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2011年10月 1日 (土)

「テンペスト」 最終回まで見て 感想さぁ~

 本放送から2週間も過ぎたレビューでございます。

 琉球の歴史にはとんと疎い私なので、ドラマの体裁だけを見つめながらレビューしていきます、あらためてよろしく。

 まず最初に正直な感想を述べさせていただきますが、「ドラマ飛ばし過ぎ」(笑)。

 この内容なら、20話くらいにしてもよかった気がします。
 10話に圧縮した結果、説明不足の部分が続出、の感は否めない。

 まず物語のとっかかりである、馬天ノロの勾玉。

 もともと孫嗣志(奥田瑛二サン)が第一尚氏の王族の証として持ってたらしく、それを琉球王朝の主席巫女である聞得大君/真牛(きこえおおきみ/もうし、高岡早紀サン)が持っていないことで、聞得大君は物語の序盤、それを躍起になって探し求める。

 ここでは、聞得大君がその馬天ノロの勾玉を持ってるとロクでもないことになるから、孫嗣志の娘である孫寧温/真鶴(仲間由紀恵サン)が譲り受け、隠し持ってる、という構図のように思えるのですが、どうも最終回を見る限りそうでもなかったらしい。
 それを論じるために、ちょっと状況説明いたします。

 最終回、琉球は沖縄県となり、琉球王朝は事実上滅びます。

 第二尚氏の尚泰王(染谷将太クン)の側室まで登りつめ、世継ぎを産むまでのことをしながら、失脚し、島流しにされていた真鶴はひと気のない首里城をその息子、孫明(石黒英雄サン)と一緒に訪れ、形ばかりの即位式を行なう。
 第一尚氏の血を受け継ぐ自分と、第二尚氏の尚泰王との間に生まれたこの息子が、第三尚氏の初代の王である、という儀式です。
 そこに、こちらも寧温によって失脚されていた、真牛が現れる(蛇足ですが、真の鶴と真の牛、という名前のコントラストが面白かったのですが、ドラマ的にあまり生かされてなかったような気がします)。

 真鶴はそのとき、その勾玉を、あっさり真牛に渡しちゃうんですよ。
 自分と尚泰王との間に生まれた第三尚氏の王族である自分の息子を守ってほしい、ということで。

 じゃあ一体、孫氏がこの勾玉を隠し持っていた意味って、なんだったんだろう?って、思っちゃうんですよね。

 聞得大君はその勾玉を手にすると、CG使いまくりのスーパーウルトラZで今日もアイアイアイアイースパーキング!とばかり(なんだソレ)空中を飛んで行ってしまうのですが(私にはそう見えた…笑)、そんなパワーが使えんなら最初から聞得大君に渡しときゃよかったじゃないの?と感じてしまう。 そのほうが琉球王朝のためになったのに、ということです。

 しかしこの部分。

 もともと聞得大君が権勢をふるっていた物語の最初の部分で、このオンナは威張りまくり国家予算使いまくりで、ロクでもない人物だったから、馬天ノロの勾玉の所有者たりえなかった、という解釈もできる。

 結局聞得大君が孫寧温に駆逐され、場末の娼婦(ジュリ)にまで身を持ち崩し、どん底の苦汁をなめたからこそ、勾玉を持つ資格が備わった、とも言えるし、その勾玉の意志としては、「琉球以後」 の沖縄県人たちの精神的な支柱となろう、という意味で、権力的にはほぼ無意味な 「第三尚氏」 の守護神となったのではないか、と。 勾玉は、そうすることで民衆の守護を真牛に申し出たんですな(シャレか)。

 これが、ドラマを見てると、なかなかそこまでの感想に至らない。
 あれよあれよという間に話が展開していって、なんだCG使いまくりだよなあとか、いまさら滅んだ首里城の中に入って形だけの王位継承の儀を行なっても、茶番だよなあ、なんて感じてしまう。 そういう感想に、うずもれちゃうんですよ、勾玉の真意が。

 それと。

 物語は、孫寧温/真鶴という主人公を女でありながら、表向き男(宦官)として王宮にのぼらせるのですが、結果的にそれが作り手の意図かどうかは分からないが、孫寧温/真鶴の立ち位置の不明瞭さに結びついている。

 つまり、彼女は琉球の政情を安定させようとしているのか、民衆のために働こうとしているのか、孫氏の復興のために動いているのか、という立ち位置です。

 そのどれもだ、という解釈は成立するのですが、その微妙な立場が、やはり短い時間では描写しきれないきらいがあったように思えてならない。
 おそらく物語の性格から言って、「孫氏の復興」 という寧温の目的は、早々に潰えている気がする。 でもその優先順位というものを、明確にドラマの中では、打ち出していない気がします。 だから寧温の兄、孫嗣勇(金子昇サン)との確執が表立ってこない。 最終回の嗣勇の豹変ぶりを、聞得大君のマインドコントロール下にあった、という説明しかドラマはできなくなってくるのです。
 結局孫氏による第三尚氏の即位、という表面上無意味なことに思える 「孫氏の再興」 をやってのけちゃってるから、それまで寧温が王宮で頑張ってきたことが、途端にむなしくも思えてくるし。

 時間をかけて出来ないがゆえに感じる、さまざまな掘り下げ不足。

 でもそれは結果的に、「沖縄県の人たちって、おおらかだからな、その県民性が琉球王朝でも跋扈していたんだろう」、って気になってくる(あくまで私個人の感想です)。 ところどころいーかげんでも、なんくるないさぁ。 みたいな。

 そのおおらかさでドラマを思い返してみると、尚泰王のもうひとりの側室(正室だったかなぁ?正室って、出てきましたっけ?)の真美那(上原多香子チャン)と真鶴とのやり取りは微妙にコメディチックだったし、寧温は結構いろんな場面でボケてたよーな気がするし(笑)。
 話が深刻に傾くのを、回避しているのが見えるんですよ。
 でも仲間由紀恵サンって、とても根が真面目そうなかたでいらっしゃるから、あまり笑いを誘導できないんですよね(ハハ…)。 「えっ今の、わらわそーとしてた?」 なんて(笑)。

 そしてそのおおらかさは、やはり馬天ノロの勾玉(完全に擬人化しておりますが…笑)にしてもおんなじで。
 勾玉は結局、琉球王朝が滅びようがどうしようがカンケーなかったんですね(すごいなソレ)。 この島の人々を守る、というのか勾玉の真意で。

 聞得大君のマインドコントロール下に陥り、世継ぎ誕生の祝いの場で、寧温を失脚にまで追い込んだ義兄の孫嗣勇。
 砂浜でひとり、そのことを後悔する嗣勇ですが、そこにいきなり、とうの昔に亡くなっていた父親、孫嗣志が現れる。 彼は父親の幻影と、結構突っ込んだ話をし出すのです。

 どうしてここまで突っ込んだ話が出来たか、というと、孫嗣勇がその砂浜で、自刃していたからなんですね。 だから父親の霊が彼を迎えに来た。
 その設定にもおおらかさを感じる。
 彼岸と此岸の区別があいまいな、沖縄県独特の風土を、私などは感じるんですよ。

 そこで孫嗣勇は、マインドコントロールの手先みたいにたびたび彼の前に現れていた自分の父が、実は息子を止めようとして現れていたことを知るのです。 自分の妹である真鶴を陥れてはならない、と。

 それを息子は、「父親が孫氏の再興を願って自分の前に現れている」 と勘違いし、結局妹を、失脚させてしまっていた。

 「どーしてそーゆー紛らわしいことをするんですくわ~」 と息子は父に向かって突っ込むと、父は 「聞得大君に言葉をしゃべるのを封じ込められていた、いや~悪りぃ悪りぃ」 って言うんですね。
 「なんじゃソリャ」 と笑っちゃいましたけど、そこがまた、沖縄独特のおおらかな県民性、みたいに、私は感じましたよ。

 そのとき、父は息子に向かって、こう言うのです。

 「いつか、すべては波に洗われ、水に流される。

 人の思いも、潮の満ち引きだ。

 そろそろ夜が明ける。

 我々は、去る時だ」

 ここで孫嗣志は孫嗣勇を連れて砂浜を去っていくのですが、そこに残されたのが、孫嗣勇の亡骸。 見ているものはここで、ようやく孫嗣勇が死んだことを悟るのですが、それはさておき、孫嗣志が話していたことは、「どんなに四肢をもぎ取られるようなつらい目に遭ったとしても、それは歴史から見れば、ほんの一瞬なんだ」 という諦観が含まれていた気がする。 人の噂も365日(えーと、違いますよね…笑)、どんなに説明不足で納得できないドラマでも、すぐに忘れてしまうさぁ、という作り手の声が聞こえたよーな(違いますかね、やっぱり…笑)。

 でも、そこにもやっぱり、おおらかさを感じた、というのが正直な感想です。

 場面変わって、聞得大君がスパーキング!と共に飛んで行ってしまったあと(爆)、寧温/真鶴が息子の孫明に向けて語った言葉。

 「『人、天地の間(かん)に生くるは、白駒(はっく)の郤(げき)を過ぐるが如し』。

 『人間がこの天地の間で生を受けるのは、ちょうど白い馬が戸の隙間を過ぎるように、ほんのつかの間にすぎない』。

 だけど、人が過ぎても、国土は残る。

 国土があれば、またそこに人が生まれ、意志が生まれる。

 また、
 どこからでも新しい国は作れる。

 この国の神は…

 …人の魂は、不滅です。

 太陽が、
 西に入りて、
 東に上がるように――」

 つまりこの 「おおらかさ」 の根底を流れるものに、「国土」 に対する大いなる信頼、というものが隠されている気がするのです。
 大地があれば、肥沃な土地があれば、人はそこに存在するのがどんな形態を持つ国であろうが生きてゆく。
 それが清国であろうが、薩摩であろうが、ヤマトンチュであろうが、アメリカであろうが。

 琉球、そして沖縄がたどってきた道は、そんな逞しさのうえに裏打ちされた、「おおらかさ」 なのではないだろうか、と私は考えるのです。

 ところどころにダイジェスト版のごとき説明不足が見られたこのドラマは、その 「おおらかさ」 によって許される余地を残しているドラマのように、私には思えたのです。


「テンペスト」 に関する当ブログ記事

第1回 「琉球ドラマ」 というカテゴリー 
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/07/1-18f9.html
第3-4回 孫寧温の方法論 http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/08/3-4-c00d.html
第5回 GACKTサンの演技が見られることの喜び? http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/08/5-gackt-707d.html
最終回まで見て 感想さぁ~ http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/10/post-ebca.html

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コメント

こんにちは

正直、こっちを大河にしたほうが、よかったのでは…という気が・・・苦笑。

放送回数が短すぎるので、はしょる、はしょる。
もったいない気がしました。

それと、最後の浅倉どのと真鶴の若さが気になりました。
もっと老けていたほうが、「耐えた愛」の深さが感じられたのでは、と・・・・・。

なんだか、中途半端でしたね、せっかくいい素材だったのに。

投稿: マーシー | 2011年10月 3日 (月) 21時50分

マーシー様
コメントを下さり、感謝申し上げます。

もっとじっくり時間を費やせば、さらにいいドラマが出来た、という点では、大河レベルの長尺が必要だという作り手のデモンストレーションにも感じましたよね。

特に消化不良だったのは、やはり谷原章介サンと、塚本高史サンの寧温に向けた恋心。

寧温が表向き男を装っていたがゆえに、塚本サンのほうは 「自分が同性愛者なのでは?」 という強迫観念に取りつかれ、谷原章介サンのほうは 「自分が昔出会った真鶴が寧温なのでは?」 という疑念に付きまとわされる。 これって、結構丹念に描くべき、ドラマのキモだったような気がするんですよ。

ずいぶんあっさりと塚本サンは別の女と結婚しちゃうし、谷原サンのほうは自身の葛藤が描かれず表面上ただひたすら強引に寧温に向けてアタックを続ける。 彼ら 「自身」 の葛藤を、描写してないんですよ。

その 「あっさり感」 が、ラストでの真鶴と浅倉との邂逅のあっさり感につながっている気がします。 彼らの三角関係みたいなドロドロの恋愛感情を描き切れなかったために、20年という時を経ても、ふたりが歳をとれない。

個人的には、ガクトサンがもっと見たかったなー。

投稿: リウ | 2011年10月 4日 (火) 07時15分

リウさま

>三角関係
いや、王様も入れれば、四角関係ですよ?・笑
あの、浅倉と抱き合うねおんを見る王様の目つきが、ねっとりしていて、
なんかあるかなと思いきや、あれだけでした・苦笑

実は、これ舞台で上演したのを、BSで放送したのを見ていました。
勾玉の扱いは、舞台のほうがきちんとしていました。
男子を生んだところからの展開がドラマと違い、ねおんはもっと理不尽な目にあわされ、塚本クンはねおんをかばって死ぬ。
最後の浅倉との再会は、それなりに説得力がありました。

浅倉が独身を貫いたってのは、少し(かなり)不自然ですけどね・苦笑


私は着物が好きなのですが、このドラマで着ていた着物、全部本物だったら、とんでもない金額ですよ。
目の保養になりました。

投稿: マーシー | 2011年10月 4日 (火) 18時04分

マーシー様
再コメント下さり、痛み入ります。

あっ!王様もいましたっけ!(笑) すっかり忘れてました(ハハ…)。 王様役だった染谷将太クンは、なんか私の見るドラマによく出てくる気がしてます。 ちょっと不思議な気がしますが…。

私も舞台編は、ちらっとですが見たんですよ。 チラ見程度での感想を申し上げると、ドラマよりもかなりコメディタッチだった気がします。 それにしてもその舞台の結末は、そーとー悲惨ですね…。

舞台という下地があったせいなのか、どうも仲間サンの男と女の演技の棲み分けは、あいまいだった気がします。 舞台だと衣装でかなり印象が変わりますけど、やはりテレビで見てしまうと、寧温と真鶴って結構似まくり。 おばぁの息子?とか、どうして気付かないんだろう?って思ってました。

着物に関しては詳しい?コメンテーターが当ブログにはいらっしゃるのですが、BS未接続環境なのが残念ですね。 早く地上波でも放映していただきたいものです。

投稿: リウ | 2011年10月 5日 (水) 07時21分

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