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2011年11月 5日 (土)

「カーネーション」 第5週 「私」 を見てもらいたい人々

 このドラマ、つまらない小細工を拒絶しているような気がします。

 百貨店火災を契機とした和服から洋服への切り替えが新聞で叫ばれるなか、小原糸子(尾野真千子サン)は心斎橋百貨店へ出向き、制服を作らせて下さい、と頼みこむ。
 そしてそれを任され、時間との闘いの中それを仕上げる。

 これが今週のおおかたのストーリーなのですが、おそらく普通の脚本家であれば、この話でまるまる1週間食いつなぐはずです。 そして週の終わり最後の5分程度で次週につなげる話を持ってくる、そんな構成にしたがる。

 さらに百貨店の制服が出来るまでに、普通の脚本家であれば、さまざまなアクシデントを盛り込むはずです。

 しかしこのドラマは、その両方を、拒絶している。

 この話、1週間(月-土)6回の話のなかで、5回(金曜放送分)の頭あたりで、終わっちゃうんですよ。 で、話はもう、次に行っちゃう。 ちょっと見ていて、個人的には意外でした。

 そして制服が出来上がるまでに、さまざまなアクシデントを盛り込まない、という点。
 ドラマでは普通、作り手は主人公の前に次々とハードルをこしらえて、面白くさせようとします。
 けれどもそういうのって、いかにも無理やり、という傾向に陥りやすい。

 たとえば、制服を縫っている途中でいかにも危なっかしそうだった母親の千代(麻生祐未サン)が間違ったまま生地を裁断してしまって、反物を大部分ダメにしてしまうとか、ミシンが使い過ぎで何らかの形で故障してしまうとか。 フツー考えそうですよね。

 私はドラマの使用言語として、そんな場面が今週、いくつか出てくるのではないか、と思って見ていたのですが、見事にまったくなかった。
 なのにここまで 「見せる」 力にあふれている。
 おみそれいたしました。
 ドラマのセオリーを使わなくとも、小細工なんか使わなくても、ここまで人を惹きつけるものはできるんだ、という心意気を感じましたね。
 
 構造的に考察してみると、起承転結の 「起」 の部分から 「結」 に至るのに 「転」 の部分をあえて避けて通っている。
 「承」 の部分をたたみかけることで、事態は力強く進展していき、やがて 「結」 に至るという方式を採っている。

 けれども制服制作の話は金曜の頭に終わって、「結」 は 「結」 たりえず、それ以上の問題に小原家は直面していくのです。
 ただそこで巻き起こる話って、制服制作と、ちょっと似たような話。
 でも同じような話でありながら、その中身が全然違う。
 こんな、同じような話を繰り返すことの意味とは。
 その話はまた後ほど。

 で、今週のあらすじです(あ~また、長くなりそうだ…)。

 昭和7年(1932年)12月。
 心斎橋百貨店(日本橋高島屋の東別館らしいです)に出向いた糸子、さっそく入り口付近の女子店員(和装)にアタックです。
 ここ、糸子があまりにも積極果敢なために、却ってこれが功を奏して、いきなり支配人のところまで案内されてしまう、というのが興味深い(さすがに社長は無理でしたが)。
 アポなしで通されてしまうことには 「時代だなあ」 というのも感じるのですが、女子店員がこういう場合どうするべきか、というマニュアルみたいなものを持っていない。 女性が置かれてたポジションのキャリア軽視の傾向、というものもさりげなくここで表現されている気がする(こんな重箱の隅をつつくような解説をしとったら、なかなか先に進みませんがな)。 おそらくこの女子店員は、社長がおったら社長まで通してしまった、と思われるんですよ。

 で、案内された支配人の花村。

 國村準サンが演じていたのですが、ボソボソっとしたようなしゃべりのキャラクターで、これがいかにも國村サンらしくて、そこでまず笑ってしまう。 糸子との会話はまるでこんにゃく問答みたいで、ビジネスの深刻さが大きく軽減されている。

 糸子は 「うちは東京の根岸良子先生(財前直見サン)の指導を受けて、腕には自信がある」 と自分を売り込むのですが、花村にとっては 「根岸先生言うたかて、誰やら分かりません」 って感じでしょうね(笑)。 でも糸子は自分を売り込むためなら、どんなことをしてでも信用させないといけない、という姿勢なのです。 この、竹槍持って突進、というバイタリティには見習うべき点がありすぎる。 仕事を頼む、というのは、実にこういうことだからです。

 けれどもそんな糸子の姿勢も、相手にとっては子供だましのレベルでしかない。 花村はにべもなく糸子の申し出を断る。 「百貨店の制服というのはその店の顔やから、それを変えるということはその店の顔を変えるということ。 ポッと出の娘さんに任せるなんて出来ない」 ということですが、いったん引き下がったに見えた糸子は、その新しい顔に必要なものとは何かを花村に訊いてくる。 デザインやろね、と軽~く言いはる花村はん(笑)。

 花村の言ってることは、当然すぎること。 いわば糸子をこの時点で完全に無視、「もう来るな」 というのと同じ応対の仕方なのです。
 しかし糸子のほうは、まったくこれで終わったと考えていない。 簡単に諦めとったら、仕事なんかもらえないのは自明の理なのです。

 糸子は早速泰蔵(須賀貴匡サン)の妻八重子(田丸麻紀サン)のもとに急行。 制服のデザインをあれこれと考え、勘助(尾上寛之サン)の意外な鑑識眼で見つけたファッション雑誌の写真の一枚をもとに、数枚のデザイン画を作り上げる。
 ここ、勘助の意外な才能、という点でひょっとしていけるかも、という気を見る側に起こさせるのですが、もともとファッション雑誌を参考にした、オリジナリティに欠けるもの。 やはり他人のデザイン、というのは訴える力を持っていない、と私は思うんですよ。

 夜なべしてデザイン画を描く糸子を、父の善作(小林薫サン)がそっとふすまを開けてのぞき込みます。
 ここ、善作の表情が暗がりでよく分からない。
 「ゲゲゲの女房」 だったら、布美枝(松下奈緒サン)の表情を的確に追っていただろうな、とこのとき思いました。 つまんないところの感想ですが(あ~ますます長くなりそうだ…まだ開始10分だ)。

 翌日また心斎橋百貨店に出向く糸子。 けれども、「あのあと支配人に怒られた」 と同じ女子店員さんに言われ、仕方なく待ち伏せ(笑)。
 そして花村を捕まえた糸子、得々とそのデザイン画を見せるのですが、「あきませんな」 の一言で一蹴。 どこが悪いのかと食い下がる糸子に 「そこを考えるのがあなたの仕事やろ」 と言いつつ、「ようは、普通なんや」 と解説する。 「そう悪いもんでもないのかもしれん。 けどええかゆうたら、けしてええことはない。 仮に洋裁屋10人集めても、9人まではこれくらい描いてくる。 その程度のものは、要らんとゆうことや…はぁぁ~、スッキリした」(笑)。

 「おおきに!」 とうれしそうに答える糸子。 「あのな、断ったんやで。 もう持ってきたらアカンよ」 と完全シャットアウトを決め込む花村に、糸子はちっともめげません。 カーネーションのように、簡単にしおれません。

 「(そんなんまともに聞くうちやありません)…見とれぇぇ~…」。

 この心意気が、見ていてとても励まされます。 もしこれを見てから仕事に行ったら、意気揚々と仕事できるだろうなぁ。

 しかしやっと月曜日分終了かよ。 やっとられんなあもう。 もう次回から、一回ずつのレビューにしようかな(爆)。 いや、そんなヒマはない(笑)。

 「普通ではダメ」 というコンセプトでデザインを考え出すと、どうしても奇抜、という方向に向かってしまう。 振袖付きとか(爆)。 糸子は煮詰まってしまいます。
 「この人から買いたいとかいう服があるんとちゃうかな」 という八重子の話に、実際の店員たちの服装を思い出し、ときめきがなかったと感じる糸子。

 「そやけど、あれが、もっとうれしなるような、…ええとこに連れてってもらえそうな後ろ姿…。

 そうや!

 どないしたら気に入られるやろうて考えてたから、しんどかったんです。

 うちが、うれしなる服を描こう。
 見てるだけで楽しなって、話しかけたなる。 ついていきたなる。 そんな服を描こう!」

 白々と明けていく夜。

 妹たちが寝付く中、糸子はデザイン画を完成させるのですが、そこに善作が入ってきます。 「見せてみい、だあって(黙って)見せんかい!」 と小声ながら凄みを利かせる善作(笑)。
 「おまえ、わしに洋服は分からん思てるやろ、へへへ、それが分かるんじゃ。 おんなじ、糸のもんやさかいにな」
 と頼りがいのあることを言って一瞥し、こう言うのです。

 「しかしなんや、かったるいもんやな。
 さっさと見本作ったったらええやないけ。
 こんなちょろちょろした絵見せられるより、現物をやな、これですっちゅうてバーンと見せられたほうが、よっぽどオモロイで」

 食いつく糸子(笑)。

 「うん。 ほんまやな! ば~んとな! ああ…。 そっちのほうがオモロイわ」

 「せやろ~?」

 「いや。 けど。 ちょっと待って。
 作んにはな、まず生地代がかかるしな。 時間もかかって、…アカンかったら、丸損やで」

 「うん。 そらまあそうやな」(いいかげんじゃのう…笑)

 「(考え込む糸子)…そら賭けやな…」

 「けど、そっちのほうがオモロイで」

 「ふん…」 と半分ほくそ笑むように笑う糸子。 「お父ちゃん………生地代ある?」

 「………ない!」

 言うと思った(爆)。

 この夜明けの父娘の会話。

 今で言うたら 「プレゼンにはインパクトが何よりだいじじゃ!」 ということでしょう(笑)。 この父親の発想が糸子にとってどれだけの援護射撃となったことか。
 そして親子ふたりして、商売っ気のあるところを見せる。 これがみんな寝静まった夜明けに交わされる、という特殊なシチュエーションが、のちにふたりにとって、父娘だけのかけがえのない今生の思い出に昇華する可能性を秘めている気がしてならないのです。

 ここで威力を発揮するのが、神戸の母方の実家から送られてきた数々の骨董?品。 南国風のお面とか(笑)。 ここでも 「ゲゲゲの女房」 の茂のコレクションを思い出した。 どうもふすまを開けて善作が糸子の仕事ぶりを見守るシーンといい、「ゲゲゲ」 を意識している気がします。 そして作り手は 「ゲゲゲ」 を凌駕する作品を、作りつつある。 理想的な切磋琢磨の世界だ。

 このワケの分からんシロモノはたいがい質流れになるのですが、それを実家からの支援と受け取るべきなのかどうかは、例によって断定的な説明がなされません。
 つくづく、このドラマは不親切をわざとやっている。 視聴者に媚びない。

 糸子はそれによって生地代を捻出するのですが、ここでも質屋に勉強してくれと頼み込み、商売上手な一面をのぞかせます。 商売人はこうでなくては。
 そして 「3番目くらいのいい生地」 を買う(笑)。 リアルだなあ(笑)。

 糸子は丸2日寝ないで、制服のプロトタイプを作成。 それを自分で着てみて、家族に見せます。 沸き立つ妹たち、千代、ハルおばあちゃん。
 それを見た善作、興奮したような顔で、「おまえな、そのまま着ていけ、それ! そのなんや、支配人か? 待ち伏せして頭下げて、風呂敷広げて見てもらうやら、あーそんなかったるいことせんとやな、そのオッサンの目の前に、おまえそれ着てバーン出ていってやな、コレです!言うちゃれ! そのほうが話早い! ほんで、おもろい!」 とアドバイスするのです。 「冴えてるわ、おとうちゃん! あんがい洋服屋のんが向いてるちゃうやろか」 と笑いを取りながら、ここでも善作の商売人としての発想に感心してしまう。
 善作は、経理とか営業とかタイプじゃなくって、プランニング方面での能力に長けてますよね。
 糸子は呉服屋の隣の下駄屋(洋靴も取扱中)(ちゃんとこの話も以前に仕込んでいた…あまりにも用意周到…恐れ入りました)で靴をツケ買い、その制服の格好のまま、根岸先生からの教えを思い出し、堂々と胸を張って岸和田商店街をあとにするのです。

 心斎橋百貨店の入り口をくぐった糸子、さっそくその制服を、いつもの女子店員に見せるのですが、「ええわあ…うちも着たいです」 と評判は上々。 「よっしゃ! ほな、行ってくら!」 と意気揚々と花村を待ち伏せる(笑)。
 けれども待っているあいだじゅう、糸子は弱気の虫にさいなまれます。
 でも糸子は、懸命に自分を奮い立たせる。
 「胸張って!」
 胸を張って、うつむかず、しっかり顔を上げて。
 仕事をいただこうとする者なら、常に心掛けなければならない努力なのです。

 そこに通りかかる花村。

 「あ…こんにちわっ! オハラでございますっ!」

 この言い方(笑)。 表現できなくてもどかしいですが、なんか変に訛ったような、オバチャンのような、すごく滑稽な話しぶりで笑えました。

 「見本…作ってきました…どないでしょうか?」

 いきなりヘンな話しかけられ方をして暴漢にでもあったように慌てた花村(爆)。
 この先どうなる。

 おいおい、ここでやっと火曜日分終了だぞ…。 やばすぎる。 レビューが終わらん…。

 「ちょ…ちょっとそこ立ってみて…」 と糸子を入口に立たせ、何やらメモを取る花村。 「イラッシャイマセ」 と来るお客さんにまたまたヘンな声で挨拶してしまう糸子(爆)。 花村はあっちゃこっちゃに糸子を立たせ、メモを取りまくる。 「ネクタイはどこですか」 とご婦人に話しかけられる糸子。 「(やった! 話しかけられた! 成功やぁぁ~!)」 糸子は自分の制服姿が自然に受け入れられていることに自信を深めていきます。 花村のメモをのぞき込む糸子。 それを隠す花村(笑)。

 ここらへんの見せかた、実にうまい。
 見ている側のこっちの気持ちも自然と高揚していることに気付きます。

 支配人室に通された糸子、花村からあっさり、「採用です」 と通達されます。 ヤッター!…と思う間もなく、花村は、新年の初売りからこれで行きたいから、あと1週間で20着を作れるか?と打診してくる。
 糸子はすぐさまそれを請け負うのです。 「そら賭けやな…」 とあの日の夜明けに考えていた糸子、その時点からもう助走はついていた。 賭けないでどうする。 ここにはお父ちゃんの思いも流入している気がする。

 「しつこいようやけど、1週間で20着やで? できるか? ホンマに?」

 花村にとってみれば、新年からのイメチェン戦略、という側面はあるにしろ、ここで小原糸子に一任するのは、大きな賭けのように思われます。
 けれども1932年と言えば時代は世界恐慌が未だ尾を引いている。 経費の節約、という点から言っても、無名の人間に任せるのはいい判断だと思える。
 「制服一新」 を世間に公表したかどうかが判断の分かれ道ですが、もし公表していないのであれば、この依頼が達成されるかどうかは、さして問題ではない、のではないでしょうか。

 さて、大きな顔して請け負ったはいいものの、「(はぁぁ~…!エッライ仕事引き受けてしまいました)」 と大慌てになる糸子(爆)。 反物丸一反、かなりの重量のものを担いで帰り、一家総動員で制服の製作に取り掛かります。

 糸子はミシンを探しに桝谷パッチ店を頼るのですが、こちらも年末でミシンが開いていない状態。 仕方なく糸子は神戸の母方の実家を頼ることにします。

 このドラマを見ていてときどき不思議に思うのですが、困ったときに糸子は、なかなか神戸を頼ろうとしない。
 これには父親善作の意向がかなり作用しているように思われる。 神戸が岸和田から遠い、というのもネックのひとつかも。
 とにかくそれを裏付けるように、神戸行きを聞いた途端、今まで協力していた善作は色を失って大反対。 反駁する糸子を平手打ちして、「神戸なんか行ったら二度とうち入れへんど!」 と怒って出ていく。
 「そんな…どないしよ…」 と途方に暮れる糸子。
 ここでハルおばあちゃん(正司照枝サン)がきっぱりと言うのです。

 「行って来い」

 今までテンパっていた気持ちがすべて許されるような、ハルおばあちゃんの毅然としたその言葉。
 なんか、じわっと来てしまいました。

 「あとはうちらがなんとかする。
 いつものひがみ根性や。
 気にすることあらへん。

 今日はあんたが正しい。
 神戸へ、はよ行っちょいで」

 どうしてこうも、有り難いんでしょうか。 おばあちゃんて。
 このハルおばあちゃん、けっして糸子にデレデレと優しいわけではない。 でも、糸子が窮地に陥ったとき、きまって下から支えてくれるのです。

 「行っちょいで姉ちゃん」
 妹たちもそれに同調する。
 「お母ちゃん…大丈夫か…? お父ちゃんお母ちゃんにいちばん当たるで」
 恐る恐る訊く糸子。 コクリ、と力なくうなづき、「心配しな。 へえへえすんませんちゅうて聞いとったらええだけや」 と答える千代。
 あまりにも糸子にとってありがたい援護射撃。 糸子は、神戸へと向かいます。 ぐずぐずしてはいられません。

 ヒェ~、まだこれで水曜日分、まだ半分だぞ…。

 そして神戸(笑)。 ん泣いてどうなるのか(爆)。
 一緒にココアを飲みたがるのんきな母方の祖母貞子(十朱幸代サン)をさて置いて、制服制作に没頭する糸子。 部屋に飾られたクリスマスツリーとは裏腹の、厳しい修羅場です。
 そのツリーの影から糸子を見守る祖父の清三郎(宝田明サン)。 糸子の頑張りに、思わずこみ上げてしまうものがあるようです。 ここでもホロっと来てしまう。

 さっきのハルおばあちゃんといい、このおじいちゃんといい、どうしてこう、ホロっと来てしまうのか。
 個人的に考えているのは、これは糸子があまりにも一生懸命だからなのではないか、ということです。
 人間、誰もが懸命に生きてます。
 でもそれを、認めてもらうことって、あまりない。
 糸子の場合、おばあちゃんもおじいちゃんも、その頑張りを認め、陰から日向から、支えてあげようとしている。 そんな存在があるということ自体がとてつもなく有り難いのだ、と感じられる年代になったんでしょうね、私も。

 金持ちの母方の家の晩餐で繰り広げられる団欒に、糸子は自分の家のことが気になってしまう。
 あのままで済むはずはない。
 案の定、「家が大変や」 と妹の静子(柳生みゆチャン)から電話がかかってくる。
 激怒した善作が店の売りもんを全部持って、いなくなってしまった、というのです。

 けれども善作は上機嫌で、木之元電キ店からミシンを買って帰ってくる。
 「家財一式売り払ってでも」、と先週根岸先生に話していた善作の決意、というものが、紛い物ではなかったことを証明した瞬間でした。
 「分かった、明日の朝すぐ帰る」 と静子に話す糸子。 清三郎も貞子も、泣きの涙です。 「泣かんでええ。 だが…これが泣かずにおられるか…」 と声を絞り出す清三郎。 このふたり、なにをそんなに嘆き悲しんでるのか?ん泣いてどうなるのか?と思ったのですが、伯父の正一(田中隆三サン)の説明によると、それだけ糸子が可愛いんだ、ということ。
 それだけかよ?という感じなのですが、相変わらずこのドラマ、余計なそれ以上の説明を一切しない。
 考えたのですが、これってただ単にそれくらいでオイオイ泣いてしまう金持ちの打たれ弱さ(表現がちょっとおかしいですが)を表わしているのと同時に、特に清三郎の場合、そこまでして娘にミシンを買い与えた善作の気持ちに感じ入っているのではなかろうか、と。
 相変わらず作り手は 「そんなのはそちらの想像にお任せします」 というスタンスであります。

 小原呉服店の商品棚が空っぽなのを見て 「商売大丈夫か」 とあらためて不安になる糸子。
 そこに善作が降りてきます。

 「おとうちゃん、ミシンほんまおおきに…」

 まんざらでもない顔を一瞬する善作ですが、「なにをボサっとしてんねや! はようせな仕事間に合わへんど!」 と厳しい物言い。
 ミシンは店先に堂々と鎮座ましましています。
 これを店先でやることで、洋裁も始めました、という客へのアピールにつなげる善作。 やっぱりプランニング担当だ…。

 昭和8年(1933年)正月。
 糸子のミシンは、フル稼働中です。 まわる、まわる、まわる。
 小原家はおせち作りもそっちのけで制服制作に打ち込んでいます。 勘助がおせちを持ってきたり、糸屑を拾ったりして何かとサポートしている。
 そして家族全員がまるでダイ・インのように(笑)寝そべっている間も、糸子の手は休まりません。
 そしてそれは、ついに完成。
 勘助を伴って、糸子は心斎橋百貨店へと納品に向かいます。
 どうも危なっかしい勘助(笑)。
 さっきも書きましたが、危なっかしい千代も含めて、どうもこのふたりが何かしでかすんじゃないか、と思いながら見るのは、ドラマ好きのクセでありまして(笑)。

 勘助、百貨店に来るのはどうも初めてらしい。
 週の初めで糸子もこの調子で、「どこから入るんやろ?」 みたいなことをやっていた。
 なかなか庶民レベルでは来ることのないところだったんでしょうかね。

 そして納品。 勘助はビビって中に入りません(笑)。
 支配人室に向かう途中、糸子の胸に不安が巻き起こります。
 さてどうなる。

 ここまでが木曜日分。

 どうなる、と思わせといて無事に納品は済み、糸子はもう、帰りの電車から家に帰ってから、次の朝まで爆睡しまくります。
 おそらく納品が朝の10時とか言ってましたから、そこから換算して少なくとも18時間くらいは寝まくったのではなかろうか、と(笑)。

 そしてその翌日、初売りの日。
 晴れやかな洋装の制服を着た店員たちを見に、糸子は妹たちを連れだって百貨店へやって来ます。 客からの評判も上々。 花村はこっそり、OKサインを糸子に送ります。
 ここらへんの達成感。
 まるで見ている側も一緒に達成したかのような気持ちにさせてくれる。
 どうしてこうも、見ている側を気持ちよくしてくれるのでしょうか、このドラマは。

 しかし、この時点でまだ今週分は結構残っている。
 この仕事がうまくいったと同時に、小原家はミシンを買うために売っぱらった在庫のこともあり、困窮してきます。 善作は百貨店の仕事を当て込んでいたらしいのですが、これが見事に当てが外れて。
 それなのにあまり事態を深刻に考えなかった妹の静子が、就職を控えているにもかかわらず姉の仕事の手伝いがしたいと言い出し、糸子はその浅はかさを叱り飛ばします。

 蛇足ですがこの静子役の柳生みゆチャン。 個人的には 「俺たちの旅」 時代の岡田奈々サンを彷彿とさせる。 なんか懐かしいなーと思いながら見てました。

 で、仕事を取ってくるのは大変なんじゃという糸子に 「仕事、取ってきます…」 と言って飛び出す静子。 いや、だから、そーじゃないってば…(笑)。
 しかし静子は、直後に大きな仕事を取りつけてくる(爆)。
 パッチを100枚、明日までに仕上げる、という切羽詰まった仕事です。
 糸子は正直ビビりながらも、パッチ屋勤めの経験が自分にはあるし、この前みたいにみんなに手伝ってもらえればなんとかなる、と考え、それを引き受ける。

 コレ、正直言って制服の仕事と似通ったような話ですよね?
 どうしてわざわざこういうことを同じ週にするのか。
 ちょっと不思議に思いました。
 けれどもそれには、ちゃんと意味があったのです。

 この話、善作は大反対。 何でもかんでも仕事を取ってくりゃいいってもんじゃない、仕事は人助けちゃう、という話です。 ごもっともですが。
 糸子は一家7人食べていくためにどうしても引き受けなければならない仕事だと、これを突っぱねる。

 「勝手にせい! 分かった。 オマエの理屈はよーお分かった! フフーン! 結構なことですネェ! ほな、しまいまでお前ひとりでやれ」(コレ笑えた…)

 静子は追っ払われ、糸子が敷いた反物の上をこれ見よがしにのっしのっしと歩いていく善作(爆)。
 つまり糸子は自分ひとりでこれをやらなければならなくなる。 百貨店の制服作りの話と同じような話ながら、この状況の違いは重要に思えるのです。
 つまり家族の手を借りない、という部分で糸子はさらに自立を強要されている。 まあ結局は、ですけどね(笑)。
 で、ここから糸子と善作の意地の張り合いが始まるのですが、これをめぐる話がチョー面白い。

 ここまでが金曜放送分。 あああともう少しだ…。

 糸子のミシンはまたもフル回転。 「あっ!」 という糸子の小さな叫び声に、食事中の家族は全員心配そうに見つめます。 善作も(笑)。 善作はきまり悪そうにラジオをつけ、食事中というのに浪曲に合わせて歌い出す(爆)。 善作はまるで監視するかの如く、いや監視してるんですが(爆)糸子の仕事が見える位置から離れようとしない。 おかげで手伝ってあげたい千代やハルおばあちゃんはやきもきするのですが、善作に見つからないように握り飯を持っていく千代の大股開きには大爆笑しました。 出来た分はたたんどこか、と持っていこうとする千代に 「くぉら!! よけーなことすな」 と脅かす善作(笑)。

 意地の張り合いは持久戦に突入(笑)。
 うとうとして眠ってしまった糸子を起こそうと、キセルの灰を落とすふりして、ぱちりと灰受けを叩く善作。 まだ灰になってないのでキセルの火が足についちゃって悶絶するのです(爆)。

 パッチはなんとかかんとか完成したのですが、足が細くて入らない!(爆)。

 結局家族総出で縫い直し(笑)。

 そして代金をもらってみると、これがなんと倍額。
 それはなぜかお父ちゃんの懐に入り(はぁ?…笑)、糸子はほんのちょっこし、お駄賃をもらいます。
 この不当な賃金支払いの方法は(爆)、後々大問題と発展する火種を抱えている気がする(爆×2)。

 そしてそのお駄賃で、糸子は妹たちを連れて勘助の和菓子屋で買い物をするのですが、そこに来ていた悪ガキどもが、勘助が悪ガキ時代にやっていたのと同じおダンゴ余計お持ち帰りドロボーを敢行、…

 …因果はめぐる…(爆)。

 やっと一週間分が、終わりました…。

 まずい、まずいぞ…。

 こんなこと毎週、やっとられん(爆)。

 もう来週からはこういう、詳細を書きつづるのはやめよう…。

 それにしても今週の話。

 自分を売り込もう、とする人たちにとって、クライアントに対し自分をコマーシャルに見せることには、ある一定の苦痛が伴います。 本来なれば、自分の作ったモノそのものを見て、じっくりとその本質的な良さを評価してもらいたい。
 糸子の場合、自分が作ったものを実際に自分が着て、その良さを視覚的にアピールした、という点で、このふたつの思惑が合致した稀な例と言えます。
 ただやはりそのためには、自分が生きたマネキンになる必要があった。
 その恥ずかしさをくぐり抜けて初めて、自分というものを評価してもらえる。

 こんなふうに、ただ書いてりゃ検索機能でたどり着いていただいて、自然と読者が出来る、というブログの世界は、だから 「自分を売り込む」 という気恥かしさがない世界と言えます。 それに自分の書いたモノそのものを読んでもらって、評価していただける。

 けれども結局、ビジネスには結びつかない。
 世の中に打って出る、ということは、なんて難しいんでしょうか。

 この週のサブタイトル、「私を見て」 と願う、世のなかにはホントにものすごい数の人々がいます。 それを評価する側の人間には、いったいどれほどの鑑識眼がある、というのでしょうか?

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コメント

リウさん〜待ってました!!またまた素晴らしく鋭い視点のレビューをありがとうございます!

ねっ!?ねっ!?面白かったでしょ?(笑)って子供か?と呆れられそうですがcoldsweats01もう息つく間がないとはこのことで…

リウさんがおっしゃるとおりこのドラマ、はしょり方が半端ないです。でも想像する遊び方のヒントはちゃんと示してくれてる。例えば、神戸の祖父母の手放しの溺愛。元々千代はオン場日傘で可愛がって育てた一人娘です。が、どこぞの馬の骨かわからん奴にかっさわれた怨念?があります。それでも娘可愛さ、孫可愛さで惜しみ無い愛情を注いでくれてる。だからお金の無心に千代が来れば援助してやってた。けどいよいよって時に善作に引導を渡して一度は引き取ることを宣言してました。その時はなんかウヤムヤになりましたが…多分それからは神戸へ出かけることは滅多になかったのでは?だからなかなか会えない。頼っても貰えない。そんななか一週間も糸子と一緒にいられる。もう嬉しくてたまらなかったはず。それが たったの一晩で帰ってしまう。もう淋しくて悲しくて…そう、リウさんがおっしゃるように一所懸命な糸子を応援したくて堪らない。これが泣かずにいらりょうか

以前お話したうちのおばあちゃんがこう言ってました「愛ってのはね、やるだけが愛じゃないがよ。くんた愛(くれた愛)を素直にもらうがも愛なんだわ」…受け取ってもらえなかった愛は行き場所がないから泣くしかなかったんでは?

って


私を見て!も糸子だけじゃなくて百貨店の店員さん(かいらしい女性でした)が洋服を着て誇らしげにしていたのもあるかな?新しい制服に身を包んで顔つきも変わった?私を見て!これは女目線。


最後にハルおばあちゃんの毅然とした「行ってこい!」泣けて泣けて仕方なかった。
後お母ちゃんの蟹歩きは演出でしょうか?みんな真面目だからおっかしくて!何度見ても声あげて笑ってしまいます。
長くなってしまいました。すいません。

もう中毒かぃ!って呆れてください。

投稿: みち | 2011年11月 6日 (日) 02時37分

橋本リウ様、初めまして。
「ゲゲゲ」以来、此方のブログを楽しく拝見してました。
「カーネーション」感想UP、御待ちしておりました。

「ゲゲゲ」同様「カーネーション」視聴ストライクゾーンに嵌まりました。
戦前〜戦後の時代を生き抜いたヒロインの物語、連続テレビ小説の定番設定ですがグッと来るものが有りますね。
大阪放送制作の今編、全体的に花登筐の「どてらい奴」「細腕繁盛記」等々「なにわの商人(あきんど)根性出世物語」の香りが、其処彼処に感じられました。

花登作風で行けば、さしずめ敵役は父・善作か? 其処はドロドロでなく、テンポ良い展開で、喜劇風味も加味されています。

後「ゲゲゲ」が、「コミック文化萌芽史」を反芻していたのに対し「カーネーション」は
「我が家族の原風景」が、
見事に描写されていました。
制服縫いに、家族総出で働くヒロイン一家の姿は、幼い頃の自分の家底状況に重なり、非常に感慨深いものがありました。
亭主関白の父、従順な母、気丈な祖母。ドラマではデフォルメされていますが、まんま我が家の光景でした。

レギュラー陣では、ハルばあちゃんを一押し。
正司 照枝さん、良い味出してますね。流石に「かしまし娘」から鍛え抜いた、名喜劇女優さんです。
ドラマの展開で一旦退場するも、改めてヒロインを応援するカメオキャラか、年齢を重ねたヒロインの妹役(かしまし娘、総出演!)で、再登場して欲しいなと願う処です。

投稿: M NOM | 2011年11月 6日 (日) 04時19分

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

今回ばかりは皆様に後押しされてレビューにあまりにも気合が入ってしまいました。 夜勤なので睡魔にも襲われいったんお休みを取りながらも、書くのに6時間くらいかかってしまいまして…。

おかげで記事のアップも当初の予想時刻より大幅に遅れてしまって、出来たのはもう零時を回るころ…。 ちょっと次回以降はセーブしたいと存じますcoldsweats01
最後のほうは私も糸子同様、ヘロヘロでございました(爆)。 いま自分のレビューを読み返すとおしまいのほうはただ話を追ってるだけで、甚だ不満な仕上がりでございます。

神戸の母方の実家についてのみち様のサイドストーリーには、なるほどぉ~!です。

裏で交わされたお話を想像する楽しさがある、という点では、短編作りに長けている渡辺あやサンの本領がいかんなく発揮されている気がします。

木之元電キ店からラジオを買ったのだってミシンを買ったのだって、おとうちゃんと木之元との間に丁々発止のやり取りがあったでしょうに、まるまるカット(笑)。 「あとは想像して!」 みたいな。

「くんた愛を素直にもらうのも愛」、ですか。 おばあちゃん詩人ですねェ…。 今度使わせていただきます(あ、いやいや…笑)。

「私を見て」 というのは女子店員さんも同じ…、この視点にも参りました。 思えば糸子が百貨店に来るたびにこの女子店員さんと会話を交わす、というのも、ドラマの大きなアクセントとなっていたような気がいたしますね、今週。

ハルおばあちゃんの 「行って来い」。
優しい言葉でありながら、自分の好きなことのためには父親の意向なんて気にするな、という厳しさが秘められた言葉。 糸子の頑張りを心から理解していなければ出ない言葉でしたね。 だから最大の励ましの言葉になる。 みち様も、日ごろから頑張っていらっしゃるからこそ、そんなハルおばあちゃんの言葉で自分が許されたと感じ、泣けてしまったのではと、まことに失礼ながら勝手に想像いたしております。

投稿: リウ | 2011年11月 6日 (日) 07時50分

M NOM様
こちらこそはじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。 「ゲゲゲ」 以来このブログにお立ち寄りいただき、感謝申し上げます。

大変お待たせいたしました。 事情については先のコメントでご説明申しあげましたが、どうも今回は気合が入りすぎたようです。 見どころが多過ぎてうまくコンパクトにまとめられませんでした。 情報量が多過ぎる、ということでもあるんですけどね。

「どてらい奴」、当時は両親が日曜の9時から真剣に見ていたのを横で見ているガキンチョに過ぎませんでしたが、確かに花登筐サンの人情ものの匂いもいたしますね。 けっして人格者とは言い難い父親、でも結局、家族の絆のなかにきちんと収まっている。 ベタな表現ですが、なにわのパワーにあふれています。

実話に基づいているからつまらない創作アクシデントを挿入する必要もないことは自明ですが、それでもここまで盛り上げて見せてしまう作り手の力量に感服している感じです。

このドラマ、情報量が多い割に、とっつきやすくてどこからでも入っていける。
それはやはり、笑えるシーンがとても多い、ということに尽きる、と感じています。
だから一見さんでも気軽に割り込める。 これって朝ドラがクリアしなければならないハードルですよね。 ちょっと見て話が分からなければ、途中参加が難しくなりますから。

正司照枝サンがおそらく半年間出ずっぱりでないことは私も、いかにも残念!です。 今のところ、いちばん好きな登場人物のひとり、であります。

投稿: リウ | 2011年11月 6日 (日) 08時07分

リウ様、渾身のレポ、こちらも気合を入れて読ませていただきました。
いえいえ、いつも通り、いや、それ以上の素晴らしさです。シメはさすがにリウ様だなと思いました。

>余計な部分をそぎ落とし
糸子がさらさらとデザインを書きますが、このデザイン画の書き方も、特殊なんですよ。
先生から習ったのは、縫い方ばかりではなかったんですね。

で、一番大事なこの部分。
糸子が持っているのは縫製の技術ばかりではない、デザイン力という、ここです。
さらに、お父ちゃんの企画力、プレゼン能力。

ここから察するに、お父ちゃんの商売が左前なのは、呉服屋として反物の目利きができないということではないのは明らかです。
思い出したのは、この当時の呉服屋、ちょっと裕福な人は反物で買い物しない、お誂えをこしらえたということでした。

昭和5年生まれのお茶の先生は、「昔は反物で買うことはしなかった、全部誂えだったわ」とおっしゃっていたのを思い出したのです。
いまでも京都の老舗呉服屋では、舞妓さんや芸者さんを持っているので、担当者は図案くらいさっさとかけないと商売にならないと聞きました。
日本画家くずれの呉服屋もいたくらいです。

お父ちゃん、そういう仕事は精魂込めてやり遂げたんじゃないでしょうか。あの性格だから、やりすぎて商売っ気抜き、値段以上のものを作ったんじゃないかな。で、とっかかると凝り性だから、職人にはとことん注文を細かくつける。
なんだか、目の前に浮かんできそうですよ・笑

そのくせ集金は苦手だから、そこからうまくお金が回らなくなった。

・・・・というのが私の妄想です。

お母ちゃんは、そのお父ちゃんのとことん突き詰める性格に惚れたんじゃ・・・・。
お父ちゃん、デザインや企画力なら大したものだったんでしょうね。
いいもの、美しいものを見る力は、きっとDNAだと思います。

おばあちゃん、神戸行きをすっぱり勧めたのはたいしたふんぎりです。息子が嫁の家から拒絶されていることはよくわかっている。相手の親にいい気持ちは持っていないでしょうに、孫のためなら、そんな思いも捨ててしまう。
女のほうが思い切り、いいですね。

来週も楽しみです。
予告ではどうやら勘助と・・・・?

これも視聴者には察しがついているけど、それがマイナスにならないところが渡辺さんの手腕のすごさ。
リウ様が前に触れたように、わざと先が読める展開にしているんでしょうね。

投稿: マーシー | 2011年11月 6日 (日) 09時31分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。 おほめいただき恐縮です。 次回はもっとスリムさを心がけてまいりますが、いずれにしても自分の満足できる文章になればな、と思います。

マーシー様のおとうちゃん考察、あまりに緻密で感心しまくりです。 私はおとうちゃんの呉服屋が左前なのは、それプラス店先で家庭内トラブルの裏側を見せすぎる点にもあろーかと推察いたします(笑)。 まあそれは演出か…(笑)。

おかあちゃんがなぜおとうちゃんに惚れたのか、というのも想像するとオモロイですネ。 おかあちゃんはあの通りぼんやりした性格ですから、おとうちゃんのとことん突き詰めゴーイン極まりない性格にゴーインに巻き込まれたのでしょう(笑)。
結婚の際には相当なトラブルがあったと想像できますよね。 マーシー様もみち様もご想像されておりますが。

妹たちはそんなでもないのに、糸子だけが神戸に可愛がられている、というのも、考えてみると楽しいかも。 物語的に見ると、糸子がいちばん自分の好きなことに打ち込む傾向があるから、というのが原因のように思われますが、ひょっとするとおとうちゃんとおかあちゃんはできちゃった結婚で、当初赤ん坊で長女の糸子は神戸で可愛がられていたとか…? それとも糸子が生まれていた時点ではまだ両家の間柄は険悪でなくて、糸子だけは神戸との交流があったとか…? まあこれは勝手な邪推に過ぎませんが。

サイドストーリーを考える余地がある、というのは、この物語が実話に基づいているからというのが大きいですね。

物語を作るうえで下地となる設定を作る際、話の表面に出てこないストーリーをかなり細かく考え抜くと、こういう深い話が出来るものです。

今回妹の静子が結局会社勤めをしてしまう、というところは省略してしまいましたが、静子がいかにして会社勤めを決意したかのサイドストーリーまで出来そうな懐の深さも感じます。

もう完全に、ハマってしまってますねcoldsweats01

投稿: リウ | 2011年11月 6日 (日) 13時05分

リウさんへ。

暖かいお言葉ありがとうございます。

カーネーションに心を拐われた1ヶ月。気づいていらっしゃったかもしれませんが、あえて父善作への感想を避けていました。正直見たくない、触れられたくない様々な想いがあるからです。

以前『それでも、生きてゆく』のコメントで家族だからこそ他人になれない不条理について自身の体験をお話しました。
善作が糸子に対して手をあげる場面が幼少時をいやがおうにも思い出させる。けど善作の陽気な気性は父とは違い、また糸子を心底愛していることがわかるからなんか激しいバトルがあってもスルーしてこれました。
根岸女史に土下座するとこでは後から後から涙が出ました。

まだ今週が始まったばかりですしリウさんは見てないので、コメントに困るのですが今日の回(火曜日)は…堪えました。渡辺あやさんがスタッフからクレームがあったにも関わらず、描いた善作の姿…
ザワザワして…

糸子は善作が大好きです。どんなにどつかれても大好きです。尊敬もしてます。
羨ましい、と思いました。
けど今日の善作は…
今まで感じたことのないなんとも表現できない気持ちにさせられました。

わかりにくい文章ですいません。

とにかくこの脚本、凄いです。今年は『それ生き』に続き釜の中を(心の)覗かされる作品が多くて、いいんだか、悪いんだか(笑)です。

投稿: みち | 2011年11月 9日 (水) 00時24分

みち様
再コメント下さり、ありがとうございます。

私のオヤジも言っちゃナンですが星一徹タイプでして(笑)。 みち様の文章で今週のこのドラマの様子がじんわり伝わってくるようです。先週神戸行きにあんだけ理不尽にイカリまくった善作がどのようなことになっているか、なんとなく想像できます。

やっぱりですね、親は理不尽なものなんだと思いますよ。 今週の内容を見てないのにこのように書いてしまうのはちょっと気が引けますが。 ドラマというのは、なんでも都合のいいように解釈したがりますけど、そんなに都合よく収まることって、現実ではあまりない。

理不尽なんですよ、現実って。

どうして分かってもらえないんだろう、ということの連続だと思います、人生って。

そこをもし渡辺サンが描いている、というのであれば、それはそれで凄いことかな、と感じます。

ん~、怖いけど、見たくなってまいりましたよ、また…(笑)。

投稿: リウ | 2011年11月 9日 (水) 07時22分

横から失礼します。

みちさまの書かれてていること、とてもよくわかります。私もちょっときつかったです。」


本当の善作は、もっともっと理不尽なダメ男だったと思います。
それを彼にも一部の理がある、と思わされた部分もあり、そのあたりは渡辺さんの力量がすごいなと、改めて思わされました。
もちろん演技の凄さもあるんですが、俳優さんの力だけではどうしようもないドラマもあるって、NHKの大河で証明済みです・苦笑


お金のことですが、
この当時は、子どもの稼ぎは全部親が取り上げて(という言葉が適当かどうかわかりませんが)、管理しているのが当たり前でした。
私の両親は昭和一ケタ生まれですが、父は長男だったので、当たり前のように下の兄弟の学費や結婚費用を出すことを、親から要求されて応じていました。

リウさまがおっしゃるように、親って、家族って、
理不尽なものなんですよ。
善作の扱いは、とても難しいのだと思います。
そこをあえてきれいごとにしない(今のドラマはみんなきれいごとですもんね)、渡辺さんの姿勢も見事です。

これが橋田スガコさんだったら、もう見ていられなかったでしょう。橋田さんにダメ男書かせたら、リアルすぎて私たちの年代には、つらい・苦笑
渡辺さんのさじ加減、微妙なところをうまく調節しているんですね。


このドラマ、何度も繰り返し見てしまいますが、洋服がテーマのドラマなのに、着物がすごくいいんです。
どんな端役の人の着物も素敵です。
見ていて飽きません。

投稿: マーシー | 2011年11月10日 (木) 09時26分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

まだ今週分を見てないので何とも申し上げようがございませんが、とりあえずコメントから感じたことのみ返信いたします。

マーシー様のコメントの中で、自分の稼ぎが親に行っていたというくだりを読んで、先週倍額もらったパッチ代をほとんどおとうちゃんが懐に入れた、ということを思い出しました。 レビューの中では今後大問題に発展する火種を抱えている、などと冗談めかして書いたのですが、どうもホンモノになっている?

確かに、同じ家族の中でも世代別で独立採算制みたいになっている現代では理解し難い話ではありますね。 だいたい一緒に住んでいる、というケース自体が稀ですから。 子供たちが苦しくなれば親が援助する、というほうが主流、という気がいたします(親たちのほうが年金もいっぱいもらってるし蓄えもあるし、子供より金持ちの場合が多い気がする…)(私の年金も、どうなることやら…)。

ともあれ昔の場合、家族が一緒である以上はそのあるじにお金が集中していく、ということには一定の理解が必要かも。 見てないので善作のお金に関することがどの程度なのか分からず滅多なことは申せませんが。

ただ感じるのは、人の心が変わっていくように、同じ家族の中のそれぞれの人たちも、年月がたつと変化していく気持ちというものがある、ということ。

昔はかなり性格がきつかったのに、丸くなっていくとか、昔はもっとはつらつとして前向きだったのに、ネガティヴなものの考え方になっていくとか。

話があらぬ方向に行っている気もいたしますが(続けます…笑)、自分自身だって変っていくものですから、家族が変わるのも当たり前のことで。

つまり自分が、そもそも矛盾している存在だ、ということに、気付かなければならない気がするんですよ。

客観的に見ると、自分だって機嫌が良い日もあれば不機嫌な日もある。 相手はいつも同じだと考えてますから同じように話しかけると、ぶすっとしてロクな返事をしない場合がある。

これって特に、家族の場合、スッゴク顕著な気がいたします。

だから同じ家族の中でも、みんな理不尽な存在で甘えたがってる、という感じ、かな。

どうも暗闇の中で電気のスイッチを探しているよーな返信になってしまいましたが(爆)、そんなことを考えました。

投稿: リウ | 2011年11月10日 (木) 14時28分

今日は。
リウ様、他の皆さまのコメント、
そう、そう、と頷きながら、共感して読んでいます。
物語が予想どうりの展開でも、脚本の持って行き方が上手くて、はらはらわくわくします。
今週も、「よっ、男前~」と声をかけたくなります。(笑)
やっぱり、主人公に惚れこむ気持ちが無いと、面白くないですからね。
リウ様の、一週間分の評論が楽しみ~、ほんと待ち遠しいです。

投稿: 勇者 | 2011年11月11日 (金) 16時56分

リウさま

>どうも暗闇の中で電気のスイッチを探しているよーな

そうですよね〜。
1週間分のまとめ視聴は無理があるような・・・
だんだん、ストレスになってきてないですか?
早く見たぁ〜い、早く見たぁ〜いって気になってきたりしませんか?happy02
1話ずつUPした方が楽なんじゃないでしょうか?
(もっとも通しで見ることによって、また違った見方ができるのかもしれないですけど・・・)

きっとblog見てる人たちも、リウ様のコメント待ちの行列ができてるのではないでしょうか。crying

>ただ感じるのは、人の心が変わっていくように、同じ家族の中のそれぞれの人たちも、年月がたつと変化していく気持ちというものがある、ということ。

リウ様はご覧になっていないはずなのに、結構あたってる感ありますね〜。さすがですflair

今週も、いろんなところに、次の展開の伏線になりそうなものが蒔かれていたような気がします。

あの時代、物を作る人たちは、気概を持ってましたね。(南極物語の番組でも感じましたが)
高度成長期になって、モノを修理するよりも買い替えた方が安価になるという現象が起きてからでしょうか。
職人さんたちの意識も変えられてしまったのでは・・・
(時代の流れといえば、それまでですが)

投稿: rabi | 2011年11月11日 (金) 17時41分

勇者様
コメント下さり、ありがとうございます。

どうも先週に引き続いて、土曜日のアップを見越されてコメントが入っていて、またプレッシャーになってしまいますねcoldsweats01

いったいどんな話なのかなあ。 番組HPも意識して見ないようにしているので皆様のコメントから想像するしかないですが、善作の動向に注目しながら1週間分をまたまとめ見しようと思います。
納得のいくレビューが今度は書ければいいのですが。

「テレビ中毒者」 などと言って、月曜に 「江」 を見て以来テレビを一切見ておりません(爆)。

投稿: リウ | 2011年11月12日 (土) 06時56分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

相変わらずrabi様にはこちらの心を見透かされているようでございます(爆)。 ただ毎日のアップは無理!coldsweats01 コメント返信には全力を傾けさせていただいておりますが、ドラマレビューを書くにはちょっとこのところヒマがございませんで…。 まあこれもrabi様にはお見通しでありましょうね。 ちょっと今日は集中していろいろ見たいと思います。

「南極大陸」 に絡むような話もrabi様のコメントから頂きましたが、「南極大陸」 に関してはあまり書く気が起きませんですね。 残念ですけど。 3回まではまあ見たんですけど。 まだ今週の日曜にやった分は見ておりません。

なのでここでちょっと第3回の感想を書いてしまいますけどいいですか?(「カーネーション」 の話はまた的外れだと怖いので…笑)

この 「南極大陸」、木村クンをメインにしすぎてどうのこうのとか言うネットの感想があまりに多いですけど、彼を意識して見すぎなんじゃないでしょうかね? 確かに木村クンが前に出る脚本になってますけど、私などは却って、彼のスター性をそこに見てしまう。 彼の抱くリアリティが世間一般からずれている、という危惧はありますが、クセのある演技をするかたっていらっしゃいますからね(私は左卜全サンを頭に描いています)(左卜全かよ…笑)。

それより私が感じるのは、このドラマの主役は木村クンではなくて、南極であり、犬なのだということです。

特に犬たちの演技は、こういうところをよく撮れたな、というシーンの連続。 うなります(別に威嚇しているわけではありません…爆)。

ただ脚本が、やはり弱い。

「もう戦後ではない」 とか、安易に当時の世相とかと結び付けすぎて、却って話を安っぽくしていたり、演者がみなヤケに演技に力を入れすぎてて、話のスカスカなのが却って浮き彫りにされてしまっている部分を感じるのです。 男たちの熱き思いに、こちらを揺さぶるような動機が備わってない。

まあこれが第3回を見ての感想です。 今週分はまだなので、犬がメインの話になっているかどうかは分からないのですが。

では 「カーネーション」 の今週分、心して視聴したいと思います。

投稿: リウ | 2011年11月12日 (土) 07時22分

馬鹿な子を見守る「梅ちゃん」の合間に、他が何と言おうと一大傑作「カーネーション」再見レビューいきます。

乗っけられるものは全て乗っけてアピールしていく糸子というのはブランド立ち上げ時の守にそのまま被りますね。あれは孝枝さんを敏腕マネージャーに鍛え上げるだけでなく、糸子が若い頃の自分に鍛え直される話でもあったわけだ…。後、当るか外れるか分からない大仕事に一つ屋根の下、乾坤一擲の姿勢で団結して臨むというのも今回の小原家一同にダブります。

一方でパッチ100枚の料金に関する話は笑い話で済ませてますが次週の善作火山大爆発の布石。引退&引継ぎに関して私はリウ様と少し異なる見解があり、この連続大ポカで善作は糸子の経営手腕に関して不信感がなかなか拭えなかったと思うのです。善作は独立前は若番頭だったという事で「プラン系」「目利き」と「そろばん」に強かったのではないかと。収入が激減する中、持ちこたえていたのも内部のやりくり(内弁慶な性格に合致?)が上手かったからで、商売に一番大切なのはコレというポリシーがあったのでは?実際、優子の覚悟を試した糸子、里香の学業に拘る優子と親が子に自分の人生観を当てはめる系譜は続く(糸子が一番、親の価値観へのリスペクトが薄いような)。

「学業を疎かにした者は経理に弱い」という鉄則が本作にはあるようで、克服したのは下積み時代が10年近くに及んだ聡子のみ。三姉妹編序盤の通信簿演出は女学校中退の糸子が自分を棚に上げた側面があり、結婚式直後の直子を糸子が「経営者としては赤ん坊」呼ばわりした次回には恵が「優子以外は団栗の背比べ」扱い。糸子は交渉が苦手な善作に代わって集金に行った経験から「苦手な分野は得意な奴を上手く使え」となったらしく、まず女学校で優秀だった静子、妹が嫁いだら恵を採用と柔軟に対応してましたが…。

投稿: 巨炎 | 2012年5月23日 (水) 10時13分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

ちょっとこのコメント返信、待ってください(笑)。 どんな物語だったかを思い出すために自分の記事を読みなおしているのですが、自分の記事ながらダラダラ長すぎて(爆)。

ただこの週は、「カーネーション」 のなかでもいちばん 「見ていて燃えた」 週だった気がします。

投稿: リウ | 2012年5月23日 (水) 14時58分

巨炎様
あらためて、返信いたします。 遅れまして申し訳ないです。

心斎橋百貨店の制服作りのエピソードは、あらためてラストまで見た時点から見直すと、本当に巨炎様のご指摘の通りの位置づけがなされますね。

引退に関しての考え方は、やはり現在と当時とでは事情がだいぶ違っているのではないか、と感じます。

つまり当時は、引退ではなく、隠居、という悠々自適の生活に対する、一種の憧れというものも、善作には働いていたのではないか、ということです。 「御隠居」 というステータスに関しては、別にお調べになってもらうと分かるかな、と存じます。 あまり否定的な概念ではないです、当時は。

もともと善作は、自分の商売の才覚に対して、あまり確固たる自信を有していないように思われます。

ふらふらとした自転車操業ながらそれをなんとか乗り切ってきた善作には、確かにやりくりの才能もあると言えますが(笑)、自分を過小評価せざるを得ない理由としては、やはり神戸の存在というものがある。
善作は女房の実家に対する、いわれのない劣等感のただなかにいるわけです。

その善作が、商才のある糸子に対して持っていた期待というのは、これはもう、商品棚のものを全部擲つくらいのものがあったと言えます。

つまり善作にとって今回の制服製作は、かなりの部分で 「賭けに出ている」、と考えられる。

その賭けは、この仕事がきっかけとなって百貨店から注文が大量に…という善作の思惑とともに、見事に外れるのですが。

夏木編と比較しての考察をしようとするとき、私は 「今と昔じゃかなり物事の考えが違う」 という諦観にも似たものを感じます。 月日がたつことによって、人々の心の中でなにが重要視されていくのかは、変わっていく。
現代編の優子や里香などの感覚を見ていると、制服に使う反物を担いで持って帰って来た時の糸子のような、なんと言うか、「ど根性」 というものを感じない。

でも根本的な部分では、なにも変わっていないんだよ、ということは、やはり言えると思うのです。 でもやっぱり、諦観も感じる。 両方ある気がします。

それにしてもこのドラマ。

自分のレビューを読んでいて、場面場面が鮮やかに思い出せるのが、あらためてすごい。

「オハヨウゴザイマスっ! オハラでゴザイマスっ!」

「あーそんなかったるいことせんとやな」

そして単なるサクセスストーリーにせず、週の途中からそのことの反動を容赦なく描いていく。

すごすぎます。

あまり思い出させないでください(爆)。 ホントに春ドラマを全部見る気がなくなります(ハハ…)。

投稿: リウ | 2012年5月25日 (金) 15時45分

先の再放送の件ですが今年の4/7から。
「ちりとてちん」の後番組です。

ところで、この第5週は実は脚本的に不自然な場面があります。「一晩でパッチ百枚」、これ実話ベースらしいですが先の百貨店制服作りは一週間近く不眠不休で仕事をこなした糸子が一晩で居眠りしてしまう。

それを踏まえると、ここで一番、描きたかったのは「気が付けば糸子を見守っている善作」。最初は本当に嫌がらせで「一人でやれ」と言ってるのですよ(笑。
発端は「今の小原呉服店は仕事選べる立場ちゃう」という糸子の台詞。ミシンを娘に買い与えた代償で呉服屋としての稼ぎが殆ど無くなった事を言い当てられてむかっ腹を立てた。ところが善作自身、ほぼ無意識に糸子を鍛えるというスタンスに移行している。これまでのキレる⇒娘のために奔走の積み重ねで我が子視点の発想に基づく行動が自然体で身についてきた。

でも糸子は気付かない。「お父ちゃんはウチを鍛えるためウチの覚悟を試しとるんや」と結果だけを見て全てを理解したつもりになり、無茶な仕事を引き受けた事だけで怒っていると思っている。
善作も40歳の時にはキツク叱りすぎたんじゃないかと陰でオタオタしています。41歳の糸子も強面で美大受験に反対しながら陰で悩んでいました。しかし十年後に看板を見上げた時には二人の間に親としての経験値の積み重ねに大きな隔たりができてしまっていたのでした…。

投稿: 巨炎 | 2014年3月 2日 (日) 16時20分

巨炎様
ご回答くださり、ありがとうございます。 はぁ~、やっぱりブルーレイディスク、揃えないといけませんなァ。

この、百貨店とパッチの話は、同じようなことを繰り返すことで脚本家は何かの比較を行なおうとしている、とは感じていました。 なるほど巨炎様は読みが深いですね(簡単な返信で誠に失礼いたします…coldsweats01)。

投稿: リウ | 2014年3月 9日 (日) 15時24分

今になって見直されている方もおられるのですね。
私も未だに観直して気づく事も多いのですが。
以前に糸子が物件の話が出た後に直子に先んじて
北村と二人気になりながら何もしなかった事に
触れましたが、その伏線が既にこの時期にあります。

>ときどき不思議に思うのですが、困ったときに
>糸子は、なかなか神戸を頼ろうとしない。
>父親善作の意向がかなり作用しているように思われる。 
>神戸が岸和田から遠い、というのもネックかも。
これ半分ハズレで半分アタリでした。
糸子はパッチ屋を解雇となり家の経済状態を知らされ
貞子さんとミシンについて語り、同じ場所で
清三郎と話した事「まで」は思い出すのですが
『パッチ屋修行が終わったらお爺ちゃんの所に行く』
という約束「だけ」は思い出さないのです。
「妹達の学費稼ぎ」という大義名分を得て
ハルさんや千代さんを味方につけ父を説得する。
(就活を指示した善作は清三郎が糸子を引き抜こうとしたことを知らない!)結果の成否はともかく
「お婆ちゃんがお金出してくれるさかい、ミシン買うて!」
なんて言うより意義のある行動を起こさない。
実は周囲を家族に固めていて欲しがっていて、しかも、
当時の家長制度を盾にとって無自覚に自己正当化している。

職種にもよりますが家を継ぐ立場の者が十代後半~20代にかけて親元を離れて修行するケースは多かった。自立心や社会性を養う意味では、その方が好ましい。「マッサン」でもピン子はマッサンの大阪での就職までは家を継ぐ上でプラスになると考えていました。彼のボンボンぶりは地球の裏側まで行っても改められていませんが(笑)ピン子自身は本人に意思確認もせずに継ぐ事前提で話を進め、エリーを周囲が認める流れになると逆ギレする等、自分に旗色が悪くなると被害者意識丸出しの行動に出る。
これは引退を考えた時の糸子にも共通して見られた言動。長子として家族のために敢えて外の世界に出た経験が無い糸子は入り婿を取っただけのピン子と本質が変わらず聡子の将来を考え、優子を外の世界に送りだす発想が持てなかった。
優子自身は家業を継ぐ事を考えていた頃から大阪に留まっているだけでは駄目と考え自発的に東京まで赴いている。善作も松坂家のある神戸近辺の呉服屋で若番頭になるまで務めた(駆け落ちのため確実にクビだが)。この二人は引退にせよ独立にせよ家族一人一人の立場や考えを考慮して自分が外に出た訳だし、この件について他人に愚痴や泣き言を言ったり、まして責任を求めるような事はしていない。生来の覇気にモノを言わせて状況を突破する事ばかりを考え、その実、家長制度というシステムに依存していた糸子は、この時期まで自分の信条である「覚悟」で父どころか娘にも負けていた事になる。

だからこそ晩年に徹底的に追い詰められたなかで寄り添うとしてくれる孫に「こんな所におらんかてええ。アンタは早、帰りや。東京へ」という言葉の意味が解る。これは糸子が70余年の人生の中で初めて家族というカテゴリーを手放す発想に基づいて起こしたアクション。依存していたシステムが消滅した事で逆に家族の事を糸子は真剣に考えるようになった。自らは厳しい孤独に耐えてでも若い世代を広い世界に送り出し受け皿になってやらなければならない。それが新しい時代において「家族を護る」という事なのでしょう。

投稿: 巨炎 | 2016年3月22日 (火) 15時20分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

おそれながら申し上げますが(笑)、巨炎様の深い深い考察についていける記憶力がもはや残っておらず…(笑)。

ですので、返信がいかにも簡単になってしまいますが、どうぞご了承ください。

糸子が清三郎を頼ろうとしなかった、という点については、巨炎様の考察が正しい気がいたしますね。
つまり、清三郎のもとに行ってしまうと、そこに取り込まれて巨大な企業の部品のひとつになりそうな危惧がある(たしかに糸子の器量ならば、単なる部品ではなく、トップに立てるスケールがじゅうぶん備わっている、と思うのですが)。

糸子の洋裁店はまあだいたい多くても10人くらいのお針子さんたちくらいがいた時がいちばん規模の大きな経営をしていたように思うのですが、糸子の興味というのは、どちらかというとモードの創生だったように思うんですよ。

その証拠に糸子は、いつもモードを追いかけている。

つまり、糸子の意向は、おそらくデザイナー。 デザイナーは、企業に取り込まれるよりも自分の個を主張したいから、清三郎のもとに行くことを、本能的に拒絶している。

現在やっている 「あさが来た」 でいちばん物足りないのはその点で、女性の企業家としてあさという人物がどのようにすごかったのかが、まったく見えてこない。 作り手の興味は家族や親族、そのお手伝いさんどまりで、なんか銀行でも学校でも、あさは当たり前のように展開していく。 こういうのが視聴率いいのは、やはりビジネスの小難しいことなんかより、「つつましい女性の悩む姿」 または 「なんかまわりに現れそうもない頼りがいのあるイケメン」 が見たいだけなんだろうな、という気はいたします。

しかし私も、「カーネ」 を繰り返し見る、という余裕を持ちたいですね。

投稿: リウ | 2016年3月23日 (水) 07時23分

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