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2011年11月 2日 (水)

「江~姫たちの戦国~」 第42回 構造的に江が主役、は無理

 今回を入れて、あと5回。
 ここ数回の豊臣滅亡へのカウントダウンの描写は、実に大河らしい仕上がりとなっている気がいたします。
 ところが前回以上に、今回の江(上野樹里チャン)は、完全なる蚊帳の外。

 当ブログ内でコメントも含め何度か指摘していることですが、この物語の主役は江です。 実際の話、江は祈ることくらいしかできなかったかもしれませんが、紛れもない当事者のひとりとして、いかようにも話は創作できるはずです。 脚本家はどうしてこれほどまでに江を疎外させたがるのでしょう。

 ここ数回の話の盛り上がりと逆に疎外される江を見ていて強く感じるのは、そもそもドラマの全体的な構想の段階、つまりごく初期の段階で、脚本家は物語の最大のクライマックスを 「豊臣滅亡」 に据えてしまっているように思えることです。

 次回(43回)で淀と秀頼が自刃し豊臣が滅亡する、となると、その後の話はもうすでに3回しか残っていません。
 つまり脚本家は、豊臣滅亡後の春日局の話など、どうでもいいと考えている。 3回もあればじゅうぶん、と考えている。
 「江が主人公」、というドラマは、もうこの初期の時点で破綻した、と言えます。 構造的に必然、なんですよ。

 最初っから豊臣滅亡をメインに考えている以上、7歳の段階で大人の上野樹里チャンを無理やり登場させたって、脚本家はいっこうに構わない。
 さらに茶々(のちの淀)と秀吉との恋愛を長々とやらなければ、今回の淀の心理状態もあそこまで感動的に打ち出せないからくりになっている。

 「クライマックスは豊臣滅亡」、と作り手が設定してしまったら、主役はどうしたって豊臣、徳川と淀になる。 そしてそのクライマックスで、江は仲間はずれの虚しさだけを噛みしめて事態を傍観するしかなくなる。 「江が主役のドラマ」 として、この成り行きは誤りである、と断定せざるを得ません。

 物語の初期の段階では、江の守護神として信長を配置することで、江の存在感にある一定の役割を与えようとした痕跡も見えるのですが、脚本家はいつの間にか、「信長の姪」 としての存在感を希薄化してしまった。
 そのため江は秀吉の死後、一気に主役としての華を失っていくのです。

 いっぽうで脚本家はここ数回、豊臣秀頼を強力な駒として配している。 秀頼がこれまでの歴史ドラマになく生き生きと描写され、そのために家康の焦りに強い説得力が生まれている。

 そのうえ脚本家はここに、自らのお気に入りの向井理(敬称略)を絡ませようと画策し、今回あり得ない秀頼と秀忠の会見を作った。

 この 「あり得ない」 会見は予想以上の効果を生み、ドラマを見ている側としては、あり得ないなりに話の説得力が増して引き込まれました、確かに。

 この会見を 「あり得ない」 と切り捨てるのがこのドラマに批判的な視聴者であることは論を待ちません。

 だいたい草刈サンがとっかかりはいましたが、この秀頼秀忠会見、ほぼ両者とも無防備状態。
 隙あらばどっちかがどっちかに斬りつけたり捕縛したりできる。

 けれどもこの秀忠の大坂城潜入、というエピソードをつけることによって、ドラマは淀と秀頼の 「引きこもり」 ぶりが事態を誤らせた原因であることを活写し、それに同調しようとする秀忠のモラトリアムを浮き彫りにさせた。
 同類なんですよ、要するに 「世間知らず」、という点に於いて、秀頼と秀忠、淀は。

 大坂城を出たことがないがゆえに、秀頼は自分の居城(つまり現代風に言い換えれば自分の部屋、自分のパソコン内、といってもいい)が破壊されたことに必要以上にセンチメンタルになり、自分の居場所への確執が制御できなくなっていく。
 淀にしても大坂城は秀吉との愛の舞台であったがゆえに、その秀吉の威光を守ることに囚われ権力のパワーバランスの齟齬に目を向けることが出来なくなった。
 秀忠はとても的確な分析者であるけれども、それがゆえに権力の二重構造、という理想の非現実さに打ち勝てない。

 ここらへんの構造を描き切ったことには賞賛をいたしたいのですが、我に返れば、「江はじゃ、主役でなくたっていいよね」、ということなのです。

 今回見ていて気になったもうひとつの点は、初が家康の側室とネゴシエイトに臨むその描写。
 ここ、初の存在感を増すすごいチャンスなのではないか、と思ったのですが、会見の内容はあっさりとカット、次の瞬間には会見後クタクタになってひざから崩れ落ちる初の姿。

 つまり、脚本家は江と同様、初についても全く関心がない。

 脚本家が関心があるのは、淀だけだ、ということになる。

 だったら 「淀~姫たちの戦国~」 というタイトルにしたほうが、ずっとしっくりいくのです。

 今まであまりスポットの当たらなかった江についてやるドラマ、ということで、こちらは期待して見ている。
 脚本家はそれをハナから、 「無理」 と投げ出している。

 このドラマが江以外の物語をいくら完璧に作っても、そこに意味は存在しない。
 厳しい言い方ですが、今回江以外の話にとても引き込まれたからこそ、私はそう考えてしまうのです。

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コメント


「淀~姫たちの戦国~」に一票。ほんと、同感です。

次回予告も、まるで主役は淀。江の存在意義がサッパリわかりません。

今回、江は5分も出てなかったんじゃないでしょうか。主役なのに・・・

でも、江が出ないほうがドラマとしては良いっていうのも問題ですよね。樹里ちゃんが不憫です。

 江ちゃん一応主役のはずなのに、今回いらない子でしたね。冒頭の「報告をあげろ。」と家臣に江戸城で言うところもなくてもいいし、福との「豊臣憎し」についてバトルするシーンもいらないし。先生としては主役だからセリフを書いたのでしょうけど、秀吉が死んだ時に江は豊臣への憎しみを乗り越えているし(先生の脚本で)、秀吉が、福の父が仕えた光秀を討ったのは、信長を謀反で光秀が滅ぼしたからだし、江ちゃんは光秀の娘ガラシャが憎しみに生きてなかった事を知っているわけだし、福が欠陥のある乳母という事示すセリフにしかならないと思いますので、いらないと思いました。福の豊臣への憎しみが徳川の次期統領の竹千代に必要だとは思えません。徳川はもともと所領を持った家で現将軍家。豊臣に滅ぼされてもいないし。こんな乳母クビにしろ!富田さんも気の毒です。

 初ちゃんの交渉は、唯一の見せ場のはずなのに、へたりこんだだけで終わりました。お菓子の初ちゃんより短い。未来の私たちは、この交渉が一時凌ぎにしかすぎなかった事を知っているけど、初ちゃんもどうでもいいわけですね。先生は。

 秀忠と秀頼の対面は、役者さんのがんばりで見応えはありました。2代目同士、世間知らず同士。でも、大阪城に現将軍が潜入してきたら、人質にされます!豊臣は汚い戦はしないという事でしょうが、ありえない。馬鹿将軍です。

 でも秀頼のセリフは心動かされました。おそらく秀忠が淀と秀頼を殺せと命令するという先生の設定のための動機づけになるでのしょう。「城から出たら、秀頼は死ぬ」というのは。大阪城で秀忠はてっきり千姫にこっそり会うのかと思ってましたが、会ったのは幸村でした。供なしで秀忠危ないです。やってる事が昔の江ちゃんみたいです。

 江ちゃんを主役にお話しを作るのは先生には、無理だったのでしょう。初ちゃんの交渉だって、ナレーションで済ませたのですから。淀が主役で良かったと思います。歴史的に悪女の淀は主役にできなかったのかもしれません。日野富子の例もあるのだし、淀も大丈夫だと思いますが。江ちゃんの方が目新しいから選ばれたのでしょうが、今回、最後に秀忠が謝ってくれるシーンにしか、江ちゃんはいらなかったのではないかと思いました。こんな主役って可哀想過ぎます。お話は面白かったのですが。

 

 

 

 

 

 

希代加様
コメント下さり、ありがとうございます。

次回は淀の壮絶な死ですから、どうあったって淀が主役になってしまうのは分かるんですけどね…。

けれども最大の問題は、1年間の長丁場でのクライマックスで江が蚊帳の外、というドラマの構造自体だと思うのです。

江の人生をトータルで考えてあげたら、春日局との確執をもっと正面から据えてあげたほうがよろしい気が、いたすんですけどね。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

今回の江の出演シーンに関しては、ささ様の解説通りだと私も考えます。

まず冒頭のすべて私に報告しなければ、私が大坂城に参る、という家臣への命令も、「だからどうした」 という感じ。 家臣に対して見得を切ったってしょうがないじゃないですか。 無意味なんですよ、要するに。 物語に何の影響力もない。

江を話の核心に迫らせるには、今回家康がことさら、豊臣に危害は加えない、ということに執心してましたけど、そこに江の思惑が加わっていたみたいに見せるとか。 シロートの私でもそのくらいのことは考えつく。 そのために冬の陣直近で江の家康へのインパクトの強いネゴシエイトを創作するべき。

ああすりゃいいこうすりゃいい、というのはすでに全部撮り終えているドラマに関して、まあしつこいですけど無駄な話ですけどね…。

福の豊臣への憎しみにしても、そもそも場違いなのですが、このドラマではそれを、豊臣滅亡の機運を下から支えるエイトス形成の道具としてしまっている。

ささ様ご指摘の通りこの福の確執は、簡単に解けるフラグがこのドラマの場合数多く立ってしまってますから、残り3回(3回もやらんだろうなあ…)もありゃじゅうぶんだと予想がついてしまう。

予算がないからほかの家臣はついてこないにしろ、草刈サンは最後まで秀忠のまわりをしっかりと固めるだろう、と考えていたら、なんとまあ見ている限り、秀忠には味方が誰も護衛してない。

なんなんですかね、この無防備。
よっぽど性善説に頼りたいんでしょうが、危機管理能力が著しく欠如してますよ、だってなんでもありの下克上の世の中じゃないですか。 現在以上に危ない。

淀については、「なるほど、だから秀吉と何の疑義も差し挟まないプラトニックラヴという方向で長々とやってたんだな」、というのが今回とてもよく分かった。 お膳立てが完璧になされているんですよ、淀だけは。

だったらタイトルを 「淀」 にしてしまえ、ということですよね。

このドラマ、秀吉が死んで以降、江を出産マシーンとしか描いていない。
だから薄っぺらなんですよ!(怒りを込めて…)

 この状況で江のできる事って祈る事だけなの?って事です。秀忠や豊臣方を案じると言う事の一つとして、福との諍いが描かれたのでしょうが、もっと違う案じ方があったはず。素人の浅知恵ですいません。お城中の神社仏閣に祈っていた過去より何もしてません。あれはおおば様でしたが。写経でも何でも、淀や初からの手紙を読んで懐かしむとか、千姫の羽子板を取り出して泣くとか、家臣を呼びつけて報告を何度もさせるとか、ついでに初ちゃんに交渉をちゃんとやらせて、江ちゃんに経過をお知らせするとか、いろいろあるのじゃないかしら。秀忠の大阪城訪問をやるなら、主役が、家康に直訴してもいいのじゃないかしら?史実無視なのはもう批判され尽くしているのだから。夏の陣でやるとか?江ちゃんがいらない子過ぎて、泣けてきます。主役はお姉ちゃんじゃなくて江ちゃんよ。

 秀忠がかるーい扱いで、本当に将軍様なの?いつ暗殺されてもおかしくありません。幸村に「不審者として斬れ」ってテレビに向かって命令してやりました。性善説も極まれりですね。平和ボケしたお話。戦の後なのに。火事の時も一人飛び込んでいくヒーローな秀忠くんの見せ場なのでしょうけど。先生渾身の創作にケチつけて申し訳ありません。

 というわけで、お話としては面白かったのですが、不満たらたらでした。お姫様って何もできない、家柄や出自にだけこだわって、子供産むくらいしか役に立たない、本当はいらない子っていうのが先生の訴えたいセレブへの思いっていう事なら、納得ですけどね。そこに樹理ちゃんを巻き込まないで。ドラマは撮影が終わったのに、不憫に思ってしまいます。樹理ちゃん、がんばれ。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

上野樹里チャンが江を演じるうえで、年齢を重ねるごとに静かな演技になってきたというのは見ていてよく分かるのですが、どうも田渕某はそれが物足りない、などとラジオ深夜便で話していたらしいです(自分で直接仕込んだ情報でないので恐縮ですが)。 徹頭徹尾、火を吐くような初期の方向でやってほしかったみたいですね。

それを念頭に置いて今回の樹里チャンの演技を見ていると、やはり家臣に向かって火を吐く演技のほうが、インパクトは強い、とは思います。

けれどもそれはただ、インパクトが強い、というだけ。
プロットの部分で江の存在感が打ち出せていないから、「もっと激しく演技して」 みたいな注文が出るのもお門違いだと思う。
却って樹里チャンの静かな演技のほうが効果的な気もする、のですが、やはりそれにも限界があり(過ぎ)ます。

秀忠の行動基準のなかで、関ヶ原遅参の原因を作った真田幸村への確執が絡んでいる、という作り手の話は結構面白いとは感じました。

ただだからと言って、秀忠が急に豊臣憎しになるわけでもない。 幸村への確執から豊臣に対する思いを変化させていく、という秀忠の心の動きがあったら、もっと面白かったかもしれません。

まあ、全体的に見ていて感じるのは、「男目線の話じゃん」 ということですかね(笑)。

だから女なんか子作りマシーンだし、下らない確執で子供を洗脳させて火種を作りたがるし、

…女性蔑視のドラマですね…。

 淀と秀吉の恋愛模様だって、いずれ巡り巡って江ちゃんに返ってくるのだろうとあの頃は思っていたのです。去年の龍馬が土佐の戻って大殿様に向かい合う為に土佐勤皇党の弾圧があったように。

 だけど、あれはただ先生が茶々を描きたいだけだったのですね。樹理ちゃんののだめ演技もずっとを希望されていたのですか?だったら、のだめの脚本家に江ちゃん版を書いてもらった方が。「のだめが江だったらで。」

 樹理ちゃんも葛藤しながら江に取り組んでいたとどこかで読んだのですが。可哀想だなと思います。先生は江ちゃんに向かい合うつもりはなかったとしか思えません。主役にしておきながら。信長の姪、秀忠の妻、将軍の母、天皇の祖母というブランドだけを利用しただけ。まあお話自体上っ面だけの歴史物ですから、歴史ヒストリアの方がましだったりするし。

 演技派の方達は先生の脚本でもそれを上乗せする演技で見せる事ができるでしょう。淀の宮沢さんや大竹さん、石坂さん、北村さん。北大路さんとか。樹理ちゃんはその中で主役らしい脚本を与えられていません。秀忠も向井くんがイケメンのおかげで、先生の脚本を補っている始末。

 先生は江を書きあげて、世界旅行にお出かけしたらしいのでぐだぐだ文句を書かせていただきました。ぐだぐだすらなくなって、江ちゃんは江戸城で一人留守番。だったら、大阪城じゃなくて、江戸城が舞台になるはずなのに、みんな大阪へ。

 もうありえない。樹理ちゃんに文句たれるくらいの脚本を先生は書いているのか!そっちが問題です。別に樹理ちゃんのファンではないけど、可哀想に思ってしまいました。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

樹里チャンは江を大人にしたい。 だから徐々に大人の演技に移行しているのに、脚本は全く江の内面に切り込んでこない。 これじゃ葛藤するはずです。 樹里チャンがカワイソウ、というのは確実だと思うんですけどね…。

もし脚本家が江の事をちょっとでも考えているのであれば、大坂城の堀を埋められたことを知った江が(知った、という描写すらない)大坂城に於ける過ぎし日の秀吉との猿蟹合戦を思い出したり、姉が秀吉と深い仲になるのに 「ムキーッ」 となっていたことを思い出して、「わたくしも、あの頃はあの猿のどこがいいのか分からなかったが、亡くなって初めてその存在の意味に気付いた…姉上はそのことにいち早く気付いていた…その、姉上と秀吉殿の思い出の地である大坂城におおづつを打ち込み、堀を埋め、まる裸にさせてしまうとは…」 とか思いをさせるのも、実に効果的な物語総括の方法ではないでしょうか(以上、「私ならこうする」 でした…笑)。

まあ、脚本家先生は 「戦国のだめ編」 を考えていたわけじゃないんでしょうけど、…前半は明らかにのだめでしたけどねcoldsweats01

次回は確実に淀が出ずっぱりで感動巨編になると思いますが、この記事本文で書いたように、私はいくら話がよくできていても、やはり江が主役でないドラマには、意味がない、と感じることでしょうね。 で、残り3回、帳尻合わせのように江が主役になっても、やっぱり意味がない、と感じるでしょうね。

 次回は事実上の感動の最終回!でも多分後何回かの追加分も樹理ちゃんのために見ます。

 ここまで来たら惰性かしら?意地かしら?今までだったら、とっくに見捨てているのだけど。篤姫だって捨てたのに。内容なんてもうどうでもいいし。よくないけど。(笑)

 淀と秀頼は魅力的なので、次回は楽しみにします。でも江ちゃんは何かやる事があるのでしょうか。福とのバトルも飽きてきたのですが。竹千代くんを演じている子役さんが気の毒だし。

 先生は10年後ごろにNHKから依頼されたら大河をまたやるかもとおっしゃっておられるようです。10年たったら、新鋭が出てきます。もし、NHKが今年に懲りずに依頼したら、脚本家が誰もいなくなった時だし、大河は終わっているでしょう。そんな怖い未来は考えたくないです。江ちゃんで終わりにしましょう。天地人を超える大河を書いた先生は確かに凄いですけど。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマに執心してしまうのは、まず樹里チャンに対するシンパシーが原因だとは思うのですが、やっぱりこう、「大河ドラマかくあるべし」 というこっちだけのこだわりが、そうさせるんでしょうね(つまりNHK側にはこだわりがない)。

それと私の場合は、ささ様という 「文句を言い合って満足する」(笑)話相手が出来たことが大きいです。 先にも書きましたが、ささ様のコメントがなければ、ここまで真面目に見ようとしませんでしたよ、このドラマ。

大河ドラマは皆勤賞みたいな感じで私も書いておりますが、やはりつまんなくて途中で見なくなった大河も、過去に何作かあります。
このドラマも普通だったらもうとっくにリタイア、です。

でもここまでひどい話、というのも珍しいので、「どこまでひどいんだろう」 という意地悪な興味みたいなものもあるかなー。 「天地人」 以上の傑作がここにあった!(スゲー皮肉…爆)。

 今日、良かったのだけど、釈然としないのはどうしたものでしょうか。淀に泣きそうになりました。つい。秀頼も良かったです。宮沢りえで感動する日がくるとは。美しい淀殿でした。脚本の出来を演技が上回っていたと思います。リウ様も事実上の最終回を楽しんでください。

ささ様
淀自害のご案内をしていただき、ありがとうございます。

結局、「最悪のときに最善の力を出すことの重要さ」 を、この 「江」 に出演されたすべての役者のかたがた、スタッフのかたがたから学んでいる気がいたします。

その努力を考えると、泣けます。

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  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

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    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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