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2011年11月15日 (火)

「江~姫たちの戦国~」 第44回 じらすのもたいがいにせよ

 ラスト3回のおしまい、つまり次回予告で、ようやく、と言うかとうとう、と言うか、このドラマの全容、つまり体裁が、やっと見えてきました。

 このドラマ、結局は浅井、信長、柴田、そして豊臣の滅亡を描き、戦国の悲劇をメインに見据えたものであった、ということ。

 なんだか今回が終わってもう2回、だというのに、来週は家康の最期がメインとなるようです。
 つまりここで、奇妙な親子関係によって結ばれていた家康と秀忠との関係に、あるひとつの見る側を納得させる結論、というものを作り手は考えている様子、であります。

 そしてどうも江をめぐる話のシメとして、作り手は家光(竹千代)の三代将軍就任を最終回のメインストーリーに考えているように思えてきた。 違うかな? 次回家康の死と共に、竹千代を将軍にさせちゃうかな?
 でもまあ、「江」 と銘打ちながら、江の人生を最後までつぶさに俯瞰する、という意図が、結局なかった、と思われても仕方ないですよね、ここまで来ると。

 こんな主役ないがしろってありますかね?
 まあ豊臣滅亡でクライマックスを迎えているから、もう大奥のこととかやらないのは目に見えてましたけど。

 振り返って今回の話。

 メインと思われるのは、秀忠が前回豊臣滅亡のとどめを刺したことへの心情的な説明。
 ということはここ数回、話の主導権を握る主役は、秀忠ということになる。 その彼の逡巡、ということになる。

 江はそれに、ただ振り回されているだけ。
 振り回されてただ無理に姉上の死を納得させられて、人の悲しみというものを学んだのかと思えば、子供に対して相変わらずダメ親だし。 初に諭されるのですが、初もこの程度の役割で終わるのか、と思うととてもカワイソウな気がします。
 しかも初に諭されて江が竹千代と話し合おうとしたら、竹千代がゲイになってしまったところを発見!ですからね。
 こうやっていったん誤解させて話をややこしくさせといて、結局春日局とも竹千代とも和解するんでしょうが、主役を下世話に翻弄させる話しか思いつかないのか、と情けなくなる。

 いっぽうでは秀忠の心情に関してはつぶさに説明。 だいたい分かりましたけどね、豊臣を滅ぼした原因。 平たく言えばこれで平和になるから、ということなんですが、その決断をすることによって自分の中の何かが死んだ、そして悲しみを背負わねばならなくなった、という悲劇を演出していました。
 厳しい建前を言いながらも、顔はひきつっていかにも心の奥で苦しそうな秀忠。
 確かにこうするとカッコイイのですが、これでは秀忠がカッコイイばかりで、ツマラン下世話な話に翻弄されている江が、刺身のつまみたいな感じに見えてくる(だから妻なのか)。

 この成り行きを見ていて、先に挙げた 「名だたる戦国大名たちの滅亡」 を描くと同時に、作り手の主眼は完全に秀忠に移行し、「万世のために太平の世を開かんと欲した」 秀忠の名誉回復の話にすり替えを行なっている、そんなことを感じました。

 で。

 個人的には、「いつまでこんな話をやっとるんだ」 という心境で見てますから、実は今回、見ていてとてもイライラして。

 つまり、江と秀忠が、なかなか会わないんですよ、豊臣滅亡後。

 とっとと会って修羅場でも展開せい、と思っているので、このじらされかたには本当にイライラしました(だって毎度詐欺的ですけどサブタイトルが江戸城騒乱、ですし)。

 結局すぐに会わないのにはそれなりの理由があったことはあった。

 間隔を置くことによって江に淀からの手紙を見せたりなんだりして、江に考える時間を与えた、ということですから。
 江はすっかり冷静になって、夫に会ったらギャーギャー言ってやろうという気持ちがほぼ消滅してしまう。
 夫はだから、やっとこさ江と会ったときに江があまりにも物静かなので、「恨むならおれを恨め」 としどろもどろになってしまう。 そして夫婦は互いにままならぬ建前の世界に心を痛め、互いに抱き合って泣く。

 いいんですけど、ラスト3回でやってることか、なんて考えてしまうんですよ、かなしいことに、こっちも。

 で、もう一つイライラするのが、春日局(福)。

 豊臣滅亡を祝って竹千代を前面に押し出してどんちゃん騒ぎの段階からもうこっちはムカムカしてるんですが(いくら豊臣憎しとはいえ竹千代の母親の姉が亡くなったことをまるで考えていないこのバカ女)、竹千代が次期将軍が危ういとまたぞろ大御所に何のかんのと直訴し、家康に自語相違を軽くいなされてギャフンとなってしまうところなど、別にギャフンとなるところじゃなかろうとも思ってここもイライラするし、あげくの果てに将軍お抱えの儒学者を丸めこんで次期将軍候補の竹千代を推薦とか、





 …



 やってることが、




 …



 幼稚すぎるッッッッッ!(笑)

 どうしてこういう情けない作り話しかできないのか、この脚本家。

 とにかくこんな女でも残り2回で改心するんでしょうが、もう、話を先送りにしてじらすのもいい加減にしてもらいたいもんです(最後に来て、ちょっとこっちのイライラが爆発してしまいました…)。

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コメント

今回は主人公夫婦よりも福にイライラしましたね。どんちゃん騒ぎの最中(着物は乳母のままなのに、こんな宴を催す権力持ってたんだ・・・)「これで竹千代様の天下も近くなりましたぁ~♪」みたいなノンキというかアホなセリフ。秀忠に死ねというのか。仮にも将軍で、上様、じゃないのか?と。大御所様さえいれば今の将軍が誰だろうと関係ないってことか?と。
そして儒学者抱え込みの廊下でぶつかって・・・って今どきマンガでもギャグとしてしか扱われないような展開です。はぁ。
せっかく江ちゃんが竹千代が何か感じているというか表に出てくるもの以外にちゃんと内に秘めてるものがあるかもしれない、てなことを薄々察し始めたのに、最後のアレはなんなんでしょうか。
最初は「メデタイめでたい!」なんつって豊臣の滅亡を喜んでいた竹千代が、千姫の嘆きや江の悲しみようを陰ながら(立ち聞きするところはお母さん譲り)目にして、「自分はちょっと間違ってたかも」と感じている描写があったのに、あの扱い。酷すぎる。それまでの描写はなんだったのでしょうか。
ラストを観ていた夫が、「おっとお世継ぎ、まさかの性同一性障害ー!!」とか言って茶化したのですが、茶化されてやっと怒りというか落胆が緩和されるような内容でした。
ああ、怒りのあまり言葉が乱暴になってしまいました。お許しください・・・。

 リウ様、お疲れ様です。北海道で雪が降ったそうで、江ちゃんもお寒い内容でした。

 秀忠の変心が明らかになる前に、素晴らしい淀お姉さまから諭される主役の江ちゃん。答えなんてどうでもいいじゃない。「徳川を恨むなよ」なんだから。秀忠の「泰平の世をなんたらこうたら。」頑張っているけど、意味ないし。「自分を憎めばいい。」と秀忠は言ってたけど、淀お姉さまからの言葉が結論でしょ。ただし、「誰も血を流さない戦なしの泰平など絵空事」というのは、先生、白旗上げたも同じだと思いました。権力者だけど、秀忠は理想に燃えていたのでしょ。絵空事と開き直る前に、自分の権力者としての無力さを江ちゃんに全力でわびてほしいと思いました。政治家ってすりかえが上手なんだろうけど。しかも、廊下で夫婦で抱き合って慰め合うとか、かるーいです。

 世継ぎ問題。まだやるか。福はやっぱりお馬鹿乳母の扱いだし。春日局が素晴らしい乳母なんて、思っていませんけど、林さんを酒で籠絡させようとするところなどは、彼女の政治力を描いたつもりかもしれませんが、浅はかにしか見えませんでした。

 ただ、繊細で不器用な長男より、お調子者で器用な次男の方が親としては、扱いやすいから、自然と可愛いというのは、わかります。下の子って抜け目がないですから。竹千代が紅を塗っていたのは、ゲイって事もあるかもしれませんが、千姫や、江ちゃんへの憧れや思慕もあるのかなと思います。国松のように近付いて、調子よく話ができない、福の目もあるし、それで、屈折してこういう行動に出るのかしらと思いました。(2歳ぐらいの頃、我が娘もおばあちゃんの真似して、口紅塗ってました。女の子だと問題ないですけど。)だけど、どうして、江ちゃんと竹千代のシーンは扇情的なのでしょう。そこが嫌いです。それに、江ちゃんは「竹千代が可愛い」といっているけど、それを思わせるシーンが全くありません。

 竹千代は秀忠と似ていると思いました。将軍としては、調子のいい奴より、ゲイでも無駄口をたたかない方がよろしいのじゃないでしょうか。秀忠が竹千代の不器用さを理解してあげればいいでしょうけどね。。でも徳川は親子でわかりあえない関係のようですから。江ちゃんは逃げ出すし、架け橋になれそうにないダメ母。福よりはましかもしれません。富田さん可哀想。

 江戸の帰って、饅頭食べながら、「武将では誰が好きか」とか話している親子を見ていると、淀と秀頼の濃い親子関係とはエライ違いと思いました。お兄様の仕事は終わったのでしょうね。でも国松の信玄が好きというのは、徳川としては微妙な答えだと思いました。信康は武田と通じたと疑いをかけられて切腹させられたのに。秀忠は切腹させられた兄の事をじくじく家康に嫌み言ってきたのに、とかオバサンは余計な事を考えてしまいました。まあ、あれは、「仮面ライダーでだれが好き」と同じ類の問いかけだから、国松の機転のきいた答えとなるのでしょうが。

 このドラマでは秀忠は信長に似ていると思いました。だから非情になったのかしら。来週は家康と秀忠親子が、長年のすれ違いを修正するようですけど、秀忠主役のまま、最後まで行くのでしょうか。江ちゃんが都合のいい女になっていくようで、不憫です。

 

 

 


 

リウ様、こんばんは。もうなんというか、こんなドラマを一年も見続けてしまった自分に腹が立ちます。そして役者の皆さんが不憫でなりません。樹里ちゃんはもちろん、富田さんなんて本当になんの得もなさそうです。江というタイトルなのに江が描かれない、すごいドラマもあったもんだなあと感心します。登場人物の言動に一貫性がないんですから、演じる役者さん達はさぞかし苦労したことでしょうね・・・心から「大変でしたね、お疲れさま」と言ってあげたくなりました。仕事でギャラを貰っているわけだけど、それでも同情してしまいます。

さり様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマで江と同時に、まったくもって描写がなっていないのが、福だと感じます。

とにかく、脚本家の意図は 「徹底してイヤな女」。

見ていてムカムカしてどうしようもないのですが、それが脚本家の目的なのだからどうしようもない

豊臣憎しの論調も、史実はもうどうでもいいとして、問題なのは、なぜ家康がこんな豊臣が憎くてたまらない人間を、豊臣方から嫁いできた嫁の子供の乳母としてつけるのか、ここだと思う。

そこが説明されていないから、どうしてこのような女が野放しにされているのかがどうしてもわからず、そこにとても苛立ちを感じる。

しかもこの女が竹千代をどのような御立派な大義名分で育てているのかが、ちっとも見えてこないことにもイライラする。 子育てにポリシーがないなんて最低です。

要するに、見ている側に反感を持たせたいだけなんですよ、脚本家は。

そして予定調和のようにこの女と江が和解するのが見えているから、そこにもムカムカする。

こういうじらされ方をされるのは、…傑作ドラマならいいんですけどね…。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 お寒うございます。 気候も、このドラマも(ハハ…)。
とても濃いコメントをいただき、私のレビュー本文よりも却って読みごたえがございます

「詫びる」、と言えば、江が千と再会した時も、私はてっきり江が千に土下座して謝るかと思ったのですが、しませんでしたね。

これって、江自身が自分も被害者であるという意識があるからこそ、夫(千にとっては父親)のしでかしたことを謝ろうという気にすらならない、ということだろう、と感じました。 単に妻としてならともかく、徳川家の御台所としては失格であります。

江が 「どうしたらいいのか分からない」 と自分の感情のぶつけどころを失ってしまったのは、淀と秀忠が、あまりにも立派でカッコよすぎるから。 自分の視野の狭さを思い知らされているにすぎないのです。 淀、秀忠、カッコイイ。 このふたりにはまあ、感動したということで(また書き方がナマイキだぁ~っ…笑)。

それにしても主役が、脇役の毅然とした生き方に完全に気圧されて、ただ理不尽な成り行きを受け入れるしかないとは(感想はあえて申し上げません)。

それと。

どんちゃん騒ぎを先導した福を、江は平手打ちするのですが、そのあとに謝っていましたよね。

なにを謝る必要があるのか、って思いましたよ。 まったく理解に苦しみます。
江も大人になったね、ということなんですかね。

そしたら福が、江の知らない豊臣滅亡の真相をべらべらしゃべりだすし。

もう、見る側をあくまでムカムカさせようという脚本家の魂胆が見え見えで。

ささ様の竹千代分析には、ささ様のこのドラマへの愛を、勝手ながら感じました。 私は竹千代に対してもなんかイライラした目でばかり見てましたから。 男ですから。 男のすることには厳しいんです。

しかしその竹千代の情けなさを育てているのが福だときてるから、福への反感のほうが大きかったりする。

あの饅頭シーンもいただけませんでしたね。

だって 「戦で身内を殺すというのはオレが最後だ!オレは誓って世の中を平和にするぜっ!」 ってエラソーなことをほざいていた矢先ですからね。

エラソーなことを言ってても自分の息子たちに対する教育もなっとらん、ということを言いたいんでしょうね、脚本家は。

なんかもう、感情的になってきたので、勝手ながらここらへんで打ち切らせていただきます(またささ様から返信があれば調子に乗って書いてしまいそうですが…)。

希代加様
コメント下さり、ありがとうございます。

私もなんだかんだ言ってこのドラマ、クサすのが楽しくてここまで見てまいりましたが(しつこいようですが悪趣味です)、だいたいこういうお話なんだろうな、というのがラスト3回で分かる、というのはさすがに呆れ果てました。

私の場合、「作り手はなにを言いたいのか」、に絞ってドラマを見ているわけですよ、常に。
でも、このドラマを見ていていつも感じていたのは、「はぐらかされ感」。

「最後まで我慢して見ていたあなたが悪いんでしょ」 という声が聞こえる…。 どこから聞えるんだろう…(爆)。

 このドラマ見る前にリウ様とここで、言葉のやりとりをして、モチベーションをあげて視聴に臨んだのですが、「45分を返して。」って言いたくなりました。何かに期待していたわけではないのに、欲張りはいけませんよね。でも、言いたい!

 竹千代については、ゲイってことの先入観で見てはいけないって思いがあるのです。(他人の子ですから、きれいごとが言えます)正直、子供時代の彼の奇抜な行いをシーンとして流すことに、嫌らしさを感じています。あけすけなのは先生の脚本の特徴ですが、痛みを持って受け止める人もいるかもしれません。多分江ちゃんが彼でなく、国松を溺愛するひとつの言い訳で、そうしているのでしょう。

 福については、先生は全然愛を感じていませんね。相変わらず乳母の格好だし。徳川が勝ったのを祝うのじゃなくて、豊臣が滅んだのを祝うえげつなさ、それを福にやらせる先生に趣味の悪さを感じます。江ちゃんが引っ叩きたいのは、福じゃなくて台本を書いた先生だったから、「すまない」って謝ったのではないでしょうか(笑)そんな事はないでしょうけど。私も謝る必要なんてないと思います。だって、将軍の御台所様ですもの。雇い主だし。謝ったのは姉や秀頼を亡くして気落ちしていたからでしょう。その後余計な事を言って江ちゃんを嘆きの底に落とし、さらに福を嫌な女にする先生は本当にイタイ人だなと思います。
今まで見たドラマでは、たいてい江が福に明智の家臣の娘ということで、怒りをぶつけてましたが、先生は、普通は嫌だったのでしょう。

江と千姫の再会もあっさりでしたね。というか、親子に全く見えません。詫びる事はなくても、戦場で苦しい思いをした娘をもっと労ってあげたらいいのにと思いました。「秀忠の事を理解してやって」って、千姫に言うのはどうかと思いました。千姫が許さなきゃいけない道理はないでしょう。生き延びる方便として我慢しなきゃいけないだけで。母親であり、妻なら、「辛い思いをさせて、申し訳なかった」と言うのじゃないかしら?やっぱり詫びなきゃ。(笑)

 後2回、ここまで来たら見るけど、45分見てむかむかするだけっていうのは、悲しいですね。セットのお庭はきれいですけど、そこしか心に残らないって、ドラマとしてまずいですよね。先生だけが満足した大河ドラマですね。

 

 

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 それではまた調子に乗ってクサさせていただきます(笑)。

それにしても、当ブログでテンションあげて視聴に臨んでいるとは

竹千代に関しては、やはり男の立場から申し上げると 「そうやって本当の気持ちを隠して母親からいつまで逃げているつもりだ」、と考えてしまう。 酷な話ですが、「物事がうまくいかないことを環境のせいにするな」、とも思う。

ドラマではこちらのイライラを募らせるような描写しかしないからこのように感じられてしまうのですが、脚本家の意図だからしかたないのかな。
私にしてみれば、豊臣滅亡に時間を割くくらいなら、竹千代と国松の心理描写にもっと手間をかけてもらいたかったですね。

だってこの問題って、「江」 にとってとてつもなく重要に思えるから。 春日局との確執も、「江」 という人物にとって人生の大問題だったと感じる。 そういうところを全部スポイルしたわけなので、やはり豊臣が滅亡したあとは、ささ様が表現されたように、もはや 「おまけ」 でしかないのかな、なんて思うのです。

ただまあ、今回の 「江」 ですが、私の視聴方法も悪かったかな、という気はしています。
なにせあと3回。 3回で何が出来る、何をするんだ、という強迫観念に取り憑かれて(見る側が感じるこっちゃないですね、脚本家が取り憑かれるべき概念です)。

そしたら福がイライラさせるし、江と秀忠はとっとと会って話しないし。 竹千代は化粧に夢中だし(あくまでオトコには厳しい私…)。

確かに江が、豊臣滅亡に関して達観せざるを得ない状況に追い込まれていく、というのはよく分かったんですよ。 よく描写されていたと思います。 理解はできました。

さらに前回、「豊臣滅亡の時点で秀忠の変心の理由が分からなければ、淀と秀頼自害の悲劇性が薄れる」と私はコメントでも書きましたけど、結局これが今回説明されたわけで、その説明も秀忠の苦渋も、実によく出来ていたと思うのです。 まあ、だいたい感動しましたもん(またナマイキな書きかただぁぁ~~っ)(何度もスミマセン)。

でもここ数回、毎回のように見終わって感じるのは、「話はよく出来ていて感動もさせるけれども、そこにリキ入れて語られてもなぁ」、という思いなんですよ。

おそらく次回の家康と秀忠の別れもそうだと思います。 感動はするでしょうけど、オーラス2回でそこに重点を置いて語るなよ、と。 江の話だろ、と。

まあ最後まで、よくここまでクサさせてくれますよネ(笑)。

 先生は戦国の姫としての江を描きたいのであって、江の一生を描きたいわけじゃないみたいです。江の出で立ちが若いままなのもそのせいかと思います。それで、江の母親としての側面もおざなりなのでしょう。マリー、アントワネットでも書いてる気分かもしれません。春日局だって、「大奥も書いておくか」ぐらいのノリで、江に敵対する人物としての登場だから、最低の乳母です。
 今回は見ていて脱力してしまいました。呆れてしまって。何かを求めるには時が無さすぎますよね。

 先生としては淀の悲劇をたっぷり描けたので大満足ではないでしょうか。淀の手紙を読まされる江ちゃんを見て、「可哀想な主役だな。」と思いました。結論も淀が持って行くのかと。しかも「わからない」が江の答えになっているし。ここは毅然とした答えをしてほしかったです。そのために時がたつ演出だったのじゃないの。秀忠と抱き合っても、「千姫に一緒に償いをしてほしい。」「あなたが憎めというなら、私も一緒に憎まれましょう。」ぐらいの事を秀忠に言ってほしかったです。徳川の御台所としての覚悟を見たかったかも。江ちゃんの見せ場は、秀忠に持っていかれてしまってました。ポジティブ思考が江ちゃんの魅力じゃないのかしら。でも秀忠が「自分たちの子や孫の代には、殺し合いはない。」と見栄を切ってましたが、「おたくの長男、次男を殺すよ。」と相変わらず甘い将軍に教えてあげたくなりました。すぐそこに危機の芽があるのに、気付いていないめでたい人達です。先生もシュールですよね。

 竹千代と国松は見せ方がわかりやすくて、先生にはどうでもいいのだろうなとしか思えません。

 秀忠と家康が和解するのが悪いとは思いませんが、そこに江ちゃんが助け舟をだしたり、するべき事があるでしょうか?先生は、秀忠溺愛ですから、江ちゃんは遠くで見守っているだけになりそうです。

 江ちゃんをとおして先生は何を描きたかったのでしょうか。虚無では無いですよね。愛は淀だし。平和は秀忠。「優しい光」であってほしいかな。私の希望は。いつまでもクサさせてくれる、敷居の低いドラマ、きっと最後までですよね。かわいい完ちゃんで泣いたのが、このドラマを見て唯一良かった点でした。このドラマでこれ以上はもうないでしょうね。(笑)

 

 

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「私にはどうしたらいいか分かりませぬ」 と、姉を殺された恨みの持って行き場がなくなった江を、脚本家は 「戦国の世にもっとも翻弄された姫君」 という悲劇性でもってあぶり出そうとしている、と私は考えます。 その姫君をもっとも疎んじて、避けて通ってきた脚本家が最後につじつま合わせをするのには、その方法しか残っていない。

ところがその姫君をきちんと描写していなかったがために、見ている側は 「また分かんないのか」 「どこまで自分本位で物事を考えているんだ」 というふうにしか見ないのだと思います。

「戦に翻弄されてカワイソウ」、という視点でしか、江という人物を見てないんですよ、脚本家の人は。 結局ドラマ全体から流れる 「脚本家が江を(もしくはそれを演じる上野樹里チャンに対して個人的に)嫌いな空気」「興味のない空気」 が如実に視聴者側に伝わってしまう。

「悲しみを内に秘めながら生きていく」、という決意を持つにいたった江。

結局こういうつまんない描かれ方をされたら、江の人生の意味はそういう最終的な落とし所しかないだろう、という気は私もいたします。

しかしそれを実践する江の態度、というものが、夫婦で抱きあってオイオイ泣いた後に見受けられないのが、どうにも見ていてイライラする。

それが、ラスト2回で解決する問題なのだ、というのが透けて見える、という点ももどかしい。

家康と秀忠との最後のやり取りが、江に竹千代との接し方を根本から見直させる、とか。

なんかあり得ない展開ではないですよね(笑)。

結局北大路サンがこのしょーもないドラマに出続けたのは、自分がラスト2回で死ぬまで、自分の演技を堪能していただけると思ったからじゃないでしょうかね。

確かにこのドラマ、すごい役者たちのスタンドプレーによってかろうじて成立している。

だからラストまで、スタンドプレーの応酬で見せていくことでしょうね。

それしかドラマの存在意義がないのですから。

 役者さんは目一杯の演技ですよね。脚本に内容が無い分、演技で納得させるしかないですから。樹理ちゃんは、スタンドプレーができるタイプじゃないですから、損なのかしら。北大路さんは「篤姫」にも確か出てましたよね?(「篤姫」、ろくに見ていないものですから)多分その縁でのご出演というか、先生の脚本に馴染めるのが大きいのじゃないですかね。演技を堪能させたい、という野心は、この安っぽい脚本では、道半ばだと思います。だから私は大竹さんの素晴らしい演技もこの作品では評価の対象外です。完ちゃんは演技じゃないから感動できました。脚本に関係なく。北村さんのように滅多に出会えない人の場合は別だけど。

 だいたい戦に翻弄されて可哀想なヒロインだったら、同情のひとつもしたくなるものじゃありませんか。江ちゃんに同情?この脚本でできませんよ。先生は、江ちゃんをどこか小馬鹿にしているように見えます。女性そのものに対して小馬鹿にしているのではないですか。先生は女の人に好かれないだろうし、先生も自分が一番って思っているタイプですよね。(単に私がこういうタイプが嫌いなだけかもしれません。先生がお好きな方、ごめんなさい。)

 つじつま合わせも微妙だと思います。スタンドプレーは続くでしょうが、内容的な着地点はないのじゃないでしょうか。宙ぶらりんで終わりそうですよ。「来年はないからね、バイバイ」じゃないでしょうか。江ちゃんの悲しみなんて、描かれてないですから。我が子と別れてもすぐ忘れているような描かれ方だし。悲しいと食欲が落ちるくらいの描かれ方ですよね。演技しててつまらないだろうなと苦行を続けた樹理ちゃんに同情してしまいます。

 ここまできて修復も無理だし、撮り終わっていますし。去年の脚本もいろいろ言われてましたが、彼は龍馬をないがしろには一度もしなかったと思います。江がないがしろにされている、それが、いつまでもというのが、この作品の脚本が根本的に間違っていると思う点です。面白ければいいと先生は言うのかもしれませんが、面白くありません。


 

 

 

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

北大路サンがこのクソドラマ(失礼…)にどうしてお出になったのかな、とあらためて考えてみました。

もっとも考えられる 「『篤姫』 での縁」、というささ様のご指摘のほかに、「遊び感覚」、というものもあったかと。

要するに、ソフトバンクの犬のお父さんみたいな感覚(爆)。

北大路サンって、結構遊び心も持ち合わせている役者さんだと思うんですよ。
おそらく第1回の、「江の産声に戦場の人々が皆ほっこり状態になった~」 という脚本の部分を読んでから、「このドラマはトンデモドラマだ」、と。
…いや、第1回の時点ではそんな危惧もあったかもしれないけどあり得ないか(笑)。
分かりました、「いったん引き受けちゃったからどうしようもなく」、です!(爆)

でもその見返りとして、オーラス2回までお出になったのかもしれない(ああ邪推…)。 オーラス2回での予告で見たシーンは、まさに感動モノでした(予告だけ…ハハ…)。 あそこまで家康を立てていただければ、我慢して付き合った甲斐がある、というものです。

「女性全体を小馬鹿にしている」、という感覚は、どうしてもあるのかな。  つーより、他人の人生自体をナメとる気もいたしますが(爆)。 自分の人生がイージーなので、他人の人生も茶化したがるし深く掘り下げが出来ない?

ああまことに個人中傷になってまいりました、平に平にご容赦いただきたい…

ただし作品本位でものを言わせていただければ、脚本家のかたにはもう大河への御出馬はあり得ない、とだけは申し上げたいです。

 江ちゃんの奇跡の産声でしたね。懐かしい。戦場にいる敵、味方関係なく感動するという命の響きで、この大河は始まったのでしたね。あの回は時任さんの頑張りもありまして、別れの度に扉が閉まる演出の1回目でもありましたし、とんでも大河になるなんて、思いませんでした。北大路さんはやっぱり、犬のおとうさん。凄いです。リウ様の推理力が凄い。いったん引き受けたから、断れない、いいですね。樹里ちゃんなんか、事務所の絡みもあってなおさらでしょう。脚本読んでびっくり。饅頭の取り合いっていくつ?小学生?の世界でしょうね。でも大人になるのに半年もかかるとは思わなかったでしょうね。精神的に今も江ちゃんは子供だけど。

 私も田渕先生には二度と、大河の脚本を書いてほしくありません。別な仕事でも脚本依頼が今後くるかも怪しいと思いますが。NHKにも良心はあると思いたいですよ。主演の樹里ちゃんがこのドラマの演技で非難されてしまうのは不当だと思います。彼女が望んでこうしているわけではないですから。それでも一年間演じきった樹里ちゃんを讃えたいです。先生はずっと夢の世界にいて頂きたいですね。(笑)


 

 今日BSで「坂の上の雲」のCMがあったのですが、迫力がありました。壮大なスケールというか、戦闘シーンは使いまわしじゃなくてちゃんとロケして撮ってきたのだなとか、スペシャル感満載。1部は見ましたが、2部は見てません。でも、NHKの本気度はわかります。「江」はそれと比べて、悲しいですよね。制作側の意欲も江ちゃんから感じられないのは何故なのでしょう。去年は制作側の熱気が時に空回りするくらいあったし、一昨年も役者さん達で討議したりしたらしいし。今年は先生のイケメン大好きのはしゃぎっぷりくらいしか、印象がないので、先生の脚本が余計、文句つけたくなってしまうのかも。この脚本の良さってイケメンがかっこいいくらいしかないのです。それでも、先生の良さをNHKがかばうようなところが全くないし、もう撮り終わっているからか、冷淡ですよね。ホームページを見れば違うのかもしれませんが。などと、「坂の上の雲」のCMにつれづれと考えました。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 「カーネーション」 のレビューに10時間くらいかかって(ハハ…)、コメント返信を怠っているあいだに2件も書かせてしまってゴメンナサイ。

「カーネーション」 並みに熱いレビューを書けない 「江」 でありますが(爆)、「気楽に書ける、気軽にクサせる」、という点で 「江」 には 「江」 の良さがありますね、やっぱり(笑)。

樹里チャン、あさみサン、りえサンの三姉妹が初登場してから、40回以上を経てなお成長の跡が見えなかった、というのは返す返すもすごい話で。

いや、淀の方は成長しただろう、と言われそうですが、茶々の時代から淀は出来た娘でしたから(笑)。 やっぱり成長は、してない(笑)。

まあ、別な仕事ならできると思いますよ、脚本家先生。 ただ知的な講演会とか無理そ~ですけど。 だって記憶力、ないんでしょ?(ご本人がそう言ってるので中傷、じゃないですよね?)。

初期の段階で江には、信長の霊がついている、というこのドラマならではのオリジナルな視点があったと思うのですが、どうしてあれを推し進められなかったかな~、とは感じます。

でもトヨエツサンをいつまでも出すわけにもいかないですか。 結構秀吉の目の前に、しょっちゅう現れてましたけどね。
あれってやはり、ストックから出してたんだと思うんですが。 トヨエツサンの映像。 普通大河ドラマって、その人がクランクアップしてしまうと、なかなか再登場ってしないですからね。 で、それまでのドラマのなかの映像をそのまま回想で回してたりします。 再登場、なんていうと、子役の子が一世代置いてそのまた子供で出てくるとか、そんなパターンしかないけれども、いったんクランクアップした役者が、それっきりだと決めつけるんじゃなくて、もっと自由にいろんな回想で出てくればいいんじゃないかと、私なんかは思うんですよ。

「坂の上の雲」 に関しては、以前大ポカをしてしまったためにレビューを書くのを控えさせていただいてます。
ただ、見ていてすごいな、と思うことは多々あるのですが、長いせいか途中でダレてしまうこともしばしば。 1回45分で小気味よく見せればいいのに、ととても感じます。
話が難しいのでとっつきにくい、という難点もあるでしょうね。 状況把握がしにくい。
結局歴史好きをうならせる、というだけで、ドラマ的にメリハリがついてないように感じることも多い。

それを鑑みると、「江」 はとっつきやすい。 すぎますけど(笑)。 ここまで分かりやすいんだから、もっと記憶力がよかったらもっといいものが書けたのに、と残念に思います。

 先生は講演会はお好きでスピーチが苦手らしいです。スピーチがあると思うと、賞をもらっても返上したくなるらしい。(ご本人談)

 先生がおっしゃるには「祈り」をこめて書かれた大河ドラマの「江」。残念ですが、祈りが伝わってきません。

 ただとっつきやすい、気安いという良さはありますよ。「坂の上の雲」は重厚感で、私には寄り付きにくいところがあります。いいお話なのはわかっていても。その点「江」は、最後の1,2分で、45分の主題が出てきたり、見ても見なくてもぐだぐだだったり、いつでもちょっと寄れる一杯飲み屋の雰囲気ですよね。そこで、顔見知りと意味の無いおしゃべりをしている感じですかね。

 記憶力はきっとお兄さんの仕事だったのでしょう。先生がお兄さんをないがしろにして、自分勝手に書き進めた結果、お兄さんが戻ってきてもどうにもならない事に。まあそのおかげで、岸谷秀吉がブラックコメディに仕上げてくれましたけど。世間の批判を受けながら。きっと楽しんで演じていらしたでしょう。今考えると、あの秀吉は怪演でした。

 朝ドラの方が素晴らしいって、先生も大変。おひさまも良かったらしいし。でもスピーチがお嫌で、賞なんて狙ってないでしょうから、先生今年は安心ですよ。篤姫の時と違って。これで、何かもらえたら、それは役者さんの功績だと思います。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

スピーチと講演会って、台本があるかないか、っていうことですよね。 台本がないとボロがでやすいのか…(笑)。

「祈り」、ですか~。

ん~、戦はしてはならない、という祈りでしょうかね。
身内で殺し合うようなことはやめよう、という祈りでしょうかね。
それとも被災地の人々に、笑いを届けようという祈りでしょうかね。

一見サンがぶらりと立ち寄って、結構有名な大坂夏の陣とか話がこのドラマではどうなってるのか見て、「なんやこれ、えらいけったいな話にされとるがな」 と面白がる感じかな?(笑)

どこらへんがお兄様の手を離れた部分だったのでしょうね。 グダグダすぎて分かんない…(爆)。

ここのブログ、サイコーの作品とサイテーの作品を交互に最近は書いてるっていうのが、我ながら面白いな、なんて感じています(笑)。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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