前という同じタイミングであります…。


投稿: 巨炎 | 2015年1月17日 (土) 22時22分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「マッサン」 はマッサンがパンを焼いてる週からまったく視聴が進んでいないのですが(笑)、どうもちょろっと見る限りどうやらマッサンとエリーは北海道に行くみたいですね。 風間杜夫サンが 「ごめんね青春!」 に続いてまたいい味出してそうな。

善作がケーキに興味を示さず、コーヒーには反応した、という巨炎様のご指摘には、また目からウロコであります。 そういや善作、甘いもんを口にしてなかったような…。 つまり 「善作は酒飲みだから甘いもんは食わない」、という設定が徹底されていたのでしょう。

ただ善作は、「自分は酒飲みだから、甘いもんは食わない」 という暗示を自分自身にかけようとしていたのではないか、とも言える気がします。

まあ、もう4年も前(!)のドラマだから私も記憶があやふやなので確かなことは申せませんが。

善作って、なんかコーヒーに関しては 「無理に」 推してた気はするんですよ。 「呉服屋という古い商売をしている自分だが、新しい時代のものについていけないわけじゃない」 ってことさら強調するために。

善作がケーキをぶちまけた一件にしても、確かそのケーキって、糸子が買ってきたものでしたよね。 つまりそのケーキは、善作にとって 「自分が稼げない」「糸子が家計を手助けしている」 という当てつけの象徴だった、と思うんですよ。

そう考えると、善作が甘いものに手を出さなかったことって、一種のかれ自身の意地だった、という見方もできる気がするんですよ。

優子が糸子に持ってきたケーキも、巨炎様が考察されたように単純な意味を伴っていませんよね。 何度も申しているように、このドラマって、どこまでも深読みが出来る。 またそのことを再認識させていただきました。

投稿: リウ | 2015年1月18日 (日) 06時36分

国会中継やら何やらで中々、進まない再放送。
GW中にやっとこ糸子が洋服を着始めますが
初めてで髪型まで変えました。
これ、どこかで見たと思いましたが
原節子主演の小津作品「晩春」から来ているのか?

http://i.imgur.com/y43ximU.jpg?1

「晩春」のヒロインは戦前和の文化を愛する父と離婚してキャリアウーマンという戦後女性の生き方をしている友人の間で「母も亡くなったし父を支えないと。貴方も離婚しているし私は結婚なんかしないわ」と新旧の価値観を使い分けていましたが終盤には自分の方が父から離れて良く知りもしない男性に嫁ぐのが怖かった本音を露呈します。
糸子も、この第4週前半には妹達の学費稼ぎのためにも祖父との約束を果たすという選択肢に目を背けて呉服屋の生家に居座り続け、晩年には第4週ラストの家族団欒を回想する。こういった糸子の精神構造を表していたとすると非常に重要な髪型だったでしょうか。

「カーネ」には他にも聡子が生まれる経緯は「悪魔の手毬唄」、夏木マリのキャスティングには「鬼龍院花子の生涯」由来らしいとか映画ネタが結構、多い。

投稿: 巨炎 | 2018年5月 3日 (木) 16時26分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

巨炎様のプロファイリング能力にはただただ脱帽です。 特に小津監督の映画については、私ちっとも知識がなくてですね。 「東京物語」 をもう何度、最初の10分か20分見たことか。 BSでやるたび録画して見るのですが、いつも途中で 「ああダメだ…この緩いテンポについていけん」 とリタイアしてしまうのです。 いっそ字幕がついておればまだついていけるかもしれません。 こないだ 「七人の侍」 とか 「生きる」 をBSでやったときに字幕がついておりまして、こんなことは初めてだったので、なんかとても内容がすべて分かった気がいたしました。 それまでは菊千代が叫ぶところとか、録音が悪いせいかフィーリングで聞いてたところがとてもあったのです。 自分は小津作品よりも黒澤派だったのでほぼ見倒しているのですが、それでもやはりセリフをきちんと把握しているとは言い難い。

巨炎様の知識の引き出しには到底敵わない私ですが、ともかくまた自分のレビューを読み返してみて、「この頃はかなり謙虚に、下手(したて)に下手にレビューをしていたものだ」 と思ったものです。 そのかわり私も7年前はまだ熱かった。 したがって、コメントを下さる皆様も、熱かった。

ここまで熱くなれるドラマに、ここ数年ちっとも出会っていない気がします。 「泣くな、はらちゃん」 が最後だったような。

投稿: リウ | 2018年5月 4日 (金) 00時48分

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