« 「カーネーション」 第6週 意気に感じる、ということ | トップページ | 「土曜スタジオパーク」 小林薫サン登場 »

2011年11月12日 (土)

「カレ、夫、男友達」 第2回 落差がありすぎる、このドラマ

 第1回の感想が、ほとんど内容を書かないいい加減なもので終わってしまった 「カレ、夫、男友達」。
 なぜかと言えば、ユースケ・サンタマリアサンが演じるDV夫のあまりのインパクトぶりに感想を根こそぎ持っていかれてしまったせいであります。
 なんたってアータ(笑)、このダンナ、妻の木村多江サンのやることが気に食わず(ほとんど言いがかりレベル)頭からマヨネーズをぶっかけまくるんですからね。

 木村多江サンはそんな夫に怯えまくり、髪の毛をマヨネーズだらけにしながら、顔半分もマヨネーズまみれ。
 そこに追い打ちをかけるように夫のボーリョクが展開する。
 ただひたすら謝りながら顔をゆがめる木村サン。
 その表情は女性から見ればまことに悲惨極まりないと思われるのですが、男性の私から見ると妙にエロチック。 コーフンしないわけにはまいりません(申し訳ない…)。 このマヨネーズ、木村多江サンは太い星型ノズルでドバドバかけられていたのですが、個人的には細いほうのノズルでお好み焼きみたいにかけてほしかった(あのなぁ…なんじゃソレ)。

 当然の成り行きとして、当ブログ前回のレビューはほとんどこの話で終わってしまいました。 まったく深い内容なし(たまにはこういう内容のないものもいいと思いますが…文章が長すぎるんだよな、最近の自分のブログ)。

 けれどもその反面、じっさいの話、このドラマはそれ以外の話があまり面白くないんですよ。

 このドラマの主軸となるべき部分は、木村多江サンを長女として、真木よう子サンの次女(この人が主役)、夏帆サンの三女の三姉妹が持つ、それぞれの恋愛観における傾向と問題点。
 そこにこの三姉妹の別れた両親(高畑淳子サン、長塚京三サン)の事情を絡めながら物語が進行していくわけですが、まず主軸となる三姉妹の恋愛観の描写がとてもまどろっこしい。 他局のドラマじゃないですが、「私がまともな恋愛を出来ない理由」、みたいな。

 つまり恋愛に直面する時期を過ぎたオッサンの私にとっては、どーでもよすぎる話題なわけですよ。

 主役の真木よう子サンの恋愛に対する認識は非常にオープンで自由奔放。 チュートリアルの徳井クン(役名くまちゃん)を好きなくせに、彼の長期不在期間中に心もちガタイのいい平岳大サンと 「1回だけならい~よ」 と一夜を共にする。

 つまり自分の性欲にとても忠実。
 そして相手とのウェットな関係を望んでいない。

 男はその点ダメですよ。 一夜を共にしてしまったら相手はもうオレのモノ、みたいな感覚になっちゃいますからね。 つまり情事まで至ってしまうと、なかなか一夜限りのことなんて、割り切れなくなってしまう。 引きずってしまうんですよ、男とは、そういう生き物なのです。 表現は下品ですが、要するにカラダが相手を忘れられなくなる。

 当然、最初さわやかチックだった平岳大サンも事後に往生際が途端に悪くなり、真木よう子サンにしつこく付きまとうようになる。
 男の自分が見てると、もうなんか、男の性(サガ)が全開なんですね、平岳大サン。 だから見てるだけで拒絶反応を覚えてしまう。
 なんと言うか、原作者の江國香織サン、脚本の浅野妙子サン、その両方に目ざとく見透かされているような感覚。 あーやだやだ。 男っていやだ(笑)。

 ただやはりこのドラマを私がつまらない、と感じる原因に、この、世の一般男性に関する描写がかなりステレオタイプだ、ということもかなり関わっているように思えます。

 平岳大サンと同様に、真木よう子サンの本命と思われるチュートの徳井クンも、いそいそと結婚指輪なんて用意して、なかなか話を切り出せない。 これって断られることに憶病な男性心理を確かに突いてますけど、どうもお決まりのパターンすぎてつまらない。

 つまり、男とはこういうもの、みたいに安易に断定されて、男の自分としては面白くないところに来て、話があまりにも定型通りに進んでいくことが結びついて、「スッゴク」 つまんなく見えてしまう。
 ほかにも、まあモテない男の代表みたいな形で柄本時生クン(「おひさま」 でもずいぶんな役をやらされてました)がちょこっとだけ出てくるのですが、これもすごくステレオタイプなモテない男で。
 「そりゃ男って、大概こうだけどさ、もうちょっと複雑なんだよ」 って言いたくなる。

 第2回冒頭で、マヨネーズをかけまくったユースケサンは、散々ボーリョクをふるったあげく木村多江サンの首まで締めはじめる。 まずいでしょ、コレ。
 だのに、その異常さに自分で気付いて手を離し、ひとりで勝手に傷ついてオイオイ寝床で泣いてしまう。
 なんなんだよコイツ。
 まあDV夫ってこんなものなのかもしれませんが、それにしてもこれも定型っぽい。

 さらに真木サンの仕事にもひと言。
 彼女、イベントディレクターみたいなことをしているのですが、この仕事ぶりもなんとなく上滑りみたいに感じる。 新作ビールのプロモーションみたいなことをやってるんですけど、やはりどう頑張ってもドラマの中の新作発表会でしかない。 こういうのも見ていて白けるんですな(どうも止まらなくなってきた、このドラマに対する不満が…)(じゃここで論調を変えよう)。

 ところがです(ハハ…)。

 スゲーつまんないドラマだ、もう2倍速で見るか、それともこのまま見るのをやめるか、と思った矢先(矢先、でもないけど)(けっこーガマンして長いこと見てました…)、このドラマはまたしても突然過激な方向に走り出すのです。

 まずとっかかりは、さっきの、徳井クンが渡せないでいた婚約指輪。
 真木サンが抱きついた拍子にそれがポケットからポロリと落ちて、徳井クンは覚悟を決めて真木サンに 「結婚しよう」 と告白。 真木サンは 「ありがとう!」 と大喜びでふたりはめでたく…と思った矢先のこと。

 「じゃまずは親に君のことを紹介しないと」 と言い出す徳井クンに、「なんで?」 と言い出す真木サン。 え? なんだなんだ?
 真木サンの言うことには。

 「ありがとうはありがとうだよ。 くまちゃんがあたしと結婚したいと思ってくれたことはすごくうれしい。(略)でもそれと、くまちゃんと結婚したいかどうかっていうのは別」

 はぁ?(笑)

 チュートの徳井クンも首ひねりまくってます(ハハ…)。

 「くまちゃんのことは好きだよ。
 大好き、すごい好き、一緒にいて楽しいし。

 …だったら、どうしてこのまんまじゃいけないの?

 いまのまんまでじゅうぶん幸せなのに、そのうえに余計なもの乗っけるなんてなくない?」

 要するに結婚という形態に対して懐疑的なんですよ、真木サン。 これには高畑サンと長塚サン、つまり真木サンの両親がどういう形かは判然としないけど別れちゃった、ということが、彼女のその奇妙な結婚観に深く関わっているであろうことは、だいたい予測がつきます。

 しかしここでチュートの徳井クンは一気に水をぶっかけられた格好になるわけです。 「こんなにラブラブなのになんだよ」、という感覚ですね。
 こうなるといままで自分がふたり分の食事をみんな作っていたこととか、部屋を片付け掃除をしまくっていたことが途端にアホらしくなってくる。 「なんでここまでお前のためにせにゃならんのだ」、というやつですな。

 この徳井クンの心情もよく分かるのですが、これもいかにもありがちな男性心理なんだよなあ。

 男は女性を自分の所有物にしようと思っている。

 だから結婚という名目で女性を縛るまで、自分を抑制して猫なで声でエサを与え続け、懐柔しようとする。

 けれどもそれが叶わないと分かると、途端に手のひらを返したように恩着せがましく当たり散らす。

 確かにそーですよ、あ~そ~ですそ~です、男って(ヨタってます…笑)。 女性が 「別れる」 なんて言い出そうものなら、「じゃ今までオレがやったプレゼント全部返せ」 とか言っちゃうヤツだっておーぜいいますよ、そりゃあ(爆)。 男はみみっちいんです(嗚呼…爆)。

 けどねえ。

 あそこまで卑屈に 「あれやったのもこれやったのも、僕デス!」 って、同性として情けなさすぎるぞ(爆)。

 しかしここで、徳井クンは情けないブチ切れ方をしながらも、怒って出ていってしまうのです。

 これにはスカッとしました(そこかよ…笑)。
 よーするに女性にひどい目にあったことのある男なら、ここはスカッとするはずです(ばらしてどーする…笑)。

 途端にこのドラマに対して再び気持ちが食いついてきました(ひどい食いつきかただ…)。

 意気消沈する真木サン(ザマーミロ…不適切な表現があったことを深くお詫びいたします…笑)。

 そこに姉の木村多江サンから、切羽詰まった声で電話がかかってくる。

 「この前あなたにあげたサリンジャーの本(「ライ麦畑でつかまえて」)を、返してくれ」、というのです。
 ウワ、やばい。
 ますますこっちは目が離せなくなってきます。

 これにはかなり長い説明が必要なのですが、なんかカッタルイなあ(笑)。 とりあえず説明いたします(面倒くさがってどーする)。

 夫は妻にボーリョクをふるうと、反省して妻の好きだと思われる本を買ってくるのです。
 しかしその本って、もうすでにある本ばかり。
 でもそのことを言い出すとまた夫はブチ切れてボーリョクをふるうから、妻はそれとなく本棚にある元あった本を処分して、夫が買ってきた本とすり替えていたのです。
 しかしこのサリンジャーの本に関しては、妻が間違えて元あった本ではなく夫が新たに買ってきたほうの本を、妹にあげてしまっていた(蛇足ですがこの本をユースケサンが買ってきたとき、「君はサリンジャーが好きだろう」 と言って木村多江サンに手渡したのですが、サリンジャーって言ったら 「ライ麦畑でつかまえて」 だろー、持ってないわけないだろー、と画面に軽い気持ちでツッコミ入れてました)。
 夫は自分が買ってきたほうの本に 「多江へ」 と(役名忘れた)書いていたのでそれが自分が買ってきた本ではないことに気付き、またまたボーリョクをふるいまくる。 そのあげくに妻は妹のもとへ、電話をよこしたのです(あ~長い説明だった…)。

 妹の真木サンは電話のただならぬ様子にサンタマリア家に直行(役名が…笑)。
 すると中から、物が壊れる音や悲鳴が聞こえる。
 家の中では前回以上に夫の暴力(カタカナで書いてる場合ではない)がエスカレート。 でも外からではそれがどういう性格のものなのか、妹の真木サンに分かるはずがありません。
 こりゃ大変だ、と真木サンは庭にあった椅子を持ってきて玄関を叩き壊す…ところで画面転換。

 いや、後半は画面に目が釘付けになりました。

 このドラマ、つまんないところとつまるところ(笑)の落差が激し過ぎる。

 つまりつまらんと思って視聴者が見くびって見ることを、見越しているような作りになっている、ということです(これは私だけの感覚かなあ)。
 つまらんと思っていればいるほど、その後の意表を突いた展開に目が離せなくなる。

 とにかくセンセーショナルな方向で話を引っ張ろうとすることは間違いないと思うのですが、男たちにもう少し複雑さ、というものが欲しい、と思うオトコの私なのであります。

« 「カーネーション」 第6週 意気に感じる、ということ | トップページ | 「土曜スタジオパーク」 小林薫サン登場 »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。

「江」の感想ブログを徘徊していて、こちらのブログに行き当たり、以来よく拝見させていただいています。

この、ドラマは、番宣だけ見てますがなんだかな・・・と思ってみていませんでした。
リウさんの感想を拝見して、そんな話なんだ、と思いました。

私自身、ちょっとの間でしたが、DV関係の活動に関わったことがあったので・・・以外に思ったのが、貴殿の書かれた
> その表情は女性から見ればまことに悲惨極まりないと思われるのですが、男性の私から見ると妙にエロチック。 コーフンしないわけにはまいりません(爆)。 
の部分(引用、スミマセン)

そんなふうに思うのであれば、暴力を辞められない男がいるのも宜なるかな

そんなふうに思いましたし、そういうこともあるのかということを念頭に置きながら、今後、DVの相談などあったときには、対処を考えようかな、と感じました。
すみません、変なところに引っかかって。

原作のある話だったんですね、それも気がつきませんでした。教えてくださってありがとうございました。

samantha様
こちらこそはじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

大変申し訳ございません、御不快をもし感じたのであればこの部分は削除いたしたいのですが、もし許されるのであれば軽く読み流していただきたい部分であります。

ただ、私もDVなんかもってのほかと感じている男なので、もし同意のうえであればエロチックなものを感じてしまう、ということでしょうか。

あくまで誠実に回答させていただくと、男性には女性を凌辱したい、という気持ちが存在しているケースは、ままあるかと考えます。 けれどもそれは、女性の側に立てば、恥辱されている、という気持ちをまったく考えないものであるのは明白だと思う。

DVをやめられない男の心理状態、というのは私には見当がつきませんが、もしエロチックなものを感じているのであれば相手に合意を求めるべきだと考えます。

私が想像するのは、DVまでに至ってしまう男というのは、もはやエロチックなものなど吹っ飛んでいるのではないか、ということです。

怖がっている女性を見て楽しんでいるのであれば、それは男の自分にとっても許せない人間のクズであります。

その点をご了承のうえ、もしこの表現をお許しいただけるのであれば、このまま掲載し続けたいと存じますが、さらなるご不快のお便りをいただいたときには、即刻削除いたします。

リウ様、こんにちは。

やはりリウ様も男の人なんだなあ・・・と、妙に感慨深く読ませていただきました(笑)。リウ様のレビューって、とても細やかで、なんとなく男性臭をあまり感じていなかったので、なんだろう、意外?うまく言えませんが、そっかぁ男なんだ~と、ほほ~う、と(笑)。

今回の話は真木さん演じる治子に共感しまくりながら観ていました。「わかるわかる!」「そうそう!」の連続。女としては失格な感じですね(汗)昔、結婚したいと言われた時、治子と同じような返事をしてケンカになったことがあります。結果的に別れました。でも、愛人にするには最高じゃないかな~・・・

(´∀`;)すいません、つまんないコメントして。

私もマヨネーズ多江には萌えました。

希代加様
コメント下さり、ありがとうございます。

私がほかの方のコメントを書いて、さあ仕事、とエンターキーを押している時分にコメントをお寄せいただいたんですね、すぐ返信できずに申し訳ありません。

で、仕事をしているあいだもこのレビュー記事のことがどうしても気になっちゃって、やっぱりDVに悩む女性(男性のケースも?)のことをまったく考えていないよな、と思い直しました。

それで、ちょっと表現を下品レベルから柔らかに書き直しました。 (爆)とか、ちょっとこれはないだろう、ということで。

ただ、希代加様には私のことをじゅうぶん理解してくださり、かえってありがたい気持ちでいっぱいであります。 心の広いコメントをお寄せ下さり、ほっとしています。 そ~です、私もオトコです(ヘンなオジサンではありません…笑)。

そのオトコの立場から希代加様がドラマの真木よう子サンにいたく共感、というところを読んで、かなり動揺しています(ウソです)。 やはり男って、婚約指輪まで用意してしまったら、そしてそれに 「ありがとう!」 って抱きつかれてしまったら、もう決まり、でしょう。 「うれしいのと実際結婚するかどうかは別」 なんてのは、そりゃないべした(福島弁)となるのは必定であります。

ただ、結婚という関係が重苦しい、というのは、なんとなく私にも分かる気がします。 気持ちが流動的で、性欲にも従順でいたいと思ったら、結婚は確かに束縛の道具でしかない。 浮気をして修羅場になるよりは、緩やかに相手を許し合う関係でいたい。

男ってやはり、愛するということが、実は信じる、ということと同義なんですよね。
だから死ぬまで一緒でいたい、という約定関係として、結婚を望んでしまう。 浮気者のダンナはいざ知らず、たいていのダンナは、女房のことを死ぬまで愛し続けるという気持ちを、スッゴク情けないレベルであれ持ってます。

その点、DV夫の心情は私には理解不能。 もしかすると、女房に依存する気持ちが異常すぎて、こうなってしまうのかもしれない。

私にとってドラマ内で繰り広げられるDVが切迫して見えなかったのは(だからこそオチャラケたような論調になってしまったのですが)、自分がDVとはほど遠いところにいる人間で、しかもそのDV夫がコメディアンタイプのユースケ・サンタマリアサンだった、というところが大きいです。 なんかふざけて見てしまった。

基本的につまんないと思いながら見ているドラマなので(笑)次回のレビューを書くかどうかは分かりません。 ですのでこの場を借りていろいろ書かせていただきました。 希代加様、長いコメント返信になってしまってゴメンナサイ。

ただ希代加様もマヨネーズ萌えとは、意外でした

お返事ありがとうございます。
すみません、変なところにつっこみを入れてしまって。

いえ、なんというか、こういう話はなかなかナマで男性と出来ない話ですから(すみません、申し遅れましたが私は一応女性です)、おもしろい視点をいただいた感じです。

もし、そこにスタンスを置いてエスカレートした場合は、やはり再犯、というか、何度も同じことを繰り返すかもな、という感じがしました。

ブログを削ったりされなくて大丈夫です、ここはリウ様の場ですから、全然問題ございません。
また、読ませていただきに参ります。いつも、楽しみにしておりますので。

予告編で、サンタマリアさんが、コップをかなづち?でバリバリと割っているシーンに、失笑しているsamanthaです。私の考えは、やる方がいて、やられる方がいて、DVとは成立するものなので、はやいとこ、被害者の立場を降りちゃってください、っていうかんじです。相手がいなかったら、結局暴力は成り立ちませんから。お芝居と、一緒です。毅然と、(暴力の)舞台から去るのがいいと、思います。
ただ、原作をちょっと読ませてもらったら、彼女は望んでその舞台に残っているようなので、たちが悪いですね。双方とも。

samantha様
再コメント下さり、ありがとうございます。

そうおっしゃってくださり、ありがたいです。

ただ今回は少々(いや、かなり)反省いたしました。 DVに遭っているかたの立場からこのレビューを読むと、ひどい記事だ、と。 どういうかたが私の文章を読んでいるかに思いが至っていなかったことの表れであります。 まことに勝手ながら、表現を幾分緩めさせていだたきました(書いてある内容はほぼ同じ、というのもまだ不遜な気もいたしますが)。

言い訳がましい話になってしまいますが、このドラマを見ていて、DVを受ける側の木村多江サンがなぜこの夫から逃げようとしないのか、ちょっと忸怩たる思いでおりました。

ドラマ内ではこの回 「私たちはお互いを必要としているけれども、それは愛ではなくて、飢餓だ」 というようなことを彼女はモノローグしていました。 samantha様のレスで 「彼女は望んでその舞台に残っているよう」 とあったので、なんとなく納得がいった気もしています。

これってDV被害を受ける女性にある傾向なんでしょうか。 「なぜそんなひどい夫と別れようとしないのか」、というのは、「逃げられない」「周囲に説明をするのが恥だ」 という心理も働くのでしょうが、飢餓的な心情でその夫を愛している、というケースもあるのではないか、という原作者の江國香織サンの考えも伺えます。

いずれにしろこのドラマに出てくる三姉妹は、それぞれにちょっと、見ていてイライラすることが多いですね。 女性のかたにとっては面白いのかもしれませんが…。

こういうのを、共依存、というそうです。
原作の方で、木村多江さんの役に当たる女性のモノローグ部分をちょっと読んだのですが、
「夫は優しい、実際周囲にとても優しい。こんな様子になるのは家の中、私の前でだけ。だから、これは彼の問題と言うより自分たちの問題だから」
と抱え込むような納得の仕方をしているんですけど、この、私の前でだけ、とか、私がいないとこの人がダメになるから、といったような考え方で相手から離れられないのは、共依存の特徴ですよね・・・。
DVも、基本的には共依存的な心理がそこに流れていたりするので・・・
だから、私は、そんな舞台は早くに降りてしまいなさい、と思うのです。自分が被害者である限り、相手は加害者の役から降りられないからです。お互いのために、ならないから。

リウ様、ごめんなさいね。
私はたぶんこのドラマは見ないと思います。でも書かれたいことの意図は何となくわかります。
実際、小さいことだったとしても、お互いのわがまま(譲れないこと)を受け入れて暮らしていかなくてはならない「家庭」というものの中には、こうした形もあるんでしょうね。

今度はもっと明るいことでコメントさせていただきますね(^^)

リウ様
今クールは「11もいる!」1本だけとなってしまい、なかなかお邪魔する機会がありませんでした。
このドラマも、何気につけたTVが1回目で途中までみてたくらい。月曜日深夜に2回目のリプレイでまた見かけたという感じです。

でもちょうどそのとき真木さん「このままでいいじゃない」の台詞に出会いました。この台詞5年くらい前まで男性の言う台詞だったんだよね。(現にそういった男友人をみんなで罵倒した経験有り。)
同棲してる二人は結婚したってこのままなんだしっていうやつ。
とうとう女性が言う台詞になってしまいましたね。

山下達郎さんが「ガラス」を少年につけて、おぉと思ったのが20年くらい前。そうしてとうとう完全に同等もしくは逆転という世の中になってしまいました。

そういう意味で感慨深いです。
もうすぐ、151回目のプロポーズを女性がするドラマがでてくるやもしれません。

samantha様
再コメント下さり、ありがとうございます。

共依存、ですか。
そう言えば、はたから見ていてこんなひどい男によくついていくな、と思った女性が 「私がいないとこの人はダメになってしまう」 という話はどこかで何度も聞いたことがありますね。

物理的暴力であれ言葉で罵倒する暴力であれ、男の側からすると、男は自分の不安やイライラのはけ口をパートナーに向けている、という点で、やはり自分が凌辱できる相手を、必要としている。

このドラマでDVを受ける木村多江サンを見ていて、「どうも自分も悲劇のヒロインに浸りたがっている」 という傾向も、少し感じました。

「悲劇の」 という冠がつこうと、ヒロイン(女性の主役)はヒロインである。 主役につけない人生を歩んできた自分のコンプレックスが、試練を自ら進んで受け入れることで、ある種の満足を得ようとしている。

別次元の話になってしまいますが、手塚治虫氏の作品 「ブッダ」 の中で、古代インドにおいて修行僧が自分に苦痛を与えることで自らの罪を滅しようとする傾向があったことも描かれていました。
話がアッチョンブリケですが(笑)、DVを修行みたいに感じている点で、感覚的にそれと似たような気がする。

私も話のセンセーショナルだけでこのドラマを見続けていいものかどうか、ちょっと迷っています。

みり様
お久しぶりです。 コメント下さり、ありがとうございます。

どうも夏ドラマから、ずっとドラマから離れている状態でいらっしゃるようですね。 「家政婦のミタ」 なんかはどうでしょう? まああまり笑えないブラックユーモアですけどね。 ただなんでも機械的にやっちゃう松嶋菜々子サンが面白いと言えば面白い。

みり様が罵倒した男が結婚に踏み切れないのと、今回の真木サンのように女が結婚を嫌がるのと、ちょっと実情としては多少違うような気はいたします。

女性の場合は結構、既婚の場合でも夫と自分とは別、という感覚がある。
結婚というのは共同生活の一種の契約である、という傾向がそこに隠されている気がするのですが、だからダンナのパンツを洗うことに抵抗が出てきたり、死んでも一緒にいるなんてありえないからお墓は別々にしたいとか。
男が結婚から逃げるのは、単なる意気地なしであります(爆)。 さもなければ、「もっといい相手がいるかもしれない」 という往生際の悪さ、ですね。 女性は積極的理由で結婚を回避するけど、男性は情けないもんです

「11人もいる!」 のレビューにはなかなか至りませんが、またみり様とお話できるドラマに巡り合えるといいな、と思います

リウ様

たしかに、男と女では「今と同じでいいじゃん」の意味は違いますね。

ん〜、でも一緒かな。
「妻」となったとたん、本人の気持ちの持ちようとは関係なく社会的責任や慣習的視線を受けるから。(奥さんなんだから、奥さんなのに、etc)

「家政婦のミタ」をここで語ってすみません。1話をちょこっとだけ見て判断したのですが、「家庭」が職場はきついです。
家庭って血縁や同じ長い時間を基盤に、多少の意見の違いを飲み込んでいる場所だから、それをビジネスの場と同じに断裁されては困ります。そこが全くリアル感がないです。

たぶん「11にんもいる!」が好きな理由はあの三浦さんの立場ってほとんど家政婦さんと同じようなモノだけれど、
家族会議と言う名の場で
別に会議するんでなく自分の考えを述べるでしょ。
それに答えなんてないけれど、それを受け止めた家族は「あいつはそう考えてるんだ」と
許容するじゃないですか。それが家庭だと思うんですよ。
周りはいじめられてると思っていたら、本人は自分のキャラだと思って楽しんでいる、みたいな。見方をかえれば変えた分の解釈がある。そういうところが、コメディの本質みたいな。

そういう意味では、時間が許せば「妖怪人間」見てますけど。
なんだか、近況報告になってしまいすみません。

みり様
再コメント下さり、ありがとうございます。 返信がまことに遅れました。 大変申し訳ありません。

まあ、「結婚したくない人」 というのは男女にかかわらず、モラトリアムのひとつの症状でもありますよね。 大人としての責任を持つのがイヤ、みたいな。 パートナーがいる、ということに関して男は社会的な立場が向上する(まわりの目が変わってくる、給料も違ってくるなど)という側面がありますが、女性の場合まだまだ、結婚していることが社会的評価でマイナス要因になってしまうケースが多い(産休・育児絡みの休みを突然取られるとか)気がします。

「家政婦のミタ」 に関しては私の場合、最初の時点で 「この家政婦、熱いものを持って平気だったり、あり得ねー」 と感じてからは、「怖いおとぎ話」 の感覚で見ております。 ドラマというのはリアルであることが重要な場合と、リアルでないほうが効果的なものとがありますが、このドラマは後者でしょうね。 まあ、好みの問題もございますので…。

「11人もいる!」 に三浦サンっていたかな~?って考えて、たぶん光浦サンのことだと勝手に解釈して話を続けますが、すぐにちゃぶ台ひっくり返したり、面白いですよね。 光浦サンは実に正論なことを言ってるのに、「家族だから親バカで間違っててもいい」 なんて返されたり。 どっちも正しい、というのが面白い。

いじめられてるのをかまってもらってるみたいな感覚で、ちっとも苦にしていない男の子(えーと、四男?…笑)も、フツーああまでされれば苦痛を感じると思うのに。
人間、苦痛を感じてしまうからこそ、心が傷ついていく、ノーテンキでも苦痛を感じなければ悲しみも存在しない、という、「すべて許されてしまう世界」 が存在している気がしますね、あのドラマには。
だから根本的に悪人が登場しない。
まだ録画したものを途中までしか見てませんけど、たぶんダイナミック父ちゃんも鈴木ソアラのコワモテのニーチャンも、実はいい人なんじゃないのかな?なんて考えながら見てます。
ウッ、なんか記事としてまとめたくなってきたな~(笑)。

「妖怪人間」 は初回のみのレビューで語り尽くしちゃった感じがしたのですが、原作アニメと違って、「人間の醜さ」 をステレオタイプに描くんじゃなくて、いろんなパターンの、「人が闇に囚われる要因」 というものを描き出している点が、面白いと感じています。 あとは杏サンのベラ(笑)。 ツンデレではないんですよね。 絶対デレッとしない。 でも結果的に見ていてヤケに可笑しい。 こういう 「デレ」 の表現もあるのかな、なんて見てます。

リウ様

あは、間違えました。
三浦さんじゃなく、光浦さんです。
(読み替え、ありがとうございます。)

ドラマは見ていないですけれど、
このブログはみてますよ。(で、余計ドラマを見た気になっちゃたり・・・)
楽しませていただいています。

みり様
よかったです、こちらの憶測が当たってて

このブログにお立ち寄り、とのこと、それでは 「家政婦のミタ」 が怖いおとぎ話、というのも御承知でしたかね(笑)。  まあ書いたり書かなかったりということが今クール私もあまりにも多いので、当てにできないところが恐縮なのですが…。

DVDで観て面白かったので誰か何か書いてないかと思いやってきました。

とても楽しく深い(?)評論をありがとうございます。

ただ、一つだけ同意できないことがあります。身体の関係を引きずるのは「女」でしょ?最近は真木よう子のような女性が増えてるんですか?いやいや、ボクは見たことありません。リウさんは違うみたいですけど「一夜限り」がOKなのは断然男ですよ!男性ってのは女性と違ってそういう性なんだから。ボクは完全OKです(笑

・・・私が古いだけ・・・?

Silom様
はじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

や~、そうなんですか!

私も恋愛経験豊富ではないので、滅多なことは申せませんが、ほんの数人付き合った経験から言わせていただくと、女性って気持ちが醒めてしまうと、とことん冷たいです(笑)。

嫌いになると相手が息してるのもイヤ、とゆー感じだったですね(爆)。

だからいくら体の関係があったとしても、もーう後腐れがなくて(ふぅ…)。

…なにを書いとるんでしょ~か?

まあね。。。そういう意味では冷たいですねえ。

でも、終わった後にしばらくまどろんでいたいのは女で、「早く帰って欲しいなあ・・」と思うのは男(私)ですよ(笑笑笑

Silom様
レス下さり、ありがとうございます。

確かに男は、事後は余韻なんか楽しんでられませんよね~(笑)。 とっとと寝たいです(だから何の話をさせるんですか…爆)。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「カレ、夫、男友達」 第2回 落差がありすぎる、このドラマ:

« 「カーネーション」 第6週 意気に感じる、ということ | トップページ | 「土曜スタジオパーク」 小林薫サン登場 »

2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ