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2011年11月 7日 (月)

「江~姫たちの戦国~」 第43回 秀忠の変心を裏付ける説得力…なし

 見返す気力がないので記憶の糸をたどりながらの話になってしまうのですが。

 まず今回の、秀頼、淀の自刃に至るまでのお話、淀の行く末に母お市の方と父浅井長政の思いを絡ませリンクさせた、という点に於いてはよく出来た話だったように思えます。
 いよいよ、という段になって、大坂城を退去する初が見た姉の最後の姿が、母お市の方との今生の別れの時と同じような、扉が閉じられる場面。
 そして淀の自刃の際、繰り広げられる母親の記憶。
 「琵琶の湖を秀頼にも見せてやりたかった…」 と語る淀のセリフには、幼かったころのあの妹たちとの他愛ないじゃれあいをしていた時代を懐かしむ切ない感情と、秀頼を大坂城からほとんど外に出すことのなかった母親の後悔の念が同居していて、泣かせました(泣かなかったけど…ヤ~な奴ですね、自分も)。

 まあ淀が自分の腹に刀を突き刺した作法についてもちょっと…という点はございますが、その思いは淀が手にした父親の形見、その脇差しに凝縮されております。 切腹をしなければおさまらない感情、というものを鑑みなければならない気がします。

 それに、母親の思いに殉じるのであれば、「生きよ!」 と叫んだ母親の思いにこそ耳を傾けねばならない気がするのですが、まあドラマですから(ハハ…)。 もともと脚本家先生はなにもお考えになってないようですし。

 けれどもそんな役者さんたちのがんばりも吹っ飛んでしまうような思いにさいなまれながらこの回を見終わることになろうとは、ちょっと予想外でした。

 まあ個人的にですけどね。

 その、どうしても引っかかる点というのは、最終的に大坂城に火をかけ鉄砲を撃ち込むことを命令したのが、秀忠だった、という展開です。

 どうしてこ~なる?と言いながら終わってました、今回(笑)。

 つまり、それまでこの夏の陣の陣頭指揮は、家康がやっとったわけですよ。
 秀忠は青臭い理論を振りかざして、豊臣滅亡を必死で食い止めようとする役どころ。
 家康はその秀忠の話に 「この期に及んでまだそんな甘っちょろいことを言っとんのか!そんな奴は要らん要らん、あ~もう帰りなさい」(だいぶ記憶がメチャクチャだ…爆)とまで激怒してるのに、

 いざ最終的な局面に事態が及ぶに至って、いきなり総大将の権限を秀忠へと移行する。

 ここですね。

 家康は孫の千の思いとかも視野に入れながら、悪者はすべて自分、というように仕向けているのかと考えながら見てたんですよ。
 で、最後の引導を渡すときに、秀忠流のお情けを期待して、秀忠に総大将の権限を譲ったのか、と。

 しかしですよ。

 秀忠は女房の思いも初の思いも淀の思いもすべて無視して、大坂城に火をかける。 淀と秀頼の居場所に鉄砲を打ち込めと命令する。

 なんなんだ、いったい。

 ここでよすがとなるのは、この回おね(なんとか院…)との会見の際、おねが秀忠に 「この世にはどうしても必要な戦というものがある…」 と話していたこと(ホント記憶があいまいだ…)。
 太平の世を開くために必要な戦がある、ということは、家康もそれまでに口を酸っぱくして言っていた記憶があるのですが(どうも記憶に頼ろーとするのには説得力に欠ける私…)、なんとか院の話で秀忠は、考え込んでしまうのです。

 そして秀忠にとってこれが大きいと考えられるのは、前回秀頼との 「あり得ねー会見」 で秀頼がもはやあなたとは敵同士だとか話していたこと。 つまり秀忠は、豊臣がもはや天下にとって害をなす存在になっていることをここで悟った、とも思えるのですが、ん~、分かりません。

 さらに考えられるのは、秀忠の関ヶ原遅参の原因を作った真田幸村との絡み。 しかしこの秀忠の個人的怨恨は、大坂城に火をかけ豊臣滅亡させる原因にはなりえないでしょう。

 つまりその時点で展開されている、秀忠の心変わりに関する背景に、説得力が見られないんですよ。

 だから 「どーしていきなり秀忠は今までかばってきた豊臣を根こそぎ滅亡させようとするのか?」 というのが見ていてピンとこない。

 もしこれを、次回以降で謎解きしていく、というのであれば(すんのかな?)、それは見ている側を大きく愚弄する行為である気がしてならない(オーゲサに出たな…)。
 秀忠の苦悩の謎解きをきちんとして初めて、豊臣滅亡の必然性が浮き彫りになるし、ドラマ的に盛り上がっていくものなんじゃないですか?

 「どーして秀忠は城に火をかけるんだぁぁ」 …、と考えているあいだに大野治長は鉄砲で撃たれてあえなく戦死、淀の乳母さんは頸動脈に刃を当て、秀頼と淀は自刃していき、大坂城炎上をおね(なんとか院)が遠くから眺め、写経している江は書き損じた箇所の 「滅」 の部分に目が釘付けになる。

 まあ私がバカだから秀忠の心変わりの原因が分からないだけかもしれませんが。

 とりあえず今回も江は空気役。 誰かに促されて(秀忠だったかな~?)淀に文を書くのですが、その内容も、概要を淀にチョコっと語らせただけで相変わらず脚本家は江の存在感をないがしろにしまくってます。 そのあと江はただひたすら写経。 大坂城に行って姉上を直接説得いたします、とか言うのが精一杯で、結局秀忠の暴走を止めることに何の影響もなかったし。 空気どころか完全に邪魔者扱い。 よくここまで主役をコケにできるもんだ。

 などと書いている途中でネットニュース(「リアルライブ」…笑)で、「上野樹里、最後まで言いたい放題、やりたい放題」 なんてニュースが飛び込んできて、思わず読んでしまいましたが(笑)、女優ならそれくらい当然でしょ。 なんか周囲のほうが勘違いしてませんかね? あんな脚本で我慢してやれってほうがどだい無理な話ですよ!

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様、本当に同感です。もう本当に本当に(笑)。

毎度のことですが、主役は誰?の呟きが止まりません。淀の演技でちょっとウルッとしても「主役、誰よ」が頭の中を駆け巡って集中出来なかったり。好きなわけではないのですが樹里ちゃんが気の毒でなりません。あんな脚本、ブチキレてもいいレベルだと思う。

秀忠がいきなり鬼の所業ってのも理解不能。リウ様のおっしゃる通り説得力皆無です。唖然としました。

それにしても、ここまで主役をないがしろにするドラマは初めて観ましたよ。福(春日局)なんて出てこなくてもよかったくらいですよね。脚本家さんは江の人生を描く気なんて全然ないんでしょうから。淀&秀頼に絡む千姫だけいればよかったんじゃないかと。

次回以降は秀忠が主役なんですかね?娘と妻に「鬼!」って責められて苦悩する秀忠、とか?ハハハ・・・

投稿: 希代加 | 2011年11月 7日 (月) 16時41分

 リウ様お疲れさまです。前々から、秀忠が淀と秀頼を殺す命令をするというのは、先生のブログのおしゃべりでわかっていたのです。どういう経緯でそうなるのかと思って見てましたが、正直なところ、さんざん逡巡したあげく暴走したとしか思えませんでした。(笑)

 多分、前回の秀頼との会見で秀頼の覚悟と豊臣にふさわしい最後というのを熟慮した結果と、ねねさんに会って、「泰平の世のために必要な戦もある」と言われた事、もう一つ、「家康が豊臣を潰したいのは秀忠のためを思っての事」と言われた事。これは私の邪推かもしれませんが、秀忠にとって家康の豊臣潰しは納得がいかないようでしたが、それが「自分のため」と、他人から、豊臣の北政所から言われた事は重いと思うのです。秀吉は秀頼のためになりふりかまわずだったけど、家康もそうなのだと指摘されたようなものですから。でも私には穏健派の人が、まわりから追い込まれて暴走したように見えました。(笑)

 江ちゃんは写経。最初は予知夢。最後は怪奇現象とか。やることって本当に無いのですね。おまけの3回では主役に戻るのでしょうか。

 ただ、淀の演技、宮沢さんは素晴らしかったと思います。最後の自刃はちょっと、介錯くらいつくのじゃないかとも思いましたが、親子二人一緒に旅立たせるための画なのだと思っています。(侍女さんたちが一斉射撃されたり、そういうところは残酷シーンという事で規制しないのだなと思いました。)私は琵琶の湖のくだりで泣きそうになりました。母と姉妹で見ていた琵琶湖、でも彼女はあれから帰らなかったし、秀頼は大阪城からほとんど出たことがない、琵琶湖すら見ていない。母として、助けたかった息子と黄泉に旅立つというのは、心強くもあるけど、無念でもあるのだろうとか考えました。りえちゃんの淀は素晴らしかったです。でもこのドラマ「江」ですよね。樹理ちゃんの江が素敵だったと思える日はくるのでしょうか。樹理ちゃんが言いたい放題?、上等じゃないですか。やっと自由になれたのね。がんばれ、樹理ちゃん。

 
 

投稿: ささ | 2011年11月 7日 (月) 20時19分

希代加様
コメント下さり、ありがとうございます。

結構調子に乗って書いてしまった文章で、心から賛同されてしまうとちょっと面食らってしまいますcoldsweats01。 言い出しっぺなんですけどね…。

樹里チャンのネットニュースに関しては、まあソースがリアルライブですから話半分以下なのですが、NHK関係者(と名乗る時点でもう怪しい…笑)の証言として 「地震のテロップが自分の顔にかかるのをなんとかして!とかわがままを言い、演出にイチャモンをつけたり勝手にほかの出演者の撮影を見に行ったりする」 とか。

地震のテロップが顔にかかるというのも女優としては当然のことで、世はすでに横長画面の時代なのですから、左右どちらかのはじに出すとかの配慮があってもいい。

演出が疑問なら反駁するのも当然。 特に今回は話がハチャメチャですからね(同じハチャメチャでも 「のだめ」 はよかったですけど)。

ほかの出演者の演技を見たい、というのも、女優としての向上心と受け取ってあげたらいいのに。
そりゃ嫌がる役者さんもいるでしょうけど、そんなのに構っていたら勉強なんかできやしません(どうも朝ドラヒロインの猪突猛進ぶりに感化されている…笑)。

次回、秀忠が江になじられるのは、もう必然と言っていいでしょうね(爆)。

投稿: リウ | 2011年11月 8日 (火) 07時11分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

私もささ様とのやり取りだったか、件の田渕女史のブログだったかで、秀忠が最終的に豊臣に引導を渡すと聞き及んでおりましたので、「どうやって秀忠が心変わりをするのか?」 という点に注目しながら見ていました。

そこに集中して見ていた結果、感じたことはささ様とほぼ一緒です。 結局あーだこーだと理由を考えついたあげくどれも決定力不足で却って話がグダグダになり、混乱を極める中で周囲の状況に追い詰められて暴走!(笑)。
というより自爆!という感じだったですけど(爆)。

そっちに神経を集中していたせいか、淀の自害は思ったほど感動させてくれず…。

確かによかったんですよ、宮沢りえチャン。 どうして彼女たちがあの幼女時代から出演せざるを得なかったのかも、なんとなく理解が出来たほど。 だってこれだけ弱い話の中で、子役になんか任せていたら、今回の回想シーンだって、アレ?誰が江で誰が茶々?みたいなことが起こったかも知れませんからね。

琵琶湖のセリフでは私も思わず鼻の奥がキュン!(ハハ…)。 でもそれ以上、泣かせてくれないんだなあ…。 湖のほとりでじゃれあってる三姉妹のシーンなんかをもっとしつこく見せてくれたら、泣けたかも。 確かそれを見つめるお市の方と、もうひとり織田信包(小林隆サン…今書くのにど忘れしててウィキで調べました…笑)が優しくそれを見守ってましたよね。 この、三姉妹を見守るふたりを回想で出さなければ、お涙頂戴にまで至らない、という気はします。 だって淀にとっては、豊臣や秀頼を守ることも必要なかった、自分が誰かから、ひたすら守られていた時代、だったのですから。 物語全体のキモを押さえていれば、どうすればより効果的なのかは、おのずから見えてくるはずなのですが。

亡くなった瞬間にろうそくの火がシュッ!…とか(笑)、これはもうこのドラマ独自のスタイルとして私は受けとりました(爆)。 使い古された手ですけど。 私も結構そういう 「虫の知らせ」 的なことって信じるほうだから、信長が死んだときに江の後ろで手綱を引いた、という場面には、ちょっと感動した記憶があります(最初のうちはかなりこのドラマを擁護してました、思い返せば)(ところが見ていくうちに、もうどうにも擁護しきれなくなった…爆)。

自刃のシーンは、女性は腹をかっさばくかなあ?なんて思ったのですが、まあその作法はよく知りません。

樹里チャンが言いたい放題、というのはドラマ撮影中のことで(詳細は希代加様への返信に記しました)ドラマ撮影後はどうか知らないのですが、まあいい加減な記事でした。 ネットの芸能記事は、質が低いのが多過ぎる(まあタダで提供している、という時点で程度は知れますけど)。

投稿: リウ | 2011年11月 8日 (火) 07時40分

 樹理ちゃんのその撮影中の話題も以前に読みました。私は清盛とのバトンタッチ式での樹理ちゃんかとリウ様の記事に勘違いしたのです。もうバトンタッチが済んだそうです。清盛にアドバイスしたそうですよ。

 琵琶湖の回想、もう少しあれば江ちゃんの出番も増えたかもです。江が主役なのに、5分も出てないのですから。龍馬が5分しか出てこない「龍馬伝」とか、兼続が5分しか出てこない「天地人」とか、その方が面白くても、ありえないのではないでしょうか。樹理ちゃんや江への扱いがひどすぎる。「天地人」が無理矢理兼続のシーンを増やして、千姫救出や幸村との密会とかを創作したのは、いただけないという人も多かったでしょうが、主役だから、許されていたわけです。江という女性を主役に据えた以上彼女の視点からの歴史ドラマを見る覚悟が視聴者にはあったはずなのに。写経しか描けないのかしら?何のために政治に江は口出ししてきたのか。秀吉や家康に文句言ってきたのか。意味ないと思います。

 先生は何も考えてないでしょうけど。江への愛情もないし。

 お話として、とても面白かったし、江の中でも見応えのあった回でした。淀を宮沢さんにしたのは、大正解でした。このためのキャスティングだったのね。秀頼も良かった。で、主役として、成長するのは江じゃなくて、秀忠なのですか!だったら「秀忠と江」にすれば?とか思ってしまいます。先生とお兄さんの頑張りも伺える回でしたけど、釈然としない。事実上の最終回でいいのでしょうか。「江」として。(言ってるくせに、ごめんなさい。)でもここに至ってもまだ文句がたらたら言える、貴重な?大河ドラマであることは確かです。天地人をかるーく超えたと思います。天地人はまだ大河ドラマの範疇だったけど、江は大河を超えていますもの。(笑)おまけの回は本編より面白いのでしょうか。頑張って見ます。 

 

 

 

投稿: ささ | 2011年11月 8日 (火) 08時56分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

そうそう、そのバトンタッチの記事でした。 それにそのNHK関係者の話とかがついてた感じ。

上野樹里チャンって、「鶴瓶の家族に乾杯」 にゲスト出演したときに思ったのですが、かなり感覚的にのだめに似ていて、天然キャラかつとても強いこだわりがある人なんじゃないかと。

だから他人から見て理解し難い言動に出る場合がある。 でも彼女の本質を見ていれば、それはおのずと理解できる範疇だと思うんですよ。

NHK関係者がどのような気持ちでリアルライブの記者にべらべらしゃべったかは分かりませんが、おそらく 「彼女はひとのことを考えて行動しなさすぎる」 という感覚だったのだと思います。 記者は記者で、「これであの理解不能娘をけなせる」 とでも考えたのかな。 NHK関係者は自分の正義感を表明したくて、他人の迷惑を考えろということを言いたくて記者にしゃべったのでしょうが、自分の局の大河主演女優を守ろう、という気持ちに欠けている。

ひとつのヨタ記事にはそんな思惑がいろいろ隠されているから、信用ならないのです。

また、事実を淡々と書いている記事でも、その方向性が偏っていれば、またそれで人心操作の手段となり得る。

原発のニュースや被災地の現状のニュースをやったあとに東電への公的支援がどうとかいうニュースをやれば、東電への風当たりが強くなる、というカラクリでも、そんなことを感じます(この例はちょっと不適当で、実際東電の社員にボーナス、などと聞くと頭おかしいんじゃないの?とか思いますけど)。

話はずれてしまいましたが、「天地人」 のとき、たしかに妻夫木クンが千姫を救出してましたね(笑)。 どうも大河でこういうスゴイ作り話をされると、どれが本物なんだろう、という気はしてきちゃいますよね。
結局その作り話が面白ければ許せちゃうんでしょうけど、「天地人」 の場合でも話がグダグダだから、記憶が悪影響にしか作用しない。

「江」 の場合 「天地人」 の足元にも及ばないですけど(駄作の足元にも及ばない酷い出来って…)、「アレ?伊賀越えに江が同行してなかったっけ?」 などと、数年後にどこかで同じ話を見たときに思わなきゃいいんですが…coldsweats01

投稿: リウ | 2011年11月 8日 (火) 16時48分

 樹里ちゃんは松ケンくんに、NHKはお菓子とか用意してくれないので、ご飯ものとか自分たちで用意するようにとか、撮影が遅くまで長引かないようにするには、俳優も主張しなくてはならないというような事をおっしゃったみたいです。お菓子については、NHKから受信料で運営されているから用意できないと弁解があったそうです。

 人の事を考えてないのではなく、松ケンくん達が、民放や映画の現場と違って戸惑わないようにアドバイスしただけのようです。

 NHKとして樹里ちゃんに感謝する事はあっても文句言えるわけがありません。このドラマに主演してくれたのですよ。昔、朝ドラで世話になったからかもですけど、このひどい脚本のドラマにいろいろ批判されながらも完走したのですから。強いこだわりとかなかったら、女優なんてできないのではないでしょうか。将来もっと演じ甲斐のある役で女優として輝いてほしいです。

 マスコミってうまい具合に操作してます。震災の時は大本営発表のようだったし、今はギリシャやイタリアの危機で日本の危機回避の為に増税やむなしになっているし。増税反対じゃありませんけど、無駄な金使いっぱなしのまま、増税しても財政再建できない気がします。震災の為の増税は仕方ないですけどね。この冬の節電はどうなるのでしょうか。私のまわりでは、はっきりしてくれないと、灯油ストーブを買うか決められないと言っているのですが。原発のニュースも工程表ができた頃から聞かれなくなってきたし。避難した人達の生活は大丈夫なのかしら?

 マスコミですらそうなのですから、ネットの世界はさらに狭いですよね。

 「江」は「天地人」の足元にも及ばないですか?でもそのうち、もっと凄いのが出てくるかもしれません。「天地人」から1年置いてこうなったわけですから。スポットライトとか、信玄のお洞がはりごての岩だとか、文句言ってごめんなさいです。妻夫木くんの涙はきれいでした。とか今更ですが反省しています。いつか江ちゃんに文句ばっかり言った事を反省する日がくるでしょうか。(笑)

投稿: ささ | 2011年11月 8日 (火) 20時28分

 誤記です。はりぼてが正しいですね。なまっているのかはりごてと口から出てきます。恥ずかしい!はりぼてなのは江ちゃんの脚本です。中身がないもの。天地人は最初の2カ月と最後の1カ月しか見てないくせに、最悪の大河と決めつけていたのですが、もっと凄いのを見続けるという皮肉というか矛盾した1年をおくることになりました。先生はあまり江ちゃんに愛情が無いようですけど、ダメな子って可愛いですよね。なぜか。

投稿: ささ | 2011年11月 8日 (火) 22時49分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「天地人」 は私、全部見たのですが、やはり 「ここまでひどいとどこまでひどくなるのか見てみたい」「もしかして出来のいい回もあるかもしれない」 という興味だった気がします。 そして妻夫木クンに対して結構好感度があったことも一因。 私が最後まで見たくなったその構造は、今回の 「江」 とかなり似通ってます。

私が途中で見なくなった大河は、理屈ばかりでどうにも面白くない、と感じた大河でした。 だからその年の大河は理屈好きな歴史のうるさがたを納得させる大河ドラマだったと思うのです。
そしてその年の大河は、私があまり興味を持てない役者さんが主役の大河だった。

来年の松山ケンイチサンは、確か青森の生まれで素顔はかなり朴訥とした印象を持っています(「チューボーですよ!」 に出てた時の印象デス)。 演技をまともに見たのは、橋田壽賀子サンの 「百年の愛」 だったかな~。 なかなかしっかりとした演技をする人だ、と感じました。 ちょっとばかり興味があるかな。

だから来年の大河もきっと、もしどうしようもない出来でもフォローしていくと思います。

「天地人」 のひどさは、妻夫木クンをどうしても絡めたい、というひどさではなく、私の場合 「戦というものをきれいごととして描きすぎる」 という点が許せませんでした。

その点だけに絞っても、「江」 は 「戦」 そのものさえ描いていない。 戦のひどさ、残酷さに直面したのは、秀忠だけだったんじゃないでしょうかね? 完全に別世界の出来事。 だから江の 「戦は嫌じゃ」 というのが限りなく白けて聞こえる。

「天地人」 のころの私個人のドラマに対する不満はまだ、物語の構造そのものに対する不満でしたけど、「江」 はそれ以前に、人物そのものを描けてない。 「天地人」 のころ、妻夫木クンたちは現場でディスカッションを活発にして、話を自分たちの納得できる方向に変えてしまったりもしたそうです(どこまでのニュアンスかは忘れてしまいましたが)。 これって脚本家(小松女史だったかな)に対するすごく失礼な行為だと思うのですが、脚本がダメダメだ、というのを暗にここで批判し抵抗しているのが見えた気が、していました。

「江」ではそのようなサジェッションというものがまるでないように思われる。 脚本家におびえてるのかもしれないけど(笑)、役者は自分の演技を限界以上に発揮することによってしか、このダメ脚本を乗り切れないと感じているのかもしれない。

こうなるともう、スタンドプレーの連続、ということになってしまいますよね。

岸谷サンがあそこまで秀吉像を破壊したのだって、脚本に対する抗議とも取れるし、石坂サンや北村サンの目を見張る演技も、「自分だけでなんとかするしかなかった」 という判断の結果だったのかもしれない。 要するにほかの出演者なんかかまってられない、というほどのていたらくだからこそ、スタンドプレーでドラマをドラマらしく見せる必要があった、と。

「江」 が 「天地人」 の足元にも及ばない、とする私の判断基準です。 あ~長~い返信になってしまいました~。 ごめんなさい…。

投稿: リウ | 2011年11月 9日 (水) 07時06分

 今回秀忠にお髭がついてました。お髭が悪キャラへの変身アイテムかもしれません。(笑)

 岸谷さんの秀吉、懐かしいです。あの秀吉は晩年の狂気を演じるための壊れ方だったのかもしれません。岸谷さんは朝ドラの「てるてる家族」で樹理ちゃんと親子だったので、気心もしれていたのでしょう。自分の監督した映画の主演も樹理ちゃんだし。あの頃はまだ樹理ちゃんの江が主役でしたね。秀吉を岸谷さんがぶっ壊したのは、演劇人としての抗議かもしれません。でも秀頼が思い浮かべる秀吉は限りなく慈愛に満ちている溺愛してくれた太閤殿下になってました。編集の妙で。

 江の戦嫌いの主張に訴える力が無いのは、戦に彼女がもがく様が描かれていないからだと私も思います。彼女も秀忠同様守られてきた人ですから。今回だってお手紙と写経で留守番ですから。

 私が評判がいいのに見続けなかった大河は、歴史好きの方が神とも讃える、「風林火山」。何回か見ようと思ってトライしたのですが、げんなりしてしまいました。「武田信玄」を見ていたからですかね。内野さんは「蝉しぐれ」の時は好きだったのですが、暑苦しいのは苦手です。JINの龍馬もですが。演技が上手なのはよくわかってます。舞台の彼は素晴らしいと思います。「武蔵」も楽しみにしていたのですが、すぐ挫折。でも作品としては「江」よりずっと上でしょうね。江は出来は最低ですが、どこまでひどいかだけでも見る意欲になります。ひどい。(笑)樹理ちゃんや向井くんは一生懸命やっているので、役者さんの演技で嫌だという事もないです。脚本にはあるけど。

 今回だって事実上の最終回で、盛り上がれたし。おまけつきの大河ですから。また福とバトルやりそうだし、江と千姫は秀忠をなじるようだし。これがおまけ?秀忠の心変わりの解明が次回から明かされるのなら、愚弄されているとは思いませんが、先延ばしに意味はあるのかと思います。江ちゃんを振り切った説明とかきっちりおまけなりにやってほしいかな。でも「髭を生やしたからだよ」が私としては一番お気に入りの答えです。かるーくてこのお話らしいでしょう?「天地人」の足元にも及ばない大河のおまけの回に期待しましょう。たまにおまけで得する事もありますからね。
 

 

投稿: ささ | 2011年11月 9日 (水) 21時15分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

そう言えば向井クン、ヒゲはやしてましたね。
どういう心境の変化なのかな。 オヤジに対して自分を大人に見せたい、とか。

結局どうして秀忠が心変わりをしたか、ということも、私はその回のうちにある程度見ている側が察しがつくような展開には、最低限しなければいけない、と考えます。

けれどもこの回に提示されたファクターは、そのどれもが決定力不足と思われる。 もっとも納得できる要因は、ささ様の挙げてくださった 「会見で明らかになった秀頼の覚悟にふさわしい最後を選択してあげた」、ということだったのではないかと思います。 けれどもドラマ内で秀忠の心変わりの助走をつけるために、そのほかにもいろんな理由を並べすぎた。 だからかえって論点がぼけ、説得力が低下した。

ささ様が指摘して下さった、おねの言動も大きな心変わりの要因になっているでしょうね。
ただ、おねがそのような考えに至るまでの経過を、このドラマでは一切省いている。
だからどうしていきなりおねが、仏に仕える身でありながら 「必要な戦もある」 などと言い出したのか、とても唐突に見えるのです。

「秀忠に豊臣滅亡の引導を任せる」、と最初に考えたとき、脚本家先生はたぶん自己陶酔したでしょうね(爆)。 向井クンを苦悩のヒーローに仕立て上げ、彼を役者としてランクアップさせる道を私は見つけた!みたいな(ハハ…すごい邪推)。

けれどもそれを実現させるために、色~んなことを考えすぎて、結局焦点がぼやけちゃった。

私にはこの回の秀忠の変心が、そのように見えて仕方ないのです。

そして江は、完璧に脚本家先生の視界の外(爆)。

内野サンは確かに、演技しすぎる傾向にある気がいたしますね。 舞台のほうが合ってるのかな。 「10年先も君に恋して」 では上戸彩チャンを相手に、かなり押さえた演技をしていましたが、やっぱりどことなく大げさっぽい(笑)。 すごくいいドラマだったですけど。  もし機会があれば、内野サンはちょっと…という気持ちを押さえて見ていただきたいドラマですネ(すでにご覧になっていたならゴメンナサイ)。

投稿: リウ | 2011年11月10日 (木) 07時54分

 先生は向井くんにはもっと早くから出て欲しかったようですから。(賢明な向井くんは10歳の役なんかやらなくて正解ですけど。)秀忠を世継ぎとして成長させるためか、かっこよくさせるためか、豊臣滅亡の命令実行者にしようと思いついた時はご自分をきっと天才だと思ったでしょう。しかも向井くんが演じるのだから。ハートマークがいっぱい頭の中駆け巡ったのではないでしょうか。

 私もリウ様と同じく心変わりの理由を今回のうちに明かした方がすっきりします。でも主役の江の前で申し開きをさせるつもりかもしれません。
その際もきれいごとでぼやかすのでしょうね。泰平の世を望むからやったやむなき事とか、豊臣の名誉を守るためとか。でも先生の事です。秀忠に悩ませておいて、何も答えを用意してないかもしれません。「わからぬ」という手もありますよ。

 内野さんのリウ様ご紹介のドラマは残念ですが見ていません。でも彩ちゃんと共演した「エースをねらえ」は娘と見ました。「ふたりっこ」のかっこいい棋士さんも。「不機嫌なジーン」も見ました。娘と。演技派でスケールの大きい人だというのは承知しています。テレビが彼の演技には小さすぎるのかもしれませんね。

 おねさんの「やむおえない戦もある」という言動も唐突ですけど、このドラマは一貫性とかありませんから。大竹さんの演技で、納得させられそうになるのです。もったいない使い方ですよね。
今回が大竹さんも最後かしら?そう思うとさびしいですね。

投稿: ささ | 2011年11月10日 (木) 16時56分

総じて今年の「江」に感じるのは、志が低いなあ、ということです。今まで表舞台にあまり出てこなかった江を内面も含めて掘り下げて描こうという志、戦国時代を様々な形で生き抜いた姫たちをどう扱うかという志、戦国時代が終わって、太平の世といわれた(200年以上も続いたのですから)江戸時代の始まりに生きた人たちと、その手前で力尽きてしまった人たちをどう映すかという気概。そういうものが欠けていて描けていないから、登場人物が昨日と今日、前々回と今回で言動に一貫性がなかったのだと最近思います。いきあたりばったりなのでしょう。
それでも「ひきこもりだけどデキる奴」秀頼は、かっこよくて私は好きでした。淀の聡明さと、秀吉の才覚を引き継いでるんだなぁ、という感じがしてひきこまれました。この大阪夏の陣が、せめてもう少し早くの回で終わっていて、これからさらに姉上亡きあとの江、とか描いてくれたなら、中盤の盛り上がりとしては良かったでしょうに。それくらい宮沢りえさんの淀の方とと太賀さんの秀頼は良かったと思います。・・・ここまで淀をひっぱるなら、本当に淀が主役で十分でした。
前にも書いたと思いますが、箱の中で、あるいは蚊帳の外で守られるだけ、の姫でも(本来姫とはそういうものなのでしょうから)描き方次第でいくらでも感情移入できるような主人公になれるのでしょうに、先生は「秀忠を豊臣を滅ぼしたヒーローにするなんて、あたしすごい発想の持ち主でしょう!?」というような傲慢さがあちこちで鼻についてたまりません。
つまらない大河をくさすのは面白いです。けれどやっぱり、ドラマは大河であってもなくても、見ながら笑ったり学んだり、泣いたりしたい、と思ってしまいます。
リウ様お勧めの「10年先も君に恋して」、私も好きでした。内野聖陽さんは確かにおおげさというか顔立ちは薄いですが演技は確かに濃いですね。声も大きいし。「臨場」とかも好きでみていました。「不機嫌なジーン」も。「風林火山」はまだHDD導入前だったので、観ていませんが、観たかったなぁ、と思っています。
樹里ちゃんをけなす記事が出てきて、センセイをけなす記事が出てこないのが、何とも
主演俳優ってソンだなぁ、と感じてしまいます。ああいう記事を読んで「あんなつまんない脚本で芝居させられて大河主演の看板を背負わされちゃったら多少わがままいいたくなったって自己主張したくなったってそりゃそうよ、樹里ちゃん」という人よりも「ああ、つまんないと評判だった大河の主役だった上野樹里ってワガママなんだ」と思う人のほうがはるかに多いでしょうから。
そしてこんな大河(これを下回るものが出ないことをそれこそ写経でもして祈るばかりですが)で主演してしまったからこそ、「(まともな)大河の主演」のチャンスをほとんど失ってしまった樹里ちゃんに同情してしまいます。

投稿: さり | 2011年11月10日 (木) 20時30分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

秀忠の心変わりの原因がこの回のうちに説明されなければならない、と私が考えるのは、そうしないと淀と秀頼の自害に感情移入できなくなってしまうから、というのが大きいですね。

「え?どーしてどーして?」 とこっちが考えているあいだに淀も秀頼も歴史の教科書通りに自害していく。
淀も秀頼も、それまで自分たちを擁護していた秀忠がその引導を渡していることに気付いてないし。
ここに見る側の気持ちを集中させるためには、淀と秀頼が、「秀忠どのが豊臣にとどめを刺そうとしている」 ということに気付かせる、というのもドラマ的に大きな効果を上げます。
そして秀頼に、「秀忠どのは我らの意志を最大限に尊重する方法を取ってくださった」 と感謝の意でもしゃべらせれば、その悲劇性はますます増大すると思われます。

ま、これも 「私ならそうする」 ということに過ぎないのですが。

ただやはり秀忠変心の原因が分からないと、淀と秀頼の自害に集中できなくなる、というのはあると思うんですよ。 ドラマ的に。

江に申し開きをする手として次回に先送りした、というのであれば、やはりそれも脚本家先生の勘違いだと思います。 まあそうでもしなきゃ江の存在の意味なんてまったくのゼロになってしまう、というのもあるでしょうけど。

「分からぬ」 が飛び交ってましたよね、今年の大河(笑)。 私も最初のうちは、「分からぬ」 の言葉の先に脚本家は答えを用意している、それを感じ取るのが見る側の務めだぐらいに考えておったのですが(笑)、あまりに多用されすぎて、「実は脚本家先生は見る側に自分の分かんないところを押しつけてるんではなかろーか?」 などと思う始末に(爆)。 ここまで内容がグダグダだとそう揶揄したくもなるのですが、やっぱり内容の浅い深いはありますが 「分からぬ」 の先には何らかの意味があることが多かった、と脚本家先生を擁護いたします。

投稿: リウ | 2011年11月11日 (金) 07時16分

さり様
コメント下さり、ありがとうございます。

早くも 「江」 一年の総括という様相になってまいりましたね(笑)。
私も最終回にでもまとめて書くかな、と考えていたのですが、コメント欄で相当総括めいたことをやっているのでいまさら最終回に向けて総まとめを書くのも意味がないような気がしてきましたcoldsweats01

さり様のおっしゃる 「志」、というのは、大河ドラマではまったくの起点なのですが、低いどころか全くなかった、と私には感じられます(のっけからすごい断罪)。

志が全くないからこそ7歳児から上野樹里チャンを登場させる、という暴挙に出て、秀吉をかなり愚弄するカリカチュアライズに没頭し、歴史上の出来事にことごとく江を同席させ、名だたる名役者たちをまるでそこらの道具みたいにぞんざいに扱った。

役者たちは与えられた最悪の状況の中でなんとか自分を表現することだけに集中し、その点では名場面もそこそこ生まれました。 でもそれは先のコメントに書いたとおりに、スタンドプレー。 つまり群像劇としての一体感がまるで損なわれている。 個人プレーの美技の応酬に過ぎないのです。

そしてもっともなってないのは、「江」 と銘打ちながら、肝心の江を、まったくきちんと描こうとしていない部分。

脚本家先生が自分でも打ち明けていらっしゃる 「記憶力のなさ」 が、さり様ご指摘の 「人物設定の一貫性のなさ」 につながっている、と思われます。 記憶力がないのですから、戦国に至るまでの人々の生業とか、江戸時代の初めを生きた人々のことをいかに描写するか、などという弁証法的な思想なんか、全くない(「JIN」 のような志を求めるのは、もはやこの大河ドラマに関しては誤りだと言っていいでしょう)。

でも、けなしてばかりでしたけど、いいドラマでしたよ(ナヌッ)。

だってここまで毎回欠かさず見ることが出来たんですから(それが揚げ足取りの目的にせよ…)。

いいドラマ、というより、見ていて気軽にけなせる面白いドラマでしたね。

これが大河か、と言われれば、もはや情けないの一言に尽きるのですが。

「風林火山」 に関しては、私はネットでの評判の良さは少々行きすぎてる、と感じます。 そんなに傑作の大河じゃなかった、と個人的には感じる。

見ていてホントに面白かったのは、個人的イチ押しの 「炎立つ」 の第1部をはじめとして、やはり伊達政宗とか毛利元就とか、「太平記」 なんかも面白かったし、人間関係の危うさみたいなものを描くとすごいものが出来上がる、という気はいたします。

投稿: リウ | 2011年11月11日 (金) 07時43分

 先生は淀と秀忠、秀頼と秀忠を絡めて、なおかつ大阪にいない江の存在を浮かび上がらせるとか、心情を交差させて物語に余韻をもたせるなどという高等な事はまどろっこしくておできにならないと思いますよ(笑)秀忠をさらにかっこよくできるのですけど。

 多分秀頼を大阪城の主として死なせる事で豊臣の尊厳を守ったというのは、秀頼に通じたかもしれないけど、私たちにはいまいちでしたね。そういう心のやり取りが、江ちゃんの手紙なり、秀忠のセリフなどにこめられていたらもっとすっきりできますが。リウ様のご指摘のように秀頼に秀忠への感謝を言わせるか、ねねさんが、「淀のお市に似た誇り高さに秀吉は惚れた」と秀忠に言ってましたが、その時、「豊臣が滅ぼされる時には、淀と秀頼の豊臣の誇りが守られるように手助けしてほしい」とか付け加えてくれれば、こちらは、もっとすんなり秀忠の心変わりに納得できたかもしれません。

 ただ「はっきりしない」ことに良さもあるかもしれません。誰も悪くないという、みんないい人だけど悲劇は避けられなかった。という先生の世界が守られます。「わからぬ」はいい言葉です。おかげであれこれ推察したくなります。「視聴者に丸投げでいいのか」とも思いますけどね。ただリウ様がおっしゃるように、今回のうちに秀忠の心変わりをはっきりさせてくれた方が、緊迫感がさらに高まり、悲劇性が強くなったでしょうね。ただそこに江ちゃんは寄り添えないですね。江ちゃんまで悲劇の渦に巻き込めたら、「先生すごい」って思えるのですけど。(笑)でも終わった後、こんなに秀忠の心変わりに意見が言えるって、先生の狙い通りかもしれません。いいのかしら?(笑)

投稿: ささ | 2011年11月11日 (金) 08時38分

ささ様
即レス下さり、ありがとうございます。

高等なことはできませんか、脚本家先生…(これ読んで笑っちゃいました…)。

江がいくら手紙を書いても、そこに書かれているだいたいのことしかいっつも明らかにならず(ハハ…)、江も書き甲斐がない、とゆーか(爆)。

「江」 を主人公たらしめるために、こここそが脚本家の腕の見せ所だと、私は思うんですけどね。

「姉上ともう一度、琵琶の湖を見とうございます、だから何卒ご自分と秀頼どののお命だけはお大事になさりませ」 とか。

「母上の最期の言葉(「生きよ!」)を今一度思い出し、ここは堪えて下さりませ」 とか。

シロートの私でもここまで江の心情を書けるんですよ。 プロである(もはやそれすら…)脚本家なら、もっと気の効いた、見る側の心を揺さぶる文(ふみ)を淀に送れるでしょうに。

そしてそれでこそますます、それを振り切る淀の決意に紅涙を絞ることが出来るはずだと思うのです。

…まったく、記事よりコメント欄のほうがこんなに充実するとは、脚本家先生もここまで狙ってできるはずがありません(爆×2)。 「私が自信満々で世に送り出した淀自害の回が、これほどまでに問題視されようとは…」 …などと他人の評判を気にする脚本家さんであれば、とうの昔に自らのいたらなさを恥じて降板するはずだ、と思うのですが。

それほど大河ドラマのハードルは高い、ということに気付いてほしいですね。 いや、やっぱり他人の言うことなんか聞かないか。

投稿: リウ | 2011年11月11日 (金) 12時20分

 厚顔無恥じゃないと先生の場合やっていけないのではないでしょうか?実のお兄さんが病気になって逃げ出すくらいですから、世間の評判などどこ吹く風でしょう。(随分な言い方だな。ゴメンナサイ。)

 私たちはなんとか江ちゃんを主役に戻そうと思っているけど、先生にその気があるのかとっても疑わしいですね。

 お市の方と3姉妹で琵琶湖を眺めていた頃は、お市の方という庇護者がいて、母子家庭でも、無邪気でいられた頃ですよね。その中で一番無邪気だったのが江ちゃんで、だからこそ江ちゃんは、ずっと無邪気さを残したまま、わがままもどこか周囲から許されていたと思うのです。徳川に嫁ぐ時だって、江ちゃんが「これから徳川のために生きるから、豊臣の犠牲になんてならない」と言っても淀は「それでいい。」で見送ってくれたのですから。今も江ちゃんは無邪気なままで、淀が可愛がった頃のまま、なのにこの設定がなんにも生かされていません。かえって不評を買っているだけです。先生の今後じゃないけど、置いてきぼりにされています。

 大河のハードルの高さは、セレブの夢から覚めて梯子がはずされているのに気付いた時、おわかりになるのじゃないでしょうか。きっとNHKは先生が旅立つのを大喜びで見送ったことでしょうから。10年後なんておっしゃっていますから、まだ夢の中。淀殿と同じでいらっしゃいます。

 その前にNHKにも、2匹目のどじょう狙いという安易な考えを反省してもらいたいです。先生だけが悪いわけじゃありません。先生の脚本家としての力量を見誤ったNHKにも責任はあると思います。50作目の記念すべき大河になるはずが、史上最低の烙印を押される可哀想な子になったのですから。私なんて今のところ一番感動したのが完ちゃんの無邪気さという、可哀想な状況なのです。(笑)でも、いっぱい文句を並べられるこのドラマが嫌いじゃありません。先生の代わりに江ちゃんを擁護するくらい好きです。お手紙書いたのに報われない江ちゃんですけど。樹理ちゃん、がんばって!こうなったら最後まで応援します。

 

 

 

投稿: ささ | 2011年11月11日 (金) 21時32分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 いくら話しても尽きないですよね、このドラマ(笑)。

脚本協力のお兄様がご病気なんですか~。 巷間漏れ伝わるところによると、お兄様の書いた脚本にチェックを入れて終わりなのが田渕女史の仕事とか(多少誇張はあるでしょうけどね)(はたから見ていていかにそう見えても、真相が違うことはままあることです)(「目に見える事実とそこに内包されている真実は違う」、というのは持論であります)。

「豊臣の犠牲になんてならない」「それでもよい」 というやり取りなんてありましたっけ?(私も田渕女史の記憶力のなさを揶揄する資格なんてありませんですね)(逆にささ様の記憶力の良さに感心いたします)。 だとすると結構後々に関わってくる重要なシーンだと思いますが…。

私がいちばん矛盾を感じるのは(いや、そもそも矛盾だらけなんですが…爆)、やはり母親のお市の方の 「生きよ」 という人生指針がどういうわけか淀にちゃんと届いていなかった、という点。

お市の方が自分の命を懸けて娘たちに伝えたこの最後の言葉は、そもそもお市の方自身の矛盾点をさらけ出すセリフではありましたよ、確かに。 だって娘たちに 「生きよ」 と言ってんのに自分が死ぬことないだろう、って感じでしたからね、柴田の城が滅びるあの場面。

そうか、「自分は死ぬけどみんなは生きろ」、ということで共通してるんだ、今回の場面(自分で勝手に納得してしまった…爆)。

私が最も感動したのは、ハテどこだったかな~。 ささ様は完チャンでしたか。 私は大竹しのぶサンですかねー、秀吉が死ぬシーン。 もうあそこしか私の泣かせどころはない、という感じで、女優のあまりにもすごい直観力を感じますよ、未だに。 紫綬褒章をもらうだけのことはある。 もうばらしちゃいますが、今年年末にたぶんやると思う 「私が見たドラマベストなんとか」 で、「それでも、生きてゆく」 の演技と合わせて、今年のすべての演技賞MVP確定です。

投稿: リウ | 2011年11月12日 (土) 07時53分

 大竹さんの場合、あのくらいの演技はあたりまえですから、私の場合、「いいな。」と思っても涙流れることはないのです。年取ると純粋さがなくなるから、嫌ですよね。そこいくと、本作の江ちゃんは年を取りません。純粋な乙女のままでしょう。

 朝ドラでデビューした時から、大竹さんの凄い演技は、見ていますので。なにしろ、大河で自分より年上だったと思う人が演じる家康の実母をやりきれる人ですから。ご主人役は近藤正臣だったけど。

 私も記憶は怪しいですよ。正確じゃありません。秀吉と茶々と江ちゃんがいて、秀吉は「豊臣のために役に立つように徳川に嫁げよ」のような事を言うのですが、秀吉に反発する江ちゃんは「徳川から請われて自分は嫁に行くのだから、徳川のためになるように生きる」と言い返して、茶々が。「それでいい」と言ったと思います。でも完ちゃんを残すことになってしまいましたが。ずっと茶々は優しい、妹思いのお姉さんでした。歴史の悪女にありがちなヒステリックなところもあまりありませんでした。このドラマの真実のヒロインだわ。

 先生とお兄様の関係は噂でしかわかりませんが、ゴーストライター説が騒がれた時病気療養中と言われてました。篤姫はお兄さんが書いて、それを先生が手直しして、またお兄さんが修正して、先生に戻していたみたいで、お兄さんが返すのが遅くなって先生がよくキレていたと今年になって、噂されてましたね。それが事実でも、私は先生一人の手によらなくても、チーム田渕ということで、先生作でいいと思いますよ。悲しいことに、今回、お兄様の手助けがなくなって、お兄様が帰っていらした時には酷い状況になっていたという残念な事に。不憫な「江」です。脚本家が違っていたらもっと脚光を浴びれたかもしれません。先生もNHKが提示したテーマ、残り物から選んで、江にしたのだけれど。

 お市の「生きよ」より、お市の誇り高い死を茶々は心に残したと言う事なのでしょう。お市さんの信長への啖呵は「女の戦いは生きる事。」でしたっけ。あまり生かされてません。

 柴田の落城の時、お市様は浅井の城が落ちた時、自分も時任さんと死んだみたいな事言ってました。柴田パパに嫁いでいながら。娘たちの為に生きてきたみたいでしたからね。このドラマでは。江はだから、生き抜くのでしょう。主役ですから。あと3回?もう先は長くないけど。(笑)

 いよいよ明日はおまけの回、1回めです。リウ様のおかげでモチベーションを保てて、感謝します。毎回素晴らしいレビューを読ませてもらってありがとうございます。ドラマそのものより充実したレビューです。で、おまけの回もお願いできるのでしょうか?できたら、最後までよろしくお願いします。

 


 
 

投稿: ささ | 2011年11月12日 (土) 09時23分

ささ様
即レス下さり、ありがとうございます。

確か 「水色の時」 でしたよね、大竹サンのデビュー作。 いや、映画 「青春の門」 がデビューとか、こないだラジオでしゃべってました。 そのころからフォローしていらっしゃるささ様には、私も敵いませんですconfident

大竹サンあたりになるとこれくらい当然、というのもかなり高いハードルのような気もいたしますよcoldsweats01。 秀吉が亡くなるときのおねのセリフって、感動したのでブログの中で聞き書きして、書き起こししたんですよ。 するとあら不思議(爆)、全然感動的じゃない。 つまりこれは大竹サンの力だけによる感動なんだって、そのとき痛感いたしました。
つくづくすごい女優さんだって思います。

優しかった茶々が淀となって心が変遷していく様を、江が身近に感じる術がなかったことは、このドラマの大きな弱点(ありすぎっスけど)のひとつでありましょう。

淀が 「徳川殿」 と呼んでいた相手を 「家康」 と変えたことは、ことこのドラマにおいてはとても象徴的な出来事だと考えるのですが、その心変わりを江がほぼタイムラグなしで感じ取ることは、主役なんだから必須であると思われます。

江は表面的な出来事から、徳川の世にもはや時代は移り変わりつつあるのだということを勝手に納得して、この回も淀に手紙を書いている。

ここらへんが見ていてとてももどかしいんですよ。

姉妹激突!とまで銘打つのであれば、たとえ離れていようが淀と江には激論を戦わせてもらいたかったですね。 まあ激突なんかするつもりも最初からなかったんでしょうけど。

あくまで淀と江との関係を、悲劇というカテゴリーで丸く収めようとしている、姉思い、妹思いで済ませようとしているから、江の存在感も極端に薄れる。

思えばお市の方の一貫性にも欠けてましたね。 柴田勝家も。
一貫性、などと言っても、人間変わるものですから、変わるときにはそれなりに理由が出現するものです。
それもよく分かんないことの連続でした。

まあキャラクター構築に現代的解釈を盛り込み過ぎた、という初期の段階で失敗してるんですが。

おまけ、とはおっしゃいますが、残り3回で今まで淀につぎ込んでいた神経を江に取り戻させなければならないので、私は結構注目していますですよ。 まあ、期待、とまではいきませんけど。

投稿: リウ | 2011年11月12日 (土) 11時40分

 大変失礼しました。リウ様はとても誠実な方ですね。江ちゃんに注目を戻してくださる優しさもお持ちでいらっしゃるし。姉妹激突の回だって、江ちゃんは姉を心配していたけど、激突させてもらえませんでした。つまり、淀が主役の立場でしたからね。現代的価値観からというのは、去年もあったし、一昨年もだと思います。当時と考えや価値観が変わっていて、そのままでは理解しがたい、共感できない、表現しにくいというのはわかるのですが、合わないと思うところはあります。恋愛重視とかは、政略の具として女性を扱うのはよろしくないという事なのでしょうが、子供で輿入れする場合もあったりしたのだから、仕方ないじゃないですか。一律的に悲劇と言われましても。今の時代の進歩をかみ締める上でも、当時の価値観を表現してもいいと思ったりします。平和についても。戦争放棄したのは60年くらいしかないのですから。戦は悪と決め付けるのもどうかと思います。えらそーですいません。その前にこのドラマは主役すらちゃんと描いてませんからね。いろいろ注文するのも無理があったりしますね。本編のレビュー楽しみにしています。


 

投稿: ささ | 2011年11月12日 (土) 17時37分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

いえいえ、こちらこそお気を遣わせてしまいました、大変失礼いたしました。 誠実な人間ではけっしてございませんが、とりあえず返信だけは(笑)誠実に行なおうと心がけております(返信だけか…coldsweats01)。

戦というのはいつの世も、残酷なものです。

だからその残酷さは、かなり気合を入れて、それこそ誠実に描写する必要…いや義務が、作り手にはあると感じます。

だからどんなに戦は悪ではないと誰もが信じていた時代でも、いくらでも戦を悪だという話には出来るのです。 私はそう考えます。

「天地人」 における私の批判ポイントはまさにここだったのですが、それは政略結婚でも当てはまるし、乳母に息子を奪われる、という話でもおんなじなような気がします。

つまり人々がそれを当たり前だと思っていても、そこに悲しさや苦悩は、紛れもなく存在している。 親が子を思い、子が親を思う心があればこそ存在する悲しみや苦悩が。

変に現代的解釈、という視点から行なうから、物語が歪んでしまうような気がするのです。

もっと普遍的な人間の情、心というものをよりどころにドラマを作れば、おのずからいいものはできると思うのですが。

投稿: リウ | 2011年11月12日 (土) 20時15分

戦闘シーンはエキストラを集めるのに、お金がかかり、大河の後半になると、予算がなくなっていて難しいと去年のディレクターさんが言っていたらしいです。でも戦闘そのものを借り物とかですましても、戦争の悲惨さは伝えられると思います。去年は高杉さんに三味線持たせて戦場を歩かせてイメージする戦争でした。他はセットで撮影していたし。でも今年より工夫しているように思えました。

 大阪の陣でも物語の主役、江を正面に出す事は不可能だったのか。彼女は姉二人、甥、娘が大阪にいて夫と義父と戦っているわけで、女の戦争が今ただ今を生きることなら、江戸城でも生きる事に格闘してなきゃいけないはずですよね。おとなしく写経する事が悪いわけじゃない。たとえば、もし、彼女の願いがかなって、江戸に淀と秀頼、千姫が来ることになった時に備えるとか、千姫のために何かしてあげるはずじゃないですか。いろいろ妹として、親として、「豊臣に味方するな」と非難されてももがいてやれることってあるはずです。親子の情として。それこそ、嫁入りの時ついていってあげたのだから、こっそり大阪の近くで迎えてあげてもいいのじゃないかと思ったくらいです。創作するなら秀忠じゃなくて主役が先でしょ。思いついたようにしか、親子の関わりを出さないから、人間関係が浅くて、秀忠が城を見て、「娘がいる。」と言っても、「今まで思い出しもしなかったじゃないか。愛菜ちゃんと羽根突きしたくせに。」といじわるな私は取って付けた様にしか思えないです。だから、淡々と豊臣が追い込まれ、緊迫感はあるのだけど、渦中の人間の情念が淀と秀頼くらいしか描かれないので、「秀忠暴走?申し訳程度に江ちゃんを思い浮かべるのね。」といじわるに見てしまいます。

 先生はわかりやすい大河、気取ってない大河を目指されているのかもしれません。でもちっとも心に響いてきません。今日、江戸城に戻った話があるそうですけど、江ちゃんならずっと江戸城で騒乱を起こしていても良かったのじゃないですかね。先生は元気のいい江ちゃんをお望みなのだから。まあ、多分先生は大阪と江戸の二元中継なんてのは書き分けがおできにならないと思いますけど。面倒くさくて。それより、お気に入りの茶々と秀忠に集中したのでしょうね。でも先生のお好きなシャンパンの泡と消えていくような、江の物語です。そこに「もののあわれ」があればいいですけどね。(笑)
 

 

 

投稿: ささ | 2011年11月13日 (日) 10時56分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

まあ高杉晋作が三味線を持って戦場を歩くというのは私も引きましたけど(笑)。 あの場面はいろんな意味で、実際の戦というよりも、高杉の存在感を象徴的に演出する作り話だったとは感じました。

ただ今回、江が写経のみ、というのは明らかにやっつけですよネ。

だって江は 「我こそは織田信長が姪であるぞ」 とか玉梓が怨霊みたいなことをやってたわけですし(「新八犬伝」 ご覧でしたでしょうか?…笑)、歴史上の重要な舞台にちょくちょく顔を出してたりしてましたからね。 物語のごくごく初期は。

それに比べたらもう、完全無視の世界ですよね、大坂の陣の、江。

あ~も~江に関してやる気ねえなーというのが、見え見えで。

それにやはり、江が家臣に向かって 「大坂でなにが起きているのか逐一報告せよ」、って啖呵を切っていたエピソードも、すっかりお忘れの様子で。

江は大坂の様子について刻一刻と知らせを受けているはずだから、ささ様のご指摘の通り、すごくアグレッシヴな応対が出来るはずなんですよね。

淀についてこの段階で深い話が出来るのは、淀についてそれまできちんとお膳立てを進めてきたから。

江についてちっとも深い話が出来ないのは、今まで散々まいた種を借り取る努力を、作り手がとても怠っているから。

信長の姪とか、神出鬼没の江とか、ちっとも生かされてないっていうのが…。

あと、「戦が嫌いな江」、というのも、思想的な背景が薄っぺらなため、ここでもちっとも生かす手段がない。

ぜ~んぶ今までのツケが出てる、という感じになってます。

投稿: リウ | 2011年11月13日 (日) 11時30分

 淀は、人気子役の愛菜ちゃんが子役を務め、今考えると最初から、特別だったのだなと思います。愛菜ちゃんの茶々の演技は、微妙でしたけど。

 新八犬伝、人形劇でしょうか?見ていましたよ。

 江戸城騒乱見ましたけど、内容は散漫な気がしました。心に内容が残りませんでした。記憶が怪しいです。何が騒乱だったの?どこかの球団のもめごとと似てたかも?ちょっとしらけてしまいました。リウ様のレビューを楽しみにしています。

投稿: ささ | 2011年11月14日 (月) 21時12分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

今週分は今から視聴したいと存じます。 しばらくお待ちください(昔のテレビみたいだなあ…笑)(よくハトの絵が出てきて放送中断したものですよね)。

「新八犬伝」 は、私が物心ついて初めてハマった時代劇、でしたね、思い返せば。 人形劇でしたけど。

「江」 のほうは、まあ残り3回でたいしたことが出来るとは考えておりませんが(期待しといてそれかい…爆)ただこれまでないがしろにしてきた江の存在意味を、力を入れまくった豊臣滅亡と絡めてどれだけ回復するおつもりなのかなー、とつまんない興味なんですけどね。

巨人の内紛には 「そんなことわざわざ開けっぴろげでみっともなくやってんじゃない」、とかつてのONファンは考えております。

投稿: リウ | 2011年11月15日 (火) 11時49分

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