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2011年11月21日 (月)

「江~姫たちの戦国~」 第45回 してはならない比較ですが…

 このところ当ブログに於いて、目下のところNHK朝ドラ史上最高傑作と(個人的に)思われる 「カーネーション」 との交互のレビューが続いている、「NHK大河史上最低駄作」 のこのドラマ。

 「史上最低駄作」 などという、このドラマ制作に携わっているすべてのかたがた(約1名除く)の名誉を傷つけるような表現は、甚だ本意ではありません。
 それに朝ドラ史上大河史上って言っても、すべて見ているわけではけっしてございませんし。

 ただこのような心ない表現をしてしまう裏には、「大河ドラマとはかくあるべし」 という感情があることを、そしてなにより、「怒り」 というものがあることを、理解していただきたい。

 特にこのドラマで同情されるべきは、なにを差し置いても主役の江を演じた上野樹里チャンであり、その乳母を演じた宮地雅子サン(お名前を明かしてしまうこと平にご容赦願います)であることは明白である、そう思われるのです。
 まあ、ご本人たちが自らの役の、このドラマにおける道化を、どういうお気持ちで演じていらっしゃったかによって、こちらの同情などは要らぬお世話にもなるのですが。

 ところでこのドラマ、ここ数回(でもないか)その語り口の手法に於いて、件の 「カーネーション」 とダブる部分が散見されるような気がする。

 それは、

 ・先の読める展開をわざと作って視聴者をじらす

 ・必要最小限のセリフによってその裏にあるものを視聴者に読ませようとする

 という点です。

 たとえば 「カーネーション」 で、娘に自分の呉服屋を継がせようとした父親が、商店街の人々を呼んでその披露をするのに、その肝心な部分がすっぽり抜けたまま、父親はそんな自分の思いがどんなことであるか、ほぼ全く語ることなく、ある日忽然と娘の前から姿を消す(って、失踪したわけじゃないんですが…笑)。

 かたや 「江」 では、乳母の教育によって歪んだ人生を歩むこととなった息子が、母親への思慕を募らせて自ら化粧し、それを見た母親との間の誤解をさらに広げていく。

 どちらもこうした問題はだいたい先が読めるもので、「カーネーション」 の場合 「たぶん父親は娘に店を継がせたのだろう」 と思わせ、「江」 の場合 「たぶんこの母と息子は互いに理解しあえる日が来るのだろう」 と思わせる。
 どちらも見る側をじらしながら、自らの心情をあまり善作(「カーネーション」 の父親)や江(化粧する息子の母親)に語らせることなく、ドラマは進行していきます。

 が、いっぽうでこの効果は絶大であり、いっぽうでこの手法は見る側を限りなく苛立たせる。

 これはなにが原因なのか、と言えば、だいたい火を見るより明らかなのですが、「人物描写がなっているかなっていないか」 の一点に集約されます。

 たとえば善作は、娘に対して気に入らなきゃ罵倒する、殴る。
 けれども自分の店を譲る、という決意を語らせる場合、自分の母親に 「言うな」「自分の決めたことだから好きなようにさせてくれ」、としか言わせない。
 善作が自分の娘に対してつらく当たるのは、平たく言えば娘のことを買っているからなのですが、そこには自分の情けなさとか、いろんな要素があることを、ドラマの語り部はきちんと描いているのです。
 だから何も彼が言わなくても、見る側は彼に感情移入しながらドラマに没頭できる。 彼の心情に涙できる。

 けれども江の場合。

 今回もなんだかんだとありながら、結局化粧をしていた自分の息子を受け入れることが出来ず、「やはり世継ぎは(次男の)国松じゃのう」 などと簡単に言わせてしまう。

 のちのち竹千代と心を通じ合うことが見る側に分かっていても、江がきちんと自分の息子たちに対して向き合っていないことが、その時点でとても見えてしまうのです。

 だから 「どうしてのちの和解に向けた、ためにする心ない言葉を、江にしゃべらせてしまうのか」、と見る側は嫌悪感を抱いてしまう。
 そして江の心情をそれ以上にドラマで表現しないために、見る側の気持ちはますます苛立ってくる。

 江の乳母に関しても同様で、彼女はもう、オーラス2回だというのに、相変わらず道化を演じている。
 いつまでやってるのか。
 一度決めたスタイルだから崩すことなく最後までやり遂げよう、ここんところ乳母にはズッコケさせてなかったから、久々に笑わせて懐かしがらせよう、という意図なのであれば、それは脚本家の大きな勘違いと言ってよい。
 だいたい最初から、乳母のギャグには視聴者の誰もが(主観で~す)ドッチラケてるのです。
 本当にこの期に及んで、ますます苛立たせてくれます、この乳母(爆)。

 また同様に。

 春日局(福)ですが。

 今回、ようやくその一端が見えたのですが、彼女が竹千代をどういう育て方をしているのかが、まったく描写されてこなかった。

 そして作り手は、そんな福をあくまで出しゃばり女、憎たらしい女としてしか描いてこなかった。

 それも最終回に向けて和解していくのだろうと思っていたのですが、実際その通りになって。

 なんというか、こういう予定調和のために、登場人物たちを不当に貶めることだらけで、実に腹立たしくなってくる。

 「カーネーション」 と手法が同じなのにここまで天と地ほどの、月とスッポンくらいの話に堕してしまうとは。
 すべては作り手の、人間に対する愛情の目、人間観察の能力の欠如に帰している。
 脚本家の名誉を傷つけることをあえて書いてしまうのは、こちらとしても心苦しい。
 ただし私のこの思いには、「怒り」 というものが裏にあることを、あらためてご理解いただきたい、と思うのです。

 すごく蛇足になってしまいますが、話のダメダメさが極まっていく今回の話のなかで、脚本家が唯一力を入れていたように思われる、家康と秀忠との和解。 家康の最期。

 よくできていましたが、その他の話があまりにもダメダメすぎて、どうにも感情移入すらままならなかったことを白状させていただきます。
 いや、この和解にしたって無理やりとってつけたような話だった…。
 嗚呼…。

 いずれにしても来週は、ついにこの史上最悪大河も最終回。

 寂しさがあるとすれば、それは気軽にクサせない寂しさであります(笑)。

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コメント

 リウ様のお怒り、ごもっともです。乳母さんが正月の挨拶でずっこけた時は、「気の毒に。」としか思わなかった私はちょっと、マヒしてきているのかしら?

 親子の和解の回でした。それだけかい!家康と秀忠の前にそこに江ちゃんが久々でしゃばってきました。信長、秀吉、家康の戦国三傑と江ちゃんの憎しみからの和解がついに完成しました。さすが主役!

 秀忠と家康の告白タイムは、もともと両想いのお二人、かなり気恥かしいセリフを、北大路家康の熱演で向井くんをリードして、それなりに感動的に仕上げてました。家康の「泰平のためなんたら」は「家康にも言わせるのね」でしたが。みんないい人が、先生のポリシーですから。廊下で聞いて、涙を流していた樹理ちゃん、がんばってました。もう盗み聞きは不自然とか、文句言いません。(笑)

 で、竹千代と江ちゃんの和解となるのですが、みんないい人の法則がまた発動しまして。竹千代と福のキャラが別人になってて、ずっこけました。一年も前から、自分の主が自分より母親を恋しがっているとわかっていたら、福は江に豊臣への憎しみをぶつけたりできないと思うのですが。竹千代だって、豊臣は滅んで当然って態度だったし。とってつけた感がひどくて。お化粧エピソードを思いついてママと和解させようとほくそえむ先生の姿が目に浮かびます。なんか嫌!竹千代がママが好きってのは、先生の脚本じゃなくて、子役さんの演技で十分伝わっていたのですが。受け止める江ちゃんを先生がお馬鹿にしてるから、ぐだぐだで。「母を許せよ。」樹理ちゃんは許してあげたいけど。釈然としないです。どれだけ、上から目線なのかしら。許しを乞う言葉とは思えないのですが。でも「私も被害者なのよ。」って先生は言いたいのじゃないかしら。私は女にはキツイです。ごめんなさい。

 リウ様を見習って、最終回の予告を見た結果、「江」の主題がわかりました。「希望」です。先生が祈りをこめたお話の主題は。そういえば長政パパが赤ちゃんの江の事をそう言っていたっけ。今度は秀忠が言うようです。だったら、第1回と最終回だけでいいのじゃないかしら。江ちゃんが家康に大嘘つきと言ってましたが、この大河で江が「希望」として生きる様って、赤ちゃんだった時以外ありました?本当に戦国の希望として美しく生きる姫君の生き様であれば、震災で疲弊して苦しかった今年の大河として、癒しになったかもしれません。残念ですが、そうはなりませんでした。来週見て、これ以上思う事が残っているかどうか、もう樹理ちゃんに気持ち良く、馬にのって駆け抜けて行ってほしいと思ってしまいました。でも、来週もクサすくらいの楽しみは持って見たいと思います。(笑)


 

投稿: ささ | 2011年11月21日 (月) 21時14分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 ささ様と 「江」 について語り合うのもあと最終回を残すのみとなって、その点でも名残惜しいです。

次回予告の 「希望」 というサブタイトル、第1回で時任サンが 「この子は希望ゆえな」 としゃべっていたことを思い出しました。 「希望ゆえな」 の 「ゆえな」 が気になって(笑)。
なんとなく 「希望」 という言葉の持つ現代的な響きと、「ゆえな」 という取ってつけたような昔言葉の齟齬を感じたのですが、実際齟齬だらけのドラマになろうとはbearing

だいたい 「希望」 って、江がなんかの希望になったことなんか、一度だってなかったですよね。 あ、明智とガラシャかな。 それくらいしか思いつかない。

そんな 「取ってつけた」 の権化みたいなゴーインな結びつきでこのドラマを締めくくろうとは。

な~にが 「希望」 だよ、という感じなんですけどね、ホントに正直に話してしまうと。

今回も、ちょっと細部にわたってこのドラマの問題点を探ろうとしたのですが、結局は 「人物が描けてない、人物に脚本家自身が感情移入してない」 という当然の帰結にばかりなってしまうので、なんかストーリーのなかで気になったことをあげつらうのも面倒になってきて。

福と竹千代がいきなりいい子チャンになっちゃうのも見ていてバカバカしいし、母親が好きだったから化粧をしたとか、どうしてこーゆー下らない話になってしまうのか?で、母子が抱きあってオイオイ泣いてるし。 限りなくシラケました(スミマセン、ラストが近いだけあって容赦なくなってます)。

それまで淀の話で乗りに乗って書いていたのに(それも錯覚レベルですが)(ホント容赦ないな)、いざ江を主役にして話を考え出すと、江にフツーのことしか話させることしかできない。 「やっぱり世継ぎは国松じゃのう」 なんて、いかに改心するにしても、主役がこんなセリフって、ちょっと、なんというか、ホントに(怒りで胸が苦しくなってきた…笑)。 そのあげくに 「母を許せよ」 って、ほんの少しでもほかに気の効いたセリフは考えつかないのかよ、っていう感じであります(あ~もう、暴走しっぱなしだ)。
そもそも江って、竹千代と話すとき、きまって眉間にしわを寄せている。 あんな顔をされたんじゃ、気弱な息子はなにも言えませんよ(これは脚本のト書きなのかな?)。 そんな母親を好きだなんて、説得力まったくゼロ(今回は暴走を見逃してくださいまし…笑)。

家康と秀忠の語らいを強引にブッキングしたのが江だった、とかいう話も、もうなんか、それしか思いつかないのでありましょう。 だから父も息子も仕方ないから本音を打ち明けたよーな感じ。 それを聞き耳たてている江、監視役ですよよーするに(さらに失礼)。 相変わらずどこでもドアで突然やってくるし(誰か止めて…)。

しかも物語の根幹にかかわる、結構重要なシーンが、今回はありました。

それは、家康が大坂の陣で淀たちが自害したことについて 「避けては通れぬ戦であった」 と述懐したのに対して、江が 「私はそうは思いません」 と返事をした部分。

まあ、ただ単に 「避けることが出来たでしょ」 と江は言いたかっただけなのかもしれませんが、ここは物語を深くする大きなチャンスとなるシーンに、私は思えてならないのです。

「すべての戦は、避けて通る事が出来るのです」。

このシーンで江にここまで語らせることが出来れば、このドラマの存在意義はかなりグレードアップすると思われるのです。

けれども脚本家先生には無理でしょう。 江をなんとも思っていないのですから。 「避けることは出来たでしょ」、ですよ、単に、このシーンの意味は。

あーあ。 です(暴走して文句を書き連ねたこと、平にご容赦願います)。

投稿: リウ | 2011年11月22日 (火) 08時34分

 江が家康に、避けられぬ戦だとは思えないと言い返した時、ここで、一気に反論させるのかと、ちょっとだけ期待したのですが、そのままでしたね。もし、そこで、戦を避けて泰平の世をつくる手だてを江ちゃんが提案できたら、先生を見直したかもしれません。歴史は変えられないしきれいごとでもないでしょうけど、江ちゃんなりのままごと平和主義でも答えを持っていたのなら、と思いましたが、先生は答えをお持ちじゃないようです。江ちゃんは反対するけど、意見をもっていない万年野党のような存在でしたね。主役なのに。

 「母を許せよ」はないだろうと思います。樹理ちゃんは演出で眉間にしわ作っているのでしょうか?親として、ただ抱きしめるだけでよかったのじゃないでしょうか。だって、江ちゃんは福のせいで、竹千代から離されていたのだし。だいたい母を思って化粧なんて、まあ先生の趣味なんだから仕方ないけど。

 最終回の希望はきっと、お兄様が思いだして、「あなたが、長政に言わせたでしょ。一年を通しての作品の肝を。」てことで、最終回に登場するのじゃないでしょうか。先生は茶々に脱線して忘れていたでしょうから。希望も何もなかったですけど。樹理ちゃん、可哀想だな。73分拡大するらしいけど。

 総集編が年末に2回あるらしいです。12月29日と30日の午前7時20分から9時10分まで。エー、朝?大掃除で起きても、大河の総集編なんか見ませんよ!NHKのこのドラマへの冷たさを感じました。総集編放送するほどの話じゃないって言えばそうですけどね。ネットで言われているだけなので、ジョークだといいのですが、決定だったらとっても可哀想です。がんばって演じた人達が。

投稿: ささ | 2011年11月22日 (火) 21時01分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。
先のレスでは、だいぶ調子に乗って暴走してしまいました。 ちょっときつすぎたかな、と思ったけど、鬱憤をここで吐き出さないとどこで出すんだ、という感覚でお見苦しいところをさらけ出してしまいまして。

「私はそうは思いません」、という江の家康への返事。

まあ個人的に、あそこはドラマを深くする唯一のポイントだ、ここで江に語らせなければ、江の存在意味もない、と考えたのですが。 脚本家は 「江はまだ豊臣を滅ぼしたことを根に持っている」 としか考えていないのが、よーく分かりました。

「避けられたはずでしょ」 としか江が言えなければ、家康は自分の人生そのものを省みることもない。 戦国武将は例外なく、戦を繰り返してきたんですからね。 「戦は嫌じゃ」 とその風潮に真っ向対抗してきた江がここで一矢報いなければ、どこで報いるというのでしょう。 「万年野党」 とは言い得て妙。 うんうん、とささ様のコメントにオーゲサにうなづいてしまいます(笑)。

脚本家が 「江にはもっと激しく演技してもらいたい」 という内容のことを言っていたのを思い出しながら今回の話とかも見ていると、確かに樹里チャンの演技はこの脚本の意図に真っ向対抗している(真っ向対抗はこっちか…)。

「やっぱり世継ぎは国松じゃのう」 なんて、しずかに言われたら 「こいつ本気で考えてる」 としか考えられないのですが、同じセリフを怒り気味に言うと、「全く竹千代は化粧なんかしてだらしない、もっとしっかりせよ、福はどういう教育をしとるんじゃケシカラン」 という感情が表わせる、と思うんですよ。

これは 「もうこの時点で江は結構な大人なのだから、大人の演技をしたい」 とする樹里チャンの思惑が、脚本の意向と完全な齟齬をきたしている象徴のシーンだと、私は感じました。

いつもより30分も延長して、イライラがさらに助長されなければいいのですが(爆)、総集編が早朝放送、という話、それホントなんですか?
それが本当だとすると、私の記憶の限りでは、そんなことは1度もなかったですから、もう作品自体が侮辱されまくりですよね。 まあこのところ、総集編なんかいつやってんのくらいの感覚でしたけど。

でもこのドラマ、総集編あたりでやってくれたほうがぐっと見やすいドラマになる気がしますよねー(爆)。 たいがい総集編、というと、はしょりすぎてて本編を見ていたものとしては物足りないケースが多いのですが。

投稿: リウ | 2011年11月23日 (水) 10時35分

 第1話と最終回をくっつけたら、江の総集編は完成でしょ?後はトヨエツ主役の信長、茶々、家康と秀忠で。今年の大河は主役がいっぱいで豪華でしたね。(ほとんど、嫌み!)今回は徳川家康の最終回だったし。来週が江の最終回だわ。

 樹理ちゃんは努力したと思います。先生の好きな激しい演技だけでは、視聴者の反感をかうばかりだし、彼女自身どう演技していくのか苦悩したのじゃないかと思います。眉間にしわで険しい顔しているのも仕方ないのかなと思います。私は舞台のように過剰な演技を映像で見るのは好きじゃないので、樹理ちゃんの演技力が足りないとは思いません。映像では、容姿や佇まいだって演技の要素だと思っています。つまり、舞台、映画、テレビそれぞれで過不足なく演技できる大竹さんのような演技人はそうそうはいません。江には演技力を発揮するような性格付けがほとんど無かったと思います。淀と違って。そこが先生の江という主役への愛情の無さです。

 明るくて、前向き、健気、天然そういうお姫様なのだろうけど、シリアスな立場に置かれた時も江は茶化しているのかと思うような場面が多々ありました。一緒に喜んだり、悲しんだりしにくいキャラクターでしたね。それでも1年間続けて演じ通した事に樹理ちゃんのがんばりの意義があるのでしょう。

 でも来週で、終わりです。総集編の話は時任さんがツイッターでされているそうです。1年間、江を応援されていたそうです。大河にはそういう特別なところがあるのでしょう。役者さん達が才能を発揮する場としても、江の出来に関係なく、大河ドラマが続いてくれる事を願ってます。来年以降に魅力ある大河を期待しましょう。田渕先生には大河を引退してもらって。(毒吐きしちゃった。)

 

投稿: ささ | 2011年11月23日 (水) 11時38分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

江が、最終回を迎えられるのでしょうか?(スッゴイ嫌味ですね、私も)。 江はさっさと退場させられ、ウィキで調べたら初とか秀忠とかのほうが長生きしたらしいので、あとは彼らの回想で江を持ち上げて…。 で終わりとか。

樹里チャンの思惑のほうが正しいって、私も思うのですが、だいたい脚本自体が江を成長させてない、というところがいちばんの元凶。

彼女を徹頭徹尾、火を吐くような女性にしたければ、もっと大坂の陣でも出しゃばらせるべきでした。 それこそどこでもドアを持ってきて、淀を直接説得とか。 江の目の前で大坂城を炎上させればますます悲劇性アップです。

今まで好き勝手放題に歴史を歪ませてきたのだから、ここまでやっていいはずだ。 淀は不可侵領域だ、という脚本家の強い思い入れが、江の実力行使を阻害した、といってもいい気がします。

でもまあ、江の目の前で大坂城炎上とかやったら、それこそ大河ドラマ自体の歴史が終焉する気もいたしますね、やっぱり…(ハハ…)。

ただ写経と、大まかな内容しか作り上げることしかできなかった文だけが、脚本家の江に対する愛情のなさを如実に感じさせただけで。

ここ数回は、「ああ~もう早く終わって海外旅行したい!」 という脚本家の気持ちが、スッゴイ出てる話のような気がしています(爆)。

投稿: リウ | 2011年11月23日 (水) 14時56分

 来週は秀忠の最終回かもしれません!?先生のお気に入りですから。(また、嫌味!)先生が海外旅行に行きたがっているのが、本当にわかるやっつけ仕事ですよね。「竹千代とかどうでもいいのよ。」「書きたい淀主役の分は書いたし。」(透けて見えるのが。またまた嫌味ですいません。)

 大阪の陣で家康のところにでしゃばって、文句たれたり、ねねさんにお願いしたりするのかと思ってもいましたが、やったのは秀忠くんでした。愛の差です!どこでもドアは随分批判されていたから、使いたくなかったというか、大阪の陣で先生は淀を描きたかった、それに尽きるのでしょう。えこひいき上等って開き直られたというか、「淀の方が好きなんだもの」なのでしょう。(また嫌味。)まあ脚本の段階では江の出番はもっとあったのかもしれません。演出編集でばっさりカットされることもあるらしいですから。(一応弁護しておきます。)宮沢りえの演技で素晴らしい淀だったと思いますが、江ちゃんの味方のオバサンとしては、ちょっとしらけたのも本音です。(いつ江ちゃんの味方に私はなったのか、嘘ついてごめんなさい。)

 江の目の前で大阪城炎上、多分非難轟々ですよね!大河史上最低とこれまで以上に罵られるのは確実です。でも、最低なのはずっと前からだから。(また嫌味)

 でも、リウ様のレビューを読むために大河をがんばって見続けたと言っても過言ではありません。大好きな大河を見たから、レビューを読むのが本当でしょうが、本末転倒しているところが、江ちゃんらしいのです!何故かって言うと、リウ様はただ、批判するだけじゃないから。最低って決め付けると、演技している人ががんばっていてもたいていクズのようにレビューされているのです。それが悪いとは言いません。(実際、私も文句いっぱいですから。)でも、リウ様のように公平で時に冷静な見方も大事だと思います。あと一回。楽しみです。リウ様のレビューにお逢いするのが。

 

 

投稿: ささ | 2011年11月23日 (水) 17時55分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

返す返すも有り難いお言葉で痛み入ります。 ただ私としては、このドラマのレビューはほぼ(8割がた、かな…笑)ささ様に向けたものでございました(ほかの読者の方には大変申し訳ないのですが)。 やはりドラマに対して強力に語り合えるかたがいる、ということは、何より最大のモチベーションとなり得るのだと感じます。

江を揶揄するブログ、というのは私も読んだことがありますが、そこで語られるシエ(江、を分解するとシエ、になりますよね)の話は、そのブログを書かれているかたがとても博識であることはとてもよく分かるのです。

ただ私は以前に何度も同じ時代の大河を見てきたにもかかわらず、結構忘れちゃってる部分とかがとてもあるので、最終的には 「ドラマとしてどうか」、という点に帰着してレビューを書いてしまう。

さらにそこに出演していらっしゃる役者さんたちの質も、あまり問わないことにしています。

なぜなら自分がやれって言われたら、まずできないから(笑)。

まあ、それをやるのが役者という仕事ですから、やって当然、やれなきゃ罵倒、というのは批評の仕方として間違っているとは言えません。

ただしその役者を出演させるかどうか決めるのは、その役者さんご自身ではけっしてないですから。

そこは製作サイドが負うべき責なのだ、という考えです(事務所の圧力とかも考えられますけど、結局は決める側ですからね)。

で、役者がよかろうが悪かろうが、それを活かすのは脚本を筆頭とする制作者サイドだ、ということになります。

ほかのコメント返信にも書きましたが、NHKの場合、その企画段階はいざ知らず、現場サイドのクオリティというのは、とてつもなく高い、と私は考えています。
つまりこのドラマが史上最低大河に堕した全責任、というのは、この脚本家もさることながら、その元凶は、この脚本家を採用した企画の段階の責任者なのです。

しかしその責任者さえ、判断ミスを誘発した原因を考えると、一概に責められない。

この責任者の判断ミス、というのは、「篤姫」 の脚本家だから、という点に集約される。
ここで彼は、「篤姫」 が原作者ありきの話だったことに思いをいたすべきだった。 原作が素晴らしかったからこそ、ドラマもよかったのです。

さらに先ごろ前編が放送された 「蝶々さん」 を見ていてつくづく感じたのですが、「篤姫」 を演じた宮崎あおいチャンが、実に女優として屹立した、天性の才能の持ち主だった、ということも大きい。

あおいチャンに比べると(酷な話ですが)上野樹里チャンは、どちらかというと自分の努力によって役を成し遂げるタイプの女優さんだと感じる。 彼女がダメダメの脚本を咀嚼して演じるには、「江」 は少し難し過ぎた、と感じます、個人的にですが…。

長いコメント返信ばかりになって大変申し訳ありません。 もうこのドラマに関して書けなくなると思うと、ちょっと言っておきたいことが山積みなので…。

投稿: リウ | 2011年11月24日 (木) 07時51分

 樹理ちゃんは努力型の女優さんだと私も思います。あおいちゃんの朝ドラはつれあいにつられて見ていましたが、彼女はピュアな魅力があるし、小悪魔のような演技もできます。存在そのものがふんわりとしてかわいい女優さんです。樹理ちゃんは、多分きめ細かい脚本だったら、違っていたと思います。役も積み重ねて熟成させるタイプだと思うので、先生のように思いつきでころころキャラを変えて行く人の脚本では、良さが発揮できなかったのじゃないでしょうか。

 企画の段階で篤姫の2匹目のどじょう狙いがみえみえで、それにすがった為に失敗した「江」ですが、NHKも「篤姫」よりは劣ることは覚悟していたと思うのです。橋田先生やジェームス三木さんとかにも何回か書いてもらって、全部が素晴らしいわけじゃないけど、そこそこは作品の質が保証される安心感があったわけです。でも先生は篤姫で得た信頼を完璧にご自分でぶち壊してくれました。戦国というヒーローがたくさんいる世界のセレブなお姫様というのが、かえって仇となったのじゃないでしょうか。先生が目移りしてしまって、話の焦点が絞れない。江の人生より、戦国武将や、秀吉の側室の淀の方がドラマチックだから、そっちを書きたくなってしまう。しかも大恋愛を。

 それでも、もうすぐ最終回。近畿は7時半からだそうですが(選挙のため)、大丈夫かしら?
「江」はドラマとしても、そう良い出来とはいえないでしょう。リウ様のレビューは「それでも生きて行く」などが読み応えがあって素晴らしいです。でも、「江」のレビューは別な意味で素晴らしいと思っています。私は根気がないので、「それでも生きて行く」のような重いドラマは正直見ていて苦しいのです。(でもレビューは「江」以外のドラマのも時々読ませてもらっています。)

 「江」はあと一回ですが、その後もいろいろなドラマのレビューをがんばってください。私が見られるような、ドラマがあったら、お邪魔するかもしれません。そのためにはもう少し根気強くならないといけませんが。(笑)

投稿: ささ | 2011年11月24日 (木) 21時45分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

あ、選挙で前倒しなわけですね。 まあさほど最初の部分を見逃してもたいしたことにはならんと思いますが(笑)。

樹里チャンの力を発揮する脚本ではなかった、という以前に、脚本自体がハチャメチャでした(爆)。 彼女はカンは鋭いほうだと思うんですよ。 でもこのような 「そこらじゅう落とし穴」 みたいな脚本では、自らの立ち位置感覚もなくなってしまったのではないでしょうか(スッゴイ邪推)。

脚本家の精神状態が、そもそもチャラすぎですからね(う~、すごいこと書いてるな自分も)。 武将萌え、イケメン萌え、中学生向けのなんというかハーレクインロマンスみたいな(例えが古い…)(ラノベ、ライトノベル、といったところでしょうか)感覚で物語を書いてる。 もっと調子に乗ったら、ボーイズラヴまで手を染めたことでしょう(大失礼)。

昨日、「スタジオパークからこんにちは」 で、初役の水川あさみサンを拝見しました。
彼女は性格的に実に屈託なくて、大御所遊びを大竹しのぶサンらとやったりとか、結構このドラマを楽しんでいたようです。 まあ、脚本がダメダメとかこういう場では口が裂けても言えんでしょうから(笑)、インタビューの内容は実に浅いところどまりだった気がします。 ドラマ自体が浅いから、インタビュアーも深い部分まで突っ込めない、そんな印象を持ちました(穿った見方だ…)。

変わって今日の午後1時からは、上野樹里チャンが 「スタパ」 に登場します。 ちょっと注目しています。 もちろん恨み節なんか聞かれないと思うのですが、どういう葛藤があったのかくらいは聞きたい気がします。 外部の評判が耳に入ってこないことなんか、あり得ないと思うので。

まあ、ネガティヴ発言はNHKがNG出すと思いますけどね。 暴走する樹里チャンも、見てみたい…。

ほかのドラマのレビューでも、気軽にコメントをお寄せいただくと、こちらとしてもうれしいです。 このような 「愛すべきダメドラマ」 に、もう一度巡り合えるといいのですが(腹立ってふたりでまた文句ブチブチとか…爆)。

投稿: リウ | 2011年11月25日 (金) 07時27分

 樹理ちゃんのスタバ、見逃してしまいました。残念。江を見続けたから、最後見守ってやりたかったけど、それは最終回をみることで果たしたいと思います。「どうしてこんな低レベルのドラマを」と自分でも呆れてますが、何回か逃げたんだけど、リウ様のレビューに出会った事もあったし、完全に見捨てきれませんでした。

 お話はぐだぐだで少女趣味だったけど、大河らしい美術セットなど楽しめました。ただ、CGは改良してほしいです。イメージシーンだからと視聴者に割り切らせては、映像のプロじゃない!お金がかかるのはわかるけど、だったら、エキストラを使って実写にしてほしい。コストダウンでCGじゃなくて、より良い映像の為のCGだと思います。小学生で「ベン.ハー」を映画館で観た私としては(もちろんリバイバルですよ)、大河でもスペクタクルな映像を期待していますが、来年に期待なの?まだ見る決心がつかないのですが。清盛は歴史上で嫌いな人物なんだもの。

 再来年の八重さんの方が歴史上の人物としては見たい気がします。地味でしょうが。新島襄先生を誰もが唸るような人にキャスティングできたら、いけると思うんです!後は脚本!それに明治!大河に明治がやってくる!日本の夜明けぜよ!(去年の話じゃないって!)

 いよいよ明日。BSで見るから時間気をつけなくちゃ。秀忠の最終回だろうが、江ちゃんを応援してます!やけくそ半分!でも、もしものために涙をふくタオルを用意しておきます!だって、完ちゃんで泣いたのだもの、何があるかわかりません。大河なんだもの、江ちゃんは。大河で感動したいです。江の演技に泣きたいです。明日の夜、ボロクソ言っているかもしれないので、今、期待を夢を書きました。(笑)


投稿: ささ | 2011年11月26日 (土) 08時57分

横から失礼します。

昨日の、アサイチで、樹里ちゃん見ました。
総集編では、この番組で完結したのではと思いますが・苦笑、
ここでリウさまとさささまのやり取りをずっとロムさせていただいた身として、
樹里ちゃんの表情が重たく、硬かったのが気になりました。

1年がかりの大作が終わった!やり遂げた!という気持ちがあれば、はじけた笑顔も見れたはずでしょうに、そのような表情はなく、
つらくて途中で消してしまいました。

樹里ちゃんファンの友人は、ずっと見続けています。
今後の作品で、樹里ちゃんの良さ、才能を発揮できるものに早く巡り合えますように、
そう祈っています。

投稿: マーシー | 2011年11月26日 (土) 09時27分

すみません、ちょっと文章が下手でした、

>わざわざ総集編を見なくても、アサイチで流れたシーンで、ほぼ総集編の代わりになったのでは、

という意味です。

投稿: マーシー | 2011年11月26日 (土) 09時29分

不思議なのは

このドラマで、泣けた!
はじめて大河を面白いと思った!

という感想を書く人たちの、その思いの背景です。

どこが面白かったのかな
どこに泣けるシーンがあったのかな

私にはあざとさしか見えないドラマで不気味でした。

ファンだったら、泣けるのかな。
どんな部分に感動したのかな。

スムーズな流れが無く、時折人物描写がころっと変わったり、いってることも違ってきたりして(でもその背景をきちんと説明し得てない、秀忠が一番酷かった)

どこから何を掬えばいいのかまったくわからない脚本でした。


外からの評判が、きこえていないはずはないです。
ならば、なぜそれらに応えることが出来ないのか。
意図するところが明瞭にあり、それを為すがためにあらゆる事を為した、という確証がこちらに伝わってくるなら、それはそれで構わないのです。それが、もしかして江は実は男だったとか、言われたって、それにきちんと作り手の伝えたいことが乗ってくれば構わないんです。
時代考証がどうの、そういう問題では、今回はなかったと思います。
作り手は、何を見せたかったの?
だれにみせてる(つもりだった)の?
それは、成功したの?

龍馬伝、私は楽しく見ていたんですが、今回江のことでいろいろなところを見て回ったときに、やはり酷評する方も多くいて、ああ、そういう意見もあったんだとビックリしたものです。
当時、私は龍馬伝に対して非常に肯定的だったので、それ以外の意見を見るようなチャンスを持ったりしていなかった
(検索したりしなかったので)んです。

でも、カーネーションが始まって、カーネーションではこの、龍馬スタイルが息づいている。
龍馬伝で培ったことが活きている。
(穿ったものの見方をするならば、「てっぱん」も、「おひさま」も、かなり「挑戦」することを意識した作りになっていたと思います、これは龍馬伝の残した功績だと思っています)
では、江はどうなんだろう。
何か、あるんだろうか、この後に。

少なくとも、このドラマに関して、それは、無い、と思います。
反省は、あるとしても(同じ徹は二度と踏まない、といった)

1年もかけて、お金もかけてやったのに
余韻すら残らない

物凄くがっかりしているんですけれど、NHKはそれがわかっているのかな。二重にがっくりする感じがします。

あさイチで、樹里ちゃん、私も見ましたが・・・なんか、かわいそうでした。身の置き場がないっていう感じで。

投稿: samantha | 2011年11月26日 (土) 17時25分

皆様
ちょっと力尽きたのでしばらく睡眠いたしますcoldsweats01。 目が覚めたら返信いたしますのでご了承くださいませ。

投稿: リウ | 2011年11月27日 (日) 01時52分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 新記事作成に没頭してしまい返信が遅れましたこと、平にご容赦願いますm(_ _)m。

「スタパ」 上野樹里チャン出演の回に関する記事、今から作成しようと思います。 ただ大したことは書けないかな。 結局憶測にすぎないことを書くような感じになってしまいそうですから。

CGに関しては、確かにチャッチイですけど、あれってかなりテレビっぽいって気はしますよね。

大昔の大河ドラマでも、お城の遠景なんかにはミニチュアセットを使っていて、もう見るからにチャッチイ(爆)。
それにしてもCGって、昔はお金がかかる代名詞でしたけど、今じゃコストカットの道具になっちゃったのかな~。 目が肥えるのも良し悪し…coldsweats01

「ベン・ハー」 並みの臨場感というのは、確かにお金をかけなければ出来ないかな~。 戦闘シーンの表現にある程度規制がかかっているのかもしれないですが。 しかし、残虐に見せないでどうする、っていう気はしますけど。

平清盛は確かに、驕れる平家の代表的存在ですからね。 でも数年前の、タッキーの 「義経」 のとき、渡哲也サンがかなり印象的な清盛をやってくれました。 ワタシ的にはあれでかなりイメージが改善されました。
もっと前には、まさに清盛主演の大河(「新平家物語」)がありましたけど、そのころはガキだったので未見であります。 来年の大河は痛快な清盛が見たいですね。

新島八重サンの話は、「ゲゲゲの女房」 の山本むつみサンが脚本、ということで、またしてもNHKは2匹目のドジョウ内閣…じゃなかった(笑)取らぬ狸の皮算用をしている様子にも見えます。 懲りないな…。 ただ 「塚原卜伝」 とか見てると、山本サンはその回ごとのテーマの表現に秀でている気はいたしますね。

「南極大陸」 と時間をかぶらせてまで放送する 「江」 の最終回ですが、どうも秀忠のご落胤?とか、おしまいまで下世話な話に終始しそうな雰囲気…。
あまり期待しないで見たほうが感動するような気もいたします(笑)。
さあ、最後まで思う存分クサさせていただきましょうか(どうも調子こいてますね、私も…)。

投稿: リウ | 2011年11月27日 (日) 07時43分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。 「カーネーション」 ほかの記事で昨日はまるまる潰れてしまって、コメント返信が後回しになってしまいました。 大変申し訳ございませんでした。

私とささ様のやり取りをご覧いただいていたそうで、甚だ恐縮です。
「アサイチ」 にもお出になっていたこと、「スタパ」 でも話題にのぼってましたが、樹里チャン、そんな様子でしたか。
私もどうしても色眼鏡で見てしまうせいか、「スタパ」 の樹里チャンも、そんなに元気はつらつ、というようには見えませんでしたね。
ただこのコは気分にムラっ気のある感じもするので、正直なところ作品内容についてどのような気持ちでいるのか、その真意というものは読み取れませんでした。

私もラノベを愛でるような感覚で一年間付き合ってまいりましたが、このようなトンデモ大河の主演をこなしきった樹里チャンには、心より拍手とねぎらいと同情と…もういいか(笑)。 まあ1年間の長丁場をこなした経験だけを、今後に生かしてもらいたいものだと考えております。

投稿: リウ | 2011年11月27日 (日) 07時54分

samantha様
コメント下さり、ありがとうございます。

世の中には、やっぱりいろんな人がいらっしゃいますから、このドラマにも感動する方もいらっしゃる、と私は思いますよーconfident

ドラマを作っている方々にとっても、「なんだこの脚本」 と思ったかどうかは別として、とにかく目の前の仕事は全力でこなさなければならないのですから、仕方ないと言えば仕方ない話で。 やっぱり企画の段階の人が責められるしかないのかな。

ただ、やはりいいものであるかそうでないかを見分ける目、というものは養っていたい気はいたしますね。

自分は油絵もやるのですが、あまり至近距離で描き続けると、遠くから見たときにぐだぐだだったりする。
やはりドラマも一緒で、俯瞰して見る、という姿勢がないと、近視眼的な独りよがりの作品に堕しやすい、ということは言えるのではないでしょうか。

その点でこのドラマは、とても近視眼すぎるんですよ。

いちばんそれが顕著だったのが、秀吉と淀に関する描写。
どうして江が主役なのに、ここまでリキ入れてやらねばならないんでしょうね。
着眼点がずれてるから、どんどんどんどん話が至近距離で描かれてしまって、結局淀が死んだあとはやっつけ仕事にしか見えてこない。
ここ数回、私のこのドラマに対するレビュー及びコメントの舌鋒がキツすぎるのは、確かにもうすぐ終わり、という名残惜しさもありますがcoldsweats01、今まで怠ってきた江の話を、こんなに愛情のない形で展開され締めくくられるのが、我慢ならないことが大きいのです。

無理に泣かせようとしても、その意図が見えてしまう、というのは、これはそれこそ見る人によってまちまちでしょうけど、結局見えてしまうのって、かなしいことですよね。

ただ、見終わって 「無駄な1年だった」 と自分を反省したくはないですよね。 すごくダメな大河ドラマを見た、という意義だけは確かにあった、という納得の仕方をしなければならないと思いますshock

投稿: リウ | 2011年11月27日 (日) 08時34分

 保科正之をやるのですか。この話では江ちゃんは、あまり嫉妬しているようではなくて、秀忠の方が自分の不義を反省して、愛人と子をすぐ外に出しましたね。でもなんでも手は出すのね、先生は。ありがたみがあまりないのが困ったものです。いつまでも豊臣にこだわっているから、保科さんが出るといっても1回きりですよ!

 たしか、会津松平家の初代で、福島から、大河にしてほしいといわれている人物だそうですが。再来年は八重さんなので、「あれ?」って感じでしょうか。保科正之も先生の台本より別な方に書いてもらった方が福島の皆さんの期待に応えてくれるでしょう。(嫌みでごめんなさい。)

 とんでもない大河でしたが、私は完ちゃんの無邪気な可愛さに泣いたこと(あの回、話は散々な出来でしたが)、北村有起哉さんの演技を見られたこと、信長と江ちゃんの二人乗りに呆れて大笑いしたこと(これで、一度はこのドラマを見るのをやめました。)、震災の後でも報道番組が続く中再開して、相変わらずのとんでもなさに妙な安心感があった事(打ち切りでも文句言えなかったし、そうなったとしても惜しまなかったかも)など思い出はあります。大河にはあたりはずれがあるから、私にとってははずれだったけど、でもこういうライトな大河も落ち込まないから好きって方がいらっしゃるかもしれません。きらびやかな華やかなのが好きとか、楽しみ方はみんな自由だし、大河に教養なんて押しつけるのはお門違いだと思っています。本当の歴史はドラマじゃなくて、自分で勉強しましょう。歴史の勉強で見るなら教育テレビを見ろ!と言いながら先生のあからさま表現に文句つけましたが、コントやギャグでも大河の場なら上質を求めるのは許されるでしょう?

 俳優さんにとって、大河という舞台は、特別な舞台です。舞台に専念している人や、地味な名優が、思いもかけなかった名演技を発揮してくれる事もありますし、若手の俳優には、名を売るチャンスです。実験場としては一定の役割を今年も果たしたでしょう。(打ち切りにならなかっただけでも。)ぼろぼろの脚本の落とし穴にはまらずに演じきるという試練の日々に耐えた、主役の樹理ちゃんには、「がんばったね」とねぎらってあげたいです。でもきっとやりとげた力が、そう遠くない将来に彼女をさらに飛躍させると信じています。北大路さんだって最低の視聴率だった「竜馬がゆく」に主演して、今、名優です。がんばれ、樹理ちゃん。

 
 

投稿: ささ | 2011年11月27日 (日) 10時21分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「竜馬がゆく」 って、視聴率よくなかったんですか。 まあ、視聴率30パーセントが当たり前の時代に、NHKの大河ドラマって、あまり数字のいいものってなかった記憶があるのですが。 ホントに爆発した視聴率を稼いだのって、「独眼竜正宗」 が最初だったんじゃないでしょうか?

ただ 「独眼竜正宗」 って、「分かりやすい大河」 の最初だった、という気はするんですよね。 「梵天丸も、かくありたい」 というセリフも狙っているように思えたし、なんかコミカルなシーンも多かった気がする。

保科正之に関しての記憶って、私も福島の生まれながらあまりないのですがcoldsweats01、いかにも取ってつけたような話、というより、最終回に江の人生を総括しなければならないのに、そんな話をやってる場合か?という気がしてならないんですよね。
夫の浮気話で最終回かよ、って感じ。 なんかもう、失望するのは目に見えてきた(爆)。 江も一緒に海外旅行に連れて行ってもらいたいものです(ホント調子こいてるな自分…笑)。

「スタパ」 の記事を書く、などと言いながら、ちょっと躊躇しております。 やっぱり主観で、樹里チャンの様子がパッとしなかった、とか書くのは、フェアじゃない気がするので。

で、ここで書いてしまいますが、打ち上げの時にウェストポーチ?を作ったり(どこまで制作に関与しているかはちょっと不明)、ドラマ出演が久しぶりだった鈴木保奈美サンの肩をもんだり励ましたり、現場に最後まで残っていた人にお弁当(だったかな)を作っておいてあげたり、彼女は周囲に対してかなり気配りをしている人のように感じました。 とはいうものの、それを前面に出した番組進行だった気もするのですが。

その、鈴木保奈美サンからの手紙を青山アナが読んで、それに対して涙ぐむ…一歩手前に見えましたが(笑)、それが一転、軽快な音楽が流れてコーナー変換、ということにちょっと戸惑いを見せるところなど、樹里チャンらしいな、と感じました。 いったん気持ちが入り込んでしまうと、器用に切り替えられないタイプなんだな、という意味で。

そんな樹里チャンがいちばん印象的だったシーン、これが意外にも「大坂の陣」 で、江が苦悩する場面。

個人的には、ここで江の役割の希薄さに、もっとも不満が募ったシーンだったのですが。

これは樹里チャンなりの抗議の気持ちだったのかもしれません。 いや、こういうところが邪推なんだよなあ…。 元気がないように、私も確かに見えました。 「アサイチ」 での様子をほかの方もコメントしていらっしゃいましたが、その印象は 「スタパ」 を見た私も感じたんですよ。 けれど私だけの感覚かもしれないし。

とにかく樹里チャンは、やはり1年以上の長丁場乗り切ったことで自分に力が付いた、というように前向きにとらえておいでのようでした。

逆に言えばその部分しか、このドラマから得るものはなかった、とも言えるのではないでしょうか(最後まで邪推…)。

投稿: リウ | 2011年11月27日 (日) 11時37分

「竜馬がゆく」は「花の乱」の次に視聴率がよくないそうで。演出が和田勉さんで。龍馬さんにはいつの世も個性的な演出がついてくるものらしいです!和田勉さんの追悼の時に、北大路さんがとても大事な作品と思っている事をおっしゃってまして、江ちゃんのように脚本や作品の質ではないにしろ、人気がなかった大河に主演して、苦労しただろうに、当時を懐かしく愛おしく思い出しておられたのが、記憶に残ってました。すごーく鍛えられたらしいです!和田勉さんに!

 樹理ちゃんは多分天然だと思います。のだめの番宣の時も生番組だとかだと心ここにあらずだったりしてました。だから、表情が硬かったりしても機嫌が悪いとは限りません。先生にもねぎらってあげたりしたらしいです。(先生のブログでは)

 大阪の陣で江が苦悩する場面が印象に残っているのですか。潔いですね。そこに樹理ちゃんの苦悩というか、ドラマの江とシンクロする難しさが一番あったのじゃないでしょうか。江ちゃんは先生には愛されなかったけど、演じる樹理ちゃんには愛されていたようですね。一番主役として感情が揺さぶられる場面のはずが、お茶の間に届いた時はそうじゃなかったですけど。演じる人にはまた違う感慨があるのでしょう。

 6時にはやる事を片づけて江ちゃんに専念します。お姉ちゃんのバイトのお迎えもつれあい様に押しつけたし!希望がどこにあるか探したいですが、なかったとしても驚かない自信もあります。(嫌みだな。)まずは楽しみましょう。先生、海外旅行に行くのに気をとられて、テキトーな最終回は勘弁してほしいです。(実は先生を信頼これっぽっちもしていないです。)

 樹理ちゃん、がんばれ!
 

投稿: ささ | 2011年11月27日 (日) 12時44分

「平 清盛」の宣伝で、江の最終回が飛んで行ったのですが。クセのある映像で面白そうでした。ギラギラして、野生的、しかも妖しい。見たら虜になるかも!それくらい頑張った、予告でした。

投稿: ささ | 2011年11月27日 (日) 19時17分

>さささま
永井路子の作品で、平時子が主役の「波のかたみ」という小説があります。
清盛は、福原を拠点として、日本を一大貿易大国にしたかったのだという視点です。

ただ比叡山そのほかの既存の仏門勢力を無視して、自分たちの出身である厳島神社を大切にしたため、延暦寺等の怒りを買い、それが没落のきっかけになった・・・・。

伝統を軽んじてしまったのは、勢いのある新興勢力が踏みがちな間違いなのでしょうね。

歴史は勝者のものなので、清盛が悪く描かれてきたのは、実際の彼の実像とはかけ離れたものかもしれません。

永井さんの小説では、今川義元を描いた小説も、非常に面白かったです。彼も負けたので、都かぶれの軟弱もののように言われていますが、実像はかなり違うんですね。

私も予告見ました。
なんだか、期待できそうですね、
初回から見ます。

蛇足:
歴史に詳しい知人によると、義経が没落後落ち延びられたのは、弁慶が山伏のネットワークを使ってのことだったそうで。
また、平家との海戦で名前を忘れましたが海賊を味方につけましたが、あれも弁慶の人脈だったとか。
坊さんの力は、今思うよりもはるかに強かったそうです。

投稿: マーシー | 2011年11月27日 (日) 21時32分

ささ様
即レス下さり、ありがとうございます。

「竜馬がゆく」 は、実は先ごろ放送された大河50年記念の番組で、1回分だけ見たんですよ(第1回、じゃなくて)。

んまーみんな早口(爆)。
「ザ・ベストテン」 を見てるのかと思いました(冗談)。 早口、というのが、時代的な要請だったような気もします。 当時どんどんアナウンサーの口調が早くなっていった、なんてよくテレビで考察してましたからね。

感覚的には、三波春夫サンの口上みたいな早口でしたけど。

あれは好き嫌いが分かれる演出だよなー、と感じました(自分は受け付けませんでした…coldsweats01)。

樹里チャンは結構、独特の神経回路を持っている、という感じですもんね。 だから不機嫌かどうかは、やはり分からないな、と思ったのです。 分からないことを 「どうも表情がパッとしない」 とか記事にするのは忍びなかったので、コメント欄で書いてしまいました。

ただ、1年間やりきって晴れ晴れとしている、というようには、やっぱり見えなかったな(やっぱり主観)。 「天地人」 の最終回に向けて、やはり妻夫木クンが 「スタパ」 に出演されていたのを思い返したのですが、あんな駄作でも彼の表情には、「やりきった」 という色がうかがえたものです。 やっぱり主観だ。 妻夫木クンはサワヤカーなキャラクターですからね。

「大坂の陣」 が印象に残っているなんて、つまり樹里チャンの中でそれ以外が候補に上らなかった、という時点で、(ことこのドラマにおける)江の人生、それ以外になにも残らなかった、というようにも思えます。

樹里チャンが意図するかしないかに関わらず、これはドラマ全体に対する強烈な批判をうかがわせる彼女の感想だと思うのです。

私も江の印象的な場面、と言って、信長のユーレイと乗馬した、くらいしか思い浮かびませんもん。

今日の仕事はかなりきつかったので、このあと録画した最終回を見るかどうかはまだ未定ですが、視聴次第記事をアップさせます。
平清盛の話ばかりになってしまったらどうしよう…。

投稿: リウ | 2011年11月28日 (月) 07時26分

マーシー様
横レスになってしまいますがよろしいでしょうか。

歴史って、一面から見ると分からないことって多いですよね。 タッキーの 「義経」 は、敵である平家の人間たちのこともきちんと描いていて、そこに好感を持って見ていました。 今川義元も、だいたいドラマに出てくると、その外見で引いてしまうパターンが多いですからね(ハハ…)。
新選組だって、平たく言えば暗殺集団なのに、彼らなりの義もあったし問題点もあったし。

「坂の上の雲」 ももう、来年はないことですし、NHKがどこまで大河にその力を取り戻して集結させるかに、私も注目しています。

投稿: リウ | 2011年11月28日 (月) 11時09分

 ここはリウ様の記事なので、他の方へお返事を書くのは、申し訳ないのですが、マーシー様、素敵なご本を紹介してくださって、ありがとうございます。永井さんの「山霧」は読んだことがあります。「平家物語」(もちろん訳つきのを)を中学生の頃(随分昔の事ですが)古典の勉強のために読みまして、その印象が強いからですかね、清盛が嫌いなのは。女は心が狭いのです。歴史的には貿易を盛んにしたり、功績はあったと思います。徳子さんには同情してます。だからご紹介のご本も探して読みたいです。以上勝手ながら、この場をお借りしまして、御礼申し上げます。

投稿: ささ | 2011年11月28日 (月) 20時52分

>リウさま
いいえ、こちらこそ、蛇足なレスを入れました申し訳ありません。

>今川義元
彼は長男ではなく、三男だったということです。
長男、次男が夭折したので後を取りましたが、
実は今川家が天下を取るための布石として、幼少時に京都の寺に預けられているんですね。
で、この時に彼の養育係となった男性とのBL話とか・・・、
永井さんは、ほんとによくこんな話を掘り当てたなあというくらい、勉強家です。
今川家の領地は駿河湾を擁しているので、海路で関西との行き来があり、代々京都の公家から奥方をもらっていたとか・・・。

>義経
あれは、義経が幼少時、清盛を父と見立てて慕っていたという視点が新鮮でした。
史実とフィクションがうまく混ざり合ったとき、傑作が生まれるのでしょうね。

>さささま
お気を遣わせてしまって申し訳ありません、
永井さんの小説はどれも魅力的ですね。
本編が面白ければいいのですが。
期待しましょう!

投稿: マーシー | 2011年11月28日 (月) 21時06分

マーシー様
レス下さり、ありがとうございます。

そうそう、「義経」 ではそんな設定でしたよね。 なんか、福原の港を書いた屏風絵に、幼い義経が墨で丸を書いてしまって、「太陽だ」 って。 それを兄の頼朝は渋い顔をして見ていたのが、後々になって中井貴一サンの陰険な演技につながっていった(笑)。 ネットでの評判は悪いみたいなのですが、私はなかなかいいドラマだと思ってましたよ。

今回は、屏風に落書きをしてしまった義経を微笑ましい目で見ていた清盛が主役、ですからね。
渡哲也サンの清盛とはまったく違うものを見せてくれそうですね。

永井路子サンの小説は、高い評価をするかたが多いですね。 私ゃ読んだことがない(不勉強です)。 歴史を解釈するのには、やはり膨大な知識の集積と、人間観察能力が備わっていないとまるきり不可能、という気がいたします。

その点でこのドラマは…(みなまで言うなbearing)。

投稿: リウ | 2011年11月29日 (火) 07時03分

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