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2011年10月25日 (火)

「江~姫たちの戦国~」 第41回 三面記事大河

 とうとう大阪冬の陣に突入した、「姫たちの戦国」。
 この回を見ていて感じたのは、事態がその方向にいやおうなしに巻き込まれ吸い込まれていく、蟻地獄のような緊迫感だった気がします。 つまり見ごたえ自体はあった。
 ただし見終わって感じたのは、「なんか江だけ蚊帳の外…」。
 ほとんどドラマのなかにいる意味がない。
 で、サブタイトルをあらためて見れば、「姉妹激突!」。
 どこが?(笑)
 まあいつもの 「サブタイトル詐欺」 ですが(笑)。
 憤って 「江と敵味方に分かれて戦う日が来ようとは…」 などと見得を切っているのは淀だけで、江はただ、秀忠に促されて、秀頼に手紙を書いただけ。 そしてみんなの名をつぶやいて、ただ神仏に祈るのみ。 つまり江のほうに、「激突!」 する意志なんか、これっぽっちもないのです。

 そして見ていていかにもアンリアルだったのが、秀忠の心情の推移。

 かれはいきなりいつもの寝ころびポーズで 「親父が死ねばなあ…」 などと江にのたまう。
 どこの世界に 「親が死ねばいい」 などと、自分の女房につぶやく阿呆がいるでしょうか(ここにいた)。
 もしこれを 「このドラマのなかの秀忠」(いちいち断り書き)が本心で言っているのであれば、彼は自分の持っている権力の本質もつかめていないし、さらに親を本気で追い落とそうという気力すらない。
 「『死ねばいい』 なんて真に受けないで、これはほんのジョークなのよ」、という田渕女史の言葉が聞こえてきそうですが…。

 まあそれはいいとして(どんどん不問にしとります)、問題なのは、先に述べたように、江と共に秀頼に文まで出して豊臣と徳川の二大政党政治みたいなことを確約しておいて、結局は父親の思惑にさしたる抵抗もなく、ただ成り行き任せで大阪城攻めに加わってしまう、秀忠の無責任さ。
 事態がここまで悪化するに至って、まだ豊臣との共存を考えている大アマなその態度です。

 つまり秀忠は、この期に及んでまだ、事態を大逆転させる気満々、ということになるのですが、考えてもごらんなさい、敵味方30万くらいの人間が動いとるんですよ。 虎穴に入って虎児を得ようとしてるんでしょうかね。 アンリアルすぎる。

 今回、家康の鐘つきイチャモン問題から三田村サン(役名なんだったっけ)更迭の経緯、さらに秀忠からの文を頼りにしながら徳川との全面対決に苦渋の決断をする秀頼の話は、とても見ごたえがありました。
 つまり話が江と秀忠を離れると、途端にリアリティが戻ってくる。

 しかしながら、事態悪化に手をこまねいてなにもできない江を象徴的存在としながら、このドラマで作り手はさらに、淀の方の乳母を道化役として配した。
 淀の乳母は家康に直談判しに行くと淀に宣言し、頼もしいところを見せるのですが、大野治長(息子とか言ってたかな?)にいさめられて途端に弱腰。 「なんか、行く気なくなっちゃった…」 とか(違ったっけな?…笑)。 家康との会見では完全に気が動転しちゃって、「おのぼりさん状態」。 「借りてきた猫」 が、「ガキの使い」 に甘んじる。
 しかもこの会見、初が 「自分が行く」 とかそもそも言ってなかったかなぁ?(見返して確認する気力、当方になし…笑)。
 淀は淀で、もう我慢の限界、とばかり、戦だ戦だと秀頼を困らせる(まあ従来のパターンなんですが)。 これによって秀頼の存在感が、ますます光り輝いてくる。
 ついでに言えば(ついでかよ)、グレる竹千代を 「そのほうが頼もしい」 などと持ち上げて、どっちが次代の将軍になるか分からぬなどと江から言われてただ狼狽するだけの福(春日局)。 出てきたと思ったらまたそそくさと退場します。 どうしてこう、上っ面だけの登場しかさせてもらえないのか、富田靖子サン。

 つまりこのドラマの女たちは、歴史上の役割に於いて、全員が役立たずでオジャマ虫。
 女性を貶めるためのドラマ、ここに極まれりの印象を免れない。
 田渕女史、女なんですかね、本当に(大変失礼いたしました)。

 それと気になったのが(揚げ足とりばかりで申し訳ない)、いちいちストップモーションになって、画面が白黒になる演出。

 三面記事かっての(笑)。

 まあそれは、演出家のかたが(「山河燃ゆ」 の伊勢田サンなのに…)半ばヤケクソでやってるんじゃなかろーかと、好意的に取らせていただきます。

 当記事冒頭の言い分を繰り返しますが、この回は事態が泥沼化していく空気をよく描いて、とても全体的に緊張感みなぎる回でした。
 しかし内容が良ければ良いほど、江を取り巻く周囲の空気のウソ寒さが身にしみる。

 この物語の主人公は、「江」、ですぞ!

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コメント

 「江ちゃんの出番が少ないとまあまあ面白い。」という皮肉な作品。でも歴史上、江の役割って秀忠の奥さんと家光の母でしかない。「そういえば、淀の妹で織田信長の姪になるのね。」っていうのが、本来の姿だから、大阪の陣の時だって、蚊帳の外で皆の無事を祈るくらいしか役割がないのです。脇の脇。

 ただ竹千代の勘違いっぷりや春日局の無能ぶりも大蔵卿という乳母と家康の対面の前触れのようなもの。この一年の乳母たちの不遇ぶりは、子供を育てるくらいしか能のない女への先生の痛烈な侮蔑だと思います。秀忠のようなイケメンを育てたおおば様は、家康にも秀忠にも、意見が言えるレベルの高い女性。男に伍して劣らない女性、並び立つ女じゃないと価値がないと先生は思っておられるのでしょう。だから江ちゃんもでしゃばりなんです。でも実際は、子だくさんママ。だから今回のような立場が見てて疲れません。皮肉だわ。淀の方がずっと作品に居場所があるなんて。(大阪の陣をめぐる大坂方と家康との緊迫感はお兄様のアシストでしょうけどね。秀頼の賢さとかも。)

 片桐且元?を大阪方から引き離す為の家康の工作にまんまと嵌って、滅亡の道を行く淀たち、その為の役立たずの乳母、主役の江ちゃんも役立たずで終わりそうなんですが。先生たまには思い出してください。主役は江ってこと。このままだと向井くんがかっこよかった大河で歴史になってしまいます。それもいいけどね。「親父が死ねばなあ」なんて寝っ転がって、ぼやいてる将軍じゃ、秀頼の方が賢く頼もしく見えます。偉大な父への閉塞感が秀忠をシニカルにしているのでしょう。イケメンの向井くんじゃなきゃ、顰蹙です。でも今回は面白かった方だったと思います。

 

 

投稿: ささ | 2011年10月25日 (火) 20時47分

江も福も現代に照らし合わせてもダメダメな女、という感じでしたね。江は「子供だけどんどん産むけど母性のかけらもない子育てできない母。」福は、「キャリアウーマンを気取っていて物は申すけれども仕事させてみたら口ばっかで出来上がったものはダメな女。」同性なのにちいとも共感できません。強くも賢くも優しくもない。これだけ女を酷く描けるのは逆に女、ということでしょうか。男性がこんな女性を描いたらどこかの団体とかから抗議されそうなレベル。福は「こりゃ失敬」とか言ってしまいそうな速足で下がっていくだけ。バカにしてるのでしょうか。竹千代の躾のくだりも、死にそうな加賀まりこさんが言ってたにも関わらず「母であることを放棄」してるようにしか見えないし。
でも大阪の人々の場面は、淀の取り乱しぶりと秀頼の頼もしさ、が定型文的ではありながらも見ごたえありました。(乳母が家康に面会に行くところは・・・大野治長と親子だったってこのドラマ内で初耳なように思いました。)
蚊帳の外でも、もっと魅力的に描くことはできなかったのでしょうか。篤姫の時など、大奥を出られない「蚊帳の外」感が、なんとも切ない演出になっていたように感じます。
お兄さん、もうちょっと多く筆をとっていただきたいですね。あ、クランクアップしたのか・・・。
江ちゃん、樹里ちゃん、がんばれ!

投稿: さり | 2011年10月25日 (火) 21時47分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

従来の大河ドラマでも、主人公をさておいて話が進展する展開、というのは多々あったのですが、それは主人公が直接関与しない歴史上の重要な出来事の場合のみ。

今回の江の場合は、紛れもなく当事者のひとりであるのに、まあ実際はささ様のご指摘の通りなにもできず手をこまねいてもいたんでしょうが、江なりに何事か歴史の爪を立てようとした、という部分を創作することを、田渕女史が完全に怠っている。
それが根本的な問題なのだと感じます。

江が歴史に爪を立てようとした部分をあえて指摘すれば、秀忠に 「促されて」 秀頼に手紙を書く部分だったでしょうか。 けれどもそれは秀頼に、徳川との対決姿勢を躊躇させ、苦悩を増させるだけの結果に終わっている。

やることなすこと、むなしいことばかりなんですよ。

このドラマのなかの乳母たちを、「子供を育てるしか能のない女」 と受け取ってしまうささ様には、ちょっと男としては 「すごいなあ、女性はそこまで感じてしまうんだ」 と戦々恐々としてしまいます(爆)。

しかし夏の陣で豊臣が滅亡するまで、江にただ拝ませてるだけで終わるんでしょうかね?(ブルルッ…)。

投稿: リウ | 2011年10月26日 (水) 07時32分

さり様
コメント下さり、ありがとうございます。

「女だからここまで同性をひどく描ける、これが男性だったら社会問題」 というさり様の指摘には 「なるほどなあ」 という感じです。 まあ、もはやクランクアップした作品に、ああすればいいこうすればいい、頑張れ頑張れもスッゴク虚しいものがありますけど(爆)、どこまで大河ドラマとして、いや、江が主役のドラマとして主人公を突き放したままで終わるのかに、私の興味は移ってまいりました(かなり悪趣味)。

さり様の、江と福のひと言分析、当たっていすぎで笑ってしまいましたfuji。 確かに福の退場の速足は異常(爆)。 忍者かおのれは、という感じですよね(笑)。 江の敵、という描写しかしてないのに、竹千代がどんどん成長していく。 福の存在感がますます疑惑にまみれていきます。 ホント~に、なにやってんでしょうかねこの乳母は。

さり様ご指摘のように、おおばの局の最後の名文句も、まったく江の糧になってない。 どこまで学習能力がなさすぎるんだ!

そう言えば 「篤姫」 でも、同じ蚊帳の外でも相当優れた描写がなされてましたよね。 原作があるなしの違いなんてもんじゃないくらいに。 もはや同一人物が脚本を書いているとは、到底思えません(お兄様込みでも)。

投稿: リウ | 2011年10月26日 (水) 07時45分

 実は、私は、先生が役立たずと思っておられる専業主婦だったんです。ずっと。今は生活のために働いていますけど。でも仕事より子供優先なのは変わりません。先生の女性への見方が冷やかに感じてしまうのは、そのせいでしょうね。

 江ちゃんより劇的な淀が好き、イケメンを活躍させたい、いいんですよ。でも江を主役にしたのなら、江の人生をきちんと描いてほしいです。このドラマの主役がお飾りにしか思えないし、それで見やすいというのは、樹理ちゃんに酷くないですか。もう収録も終わったのだし、文句言っても無駄だけど。


 秀忠の真意を保障するために江ちゃんに手紙を書かせる、後は祈らせるだけ。淀や初や千姫についでに手紙を書かないの?完ちゃんやねねさんに書かないの?お手紙だったら、いくらでも書けると思いますが。家康にもいっぱい書けばいいのに。

 江ちゃんが江戸を抜け出して、自ら千姫救出に大阪城に潜入とかしたら、画期的だと思いますが、拝ませているだけだと思いますよ。それにそこまで、千姫に愛情があるように描かれてないし。不憫な江ちゃん。頑張って樹理ちゃん。

 
 

 

投稿: ささ | 2011年10月26日 (水) 08時33分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 私が 「妖怪人間ベム」 のコメント返信をしているあいだに投稿なさってたんですね。 即レス恐れ入ります。 感謝申し上げます。

ドラマ打ち上げの際の樹里チャンの様子が、ネットから漏れ伝わってまいりました。 なんかカワイソーでしたね(そう思わせる記事だったのかもしれませんけど)。 私は江としての樹里チャンではなく、今後の樹里チャンを応援いたします、ガンバレ!

キミの人生は、これからだ!

こーゆー愛情のないドラマは、すぐに忘れなさい。

生活のために、または自分の世界を広げるためにでも、主婦のかたが仕事を持つということに対して、おそらく田渕女史は共感される心情は持ち合わせていらっしゃらないのかなと感じます。 イケメンとか英雄とか、ある特定の人にしか共感なさらない人がドラマを書くと、こうなってしまうんでしょうか。

私も秀頼だけでなく、いろんな人に書けるだろうって、感じてました。 経費削減だから大竹しのぶサンにもご出演下さらなかったのかな~(ああ邪推だ…)。

真田幸村はしっかりご登場してたんですけどね(これもヒーロー萌えかな?)。

投稿: リウ | 2011年10月26日 (水) 09時09分

 このドラマで、画面が白黒になったりスローモーションになって、ワイドショーのような演出。ずっと「遊び心」だと指摘するのも野暮だと思っていましたが、気にはしてました。「こけおどし」と言ってしまうとこの作品は全体そうなのですから。演出側からの先生へのささやかな反旗かもしれませんね。次回は「戦闘時間が何秒あるのか」という巷の関心に、うまく答えてほしいなと思います。

 それから、初ちゃんが家康に会いに行くと言ってました。その流れで乳母さんが名乗りでたのです。おかげで家康がかるーく応対するのはやすやすと見抜けましたよね。

 樹理ちゃんの今後は、「江」に縛られることなく、明るく開けていると思います。「篤姫」サンとちがって、先生からもNHKからも自由です。がんばれ。

 

 

投稿: ささ | 2011年10月27日 (木) 09時12分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

画面がパッパッと変わったりストップモーションみたいなことも、たまにありますよね、このドラマ。 内容のなさをこれで補おうとしている気は、するんですよ。 「天地人」 ではもっと露骨に、いきなり舞台が暗転してスポットライトが当たって、みたいなことしてたけど、内容がないとNHKのスタッフは、役者の演技をさておいてヌーベルバーグ(特殊演出、とでも言いますか)に走る傾向があるようです(笑)。

戦闘シーンも、なんかどっかから借りてきたような映像。 ドラマ的に、なんかスッゴク戦闘シーンが、「遠い」。 ここまでままごとみたいな戦って、見たことがないくらい。 ある意味で、戦国を描いていない戦国ドラマの究極、という気がします。

初は淀の乳母が行く、と言っても、それについていくもんだとばかり思っていました。 当事者意識がないから、「乳母が行くんなら私はい~か」、なんて思ってしまうんじゃないんでしょうか。 あ~これもままごとだ。

樹里チャン、やっと解放されてよかったですよ。

投稿: リウ | 2011年10月27日 (木) 16時13分

 秀忠の「家康が死ねばなあ」は向井くんからの「このドラマ早く終わらないかな」に聞こえてしまいました。

 秀忠も江も何人も子供がいるのに、いつまでも若々しいです。出陣の前に息子二人に事情を話している時も、若い父ちゃんと母ちゃんだなと思ってしまいました。千姫みたいな大きい娘がいるなんて、とても思えません。老けメークをする必要はないですが、親の死をあてにする甘ちゃんはそろそろ卒業でしょう。あの発言はきっと先生なりのジョークで、秀忠のシニカルなところを表現したのだと思います。目一杯好意的に考えました。

 でも江ちゃんもお子様から卒業できないし、向井くんもふてくされ二代目から卒業できないのかもしれません。

 春日局は出ないかもと思っていたくらいですから、あの扱いも仕方ないかなと思いますが、竹千代誕生の時からずっとほとんど同じ衣装なのは、可哀想かなと思います。その辺の侍女と同じでユニホームなのかと。乳母という側仕えで、特別な立場ではない扱いですよね。だからいつも上面の登場なのでしょう。

 向井くんはこれからもっと魅力的な役ができるでしょうし、樹理ちゃんも楽しい生きいきしたお芝居ができると思います。大阪の陣、ちょっと期待して見たいと思います。ちょっと!

投稿: ささ | 2011年10月29日 (土) 09時04分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

向井クン、出演前からNHKに秀忠の歴史上の舞台を巡らされて強制的に勉強させられたり田渕女史の餌食になったり(爆)散々小突かれまくったんですけどねcoldsweats01。 結局残るものは何もなくて、ただ何かって言えばゴロ寝を決め込んで…(笑)。 そのゴロ寝スタイルを、「実はこう見えてホントはすごいんです」 みたいな道具に使われていてまたこれが厄介なんですよネ(ハハ…)。

江も秀忠も子供たちも福も、な~んにも描けてないドラマ…。

描けているのは、信長、秀吉、家康だけ。

なんじゃソリャ!(爆)

田渕女史について私の評価が確定するウェブページを見つけました。 こちら→ http://webmagazine.gentosha.co.jp/taiga/vol235_index.html

紛れもなくご本人が書いたものですから、まったくの事実なのでしょう。

こんな人が大河の脚本なんか、書く資格すらない気がします(かなり過激に断定してしまいました…)。

投稿: リウ | 2011年10月29日 (土) 14時14分

 先生のブログ、読ませていただきました。龍子様の亡夫へのセリフは先生そのものだったのですね。篤姫のセリフは覚えておられるそうですから、江ちゃんのセリフも覚えておられるのでしょうか。怪しいです。でも、この話の登場人物がころころ人格が変わってしまうのもわかりますね。先生覚えてないんだもの。龍馬伝で幕末の大変さを知るなんて、篤姫に感動された方達が気の毒です。ご自分を茶化しておられるのでしょうけど。

 大丈夫です。先生の事を、視聴者も忘れると思います。NHKとの腐れ縁も切れるでしょう。先生も全て忘れてすっきりです。何も残らない、江に真剣に取り組んだ人達が気の毒ではあります。石坂さんや北村さんは先生の脚本を重視して、演技されていたので。役者さんや登場人物の名前も覚えてないそうなので、そういう方達のご苦労とかわかってないでしょうね。まあ歴史に詳しいからっていい脚本が書けるわけでもないでしょうけど、天才(ご自分で認めていた!)は天災に通じて、おっしゃる事が違うなと思いました。(笑)

投稿: ささ | 2011年10月29日 (土) 15時49分

ささ様
即レス下さり、ありがとうございます。

この田渕女史のブログシリーズ、バックナンバーも数編読んでみたのですが、どうも全体的にチャラい(笑)。 得難いキャラクターであることは確かなようなんですが(ハハ…)。

向井クンとの対談のとき、和室に椅子を持ちこんで、しかも確か黒ストッキングで足を組んで向井クンをかなり挑発していた感じですし…(爆)。

なんとなくでも、憎めませんけど(キャッ)。 男ってこういうのに弱いかも(騙されるな!…爆)。

まあ大河を書くようなかたとはちゃいますね(どお~も、「カーネーション」 の影響で、文体が関西チックになりつつある…)。

でも、記憶力がお悪いのであれば、せいぜいスペシャル2時間ドラマあたりでやめといたほうがいいとは、ホントに思います。 きっと田渕センセイのその欠点を活かせるドラマがあるって、応援してますよ(いやホント…)。

石坂サンや北村サンの、個人的な役者魂というものに、乾杯したいと思いますね! やはりいくらダメドラマでも自分を活かすというのは、並大抵のことではないと感服いたします。

投稿: リウ | 2011年10月29日 (土) 18時04分

 先生が江ちゃんが主役という事をすっかりお忘れになっているからか、今日の回はなかなかでした。「姫たちの戦国」をタイトルにした方がいいのではないかしら。多分お兄様が担当したであろう秀頼が良かったです。役者さんの演技もですが。先生ががんばった秀忠はへたれ全開。江ちゃんは居場所がなかったですね。出てましたけど。お話としては面白かったです。楽しんで見てください。

投稿: ささ | 2011年10月30日 (日) 21時20分

堂々と自分の仕事内容を「忘れた」と言ってしまえる先生は、やはりグレートな人物なのでしょう。パンピーの仕事でも「忘れる」ってわりと致命的だと思うのですが。
先生のブログ、いくつか読みました。
チャラい、そして文章力がない。(一般人の私が言うのもおこがましいけど)
自分の頭の中に出てきた言葉をただ書き連ねているだけで、何を言いたいのか整理されていないから読み終わって、「で、今の文章って何が書いてあったっけか?」という気分になる。伝わってくるのは大河を書くことは辛くて大変、という感じばかり。「で、何が言いたかったの?」というのは江の感想にもつながる部分があるので今年の大河は先生自らが執筆されたんだな、ということはハッキリしましたが。
新選組!の三谷幸喜さんの執筆当時のエッセイは、締切に苦しみながらも大河を書くことを楽しんでおられるようなエッセイだったのに。
先生が嫌だイヤだといいながら書かれたものを一生懸命演じた役者さんやスタッフさんに同情すら覚えます。

投稿: さり | 2011年10月30日 (日) 21時36分

ささ様
あらたにコメント下さり、ありがとうございます。

やっぱり主役がいないと話が面白いんですか…(はぁぁ…)。

今日はちょっと忙しくて見ることが叶いませんが、視聴次第感想をアップいたします。 気楽に見れる、気楽に書ける、このドラマのいいところですネ。

投稿: リウ | 2011年10月31日 (月) 07時18分

さり様
またのコメント下さり、ありがとうございます。

新選組を題材とする以上、群像劇を超えた人物ラッシュになるのは必然なのに、あのドラマはそれをものの見事にクリアしてました。 NHKBS近作の 「新選組血風録」 では回数も少ないことも原作の性格からも、ある特定の人物、出来事にスポットを当てるくらいしかできてなかった。
「新選組!」 の場合、しかも主役が香取クンでしょ。 彼を引き立てようと物語を構築するのは、大変だったと思いますよ。

「江」 では 「なにが言いたいのか」、ではなく、「どうやって話を面白くしようか」 に神経が注がれている気がします。

この 「面白く」 というのは、砕けたところとシリアスなところの落差を激しくして面白く見せようとする、ということが第一義にあるように思われます。 第二義には、登場人物を極端に絞り込み、しかも小学生が見ても分かるようにする、という 「話の簡便化」 にある。

「篤姫」 のときはプロットがしっかりしたものがあったからこそ、田渕氏の今回と同じ思惑が功を奏したのですが、彼女のブログによれば、自分できちんとした話に仕上げたと世間的な評判も高い原作を、まるきり無視して脚本を作りなおしている。

これじゃ話が骨抜きになるのは必然ですよね。

投稿: リウ | 2011年10月31日 (月) 07時38分

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