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2011年11月29日 (火)

「江~姫たちの戦国~」 第46回(最終回) こっちが本題だろっ?

 嗚呼。

 最後まで、グダグダでした…。

 やはり大坂の陣終了後、3回ですべてをやろうとすると、こうなってしまうのでしょう。

 上野樹里チャンには、心より同情申し上げます。

 以上。










 正直、レビューを書く気にもならない最終回だったのですが。









 とりあえずここまで付き合ったので、書かせていただきます。









 この、「早く書き終わって海外旅行に行くのじゃっ!」 という気満々の、脚本家のやっつけ仕事の権化みたいな最終回を見終わって感じたのは、「江の一生をやるのなら、この最終回のダイジェスト版みたいな話が本題だろう!」 ということでした。

 うーん。

 それ以外に感想が出てこない(困った…)。

 最終回の途中でもやっていたのですが、「江の仕事はこれからじゃ」 とか、「いよいよそなたの出番じゃ」 とか、脚本家がなにを考えてるのか完全に理解不能。
 その大仕事を描くのが、このドラマのそもそもの役目じゃないのでしょうか?
 「私の人生はこれからです」 みたいなこと(どんなセリフだったかなぁ?)、ラストで江に言わせてどうするんだ。
 江の人生を描いてこなかった途方もない金額のツケを、このラストで一気に支払おうなんて、どんな御大名商売の飲み屋でも許しませんよ(例えがヘンだ、例えが…)。

 いちいち例をあげて論破していけば、このブログにも一定の役割も生じるのでしょうが、その気さえ起きない。

 返す返すも、上野樹里チャンにご同情申し上げます。
 彼女にこのドラマのグダグダを感じる気持ちがあったら、の話ですが。
 個人的には、本当に彼女がかわいそうでなりません。
 彼女にしてみれば、要らぬお節介かもしれませんが。

 気を取り直して、この最終回をおさらいしたいと思います。
 まず時間延長をしたはいいものの、どうにも物語全体の覇気がない。
 それはとりもなおさず、江に元気がなさすぎる点にある。
 こっちもこのところ疲れ切っている事情もございますが、あまりの静かな進行に、途中うつらうつらいたしました。

 しかも序盤の話の主題は、秀忠のご落胤の話。
 前にもあったけど、要するに性懲りもなく同じことを秀忠がやっていた、ということでしょう? これまでドラマ上築いてきた秀忠の堅固な人間像が、一気に瓦解するエピソードなわけじゃないですか。

 このドラマにおける大きな特徴が、ここにはあります。

 「エラソーなことを言ってても、結局人間ってダメな部分もあるのよ」、ということなんでしょうが。
 ただそれを、この脚本家の場合、見下して描こうとするから、見る側の共感を得られないのです。

 またしてはならない比較をしてしまいますが、「カーネーション」 で主人公の父親は、やっぱり 「エラソーなことを言ってても実はダメな部分もある」 人間です。
 それでも脚本家がその父親に向ける目には、限りない同情、慈愛が満ちている。
 要するに、「江」 の脚本家、田渕久美子氏の考えは、このドラマを見ている限り、「エラソーなことを言ってても、結局人間ってダメな部分もあるのよ、あ~情けない」 というように感じられてならないのですが、「カーネーション」 の脚本家、渡辺あやサンの場合は 「エラソーなことを言ってても、人間にはいい部分も悪い部分もある、だから人間とは愛おしい存在なのだ」 という共感がまず前提としてある。
 その違いなんだ、と思うんですよ。

 で、懲りない秀忠に 「許しませぬ」 とか江も怒るのですが、「じゃあどうすればいいのだ」 と秀忠が居直ると、「知りません」。
 出ました、「知りません」(ハハ…)。
 とにかく江は、表面上怒ったそぶりをしているのですが、その様子があまりに静かなので、怒っているふうに見えてこない。
 ドラマとしてのメリハリが、これで全くつかなくなってしまうのです。
 だから見ていて退屈。
 あくびが出まくりました。

 そこに折りよくかつての夫佐治一成が現れ(ホントに 「ためにする脚本」 だ…)、「思うがままに生きるのがあなたの本筋でしょう」 みたいなことを言われて、そのご落胤をわざわざ江戸城に呼んでボードゲームに興じる。
 そこで江は、のちの大奥に通じる自らの発想を秀忠に打ち明ける、といった趣向だったのですが、このご落胤騒動が、大奥のきっかけになった、という原因付けとしか機能していない。 じゃあどうやって江は大奥を形成したのか。
 先ほども書いたように、ここらへんの江の尽力をつぶさに追っていくのが、「江」 という表題のついたドラマの真の役割ではないか、と思われて仕方ないのです。 それをナレーションひとつで済ませる。 つくづくお手軽すぎる。

 顧みれば、「思うがままに生きる」 というのはこのドラマの序盤における、江の生き方の真骨頂だった気がするのですが、豊臣滅亡の序章が始まったころから、完全にその傾向は抹殺されていた。

 それは脚本家がねつ造しようとしていたドラマとは食い違いを見せていく、実際に秀忠が行なった施政に対して、江が最後まで夫をただすことが出来なかった、というこの最終回の結論で、それは結ばれていったのです。

 結局江の存在価値は、「浅井三姉妹の中でいちばん権勢を誇った人生を送ることが出来た」 という点に集約される。
 脚本家が江に対して下した人物評価は、実にそこに落ち着いたわけです。

 平たく言えば、「江がいちばん恵まれてるじゃないの、いや~ねえ」 ということでしょうかね(爆)。

 福(春日局)の幸せも、つまりはセレブに落ち着く、といったところに帰着しているし。

 あ~、も~、薄っぺらすぎて泣けてくる(大泣き)。

 このドラマの唾棄すべき薄っぺらな結論のひとつ。
 それは、「太平の世を望むなら、まずはおのれの心が平安であらねばならない」 という、江の述懐です。

 脚本家としては 「なんていいまとめの言葉を思いついたのでしょう!」 といったところでしょうが、背景もなにもないそのセリフは、ただの思いつき。

 この壮大なカンチガイドラマのラスト、脚本家は江をまともに死なせてやることも放棄しました。
 秀忠を伴ってふたりで馬に乗り、遠出をした先でのこと。
 江は秀忠に対して感謝の言葉を述べ、前述した次のようなセリフを言って、ひとりまた、馬に乗り、秀忠のもとを去っていくのです。

 「思うまま、あるがままに生きる――。

 今日をその最初の日といたします――」。

 じゃあ今までそう生きてこなかったのかよ、つーことですよネ(ハハ…)。

 ラストで一気に、見る側の徒労感を極大にまで引き上げるこのセリフ。

 恐れ入りましてございます。

 さよ~なら~。

 とわに…。

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コメント

リウ様こんばんは。まずは長きに渡ってのレビュー、本当にお疲れさまでした。ありがとうございました。さて・・・えーと・・・えー・・・、もう何も言う気になりません。リウ様と同感です。この脚本家には今後二度と脚本を書かないで欲しいと思いました。役者さん達の苦労を想像するだけで涙が出ますよ~!!リウ様も本当にお疲れさまでした。

投稿: 希代加 | 2011年11月29日 (火) 19時15分

リウ様、レビューお疲れ様でした。
カーネーションとの違いは、ナレーションにも表れてますよね。語り手が主人公(一人称)かそうでないかの違いはありますが、お市様のナレーションはなんでも語りすぎ。セリフやト書きできちんと状況を描けないからなんでもかんでも「~だったのでございます。・・・となったのでした」で済ませてしまう。リウ様のおっしゃるとおり、「大奥創成をどう乗り越えたか」「和子の入内にどんな役割を果たしたのか」とかそれって姉上の恋愛よりも江の人生にとって大事なことなんじゃないの?ってことをナレーションに映像を被せて処理してしまうあたりが、本当に冒涜としかいいようがありません。あーあ。
篤姫は原作という屋台骨とそれを体現する主役の宮崎あおいちゃんの能力が素晴らしかったことが改めて証明されてしまったように思います。
上野樹里ちゃんは素敵な女優さんですが、こんなに支離滅裂なホンでは能力を発揮するのは難しかったことでしょう。いえ、この江の脚本では、宮崎あおいちゃんでさえ、太刀打ちできなかったかもしれません。
向こう10年、大河のみならずどんなドラマもこの先生には書いて頂きたくないくらい幻滅しました。

投稿: さり | 2011年11月29日 (火) 20時54分

 リウ様、レビューお疲れ様です。

 最終回のプレミア特典、その1はオープニングのキャストやスタッフの紹介を巻物スタイルにした事。読みにくい!

 その2は来年の「平 清盛」予告!だって、しっかり大河50年って!51作目に言わせている!50作目より50年!それにとっても凝った予告!

 で、最終回。私途中で何回、眠気をまぎらすためにお茶を飲んだり、ストレッチしたりしたことか。総集編を朝にやる意味がわかった。回想いっぱい最終回、総集編をわざわざやらなくてもいいもの!

 江ちゃんは「希望」で「女人の栄華を極めた」のですよね。どこが?セリフで言ってるだけ。母上のナレーションで説明してもらって、無理矢理歴史とつじつま合わせをした感じでした。

 先生にとって栄華を極めたのは淀でしょ!

 でも、秀忠が「私ほどよい男が他にいるものか」と言ったのは、よい男をイケメンという意味に脳内変換すると向井くんが言ってるから説得力ありました。

 隠し子騒動、何のため?大奥をつくるのを江ちゃんにやらせるため。だったらもう少し回数さきましょうよ。福ともバトルしながらで。時間がないから福さんとっても協力的!和子さんの結婚だって、天皇家に行くのに、さっさと終わり。千、和子、家光、3人も一気に結婚です!これだけでも十分3回分お話ができると思いますが。家光、忠長元服もあったし。だいたい、どうして、仲よくなった兄弟なのに、忠長を家光は殺すの?(江ちゃんの死後だからどうでもいいのでしょうが。)

 しかし別れた夫に会いますか!会わせる意味何?平さんのスケジュールがたまたま空いていたの?すごく便利なキャラにされています。塚原卜伝の合間にちょちょっと撮ったのじゃないかしら(すごい邪推)

 それで、秀忠が「政治に口出しするな」と三女の嫁ぎ先を処分したのを、江が文句言った時に言うのですが、先生、だったら、江ちゃんに子供の時からいろいろやらせないでください!最終回になって亭主に言わせるな!「太平の世」という言葉を免罪符にするのはやめましょう。平和が安っぽくなります。それに、今年は太平じゃない!

 太平の世を望むなら己の心が平安でなければならない。女の戦は生きる事ではなく、生きることは喜びそのもの。江ちゃん、馬で駆けたい気持ちはわかるが(いろいろ、ストレスを発散させたいでしょう。)先生、海外旅行がちらついているでしょう?平安にどうやってたどりついたの?来年の大河から?

 「希望」、秀忠が江に言います。去年、龍馬がお龍さんに「希」になってくれと言っていました。どちらも奥さんに言っているのに違うものだと思いました。

 リウ様お疲れさまでした。来年の大河の予告が一番印象的だった最終回でした。江ちゃん、いつものようにぐだぐだで、その点は期待(不安)を裏切らなかったです!樹理ちゃん、お疲れ様!


 

 

 

投稿: ささ | 2011年11月29日 (火) 21時03分

希代加様
コメント下さり、ありがとうございます。

いちいち例を挙げてこのダメドラマ最終回における集大成としたかったのですが、ものの見事に 「どこを切ってもダメドラマ」。 ダメな部分の金太郎飴みたいな最終回に、 「どこをどう解釈すればいいのか」 の方位磁石が、完全に狂いました(爆)。

役者さんも製作スタッフも、哀れに感じました、正直…。

投稿: リウ | 2011年11月30日 (水) 07時18分

さり様
コメント下さり、ありがとうございます。

ナレーションのかたが最後は我慢できず、また登場してらしてましたが(ん?敬語がヘン?)、そんなことももはやどうでもいい、と思えるほどの詰め込みまくりの最終回でした。

この最終回を見ていてつくづく感じたのは、役者及び製作スタッフの、諦めの境地にも似た態度です。

「もうこんな脚本、われわれの技量ではどうすることもできない、このうえは一切の自尊心も反骨心も捨てて、このやっつけ仕事みたいな脚本を、ただただあるがままに仕上げよう、自分のノルマだけはやるだけやろう」。

そしてかれらは粛々として最終回のドラマ制作を遂行した。

だから役者も製作スタッフも、みんな哀れだ、と私は思うのです。

いくら原作者がいたとはいえ、このドラマの脚本家が、「篤姫」 と同一の脚本家とは、私には到底思えません。 話になってなさすぎる。 やっぱり兄上の存在の有無か。 そう勘繰りたくもなるじゃないですか、ここまでひどいと。

「思うがままに生きる」 とか、「江は希望じゃ」 なんて、すっかり頭の外に飛んで行ってたのを、ドラマをまとめるためにわざわざ記憶の埒外から引っ張り出して、それで強引に最初と終わりをくっつけて、ハイ出来上がり。

よくプロを名乗っていられるものです。

投稿: リウ | 2011年11月30日 (水) 07時37分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

結局ささ様のおっしゃっていた通り、「おまけ」 のラスト3回になってしまいました。
「おまけ」 では飽き足らず、「「ただのゴミ」(あ~もう、最後ですので言いたい放題言わせてくださいっ!…笑)。

それにしても、ラストで江も、脚本家先生と一緒に、海外旅行に行ってしまいましたね、結局。

江の最後を看取らないとは、無責任極まりないラストでした。

「この後江はモンゴルにわたり、ジンギスカンの末裔として平和を実現したのでございます」 と話を締めくくってもいいラスト(私、調子こきまくってます)。

エンドマークの 「完」 の字を、「さだ」 と読んでしまったのは、私だけでしょうか(正直に告白しますと、ホントに私は 「さだ」 と読んでしまいました)(完姫に肩入れしていたささ様のせいです…冗談)。

と…ともあれcoldsweats01、前回のレビューに、ささ様とマーシー様が平清盛の予告のことばかり書いていたのは、実際その通りでした。 本編よりも、平清盛の予告編のほうが、ずっと燃えた。 さらに 「坂の上の雲」 第三部の予告も、もっと燃えた。
この重厚感、このキャスト、どれをとっても 「江」 が可哀想になるくらい。 男たちの表情が違う。 違いすぎる。 日本の旗を持って屹立しようとする兵隊。 そこだけで泣けてくる。

内容に関しての考察は、ささ様にお譲りいたしますconfident。 すべて、その通りです。 しかもささ様のほうが私より歴史に詳しくていらっしゃるから、私のレビューなんかより、ずっと深いです。 平岳大サンの起用方法に関しても、説得力ありますねぇぇ~(ハハ…)。

にしてもなんだか、夏休みの宿題を2学期開始前日までまったくやってなかった…という、いつぞや書いたことをまたもや、思い出してしまいました。

結局 「やった」 ということをアピールするためだけに、算数ドリルの計算は、よくよく見てみると計算してる体裁だけは整ってるけど、数字がメチャクチャ(自分で書いてて、スゲー言い得てるな、と自画自賛してます…爆)。

とにもかくにも、皆さまとこうしてクサし合うのが一番の楽しみな要因でした。 ささ様をはじめとして、皆様のコメントによって、このしょーもないドラマを最後までレビューすることができました。 楽しかったです、正直。 ありがとうございます。 感謝します(一方的に話を打ち切るような書き方ですが、まだドラマに御不満の向きがあれば、引き続きコメントはお受けいたします…笑)。

投稿: リウ | 2011年11月30日 (水) 08時07分

 「坂の上の雲」の第3部の予告も良かったと書くと、どんどん江ちゃんの最終回が色あせてしまうので遠慮してました。本当の「希望」は「平清盛」と「坂の上の雲」の予告でした。

 最終回、樹理ちゃんごめんなさい。一年間がんばってくれたのに。炭酸の抜けてしまったコーラを飲んでいるようでした。しかも終わったとたん、パンチの効いた予告が2つ!清盛嫌いだけど、わくわくしそうな映像。大河50年!NHKは50作目のことは黙殺してしまっているようで。「坂の上の雲」は三年かけた大作だし。

 先生は夢の世界に行ってください。10年といわずずっと脚本の世界に帰ってこなくていいです。完ちゃん、名前だけ思い出していましたね。あの子役さんの無邪気さに泣いたのが、結局一番の感動でした。多分私だけでしょうね。あの時、子のために別れを決断したのが、江ちゃん最後の決断みたいでしたね。後は時代に流され、淀姉ちゃんに主役を奪われ、ただそこにいるだけでした。もう過ぎたことだけど。

 おまけとは思わないというリウ様の真摯な姿勢に心入れ替えて、この3回見ました。江ちゃんが主役に戻ってはいましたが、すべてが細切れでして。先生のお話が唐突なのです。しかもあれこれやりたくなるし。秀忠の隠し子だって、大阪の陣の前から匂わしたり、草刈さんの預かりだったのならそれらしい前振りがあってもいいじゃないですか。江戸城のお話として。なのに、セリフだけで説明、いきなり隠し子!工夫してほしいものです。今更ですが。

 結局先生は江の人生と向かい合う事から逃げたのでしょう。母上が最後現れた時は、つい「信長おじさまが良かったな」と思ってしまいました。演出も馬駆けで終わるとは思ってなかったのじゃないでしょうか。最後、母上はお迎えに来たと理解しています。

 平さんは卜伝の従者さんのお芝居が楽しそうだったので、邪推してしまいました。

 おまけというより夏休み最後の追い込みやっつけ最終回ですか。それでも、ちゃんとした宿題を出せる人もいますよ。先生、プロの名が泣きます。脚本家の看板を下ろした方が他の脚本家の方たちの地位向上に役立つと思います。せめて自分の本の内容は放送中だけでも、覚えておいてほしいものです。もうこれくらいしかくさす気力が残っていません。樹理ちゃんかわいそうだったな。

 

投稿: ささ | 2011年11月30日 (水) 16時54分

追伸 そういえば龍子さんも出ていました。「夫を失った傷は夫で治す。」正確じゃありませんがそのような事を言って、江戸見物へ!おちゃらけないで、強い意志と信念でそう言ってくれたら、列女に描けたと思うのですが。龍子さんも乳母さん同様おふざけ係で終わって、もったいなかったです。

 このドラマ、歴史を知らないと豪語する人が、歴史ドラマを書こう、それも恋愛とホームドラマを兼ねて、政治も、と欲張った結果、散々なことに。お兄様でも修復できなくなりました。お兄様が歴史担当だったらしいのに。

 ホームドラマに特化した方がよかったのじゃないかしら。そうすれば、江は娘として、妹として、妻として、母として、ずっと希望として生きる事ができたし、女としての栄華を極めて行く経過も悲劇を織り込みながら描けたし、史実がどうのと叱られなかったと思います。重厚感はありませんが、でも今回のように薄っぺらくもなかったのじゃないかしら。繰りごとですが。  

 女性主役の大河の場合、重厚感や壮大さ、野性味とかは最初から皆、期待しないと思います。地味でも、歴史にもまれながら、ひたむきに明るく、生きて行く姿に感動したいのではないかと思います。江というお姫様でもそれはできたはず。千代さんやまつさんのように。「セレブを描きたい」というバブリーな感覚の先生は、そんなしみったれた話は書きたくなかったのでしょうけど。

 淀を主役にしたかったのに、きっとできなかったのでしょうね。大人の事情で。それと、歴史を整理してくれるお兄様がいなくなったのが、先生のせいとはいえ「江」の出来を散々なものにしてしまったのでしょう。でも、一番身近なスタッフを繋ぎとめられないのは、プロとしては失格だと思います。そして事情はいろいろあっても、江の脚本のまずさは先生が責任をとるべきだと思います。だって、役者さんや現場スタッフは陳腐な脚本でもいいものにしようと一生懸命努力しているのですから。

 などと追伸が長くなってしまいました。でも一年、ほとんど見続けた事を後悔はしていません。完ちゃんがとっても可愛かったから!それだけでいいかな。今年の大河は。(笑)

 

 

 

投稿: ささ | 2011年11月30日 (水) 23時29分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 さすがにまだ、言い足りないことがたっ………くさん、残っていらっしゃるようでcoldsweats01、「これにて打ち止め」 としなくてよかったです。

結局ささ様から頂いた、時任サンのブログの情報は正しくて、総集編の放送が早朝になってしまってましたね。

まあ、前にも話しましたが、総集編なんてそもそも見ないですからいいんですけど。

でも、これまでゴールデンにやっていたものを早朝、なんて、なんだかんだ言いながらも結局1年ずっとこのドラマを見守ってきた私たちに対してもNHK側が冒涜しているようで(妄想だ、妄想…笑)、甚だ不愉快に感じます(ワリャこのドラマの味方なのか敵なのか?)。

今年は大震災という大きな出来事があったから、総集編をゴールデンにやっている場合ではなくなった、というのなら分かりますが、それにしたってなにも早朝に移動しなくてもよさそうなもんです。

これってまた邪推になりますけど、NHKは局側の態度として、このドラマをすでに黒歴史として抹殺したがっている、というように思えてならない。

だったら最初っから作るなっての。

自分たちが、たとえ2匹目のどじょうを狙ったにせよ、大河ドラマ50作目という気合でもって製作したドラマの総集編を、どうしてそこら辺に放り投げ出すような放送の仕方をするのか。

許せません。

…やっぱり私、このドラマの味方ですわ。
なんだかんだ言って、クサすのが面白くてしょうがなかったですもん(スッゴイ悪趣味だと自ら告白しているようなもんですが)。

私たちがドラマをクサす場合、正直なところ、そのドラマに愛情を持っている、というように、今回は思えてなりません。

たとえば 「南極大陸」 をクサす場合、キムタクがどーのとか犬たちに頼るのがどーのとか、いちいち言いたがるのは、キムタクがちゃんと役者として一人前になったところを見たいからであって、犬たちの演技に心ならずも感動してしまう自分がいるからなのだ、と思うんですよ。

本当にそのドラマが嫌いならば、なにも言わずにただ視聴をやめます。

それだけのことなんですよ。

期待している、そして裏切られる、だから頭にくる。

その一連の動作自体が、そのドラマやそこに出ている役者たちを愛していることと、同義だと思われるのです。

で。

その愛情でまたクサしますが(笑)。

「江」 の最終回でいちばんがっかりしたのは、もうセリフも忘れてしまいましたが、江が自分の人生を肯定的にとらえたセリフをしゃべったことです。

その言葉自体はいい。

でも、どうして江がそう思うのかの裏付けが、まったくないのです。

だから体裁だけで中身の数字がハチャメチャだ、って思ってしまうんですよ。

この最終回を見ていると、もうすべてがそう。
秀忠が、「今日から私は思うがままの人生を歩みます」 と言って立ち去ろうとする江に 「そなたは私の希望だ」 と話しかけたこともその究極の一発。

どうして秀忠が、江を希望だと言い切れるのか。

その説明は、ドラマの中では一切されていない。

なにが希望なのか、という定義づけもされていない。

普通そんなことは、あらためていちいち説明しなくても、ドラマ全体に醸し出される雰囲気から、「ああ秀忠の言ってる希望って、このことなんだな」 というのがおのずから分かるものです。

それがさっぱり分からない。

だから結局、江を死なせずにその場から馬に乗って立ち去らせることしか、脚本家は出来ないわけです。
江の人生を描き切ってないから、中途半端で終わるしかない。

馬に乗って遠ざかっていく江は、ささ様が考察されたように、「江の人生と向き合うことから逃げた」 脚本家の姿と、私はすごくダブるのです。

そして 「私の思うがままに生きる人生はこれから」 などというのは、…

もう一回言ったからいいっスかね(笑)。

浮かれた状態で人生を過ごしている人って、やっぱり悲しんでいる人々、苦しんでいる人々に 「同苦」 が出来ない。

脚本家が淀に感情移入していたのだって、要するに目立ってるから。

淀が悲劇的な人生を送ったのも、脚本家にとってはきらびやかなアクセサリーとしか映らないんですよ。

淀の悲劇を描くことで、脚本家は自分が同苦できる人間だと大きな勘違いをしているようなのですが、実はその本質は、「目立っていいよなあ」 という羨望。

そんな彼女には、歴史の隅っこにいるような、資料もなにもない江などは、「目立たない人生を送ってきた女性を、どうして主役にしなきゃならないの」 としか思いが至らないんだと思う(かなりワタシ、独断による邪見を披露してます)。

そして歴史的な資料など一切ない、市井の庶民の暮らしなど、もう完全に彼女の意識の外。

それが端的に表れていたのが、江が秀忠に 「百姓にでもなりゃいいんだ」 と語ったシーンだったのではないか、と私は考えています。

目立たない奴の話なんか、書く意味もない。

そんな人は、豪華絢爛などこぞの国の王政の話だけを書いとりゃいいのです(暴言ここに極まれり)。

もうこれ以上書くと、暗黒面に自分のフォースが侵されてしまうのでやめます…(ハハ…)。

投稿: リウ | 2011年12月 1日 (木) 08時04分

 総集編、去年は、本編でやりきった感が制作側にあったからか、ホームページで印象に残ったシーンを1部から4部までそれぞれ投票して、ベスト10形式で発表、1、2部は後藤様、青木くんの高知紀行とか、2,3部は弥太郎、香川さんの長崎紀行とか総集編と混ぜてやってました。夜に。龍馬伝最後のお楽しみ会みたいでした。

 今年、違う意味で総集編やりたくない制作側の気持ちはわかります。放送時間が朝ですよ。(そりゃ、朝ドラだったら7時20分からでもアリでしょう。)消極的というか、消化試合みたい。

 思うがままの人生できるのは成人するまでだから、延々江を子供のままにしていたのかと言いたくなります。ままならないところで、思うまま自分らしく人生を切り拓く江の女の人生を見たかったです。そのための樹理ちゃんだったのではないの?信長や秀吉に好き放題振る舞えたのは、江が子供だったから。相手の度量の大きさで許されるわがままです。でも秀忠に嫁いで徳川に来てから、江はつまらない。思うがまま生きてないじゃないですか。わがままだっただけ。ついでにいうと、最後、「これから思うがまま生きて行く」と江ちゃんに言わせていましたが、皮肉!もう死ぬ前じゃん。誰でも死んだら、思うままですよ、きっと!極楽なんだから。結局思うがままをわがままにしか描ききれなかったですね、田渕サンは。

 喜劇を書くには先生、技量不足です。江はピエロだったのですよね。先生の位置づけでは。でも本当のピエロは面白おかしいだけじゃない、哀しみがあるはず。先生はピエロを蔑んだだけです。

 でも「江」楽しかったです。こうしてくさす大河はもう無いはずですから。リウ様のレビューのおかげで、優しい気持ちで見れたし。リウ様本当にありがとうございました。

 

投稿: ささ | 2011年12月 1日 (木) 09時09分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

ピエロの哀しみを描写していない、というささ様のご指摘には、うなりますねー。
江がなにをしようとも、事態はどんどん悪くなっていく。
淀は大坂城と共に亡くなり、竹千代は自分の手を離れてどんどんワケが分からなくなっていく。 福は勝手放題。
そこに必死を爪を立てながら物事がままならないことで、ピエロとしての哀しみはじゅうぶん、表現できるはずなのに。

そしてそこが江の人生を描く上でいちばんやりがいがある部分でしょうに。 私もそんなところに重点を置いたドラマが見たかったです。

7歳児時代の江、確かに長かったー。

そして秀吉と茶々との恋愛話も、やたらと長かったー。

大坂落城も、ムチャクチャ時間かけて。

そもそも7歳児でずーっと演技させる、というのが、もうこのドラマの、もっとも原初的な、根源的な、過ちだったですよね。

「龍馬伝」 の総集編、そんなおまけがあったのですか~。 クソッ、見逃した(いつもノーチェックなので仕方ないですが)。

総集編のつまらなさは、本編でとても機微に描いてきたものをダイジェストでさらっと流される部分。

だからいつも見ないのですが、こと 「江」 の作り方(特に最終回)は、紛れもなくこの手法。 見ていて消化不良が残るはずです。

あのラストシーン、江はこれから死ぬ、というようには、私にはあんまり思えませんでした。
そんなに老けてなかったし(笑)。
おそらく 「こんなに一生懸命乗馬の練習をしたのに、信長とのタンデムだけで終わり?」 という樹里チャンの不満を、脚本家がどこかで聞いたかなんだかして、樹里チャンにこれ見よがしにラストであてがったんじゃないか、と(んもー邪推しまくりだ…)。

投稿: リウ | 2011年12月 1日 (木) 16時50分

 江ちゃん53歳くらいで亡くなっています。家光が将軍になって3年後です。で、つい私は死が近いのかなと思ったのです。リウ様のように、先生の罪滅ぼしとは思いませんでした。まだまだだな。

 去年、龍馬伝を久しぶり全話見て、実家で家族で見ていた頃を思い出して、居心地が良かったものですから、「江」もそのまま見たのです。途中、呆れて離れたのですが、大河というこだわりをはずして見るようになって、優しい気持ちで見られるようになりました。リウ様のレビューに癒されたし、クサしながら、江ちゃんを擁護する日々が楽しかったです。「江」は「ままごと大河」だったと思います。私が完ちゃんに感動したのは、なにより先生の脚本や思惑に関係ない、子供という存在の可愛らしさだったからかもしれません。(南極大陸だって犬が主役だったら、おいおい泣いて見ているかもしれません。)
 
 演技じゃないから。先生の脚本には全く感動しませんでした。たまに面白い回もありましたが。
「篤姫」が好きだった人はこの大河を感動して見ていたのかしら?

 多分総集編は見ません。「平清盛」の初回は見ようかと思っています。
 
 

投稿: ささ | 2011年12月 1日 (木) 17時41分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

家光が将軍になって間もなく死去、ということは、その後の兄弟どうしのスッタモンダ(いや、惨劇…)を見ることなく、平和~にこの世を去ったんですね(あ、仔細は知りませんのでよろしく)。

ただこのドラマ、史実をないがしろ、というのはもう大前提なのですが(笑)、その兄弟が仲良くなってそのまま終わり、でその後どうなったかのナレーションもなし、というのは、すごく問題あると思いますよ。
例えはヘンですが、シンデレラが王子さまとめでたく結婚したあと、王子様の浮気が発覚してシンデレラが王子様を殺してしまった、なのに話がめでたしめでたしで完結している、というくらいの問題(ホントにヘンな例えだな)。

つまりもう、「あとのことは知りません」 と言ってるようなもん(笑)。 史実と違う以前の、物語の根幹にかかわる話だと思うのです(オーゲサですけど)。

まあ万事がこの調子でしたね、ハハ…。

「南極大陸」 はですねー、実を言いますともうまったく見ておりませんsad。 録画はたまっているのですが、見る気にならないんですよ、忙しいのもありますけどね。 見てないのに知ったかぶりで解説を加えてしまってゴメンナサイ。

投稿: リウ | 2011年12月 2日 (金) 07時32分

 南極大陸はつれあいが録画して、見ていますが、私はちら見程度でして。だって、映画のイメージが強いので、犬が主役じゃないとつまらない!南極はタローとジローでしょ。

 江ちゃんが亡くなった時は秀忠、家光、忠長は京にお出かけだったとか。秀忠の死後、忠長は粛清されるのです。先生の暗示によりますと、「身内に厳しく」ですが、本来はどうなんでしょう。江のお話では兄弟仲良くでしたけどね。保科さんは家光の側近としてずっと側にいたみたいですけど。

 「坂の上の雲」の再放送を昨日見てしまいました。凄いです。壮大!しかも原作をとても尊敬して作っているのが伝わってきます。脚本の一人に野沢尚さんの名があって、亡くなった方なんですけど、惜しい才能だなとつくづく思いました。とにかく丁寧です。スタッフ、キャストそれぞれから、この作品への尊敬と愛が感じられます。どこぞのやっつけ仕事と同じ局が制作したとは全く思えません。

 たまたま日露戦争の開戦前の回だったのですが、加藤剛さんの伊藤博文が素敵!渋いけど清廉潔白!(伊藤博文のいいところだけ強調されているといえばそうなのだけど)。「ロシアが上陸する時には長州が幕府に立ち向かった時のように一兵卒になって銃をとって戦う」という趣旨の覚悟を懐刀の金子に言って、アメリカに仲介してもらえるよう活動してこいと命令するのだけど、私は見ていて泣きそうになりました。高杉晋作の腰巾着だった伊藤博文が立派になって!でも、昔の気持ちを忘れていない、熱い明治の偉人の姿を演じる加藤さんに感動しました。これが、大河ドラマの本来の感動だと思いました。他にもいいところはいっぱいあったのですが、加藤剛さんは「風と雲と虹と」の主役平将門でして、そういう思い入れもあって、胸いっぱいになりました。

 江ちゃんは可哀想な作品です。でも先生は被害者じゃありません。江が時々、自分は歴史の被害者のように振る舞うのもちょっと嫌でした。なんたって恵まれた人だったから。なのに、文句とわがまま言うだけ。言ってもいいですけど、そのために行動しないと。それが何もしない。しようともしない。江戸城改革も最後の最後じゃ。子供を産んだけ。それは嫌だったのじゃないの!大奥の創始者にするなら、嫁いだ時からやれたでしょ。文句が止まりません。やっぱり「坂の上の雲」見るんじゃなかった。でも樹理ちゃんはがんばったと思います。江ちゃんは嫌な女だったけど(この作品では)、それは樹理ちゃんのせいではないと私は思います。江という歴史上の人物に尊敬も愛も持たないまま主役にして作品を書いた人の責任です。(毒、吐いちゃった。ごめんなさい)

 

 

投稿: ささ | 2011年12月 2日 (金) 08時57分

ささ様
お寒うございます。 即レス下さり、ありがとうございます。

なるほど、「身内に厳しく」 ということがフラグだったわけですね。 いずれにしても秀忠のイメージって、「葵徳川三代」 を見てもズッコケ気味で、やっぱり三代将軍家光への橋渡し的なものだったのかなーと思っていたので、その点に於いては 「江」 のドラマは自分にとって意味がありました。 認識改めましたもん。

そこだけか~(笑)。

「坂の上の雲」 を見ていて思うのは、歴史上の人物たちが明治時代の中盤から後半になるというのに、皆さん方言丸出しである、という点です。

これは当時の口語における標準語、というのが確立していなかった側面もあるのでしょうが、明治維新で自分たちの藩が活躍した、という自負が、後々まで自らの誇りとなっていたせいではなかろうか、なんて考えています。 長州、薩摩、土佐。 山口県出身の中央政治家は現在も多い傾向にある気がいたしますが、やはりこれは 「日本をどげんかせんといかん」(ありゃ、東国原氏だ)という意識の表れなんでしょうね。

そしてやはりささ様もお感じになったように、このドラマからにじみ出まくってるのは(日本語がおかしい…)偉人たちの志の高さ。
列強と互角に渡り合おう、という意識の高さ。

これは江戸幕府がなし崩しに締結してしまった不平等条約からの脱却を目指したものであることは自明ですが、結局それは後代の私どもから言わせると、「太平洋戦争に至る他国侵略の端緒だった」 という見方もされてしまう性格のものです。

ただ端緒の意識としては、「他国に追い付き追い越せ」、という志の高いものであった、ということだけは言えると思います。

そしてその裏で、我が国と違って他国にさまざまな形で侵略された中国(清)などに対する蔑視へとつながっていった。 これは表裏一体の話であると、私は思うのです。

君たちはなすすべもなく他国に侵略されているのだから、われわれが守ってさしあげよう。

志が高ければ、それは受け入れられるはずなのですが。

だから伊藤博文も、見方によってはまったく違った評価が生まれてくる。

「風と雲と虹と」 のとき自分は初めて大河に目覚めたのですが、当時小6で話が難し過ぎた。 「花神」 にしてもそうですが、当時はテーマ曲の重厚さにばかり心が奪われていた気がしますね。

「江」 というドラマを振り返ってみて、肝心の江が結局なにもしなかった…ではなく、出来なかった、というのは(いや違う、してないように見えた)ドラマとしてのもっとも反省すべき点ですね。

反省って、するのは脚本家おひとりだけですが。

投稿: リウ | 2011年12月 2日 (金) 13時43分

 秀忠の地位向上、それこそ向井くん効果!でも、私は中村雅俊が「春日局」でやった秀忠が好きです。もっと人間的でいい人でした!

 先生は自分の評価と世間の評価がかけ離れているのを多分ご存知ないのでしょうね。都合よくお忘れになったか。

 樹理ちゃんも向井くんももっとやりがいのある作品に羽ばたいていかれる事を願っています。

 

投稿: ささ | 2011年12月 2日 (金) 21時04分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「春日局」 は私、見てませんでした~。 あの頃はもう大河を見始めていた時期だったし、橋田壽賀子サンの脚本ということは、そんなに出来は悪くなかったのではないかと思うのですが…。

たぶん 「おんな太閤記」 と同じような路線だと思ったんでしょうね。

雅俊サンは、 「春の波濤」 で川上音二郎役をやったのがいちばん印象に残ってます。

向井クンは今、人気絶頂、という感がありますが、あまり今回の秀忠役のような、脚本家にチヤホヤされて持ち上げられっぱなしの役をやってると、バッシングの対象になっちゃう気もいたします(老婆心すぎ…)。

投稿: リウ | 2011年12月 3日 (土) 08時44分

 配役紹介が巻物スタイルで、いつもと違っていたので、去年の最終回のように、芸術祭参加作品と謳われていたらどうしようと危惧したのですが、NHKも常識はあるみたいで、やっつけ仕事を芸術祭には出さなかったようです。でもそうだったら、もっと先生はまともな台本用意したのかしら?終わったあとでIFについてかんがえても詮無いことですが。

 実は江が乗馬するのは報道されたので知っていました。スタジオの収録が終わって、ロケで最後に樹里ちゃんと向井くんの乗馬シーンを撮ったと言われてましたが、ラストだとは。老けメークはしてないけど、天地人のように、主人公の最後をやるのだろうなと思っていたのです。「春日局」では、江与は晩年折り紙をしていて、倒れた時、京への出立が最後になった家光が見舞うのですが、江与が折った鶴を愛おしそうに手にとって、一つは「忠長に」ともらって立ち去る最後の別れのシーンがあったと覚えているのですが、違ったかな?希望として終わるには、死ぬシーンより、元気よく馬で駆けていくのが江ちゃんらしいと先生は判断したのでしょうね。それに、向井くんの秀忠が唯一の家族のような感じでしたから。たくさん産んだ子供の存在は先生、産んだらすぐ忘れていたし。秀忠と結婚して毎週のようにお産のシーンがあったわりに、子供の存在は都合のいい時だけ。秀忠と江はラブラブというのが先生の考える夫婦のあり方なのかもしれません。

 向井くんは人気があって、旬な人ですけど、この作品ではバッシングされないと思いますよ。同情されても。「ゲゲゲ」で注目されたのに、もっとやりがいのある役だったら良かったのにとファンの方とか思うのじゃないでしょうか。主役の樹里ちゃんより、先生の愛は向井秀忠にありましたけどね。これからの人なので、ただのイケメンで終わってほしくないなと思いますが、どうなるでしょう。がんばってほしいです。

 

 


 

投稿: ささ | 2011年12月 3日 (土) 20時25分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

あの巻物スタイルが出たとき、「あーこりゃ回想シーンの目白押しか…」 と思ったのですが、思いのほか回想も少なかった気がしました。
と言うより、回想シーンがかなりフラッシュバック気味で、従来の大河最終回のときみたいに、延々と流さない、もしくは主人公が臨終の際に走馬灯のように固めて流さない、そんな回想の方法を取ったから、印象が薄かったのかも。

でも正直なところ、回想シーンなんて流されると、江の人生がスカスカだ、というのがばれちゃうから、そんなに大量に流せなかった、という気がする(笑)。

もうひとつ考えられるのは、今まであまりに江の人生をないがしろに描いてきたから、最終回に話が詰め込まれすぎて、回想を流す暇もなかった、と(こっちかな)。

振り返ったら、江自身が出てくる回想なんて、初とほっぺたをつねりあってるところくらいしかない(いや、印象がない)。

そして回想シーンで浮き彫りになるのは、江を取り巻く人たちの存在感ばかり(という印象)。

信長、勝家、市、光秀、利休、………。

そして最後に、淀。

「春日局」 でのお江与の最期の様子、ささ様の記憶のシーン、読んだだけでかなり印象的でした。

馬に乗って去っていく江のシーンのあとは、「誰か考えてよ~」、という脚本家の思いだったのかも。
「自分は結局江の人生最後まで描けませんでした、だから江を死なさせずにこのドラマを終わらせます、あとは実力のおありになるかたが好きなようにお書きください」、みたいな(笑)。

向井クンは、とんだ蜘蛛女につかまってしまった印象があります(爆)。 これでまたひとり、女性というものを学んだことでしょうconfident

投稿: リウ | 2011年12月 4日 (日) 08時38分

 馬で駆けて、江ちゃんはみんなの心の中に生きて行くのですか?まあ、素敵!

 回想で浮き彫りになるのは、取り巻く人達の存在感!そうですよね。最初の浅井パパのあ「希望ゆえな」を最後まで引っ張ってこられるほど!スタンドプレーもありましたけど。天地人も名だたる武将や歴史の名場面に遭遇しまくりでしたので、戦国のお姫様もそうなってしまうのでしょう。でもなにもしなかった女性じゃないし、もう少しお話作れたと思います。大河という舞台のスケールの大きさが、江ちゃんだけのお話を書きにくくしたのかしら?先生の認識が血筋しか取り柄のない女性(つい毒舌です)なので、仕方ないのかも。後、3英傑出せば視聴率稼げるという局の胸算用もいかがなものかと思います。大河と言えば、戦国、幕末、元禄の繰り返し。ですけど、来年は平安末期!再来年は幕末から明治!「坂の上の雲」を見届けたら、新しい時代に挑戦する大河を見よう!扉か開かれる!と期待していいですか?

 「江」が終わって一週間たちました。江も朝ドラだったら、叩かれないかなとか思ったりしました。樹理ちゃんの良さは違う時に堪能したいなと思います。ただ、のだめのような演技だけではコメディエンヌとしても今後厳しいと思います。この大河で一年苦悩しながら演じ続けた事を糧に、女優さんとして頑張ってほしいです。悲劇も喜劇も演じられると思う貴重な女優さんなので、さらなる成長を期待しています。

投稿: ささ | 2011年12月 4日 (日) 10時04分

リウ様は、本はお読みになりますか?

「美女いくさ」という小説があります。
ずばり、江が主人公です。
これは、確か2008年くらいに読売新聞の夕刊で連載されていて、私は滅多に読まない新聞小説を真剣に読みあさっていました。
その直後、NHKで、江を主人公とした大河をやると聞いたとき、物凄く期待したのです。
あの小説が原作かと!
(私の母もそう思って、そう思ったまま最初に「江」を見てしまったそうです)

・・・一度お読みになってください。
江、という女性への視点が、こんなに違うものかと驚かれると思います。
完全に、書き手の側の格の違いだと思います。
この「美女いくさ」、なぜか世間から抹殺されたような視点しか与えられて居らず、私は不思議でならないんです。
世間に知らせて、もっと有名になっていい小説だと思っています。
少なくとも、あの大河を見せられた後では、まったく違う江の姿に感動すら覚えるのではないでしょうか。
創作するなら、あそこまで、やって欲しいものです。

投稿: samantha | 2011年12月 4日 (日) 10時12分

ささ様
即レス下さり、ありがとうございます。

このブログの横っちょについている 「坂の上の雲」 放送まであと○○日、という予告も、もうなくなって本日放送。 「まだ90日くらいあんのか」 な~んて考えてたら、月日のたつのは恐ろしく早いもので…。

ただ以前にも書きましたが、このドラマのレビューは、とんだ大チョンボしたことを未だにを恥じるせいで書きませんのでよろしく…。

ただ1回の時間が長いんですよねー、このドラマ。
見ていて途中で眠くなったりする。

だから 「江」 なんかは、見ているあいだほとんど半分くらい寝ていたのではなかろうか、と…(そんなことは毛頭ございま、せ、ん…爆)。

「江」 が朝ドラだったら、もうすっごい今以上に叩かれまくってますよ!(爆×2)。

なんたって朝ドラ、というのは毎日、しかも時計代わりで習慣的に見ているかたも多い。
毎日イライラさせられて会社や学校に行かれたら、それこそ日本経済にとって大打撃です(そこまで言うか)。

いや、毎朝15分のコントを見せられている、と思えば納得がいくかな…(あ~もう、毒舌が止まらない…)。

投稿: リウ | 2011年12月 4日 (日) 11時23分

samantha様
コメント連投下さり、ありがとうございます。

いや~、最近はさっぱり読みませんね、本…。

なかでも小説、というのはとんと読まないほうでして。 読むとすれば、大昔のものばかり。 漱石とか芥川とか、何度も読み返すタイプなんですよ。

「美女いくさ」、という本、samantha様のお話を聞くと、かなり 「江」 がかすんでしまう内容のもののようで…。

そのような秀作を出されたら(しかも近作)、恥ずかしくってやってらんないですね、私だったら。
それか、それ以上のものを絶対目指す。 プロだったら。

おそらく脚本家先生のプライドが高いので(プライドだけ、は…笑)この秀作を原作にするなんて考えられなかったんでしょうけど、「格が違う」 なんて論じられるのは、プロとして飯を食っていることを恥ずべきだ、と思いますけど(あ~もう、どうでもいいか…笑)。

投稿: リウ | 2011年12月 4日 (日) 11時35分

 朝ドラでも駄目かしら?やっぱり駄目な子はダメなのね。でももっと元気溌剌にして、はちゃめちゃにすれば、朝だったら許されたかもと思ったのです。真面目に大河を見ている人は、江ちゃんが秀吉を「サル!」って呼んでるだけで、「ありえない」の拒否反応でしたから。(まあお姫様としては下品ですけど。というか、先生の描写はセレブへの憧れより、皮肉をこめていたのか、下品な事が多かったです)
 
 日本の経済が立ち行かないのは、江ちゃんのせいかもしれません。怒りで月曜日から働く意欲が減退したのかな!(調子に乗って書きました。本気じゃありません。)

 でも今年は去年と違って喪失感は無いのです。途中投げ出したいのをなんとか踏みとどまって、最終回まで見た自分をほめたい!おかげで他のドラマが全く続けて見れませんでした。今は時々「謎解きはディナーのあとで」見るくらいです。謎解きにしてはかるーいドラマなので。桜井くんに拒否反応がなければ、楽しめます。テレビは流し見が楽なので。

 「坂の上の雲」は今日はやめておきます。江ちゃんを見守った気力が先週途切れたので、しばらくクールダウンします。リウ様は、レビューしなくてもご覧になるのでしょう?がんばってください。また、違うドラマでリウ様のところにお邪魔できたらと思っております。

 

投稿: ささ | 2011年12月 4日 (日) 16時29分

 このドラマはアンチテーゼだったと思えば、先生を肯定できると思います。

 江じゃなくて淀が心のヒロイン。良妻賢母は淀に。だから、秀吉は淀に誠意を尽くし、愛人じゃなく心の妻にする。江が子供から少女時代、武将たちのところにでしゃばりエラソーだったのは、大人になったらなにもできないのを浮かびあがらせるため。そして、淀の悲劇を主軸にする。先生はつまるところ、「セレブのなんのと浮かれてありがたがるより、実力主義なのよ。私のようになりあがってこそ価値がある。江のように、血筋にすがってエラソーにしてたって、身内の不幸も防げないようじゃ意味がない。」とセレブのお話を書いておっしゃたのではないでしょうか。希望という言葉を皮肉に変えて。(妄想しすぎだ。)
だから、気持ちよく海外旅行にお出かけになられたのでは?(うがった考えですいません。)以上、一年先生に付き合って、考察してみました。リウ様これからは、ちゃんとしたドラマのレビューを頑張ってくださいね。

 

投稿: ささ | 2011年12月 4日 (日) 19時22分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 返信がだいぶ遅れました。 申し訳ありません。

朝ドラって、毎日やられるから影響力が大きいんですよね。 大河がダメなら、日曜夜8時を我慢すればいいだけの話ですけど。

でも朝ドラでこれほど大昔が舞台のドラマって、やったことないですからねぇ~。 却って斬新で面白いかも、ですよね。 「おはなはん」 とか(いつだよ…爆)「はね駒」 なんかも確か明治時代だったかな。 安土桃山から戦国時代の朝ドラって、見てみたい気もいたします(予算については大丈夫ですよ、最初だけお金をかければ、今回みたいにセットの中でケンケンガクガクやってればいいだけの話ですから)(すごいこと書いてるなオレも)。

ただ少なくとも大震災のショックを緩和する働きだけは、このドラマはしなかったでしょうね(マジレスです)。
いやしたか。
見ていてあまり考えなくてもよかったから(笑)。

「謎解きは…」、実は第1回途中まで見ましたcoldsweats01。 途中で挫折しましたsmile。 櫻井クンが苦手、というわけでも、北川景子チャンが苦手、というわけでもなく、なんとなく吸引力のないドラマだったので…。 「お嬢様はアホでいらっしゃいますか?」 なんて、題材は面白そうだったんでとりあえずさわりだけは見たんですけどねぇ。

今年の秋ドラマは、見ていてレビューが書きたくなるものが少なくて…。 それなりに秀作ぞろいなんですけどね。 個人的な理由かな、忙し過ぎるのが影響してるかも。

ただちょっと総評みたいなことをしてしまうと、毎回書く題材に乏しいのが多い、そんなドラマばかりのような気がします。

そのことを考えると、あっれだけグダグダなのに毎回書く題材だらけだった、という 「江」 は、実はすごいドラマだったんじゃないかな~、なんて考えています。
まあ、結果的に毎回 「江が主役じゃない」 とか 「感情移入できない」 とかレビューの内容は一緒だったかもしれませんが、もう見ていてボロだらけ穴だらけで(爆)呆れかえることを書いてて楽しかった。

その点で行くと 「坂の上の雲」 なんか、揶揄しようにもできないんで面白くない(ハハ…)。

とりあえず見ますけど、自分で課したことながら、レビューを書かないと決めると、いつ見てもい~や、なんてずっとほっぽってしまうかもしれません。

ささ様の妄想、もうすごいトゲがあって読んでてこっちの胸がズキズキいたしました(爆)。 「セレブなんてただの夢! 血筋だけに頼って何もできないなんて意味なし」 とか、スッゴイですねぇぇcoldsweats01。 私ももう、スッゴイ罵倒の文句もここまで出かかってますけど(笑)、それもひっくるめて楽しませていただいたな、な~んて優等生的発言…。

投稿: リウ | 2011年12月 5日 (月) 10時24分

 京極龍子さんの事を調べたら、彼女は、秀頼の息子国松が処刑された後、遺体を引き取り、お寺に埋葬したらしいです。列女じゃないですか!それで、江戸に来て、「男で傷ついた傷は男で治す」と言い切ったら、女っぷりももっと上がったと思うのですが。このドラマでは、とんでもない女性に描かれていて気の毒だったので。これで、ドラマで大津城で失神したのもご愛嬌になるのじゃないかと思いました。戦国時代に姫様たちは何もできないのじゃないのです。きれいな着物で着飾っているだけじゃない。と終わってしまったドラマに思いをはせました。秀忠が龍子様へのお礼と労いをするために江戸にご招待したのだろうと、あの江戸への登場を思うことにしました。

投稿: ささ | 2011年12月 7日 (水) 22時25分

ささ様
コメント新たに下さり、ありがとうございます。 話題が尽きませんね!happy01

京極龍子サンに関して、「江」 ほど印象的なドラマは、個人的には初めてだった気がします。 おそらく初との絡みでここまでクローズアップされたんでしょうが、ささ様のおっしゃる通りこのドラマでの龍子サマは脚本家の 「お姫様像」 の汎用型とも呼べる底の浅いもので。

このプロトタイプから江も初もキャラクター造形が行なわれている気さえします。
淀だけは別格ですが。

脚本家は龍子サマを罪のない可愛さでもって表現していたのだと思うんですけどね。
罪がない、つまり本人が意図的にやっているわけではない、という時点で、もう 「世間知らずのお嬢チャマ」 なわけですよ。

つまりまあ、「戦国の姫たち」 を表現する力など、脚本家にはまったくなかった、といういつもの結論に達してしまいます。rain

投稿: リウ | 2011年12月 8日 (木) 07時20分

横から失礼します、
水上勉の「湖笛」では、茶々の初恋の相手を京極高次としています。
京極龍子も描かれていますが、

さささまがお書きになった豊臣家が滅ぼされた後の彼女の行動を知ると、
ひょっとして最初の夫には、それほどの愛情がなかったのかもしれないなあという、気がしてきました。


彼女は夫の敵の愛妾になって・・・という悲劇のヒロイン的な描き方をされますが、この当時の結婚は政略結婚、普通の夫婦のような愛情があったかどうかは定かではありませんよね。
龍子が本当に愛したのは秀吉だったとすれば、
納得です。

通説って、意外とあてにならないものですね。

投稿: マーシー | 2011年12月 8日 (木) 22時07分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

いやはや、マーシー様の読書量には、完全に参りました。 水上勉氏まで読んでいらっしゃるとは…。

「江」 での龍子サマは、「人は忘れることで生きていられる」、という、まるで 「記憶力が致命的なまでにない」 と自らおっしゃる脚本家先生をまんま投影したキャラかとばかり思っておりましたが、実は(あてずっぽうにせよ)秀吉を単純に愛していた、というとらえ方でよかったのかもしれません。

番組HPに 「龍子の部屋」 というオチャラケた番宣コラムがありましたけどcoldsweats01、あれってドラマがドラマなだけに許せる、ドラマの質の低さをNHKが自虐していたものなんじゃないか、って思います。
大河ドラマを根底からひっくり返して笑い飛ばしてやる、というあのコラム、今にしてみるととても存在価値があったなって、思うのです。

投稿: リウ | 2011年12月 9日 (金) 08時58分

 脚本家の市川森一さんがお亡くなりになったそうです。

 大河では、「黄金の日々」「山河燃ゆ」「花の乱」。 「花の乱」はほとんど見ていませんが、「黄金の日々」と「山河燃ゆ」はほぼ見ています。面白いとは思わなかったですが、どちらもじっくり考えながら見ていました。

 「黄金の日々」はでも、「江」と時代的には近いですよね。内容は全く違うけど。経済の側面から歴史を考察する貴重な大河だったと思います。娯楽性もあったし。

 「山河燃ゆ」は日系アメリカ人の家族の苦難のお話で、これも社会派の原作のせいか、大河としては異色作でしたね。「江」とは違う意味で。

 「花の乱」は全然わかりません。

 ただ、市川さんの脚本は、きめ細かくて丹念だと思います。良心的で。いい脚本を書く、本当のプロの脚本家の方がまた一人、お亡くなりになられて残念です。寂しいです。

 

 

投稿: ささ | 2011年12月11日 (日) 00時17分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

市川森一サンについては、ちょっと新記事を立ち上げたいと思うのですが、もし無理だった場合今一度ここでコメントし直したいと思います。

「花の乱」 に関しては、確かささ様は日野富子がお嫌いで(記憶違いだったらスミマセン)ご覧になっていらっしゃらなかったんですよね。

けれども私からすると、この大河ドラマは私の見た中ではベスト3には入る出来の大河でして。

「山河燃ゆ」 と合わせて、ベスト3の中のふたつは、市川サンの作品(「山河」 に関しては、確かほかの方との共同脚本だったような気もするのですが)。

最近放送された宮崎あおいチャンの 「蝶々さん」 が市川作品だったので、この訃報には心から驚いています。 未見の 「蝶々さん」 の後編、さっそく見なければ。

投稿: リウ | 2011年12月11日 (日) 09時07分

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